このサイトは、ほんの入り口です

ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ひどけいと 砂すなどけいは、どうして じかんが はかれるの?

日時計と砂時計はなぜ時間を計れるのか ── 影のずれと、砂が同じ速さで落ちるわけ

日時計と砂時計の原理 ── 地球の自転、均時差、そして砂の流量が一定になる理由

分野:技術

ひどけいは、天気が よければ ただしい 時こくを しめします。それなのに、うでどけいと 16分も ずれる 日が あります。

砂すなどけいの 砂すなは、へっても 同じ はやさで おちると いわれます。水の とけいとは ちがう ところです。どうして こう なるのか、しらべて みましょう。

日時計は、太陽の動きをそのまま写す時計です。ところが、正しく作られた日時計でも、腕時計より16分ほど進む日があります。

砂時計にも不思議があります。砂は、上に残る量が減っても、ほぼ同じ速さで落ちていくといわれます。水時計は、水が減ると流れが変わります。日時計のずれと、砂時計の一定の速さ。この2つを、資料をつき合わせて調べます。

日時計は太陽の位置をそのまま読む時計だが、季節によって普段の時計より最大およそ14〜16分進んだり遅れたりする[4]。一方、砂時計は、上の容器に残る砂の量が減っても、砂の落ちる速さがほぼ変わらない[7]。水時計は水位が下がると流れが変わる[7]。

このメモでは、日時計が影で時刻を示すしくみ、ずれの正体である均時差、砂時計が現れた14世紀の証拠、砂の流れが一定になる理由をめぐる研究と、その例外までを、複数の資料を突き合わせて追う。

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1. かげが うごくと、なぜ じかんが わかるの?

1. 影の動きは、地球の自転の見える形

1. 日時計の原理 ── 1時間に約15度動く太陽と指針の影

ひどけいは、ぼうを 立てて、そのかげの ばしょで 時こくを よむ とけいです[1]。

かげが うごくのは、太陽が 空を うごくように 見えるからです。太陽は 24時間で ぐるっと 1まわり、360度 まわります。1時間では 15度です[1]。

くらい へやで、かいちゅうでんとうを つくえの ぼうに あてて みて ください。でんとうを うごかすと、かげも うごきます。ひどけいは、それの 太陽ばんです。ただし ほんとうは、太陽が うごくのでは なく、地球が 自転じてんして います。

棒の影が指す目盛り

日時計は、目盛りをつけた板の上に棒(指針)を固定し、太陽の光でできる棒の影の位置で時刻を読む時計です[1]。

太陽は、空を24時間でぐるりと360度まわるように見えます。360を24で割ると、1時間あたり15度です[1]。これは太陽の動きの角度で、日時計の影の角度そのものではありません。日時計では、置く場所や板の向きに合わせた目盛りと影の位置で、時刻を読みます。日本のような中緯度の土地では、指針を地軸(地球の自転の軸)と平行に置くのがふつうとされています[1]。

太陽が動いているように見えるのは、地球が自転しているからです。日時計の影は、地球の自転を目で見る形にしたものといえます。

日時計は、時刻の目盛りをつけた平板上に指針(ノーモン)を固定し、太陽光によってできる指針の影の位置で時刻を知る装置だ[1]。

見かけの太陽は24時間で360度まわるので、太陽の時角は1時間に約15度変わる[1]。ただし影そのものの角度が1時間に15度とは限らない。日時計では、設置場所や文字盤に合わせた時間線と影の位置で時刻を読む。中緯度の地域で使う日時計では、指針を地軸に平行に置くとされる[1]。

日時計の影が刻むのは、地球の自転そのものだ。この基本を押さえておくと、後の章で述べる「ずれ」の意味がわかる。

2. むかしの ひどけいは、どんな もの?

