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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

学校ごとに、せいふくが ちがうのは どうして?

学校ごとに制服が違うのはなぜか ── 襟章から校則の決め方まで

制服が学校ごとに異なる理由と決め方 ── 帝国大学の襟章から、校長の決定と意見聴取まで

分野:歴史・文化

おなじ まちの 学校でも、せいふくの いろや ボタンが ちがいます。1886ねんには、大学の せいふくの えりに つける しるしを、「りょうほうに つける」から「かたほうだけ」に かえた ひとが いました。

どうして 学校ごとに ちがうのでしょう。だれが、どうやって きめて いるのでしょう。いま わかって いる ことを、いっしょに みて みます。そして、じぶんの 学校の きまりを しらべたく なります。

同じ町にある学校でも、制服の色やボタン、襟の形はそれぞれ違います。1886年(明治19年)には、帝国大学の襟章を、襟の両側に付ける案から片側だけに変えた人がいました。

学校ごとに違うのは、なぜでしょうか。そして、誰がどうやって決めているのでしょうか。制服の始まりから、いまの決め方、意見を聴く動きまでを通して、その理由と仕組みが分かります。

制服は学校ごとに異なる。その原点の1つとして、1886年(明治19年)の帝国大学の制服では、分科大学の頭文字を刻んだ襟章が、文部大臣・森有礼の意見で襟の片側だけに付ける形になったと、東京大学の史料紹介に記されている[2]。

この違いは、いまは誰がどのように決めているのか。制服の始まり、校則を定める権限、独自の標準服の流通、意見を聴く動きを、大学・官公庁・自治体の資料から整理し、学校ごとに違う理由と決め方が分かるようにする。

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1. せいふくの ちがいは、どこに でる?

1. 制服の違いはどこに出るか ── 色・ライン・バッジ

1. 所属を示す記号としての制服

せいふくには、いろや せん、バッジや マークが あります。それで、「どこの 学校の 人かな」が わかります。

まちで ほかの 学校の せいふくを みると、ちがいが すぐに わかる ことが あります。せいふくは、学校の しるしにも なって います[1]。

制服は、着るためだけのものではありません。色やライン、バッジ、エンブレムなどによって、どこの学校の生徒かを表す役目もあります[1]。

制服を「社会的記号」として見る解説もあります。街で他校の制服を見て、すぐに違いが分かるのは、この記号が働いているからです。ここから、この違いはどう生まれたのか、という問いが出てきます。

制服は、色・ライン・バッジ・エンブレムなどの組み合わせで各学校の違い(所属)を表す「社会的記号」として働くと解説されている[1]。

学校ごとに違う理由を考えるには、この記号がいつ、どのように学校へ持ち込まれたかと、いまは誰が決めているかの2点を分けて見る必要がある。1〜2章で前者、3〜6章で後者を扱う。

2. 「ちがい」は、いつ うまれた?

2. 大学の襟章に始まった ── 学部の違いを見せる工夫

2. 学習院と帝国大学で制服が定められた時期

いまから 140ねんくらい まえ、めいじの じだいの はなしです。学習院や 大学が、おとこの こ ようの せいふくを きめました[1]。

大学の せいふくの えりには、しるしが ついて いました。学部ごとに、ちがう もじの しるしです。

その しるしを、りょうほうに つけるか、かたほうだけに するか。学校の しごとを まとめる だいじんが、かたほうだけが いいと いった ことが、きろくに のこって います[2]。

たとえば、ゼッケンを おもいだして ください。ゼッケンの いろで、どの チームか すぐに わかります。せいふくの しるしも、それに にた はたらきを して いました。ただし ほんとうは、せいふくの しるしは、チームわけの ための ものでは ありません。

制服が学校に入ったのは明治になってからです。学習院では1879年(明治12年)に、男子用の詰襟の学生服、ズボン、学帽が制服と決まりました。帝国大学では1886年(明治19年)に、詰襟、ズボン、角帽の男子制服が採用されています[1]。

襟章は、学部の頭文字

帝国大学は、創設の翌月の1886年4月に、夏冬の制服と制帽の形・色・デザインを決めました。襟章には、法・医・工・文・理の分科大学の英語名の頭文字が使われました[2]。

