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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

「てつどうの日」は、どうして 10月14日なの?

鉄道の日はなぜ10月14日なのか ── 雨で延びた開業式から名前が変わるまで

「鉄道の日」10月14日の由来 ── 1872年の開業式から、1922年の鉄道記念日、1994年の改称へ

分野:歴史・文化

てつどうの日は、10月14日です。でも この日は、むかしの こよみでは 9月12日でした。しかも、もともとは 9月9日に やる はずだった かいぎょうしきが、雨で のびた 日でもあります。

どうして その日が、いまも おいわいの 日に なったのでしょう。日づけの きまり方と、名前が かわった わけが わかります。

鉄道の日は、毎年10月14日です。ところが、この日は当時の暦(旧暦)でいえば9月12日で、しかも開業式はもともと9月9日に行う予定でした。雨で予定が3日延びた結果の日付です[2]。

なぜその日が100年以上たっても記念日として残ったのか。「鉄道記念日」から「鉄道の日」へと名前が変わったのはなぜか。日付の由来と、名前が変わった理由が分かります。

鉄道の日は毎年10月14日。だが、この日付は当時の暦では9月12日にあたり、開業式は当初9月9日の予定だった。雨天で延期されたことが、公文書館の資料から見える[2]。日付の由来は、1872年(明治5年)の新橋・横浜間の開業式である[1]。

予定より延びた日が、1994年に毎年10月14日の記念日として定められた[7]。開業式の日付がどうして記念日になり、なぜ1922年の「鉄道記念日」から1994年の「鉄道の日」へ改称されたのか。その経緯をたどる。

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1. 10月14日に、なにが あったの?

1. 1872年10月14日、新橋で開業式

1. 10月14日に起きたのは、開業か、開業式か ── 1872年(明治5年)の新橋・横浜間

いまから 150ねん いじょう まえ、1872ねんの 10月14日に、新橋と 横浜よこはまを むすぶ てつどうの かいぎょうしきが ありました[1]。

てんのう へいかが のった おめしれっしゃが、新橋から 横浜よこはままで いって、また 新橋に もどって きたと いわれます。ふつうの おきゃくさんが のれるのは、つぎの 日からと する 本が あります[3]。

だから 10月14日は、「てつどうが 走りはじめた 日」と いうより、「かいぎょうを みんなで おいわいした 日」と 言うほうが、ぴったりです。

日本で最初の鉄道は、新橋と横浜を結ぶ路線でした。国土交通省は、1872年(明治5年)10月14日に新橋・横浜間に最初の鉄道が開通したと説明しています[1]。

この日にあったのは開業式です。明治天皇と建設に関わった人たちを乗せたお召し列車が、新橋から横浜まで往復したとされます(往復運転はWikipediaの記述による[3])。国立公文書館の資料の紹介では、天皇は朝9時ごろに新橋の鉄道館に馬車で着き、各国の公使と会ったうえで列車に乗ったと説明されていて、イタリア、アメリカ、フランス、イギリスなどの公使や領事も式に加わったとされます[2]。

一般の乗客を乗せた営業運転は、翌10月15日からとする資料があります[3]。資料によって言い方が揺れるため、この記事では10月14日を「開業式の日」として書きます。

10月14日は、鉄道が走りはじめた日なのか。国土交通省は、明治5年(1872年)10月14日に新橋・横浜間に最初の鉄道が開通したと説明している[1]。この日に行われたのは開業式で、明治天皇と建設関係者を乗せたお召し列車が新橋から横浜まで往復したとされる。往復運転や、一般の営業運転が翌10月15日からとされる点は、Wikipediaの記述による[3]。

国立公文書館の資料紹介によれば、天皇は朝9時に新橋の鉄道館へ馬車で臨み、各国公使と面会したのち列車で横浜へ向かった。イタリア、アメリカ、フランス、イギリスなどの公使・領事が列席したとされる[2]。