2. 5000年以上前から続く、影で時間を読む道具

2. 最古級の日時計 ── ノーモンの起源と、夏に長く冬に短い「1時間」

かげで 時こくを はかる どうぐは、とても ふるい とけいの ひとつです。ぼうの かげの ながさで 時間を しめす どうぐは、およそ 5500年 まえまで さかのぼる といわれます[2]。ただし、はじまりが どこか、いつかは、しりょうに よって ちがいます。

今も のこる 古い ひどけいの 一つは、およそ 3500年 まえの ものです。エジプトの 王家の谷で、石灰岩せっかいがんの ひどけいが みつかりました[2]。ひるまを 12に わけて つかいました。

ギリシャや ローマの 人も、ひるまを 1年じゅう 12に わけました。すると、夏は ひるが 長いので 1時間も 長く、冬は みじかく なります[3]。今の 1時間は いつも 同じ 長さ ですから、ふしぎな 数え方ですね。

エジプトで見つかった、石の日時計

棒の影の長さで時刻を示す「ノーモン」は、紀元前3500年ごろにさかのぼるとされます[2]。今からおよそ5500年前です。ただし、起源がエジプトかバビロニアか、いつなのかは、資料によって割れていて、はっきりしません。

現存する最古級の日時計としては、紀元前1500年ごろの石灰岩のものが、エジプトの王家の谷で見つかっています[2]。昼を12に分けて使いました。エジプトにはT字形の「影時計」もあり、東西に置いた台に、午前は横木を東向きに、午後は西向きに置き直して使ったそうです[2][3]。台の目盛りの数は、資料によって4時間分とも6区分ともされ、はっきりしません。

夏は長く、冬は短い1時間

古代のギリシャやローマでは、日の出から日の入りまでを、季節を問わず12等分しました。そのため、昼の長い夏の1時間は長く、昼の短い冬の1時間は短くなります[3]。こうした時刻の分け方は不定時法と呼ばれます。

棒の影の長さで時刻を示す「ノーモン」は、紀元前3500年ごろまでさかのぼるとされる[2]。ただし起源の地と年代は資料で割れており、コトバンクの日時計の項は紀元前2000年ごろのバビロニアにふれる[1]。年代は断定できない。

現存する最古級の日時計は、紀元前1500年ごろの石灰岩製で、エジプトの王家の谷で見つかった。昼を12に分けて使ったとされる[2]。T字形のエジプトの影時計は、午前は横木を東側、午後は西側に向けて使った。目盛りの区分数はMacTutorが4時間分、Wikipediaが6区分としており、本稿では断定しない[3][2]。

古代ギリシャ・ローマでは、昼の時間を季節を通じて12等分した。夏の1時間は長く、冬の1時間は短くなる。これが不定時法(季節時)だ[3]。1時間の長さが季節で変わる分け方でも、日時計の影の向きから時刻を読むことはできた。

3. ひどけいは ただしいのに、どうして ずれるの?

3. 日時計が最大16分進む日

3. 均時差 ── 視太陽時と平均太陽時の差

ひどけいが しめすのは、太陽の いちで きまる 時こくです。ふだんの とけいの 時こくは、1年の へいきんで 1日の 長さを 24時間に そろえて あります[4]。

この ふたつには、ずれが あります。ひどけいは、2月の なかごろに、とけいより 14分ほど おくれます。11月の はじめには、16分ほど すすみます[4]。

ひどけいが まちがって いるのでは ありません。太陽の いちを そのまま うつして いるから ずれる のです。ただし、ずれの おおきさは 読む ほんに よって 少し ちがいます。

太陽の位置の時刻と、ならした時刻

日時計が示すのは、太陽の位置そのものから決まる時刻(視太陽時)です。ふだん私たちが使う時刻の土台は、1年を通じてならした平均太陽時です。この2つの差を均時差といいます[4]。

日時計は、季節によって、腕時計より最大でおよそ14〜16分進んだり遅れたりします。2月の中ごろに約14分遅れ、11月のはじめに約16分進むという資料があります[4]。「十数分」と受け止めておくのが安全です。

日本では、標準時を決める子午線と、その場所の経度との差でも、別にずれが出ます。日時計が腕時計とぴったり合わないのは、それだけ自然な話なのです。

日時計が示すのは視太陽時(太陽の位置による時刻)で、ふだんの時刻の基礎は平均太陽時だ。両者の差が均時差で、日時計は季節により、時計より最大およそ14〜16分進んだり遅れたりする。イギリスの日時計協会系のサイトは、2月中旬に約−14分、11月初めに約+16分と示す[4]。

なお、均時差とは別に、標準時子午線と観測地点との経度差による差も加わる。日時計と腕時計のずれは、この2つが重なった結果だ。日時計に狂いがあるわけではなく、両者が別の基準で時刻を決めていることの表れにすぎない。

4. くもりや よるは、なにで はかる?

