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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

同じ こさの インクで、どうして 写真が かみに うつるの?

同じ濃さのインクで、なぜ写真の濃淡が刷れるのか ── 点と、水と油と、インクの滴の話

網点で写真の濃淡を刷るしくみと、印刷方式の移り変わり ── 提案から約30年かかった網点、石版、オフセット、インクジェット

分野:技術

新聞の 写真を 虫めがねで 見ると、小さな 点が ならんで いるだけです。黒い インクは、どこも 同じ こさなのに、どうして 写真に 見えるのでしょう。

この 点の ひみつと、水と 油を つかう 石の はん、ゴムを はさむ くふう、インクを とばす きかいが 出てくる わけが わかります。

新聞やチラシの写真を虫めがねで見ると、そこにあるのは小さな点だけです。インクの濃さは変えられないのに、どうして濃い部分と薄い部分のある写真が刷れるのでしょうか。

この疑問の答えになる「点の大きさで濃淡を出す」考え方と、それを紙に刷る水と油の版、ゴムを挟むオフセット、版を使わないインクジェットへのつながりが分かります。

印刷のインクは、1つの版の上では濃さを変えられない。それなのに濃淡のある写真が刷れるのは、点の大きさを変え、人の目に混ぜさせているからだ。この考え方である網点と、点や線を紙に移す版の技術が石版、オフセット、インクジェットへどう受け継がれたかが分かる。

網点は1852年に提案され、商業的に成功した方式が現れるまで約30年かかった。石版の「水と油」の原理がオフセットに残っている点と、オフセットとインクジェットがそれぞれ偶然のきっかけから生まれたと伝えられる点が、この流れの見どころだ。

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1. 点の 大きさで、こい うすいを 作る

1. 点の大きさを変えると、目は濃淡を感じる

1. 網点 ── インクの濃さを変えず、点の面積で階調を作る

新聞の 写真を、虫めがねで 見て みて ください。黒い 点が たくさん あります。写真の 黒い ところでは 点が 大きく、白っぽい ところでは 点が 小さく なって います。

インクは どこも 同じ こさです。かわるのは 点の 大きさだけです[6]。

点が 小さければ、目は 1つ1つを 見わけられず、まとめて なめらかな こい うすいに 見えます[6]。この やりかたを「あみてん」と いいます。

では、この 点の 考えは、いつ 生まれたのでしょう。

新聞の写真を虫めがねで見ると、黒い点がぎっしり並んでいます。写真の暗い部分では点が大きく、明るい部分では点が小さくなっています。

ここで大事なのは、インクそのものは薄まっていないことです。インクの濃さは変えず、従来の網点では点の大きさを変え、方式によっては点の間隔も変えて、濃淡を表しています[6]。

点が十分に小さいと、人の目は点の集まりを、なめらかな濃淡として受け取ります[6]。目が点を混ぜてくれることを使った、ひと工夫です。この方法は網点(ハーフトーン)と呼ばれます。

では、この考えは、いつ、だれが思いついたのでしょうか。

写真の階調(濃淡)をどうやって刷るのか。1つの版から出るインクの濃さは一定なので、濃淡そのものは出せない。そこで使われるのが網点(ハーフトーン)で、濃さではなく、従来の網点では点の大きさを変え、方式によっては間隔も変えて明暗を表す[6]。

点が十分に小さいと、人の目は点の集まりを連続した階調として知覚する[6]。ここで「点が小さいほど薄く見える」のはインクが薄まるからではなく、紙の白い面積の割合が増えるからだ。

この方式が最初に提案されたのはいつで、商売として使えるまでに何が足りなかったのか。次の章で見る。

2. 点の 考えは、およそ 30年 かけて 使える ように なった

2. 網点の思いつきから商売になるまで、約30年かかった?