同じ大学のなかでも、襟を見れば学部が分かる。襟章によって、所属する分科大学の違いを示す工夫がありました。

襟章は、最初は襟の両側に付ける案でした。文部大臣の森有礼の意見で、片側だけになったと記録されています[2]。なぜ片側にしたかという理由までは、この資料からは分かりません。

学習院では1879年(明治12年)に男子の詰襟学生服・ズボン・学帽が制服として定められ、帝国大学では1886年(明治19年)に詰襟・ズボン・角帽の男子制服が採用された[1]。学習院を「全国で最初の制服」と言い切ることはせず、本記事では、私費で全員が着る制服の早い例という程度にとどめる。

帝国大学は創設翌月の1886年4月に、夏冬の制服・制帽の形・色・デザインを定めた。襟章には各分科大学(法・医・工・文・理)の英語名称の頭文字が使われ、当初は襟の両側に付ける案だったが、森有礼文部大臣の意見により片側のみとなった。東京大学文書館所蔵の史料(明治19年4月16日上申の「学生及選科生服制ノ義伺」)に基づく記述である[2]。

この資料から言えるのは、大学の制服が、所属の違い(学部)を襟章で示す形で始まった点である。後の中学・高校で学校ごとの制服が広がる際に、この帝国大学の制服が手本になったと解説されている[1]。ただし、各学校のデザインがどの過程で分かれたかは、本稿の資料では確かめられていない。

3. きめるのは、だれ?

3. 制服を決めるのは誰か ── 校長が定める校則

3. 校則としての制服 ── 校長の権限と通知

いまは、せいふくの ことを きめるのは、学校の 校長 先生です。せいふくのような ふくそうの きまりは、「こうそく」の なかに あります。

もんぶかがくしょうは、こうそくは 学校が めざす ことに そって、子どもの そだちや まちの ようす、じだいの かわりを ふまえて、校長 先生が きめる ものだと、しらせて います[3]。

だから、学校ごとに せいふくが ちがう ことが あるのです。

いまの日本では、制服は校則の一部として学校が決めます。文部科学省は2025年(令和7年)7月2日の通知で、服装や頭髪、持ち物などに関する校則は、各学校が教育目標を実現していく過程で、児童生徒の発達段階や学校・地域の状況、時代の変化を踏まえて、校長が定めるものだと示しています[3]。

学校や地域の状況を踏まえて各校の校長が定めるため、制服の内容も学校ごとに異なることがあります。

文部科学省の通知(令和7年7月2日、7初児生第18号)は、服装・頭髪・化粧・持ち物などに関する校則について、各学校が教育基本法等に沿って教育目標を実現していく過程で、児童生徒の発達段階や学校・地域の状況、時代の変化等を踏まえ、校長が定めるものと述べている[3]。

改訂生徒指導提要(令和4年12月)も、校則は学校が教育目的を実現するため校長の権限で制定するものとし、地域の状況や社会の変化を踏まえて絶えず見直すことが必要としている[4]。

ここから、制服が学校ごとに異なる制度上の理由の1つは、決定権が全国一律の機関ではなく各学校(校長)にあることだと考えられる。ただし、この構造の説明にとどまり、なぜ制服のある学校とない学校があるのかを直接に説明する公的資料は、本稿の範囲では確認していない。

4. せいふくは、どうやって できるの?

4. 独自の標準服とメーカー ── 神戸市の例

4. 学校ごとの独自標準服と流通

神戸市の しりょうに、せいふくが とどく ながれが かいて あります[5]。

市の 中学校は、学校ごとに、その 学校だけの ふくを きめて います。それを ふくの メーカーが つくって、おみせに おろします。子どもと おうちの 人は、おみせで かいます。

ふくの デザインを かえる ときには、メーカーが デザインを くらべる ことが あります。そのとき、デザインと メーカーが いっしょに きまる ことが おおいそうです。これは 神戸市の れいです。ぜんぶの まちが そうとは かぎりません。

神戸市の資料によると、市立中学校は学校ごとに独自の標準服を指定しています。制服メーカーが、直接または卸売業者を通じて販売店に卸し、生徒と保護者が販売店で購入するという流れです[5]。

デザインを選ぶときの競い合い

モデルチェンジのときのデザイン選びでは、メーカーが競い合うコンペを行うことがあり、そのときはデザインとメーカーがセットで決まることが多いと説明されています[5]。

