1. れいぞうこの よこは、なぜ あたたかいの?
1. 冷蔵庫の側面が温かいのは、故障ではない
1. 放熱パイプ ── 側面が50〜60℃になる理由
れいぞうこの よこや うしろには、「ほうねつパイプ」という くだが とおって います。メーカーの せつめいでは、へやの おんどが 30どの とき、この あたりは 50〜60どに なる ことも あるそうです。[3]
でも、こしょうでは ありません。れいぞうこは「つめたさ」を つくって いる きかいでは なく、なかの ねつを そとへ はこびだして いる きかいです。はこびだした ねつが でて くる ところが、あたたかい パイプです。
あたたかい よこは、ねつの でぐちです。そう おもって さわって みると、ちょっと ふしぎな きもちに なります。
冷蔵庫の側面や前面、背面には、放熱パイプという管が通っています。庫内を冷やすときに出る熱を、ここから外へ逃がすしくみです。メーカーの案内では、周囲の温度が30℃のとき、側面が約50〜60℃になることもあるが、故障ではないと説明されています[3]。
冷蔵庫は、冷たさを作る機械ではありません。中にある熱を、外へ運び出す機械です。運び出された熱が出てくる場所が、温かい側面です。
東芝は、この放熱パイプが、露(結露)が付くのを防ぐためにも使われると説明しています[2]。熱を捨てる役目と、結露を防ぐ役目のどちらを強く説明するかは、メーカーによってちがうようです。
壁にぴったりくっつけて置くと、熱が逃げにくくなり、圧縮機(あとで出てきます)の負担が増えて、電気も多く使うようになります。必要なすき間は機種によってちがうので、取扱説明書で確かめるよう案内されています[4]。
では、運び出される熱は、どうやって集められ、どうやって外へ渡されるのでしょうか。
冷蔵庫の側面・前面・背面には放熱パイプが内蔵されており、庫内を冷やす際に出る熱がここを通って放出される。パナソニックの案内では、周囲温度30℃のとき約50〜60℃に達することがあるが、故障や異常ではないとされる[3]。周囲より20〜30℃ほど高い計算になる。
冷蔵庫は冷たさを作っているのではなく、庫内の熱を外へ運んでいる。温かい側面は、運び出された熱の出口にあたる。
放熱パイプの役割の説明は、メーカーで重心が異なる。東芝は、側面や背面に放熱パイプがあるのは露が付くのを防ぐためだとも述べており[2]、熱を捨てる役と結露防止の両面があると読める。東芝の年表には、1978年に背面の放熱パイプをなくした「後ろスッキリタイプ」が載っている[13]。放熱の設計には、その後もいくつかの形がある。
熱の出口が塞がれると効率が落ちる。放熱スペースが足りないと熱を外へ逃がしにくく、コンプレッサーの負荷が増えて消費電力が増える。必要な隙間は機種ごとに違い、取扱説明書で確かめるよう案内されている[4]。
では、その熱は庫内でどう集められ、どうやって外へ渡されるのか。
2. ねつを はこぶ「れいばい」って なに?