4. 影のない夜と曇りの日のために、水時計、そして砂時計

4. 漏刻から砂時計へ ── 671年の水時計と、1338年の絵

ひどけいは、太陽が でて いる ひるまだけ つかえます。くもりや よるは、かげが できません。

そこで、水を つかう とけいが ありました。日本でも、てんじ てんのうの ときに、水時計(ろうこく)が おかれました。にほんしょきと いう 古い ほんには、671年の 4月25日に、あたらしい だいに おいて、かねと たいこで 時を しらせた、と あります[10]。

砂すなどけいが、たしかに あった しょうこは、1338年ごろの 絵です。イタリアの シエナと いう 町の たてものに、ロレンツェッティと いう 人が かいた 絵が あり、その中に 砂すなどけいが かかれて います[5][6]。今から 690年ほど まえです。

太陽なしで計る道具

日時計が使えるのは、影ができる晴れた昼間だけです。曇りの日や夜には、影が読めません。太陽の力を借りない時計として、水時計や砂時計がありました。

日本書紀には、天智天皇10年(671年)4月25日(新暦の6月10日)に、新しい台に漏刻(水時計)を置き、鐘と鼓で時を知らせたと記されています[10]。これが6月10日の「時の記念日」(1920年に制定)の由来です[10]。

砂時計がはっきり見える、いちばん古い絵

砂時計について、確かな証拠として挙げられるのは、1338年ごろにアンブロージョ・ロレンツェッティが描いたフレスコ画『善政の寓意』です。イタリアのシエナの市庁舎にあります[5][6]。14世紀の後半には、船の備品の目録にも砂時計が出てきます[5]。8世紀の僧が発明したという説は、根拠がないとされています[5]。

中身は砂とは限りません。大理石の粉、錫や鉛の酸化物、焼いて粉にした卵の殻なども使われたそうです[6]。

日時計は晴れた昼間しか使えず、曇天や夜は影が読めない。この制約を補う時計のひとつが水時計で、日本書紀は天智天皇10年4月25日(671年、新暦6月10日)に、新しい台に漏刻(水時計)を置き、鐘と鼓で時を知らせたと記す[10]。この日が、1920年に制定された「時の記念日」の由来とされる[10]。

砂時計の初出の確実な証拠は、アンブロージョ・ロレンツェッティが1338年ごろに描いたフレスコ画『善政の寓意』(シエナ市庁舎)とされる[5][6]。14世紀後半には、船の備品目録にも砂時計が現れる[5]。8世紀の修道士による発明説は、根拠がないとされる[5]。

日時計は紀元前3500年ごろまでさかのぼるのに対して、砂時計の確かな証拠は14世紀と、約4800年の開きがある。中身も砂に限られず、大理石の粉、錫や鉛の酸化物、焼いて粉にした卵殻などが使われた[6]。

5. 砂すなは、どうして さいごまで 同じ はやさ?

5. 水は減ると流れが変わるのに、砂は変わらない

5. 砂時計の流量 ── 上の量に関係しない流れと、ヤンセン効果

水時計は、水が へると、ながれかたが かわります[7]。でも 砂すなどけいの 砂すなは、うえの 砂すなが すくなくなっても、ほぼ 同じ はやさで おちます。これは、研究で しらべられて います[7]。

おちる はやさを きめるのは、おもに あなの 大きさです[7]。うえに 砂すなが たくさん のって いても、おもさが ぜんぶ そのまま あなに かかる わけでは ありません。

ためしに、つみ上げた 本の やまを、まわりから 手で おさえて みて ください。手が ささえる ぶん、下の 本には ぜんぶの おもさは かかりません。砂すなも、まわりの かべが おもさの 一部を ささえます[8]。ただし ほんとうは、本と 砂すなでは、つぶの 形も うごき方も ちがいます。

これだけで ぜんぶ せつめいできる わけでは ないと、研究者も いって います。まだ ぎろんが つづいて います[9]。

水時計との違いは何か

水時計(クレプシドラ)は、水位が下がるにつれて流れが変わります[7]。ところが砂時計では、上の容器に残る砂の深さに関係なく、砂が落ちる速さがほぼ一定です。これは、粒の流れを調べる分野で「ベバルー則」として知られ、速さは主に穴の大きさで決まります[7]。

