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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

「トランプ」は えいごで「きりふだ」? ── カードの たびと なまえの ゆらい

「トランプ」は英語で切り札のこと? ── カードの世界の旅と、日本での名前の由来

「トランプ」は切り札の意味だった ── 中国起源のカードの世界的な伝来と、日本での呼称の二説

分野:歴史・文化

にほんで「トランプ」と よぶ カードは、えいごの せかいでは そう よびません。「トランプ」は、ほんとうは「きりふだ」と いう いみの ことばです。

では、なぜ にほんでは カードぜんぶの なまえに なったのでしょう。せかいに ひろがった カードの はなしと、にほんに さきに きた「かるた」、そして なまえの ゆらいが わかります。

日本で「トランプ」と呼ぶ52枚ほどのカードを、英語圏の人はトランプとは呼びません。trumpは「切り札」の意味で、カード全体は playing cards と言います。

では、カードそのものの名前が、なぜ日本では「切り札」になったのでしょうか。中国で生まれた札が世界へ広がった話と、日本に先に来たかるたの話を分けて追い、「トランプ」という名の二つの由来説を見ます。

日本で「トランプ」と呼ぶカードは、英語では playing cards であり、trump は「切り札」を指す語にすぎない。つまり日本では、ゲームの用語がカード全体の名になったことになる。

この呼び名は、いつ、どうして定まったのか。起源とされる中国からイスラム世界、ヨーロッパへの伝来、日本に先に来たポルトガル系のかるた、そして洋式トランプの呼称の二つの説を、別の流れとして整理する。

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1. えいごで「トランプ」と いうと どうなる?

1. 英語で「トランプ」と言うと、何を指すのか

1. trump は「切り札」であり、カード全体の名ではない

がいこくの ともだちに「トランプを しよう」と いっても、つうじないかも しれません。えいごでは、あの カードを「プレイング・カード」と よびます。

「トランプ」は、あそびの なかで「きりふだ」を さす ことばでした[1]。ともだちの あだなを、その ひとの ほんとうの なまえと まちがえて おぼえた ようなもの、と かんがえると わかりやすいでしょう。ただし ほんとうは、まちがえた りゆうには ふたつの せつが あります。

その はなしは、おわりの ほうで します。まず、カードが どこから きたのかを たどりましょう。

外国の友だちに「トランプをしよう」と誘っても、通じないことがあります。英語圏では、あのカードを playing cards と呼ぶからです[1]。

trump は、ゲームの中で他の札に勝てる「切り札」のことです。日本ではこの語が、カード全体の名前として広まりました。理由については、取りちがいだという説と、翻訳のまちがいだという説があり、どちらが正しいかは決まっていません[1][9]。

この二つの説は、終わりの章で見ます。その前に、カードがどこで生まれ、どんな道をたどって日本に来たのかを追いましょう。

英語の trump は「切り札」の意で、札全体は playing cards と呼ぶ。日本で「トランプ」がカード全体の名になったのは、後述する二つの説のいずれかによるとされ、決着していない[1][9]。

名の由来を考えるには、そもそもカードがどう日本に届いたかを知る必要がある。そこで、起源とされる中国から順に経路を確かめ、最後に名の問題へ戻る。

2. カードは、むかしの ちゅうごくで うまれたの?

2. 紙の発明が、細長いカードを生んだという説

2. 中国起源説と、唐代の「ドミノ札」への言及

トランプの はじまりは、ちゅうごくだと いう せつが いちばん ゆうりょくです[1]。かみが はつめいされて、ぼうの かわりに ほそながい カードを つかうように なった、と せつめいされます。

とう という じだいの ちゅうごく(618〜907ねん)には、もう カードの なかまが あったと いわれます[2]。ただし、ほんとうに そこで うまれたと きまった わけでは ありません。

では、その カードは、どうやって とおい ヨーロッパまで いったのでしょう。

トランプの起源は中国とする説が、最も有力とされています。紙が発明され、それまで棒などを使っていた遊びに、細長いカードが使われるようになった、という流れで説明されます[1]。