2. 熱を運ぶ役は、冷媒という物質
2. 冷凍サイクル ── 冷媒の蒸発と凝縮で、熱をくみ出す
ねつを はこぶ やくを して いるのは、パイプの なかを ぐるぐる まわる「れいばい」です。れいばいは、えきたいから きたいに かわる とき、まわりの ねつを うばう せいしつが あります。
おふろあがりに、ぬれた からだが すーっと ひえるのは、みずが じょうはつ する とき、からだの ねつを うばうからです。おなじ ことが、れいぞうこの なかの パイプでも おきて います。[1]
ねつを うばって きたいに なった れいばいは、きかいで ぎゅっと おされて、そとの パイプへ おくられます。そこで ねつを すてて、また えきたいに もどります。ねつを のせて はこぶ トラックが、なかと そとを いったり きたり して いるような ものです。ただし ほんとうは、ねつは にもつでは ありません。れいばいが すがたを かえる とき、ねつが はいったり でたり します。
ひやされた くうきは、ファンで なかに おくられます。れいぞうしつは 0〜3どくらい、れいとうしつは マイナス 20〜マイナス 17どくらいです(にほんの メーカーの ひとつの きかいの れいです。まわりの あたたかさなどで かわります)。[8]
冷蔵庫の中の熱を運んでいるのは、パイプの中をめぐる冷媒です。冷媒は、気化と液化をくり返すことで、熱を1つの場所から別の場所へ運ぶ物質です[5]。液体が気体に変わるときには周囲の熱を奪い、気体が液体に戻るときには熱を放ちます。汗が乾くとき体が冷えるのと、同じ性質です。
冷蔵庫の中では、およそ次の順に進みます[1]。
- 圧縮機で冷媒を押し縮め、高温・高圧のガスにします。
- 凝縮器(コンデンサー)で熱を外に放ち、冷媒は液体になります。ここが、温かい側面や背面です。
- 細い管(キャピラリーチューブ)を通して圧力を下げます。
- 冷却器(蒸発器)で冷媒が気体になり、周囲から熱を奪います。
冷却器のまわりに風を当てると、とても冷たい空気ができます。その冷気をファンで庫内にめぐらせて、中を冷やします[1]。この4つの機器の組み合わせは、日本冷凍空調学会の解説で「冷凍サイクル」として説明されていて、冷蔵庫のほか、エアコンなど多くの装置に使われています[6]。
熱を運ぶ冷媒を、荷物を積んで往復するトラックにたとえると、覚えやすいかもしれません。ただし本当は、熱は荷物のような物ではなく、冷媒が形を変えるときに出入りするエネルギーです。
庫内の温度の目安は、日立の案内にある機種の例で、決められた周囲温度などの条件のもとでは、冷蔵室の棚が約0〜3℃、冷凍室が約マイナス20〜マイナス17℃、野菜室が約4〜8℃です[8]。同じ冷蔵室でも、置く場所で温度が少しちがいます。
冷媒は、気化・液化を繰り返すことで熱を一つの場所から別の場所へ運ぶ物質だ[5]。冷蔵庫は、パイプ内の冷媒の気化と液化のサイクルで熱を移動させている[5]。冷却の中心にあるのは、冷媒が状態を変えるときの気化熱・凝縮熱だ[1]。汗が乾くときに体温が奪われるのと、原理は同じである。ただし冷蔵庫では、冷媒を閉じた管の中に入れ、何度も使い回している。
東芝の説明によれば、順序は次のとおり[1]。
- 圧縮機(コンプレッサー)で冷媒を圧縮し、高温高圧の気体にする。
- 凝縮器(コンデンサー)で放熱させ、冷媒を液体にする。
- キャピラリーチューブ(細い管)で減圧する。
- 冷却器(蒸発器)で気化させ、周囲から熱を奪う。
冷却器に風を当てると非常に低温の冷気ができ、これをファンで循環させて庫内を冷やす[1]。日本冷凍空調学会の解説は、この圧縮機・凝縮器・膨張弁・蒸発器の4機器で冷凍サイクルを表し、冷蔵庫やエアコンなど多くの装置に使われると述べる。本質は、冷媒がどの機器で状態を変え、熱と仕事がどれだけ出入りするかだという[6]。
ヒートポンプの解説では、圧縮すると温度が上がり、膨張弁で減圧すると温度が下がる、と整理される[7]。庫内より冷たい冷媒で庫内の熱を吸い、圧縮して部屋より熱い状態にしてから、外へ捨てる。低い温度の場所から高い温度の場所へ熱を移すために、電気の力で圧縮している、という構図になる。
庫内の温度の目安は、日立の掲載機種の例(所定の周囲温度などの条件下)で、冷蔵室の棚が約0〜3℃、冷凍室が約−20〜−17℃、野菜室が約4〜8℃。同じ室内でも置く場所で温度は違う[8]。
熱を「運ぶ」機械なら、扉を開けっぱなしにした部屋はどうなるのか。
3. とびらを あけっぱなしに したら、へやは すずしく なる?
