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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ソフトを かうために よなかの まちに 行れつ? ── ウィンドウズ95の はなし

深夜の店に行列ができたOS ── Windows 95は何が新しく、なぜ話題になったのか

Windows 95は、なぜ話題になったのか ── 深夜販売、32ビット化、日本語版、必要環境をたどる

分野:技術

1995ねん、ウィンドウズ95という ソフトを かうために、よなかの 秋葉原に 数万人が あつまったと つたえられて います。ソフトの はこを かう ためだけに、です。

パソコンの ソフトが、どうして おまつりのように なったのでしょう。むかしの パソコンの 画面と くらべながら、その わけを さがします。ふるい パソコンで うごくのかも わかります。

1995年の秋、東京・秋葉原には、パソコン用のOS(基本ソフト)を買うために、深夜、数万人が集まったと報じられました。箱に入ったソフトの発売が、お祭りのような騒ぎになったのです。

なぜWindows 95は、それほどの話題になったのでしょうか。それまでのパソコンとの違い、日本での発売の様子、古いパソコンで動くのかどうかが分かります。

1995年8月24日、Windows 95は世界各地で深夜0時の店頭販売と客の行列によって迎えられた[1]。日本語版は同年11月23日に発売され、東京・秋葉原には数万人が集まったと報じられた[5]。

OSの発売が、なぜここまでの出来事になったのか。このメモでは、Windows 3.1との構造上の違い、新しく加わった操作の部品、日本版の事情、公式の必要環境から、その理由を考える。ただし、行列の人数や宣伝費など報道ベースの数字は、正確な集計ではないものとして扱う。

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1. よなかの みせに、なにが おきたの?

1. 午前0時、世界の店先で

1. 1995年8月24日 ── 深夜0時の店頭販売

1995ねん8月24日、ウィンドウズ95が はつばいされました。せかい中の みせで、よなかの 0じに はんばいが はじまり、おきゃくさんの 行れつが できたと つたえられて います[1]。

つくった マイクロソフトという 会社は、5しゅうかんで 700まんほんが うれたと かいて います。それで、「せかいで いちばん つかわれる ソフトに なった」とも いって います[1]。ただし、これは 会社が じぶんで いった ことばです。

ソフトは、パソコンを うごかす ための、いちばん もとに なる ものです。それを かう ために、ならんだのです。

Windows 95の発売日は1995年8月24日でした。マイクロソフトの発表によると、世界各地で深夜0時に店頭販売が始まり、客の行列ができました[1]。

同社は、発売から5週間で700万本が売れ、世界でもっとも使われるOSになったと記しています[1]。ただしこれは同社の表現で、第三者が集めた統計とは別のものです。

OSとは、パソコンの中でソフトや部品を動かすための、いちばん土台になるソフトです。その発売に、なぜ行列ができたのでしょうか。

マイクロソフトの公式発表は、Windows 95の発売を「世界各地の深夜0時の店頭販売と、客の行列」で迎えられたと記す[1]。同社は発売5週間で700万本を売り、「世界でもっとも使われるOS」になったとも述べる[1]。後者は同社自身の表現であり、第三者統計による裏づけではない。

OSの発売が深夜営業を伴う出来事になった理由を、次章以降で操作の変化・日本での様子・必要環境の順に検討する。

2. まえの パソコンは、どう ちがったの?

2. Windows 3.1は、MS-DOSの「上」で動いていた

2. 16ビット・協調型のWindows 3.1から、32ビットアプリのプリエンプティブ化へ

ウィンドウズ95の まえの ばんは、ウィンドウズ3.1です。これは、ディーオーエスという ふるい ソフトの 上に のせて つかう ものでした[2]。

たとえば、1かいだての いえに、2かいを のせた ような ものです。2かいだけでは たてません。したの かいが かならず いります。

95では、ウィンドウズと ディーオーエスが、ひとつの せいひんとして まとめて 売られました。うごきも あんていして、こまかい せっていを しなくて よく なったと いわれます[2]。ただし、この たとえには かぎりが あります。ほんとうは、ディーオーエスは 95の 下にも のこって いました[3]。

DOSの上に載っていたWindows 3.1

Windows 3.1は、MS-DOSというOSの上で動かす必要がありました。Windows 95は32ビットに対応し、拡張メモリドライバの設定などがいらなくなって、安定性が上がったと説明されています[2]。

