1. どくを うって、くすりを つくるって?
1. 毒を打って薬を作る:基本の流れ
1. 抗毒素の基本工程:免疫、採血、精製、製剤化
くすりを つくる ためには、まず ウマに、ヘビの どくを ほんの すこし うちます。いちどに たくさん では ありません。すこしずつ、なんども です。
すると ウマの からだは、その どくに たいして抗体を つくって いきます。抗体は、どくに くっついて、はたらきを じゃまする ものです。ウマの 血液を すこし もらって、そこから 抗体を とりだし、くすりに します[1]。
ウマに どくの「れんしゅう」を させて、できた まもりの ぶきだけを かりる、と かんがえると わかりやすいかも しれません。ただし ほんとうは、ウマは れんしゅうを して いるのでは なく、からだの しくみが じどうで はたらいて いるだけです。
作り方の大すじは、こうです。ヘビの毒(またはその毒性をなくしたもの)を、ウマなどの動物に何回も少しずつ注射します。すると動物の体は、その毒に対する抗体を作ります。十分に抗体がふえたところで血液を採り、そこから抗体(免疫グロブリン)を取り出して精製し、びんに詰めて薬にします[1]。
WHO(世界保健機関)も、少量の毒をくり返し注射して動物を免疫し、その血漿から免疫グロブリンを精製して抗毒素を作ると説明しているとされます[2]。
毒を打たれたウマが病気になってしまうわけではなく、毒を少量ずつ与えて、体に「この毒への備え」を作らせる、というのがねらいです。注射の量や回数など、日本の現場の具体的な数値は、公開されている資料からは確認できませんでした。
2. だれが、この ほうほうを おもいついたの?
2. 北里柴三郎とベーリングの論文(1890年)
2. 血清療法の起点:1890年12月4日の連名論文
もとに なる かんがえを 出したのは、日本の きたざと しばさぶろうと、ドイツの ベーリングです。1890ねんの 12がつ 4か、ふたりの なまえで、ジフテリアと はしょうふうと いう びょうきを、どうぶつの からだの はたらきで ふせぐ ほうほうに ついて、ろんぶんが 出ました[3]。
びょうきに まけない ちからを もった 動物の 血液を つかって、びょうきを なおす、という かんがえです。この かんがえが、のちに ヘビの どくにも つかわれます。
ベーリングは、はじめての ノーベル しょうを もらいました。きたざとは、もらって いません。
薬のもとになった考え方は、1890年12月4日に発表された、北里柴三郎とエミール・ベーリングの連名の論文にさかのぼります。題は「動物におけるジフテリア免疫と破傷風免疫の成立について」で、動物の体の中にできる免疫を、病気の治療に使う血清療法の出発点とされています[3]。
ベーリングは第1回のノーベル生理学・医学賞を受け、北里は受賞していません。理由についてはいろいろな説明がありますが、この記事の話題からは外れるので、ここでは踏みこみません。
1890年12月4日、北里柴三郎とエミール・ベーリングは、ジフテリアと破傷風に対する動物の免疫の成立を扱う連名論文を発表した。血清療法の起点として、日本ワクチン学会がこの日を「血清療法の日」として紹介している[3]。
ベーリングは第1回ノーベル生理学・医学賞を受けたが、北里は受賞していない。理由は本稿の主題から外れるため、扱わない。
この論文の対象は細菌の毒素で、ヘビ毒ではない。ヘビ毒への応用は、次の章の1894年になる。
3. ヘビの どくに つかったのは だれ?
3. ヘビ毒への応用:1894年のフランス
3. 抗毒素血清の成立:1894年のフランス2グループとカルメット
ヘビの どくに この ほうほうを つかったのは、フランスの けんきゅうしゃたちです。1894ねんの 2がつ 10か、ふたつの グループが、ほぼ おなじ ときに はっぴょうしました。そのひとりが、カルメットです[4]。
カルメットは、インドで へびに かまれて なくなる 人が、とても おおい、という はなしに うごかされて、この けんきゅうを はじめた、と つたえられて います。1891ねんの てがみには、イギリスの せいふの とうけいとして 1ねんに 2まん 1せんにん、と かいて ありました[4]。ただし これは、カルメットが 書いた すうじで、いまの とうけいでは ありません。
4. どうして ウマなの?