3. 扉を開けっぱなしにしても、部屋は涼しくならない
3. 「1の電気で5の熱」── 開けたままの冷蔵庫が部屋を暖める理由
あつい ひに、れいぞうこの とびらを あけて、すずしい かぜを あびたく なる ことが あります。でも、あけっぱなしに しても、へやは すずしく なりません。むしろ あつく なる ことが あると かんがえられて います。
れいぞうこは、ねつを なかから そとへ うつす だけです。しかも、うごかす ための でんきも、さいごは ねつに なって へやへ でて きます。
ヒートポンプの せつめいに よく でる れいです。たとえば、でんき 1に たいして、ねつを 5 はこぶと、へやに でる ねつは ぜんぶで 6 です。[7] ほんとうの れいぞうこの かずでは ありません。かんがえかたを つかむ ための れいです。
ためして みなくても だいじょうぶです。でんきが むだに なるだけです。
暑い日に扉を開けて、ひんやりした空気に当たりたくなることがあります。しかし、開けっぱなしにしても部屋は涼しくならず、むしろ暑くなります。
理由は、冷蔵庫が熱を庫内から部屋へ移すだけの機械だからです。しかも、冷蔵庫を動かす電気のエネルギーも、最後は熱になって部屋に出ます。
ヒートポンプの解説には、こういう例が出ています。消費電力1kWで冷凍能力5kWのヒートポンプなら、捨てられる熱は6kWです[7]。電気が1、運ぶ熱が5、外へ出る熱は合わせて6、ということです。この数字は、ヒートポンプ全般についての例で、実際の冷蔵庫の効率ではありません。
部屋に出る熱は、庫内から奪った熱よりも、電気のぶんだけ多くなります。だから、扉を開けたままにしても、部屋の温度は下がりません。この考え方は、原理から導いたものなので、試す必要はありません。電気が無駄になるだけです。
温かい側面の熱は、この「6」のほうです。冷蔵庫の中を冷やす裏側では、部屋を暖めるほうへ、いつも熱が出ています。
では、この熱を運ぶ機械は、いつ、誰が作ったのでしょうか。
扉を開けたまま冷蔵庫を動かし続けると、部屋は涼しくならず、むしろ暑くなる。冷蔵庫は熱を庫内から部屋へ移すだけで、しかも運転に使った電気のエネルギーも最後は熱として部屋に出るためだ。
ヒートポンプの説明にある例では、消費電力1kWで冷凍能力5kWなら、廃熱は6kWになる[7]。低温側から奪った熱5に、投入した電気1が加わり、外へ出る熱は6。この数字はヒートポンプ一般の例で、実際の家庭用冷蔵庫の効率を示したものではない。
この関係から、部屋に出る熱は必ず、庫内から奪う熱より多くなる。第1章の放熱パイプが50〜60℃になるのも、この熱を捨てているからだと読める。ここは原理から導いた説明であり、開けっぱなしで部屋の温度がどれだけ上がるかは、部屋の広さや冷蔵庫の状態で変わる。冷蔵庫を開けたままにして確かめるのは、電気の無駄になるので勧めない。
熱を運ぶ機械の仕組みは、いつ、誰が作ったのか。
4. こおりやさんが くばって いた れいぞうこ
4. 氷屋さんの氷から、冷やす機械が生まれるまで
4. 氷冷蔵庫から蒸気圧縮式へ ── カレン・パーキンス・リンデ
むかしの れいぞうこは、きの はこでした。うえの だんに こおり、したの だんに たべものを いれます。こおりの つめたさで ひやす ので、なかは 10どくらいにしか なりませんでした。[12]