資料によって言い方が揺れるため、以下、10月14日は「営業開始日」ではなく「開業式の日」に限定して扱う。では、その開業式が、なぜ9月ではなく10月14日なのか。

2. 雨で のびた 日と、こよみの ふしぎ

2. 9月9日の予定が、雨で9月12日に

2. 9月の予定が、なぜ10月14日になったのか ── 雨天延期と太陽暦への切りかえ

かいぎょうしきは、はじめ 9月9日に やる よていでした。この日は「ちょうよう」という せっくの 日です。ところが 雨が ふって、しきは 3日、のびました[2]。

うんどうかいが 雨で のびて、あとから やった 日が、ずっと「うんどうかいの 日」に なるような ものです。ただし てつどうの日は、のびた 日を そのまま きめたのでは なく、あとから きめられた 日です。

ここで ふしぎなのは、9月12日が なぜ 10月14日に なるのかです。この 9月は、いまとは ちがう 旧暦きゅうれきの 9月でした。この 年の 11月に、こよみが 太陽暦たいようれきに かわりました[4]。かいぎょうしきは、その 少し 前だったのです。

もし 晴れて いたら、しきは 9月9日で、いまの こよみでは 10月11日ごろ でした。すると きねんびも 10月11日に なって いたかもしれません。これは、この 記事の 計算からの そうぞうです。

開業式は、もともと重陽の節句にあたる9月9日に行う予定でした。ところが雨で延期され、9月12日に行われたことが、国立公文書館の資料から読み取れます[2]。

ここで気をつけたいのは、この9月9日も9月12日も旧暦の日付だということです。日本は明治5年11月9日のおふれ(布告)で、明治5年12月3日を明治6年1月1日とする太陽暦に切りかえました[4]。開業式はその約2か月前で、旧暦9月12日が太陽暦の10月14日にあたります。

同じ計算で数えると、予定どおり旧暦9月9日に式を行っていたら、太陽暦では10月11日ごろになります。雨が降らなければ、記念日は別の日になっていた可能性があります。ただし、記念日が開業式の日付を基準に決まったかは、資料からは断定できません。上の話は、あくまで計算にもとづく想像です。

開業式は当初、重陽の節句の9月9日に予定されていたが、雨天のため延期され、9月12日に行われた。国立公文書館の資料紹介からこの延期が見て取れる[2]。この9月9日と12日は、いずれも旧暦(太陰太陽暦)の日付である。

では、9月12日がなぜ10月14日と呼ばれるのか。手がかりは暦にある。改暦は明治5年11月9日に布告され、明治5年12月3日を明治6年1月1日とした。開業式はその約2か月前にあたる。国立天文台の資料展示による[4]。旧暦9月12日が太陽暦10月14日に対応することは、国土交通省の報道発表の日付と合わせて確認できる[1]。

では、雨が降らなかったら、どうなっていたのか。同じ対応で逆算すると、旧暦9月9日は太陽暦の10月11日にあたる。予定どおりなら祝う日は変わっていた可能性があるが、記念日制定の理由が開業式の日付そのものだったかどうかは、この記事で用いた資料からは断定できない。

3. 29キロが 53分。なにが すごかったの?

3. 歩いて7〜8時間の道が、53分に

3. 歩けば7〜8時間の約29kmは、どう変わったか ── 所要時間の比較

新橋から 横浜よこはままでは、およそ 29キロです。とまらずに 行くと、53分でした[3]。

やすまずに あるくと、7〜8じかんは かかると いわれる きょりです[9]。歩く 人と 列車では、すすむ 早さが まったく ちがいました。

「お昼まえに 出て、夕方までに ついて いる」と 思えば、家族の 一日の すごし方が ちがって みえます。

新橋・横浜間は約29km、途中に止まらず走ると53分だったとされます[3]。同じ距離を休まず歩くと7〜8時間かかったといわれます[9]。

計算すると、7時間が420分、53分が約8倍の差になります。「朝に出て日帰りで用事をすませ、夕方に戻る」ことが、この区間ではできる形になっていきました。この「歩いて7〜8時間」は一般向けの記事にある目安で、統計にもとづく数字ではありません。