中身の設計も変わった

Wikipediaの解説では、Windows 3.1が主に16ビットで、ソフトが順番に処理を譲り合う「協調的マルチタスク」だったのに対し、Windows 95は32ビットのアプリについて、OSが処理の順番を決める「プリエンプティブ・マルチタスク」が使われるようになったとされます[3]。一方で、Windows 3.x向けの古い16ビットアプリも動かせるよう互換性が残されていて、内部は完全な32ビットだけでできた仕組みではありませんでした。

ただし、古いソフトを動かすためにMS-DOSは下に残りました。「DOSが完全に消えた」わけではなく、Windows 95が独立したOSと言えるかどうかは、議論になっています[3]。

Windows 3.1はMS-DOS上で動かす必要があったが、Windows 95は32ビット対応で、拡張メモリドライバの設定などが不要になり、安定性が上がった[2]。ただし、この点は日本語の解説記事の要約に基づく。

設計面では、主に16ビットの協調的マルチタスクだったWindows 3.1から、32ビットのアプリについてはプリエンプティブ・マルチタスクが使われる設計へ変わった[3]。前者ではソフト同士が処理を譲り合うが、後者ではOSが処理時間を割り振る。ただしWindows 3.x向けの16ビットアプリも動かせるよう互換性が残されており、すべてのプログラムが32ビット・プリエンプティブになったわけではない。この章の技術説明はWikipediaに依存しており、Microsoftの一次資料での確認は、今回は取れていない。また、MS-DOSは互換のために下層に残り、標準的な独立OSかどうかは議論がある[3]。「DOSが消えた」とは書けない。

3. スタートボタンって、いつ できたの?

3. 「スタートボタン」と、使いやすくする新しい部品

3. Windows 95で、操作は何が新しくなったのか

ウィンドウズ95で、あたらしく はいった ものが あります。スタートボタン、タスクバー、ごみばこ、デスクトップの ショートカット、それに ながい ファイルの 名前です[1]。

「スタートボタン」は、なにかを はじめたい ときに おす ところです。ごみばこは、いらない ものを すてる ところです。いまの パソコンや スマホでも、にた ものを 見かけます。

ファイルの 名前は、それまでより ながく つけられるように なりました[1]。ながい 名前が つけられると、なにが はいって いるか わかりやすく なります。

また、きかいを つなぐだけで つかえるように する「プラグアンドプレイ」も はいりました[1]。

マイクロソフトの発表では、Windows 95で導入された新しい仕組みとして、スタートボタンとタスクバー、ごみ箱、デスクトップのショートカット、長いファイル名への対応、プラグアンドプレイが挙げられています[1]。

プラグアンドプレイは、周辺機器を取り付けたときに、使うための設定をできるだけ自動で行う仕組みです。ファイル名も、それまでより長くつけられるようになりました[1]。

スタートボタンやごみ箱は、今のWindowsにも形を変えて残っています。難しい命令を打ち込まなくても、画面の絵や言葉を押して操作できる。その入口が、話題になった理由の一つかもしれません。資料だけでは確かめられません。

マイクロソフトは、Windows 95が導入したものとして、スタートボタンとタスクバー、ごみ箱、デスクトップのショートカット、長いファイル名への対応、プラグアンドプレイ(機器取り付けの簡素化)を挙げる[1]。

長いファイル名については、公式発表の範囲では「より長いファイル名への対応」という記述にとどまる[1]。

これらが「話題になった理由」の一部になったかどうかは、資料では直接示されていない。今の画面に残る部品が、この時期に出そろった、というのが確かに言えることだ。

4. どうして みんなが しって いたの?

4. 宣伝と『Start Me Up』── 報じられた派手な発売

4. プロモーション ── 『Start Me Up』とエンパイア・ステート・ビルの点灯(推定を含む)

この ソフトは、せんでんも おおきかったと つたえられて います。ローリング・ストーンズという バンドの「スタート・ミー・アップ」という 歌が つかわれました。

「スタート」は、ボタンの 名前と かさなって います。ニューヨークの ビルが、ソフトの ロゴの 色に ライトアップされたとも いわれます[7]。

ただ、この 話は 新聞や サイトの 記事に かいて ある ことです。お金の 数字も、すいてい です。

宣伝も大がかりだったと報じられています。ローリング・ストーンズの「Start Me Up」が広告に使われ、ニューヨークのエンパイア・ステート・ビルがロゴの色に照らされたという記事があります[7]。

宣伝費は推定3億ドル規模と書く記事もありますが、これは報道による推定で、断定できる数字ではありません[7]。曲名の「Start(始める)」は、スタートボタンの名前とも重なります。

新しい操作の絵と、耳に残る歌が結びついて、「新しい時代が始まる」という空気を作ったのかもしれません。これは推測です。

報道は、Windows 95のプロモーションでローリング・ストーンズの「Start Me Up」が使われ、エンパイア・ステート・ビルがロゴの色に照らされたと伝える[7]。宣伝費を最大3億ドルとする記事もあるが、推定値であり、公式の数字ではない[7]。楽曲使用料などの金額も同様に確定していない。

「Start」の語と、新設のスタートボタンとの重なりが狙いだった可能性はあるが、この点は本メモの推測であり、資料には示されていない。

5. 日本では、どう むかえられたの?