ある論文は、この違いの理由を、砂のような粉の集まりには「ある力を超えないと流れ出さない性質」(塑性降伏応力)があるかどうかにありそうだ、と考察しています[7]。ただし「ありそうだ」という考察で、決まった説明ではありません。

壁が重さを支える

砂を入れた筒では、深くなっても、底にかかる圧力がある値で頭打ちになります。これをヤンセン効果といいます。壁との摩擦が、砂の重さの一部を支えるためです[8]。1852年にドイツのハーゲンが、砂を入れた容器の出口の流れを実際に測り、この研究は砂時計の理論の基礎になったといわれます[8]。

ただし、砂の速さが一定になる理由を、壁の摩擦だけで説明するのは不十分だという指摘があります[9]。わかっていることと、まだ議論されていることが混じっています。

水時計(クレプシドラ)は水位が下がるにつれて流量が変わるのに対し、砂時計では、上の容器に残る砂の深さに関係なく、排出される砂の流量が一定になる。これはベバルー則(Beverloo)として知られ、流量は主に穴の大きさで決まる。粉体(粒の集まり)のサイロの排出を連続体の塑性流れとして扱った研究が、初期の充填高さに依らずベバルーの関係を再現したと報告している[7]。

同じ論文は、砂時計と水時計の違いが塑性降伏応力(粉体が持つ、ある力を超えないと流れない性質)の有無にあるように思える、と述べる[7]。「seems」という表現が示すとおり、これは断定ではなく考察だ。

粉体の柱では、深さが増しても底の圧力が頭打ちになる。壁との摩擦が重さの一部を支えるからで、ヤンセン効果として知られる[8]。1852年にハーゲンが円筒容器で圧力と排出量を測定しており、その出口の流れの考察は「砂時計の理論の基礎」とされる[8]。一方で、流量一定の理由を壁の摩擦だけで説明するのは不十分だという指摘もあり[9]、ヤンセン効果が流量一定の主因だと決まったわけではない。

6. いつでも ぴったりとは いかない ところ

6. 一定にならない粒と、船の上の砂時計

6. 一定の限界 ── やわらかい粒と、経度測定に足りなかった精度

どんな つぶでも 同じ はやさに なる、と いう わけでは ありません。つぶが やわらかくて、すべりやすいと、砂すなどけいでも、のこりが へるほど ながれは おそく なるそうです[9]。

砂すなどけいは、船の上でも つかわれました。ただし、4分の ずれが、地球の 経度けいどで 1度に あたります[6]。いまいる ばしょを 経度けいどで しるには、もっと せいかくな とけいが ひつよう でした。砂すなどけいは、船の はやさを はかる ほうなどで はたらきました[6]。

ひどけいは くもりや よるに つかえません。砂すなどけいは 太陽が なくても つかえますが、きまった 長さしか はかれず、ひっくりかえす 人が ひつようです。どちらにも、とくいな ことと にがてな ことが あります。

粒がやわらかいと変わる

砂時計の流れがいつも一定になるとは限りません。粒がやわらかく摩擦が小さいと、砂時計でも、流れが残りの量とともに減ることが、論文で報告されています[9]。「一定」は、ふつうの砂のような粒についての話です。

船の上の砂時計

砂時計は、船の上で時間を計る主要な道具でした[6]。ただし、地球は24時間で360度まわるので、4分のずれが経度1度にあたります(24×60÷360=4)。数分の誤差でも、船の位置が大きく違ってしまうため、経度を測るには砂時計の精度が足りませんでした[6]。砂時計は、チップログという道具で船の速さを測るときなどに使われました[6]。

日時計と砂時計には、それぞれ得意と不得意があります。日時計は晴れた昼にしか使えません。砂時計は太陽がなくても使えますが、決まった長さしか計れず、ひっくり返す人が必要です。

流量の一定さには限界がある。粒がやわらかく、粒子間の摩擦が小さいと、砂時計でも流量は充填高さに依存し、排出の進行とともに減少する、と報告されている[9]。砂時計の「一定」は、摩擦をもつ硬い粒の場合の性質として読むべきだ。

砂時計は、船で時間を計る主要な道具だった[6]。しかし、地球は24時間で360度回るので、4分の誤差が経度1度に相当する(24×60÷360=4分/度)。この程度の誤差でも位置の見当が大きく変わるため、経度の測定には精度が足りず、チップログによる船速の測定などに使われた[6]。