こおりは、こおりやさんが リヤカーで いえに くばって いました。にほんでは めいじ 40ねんごろから ひろまり、しょうわ 30ねんだいまで つかわれて いました。[12]
こおりを つかわない れいぞうこの もとに なる はなしは、200ねんちかく まえに あります。1834ねんに、パーキンスと いう 人が、えきたいが きたいに なる ときの ねつの うばいあいを つかって、つづけて こおりを つくれる きかいの とっきょを とりました。[10] でも、おかねに なる きかいには できませんでした。
電気の冷蔵庫の前には、氷を使う冷蔵庫がありました。木の箱の上の段に氷、下の段に食べ物を入れ、氷の冷たさで冷やします。中は10度前後にしかなりませんでした。氷屋さんがリヤカーで各家庭に氷を届けていて、日本では明治40年ごろから本格的に広まり、昭和30年代まで使われました[12]。
氷を使わずに冷やす機械の歴史は、それより前にさかのぼります。18世紀なかば、スコットランドのウィリアム・カレンが、ガラスの容器の空気を抜いてジエチルエーテルという液体を沸騰させ、周囲の熱を奪って冷やす実演をしたと、多くの資料が述べています。ただし、実用にはなりませんでした[9]。年は資料によって1748年とも1756年ともあるため、ここでは「18世紀なかば」としておきます。
1834年には、ジェイコブ・パーキンスが、水を冷やして氷にできる、閉じた連続運転のしくみの特許をイギリスに出しました。実際に組み立てて見せたのは1835年、協力者のジョン・ヘイグです。パーキンス自身は、商売になる機械にはできませんでした[10]。1876年には、ドイツのカール・フォン・リンデが、信頼できて効率のよいアンモニア圧縮式の冷凍機を作ったとされます[11]。
冷やす原理の実演から、使える機械になるまで、100年あまりかかったことになります。
電気冷蔵庫の前に、氷冷蔵庫があった。木製の箱の上段に氷、下段に食品を入れ、氷の冷気で冷やす形で、庫内は10度前後にしかならなかった。氷屋がリヤカーで各家庭に氷を配達し、日本では明治40年(1907年)ごろから本格的に普及して、電気冷蔵庫が広がる昭和30年代まで使われた[12]。
氷を使わない冷却の実演は、18世紀なかばにさかのぼる。スコットランドのウィリアム・カレンが、ガラス容器内を空気ポンプで減圧してジエチルエーテルを沸騰させ、周囲の熱を奪わせて冷やしたとされ、人工冷却の最初の実演として語られる。商業的な用途にはつながらなかった[9]。実演の年は資料によって1748年と1756年の説があり、ここでは18世紀なかばとしておく。第2章で見た、蒸発による熱の吸収を、道具として初めて見せた場面にあたる。
1834年、ジェイコブ・パーキンスが、水を連続して冷やし氷にできる、蒸気圧縮式の閉じたサイクルの機械の特許を英国で出願した。実際に組み立てて実演したのは1835年、協力者のジョン・ヘイグである。パーキンス自身は、商業的に成り立つ機械にはできなかった[10]。1876年にはカール・フォン・リンデ(ミュンヘン工科大学教授)が、気体の液化法を改良して特許を取り、信頼できて効率のよいアンモニア圧縮式冷凍機を作ったとされる[11]。
原理の実演(18世紀なかば)から、信頼できる冷凍機(1876年)まで、100年あまりかかっている。その後も長く、日本では氷屋の氷が冷蔵庫の冷たさを支えていた。
5. 「こくさん 1ごうき」と いわれる れいぞうこは、いくらだった?