5. 秋葉原の深夜、日本語版の発売

5. 日本語版(1995年11月23日)── 秋葉原・出荷数・PC/AT互換機とPC-9800の2系統

にほんごの ばんは、1995ねん11月23日に はつばい されました。アメリカから、およそ 3かげつ あとです[5]。

この ひも、よなかに、東京の 秋葉原に 数万人が あつまり、おまつりのように なったと つたえられて います[5]。「数万人」は、ほうどうの ことばで、ただしい 数ではありません。

0じちょうどに うりはじめる みせも ありました。4日間で 20まんほんを こえ、つぎの としの 4月までに およそ 380まんほんが とどけられたと されます[6]。

日本には、しゅるいの ちがう パソコンが ありました。それで、ばんも 2つ つくられたと いわれます[2]。

日本語版は1995年11月23日に発売され、アメリカでの発売から約3か月後でした。UPIは、東京・秋葉原に数万人が集まり、深夜の発売イベントがお祭りのようになったと伝えています[5]。「数万人」は報道の表現で、正確な人数の集計ではありません。

現代ビジネスの記事によると、発売日の午前0時ちょうどに販売を始める店があり、発売から4日間で20万本を超え、翌年の4月までに約380万本が出荷されたとされます[6]。20万本は販売数、380万本は出荷数で、数え方が違います。

2種類の日本語版

日本語版は、PC/AT互換機用とNECのPC-9800用の2種類が作られたと説明されています[2]。当初は各社が独自仕様のパソコンを作っていましたが、DOS/Vの登場で、多くのメーカーがPC/AT互換機へ移っていったといいます[2]。

世界中で広く使われるようになった背景として、こうした「どのメーカーのパソコンでも同じOSが動く」流れが関わった可能性はあります。ただし、ここで使った資料だけでは、はっきりしたことは言えません。

日本語版Windows 95は1995年11月23日に発売され、米国発売の約3か月後だった。UPIは、秋葉原に数万人が集まり、深夜の発売が祭りのようになったと報じた[5]。この人数は報道表現で、集計値ではない。

現代ビジネスは、午前0時ちょうどに販売を始める店があったこと、発売4日で20万本超、翌年4月までに約380万本が出荷されたことを記す[6]。20万本は販売数、380万本は出荷数で、数え方が異なる。

日本語版は、PC/ATアーキテクチャ版とNEC PC-9800版の2種類が開発された。各社独自仕様の時期を経て、DOS/Vの登場で多くのメーカーがPC/AT互換機へ移ったとされる[2]。世界的な普及とこの互換機化の因果関係は、今回の資料からは断定できない。

6. ふるい パソコンでも うごくの?

6. 古いパソコンでも動くのか ── 必要な性能

6. 公式の必要環境 ── 386DX・メモリ4MB、ただし実用は8MB前後

ウィンドウズ95は、どんな パソコンでも うごいた わけでは ありません。まえの ばんが うごく パソコンでも、ふるいと、だめな ことが あります。

ひつような ものは、「386DX」という 中心の ぶひんと、4メガの きおくの ばしょ(メモリ)と されます[3]。4メガでも うごきますが、とても おそかった そうです[4]。

あたらしい ばんほど、やる ことが ふえて、ちからも たくさん いる。だから、ふるい パソコンでは つかえない ことが ある、と かんがえられます。これは、ここでの すいそくです。

Windows 95の必要環境は、Intelの386DX、メモリ4MBとされます[3]。ハードディスクの空きは50〜55MB程度とする資料もありますが、クロック周波数や容量は資料によって書かれ方が違います。ここでは、CPUとメモリを目安にします。

1995年9月のシアトル・タイムズの記事は、80386のCPUとメモリ4MBでも動くが、その機械では「あまり速くはない」と書いています[4]。実際には、8MB程度が勧められたとされます[3]。