4. ウマが選ばれる理由
4. 免疫動物としてのウマ:採血量と国内の選定理由
カルメットは はじめ、ロバを つかって コブラの くすりを つくって いました。そのあと ウマで つくった くすりを、人の ヘビの けがの ちりょうに つかって うまく いった、と いわれて います[5]。
ウマが えらばれる りゆうの ひとつは、いちどに もらえる 血液の りょうが おおい ことです。もうひとつ、日本では、人に つかった じっせきが おおい ことと、動物から 人へ うつる びょうきの しんぱいの くらべかたで えらんだ、と せつめいされて います[1]。
いま 日本で つかわれる 同じ しゅるいの くすりは、ぜんぶ ウマから できて います。
5. ウマの こうたいを、どうして きるの?
5. 抗体を小さくする理由:ペプシン処理
5. IgG から F(ab')2 へ:断片化の目的と、ハブ抗毒素の組成
ウマの 抗体は、人の からだにとっては、「よそから きた もの」です。ながく からだの 中に あると、その 「よそもの」に たいする 抗体が、人の からだに できて しまう ことが あります。そうなると、つぎに おなじ くすりを つかった ときに、からだが つよく はんのうして しまう ことが あるそうです[6]。
そこで、抗体を ペプシンと いう、たべものを こまかく する はたらきの ものに かけて、じゃまな ぶぶんを きりはなします。毒に くっつく ぶぶんだけを のこす ためです。はさみで ふくろの ひもを きって、ひつような ぶぶんだけ とる ような もの、と おもって みて ください。ただし ほんとうは、はさみでは なく、ペプシンと いう ものの はたらきです。
ウマの抗体は、人にとっては異物です。体内に長くあるほど、ウマの抗体に対する抗体ができ、あとでもう一度使うと副反応が起こりやすくなるとされています[6]。
そこで工夫されたのが、抗体の断片化です。消化酵素のペプシンで処理すると、抗体(IgG、分子量約15万)は、毒に結合する部分(F(ab')2、約11万)と、Fc領域という別の部分に分かれます。動物由来であることによる副反応を減らすための工夫と説明されています[6]。
ハブ抗毒素の記述では、成分のおよそ80%がF(ab')2、10%がIgG、10%がFc断片で、Fc断片は体の外に速く出ていくといいます[6]。これはハブ抗毒素の説明で、ほかの抗毒素にそのまま当てはまるとは限りません。
ウマ抗体は人には異種蛋白であり、体内に長く残るほど抗ウマ抗体が産生され、再投与で副反応が起こりやすくなる。Chippaux らの総説は、Fab や F(ab')2 への断片化を、非ヒト由来であることによる副反応を減らす手段として位置づける[6][5]。
ペプシン消化では、分子量約15万の IgG が、抗原結合部の F(ab')2(約11万)と Fc 領域に分かれる。ハブ抗毒素の記述では、組成の約80%が F(ab')2、10%が IgG、10%が Fc 断片で、Fc 断片は体外へ速く排出される[6]。この割合はハブ抗毒素のもので、他の抗毒素へ一般化しない。
マムシ抗毒素の製造にも、ブタ由来のペプシンを使うと記されている[7]。
6. ヘビが ちがうと、くすりも ちがう?
6. 毒の種類ごとの抗毒素と、国内の製造
6. 毒種特異性と国内の製造体制:ハブ・マムシ・ヤマカガシ
この くすりは、どくの しゅるいごとに つくります。マムシの くすりで、ヤマカガシの どくを おさえる ことは できません。ぎゃくも おなじです[6]。抗体は、ある どくにだけ くっつく かたちを して いるからです。
ハブの くすりは、きたざとが しょちょうの けんきゅうじょで、あまみおおしまの ハブの どくを つかって つくりはじめ、1904ねんに できあがりました[6]。
ヤマカガシの くすりは、いまのところ、ためしに つくった もの、という ものが しられて います。およそ 500ひきの ヤマカガシから どくを あつめ、2とうの ウマに なんども うって つくりました[8]。
いま、日本で これらの くすりを つくって いる ところの ひとつに、熊本の KMバイオロジクスが あります[9]。
抗毒素は、毒の種類ごとに作られます。マムシ抗毒素ではヤマカガシ咬傷を治療できず、その逆も同じだと説明されています[6]。ヘビによって毒の成分が違い、抗体がくっつく相手も、毒ごとに決まっているからです。
ハブ抗毒素は、北里が所長を務めた伝染病研究所で、奄美大島産のハブ毒を使って試作され、1904年に完成しました。現在は、奄美大島と沖縄島産のハブ毒が使われています[6]。乾燥まむし抗毒素は、まむし毒またはトキソイドで免疫したウマの血清を精製して凍結乾燥したもので、製造販売元はKMバイオロジクスです[7]。
ヤマカガシ抗毒素は、健康な約500匹のヤマカガシから頸腺(ドウベルノイ腺)を取り出して毒を抽出し、ホルマリンで毒性をなくしてから、2頭のウマに複数回注射して試作されました。あくまで試作で、通常の製剤として常時供給されているわけではありません。過去にはウサギやヤギを使った試作も、日本蛇族学術研究所の研究者らによって行われました[8]。
国内で抗毒素や抗血清を製造する施設として、旧・化学及血清療法研究所(熊本)のKMバイオロジクスが挙げられています[9]。