53分で走る列車は、歩く人とはまったく違う速さで進みました。

この鉄道の、何が新しかったのか。新橋・横浜間は約29kmで、ノンストップの所要時間は53分とされる[3]。一般向けの記事では、休まず歩けば7〜8時間かかる距離だと説明される[9]。ただし、この徒歩時間は目安であって統計値ではない。

では、どれほどの差なのか。7時間を420分として計算すると、420÷53は約7.9、つまり8倍近くの差になる。8時間なら約9倍である。この倍率は、徒歩時間の目安から計算した概算である。

4. 50ねんの おいわいと、「てつどう きねんび」

4. 50周年の祝典から「鉄道記念日」へ

4. 開業の日は、いつ記念日になったのか ── 1921年の50周年祝典と1922年の制定

1921ねん、10月14日に、東京駅の あたりで、てつどうが はじまって 50ねんの おいわいが ありました。同じ 日に、はじめての 博物館はくぶつかんも ひらきました[6]。

その つぎの 年、1922ねんに、てつどうを あつかう 国の やくしょが、10月14日を「てつどう きねんび」と きめました[5]。

この 日づけが えらばれた くわしい わけは、ここでは わかりません。

1921年(大正10年)10月14日には、鉄道開業50周年の祝典が行われ、東京駅の丸の内北口に初代の鉄道博物館が開館しました[6]。祝典は東京駅で開かれたと伝えられます。

翌1922年(大正11年)、当時の鉄道省が毎年10月14日を「鉄道記念日」と定めました[5]。通達の日付を10月13日とする資料もありますが、二次資料に限られるので、年だけを確かなこととして扱います。

なお、1872年から1921年は49年ですが、この祝典は「50周年」と呼ばれました。その理由は、ここでは説明できません。

10月14日が記念日になったのは、開業から半世紀ほどあとのことである。1921年(大正10年)10月14日、鉄道開業50周年の祝典が東京駅で行われ、丸の内北口に初代の鉄道博物館が開館した[6]。翌1922年(大正11年)には、当時の鉄道省が毎年10月14日を「鉄道記念日」に定めた[5]。制定の通達日を大正11年10月13日とする資料もあるが、二次資料に限られ、年のみが複数の資料で一致する。

ここに、一つ引っかかる点がある。1872年から1921年は49年である。祝典が「50周年」と呼ばれた理由は、ここでは説明できない。

5. 名前が 「てつどうの日」に かわった わけ

5. 1994年、「鉄道の日」へ

5. 名前が変わると、何が変わったのか ── 1994年、「鉄道記念日」から「鉄道の日」へ

1994ねんに、10月14日は「てつどうの日」に なりました。くにの てつどうの しごとを する やくしょは、「てつどうが 生まれ、はってんした ことを いわうために 決めた」と 話して います[7]。

このとき、国や、いろいろな てつどうの 会社、りょこうの 会社などが あつまって、「てつどうの日 実行委員会」を つくりました[8]。

名前が かわった とき、すべての てつどうの 会社が いわう 日に しようと した、と いわれます[5]。

1994年(平成6年)、毎年10月14日は「鉄道の日」と定められました。国土交通省は、鉄道の誕生と発展を記念する日だと説明しています[7]。同じ年に、旧運輸省、JR、民営鉄道、日本旅行業協会などが「鉄道の日実行委員会」を立ち上げ、前後の期間は鉄道旬間として行事が開かれます[8]。

「鉄道記念日」から「鉄道の日」に変わったとき、すべての鉄道事業者が祝う記念日にする、という位置づけになったと説明されています[5]。1987年の国鉄の分割民営化の後の話です。

ふつうの鉄道好きの目からは、名前の1字ちがいに見えます。しかし、国鉄一社の記念日から、いろいろな会社が一緒に祝う日へ変わったと読むと、日付は同じでも意味が広がったことが分かります。

