1. 2992メートルは、ふだんの もぐりなの?
1. 記録の2992メートルは、ふだんの潜り方なのか
1. 最大値と平均値 ── 記録は、ふだんの潜水の何割か
この きろくは、クジラの 体に タグを つけて しらべた ものです。8とうの アカボウクジラが しらべられました[1]。
2992メートルの きろくと、137.5分の きろくは、それぞれ いちばんの ときの かずです。おなじ もぐりの かずとは かぎりません。
この しらべで きろくされた 深い もぐりの 平均は、1401メートルで 67.4分でした[1]。
1401メートルは、大人が あるいて 20分ぐらいの きょりを、そのまま 下に した ふかさです。そこに 1時間 いじょう います。
では、その あいだ、いきは どうして いるのでしょう。
そもそも、さんそは どこに あるのでしょう。
2. 酸素は、体の どこに ためて いるの?
2. 深く潜る前、酸素はどこにためておくのか
2. 酸素の貯蔵場所 ── 肺ではなく、血液と筋肉が主役になる
人は、いきを すって、肺に くうきを ためます。だから、もぐる 前には、たくさん すいたく なります。
ところが、深く もぐる どうぶつでは、ちがいます。体の なかの 酸素の 80%より 多くが、血液と 筋肉に あると いわれます[2]。肺では ないのです。
クジラの 筋肉には、酸素を つかまえて おく たんぱくしつが、ヒトよりも ずっと 多いと されて います[2]。
たとえば、リュックサックです。かるい ふくろに つめるより、大きな リュックに つめた ほうが、たくさん もって いけます。クジラは、筋肉を、大きな リュックに して いるようなものです。
ただし 本当は、リュックの ように ふくろが あるのでは ありません。筋肉の 中に、酸素が くっつく たんぱくしつが、ぎっしり あるのです。
そんなに ぎっしり つめて、だいじょうぶなのでしょうか。
人は息を吸って、肺に空気をためて潜ります。ところが、深く潜る動物では、体にある酸素の80%より多くが、血液と筋肉にあるといわれます[2]。肺は、酸素の主な置き場所ではないのです。
筋肉には、酸素を受け取って持っておくミオグロビンというたんぱく質があります。潜りの名手は、このミオグロビンの濃さが高いことが特徴です[2]。マッコウクジラの筋肉では、ヒトの筋肉より何倍も高いとされています[2]。
たとえるなら、荷物を手に持つのをやめて、大きなリュックに入れて運ぶ形です。ただし、リュックのような袋があるわけではなく、筋肉の細胞の中にミオグロビンがぎっしりある、という意味です。
けれど、たんぱく質をそんなに濃くして、固まってしまわないのでしょうか。
3. きんにくに ぎっしり つめて、かたまらないのは なぜ?
3. 濃くしても固まらないのは、電気の力のおかげ?
3. ミオグロビンの表面電荷 ── 高濃度でも固まりにくいと考えられる理由
たんぱくしつが たくさん あつまると、かたまって しまいそうです。
ところが、もぐる どうぶつの この たんぱくしつは、ひょうめんが 電気を おびて いて、たがいに はねかえる と かんがえられて います[3]。
おなじ きょくを むけた 2つの じしゃくは、ちかづけても くっつきません。そんな ふうに、はなれあうので、ぎっしり つめても かたまりにくいのです。
ただし 本当は、じしゃくとは べつの、電気の ちからです。たとえ だけ おぼえて ください。
この とくちょうは、80000キログラムの クジラから、16グラムの トガリネズミまで、水の 中で 長く くらして きた なかまに、それぞれ 見つかりました[3]。
しかも、この たんぱくしつの 電気と 体の おもさを あわせると、もぐれる 長さの ちがいの 82%を、いいあてられました[3]。
では、ためた 酸素は、どう つかうのでしょう。
ミオグロビンは、濃くなると固まりやすいはずです。ところが、潜る哺乳類のミオグロビンは、表面の電気(電荷)が大きく、分子どうしが反発し合うので、高い濃度でも固まりにくいと考えられています[3]。同じ極を向けた2つの磁石が、くっつかないのと似ています。ただし実際に働いているのは電気の力で、磁石とは別物です。
この特徴は、体重80,000キログラムのクジラから、16グラムのトガリネズミまで見つかりました。どれも水の中で暮らした歴史が長い系統です[3]。別々の動物が、それぞれ似た形にたどり着いたわけです。
