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ワープロの せんようきは、どうして うまれて、どうして きえたの?

ワープロ専用機はどうして生まれ、どうして消えたのか ── 机ほどの機械と「かな漢字変換」の20年あまり

日本語ワープロ専用機の興亡 ── JW-10(1978〜79年)のかな漢字変換から、OASYS販売終了・カシオ撤退(2001年)まで

分野:技術

1979ねんに とどけられ はじめた ワープロは、ねだんが 630万円、重さが 220キロも ありました。ぶんしょうを 書く ためだけの きかいが、どうして そんなに 大きくて 高かったのでしょうか。

かなを うつと かんじに なる しくみと、その きかいが 2001ねんごろに すがたを けした わけが わかります。

日本で最初の日本語ワープロは、事務机ほどの大きさで、重さ220kg、値段は630万円でした[2]。文章を書くためだけの機械が、なぜそこまで大きく、高価だったのでしょうか。

ひらがなで打った文が漢字かな交じりに変わるしくみと、専用機が2001年ごろに次々と姿を消していった理由が分かります。

1978年9月、東京芝浦電気(現・東芝)が日本初の日本語ワープロJW-10を発表した。価格630万円、重さ220kg。当時の大卒初任給が約10万円とされる時代の製品だ[2]。

この高額な機械を成り立たせたのが、かなで入力した文を漢字かな交じり文に直す「かな漢字変換」である。変換のしくみと、2001年に富士通とカシオが専用機から手を引くまでの経緯が、出典つきで分かる。

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1. つくえ ほどの ワープロが あった?

1. 机ほどの大きさ、630万円のワープロ

1. JW-10 ── 日本初の日本語ワープロの大きさと値段

1979ねんの 2月、とくべつな きかいが とどけられ はじめました。ワープロの「JW-10」です。つくったのは、いまの 東芝とうしばの もとの 会社です[1]。

大きさは つくえ ほど、重さは 220キロです。ねだんは 630万円でした[2]。

そのころ、大学を でて はたらき はじめた 人の さいしょの きゅうりょうは、10万円ほどと いわれます[2]。630万円は、その 63か月ぶん。ざっと 5年と 3か月ぶんです。

つぎの 章では、どうして ワープロが 生まれたのかを 見て いきます。

1978年9月に東京芝浦電気(現・東芝)が発表し、1979年2月に出荷が始まったJW-10が、日本初の日本語ワープロとされています[1]。

大きさは事務机ほど、重さは220kg、値段は630万円でした。当時の大卒初任給は10万円ほどと紹介されているので、630万円は初任給の63か月分、5年以上ぶんの計算です[2]。

個人の持ち物ではなく、会社などが文書づくりのために買う機械でした。なぜここまで高くなってでも、こんな機械が必要とされたのでしょうか。

JW-10は、1978年9月に発表、1979年2月に出荷が始まった日本初の日本語ワープロである[1]。発売を3月とする資料もあるため、本稿では発表と出荷に分けて書く。

価格は630万円、サイズは事務机ほど、重量は220kgだった。同じ記事は当時の大卒初任給を10万円としており、630万円はその63か月分(約5年3か月分)にあたる。この換算は初任給10万円という記述にもとづく計算値だ[2]。

これほど高価でも作られた背景を、次章で確かめる。

2. どうして 日本語の きかいは むずかしかったの?