唐の時代(618〜907年)には、ドミノのような札の記録がすでにあったといいます[2]。ただ、いつ生まれたのかは、はっきり決まっていません。

紙に同じ絵をたくさん刷れるようになれば、札を何枚も作りやすくなります。では、中国で生まれたこの札は、どんな道をたどって遠いヨーロッパへ着いたのでしょうか。

起源は中国とする説が最も有力とされ、紙の発明により棒に代わって細長いカードが用いられるようになった、と説明される[1]。唐代(618〜907年)には「ドミノ札」への言及があるが、発明の時期は定まっていない[2]。

中国起源説は諸説の一つで、確定した事実ではない。では、その札はどの経路でヨーロッパに入ったのか。

3. きゅうでんで みつかった ふるい カードは なに?

3. イスタンブールの宮殿に眠っていた、エジプトのカード

3. トプカプ宮殿で見つかったマムルーク朝のカード

1939ねん、レオ・アリエ・マイヤーと いう ひとが、トルコの イスタンブールに ある トプカプきゅうでんで、ふるい カードを みつけました[4]。

それは、500ねんほど まえの エジプトで つくられた カードでした。ほぼ ひとくみ ありました。マークは コイン・カップ・けん・ポロの スティックの 4しゅるいです。

1つの マークが 13まい、ぜんぶで 52まいに なる つくりです。いま わたしたちが つかう トランプと、かずが おなじです。ただし、のこっている カードは 47まいで、ほかの くみの カードも まざっています。

ただし、これは 15せいきの カードで、ヨーロッパに はじめて きた カードそのものでは ありません[4]。

1939年、レオ・アリエ・マイヤーという人が、トルコのイスタンブールにあるトプカプ宮殿で、古いカードをほぼ1組見つけました[4]。15世紀のマムルーク朝(エジプト)で作られたものです。

マークは、コイン・カップ・剣・ポロのスティックの4種類。それぞれ13枚で、数札が1から10、人物の絵札が3枚あります[4]。4種類×13枚なら52枚で、いまのトランプと同じ構成です。

ただし、マイヤーの報告では残っている札は47枚で、後の調査では48枚とされ、複数の組が混ざっています。しかも15世紀のものなので、14世紀のヨーロッパに入った札そのものではありません[4]。それでも、ヨーロッパへ向かう途中の姿を知る手がかりになります。この札は、ヨーロッパで何を残したのでしょうか。

1939年、レオ・アリエ・マイヤーがイスタンブールのトプカプ宮殿で、15世紀のマムルーク朝のカードをほぼ1組発見した。マークはコイン・カップ・剣・ポロのスティックの4種で、各13枚(数札1〜10と男性の宮廷札3枚)だ[4]。

4×13=52枚という構成は、現在のトランプと一致する。ただし、現存する札はマイヤーの報告で47枚、後の調査では48枚とされ、複数の組が混在し、時代も15世紀だ。14世紀のヨーロッパ到来時の原型そのものではないため、「途中の姿を示す資料」と位置づけるのが妥当だ[4]。この宮廷札には、ヨーロッパの札の名前を説明する手がかりがある。

4. なまえに のこった、カードの たびの あと

4. 「副王」という言葉が、札の名前に残った

4. 1370年代の急な出現と、naipes の語源

ヨーロッパには、1370ねんから 1380ねんごろに、カードの きろくが いっぺんに あらわれます[3]。どの みちを とおって きたのかは、イスラムの ひとが もちこんだ せつ、ロマの ひとが もちこんだ せつなどが あり、きまっていません[1]。

スペインでは、カードを「ナイペス」と よびます。この ことばは、アラビアごの「ふくおう(おうさまの かわりの ひと)」から きた、と いわれます[4]。エジプトの カードに、ふくおうの えが あったからです。

カードの なまえに、たびの あとが のこっているのです。

ヨーロッパでは、1370〜1380年ごろに、札の記録が一気に現れます。1371年にはスペイン東部のカタルーニャの韻辞書に naip という語が載り、1370年代にはイタリアのフィレンツェで札を禁じる決まりも出ました[3]。まるで突然、流行したかのようです。