これは神戸市の資料にある例で、全国どこでも同じ仕組みとは限りません。学校ごとに指定するので、市内でも制服はそれぞれ違うものになります。

神戸市の資料は、市立中学校が学校ごとに独自の標準服を指定し、制服メーカーが直接または卸売業者を経由して販売店に卸し、生徒・保護者は販売店から標準服を購入している流通を示している[5]。

また、モデルチェンジ時のデザイン選びでメーカーのコンペが行われることがあり、その場合はデザインとメーカーが一体で決まることが多いとされる[5]。これは同市の一例であり、全国共通の仕組みとして扱わない。

学校ごとに異なる標準服が指定される構造が、学校ごとに異なる制服が存在する直接の背景の1つである。デザイン選定の手続き(誰がどの段階で意見を述べるか)は、自治体ごとに異なるため、地元の資料で確かめる必要がある。

5. 生徒せいとや おうちの 人の いけんは?

5. 意見を聴く動き ── 校則の見直しと生徒の参画

5. 校則等の見直し状況調査(令和7年)

もんぶかがくしょうの しらべでは、こうそくを つくったり かえたり した 学校の おおくが、生徒せいとや おうちの 人の いけんを きいて いました。

くわしく いうと、こうそくを つくったり かえたり した 学校の、およそ 100こ のうち 85こが、生徒せいとか おうちの 人の いけんを きく ばを つくって いました[3]。これは せいふくだけの かずでは ありません。

生徒せいとが いけんを だす ことには、そだつ うえで だいじな いみが あると、しらせて いる 文書も あります[4]。

文部科学省は2025年2〜3月に、公立中学校400校と公立高校400校を無作為に選んで、校則の見直し状況を調べました(回答は中学399校、高校400校)。校則を制定または変更した学校のうち、約85%が、生徒または保護者から意見を聴く機会を設けていました。約15%は設けていませんでした[3]。

この85%は、校則全体を対象にした数字で、制服だけの数字ではありません。また、すべての学校の85%という意味でもありません。校則を制定・変更した学校のうちの割合です。

改訂生徒指導提要は、見直しに児童生徒が参画することに教育的な意義があること、校則の内容や見直しの手続きをホームページなどで公開しておくのが適切だと示しています[4]。

文部科学省の「校則等の見直し状況調査」(公立中400校・公立高400校を無作為抽出、令和7年2〜3月、回答は中399校・高400校)では、校則を制定・変更した学校の約85%が生徒または保護者から意見を聴く機会を設けていた。約15%は設けていなかった。約91%の学校が令和元年度以降に校則を制定または変更していた[3]。

これらは校則全般の数値であり、制服に限定した割合ではない。また、分母は校則を制定・変更した学校で、全対象校ではない点に注意する。

改訂生徒指導提要は、見直しへの児童生徒の参画に教育的意義があるとし、校則の内容と見直し手続きをホームページ等で公開しておくことが適切としている[4]。制服のデザインを決める際にも、意見を述べる場が設けられているかは、学校・自治体ごとの手続きを確かめる必要がある。

6. せいふくが ない 学校も あるの?

6. 制服のない学校・選べる学校

6. 制服なしの学校と自由選択制(東京都立高の例)

せいふくが ない 学校も あります。とうきょうとの 高校では、196こうの うち、せいふくが ない 学校は 14こうでした(2021ねん)[6]。

そして、せいふくは あっても、どのふくを きるか えらべる 学校も ふえて います。せいべつに かんけいなく、ジャケットや スラックス、スカートを じゆうに えらべる ことです[6]。

これは とうきょうの 高校の れいです。ぜんこくの かずでは ありません。

東京都教育委員会の調査(2021年12月10日)では、都立高校で制服または標準服がない学校は、2016年度に196校中16校、2021年度に196校中14校でした。制服や標準服がある学校のうち、女子用のスラックスがある学校は、93校(51.7%)から147校(80.8%)に増えています[6]。

80.8%の分母は、制服などがある182校です。東京都立高校だけの数字で、全国の数字ではありません。

性別に関係なく選べる制服

同じ資料は、自由選択制を「性別に関係なく制服(ジャケット、スラックス、スカート等)を自由に選べること」としています。当時の導入校は3校でした[6]。現在は増えている可能性があります。