新しい版のOSが増えた機能を動かすには、より多くの計算力とメモリがいる、と考えるのが自然です。「新しいWindowsで古いパソコンが使えないことがある」という疑問への、ここでの説明の筋道で、推測です。

Windows 95の必要環境は、Intel 386DX、メモリ4MBとされる[3]。HDD空きは50〜55MB前後とする資料もあるが、クロックやHDD容量は資料間で差があり(大学の情報サイトなどは20MHz以上・70MBと記す)、ここではCPUとメモリを目安とする。

1995年9月のSeattle Times記事は、80386と4MBでも動作するが速くないと述べる[4]。実用には8MB程度が勧められたとされる[3]。

新版OSが古いPCで動かない理由を、機能追加に伴う資源要求の増大と説明するのは妥当だが、これは一般論としての推論である。

7. じぶんでも、ためして みよう

7. 「ごみ箱」と「長い名前」を、家で試してみる

7. 出口 ── 今の操作に残る95の部品と、資料の読みどころ

おうちの 人の パソコンを かりて、ためせる ことが あります。かならず おうちの 人に 聞いてから しましょう。

あたらしい ファイルを ひとつ つくります。名前は、「ぼくの すきな 音楽の ノート」の ように ながく して みます。それを ごみばこに いれて、また もとに もどして みます。

たいせつな ファイルは、さわらないで ください。ながい 名前や ごみばこは、95の ころに はいった ものと いわれます。いまの パソコンが、どこから きたのかを 見つける ヒントに なります。

おうちの人に聞いてから、家のパソコンを使って試してみましょう。新しいテキストファイルを1つ作り、「ぼくの好きな音楽についてのノート」のような長い名前をつけます。それを一度ごみ箱に入れ、元に戻してみます。

大切なファイルは触らないでください。長い名前とごみ箱は、Windows 95で導入された仕組みとして挙げられています[1]。今の操作のどこが、その頃から続いているのかを探す入口になります。

もっと知りたくなったら、家の人に、その頃のパソコンの思い出を聞いてみましょう。「スタートボタンを初めて見たとき、どう思った?」と聞くと、当時の空気が伝わってきます。

家のPCで、新しいテキストファイルに長い名前をつけ、ごみ箱に入れて戻す操作をしてみると、Windows 95で導入された部品が、今の操作に残っていることを、その操作を資料と見比べて確かめられる(保護者に確認したうえで、重要なファイルには触れない)。

資料を読むなら、公式の発表はマイクロソフトのニュースセンター[1]、発売当日の様子は英語ではUPI[5]とSeattle Times[4]、日本語では現代ビジネス[6]とPC Watch[2]がある。当時のWindows 3.1の画面や、世界での普及の理由、シェアの数字は、今回の資料の範囲外で、さらに調べる余地がある。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:マイクロソフトの公式発表、当時の報道(UPI・Seattle Times)、日本語の解説記事、Wikipediaを使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. Microsoft News Center「Launch of Windows 95」。https://news.microsoft.com/announcement/launch-of-windows-95/ (発売日、深夜販売、新機能、5週間で700万本について)
  2. PC Watch 三浦優子コラム。https://pc.watch.impress.co.jp/docs/column/miura/2066395.html (Windows 3.1との違い、日本語版の2種類、互換機化について。二次資料)
  3. Wikipedia「Windows 95」。https://en.wikipedia.org/wiki/Windows_95 (設計の変化、必要環境について。二次資料)
  4. The Seattle Times 1995年9月24日「Yes, Win95 runs on minimum system requirements, but it's a slow road to travel」。https://archive.seattletimes.com/archive/19950924/2143253/yes-win95-runs-on-minimum-system-requirements-but-its-a-slow-road-to-travel (最小構成での動作の様子について)
  5. UPI 1995年11月23日「Windows 95 launches in Japan」。https://www.upi.com/Archives/1995/11/23/Windows-95-launches-in-Japan/7028817102800/ (日本語版の発売日と秋葉原の様子について)
  6. 現代ビジネス「11月23日『Windows 95 日本語版』の発売」。https://gendai.media/articles/-/68469 (日本での販売数について。二次資料)
  7. Neowin「A quick look back at the launch and promotion of Windows 95」。https://www.neowin.net/news/a-quick-look-back-at-the-launch-and-promotion-of-windows-95-28-years-ago-today/ (宣伝について。報道で、数字は推定)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。
  •  中学生むけ・高学年むけで、「32ビット・プリエンプティブ」が32ビットアプリについての説明であり、古い16ビットアプリ向けの互換性が残っていたことを追記。低学年むけは変更なし。

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