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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

彼岸花ひがんばなは、どうして 種たねでは なく 球根きゅうこんで ふえるの?

秋のあぜ道の赤い花は、ほぼ同じ球根の分身 ── ヒガンバナが種をほとんど作らない理由

日本のヒガンバナはなぜ種をほとんど作らないのか ── 三倍体のクローンと、5年かかる実生、人が運んだという推定

分野:生きもの

あきの あぜ道に ならぶ、まっ赤な 彼岸花ひがんばな。日本の 彼岸花ひがんばなは、ほとんどが 同じ 球根の 分身だと 考えられて います。

花が さくのに、どうして 種たねは ほとんど できないのでしょう。そして、どうやって 日本じゅうに ひろがったのでしょう。その わけが 分かります。

日本の秋のあぜ道を染める彼岸花は、ほぼ同じ球根から分かれた分身、つまりクローンだと考えられています[1]。花は咲くのに、種はほとんどできないのです。

種を作れない植物が、どうやって日本中に広がったのでしょうか。染色体の数、まれにできた種が花になるまでの5年、そして人が球根を運んだという推定から、その答えが分かります。

日本の野外に生えるヒガンバナは、染色体を3組もつ三倍体(2n=3x=33)とされ、種子はほとんどできない[2]。開花時期や草丈がそろうのは、球根だけでふえるクローンだからだと説明されている[1]。

種をつくれない植物が、なぜ列島に広がったのか。三倍体の仕組み、まれに得られた種子が開花するまでの経過、中国での調査と遺伝子の比較から、その理由が分かる。

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1. どうして みんな そろって さくの?

1. 同じ日に咲きそろうのは、同じ株の分身だから

1. 開花時期と草丈がそろう ── 球根だけでふえるクローン

あきに、あぜ道の 彼岸花ひがんばなは、そろって さきます。せの 高さも、ほとんど おなじです。

その わけは、日本の 彼岸花ひがんばなが、球根で ふえた 「分身」だと 考えられて いるからです[1]。同じ 球根から 分かれたので、さく ころも 大きさも にて います。

たとえば、1まいの 絵を コピーして、何まいも つくったと 考えて ください。どれを 見ても 同じ 絵です。ただし 本当は、日本じゅうの 彼岸花ひがんばなが すべて まったく 同じだと、言いきれる わけでは ありません。

では、花が さくのに、どうして 種たねは できにくいのでしょう。

秋のあぜ道の彼岸花は、開花の時期も草丈も、ほぼそろっています。愛知県西尾市の広報は、この理由を、日本の彼岸花が球根でのみふえるクローンだからだと説明しています[1]。

クローンとは、同じ遺伝情報をもつ個体のことです。1つの球根が分かれてふえていくので、性質がそろいます。しかも人の手で植えられた場所を中心にふえ、人の入らない場所では見られない、とも書かれています[1]。

ただし、調べられた遺伝子は限られています。日本の彼岸花がすべて完全に同じ株だとまでは言えません。それでも、そろい方の理由としては、分身説が説得力をもちます。

次の疑問は、花は咲くのになぜ種ができにくいのか、です。

日本のヒガンバナは、花は咲くが種子ができず、球根でのみふえるクローンで、そのため開花時期や草丈の特徴がほぼ同じになる、と西尾市の資料は述べる[1]。人の手で植えられた場所を中心に増え、人の入らない場所には見られないという記述も、これと合う。

ここで「種子ができない」は正確ではない。神奈川県での調査では、ごくまれに結実が確認されており[2]、後述のとおり研究者も「種子ができないことはない」と述べている[3]。また、後の節で扱う遺伝子の比較は、調べた遺伝子の範囲での話であり、全野生株が完全に同一と断定できるわけではない。

では、なぜこれほど種ができにくいのか。原因は染色体の数にある。

2. 花が さくのに、たねが できにくい わけは?