5. 国産第1号は、初任給の約10倍だった
5. SS-1200(1930年)── 価格・普及・「国産第1号」への異説
とうしばの もとに なった かいしゃが、1930ねんに つくった でんきの れいぞうこが あります。「こくさん 1ごうき」と いわれて きた もので、「SS-1200」という なまえです。おおきさは 125リットル、おもさは 157キログラムです。ねだんは 720えんでした。[13]
そのころ、ぎんこういんの さいしょの きゅうりょうは 70えんくらいでした。720えんは、その 10ばいくらいです。すぐには かえない ねだんでした。
1933ねんから うられ はじめ、1937ねんに ぜんこくで 1まん 2せんだいくらいでした。おかねもちの いえや、レストランなどで つかわれて いました。[15]
その あと、1960ねんだいに 10けんに 1けんくらいから 2けんに 1けんくらいへ ふえて、1970ねんだいの なかごろには ほとんどの いえに ひろがりました。[17]
ところで、「こくさん 1ごうき」には、ちがう せつも あります。もっと 前に つくって いた かいしゃが あった かもしれない、という けんきゅうが 2024ねんに でて います。[16] むかしの「はじめて」も、あとから しらべなおされる ことが あります。
東芝の前身の芝浦製作所が、1930年に完成させた電気冷蔵庫が「SS-1200」です。容量125リットル、重さ157キログラム、価格は720円でした。当時の銀行員の初任給が約70円だったので、初任給のおよそ10倍にあたります(720÷70はおよそ10.3)[13]。
日本機械学会の機械遺産にも認定されています。アメリカのGE社の製品をモデルに作られ、外国人の技師から「日本の技術力では無理」と言われたのを、はね返して製品にしたと紹介されています[14]。
発売は1933年からでした。1937年に全国で使われていたのは1万2,000台ほどで、おもに裕福な家庭やレストランなど、限られたところで使われていました[15]。
広く行きわたったのは戦後です。1950年代には白黒テレビ、洗濯機とともに「三種の神器」と呼ばれ、1960年代に、普及率は約10%から約50%へ上がりました。1970年代の半ばまでに、ほぼすべての家庭に広がりました[17]。
ところで「国産第1号」には、別の見方もあります。2024年のデザイン研究の論文は、SS-1200が機械遺産に「1930年製」として認定されている一方で、電気冷蔵庫の国産第1号は、遅くとも1927年までに東邦電気や日本電熱器製造によって作られていた可能性が高い、と指摘しています[16]。「初」の記録は、あとから調べ直されることがあるのです。
東芝が国産第1号の家庭用電気冷蔵庫としているSS-1200(芝浦製作所、現在の東芝)は、1930年に完成した。容量125L、重さ157kg、価格は720円で、当時の銀行員の初任給約70円の約10倍だった(720÷70≒10.3)[13]。完成は1930年、発売は1933年からで、1937年の全国の普及台数は1万2,000台程度。主に富裕層やレストランなど、限られた範囲で使われた[15]。
日本機械学会は、これを機械遺産第57号に認定している。米国GE社製をモデルに製品化したもので、圧縮機とコンデンサが上部にあるモニタートップ型。外国人技師に「日本の技術力では無理」と言われたのを跳ね返して製品化した、と紹介される[14]。
電気冷蔵庫の普及は戦後になる。1950年代に白黒テレビ・洗濯機とともに「三種の神器」と呼ばれ、1960年代に普及率が約10%から約50%へ。1970年代半ばまでにほぼ全家庭に広がった[17]。1930年には高級品だった機械が、45年ほどで、ほぼどの家にもある機械になった。
「国産第1号」の座には異論がある。2024年のデザイン研究の論文は、SS-1200が機械遺産に「1930年製」として認定されていることを踏まえたうえで、電気冷蔵庫の国産第1号は、遅くとも1927年までに東邦電気や日本電熱器製造によって製造されていた可能性が高いと指摘する[16]。したがって、SS-1200を「国産第1号」とするのは、東芝がそう位置づけている、という限定つきの言い方が正確になる。
6. なかを めぐる ぶっしつは、どうして かわったの?