日付はそのままで、名前だけが変わった。国土交通省は、平成6年(1994年)に、その誕生と発展を記念して毎年10月14日を「鉄道の日」と定めた、と説明する[7]。同年、旧運輸省、JR、民営鉄道、日本旅行業協会など関係団体が「鉄道の日実行委員会」を立ち上げた。日本民営鉄道協会の説明による[8]。

では、改称で何が変わったのか。改称にあたり、10月14日はすべての鉄道事業者が祝う記念日と位置づけられた。JR東日本の記事による説明である[5]。1987年の国鉄分割民営化の後の改称であるが、改称を提案した理由の細かい文言は、ここでは扱わない。

自分でも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

今日 できること

家の人と、いちばん ちかくの 駅が「いつ できたか」を しらべて みましょう。てつどうの 会社の ホームページや、市の 本に のって いることが あります。

開業した 年と、この お話の 1872ねんを くらべると、その 町の れきしが すこし みえて きます。

出かけて できること

駅に 行ったら、かべや 柱に 開業の きねんの 石や 板が ないか、さがして みましょう。せんろには 近づかず、ほかの 人の じゃまに ならない ところで 見ます。

公式の じょうほう

国の やくしょの「てつどうの日」の ページに、いまの 行事が のって います[7]。日づけや 場所は 年で かわるので、さいしょに たしかめて ください。

今日できること

いちばん近い駅の開業年を、鉄道会社のホームページや市の資料で調べます。1872年の新橋・横浜間からどれくらい後に、その町に鉄道が来たのかを比べると、路線ごとの歴史の違いが見えてきます。

出かけてできること

駅の構内や周辺に、開業を記念する碑や案内板がないか探します。線路には近づかず、通行のじゃまにならない場所から見ます。

公式の情報

国土交通省の「鉄道の日」のページに、鉄道フェスティバルや日本鉄道賞など、現在の行事が紹介されています[7]。開催日や場所は年ごとに変わるので、最新の案内で確かめてください。

今日できること

身近な駅の開業年を、鉄道会社の公式サイトや自治体の資料で調べ、1872年(新橋・横浜間)との時間差を並べてみる。

出かけてできること

開業記念の碑や案内板を駅周辺で探す。線路には近づかず、通行の妨げにならない位置から観察する。

公式情報

国土交通省の「鉄道の日」のページには、鉄道フェスティバル、日本鉄道賞(平成14年創設)、鉄道のある風景写真コンテストなどが案内されている[7]。開催日・会場は年で変わるため、公式の最新情報を確認する。国立公文書館の「新橋横浜間鉄道之図」の紹介ページ[2]では、開業式が雨で延期された痕跡を読み取れる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

日付・名称の由来は複数の資料を突き合わせた。二次資料に頼った箇所は本文で断り書きを入れた。

  1. 国土交通省「鉄道開業150周年」報道発表 https://www.mlit.go.jp/report/press/tetsudo01_hh_000180.html (開業日)
  2. 国立公文書館 アーカイブス・コレクション(新橋横浜間鉄道之図) https://www.archives.go.jp/learning/archive_collection_3/collection_7/ (雨天延期・開業式の様子)
  3. 日本の鉄道開業(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/日本の鉄道開業 (営業開始・所要時間)
  4. 国立天文台 貴重資料展示室014「暦(3) 江戸から現在まで」 https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/exhibition/014/ (太陽暦への切りかえ)
  5. JR東日本 media https://media.jreast.co.jp/articles/1644 (鉄道記念日の制定・改称)
  6. 鉄道の日(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/鉄道の日 (1921年の祝典・改称理由)
  7. 国土交通省「鉄道の日」について https://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk1_000004.html (1994年の制定・現在の行事)
  8. 日本民営鉄道協会「鉄道の日」 https://www.mintetsu.or.jp/knowledge/term/16430.html (実行委員会・鉄道旬間)
  9. serai.jp 記事 https://serai.jp/hobby/1094122 (徒歩の目安)

なおした ところ

更新履歴

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