抗毒素は毒種ごとに作られる。マムシ抗毒素でヤマカガシ咬傷は治療できず、その逆も成り立たない。抗毒素の投与にはアナフィラキシー反応への十分な注意が要る、とも記されている[6]。抗体が結合できるのは、免疫に使った毒の成分に限られるためと考えられる。
ハブ抗毒素は、北里が所長の伝染病研究所で奄美大島産のハブ毒により試作され、1904年に完成した。現在は奄美大島と沖縄島産のハブ毒を使用する[6]。乾燥まむし抗毒素は、まむし毒またはトキソイドで免疫したウマ血清を精製・凍結乾燥した製剤で、製造販売元は KMバイオロジクスである[7]。
ヤマカガシ抗毒素は、約500匹の健康なヤマカガシから頸腺(ドウベルノイ腺)を摘出して毒を抽出し、ホルマリンで不活化、アジュバントと処理して、2頭のウマに複数回注射して試作された。過去には日本蛇族学術研究所の研究者らがウサギやヤギで試作し、咬傷患者の治療に用いた例がある。試作であり、常時供給される製剤とは書かれていない[8]。
国内で抗毒素・抗血清を製造する施設として、KMバイオロジクス(旧・化学及血清療法研究所、熊本)が挙げられている[9]。
製造の基本は、北里以来の「ウマに免疫して血液を採取する」から変わっていない。進化したのは、血清から免疫グロブリンを精製し、凍結乾燥製剤にした点である[10]。
7. じぶんでも しらべて みたく なったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
この メモを よんだら、「どくを うたれた ウマが、どうして くすりの もとに なるのか」を、じぶんの ことばで 家の 人に はなして みましょう。
としょかんの ずかんで、「けっせい」や 「こうたい」と かいて ある ページを さがして みるのも いいでしょう。ヘビには ぜったいに ちかづかない ことが、いちばん たいせつです。
この記事の流れを、紙に図でかいてみましょう。「毒 → ウマの体 → 抗体 → 血液から取り出す → 人にとどく」の順に矢印でつなぎます。そのあと、「もし人が自分の体で抗体を作るなら、どこが変わるか」を描き足してみます。図書館の本や公的機関のページと見比べると、自分の図に足りないところが見えてきます。
この記事は医療のアドバイスではありません。ヘビやけがについて不安があるときは、学校や家の人、医療機関などの公式な案内を読んでください。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:大学・学会・公的機関・製造元関連の解説、論文の要旨を突き合わせて使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- 高橋元秀教授の紹介「血清療法」 https://www.serum-therapy.com/blog/post-677/ (基本工程、ウマ由来の理由)
- WHO, Snakebite envenoming: Antivenoms https://www.who.int/teams/control-of-neglected-tropical-diseases/snakebite-envenoming/antivenoms (免疫・血漿採取・精製の概要)
- 日本ワクチン学会「今日は血清療法の日」 https://www.jcv-jp.org/news/2025/12/4 (1890年の論文)
- Paths to the discovery of antivenom serotherapy in France (PMC) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4898362/ (1894年の発表とカルメット。要約からの確認)
- Frontiers in Immunology (2019) 10:1598 https://frontiersin.org/articles/10.3389/fimmu.2019.01598/full (ウマの採血量、断片化の目的)
- 血清療法(ハブ) https://www.serum-therapy.com/injury-snake/protobothrops/ (ハブ抗毒素の歴史と成分、毒種ごとの違い)
- 乾燥まむし抗毒素(JAPIC 医療用医薬品情報) https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00067606 (製造販売元。製法は検索要約)
- 乾燥ヤマカガシウマ抗毒素の試作製造とその品質試験成績 熊本保健科学大学・化血研 共同研究講座のコラム (ヤマカガシ抗毒素の試作)
- 熊本保健科学大学・化血研 共同研究講座「蛇毒抗毒素の製造と品質管理および問題点」 研究講座のページ (国内の製造施設。検索要約)
- 血清療法(新旧血清療法) https://www.serum-therapy.com/oldnew/ (北里の方法から変わらない点)
なおした ところ
更新履歴
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- 初版を公開。
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