入ってきた道は、いまも決まっていません。イスラム教徒が持ち込んだという説や、ロマの人々が持ち込んだという説などがあります[1]。

ただ、言葉が手がかりになります。スペイン語の札 naipes やイタリア語の naibi は、アラビア語の nā'ib(副王・副官)に由来するとされます。マムルーク朝の札の宮廷札に「副王」がいたからです[4]。札の名前の中に、イスラム世界からの旅の跡が残っているのかもしれません。

ヨーロッパの記録は、1370〜1380年ごろに集中して現れる。1371年カタルーニャの韻辞書の naip、1370年代フィレンツェの禁令、1379年のブリュッセルとヴィテルボの記録などだ[3]。突然の出現に見えるが、伝来そのものは11〜13世紀と推定され、14世紀に確実な証拠が残る、という整理もある[1]。経路はイスラム教徒説やロマ説などが並び、決着していない[1]。

ただし、語源が手がかりになる。スペイン語 naipes・イタリア語 naibi は、アラビア語 nā'ib(副王・副官)に由来するとされ、マムルーク朝の札に副王がいたことと結びつく[4]。これは語源説であり、確定ではない。それでも、名前が経路の痕跡になりうる例として興味深い。

5. ハートや スペードは、どこから?

5. 作りやすさが決めた、ハート・ダイヤ・クラブ・スペード

5. フランス式マークと、ジョーカーが加わった時期

エジプトの カードの マークは、コイン・カップ・けん・ポロの スティックでした。いまの ハートや スペードとは、ちがいます。

ヨーロッパの なかでも フランスの カードを つくる しょくにんが、15せいきの おわりまでに、あたらしい マークを かんがえました。ハート・ダイヤ・クラブ・スペードです[5]。はんを つくりやすい、かんたんな かたちだったからです。

ジョーカーは、もっと あとで、1860ねんごろの アメリカで くわわった、と いわれます[5]。

エジプトのカードのマークは、コイン・カップ・剣・ポロのスティックでした。いまのハートやスペードとは違います。

フランスの札職人が、15世紀末までに、版を作りやすい単純なマークを考え出したといいます。それが、ハート・ダイヤ・クラブ・スペードの「フランス式」です[5]。絵が簡単なら、たくさん刷れて、値段も下げやすかったはずです。

ジョーカーは、1860年ごろにアメリカで加わったとされますが、1867年とする説もあり、資料によって少しずれます[5]。このあと、札はいよいよ日本へ向かいます。

マムルーク朝の4マークとは別に、フランスの札職人は15世紀末までに、版を作りやすい単純な「フランス式」のマーク(ハート・ダイヤ・クラブ・スペード)を考案した[5]。複雑な絵柄より、単純な形のほうが版を作りやすく、量産に向く、という趣旨の説明だ。

ジョーカーは1860年ごろのアメリカで加わったとされるが、1867年説もあり、出典によってずれる[5]。ここまでが、のちに日本へ来る洋式トランプの下地だ。一方、日本に最初に来た札は、これとは別の系統だった。

6. にほんには、いつ だれが もってきたの?

6. 日本には、ポルトガルの札が先に来た

6. 室町末のポルトガル伝来と、天正カルタ・三池

にほんに さいしょに きたのは、いまの トランプでは ありません。むろまち じだいの おわりごろに、ポルトガルの しょうにんや ふなのりが もちこんだ カードです[6]。

これを「カルタ」と いいます。ポルトガルごの「カルタ」が もとに なった ことばです[6]。

てんしょうねん(1573〜1592ねん)の ころには、にほんで つくった「てんしょうカルタ」も ありました。4しゅるいの カードが 12まいずつ、ぜんぶで 48まいです[6]。ふくおか県の おおむたし みいけには、「みいけ すみ ていじ」と いう なまえの ある カードが のこっています[7]。