日時計は晴れた昼間しか使えず、砂時計は太陽なしで使えるが、決めた長さしか計れず、ひっくり返す人手が要る。どちらも一長一短で、いずれも時間の流れを「別の変化」に置きかえて見る点は共通している。

7. かげの ばしょに しるしを つけて みよう

7. 影の位置に印をつけて、動きを確かめる

7. 出口 ── 影の観察と、原典の読みどころ

晴れた 日に、ひなたの じめんに ぼうを 立てて みましょう。たとえば、すなを 入れた あきかんに わりばしを さします。

かげの さきに、小さな 石を おきます。1時間 たったら、また かげの さきに 石を おきます。石と 石の あいだが、1時間の うごきです。

あわせて、どっちの むきに かげが うごいたか、見て みましょう。太陽は、直せつ 見ては いけません。

晴れた日に、日なたに棒を立てて、影の先に小石を置いてみましょう。棒は、砂を入れた空き缶に割りばしを挿せば立てられます。

1時間ごとに、影の先に新しい小石を置いていきます。小石の間が、1時間の影の動きです。夕方まで続ければ、影の動く向きや、長さの変化も見えてきます。

砂の流れも、家で見られます。台所のペットボトルや紙コップの底に小さな穴をあけ、砂や塩を入れて落としてみましょう。上の量が減っても、落ちる速さがあまり変わらないか、見てみてください。砂を落とす場所は、外やトレーの上にします。太陽は直接見ないようにしてください。

もっと調べたくなったら、日時計と腕時計のずれについての解説[4]を読んでみてください。

晴れた日に日なたの地面に棒を立て、影の先端に印をつけ、1時間ごとに位置を記録する。棒は、砂を入れた空き缶に割りばしを挿せば立てられる。印の並びから、影の動く向きと、長さの変化が確かめられる。太陽は直接見ない。

資料を読むなら、日時計と均時差は英国のサイト[4]、エジプトの時計の歴史は英語版Wikipedia[2]とMacTutor[3]が入り口になる。砂時計の流れの研究は、arXivの論文[7][8][9]で、どれも要旨が短く、砂時計の速さがなぜ一定かをめぐる議論の幅が読み取れる。

日本語で読めるものとしては、漏刻が置かれた記事[10]から入り、時の記念日の由来を確かめるとよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:辞典の解説、博物館や研究者のサイト、論文のプレプリント(arXiv)、記録の紹介サイトを使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. コトバンク「日時計」。https://kotobank.jp/word/日時計 (日時計のしくみ、太陽の動きと指針の置き方について)
  2. Wikipedia「History of timekeeping devices in Egypt」。https://en.wikipedia.org/wiki/History_of_timekeeping_devices_in_Egypt (ノーモンの起源、王家の谷の日時計、影時計について。二次資料)
  3. MacTutor「Sundials」。https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/HistTopics/Sundials/ (影時計の使い方、古代の不定時法について)
  4. Sundials on the Internet「Equation of Time」。https://www.sundials.co.uk/eot (日時計と腕時計のずれの大きさについて)
  5. Guinness World Records「First hourglass」。https://www.guinnessworldrecords.com/world-records/first-hourglass (砂時計の初出の証拠について)
  6. Wikipedia「Hourglass」。https://en.wikipedia.org/wiki/Hourglass (砂時計の中身、船での使われ方について。二次資料)
  7. arXiv:1211.5916「The granular silo as a continuum plastic flow: the hour-glass vs the clepsydra」。https://arxiv.org/abs/1211.5916 (砂の流量が一定になることと、水時計との違いについて。論文のプレプリント)
  8. arXiv:physics/0610201「Hagen 1852 の翻訳」。https://arxiv.org/abs/physics/0610201 (ヤンセン効果とハーゲンの測定について)
  9. arXiv:2104.08186「Flow in an hourglass: particle friction and stiffness matter」。https://arxiv.org/abs/2104.08186 (一定にならない場合と、摩擦だけでは説明できない点について)
  10. 近江神宮の漏刻の紹介(tabi-mag)。https://tabi-mag.jp/oumijingu-roukoku/ (日本書紀の漏刻の記述と、時の記念日の由来について。二次資料)

なおした ところ

更新履歴

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