2. カタカナしか扱えなかったコンピュータ

2. 前提 ── 日本語入力の壁とタイプライター

日本語の 文は、ひらがなと カタカナと 漢字が まざって います。漢字は とても たくさん あります。

そのころの コンピュータは、とくべつな そうちを つかう ものを のぞくと、あつかえる 日本語の 文字は カタカナだけでした[1]。カタカナだけでは、漢字と かなの まざった 文を 作るのが むずかしいのです。

日本語の タイプライターも ありましたが、あまり 広まらなかったと いわれます。そこで、文章ぶんしょうを きれいに、はやく 作る きかいとして、ワープロの せんようきが 生まれたと 話す 記事が あります[8]。

のこる 問いは、「かなを うつだけで、どうやって 漢字まじりの 文に するの?」です。

日本語の文章は、ひらがな・カタカナ・漢字が混ざります。ところが、JW-10が作られたころは、特別な装置を使う一部のシステムを除き、コンピュータが扱える日本語の文字はカタカナだけでした[1]。

日本語のタイプライターはありましたが、あまり広まらなかったといわれます。ITmediaの解説記事は、文書を美しく素早く作るための機器として、ワープロ専用機が生まれたと説明しています[8]。

カタカナしか扱えない機械で、漢字かな交じりの文を作るにはどうすればよいのか。答えは、入力と表示を分けるという発想にありました。

IPSJの技術遺産の解説によれば、特別な装置を使う一部のシステムを除き、当時のコンピュータが扱える日本語の文字はカタカナのみだった[1]。漢字かな交じりの文書を作るには、まずこの制約を越える必要があった。

日本語タイプライターは利用があまり拡大しなかった。ITmediaの解説は、文書を美しく素早く作る機器としてワープロ専用機が生まれた、と整理する。衰退の背景の説明とともに、解説記事の見方である点は区別しておく[8]。

この制約を越えたのが、次章のかな漢字変換である。

3. かなで うつと、どうして 漢字に なるの?

3. 読みを打ち、文脈と頻度で漢字を選ぶ

3. かな漢字変換 ── 文節入力・辞書・同音異義語の選択

JW-10は、かなで 文を うって、あとから 漢字と かなの まざった 文に かえる ことが できました[1]。

やり方は こうです。まず、文の 読みを「ぶんせつ」ごとに いれます。ぶんせつは、「わたしは」「はしを」のような、ひとかたまりの ことばです。

おなじ 読みの ことばが いくつか あると、文の つながりと、よく つかわれる ことばかを 見て えらびます[2]。

たとえば「はし」。たべる はしか、川に かかる はしか。前と 後ろの ことばが ヒントに なります。人が 話の つづきで 分かるのと、にて います。ただし 本当は、きかいは 気もちを よむのでは なく、ことばの つながりと、つかわれる 数を 見て います。

じしょには、ふつうの ことばが 5万4千、人の 名前などが 8千 入って いました[2]。

でも、さいしょから うまく いった わけでは ありません。はじめの 実験じっけんで、会社の 文書を 正しく かえられたのは、5〜6わりほどと 見つもられました。じしょに ない ことばが おおかったからです[3]。じしょを ふやして、正しさを のばして いきました[2]。

JW-10は、かなで入力した文を、あとから漢字かな交じり文に変換できました[1]。

文の読みは、「文節」ごとに入力します。文節とは、「わたしは」「はしを」のように、文を自然に区切ったひとかたまりです。同じ読みの言葉(同音異義語)が複数あるときは、前後の文脈と、使われる頻度を手がかりに選ぶしくみでした[2]。

たとえば「はし」は、橋・箸・端のどれにもなります。前後の言葉が「食べる」なら箸、「川に」なら橋、と絞れます。人が話の流れで分かるのと似ていますが、機械が見ているのは気持ちではなく、言葉のつながりと使われる回数です。

辞書には、普通の単語が5万4千語、固有名詞が8千語(合わせて6万2千語)登録されていました[2]。

ただし、最初から順調だったわけではありません。開発初期の実験では、実際のオフィス文書の変換率が50〜60%程度と推定されました。辞書に無い語が多かったためです[3]。製品版の精度ではなく初期実験の値ですが、辞書の充実などで変換精度を大きく上げたと説明されています[2]。

変換の手順は、文の読みを文節ごとに入力し、同音異義語が複数ある場合は文脈と使用頻度から選ぶ、というものだ。辞書には普通単語5万4千語、固有名詞8千語(計6万2千語)が事前登録された[2]。