2. 染色体が3組あると、種を作る細胞ができにくい

2. 三倍体の不稔 ── 染色体3組と、1,024分の1という理論値

生きものの からだには、「せんしょくたい」という 小さな ものが あります。ふつうは 2組 あって、ペアに なって います。

ところが、日本の 彼岸花ひがんばなは、これを 3組 もって います[2]。ダンスの ペアを つくる とき、3人 いると 1人 あまって しまいますね。それと 少し にて います。ただし 本当の しくみは、もっと ふくざつです。

研究者は、種たねに なる さいぼうが できる わりあいは、理くつの 上では、さいぼう 1024このうち 1こだと 話して います[3]。とても すくないのですが、ゼロでは ありません。

ヒガンバナの染色体は、二倍体なら22本(11対)、三倍体なら33本です。日本の野外のヒガンバナは、この三倍体とされています[2]。

三倍体は、11種類の染色体を3組もっています。そのため、種のもとになる細胞(配偶子)を作るとき、染色体をうまく分けられず、高度な不稔性を示します。同志社大学の研究紹介には、種を作れる細胞ができる割合は、理論的には娘細胞1,024個に1個だという説明があります[3]。

この数字は、細胞の話をした理論値です。「種1,000個に1個」という意味ではありません。同じ研究者は、「種子ができないことはない」とも述べています[3]。

では、そのまれな種がほんとうにできたら、どうなるのでしょうか。

ヒガンバナの染色体数は、二倍体が2n=22(11対)、三倍体が2n=33である。日本の野外集団は三倍体(2n=3x=33)で、これが不稔性の原因とされる[2]。三倍体は11種類の染色体を3組もつため、減数分裂で組を均等に分けることが難しく、機能する配偶子ができにくい。

同志社大学の研究紹介は、機能する配偶子は理論的には娘細胞1,024個に1個の割合と述べつつ、「種子ができないことはない」と付け加える[3]。この値は配偶子の形成に関する理論値であり、種子1,000個に1個といった結実率ではない点に注意が必要である。導出の式は原文に示されていない。

実際に種子ができたとき、それはどう育つのか。

3. まれに できた たねは、いつ 花に なるの?

3. まれにできた種が花を咲かせるまで、5年かかった

3. 実生の成長 ── 神奈川県での結実と、5年目の初開花

それでも、神奈川かながわ県の 調べでは、日本の 野外でも、ごく まれに 種たねが できた ことが 分かりました[2]。しらべた 種たねの 一部からは、めも 出ました。

この 種たねを、2009年に まいた 人たちが います。花が さいたのは、2013年の 9月。まいてから 5年目でした[4]。

1年目の 葉は 2まいだけ。球根は 5ミリほどでした。3年目に、葉は 10まいに、球根は 2センチほどに なりました。4年目には 球根が 分かれて、ふえ はじめました[4]。

花の 色は、もとの 花より、少し うすい だいだい色でした。

ゆっくり、ゆっくり 育つ のですね。では、球根は どうやって 育つのでしょう。

日本の野外でも、ごくまれに種ができます。神奈川県の調査では、花のうちのごく一部で結実の兆しがあり、採った種の一部が発芽しました[2]。

その種のうち2つを2009年にまいた記録があります。2つの実生は、2013年9月に初めて開花しました。まいてから5年目です[4]。

成長の途中を見ると、1年目は葉が2枚、鱗茎の横幅は約5mmでした。3年目には葉が10枚、鱗茎は約21mmになり、4年目に鱗茎が分かれました[4]。花の色は野生株よりやや淡い朱赤色でした。

種から花までの5年は、長い時間です。では、ヒガンバナは球根に何をため、どうやって毎年花を咲かせているのでしょうか。

神奈川県での2007〜2008年の調査では、開花した花のごく一部で結実の兆しが見られ、採取した種子の一部が発芽した[2]。ただし結実率の分母(花か個体か)はPDFの文字化けで読みきれず、数値は「ごくまれ」の範囲にとどめる。

この種子を2009年にまいた2つの実生は、2013年9月(5年目)に初めて開花した。鱗茎の横径は1年目に約5.7mm(葉2枚)、3年目に約21.1mm(葉10枚)で、4年目に分球した。花色は野生株よりやや淡い朱赤色だった[4]。

ヒガンバナ科の球根植物は、種子から開花までに数年以上かかり、開花には球根の充実が必要である。そのため、園芸ではふつう分球による栄養繁殖でふやされる、と博士論文の要旨は述べる[5]。

種子からの成長がこれだけ遅いなら、毎年花を咲かせる球根は、どのように養分をためているのか。

4. 球根は、いつ 大きく なるの?