2. タルボットの提案とマイゼンバッハの特許 ── 1852年から1882年へ

点で こい うすいを 出す 考えは、1852年に、イギリスの タルボットが とっきょで ていあんした のが さいしょと されます[6]。写真の「あみ」や「ベール」を つかう、という ものでした。

それから 30年ほど たった 1882年、ドイツの マイゼンバッハが、あみてんの やりかたの とっきょを とりました。これは、でっぱった はんの あみてんで、しょうばいと して さいしょに うまく いった ものと いわれます[6]。

そのあと、よい あみを 作る 人たちも 出てきました[6]。

網点の考えは、1852年にイギリスのウィリアム・フォックス・タルボットが特許で、写真の「網」や「ベール」を使うことを提案したのが最初とされます[6]。タルボットは写真の技術で知られる人です。

それから約30年後の1882年、ドイツのゲオルク・マイゼンバッハが、網点(オートタイプ)の方式の特許を取りました。彼は、凸版(出っぱった部分にインクをつける版)の網点で、商業的に成功した最初の人といわれます(アイヴスの1881年の特許など、別の方式もあります)[6]。

その後、ルイス・レヴィ、マックス・レヴィの兄弟やフレデリック・アイヴスらが、質のよい交差線スクリーンを作りました[6]。ここで言えるのは、思いつきと使える形になるまでに、約30年の間と、何人もの工夫があったということです。

では、色のついた写真は、どうやって点で刷るのでしょうか。

網点の着想は、1852年にウィリアム・フォックス・タルボットが特許で、写真の網やベール(photographic screens or veils)を使うことを提案したのが最初とされる[6]。ところが、これで商業的に成功したわけではない。

商業的に最初に成功した凸版の網点は、1882年にドイツのゲオルク・マイゼンバッハ(表記ゆれあり)が特許を取った方式(オートタイプ)だとされる。「写真を初めて印刷した人」ではなく、「網点で商業的に成功した最初の人」という点に注意が要る[6]。のちにレヴィ兄弟とフレデリック・アイヴスが質のよい交差線スクリーンを作った[6]。

次は、この点でカラーをどう作るかを見る。

3. 4つの いろの 点が かさなって、いろが できる

3. カラーは4色の点で作り、点の並べ方も工夫する

3. CMYKの網点 ── スクリーン角度とモアレ

カラーの 写真も、点で できて います。つかう いろは、あお(シアン)、あか(マゼンタ)、き(イエロー)、くろの 4つです[6]。この 4つの 点の ならびの こさを かえて、いろを 作ります。

ここで こまった ことが あります。4つの 点の ならびを まったく 同じ むきに すると、しまもようが 出て しまう ことが あるのです。この しまもようを「モアレ」と いいます。

そこで、いろごとに あみの むきを ずらします。すると 点は、小さな わの ような かたちに ならびます[6]。しまもようを おさえる くふうです。

カラー印刷では、シアン(青緑)、マゼンタ(赤紫)、イエロー(黄)、ブラック(黒)の4色(CMYK)の点の密度を変えて、さまざまな色を作ります[6]。

ところが、4色の網の向きがそろっていると、色の間に干渉縞(モアレ)が出てしまうことがあります。そこで、色ごとに網点の角度を変えてモアレを抑えます。すると点は、小さな輪(ロゼット)の形に並びます[6]。印刷の業界では、使う角度の組み合わせが標準化されています[6]。

細かい点を、4色ぶん重ねても、目には1つの絵に見える。その陰には、角度をずらすという地道な工夫があります。

ところで、点でも線でも、紙に刷るには、インクをのせる「版」が必要です。その版の話に戻ります。

カラー印刷は、シアン・マゼンタ・イエロー・ブラックのCMYKの4色について、点の密度を変えることで任意の色合いを再現する[6]。

ただし4色の網を同じ角度で重ねると、色間に干渉縞(モアレ)が生じることがある。そこで色ごとにスクリーンの角度を変えてモアレを抑え、点が小さな輪(ロゼット)の形に並ぶようにする。業界は既知の角度の組に標準化している[6]。

点の大きさ・密度で濃淡と色を作るという考え方は、版の種類を問わない。では、その版はどんな原理でインクを受けるのか。まず石版(リトグラフ)から見る。

4. 水と 油が まざらない ことを つかった、石の はん

4. 彫らずに描いたまま刷れる、水と油の石版

4. 石版印刷 ── 平版と水と油の反発

石の 上に、あぶらを ふくむ クレヨンで 絵を かきます。その 石を 水で ぬらして、あぶらの インクを ころがすと、どう なるでしょう。

絵を かいた ところだけに、インクが つきます。水で ぬれた ところは 油の インクを はじき、あぶらで かいた ところには インクが つくからです。水と 油は、まざらないのです[1]。この 石の はんを つかう いんさつを、せきばんと いいます。