日本に最初に来たのは、いまのトランプではなく、ポルトガルの札でした。室町時代の末に、ポルトガルの商人や船員が持ちこんだとされます[6]。「かるた」という言葉も、ポルトガル語の carta が語源です。

天正年間(1573〜92年)には、国内でも「天正かるた」が作られました。4種類の札が12枚ずつ、全部で48枚です。ヨーロッパやエジプトの札の13枚より、1種類につき1枚少ない数です[6]。

福岡県大牟田市の三池カルタ・歴史資料館には、「三池住貞次」という名のある天正カルタが残っています。三池が早い時期の産地だったことを示します[7]。江戸時代の寛永(1624〜44)のころからは、図柄を日本向けに変えたかるたが、三池・京・大坂で大量に刷られました[6]。ただし、かるたは賭け事と結びついて、たびたび禁じられました[7]。

日本に最初に入ったのは洋式トランプではなく、室町末にポルトガルの商人・船員がもたらした札だ。「かるた」の語もポルトガル語 carta に由来する[6]。到来の年を一つに決める根拠は、今回の資料にはない。

天正年間(1573〜92年)には国産の天正かるたが作られ、4種×12枚の48枚で遊ばれた[6]。三池カルタ・歴史資料館によれば、「三池住貞次」の銘の札が残り、三池が早い産地だったことがうかがえる。ただし発祥地と断定する材料ではない[7]。

寛永(1624〜44)ごろには、図柄を日本向きに改めたかるたが三池・京・大坂で大量に刷られ、大衆化した[6]。その一方で、賭博との結びつきから、江戸時代にたびたび禁じられた[7]。では、いつ洋式のトランプが入り、その名が定まったのか。

7. どうして カードが「トランプ」に なったの?

7. 明治の輸入と、「トランプ」という名前の二つの由来説

7. 1885年の輸入公認と、「トランプ」呼称の二説

1885ねん(めいじ18ねん)、にほんの せいふは、せいようの カードを ゆにゅうして うる ことを みとめました[8]。それまで、カードで かけごとを するのは きびしく とりしまられていました。

この ころ、にほんに きた せいようじんは、カードあそびの とき「トランプ」と よく いったそうです。にほんの ひとは、それを カードの なまえだと おもった、と いわれます[1]。

べつの せつも あります。ウィキペディアが しょうかいする せつで、ゆにゅうの とき、えいごの せつめいを やくした ひとが、「きりふだ」の ぶんを「トランプは しなが いい カード」と まちがえて やくした、と いう せつです[9]。

どちらが ただしいかは、きまっていません。おなじ ころの ほんにも「トランプ」の ことばが みえます[9]。にほんで なづけられた この なまえは、せかいの たびの おわりに ついた、ちいさな わすれものの ようです。

1885年(明治18年)、日本政府は西洋のカード(トランプ)の輸入・販売を公認しました。それまでカード賭博は厳しく取り締まられていました[8]。

では、なぜ名前が「トランプ」になったのでしょうか。一つめの説は、明治初期に来日した西洋人が、カード遊びで「trump(切り札)」とよく口にしたのを、日本人がカードそのものの名前と取りちがえた、というものです[1]。

二つめは、Wikipedia(ウィキペディア)が紹介する説で、輸入のとき、団々社が英文の説明を訳す際に、「切り札」をめぐる文を「トランプはカードの中でも品質のよいもの」と誤訳した、という説です[9]。「トランプ」の名は、1885年に出た桜城酔士の『西洋遊戯かるた使用法』にも見えます[9]。

どちらが正しいかは決められません。また、任天堂の公式沿革では、1902年に日本初のトランプ製造に着手したとされます[10]。中国の紙から始まった旅は、国内で作られるカードにたどりついたといえます。

1885年(明治18年)、政府は西洋のかるた(トランプ)の輸入・販売を公認した。それまでカード賭博は厳しく取り締まられていた[8]。この前後に「トランプ」の名が広まったが、由来には二説ある。