4. 花のあとに葉を出し、冬のあいだに球根を太らせる

4. 冬の葉と夏の休眠 ── 球根に養分をためる年間のサイクル

彼岸花ひがんばなは、ふしぎな じゅんばんで くらします。花が おわって から、ほそ長い 葉が 出るのです[1]。

ほかの 草が 少ない 冬に、葉は おひさまの 光を たっぷり うけます。そして 球根に 栄養えいようを ためます。春に 葉は かれ、なつは 休眠きゅうみん。ためた 栄養えいようで、あきに また 花を さかせます[1]。

球根は、一年かけて 力を ためる、小さな たくわえ箱のようです。

では、この 球根は、どうやって 日本に 来たのでしょう。

ヒガンバナは、花のあとに細長い葉を出します。他の植物が少ない冬に光を受けて養分をため、他の植物が茂る春に葉は枯れ、暑い夏は休眠します。そして、ためた養分で秋に花を咲かせます[1]。

花と葉が同時に見られないため、朝鮮半島では「相思華」とも呼ばれる、と近畿大学薬学部の資料は紹介します[8]。

種でふえにくくても、球根に養分をためて毎年花を咲かせ、分球でふえていく。ヒガンバナの暮らしは、この一年のサイクルに支えられています。

では、そのクローンはどこから日本にやってきたのでしょうか。

花が終わると細長い葉が出て、他の植物が少ない冬に光を受けて養分を蓄える。春になり他の植物が茂ると葉は枯れ、暑い夏は休眠し、蓄えた養分で秋に開花する[1]。

花と葉が同時に見られないことから、朝鮮半島では「相思華」の名でも呼ばれる[8]。この周期の中で球根は充実し、分球によっても数を増す。

では、球根のクローンは、どこからどうやって日本に広がったのか。

5. 日本の 彼岸花ひがんばなは、どこから 来たの?

5. 中国から、少しの球根が渡ってきたと考えられている

5. 中国の二倍体・三倍体と、日本の三倍体の由来 ── 遺伝子の比較から

中国には、日本の 野外の 彼岸花ひがんばなとは ちがって、種たねを つくる なかまも います。日本の 彼岸花ひがんばなは、中国から 球根で 来たと 考えられて います[6]。

中国で 114か所を 調べたら、52か所は 種たねを つくる なかまで、58か所は 種たねを つくれない なかまでした[6]。

日本の 彼岸花ひがんばなと 中国の 一部の 彼岸花ひがんばなは、しらべた 遺伝子いでんしの 二つが 同じでした[7]。まず 少しの 球根が 来て、そこから 人の 手で ふえたのだろう、と ろんぶんは 考えて います[6]。

むかし、いつ ごろ 来たのかは、はっきり していません。いねづくりと いっしょに 来たと いう 考えも あります[1]。

では、なぜ あぜ道に 多いのでしょう。

中国で114集団・2,420個体を調べた研究では、52集団が二倍体、58集団が三倍体、4集団が混合でした。二倍体は種を作って有性生殖もしますが、三倍体は分球によるクローンでふえます[6]。

日本と韓国の三倍体は、中国から導入されたと考えられています。最初に1つまたは少数の三倍体の球根が持ちこまれ、その後の盛んな無性生殖で広がったという推定です[6]。

遺伝子の比較もこの推定と合います。日本の三倍体11系統と中国の三倍体4系統で、調べた2つの遺伝子の配列は完全に同じでした。日本の三倍体の母方の祖先候補は、中国の二倍体の一系統とされています[7]。