開発初期の実験では、実際のオフィス文書の変換率は推定50〜60%にとどまった。辞書に無い語が多かったことが理由で、製品版ではなく初期実験の値である[3]。辞書登録などで変換精度を大きく向上させたとPC Watchは記す[2]。

JW-10は、かなで入力した文を、後から漢字かな交じり文に変換できた[1]。

4. まちがえても、書き直せる よさ

4. 直せる、挿し込める、とっておける

4. 編集と保存 ── 200ページ・60ページの容量

JW-10は、うった 文を なおしたり、あいだに 足したり できました。紙に うつ タイプライターには なかった よさだと いわれます[2]。

とっておく こともできました。1ページは 40字を 40行と します。1600字です。ディスクには 200ページぶん、フロッピーディスクには 60ページぶん、入りました[2]。

200ページなら、32万字です。かきなおしても 紙を むだに しない。それが、高い ねだんでも、会社が 買う 気に なった 理由の 1つかもしれません。

JW-10では、入力した文を訂正したり、途中に挿入したりできました。これは、タイプライターにない利点だったと説明されています[2]。

保存の量も紹介されています。40字×40行を1ページとして、10MBの内蔵HDDに200ページ分、8インチのフロッピーディスクに60ページ分です。200ページは1600字×200=32万字にあたります[2]。

資料には値段の理由を述べた文は無いので、これは筆者の推測ですが、書き直しやすさと保存できることが、大きな買い物の後押しになったのかもしれません。

JW-10は、訂正・挿入ができ、この点がタイプライターにない利点だった。記録は10MBの内蔵HDDに200ページ分(40字×40行)、8インチFDを使えば60ページ分の保存ができた。200ページは32万字に換算できる(計算値)[2]。

630万円という価格との関係を直接述べた記述は今回の資料に無い。書き直しと保存が購入動機の一部だった可能性は、筆者の推測にとどまる。

5. キーボードにも くふうが あった

5. 親指シフトと、競い合う各社

5. OASYS 100(1980)── 親指シフトキーボードと各社の参入

1980年の 5月に、ふじつうが「OASYS 100」を 発表しました[4]。

この きかいは、「親指シフト」という 名前の キーボードを つけて いました。だれでも 日本語を うちやすい ように、ふじつうが 自分で 作った ものだと いわれます[4]。名前の とおり、親指も 使う しくみです。

ワープロの せんようきは、ふじつうの ほかにも、キヤノンや カシオなど、いろいろな 会社が 作りました[7][5]。会社ごとに くふうを 出して、きそって いたのです。

1980年5月、富士通がOASYS 100を発表しました。独自に開発した親指シフトキーボードで、誰でも日本語を入力しやすくしたと紹介されています[4]。

「親指シフト」の名のとおり、親指でも操作する配列のキーボードです。

専用機を作った会社は富士通だけではありません。キヤノンには「キヤノワード」があり、カシオも専用機を出していました[7][5]。日本語をどう入力しやすくするかを、各社が工夫で競っていたことが分かります。

富士通のOASYS 100は1980年5月に発表され、独自開発の親指シフトキーボードで、誰にでも日本語入力をしやすくすることを狙った[4]。配列の詳細は今回の資料では扱わない。

専用機は他社も出した。キヤノンの「キヤノワード」[7]、カシオの専用機[5]が資料に現れる。入力方式や機能の差は、各社の公式資料で確かめる必要がある。

6. せんようきは、どうして へって いったの?