石を ほる ひつようが ないので、かいた とおりに かみに うつせます[1]。ほる 力も わざも いらず、こまかい かげも 出せたので、あっと いう間に 世界中に ひろがったと せつめいされて います[4]。

せきばんを 考えたのは、ドイツの ゼネフェルダーです。1796年ごろに 考え、1798年に かんせいさせたと する 本が あります[2]。

石灰石の表面に、脂肪を含むインクやクレヨンで絵を描きます。石を水で湿らせてから油性のインクをのせると、描いた部分にだけインクがつきます。水と油がはじき合う性質を使った方法です[1]。

版の面はでこぼこにせず、平らなままです(平版)。彫る作業を通らず、描いた絵がそのまま紙に写せます[1]。ほかの印刷技法のような労力や熟練が要らず、細かな陰影も表せたため、石版は世界中に広がったと説明されています[4]。

考案したのは、ドイツのアロイス・ゼネフェルダーです。考案を1796年とする資料と、1798年に完成させたとする資料があるので、「1796年ごろに考え、1798年に完成させた」と読めば安全です[2]。

日本には、1860年(万延元年)にプロシア(今のドイツの一部)の使節が石版印刷機を幕府に贈った記録があり、幕末から石版画が作られました。明治10〜20年代は石版の時代といえる様子でした[2]。

石版は便利ですが、重い石の版を使うのは大変そうです。その後どう変わったのでしょうか。

石版印刷(リトグラフ)は、石灰石に脂肪性のインクやクレヨンで描画し、水で湿らせて油性インクをのせると親油性の部分にだけインクがつく。水と油の反発を利用した平版(版面に凹凸がない方式)で、彫りを介さず描画がそのまま紙に転写される[1]。

化学的には、脂肪性の薬剤で描いた面に硝酸溶液を塗ると、石灰石の炭酸カルシウムと反応して脂肪酸カルシウムができる。これが水をはじき、親油性のインキが乗りやすくなる、とPrintpiaは説明する[3]。

考案者はアロイス・ゼネフェルダー(ゼーネフェルダーとも)。考案年は1796年とする資料と、1798年に完成させたとする資料に分かれる[2][1]。広がった理由は、彫る労力や熟練を要さず、緻密で陰影に富む表現ができたためとされるが、この説明は解説サイトの一説にとどまる[4]。

日本では1860年(万延元年)にプロシア使節が石版印刷機を幕府に献上した。官民での実用化は明治6〜7年ごろから進み、明治10〜20年代は石版の時代ともいえる様相だった[2]。

では、この石の版は、そのまま今の印刷になったのか。次の章で見る。

5. 石の はんから、ゴムを はさむ いんさつへ

5. 偶然をきっかけに生まれたと伝わる、ゴムを挟む印刷

5. オフセット印刷 ── 間接式と石版からの系譜

いまの いんさつの 多くは、石の はんでは なく、金ぞくの はんを つかい ます。しかも、はんから 直せつ 紙に うつさず、まず ゴムの ぬのに うつして、そこから 紙に うつします。これを「オフセット」と いいます[5]。

はじまりは、1904年の アメリカの アイラ・ルーベルの はなしと いわれます。紙を いれずに きかいを 回して しまい、インクが ゴムに うつりました。つぎに 入れた 紙の うらに、そっくり うつって いたそうです[5]。

ゴムを はさむと、ざらざらした 紙にも こまかく きれいに うつり、はやく たくさん いんさつ できます[5]。ポスターや ざっし、新聞、本に、いまも つかわれて います。

石の はんで つかった 「水と 油」の しくみは、いまの オフセットにも のこって います[3]。

今の印刷の多くは、版から直接紙に刷らず、いったんゴム布(ブランケット)に写してから紙に刷る間接式のオフセット印刷です[5]。

きっかけは、1904年にアメリカのアイラ・ルーベルが偶然見つけたことといわれます。紙を入れずに機械を回すと、版のインキがゴム布に刷られました。次にはさんだ紙の裏へ、それがそっくり移っていたといいます[5]。この逸話は、解説によって「紙の入れ忘れ」と書くものと、「工員が紙をはさまずに回した」と書くものがあり、伝え方に少し差があります。