この電荷と体重を組み合わせると、現在の哺乳類が最大で何分潜れるかのばらつきの82%を予測できたと報告されています[3]。
ためた酸素は、どう使うのでしょうか。
ミオグロビンの濃度を上げると、貯蔵量は増えるが凝集の危険も増す。この矛盾を解く手がかりとして、潜水哺乳類のミオグロビンは正味の表面電荷が高く、分子間の静電的な反発が増して高濃度でも凝集しにくくなる、と考えられている[3]。
この性質は、体重約80,000 kgの鯨類から16 gのトガリネズミまで、水生の歴史が長い系統で独立に生じている[3]。そのため、電荷が高いことが潜水への適応であるという見方が支えられる。実際、電荷と体重を組み合わせると、現生哺乳類の最大潜水時間のばらつきの82%を予測できた[3]。ただし予測できるのは最大の潜水時間であり、個々の潜水の長さではない。
貯蔵は増やせる。次は、限られた酸素をどう配分するかである。
4. ためた 酸素は、どこに つかうの?
4. ためた酸素を、大事な場所に回す体の反応
4. 潜水反応 ── 心拍と血流を絞り、酸素を温存する
もぐる ほにゅうるいでは、もぐって いる あいだ、心臓が ゆっくり うごく ことが あります。血管の 一部は、細く なります[2]。
そうすると、酸素が、心臓や 脳の ような 大事な ところに のこります。
いえの 電気で いえば、つかわない へやの あかりを けして、いまの へやだけ つけて おく ようなものです。
ただし 本当は、えらんで けして いるのではなく、体の はたらきで ひとりでに そう なります。
この はたらきの つよさは、いつも 同じでは ありません。もぐりかたによって、ちがいます[2]。
これで、酸素は もちそうです。でも、深い ところは、水の おもさも すごいはずです。肺は だいじょうぶでしょうか。
5. 深い ところで、肺は どうなるの?
5. 深いところで、肺はつぶれてしまわないのか
5. 肺虚脱と窒素 ── 深く潜っても減圧症になりにくい理由
深く なるほど、水圧は 大きく なります。肺の 中の くうきも、ぎゅっと おされます。
ほにゅうるいでは、そんなに 深く ない ところで、肺が つぶれると いわれます[2]。すると、くうきの 中の ちっそが、血液に とけこみにくく なります。ちっそが 血に たくさん とけて いると、あがって くるとき、あわに なって くるしく なる ことが あります。肺が つぶれると、それが おきにくく なると 考えられて います[2]。
どれくらいの ふかさで つぶれるのかは、どうぶつに よって ちがいます。カリフォルニアアシカでは、だいたい 225メートルと はかられました。深く もぐる どうぶつほど、つぶれる ふかさも 深く なりました[4]。ゾウアザラシや イルカなどでは、20〜70メートルと 見つもられた ほうこくも あります[4]。
これは アシカなどの かずで、クジラの かずでは ありません。クジラでは どうなのかは、この 記事の しりょうには 出て いません。
記録の 2992メートルの とき、体の 中では 何が おきて いたのでしょう。もとの しりょうを よんで みたく なります。
水深が増すほど、水圧は大きくなります。潜る哺乳類では、それほど深くない場所で肺がつぶれ、空気中の窒素が血液に溶けこむのを抑え、潜水病(減圧症)の危険を下げていると考えられています[2]。
肺がつぶれる深さは、動物と測り方で幅があります。カリフォルニアアシカでは、酸素分圧の急な変化から約225メートルと測られ、深く潜る個体ほど、つぶれる深さも深くなりました[4]。ゾウアザラシやイルカなどでは、窒素の測定から20〜70メートルと見積もられています[4]。
225メートルはアシカの値で、クジラの値ではありません。クジラで同じように測った値は、この記事の資料には出ていません。
記録の2992メートルの潜りでは、体の中でどんなことが起きていたのか。それを知りたくなったら、原典にあたるのが近道です。
水圧による肺の圧縮は、窒素の扱いに関わる。哺乳類では比較的浅い深度で肺が虚脱するため、窒素の血中への吸収が抑えられ、減圧症のリスクを下げると考えられている[2]。
では、その深度はどれくらいか。カリフォルニアアシカでは、下降時・上昇時の酸素分圧の急変から、肺虚脱は約225 mと推定された。最大潜水深度が深い個体ほど、虚脱深度も深かった[4]。一方、ゾウアザラシ・ウェッデルアザラシ・イルカでは、窒素の測定に基づく推定は20〜70 mとされ、種と方法で幅がある[4]。