6. 専用がおよばなかった「何でもできる」パソコン

6. 衰退 ── Windows普及と2001年の撤退・販売終了

せんようきは、文章ぶんしょうを 作る ことに しぼった きかいでした。でも、Windowsの パソコンが 広まって、パソコンで 文章を 書く 人が ふえました。

カシオは、せんようきの 売れゆきは 1985ねんごろから すこしずつ へり、Windowsの とうじょうで さらに はやまったと 話して います[5]。

そこで、せんようきで 書いた ものを パソコンへ うつす 道も 作られました。1996年、キヤノンは キヤノワードの 文書や 文字を Windowsで 使える ソフトを 出しました[7]。

2001年の 2月、ふじつうは OASYSの はんばいを おわると 発表しました。前の 年から 新しい 開発を やすんで いて、理由は「ワープロの 市場が 小さく なった」ことでした。これまでに 400万台 いじょうが 出荷されました[6]。親指シフトを 使う 人には、パソコンへ うつる やり方が あんない されました[6]。

2001年の 9月5日には、カシオも せんようきを やめると 発表しました。せいさんは 8月に おわって いて、のこりが なくなり しだい はんばいも おわります。「しごとを つづけるのは むずかしい」と 考えた ためです[5]。

この 記事の 見方ですが、せんようの どうぐは 1つの ことに 強いです。でも、文章ぶんしょう づくりに しぼった きかいは、なんでも できる パソコンが 広まると、えらばれにくく なったのかも しれません。ただし 本当は、ほかにも 理由が あります。ITmediaの 記事は、さいごに 紙に する 場面が へって、画面や ネットで 読む ことが ふえた ことも あげて います[8]。

専用機の市場は縮んでいきました。カシオは、ピークの1985年ごろから徐々に縮小していたところに、Windowsの登場でパソコン市場が急成長し、専用機離れが加速した、と説明しています[5]。ピークの年はカシオの説明で、別の資料では違う可能性があります。

専用機の資産をパソコンに引き継ぐ動きもありました。1996年、キヤノンは「キヤノワード」の文書・外字・登録単語をWindowsで使えるソフトを発売しています[7]。

2001年2月、富士通はOASYSの販売終了を発表しました。前年から新規開発を休止しており、理由は「ワープロ市場の縮小」です。シリーズの累計出荷は400万台以上で、親指シフトの利用者にはパソコンへの移行が案内されました[6]。辞典などには「2000年に生産終了」とするものもありますが、発表そのものは2001年2月です。

2001年9月5日には、カシオが専用機からの撤退を発表しました。生産は8月に中止済みで、在庫がなくなり次第、販売を終えるとされています[5]。

「専用」であることは、文書づくりに絞った強みでした。一方で、何でもできるパソコンが広まるなか、その強みは薄れたのかもしれません。これはこの記事の見方で、資料が理由をこう断定しているわけではありません。ITmediaの解説記事は、最終的な出力が紙から配信へ変わったことも背景に挙げています[8]。

カシオは、専用機市場はピークの1985年ごろから徐々に縮小傾向にあり、Windowsの登場でパソコン市場が急成長して専用機離れが加速した、と説明する[5]。「ピーク1985年」はカシオの説明であり、出荷台数のピーク年を別の年とする資料もあり得る。本稿は台数を扱わない。

移行の動きもあった。1996年、キヤノンは「キヤノワード」の文書データ・外字・登録単語をWindowsで相互利用できるソフトを12月20日から発売した[7]。

2001年2月、富士通はOASYSの販売終了を発表した。前年から新規開発を休止し、理由は「ワープロ市場の縮小」。シリーズ累計出荷は400万台以上、親指シフト利用者にはパソコン移行を案内した[6]。「2000年に生産終了」とする辞典もあるが、発表は2001年2月と読むのが資料に沿う。

2001年9月5日、カシオは専用機からの撤退を発表した。生産は同年8月に中止済みで、在庫がなくなり次第販売終了とされる。理由は、需要が大幅に減少し事業の継続が困難と判断したことだ[5]。

ITmediaの解説は、衰退の背景に、最終的な出力が紙から配信へ変わったことなどを挙げる[8]。文書づくりに特化した「専用」が、汎用のパソコンの普及で優位を保ちにくくなった、というのは筆者の整理であり、資料が単一の理由を断じているわけではない。