第一は取りちがい説で、明治初期に来日した西洋人がカード遊びで「trump(切り札)」とよく口にしたため、日本人がカード自体の名称と取りちがえた、というものだ[1]。第二は誤訳説で(Wikipediaが紹介する説)、1885年にイギリス・アメリカ・フランスから輸入する際、団々社が英文解説を訳すとき、「切り札」をめぐる文を「トランプはカードの中でも品質のよいもの」と誤訳した、とする[9]。名は同年の桜城酔士『西洋遊戯かるた使用法』に見える[9]。

二つの説は、いずれも「切り札」を意味する語が、カード全体の名に化けた点で一致する。どちらが正しいかは、今回の資料では決められない。国内製造については、任天堂の沿革が、1889年の花札製造開始に続いて、1902年に「日本初のトランプ製造に着手」と記す[10]。ただしこれは自社の表現で、国内最初と断定する根拠にはならない。

自分でも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

おうちの トランプを だして、ジョーカーを のぞいて、マークごとに まいすうを かぞえて みましょう。マークは 4つ、1つの マークに 13まい、ぜんぶで 52まいです。エジプトの ふるい カードと おなじ かずです。てんしょうカルタは 12まいで、1まい すくないのです。

つぎに、えふだ(人の え)の ふくそうを みくらべて みましょう。ふくや かんむりの ちがいが みつかるかも しれません。

もっと しりたく なったら、ふくおか県の おおむたしに ある「みいけカルタ・れきしかん」の ホームページを、おうちの ひとと ひらいて みて ください。

家のトランプを出して、マークを数えてみましょう。4種類、それぞれ13枚、合計52枚(ジョーカーは別)です。マムルーク朝の札と同じ構成で、天正かるたの12枚とは1枚違います。絵札の人物の服装や持ち物も見比べて、気づいたことを書き出してみましょう。

もっと知りたくなったら、三池カルタ・歴史資料館のサイト[7]を開いてみてください。

手持ちのトランプで、マークごとの枚数と絵札の種類を数え、マムルーク朝のカード(4種×13枚)や天正かるた(4種×12枚)と比べてみるとよい。構成がどこまで共通で、どこが違うかを自分で確かめられる。

資料を読むなら、日本語では三池カルタ・歴史資料館[7]とコトバンクの項目[1][6]、英語の資料としては The World of Playing Cards[3][4][5]が入口になる。「トランプ」の名の二説は、さらに原典の資料にあたる価値のある問いだ。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:コトバンク、三池カルタ・歴史資料館、任天堂の公式沿革、The World of Playing Cards、報道・Wikipediaを使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. コトバンク「トランプ」。https://kotobank.jp/word/トランプ-1738028 (起源・伝来の諸説と、名の由来の取りちがい説について)
  2. National Geographic「Trading playing cards」。https://www.nationalgeographic.com/history/article/trading-playing-cards (唐代のカードについて。二次資料)
  3. The World of Playing Cards「Early References」。https://www.wopc.co.uk/history-the-history-of-playing-cards/early-references (ヨーロッパの1370年代の記録について。英語)
  4. The World of Playing Cards「Mamluk」。https://wopc.co.uk/egypt/mamluk (トプカプ宮殿のカードと、naipes の語源について。英語)
  5. The World of Playing Cards「History」。https://www.wopc.co.uk/history (フランス式マークとジョーカーについて。英語)
  6. コトバンク「天正かるた」。https://kotobank.jp/word/天正かるた-102441 (ポルトガルからの伝来と、天正かるた・寛永の広まりについて)
  7. 三池カルタ・歴史資料館「カルタと大牟田の歴史」。https://karuta-rekishi.com/history_of_karuta_omuta (三池の銘のある天正カルタと、賭博による禁止について)
  8. 文春オンライン「任天堂の創業」。https://bunshun.jp/articles/-/1447 (1885年の輸入公認について。報道)
  9. Wikipedia「トランプ」。https://ja.wikipedia.org/wiki/トランプ (名の由来の誤訳説と、1885年の書物について。二次資料)
  10. 任天堂「企業沿革」。https://www.nintendo.co.jp/corporate/history/index.html (花札・トランプの製造開始について。自社の表現)

なおした ところ

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