225 mはアシカの値であり、鯨類の値としては使えない。アカボウクジラの2992 m級の潜水で何が起きているかは、この記事の資料では示されていない。原論文を読むと、限界に近い潜水の体の中を推定する手がかりがどこにあるのかが見えてくる。
自分でも しらべて みたく なったら
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
今日できること
地図で、おうちから 1401メートル はなれた ところを さがして みましょう。そこまで 行くのに、あるいて どれくらい かかるでしょう。クジラが 1時間 いじょう かけて もぐる きょりと くらべて みます。
いえで できること
かみに、酸素を ためる ばしょ(血液と 筋肉)を、えに かいて みましょう。かき おわったら、この きじと くらべて みます。
こうしきの 情報
この 記事の いちばん 下に、もとの しりょうの ページを のせて います。おうちの ひとと いっしょに、ひらいて みましょう。
今日できること
地図で、家から1401メートル離れた場所を探して、そこまで歩くとどれくらいかかるか考えてみましょう。クジラが水深1401メートルまで潜り、1時間以上かけて戻ってくることを想像してみます。
家でできること
紙に、酸素をためる場所(血液と筋肉)と、潜っているあいだの心拍・血の流れの変化を、絵で描いてみましょう。描き終えたら、この記事の本文と見くらべます。
公式情報
記事の下に、アカボウクジラの記録を報告した論文(Schorr ほか)のページがあります。どんな調べ方をしたのかが書かれています。
もっと考えたくなったら
平均が記録の半分ほどだと、限界の近くの潜りで体に何が起きているのでしょう。原典から、そのヒントを探してみてください。
今日できること
地図で家から1401 m離れた地点を見つけ、徒歩での所要時間と、67.4分の潜水時間を比べる。平均の潜水が日常の何に相当する時間なのかを実感することで、記録値と平均値の意味の差が見えてくる。
家でできること
紙に、酸素の貯蔵場所(血液・筋肉)と、潜水中の心拍・血流の変化を図に描き、本文と照らして抜けや誤りがないか確かめる。
公式情報
Schorr ほか(2014)には、追跡の方法(タグの設定・潜水の定義)が書かれている。ここを読むと、どの潜水を「深い潜水」と呼んでいるのかが分かる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
アカボウクジラの記録は原論文に、酸素の貯め方・使い方は総説論文に、ミオグロビンの電荷は科学誌の論文に依拠した。肺がつぶれる深さは、アシカの実験に基づく論文を中心にした。
- Schorr GS ほか (2014) PLoS ONE 9(3): e92633(アカボウクジラの衛星タグ調査) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3966784 (最大水深・最長時間・平均値)
- Kooyman GL, Ponganis PJ (1998) Annual Review of Physiology(潜水の生理学の総説) https://www.duckdna.org/syllabi/diving/readings/wk1/Kooyman-Ponganis-1998-Annu-Rev-Physiol.pdf (酸素の貯蔵場所・潜水反応・肺虚脱)
- Mirceta S ほか (2013) Science 340: 1234192(ミオグロビンの電荷と潜水能力) https://www.duckdna.org/syllabi/diving/readings/wk5/2.Mirceta-et-al-2013-Science-1234192.pdf (表面電荷・体重との関係)
- Lung collapse in diving sea lions(カリフォルニアアシカの論文) https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3497143 (肺がつぶれる深さ)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
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