ゴムを挟むと、ざらざらした紙にも細かく刷れる、カラーに向いている、刷る速さが速い、といった長所があります[5]。そのため、ポスター・雑誌・新聞・書籍に今も広く使われています。

石版からの流れも見えます。19世紀半ばにシリンダー式の印刷機が作られると、版の材質は石から亜鉛版、アルミ版へ変わり、今のオフセット印刷へ進みました[3]。石版の水と油の原理は、今のオフセットに引き継がれています[3]。

版を作る手間なしに、データから直接紙へ刷る方法は、あるのでしょうか。

オフセット印刷は、版から直接紙に刷らず、いったんゴム布(ブランケット)に転写してから紙に刷る間接式だ。1904年にアメリカのアイラ・ルーベルが偶然発見したと伝えられる[5]。紙を入れ忘れて回したため、版のインキがゴム布に刷られ、次の紙の裏へそっくり移った、というのが逸話の筋だ。ただしコトバンクは「工員が紙をはさまず回した」と、drupaの解説は「紙の入れ忘れ」と、主体の書き方が異なるため、定説的な逸話として読むのが無難だ[5]。

ゴムを介す利点は、粗面紙でも細かい印刷ができること、カラー印刷に向くこと、印刷速度が速いことだ[5]。そのため、ポスター・雑誌・新聞・書籍に今も広く使われている。

石版との関係はどうか。Printpiaによると、19世紀半ばにシリンダー式の印刷機が作られたことに伴い、版の材質は石から亜鉛版、アルミニウム版へ変わり、現在一般的なオフセット印刷へ進化した[3]。石版の水と油の原理は、今のオフセットに受け継がれている[3]。

次は、版そのものを使わない印刷を見る。

6. はり先から インクが とび出した

6. 熱した針からインクが飛び出した ── インクジェット

6. インクジェット ── 熱式(バブルジェット)とピエゾ式

うちの プリンターは、はんを つかって いません。ちいさな インクの つぶを、かみに ふきつけて います。これが「インクジェット」です。

きっかけは、キヤノンの けんきゅうで 起きた できごとです。インクを いれた ちゅうしゃきの はりに、あつく した はんだごてが ぐうぜん ふれました。すると はりの 先から、インクの つぶが いきおいよく とび出したのです[7]。

この ぐうぜんを きっかけに、1977年に とくべつな とっきょを 出し、1985年に さいしょの せいひん(BJ-80)が 売り出されました[7]。

また、ほかの かいしゃでも、ねつや でんきを つかって インクを とばす くふうが すすめられました[8]。

家庭のプリンターの多くは、版を使わず、小さなインクの滴を直接紙へ飛ばす、インクジェットという方式です。

きっかけは、キヤノンの研究中の出来事でした。インクを詰めた注射器の針に、熱したはんだごてが偶然触れると、針先からインクの滴が勢いよく噴き出したのです[7]。これをヒントに、キヤノンは1977年に、熱でインクを飛ばすバブルジェット方式の基本特許を出願しました。最初の製品BJ-80の発売は、1985年のことです[7]。

熱式の仕組みは、小さな部屋のヒーターに電流を流して急に熱し、インクを蒸発させて泡を作ります。その泡の力で、ノズルから滴を飛ばします[8]。ほかに、電圧で曲がる圧電素子(ピエゾ)でインクを押し出す方式もあります[8]。

ノズルから出る滴の大きさは、数ピコリットル程度から50ピコリットルを超えるものまで機種によって違います[8]。1ピコリットルは1リットルの一兆分の一ほどの量です。

同じ頃に、HPの研究者たちも、薄い膜の抵抗の熱で滴を飛ばす方法を、別々に開発していました[8]。インクジェットは、似た発想が同時期に、別の場所で育っていった技術でもあります。