7. スマホで「きしゃ」を うって みよう

7. 「きしゃのきしゃがきしゃできしゃした」を変換してみる

7. 出口 ── 同音異義語を変換して、文節の効き方を見る

おうちの 人に 聞いて、スマホか パソコンを かりましょう。

「きしゃの きしゃが きしゃで きしゃした」と、ぜんぶ ひらがなで、スペースなしで うって みます。どんな 漢字が 出ましたか。

つぎに、「きしゃの」「きしゃが」のように、ぶんせつごとに 区切って、1つずつ へんかんして みます。さっきと ちがう 漢字に なるか、見て みましょう。

「記者」「汽車」「帰社」など、いろいろな 「きしゃ」が あります。どれが 出るかは、きかいに よって ちがいます。1979ねんの JW-10も、おなじ ことで なやんだのかも しれません。

スマホかパソコンで、「きしゃのきしゃがきしゃできしゃした」とひらがなだけで入力して、変換してみてください。「貴社の記者が汽車で帰社した」のようになれば、うまくいったことになります。

次に、「きしゃの」「きしゃが」と文節ごとに区切って、1つずつ変換してみましょう。一度に変換した場合と、結果が違うでしょうか。候補に何が並ぶかも見てみましょう。

変換の結果は機種や設定によって変わるので、JW-10と同じ結果になるとは限りません。

原典を読むなら、PC Watchの記事(日本語)がJW-10の大きさ・値段・しくみを説明しています[2]。

スマホやパソコンで「きしゃのきしゃがきしゃできしゃした」を、ひらがなのまま一括変換した場合と、文節ごとに区切って変換した場合とで、結果を比べるとよい。候補の並び順や変換結果は、機種と設定で異なる。文節入力と文脈・頻度による選択という、JW-10で説明された要素の効き方を手元で確かめられる。

資料に当たるなら、PC Watchの記事(日本語)がJW-10の仕様を詳しく紹介している[2]。撤退と販売終了の当時の報道は、日本語で読めるカシオ[5]と富士通[6]のPC Watchの記事にある。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:情報処理学会の資料2件、PC Watchの記事4件、開発の経緯をまとめたScrapboxのページ、ITmediaの解説記事を使った。630万円が初任給の何か月分か、200ページの文字数などは、筆者が計算した。

  1. 情報処理学会 情報処理技術遺産「JW-10」。 https://museum.ipsj.or.jp/en/heritage/jw_10.html (発表と出荷の時期、カタカナしか扱えなかったこと、かな漢字変換について)
  2. PC Watch「やじうまPC Watch」JW-10の記事。 https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/yajiuma/1534464.html (価格・大きさ・重さ、辞書の語数、保存できるページ数について)
  3. 「JW-10を構成するかな漢字変換技術とワードプロセッサの誕生」(Scrapbox)。 https://scrapbox.io/JW-10/JW-10を構成するかな漢字変換技術とワードプロセッサの誕生 (開発初期の変換率の推定について)
  4. 情報処理学会 コンピュータ博物館「OASYS 100」。 https://museum.ipsj.or.jp/en/computer/word/0004.html (1980年の発表と、親指シフトキーボードについて)
  5. PC Watch「カシオ、ワープロ専用機から撤退」(2001年9月5日)。 https://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010905/casio.htm (市場の縮小の説明と、撤退の発表について)
  6. PC Watch 富士通「OASYS」販売終了の記事(2001年2月)。 https://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/20010207/fujitsu.htm (販売終了の発表、累計出荷台数、パソコンへの移行案内について)
  7. PC Watch キヤノン「キヤノワード J for Windows」の発表(1996年)。 https://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/961216/canon.htm (専用機のデータをWindowsで使えるソフトについて)
  8. ITmedia「ワープロはいずれなくなるか?」。 https://www.itmedia.co.jp/news/article/2102/18/1210218017/ (専用機が生まれた背景と、衰退の背景について)

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