6. 冷媒の歴史は、「安全さがし」の歴史
6. アンモニアからフロン、イソブタンへ ── 冷媒をめぐる安全さがし
はじめの ころの れいばいには、どくの ある ガスが つかわれました。もれて、いのちを おとす ひとが でる じこも おきました。[18]
1928ねん、アメリカの ミジリーさんたちが、もえにくく、どくの すくない ガス「フロン」を つかい はじめました。にほんでも 1930ねんごろから つかわれて いました。[18][20]
ところが 1970ねんだいの けんきゅうで、そらに でた フロンが「オゾンそう」を こわす ことが わかりました。オゾンそうは、たいようの わるい ひかり(しがいせん)から わたしたちを まもって います。[18] にほんでは 1995ねんの おわりに、この フロンを つくる ことが きんしに なりました。[20]
いまの れいぞうこの おおくは、「イソブタン」を つかって います。2002ねんから うられ はじめ、2005ねんごろには ふつうに なりました。[20] もえやすい ものですが、いれる りょうを すくなく して、もれにくく して、ひばなの でない でんきぶひんを つかって、あんぜんに して います。[21]
1920年代までの冷蔵庫には、有毒なアンモニア・塩化メチル・二酸化硫黄といった冷媒が使われていました。1920年代には、塩化メチルが冷蔵庫から漏れて人が亡くなる事故が何度も起き、冷蔵庫を家の外に出す人もいたそうです[18]。
1928年、アメリカのゼネラルモーターズのトマス・ミジリー・ジュニアらが、燃えにくく毒性の少ない冷媒として、ジクロロジフルオロメタン(のちに「フロン」の名で知られます)を使い始めました[18][19]。日本でも1930年ごろから、冷媒や断熱材の発泡に、特定フロンが使われました[20]。
ところが1970年代の研究で、大気に出たフロンが上空のオゾン層をこわすことが分かりました。オゾン層は、太陽の有害な紫外線を防いでいます[18]。オゾン層を守るモントリオール議定書は1989年に発効し[22]、日本では1988年のオゾン層保護法で、特定フロンの国内での製造が1995年末に禁止されました。冷蔵庫の冷媒は、代替フロンのHFC-134aに替わりました[20]。
その次に選ばれたのが、イソブタン(R600a)です。2002年からノンフロンの冷蔵庫が売り出され、2005年ごろに主流になりました。オゾン層をこわさず、温暖化への影響も代替フロンの約400分の1です[20]。
イソブタンは、燃える性質があります。そこで、家庭用では冷媒の量を少なくし、漏れにくい構造や、火花を出さない電気部品などで安全を確かめています。欧州が先に実用化しました[21]。日本電機工業会は、2001年末に可燃性冷媒の安全についての自主基準を作っています[20]。毒、オゾン層、温暖化と、気にする点が移るたびに、冷媒は替わってきました。
冷媒の歴史は、安全さがしの歴史でもある。1920年代までの冷蔵庫には、有毒なアンモニア・塩化メチル・二酸化硫黄が使われた。1920年代には塩化メチルの漏れによる死亡事故が起き、人々が冷蔵庫を裏庭に出す例もあった[18]。
1928年、ゼネラルモーターズのフリジデール部門で、トマス・ミジリー・ジュニアとチャールズ・ケタリングが、ジクロロジフルオロメタン(のちの商標名フロン、CFC-12)を冷媒として導入した。可燃性や毒性の少ない冷媒を求めた成果である[18][19]。日本でも1930年ごろから特定フロン(CFC)が冷媒・発泡剤に使われた[20]。ミジリーが学会で、蒸気を吸ってろうそくの火を吹き消す実演をしたという話も伝わる[19]。
その安全な冷媒が、別の問題を起こした。1970年代の研究で、大気に出たCFCが成層圏に達してオゾン層を壊すことが分かった[18]。オゾン層を破壊する物質を規制するモントリオール議定書は1989年に発効した[22]。日本では1988年のオゾン層保護法により、特定フロンの国内製造が1995年末に禁止され、冷蔵庫の冷媒はHFC-134a(代替フロン)に替えられた[20]。
次に日本の家庭用冷蔵庫へ入ったのがイソブタン(R600a)で、ノンフロン冷蔵庫は2002年から販売され、2005年ごろに主流になった。オゾン層を壊さず、地球温暖化係数は代替フロンの約400分の1である[20]。
イソブタンは可燃性だ。欧州では、その課題に対応したうえで、世界に先駆けて冷蔵庫に実用化した。家庭用では冷媒の量を少なくし、漏れにくい構造と、火花を出さない電気部品などで安全を確保する[21]。日本電機工業会は2001年末に、可燃性冷媒の安全についての自主基準を作っている[20]。毒性→オゾン層→温暖化と、問題にされる点が移るたびに、冷媒は入れ替わってきた。今の冷媒は「燃えるが、量と構造で管理する」という選択をしている。
7. じぶんでも たしかめて みよう