インクジェットは版を使わず、微小なインク滴をノズルから直接紙へ飛ばす方式だ。キヤノンの公式資料によれば、研究中にインクを詰めた注射器の針へ熱したはんだごてが偶然触れ、針先からインク滴が噴出したことが契機となった。これを受け、1977年に熱でインクを飛ばすバブルジェット方式の基本特許を出願し、1985年に最初の製品BJ-80を発売した[7]。着想から発売まで約8年かかった計算になる。

熱式は、小さな部屋のヒーターに電流を流して急加熱し、インクを蒸発させて泡を作り、その力でノズルから滴を飛ばす。ピエゾ式は、電圧をかけると曲がる圧電素子でインクを押し出す[8]。滴は数ピコリットルから50ピコリットル超まで機種により異なり、特定の値は一般化できない[8]。

同時期にヒューレット・パッカード(HP)のコーバリス部門の研究者たちも、薄膜抵抗の熱で滴を飛ばす方法を独立に開発していたとされる[8]。偶然の発見と同時並行の開発が重なった例として読める。発明者の個人名は、公式ページでは確認していないため、ここでは書かない。

7. 虫めがねで、点を さがして みよう

7. 身のまわりの印刷物で、点を探す

7. 出口 ── 点を観察し、資料で原理を確かめる

うちに ある 新聞や チラシを、虫めがねで 見て みましょう。写真の 黒い ところと、白っぽい ところで、点の 大きさは どう ちがうでしょう。

おかしの ふくろや、本の 絵も 見て みると、点の ならびが ちがうかも しれません。ぜんぶ おなじ むきの 点か、すこし むきが ちがう 点か、さがして みて ください。

もっと 知りたく なったら、大人と いっしょに、キヤノンや プリンティアの ページで、「バブルジェット」や「オフセット」の はなしを 見て みて ください。

家にある新聞やチラシの写真を、虫めがねで見てみましょう。暗い部分と明るい部分で、点の大きさがどう違うかを見比べます。カラーの写真なら、色ごとに点がどんな向きで並んでいるかも探してみてください。

家にインクジェットのプリンターがあれば、同じような写真を印刷して見比べるのも面白そうです。点の並び方が、ちがっているかもしれません。

もっと読みたくなったら、キヤノンの知的財産の歴史のページ[7]や、日本印刷産業連合会のPrintpia[3]を開いてみてください。

観察するなら、新聞・チラシ・雑誌の写真を虫めがねで見て、濃淡と点の大きさの関係を確かめるとよい。カラーなら、4色の点がどう並んでいるかも手がかりになる。インクジェットの出力と見比べたとき、点の並び方に違いがあるかどうかは、自分で確かめる価値のある問いだ。

資料を読むなら、石版と平版の原理は、美術用語集のartscape[1]と、日本印刷産業連合会のPrintpia[3]が日本語で読める。インクジェットの発見の経緯は、キヤノンの公式ページ[7]が一次資料に近い。網点の歴史は、英語版Wikipedia[6]が出発点になるが、二次資料なので、引用された特許や文献で確かめたい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:美術用語集、日本印刷産業連合会、企業の公式ページ、百科事典サイトを使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. artscape「リトグラフ」。https://artscape.jp/artword/6961/ (石版の水と油の原理、平版について)
  2. コトバンク「リトグラフ」。https://kotobank.jp/word/リトグラフ (考案者と考案年、日本への伝来について。二次資料)
  3. 日本印刷産業連合会 Printpia。https://www.jfpi.or.jp/printpia4/part2_03-07.html (石版の化学と、石版からオフセットへの変化について)
  4. 文化庁系 artcommons 解説。https://www.nact.jp/artcommons/user/detail/4679 (石版が広がった理由について。解説サイト)
  5. コトバンク「オフセット印刷」。https://kotobank.jp/word/オフセット印刷-2078 (オフセット印刷の発見の逸話と、長所について。二次資料)
  6. Wikipedia「Halftone」。https://en.wikipedia.org/wiki/Halftone (網点の考え方、歴史、カラー印刷について。二次資料)
  7. キヤノン「知的財産の歴史(印刷)」。https://global.canon/ja/intellectual-property/history/printing.html (バブルジェットの発見と製品化について)
  8. Wikipedia「Inkjet printing」。https://en.wikipedia.org/wiki/Inkjet_printing (熱式・ピエゾ式の仕組み、HPの同時期の開発について。二次資料)

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