渡来の時期については、稲作が伝わったころという説が紹介されていますが、確定はしていません[1]。

人が運んだのなら、なぜ田畑のまわりに多いのでしょうか。

中国での調査(114集団・2,420個体)では、52集団(約46%)が二倍体、58集団(約51%)が三倍体、4集団が混合倍数体だった。二倍体は種子を作り有性生殖もするが、三倍体は分球によるクローン増殖のみで、分布は広い[6]。

この論文は、日本と韓国の不稔の三倍体は中国から導入されたと推定する。最初に1つまたは少数の三倍体の球根が持ちこまれ、その後の盛んな栄養繁殖で広がったという筋書きである。三倍体の成立については、減数された配偶子と減数されなかった二倍の配偶子の受精による、という仮説も述べられている[6]。

遺伝子解析はこの推定を支える。日本の三倍体11系統と中国の三倍体4系統では、核のレクチン遺伝子と葉緑体のマチュラーゼ遺伝子の配列が完全に同一だった。ただし、調べたのは2つの遺伝子のみで、全ゲノムの同一性までは言えない。日本の三倍体と中国の二倍体(var. pumila)の間には小さな違いがあり、母方の祖先候補は、その二倍体の一系統とされる[7]。

渡来の時期については、稲作伝来のころという説が紹介されているが、確定ではない[1]。では、なぜ人の暮らす場所に多いのか。

6. どうして あぜ道や はかに 多いの?

6. あぜ道や墓地に多いのは、毒のためだという説がある

6. 人が植えた理由 ── 毒をもつ球根と、いくつかの説

彼岸花ひがんばなの 球根には、毒どくが あります。この 毒どくは、モグラや ネズミが 田んぼや 畑に 入るのを ふせぐために、あぜ道に 植えられたのでは、という 考えが あります[8]。

ほかにも、墓はかを 動物から まもるためという 考えも あります。ただし、どれも 考えで、本当に そうだったかは 分かって いません。

彼岸花ひがんばなは 名前が とても 多く、1000いじょう あるそうです[8]。「まんじゅしゃげ」や「ゆうれいばな」などです。人の くらしの 近くで、長い あいだ 見られて きた 花なのですね。

球根は 毒どくが あるので、口に 入れては いけません。

ヒガンバナの球根には、リコリンなどのアルカロイドが含まれ、毒性が強いことが知られています。あぜ道や墓地に多い理由として、モグラや野ネズミが田畑に入るのを防ぐため、また土葬の遺体を動物から守るため、という説があります[8]。

飢饉のときに水にさらして毒を抜き、球根を食べたという説もあります[8]。いずれも説であり、植えた目的が確定したわけではありません。毒があるので、食べてはいけません。

別名は1000以上あるとされ、曼珠沙華、幽霊花、死人花、火事花などが知られています[8]。これだけ多くの名前が生まれたのは、人の暮らしの近くにあった花だからかもしれません。

人が植えて、人が球根を分けて、クローンが広がった。ただ、人が何のために植えたのかは、毒の利用など複数の説が並んだままです。

球根にはリコリンなどのアルカロイドが含まれ、毒性が強い。あぜ道や墓地に多い理由として、モグラや野ネズミの田畑への侵入を防ぐため、また土葬の遺体を動物から守るためという説がある[8]。飢饉のとき、水にさらして毒抜きした球根を食べたという説も紹介される[8]。

いずれも「説」であり、植えた目的は確定していない。西尾市の資料が述べる、人の手で植えられた場所を中心に増えるという観察[1]とは矛盾しないが、動機までは資料から言えない。毒があるため、食用にはしない。

別名は1000以上あるとされ、曼珠沙華、幽霊花、死人花、火事花などが知られる[8]。名前の多さは、暮らしの近くで長く見られた花であることを示唆するが、これも推測である。