小学校では、公立で制服を採用するのは10〜15%程度、中学・高校ではそれよりずっと多いと紹介されています[1]。調査年が分からない概数なので、目安として読んでください。

東京都教育委員会の調査(令和3年12月10日)によれば、都立高校で制服または標準服がない学校は、平成28年度に196校中16校、令和3年度に196校中14校。制服等がある学校のうち女子スラックスがある学校は93校(51.7%)から147校(80.8%)に増えた。80.8%の分母は制服等がある182校であり、東京都立高校のみの数字である[6]。

同資料は自由選択制を「性別に関係なく制服(ジャケット、スラックス、スカート等)を自由に選べること」と定義し、令和3年時点の導入済み校を3校(松が谷・翔陽・桜修館中等)とする。現在は増えている可能性がある[6]。

公立小学校で制服を採用するのは10〜15%程度、中学・高校では格段に多いという紹介もある[1]。調査年が不明の概数のため、目安として扱う。制服がある学校とない学校がある理由そのものについては、公的な説明資料を本稿では確認していない。

7. じぶんでも しらべて みよう

7. 自分でも調べてみたくなったら

7. 自分でも調べてみたくなったら

まちで みかけた 学校の せいふくの、いろや せん、バッジを くらべて みましょう。ただし、じろじろ みない ように します。

そして、じぶんの 学校の こうそくが、どこに のって いるか さがして みましょう。だれが きめて、いけんを だせる ばが あるかも、みて みて ください。

今日できること

街で見かけた学校の制服の色、ライン、バッジをスケッチのつもりで思い出し、違いを言葉にしてみてください。人をじろじろ見ないよう気をつけます。

自分の学校の校則や生徒手帳を開き、制服について書かれた場所を探します。校則の決め方や見直しの手続きが、学校のホームページに載っているか見てみましょう。

公式情報

手元では、自分の学校の校則や生徒手帳を見て、制服を選べる範囲を確かめられます。もっと知りたいときは、文部科学省のホームページにある校則の見直しの通知や生徒指導提要、自分の市区町村の教育委員会の資料も探せます。

今日できること

自分の学校の校則・生徒手帳・ホームページで、制服の規定、決定者、見直しの手続き、意見を述べる機会の有無を確かめる。街で見かける他校の制服の違い(色・ライン・バッジ)も言葉にして比べる。人をじろじろ見ないよう配慮する。

公式情報

文部科学省の通知(令和7年7月2日)と改訂生徒指導提要、東京都教育委員会の調査資料、神戸市の資料(出典欄)を原典で読むと、数値の分母や調査対象が確かめられる。自分の自治体の教育委員会の資料も探せる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

この記事で使った資料です。数字はそれぞれの調査の範囲(東京都立高校のみ、公立中高の抽出調査など)で読んでください。

  1. nippon.com コラム「時代とともに移り変わる学校制服の意味」 https://www.nippon.com/ja/column/g00554/ (学習院・帝国大学の制服、制服が表す違い、小学校での採用の目安)
  2. 東京大学「東大史Q&A Q3-1」 https://www.u-tokyo.ac.jp/adm/history/09_03_01_j.html (帝国大学の制服・襟章と森有礼の意見)
  3. 文部科学省「校則等の見直し状況調査結果及びこれを踏まえた対応について(通知)」(令和7年7月2日) https://www.mext.go.jp/content/20250702-mxt_jidou01-000043523_1.pdf (校則は校長が定めること、意見聴取の割合)
  4. 文部科学省「生徒指導提要改訂の概要」(令和4年) https://www.mext.go.jp/content/20221107-mxt_syoto02-000025840_9.pdf (校則の制定・見直しと生徒の参画)
  5. 神戸市 資料5「神戸市立中学校標準服の流通の現状について」 https://www.city.kobe.lg.jp/documents/60883/006_05_kobehyoujyunnhukuryuutuunogenjyou.pdf (独自標準服の流通、コンペ)
  6. 東京都教育委員会「都立高校における制服の自由選択制導入の推進について」 https://www.kyoiku.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/kyoiku/05_59 (制服のない都立高校の数、自由選択制)

なおした ところ

更新履歴

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