1. しろい せんは、どうやって のこるの?
1. 白い線は、塗るのではなく「染まらないように守る」
1. 絵の具で白を足さずに白い文様をつくる方法:蝋による防染
ぬのに ろうで えを かきます。ろうは、とかして あつい うちに ぬると、ぬのに しみこんで かたまります。
その ぬのを そめる えきに つけます。ろうを ぬった ところには、いろが はいりません。だから、ろうで かいた ところだけが しろく のこります[1]。
たとえば、きれいな おにぎりを のりで つつんで、しょうゆに つけたと します。のりの ところは しょうゆが つきませんね。ろうは、その のりのように、いろを よける やくめです。ただし ほんとうは、ろうは ぬのに しみこんで いるので、のりとは しくみが すこし ちがいます。
そめたく ない ところを まもる ことを、ぼうせんと いいます。
ろうけつ染めの手順は、とてもシンプルです。布に溶かした蝋で文様を描き、染料の液に浸します。蝋を置いた場所は染料をはじくので、そこだけ布の元の色が残ります[1]。これを防染といいます。染めたくない場所を、先に守っておく方法です。
ここで面白いのは、描き方が逆になることです。ふつうの絵は、白い紙に色を足して仕上げます。ろうけつ染めは、白く残したい場所に先に蝋を置き、そのあとで色をかぶせます。絵を描いているのは、じつは「色が入らなかった場所」のほうです。
たとえるなら、雨の日に傘をさしている人の足もとだけ、地面が濡れていない写真のようなものです。ただし染めの蝋は布の中までしみこんで防ぐので、傘のように上に載っているだけではありません。
では、色を1色ではなく3色、4色と増やしたいときは、どうするのでしょうか。
臈纈は、布に蝋で文様を置いて防染し、浸し染めで文様を表す技法である[1]。臈纈のほか蝋纈とも書き、現在はろうけつ染めと呼ばれる。同じ原理の染めがインドネシアのバティックで、UNESCOは、熱い蝋で点や線を布に描き、植物などの染料をはじかせる方法として説明している[2]。
防染という考え方は、描画の順序を逆にする。通常の絵画は地の色に色を重ねるが、蝋で防ぐ染めでは、残したい色(多くは布の地色)を先に守り、そのあとで染料をかける。したがって、完成した白い線は「塗った白」ではなく「染まらなかった布」である。
ただし蝋の厚みにはむらがある。解説記事によれば、日本の手描きでは蝋を薄く塗ると少し染まり、その厚みのむらが色のむらとして現れることがある[7]。防染が完全に染料を遮るとは限らず、その不完全さも表現に利用される。
では、2色目、3色目を入れたいとき、蝋で守った場所は、どう扱うのか。
2. いろを ふやすには、なんかい そめるの?
2. 色の数だけ「蝋を置いて染める」をくり返す
2. 色を増やすたびに蝋を置き直す:バティックの工程と基本の色
2しょくめを いれたい ときは、まず 1しょくめで そめます。つぎに、のこしたい ところに ろうを ぬります。そして ふたたび ちがう いろに つけます。
さいごに あつい おゆで ろうを とかして おとします。これを いろの かずだけ くりかえす ことが あります[2]。
だから、いろが おおい ぬのほど、てまが かかります。にっぽんの ぶんかちょうの しりょうも、いろの かずだけ ろうを おいて そめなおす ので、たいへん てまが かかると せつめいして います[3]。
ジャワの バティックでは、あい、あかね、「ソガ」という しょくぶつの そめものなどに つけます。ろうの ところは、しろく そめのこります[3]。
色を増やすときも、原理は同じです。UNESCOは、バティックの作り方を次のように説明しています。熱い蝋で点や線を描き、布を1色に浸し、熱湯で蝋を落とします。複数の色が要る場合は、この手順をくり返します[2]。実際の手順は工房ごとに異なる点には、注意が必要です。
日本の文化庁のデータベースも、バティックは色の数だけ蜜蝋で文様を置いては染め直すため、たいへん手間がかかると説明しています[3]。藍の青系、茜の赤系、ソガと呼ばれる植物染料の茶などに浸すと、蝋を置いた部分は白く染め残ります[3]。
古典的なジャワのバティックでは、基礎になる色が、ソガの茶、藍の紺、その2色が重なった黒、そして蝋で守って得られる白だと紹介されています[3]。白は塗らずに蝋で守って残し、茶と紺という2つの色を土台にする、という組み立てです。
こうして色を重ねるあいだ、蝋は毎回きれいに保たれるとは限りません。染めている途中で、蝋にひびが入ることがあります。
色数を増やす工程の要点は、「蝋置き→浸染→脱蝋」の反復である。UNESCOの記述では、バティックは熱い蝋の点や線で防染し、布を1色に浸したのち、熱湯で蝋を除き、複数色が要るならこれをくり返す[2]。なお、この記述は一般的な流れで、手順は工房ごとに異なる。
文化庁の文化遺産オンラインは、バティックを、色の数だけ蜜蝋で文様を置いては染め直す工程を繰り返すため手間がかかるものと説明する。藍(青系)、茜(赤系)、ソガ(茶)などに浸すと、蝋の部分は白く染め残る[3]。同じ解説では、古典的なジャワのバティックの基礎になる色を、ソガの茶、藍の紺、この2色が重なった黒、蝋で染料を防いで得られる白としている[3]。白は塗り足さず、蝋で守って残す色として数えられている点が、この染めらしい。
この方法では、色を1つ増やすごとに、守る場所の見直しと蝋の除去が入る。色を増やすと、蝋置きや染め直しの工程も増える。どの順に何を守るかで、模様や色の重なり方が変わる。しかし、守っているはずの蝋がひび割れたとき、染料は割れ目に入りこむ。これは不具合なのか、それとも使える性質なのか。
3. ろうが われたら、しっぱいなの?