7. 自分でも調べてみたくなったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
れいぞうこの よこに、てのひらを すこしだけ はなして かざして みましょう。ぴったり つけたり、ながく さわったり しないように しましょう。まわりの かべより あたたかく かんじたら、それが ねつの でぐちです。
おうちの 人に たのんで、れいぞうこの ラベルや せつめいしょに、なかを めぐる ぶっしつの なまえが かいて ないか、さがして もらいましょう。かいて ある ことが あります。
はくぶつかんや、しりょうかんで、むかしの れいぞうこが てんじされて いたら、ほうねつパイプが どこに あるか、さがして みるのも いいでしょう。
冷蔵庫の側面に、手のひらを少しだけ離してかざしてみます。ぴったりつけたり、長く触れたりはしません。壁のほうや、冷蔵庫の反対側の面と比べて、温かさに差があるでしょうか。
家の人にお願いして、冷蔵庫のラベルや取扱説明書に、冷媒の名前(R600aなど)が書かれていないか探してもらいます。書かれている機種もあるようです。このメモの冷媒の歴史と、自分の家の冷蔵庫が、つながって見えるかもしれません。
機械遺産に認定された電気冷蔵庫SS-1200型は、日本機械学会のサイトで紹介されています[14]。「国産第1号」をめぐる論文[16]と読み比べると、どこまでが分かっていて、どこからが解釈なのか、見えてきます。
家の冷蔵庫の側面に、手のひらを近づけてみる。触れたままにはしない。壁側や、放熱スペースの空気との温度差が感じられれば、放熱パイプの熱を体で確かめたことになる。運転の状態で温度は変わるので、時間をおいて何回か試すと違いが分かる。
取扱説明書や本体のラベルに、冷媒名(R600aなど)や必要な放熱スペースが書かれていないか探してみる。冷媒が交換や取り出しのできる部品ではないことは、覚えておくとよい。自分で開けたり分解したりしてはならない。
読み比べてみたい資料は3つ。
しらべた ところ
参考にした情報源
参考にした情報源
出典について:冷蔵庫が冷える仕組みと放熱パイプについてのメーカーの案内、冷媒・フロン規制についての日本電機工業会、氷冷蔵庫と国産第1号についての博物館・日本機械学会・論文、熱の運搬(ヒートポンプ)と冷却機の初期の歴史についての百科事典の記述を使った。英語の資料には、何の資料かを日本語で添えた。
- 東芝ライフスタイル よくあるご質問「冷蔵庫が冷えるしくみについて知りたい」。 https://faq-toshiba-lifestyle.dga.jp/answer.html?id=96 (気化熱・凝縮熱による冷却、圧縮機→凝縮器→細い管→冷却器の順序、冷気の循環)
- 東芝ライフスタイル よくあるご質問「冷蔵庫の側面や背面が熱くなる」。 https://faq-toshiba-lifestyle.dga.jp/answer.html?id=2439 (側面・背面の放熱パイプが、露が付くのを防ぐためにも使われること)
- Panasonic よくあるご質問「冷蔵庫の側面が熱い」。 https://jpn.faq.panasonic.com/app/answers/detail/a_id/9818/ (放熱パイプ、周囲30℃のとき約50〜60℃、故障ではないこと)
- Panasonic よくあるご質問(冷蔵庫の設置に必要なスペース、放熱スペース)。 https://jpn.faq.panasonic.com/app/answers/detail/p/1713/a_id/10267 (放熱スペースが機種によって異なること、取扱説明書で確認すること)
- 日本電機工業会(JEMA)すぐわかる!家電エコ用語ナビ「冷媒」。 https://www.jema-net.or.jp/living/eco/g03_01.html (冷媒が気化・液化を繰り返して熱を運ぶこと)
- 日本冷凍空調学会 E-learning「冷凍サイクル」。 https://www.jsrae.or.jp/E-learning/saikuru/saikuru.html (圧縮機・凝縮器・膨張弁・蒸発器の4機器で表される冷凍サイクル)
- 日本語版ウィキペディア「ヒートポンプ」。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ヒートポンプ (低温部から高温部へ熱を移す技術、圧縮で温度が上がり減圧で下がること、消費電力1kWで冷凍能力5kWなら廃熱6kWの例)
- 日立 よくあるご質問「冷蔵庫の各室の設定温度を知りたいです」。 https://kadenfan.hitachi.co.jp/support/rei/q_a/a86.html (冷蔵室・冷凍室・野菜室の温度の目安。機種の一例)
- 英語版ウィキペディア「William Cullen」。 https://en.wikipedia.org/wiki/William_Cullen (ジエチルエーテルを減圧して沸騰させ、熱を奪わせた人工冷却の実演。年には1748年・1756年の説)