球根の毒、クローンの広がり、そして人の手。残る問いは、人が球根を植えた目的が、毒の利用だったのか、別の理由だったのかである。

7. じぶんでも しらべて みよう

7. 自分でも調べてみたくなったら

7. 出口 ── 別名と原典から調べる

おうちの 人と いっしょに、彼岸花ひがんばなの べつの 名前を しらべて みましょう。いくつ 見つかるでしょうか。名前を 見ると、むかしの 人が この 花を どう 見て いたのか、ヒントが あるかも しれません。

また、チューリップや スイセンなど、球根きゅうこんで ふえる 花も あります。近くの 花だんや 図かんで、どんな 花が 球根で ふえるのか、さがして みましょう。

球根に さわった あとは、手を あらいましょう。口に 入れては いけません。

図鑑や地域の資料で、ヒガンバナの別名を一つ探してみましょう。その名前が、どんな場所や暮らしに結びついているかを見ると、名前が生まれた背景が見えるかもしれません。

また、身近な球根植物がどのようにふえているか、花だんや図鑑で調べるのもおすすめです。分球でふえるもの、種でふえるもの、どちらもできるものなど、いろいろあります。

資料を読むなら、神奈川県立生命の星・地球博物館の「神奈川自然誌資料」で、種子や実生の観察記録が読めます[2][4]。球根には毒があるので、触ったあとは手を洗ってください。

種を作れないのに広がった植物は、ほかにもいるのでしょうか。

ヒガンバナの別名の由来を、地域ごとに調べてみるとよい。地域の暮らしや信仰との関わりを読み取れるかもしれない。

原典に当たるなら、日本語で読めるものとして、神奈川県立生命の星・地球博物館の「神奈川自然誌資料」(種子の稔性と発芽[2]、実生の成長と初開花[4])、近畿大学薬学部薬草園の季節便り[8]、西尾市の広報[1]がある。中国での分布調査[6]と遺伝子解析[7]は英語の論文であり、要旨だけでも読み比べると、日本のクローンの由来の推定が見える。

種子でふえない植物が広がった例は、ほかにあるのか。それも調べる価値のある問いである。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:西尾市の広報、神奈川県立生命の星・地球博物館の2件の報告、同志社大学の研究紹介、北海道大学の博士論文要旨、中国での調査論文、遺伝子解析の要旨、近畿大学薬学部の資料を使いました。

  1. 愛知県西尾市「西尾いきものふれあいの里だより」2023年9月号。 https://www.city.nishio.aichi.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/004/037/r5.9.pdf (クローンとして増えること、人の手で植えられた場所、一年のサイクルについて)
  2. 瀬戸ほか(2011)「ヒガンバナの種子稔性と発芽について」神奈川自然誌資料32。 https://nh.kanagawa-museum.jp/assets/icp/pdf/nhr32_027-032_seto_s.pdf (三倍体であること、野外でのまれな結実と発芽について)
  3. 同志社大学 研究紹介(小山松治郎「ヒガンバナ属」)。 https://www.doshisha.ac.jp/attach/page/OFFICIAL-PAGE-JA-363/141624/file/5MyStudy.pdf (三倍体の不稔性と、理論的な割合について)
  4. 瀬戸ほか(2015)「実生ヒガンバナ2例における成長と初花の形態学的観察」神奈川自然誌資料36。 https://nh.kanagawa-museum.jp/assets/icp/pdf/nhr36_007-010_seto.pdf (実生の成長と5年目の開花について)
  5. 中野有紗 博士論文要旨(北海道大学、2022)。 https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/repo/huscap/all/85816/NAKANO_Arisa_abstract.pdf (ヒガンバナ科の球根植物の増殖について)
  6. Cytogeography and chromosomal variation of Lycoris radiata(PMC)。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6662380/ (中国での二倍体・三倍体の分布と、日本への導入の推定について)
  7. Hayashi et al., Genes & Genetic Systems(要旨)。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/ggs/81/4/81_4_243/_article (日本と中国の三倍体の遺伝子比較について)
  8. 近畿大学薬学部 薬草園「季節便り」vol.13。 https://www.phar.kindai.ac.jp/yakusouen/seasons-letter/vol_13.pdf (毒性、あぜ道や墓地に多い理由の説、別名について)

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