- ASME「Perkins Vapor-Compression Cycle for Refrigeration」(アメリカ機械学会の歴史的機械遺産の紹介)。 https://www.asme.org/about-asme/engineering-history/landmarks/274-perkins-vapor-compression-cycle-for-refrigeration (1834年の特許、1835年の実演、閉じたサイクルの連続運転)
- 英語版ウィキペディア「Refrigerator」。 https://en.wikipedia.org/wiki/Refrigerator (1876年のカール・フォン・リンデによるアンモニア圧縮式冷凍機)
- 三重県総合博物館「氷型冷蔵庫」。 https://www.bunka.pref.mie.lg.jp/MieMu/82926046613.htm (氷冷蔵庫の構造、庫内の温度、明治40年ごろから昭和30年代までの使用、氷の配達)
- 東芝ライフスタイル「PRODUCT HISTORY 冷蔵庫」。 https://www.toshiba-lifestyle.com/jp/corporate/rd/research/history/refrigerator/ (SS-1200の容量・重さ・価格、銀行員の初任給との比、1978年の背面放熱パイプ廃止、2002年のノンフロン冷媒搭載機)
- 日本機械学会 機械遺産 第57号「電気冷蔵庫SS-1200型」。 https://www.jsme.or.jp/kikaiisan/heritage_057_jp.html (GE社製をモデルにした製品化、モニタートップ型、外国人技師の言葉)
- 神奈川県立歴史博物館「昭和の冷蔵庫」(2020年9月 今月の一品)。 https://ch.kanagawa-museum.jp/monthly_choice/2020_09 (1930年の完成、1933年からの発売、1937年の普及台数)
- 日本デザイン学会 デザイン学研究「日本における冷蔵庫の電化と国産初の電気冷蔵庫」(J-STAGE、2024年)。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/designresearch/88/0/88_5/_article/-char/ja/ (国産第1号が遅くとも1927年までに他社によって製造されていた可能性)
- 家電製品協会「冷蔵庫の歴史とヒミツ」(キッズ版 省エネ家電)。 https://shouene-kaden.net/try/kaden/freezer.html (三種の神器、1960年代・1970年代の普及の広がり)
- NOAA Global Monitoring Laboratory「The Chlorofluorocarbons」(アメリカ海洋大気庁の教材PDF)。 https://gml.noaa.gov/education/info_activities/pdfs/TBI_the_chlorofluorocarbons.pdf (1920年代の冷媒の有毒さと漏れによる事故、フロンの導入、1970年代のオゾン層破壊の研究)
- EBSCO Research Starters「Midgley Introduces Dichlorodifluoromethane as a Refrigerant Gas」(ミジリーによるジクロロジフルオロメタンの冷媒導入の解説)。 https://www.ebsco.com/research-starters/history/midgley-introduces-dichlorodifluoromethane-refrigerant-gas (1928年の導入、それまでの冷媒が可燃性・有毒だったこと)
- 日本電機工業会(JEMA)「フロン規制への対応とノンフロン冷蔵庫の普及」。 https://www.jema-net.or.jp/living/reizouko/knowledge6.html (日本での特定フロンの使用、製造禁止、HFC-134a、イソブタンの導入時期、温暖化係数、自主基準)
- 日本電機工業会(JEMA)「炭化水素系冷媒転換の経緯」。 https://www.jema-net.or.jp/living/reizouko/reibai/change.html (欧州でのイソブタン冷媒の実用化、家庭用での安全確保の考え方)
- 環境省「モントリオール議定書」。 https://www.env.go.jp/earth/ozone/montreal_protocol.html (オゾン層を破壊する物質の規制、1989年の発効)
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