3. 蝋が割れると、困るのか、それとも模様になるのか
3. 割れやすい蝋と割れにくい蝋:ひび割れを模様として使う
そめて いる とちゅうで、ろうに ひびが はいる ことが あります。ひびの すきまには、いろが すこし はいります。すると、ぬのに ほそい すじの もようが できます[4]。
バティックを つくる ひとは、これを じゃまな しっぱいだと だけ おもっては いません。わざと われさせて、とくべつな もようを つくる こともあります[4]。ジャワの ことばで「メニャプ・リリン」と よばれる こうかです。
ろうには、われやすい ものと、われにくい ものが あります。パラフィンと いう ろうは もろくて われやすく、みつろうは しなやかで まげても われにくいと いわれます[5]。
そこで、ひろい ところを まもる ときは われにくい ろう、ひびの もようを つくる ときは われやすい ろうを つかいます。ふたつを まぜて つかう ことも あるようです[5]。
バティックの蝋(マラム)は、伝統的には蜜蝋です。蝋を置いた場所は染まりません。ところが、染めている途中で職人が蝋をわざと、あるいは偶然に割ると、割れ目から染料がしみこみ、「メニャプ・リリン」と呼ばれる特別な効果が出ます[4]。ひび割れの細い線が、模様の一部になります。
では、どの蝋が割れやすいのでしょうか。染色用品メーカーの説明では、パラフィン蝋はもろくて割れやすく、ひび割れ模様に向いているとされます。蜜蝋はしなやかで、曲がってもひびが入りにくく、広い面を守るのに向いています[5]。この2つを混ぜて使うこともあり、配合は目的しだいだそうです[5]。
この「割れやすさ」の説明は、メーカーの解説が中心で、割れる物理的な理由まで調べた資料は手元にありません。ですから、ここでは「蝋の種類や混ぜ方で割れ方を変えて、模様に使っている」と受け取るのがよいでしょう。
ひびを入れる側の職人は、どこまで割るかを考えて仕事をしています。次の章では、蝋をどんな道具で置くのかを見てみます。
バティックの蝋(マラム)は伝統的には蜜蝋で、蝋で覆った部分を守る。染色中に蝋をわざと、あるいは偶然に割ると、メニャプ・リリン(menyapu lilin)と呼ばれる効果が出る。割れ目に染料が入り、細い線状の文様になる[4]。ここで「失敗」とされかねない現象が、技法の一部として扱われている。
では、なぜ蝋によって割れ方が違うのか。染色用品メーカーの解説は、パラフィン蝋はもろく、割れる効果を出すのに適し、蜜蝋は柔軟で曲がってもひびが入りにくいとする。この2つを混ぜて使うことがあり、配合は目的次第で、「3対1」は一例にすぎない[5]。ジャワの蝋も蜜蝋とパラフィンの混合が一般的で、蜜蝋は崩れにくく形をつくりやすく、パラフィンは割れやすいと紹介する資料もある[9]。ただし、後者は二次的な解説であり、割れの物理的な機構(もろさ、収縮など)を述べた学術資料は、ここでは得ていない。
したがって、確かな範囲では、「防ぐ広い面には柔軟な蝋、割れ模様には割れやすい蝋、現場では両者を混ぜて調整する」という使い分けが行われている、と整理できる。割れを抑える技術と、割れを生かす技術が、同じ蝋の配合の中に同居している。この蝋を、細い線にも、くり返しの模様にも置くには、どんな道具が使われているのか。
4. ほそい せんも、おなじ もようも、どうやって ぬるの?
4. 小さな銅の容器とスタンプ:チャンティンとチャップ
4. 手描きのチャンティンと型押しのチャップ:19世紀ごろの量産化
ジャワの バティックには、ろうを ぬる どうぐが ふたつ あります。
ひとつめは「チャンティン」です。ちいさな どうの いれものに、ほそい そそぎ ぐちが ついて います。ここに とかした ろうを いれて、ペンのように ほそい せんを かきます[3]。
ふたつめは「チャップ」です。どうで できた かたに ろうを つけて、スタンプのように おします。おなじ もようを たくさん つくるのに むいて います[3]。
チャップを つかって、たくさんの バティックを つくる ほうほうが ひろまったのは、19せいきから 20せいきの はじめに かけてだと いう せつめいが あります[9]。てで かく ものと、おす ものが あるので、ねだんも かかる じかんも ちがって きます。
ジャワのバティックには、蝋の置き方が大きく2つあります。文化庁のデータベースによると、1つは「チャンティン」という道具で、細い蜜蝋の線で文様を直接手描きする方法です。小さな銅の容器に、細い注ぎ口がついた道具で、溶かした蝋を線に描きます[3]。
もう1つは「チャップ」です。銅製の文様の型に蜜蝋をつけ、木綿に「繰り返し文様」をスタンプのように押します[3]。手描きは1本ずつ線を引くので、時間がかかりますが自由です。型押しは、同じ文様を何度も押せるので、くり返しの模様を速く作れます。
銅製スタンプのチャップでバティックを量産する方法は、19世紀から20世紀初めにかけて広がったという説明があります[9]。
細い線をていねいに描く手仕事と、型で速く押す方法。この2つは、いまも別の味わいとして残っています。ところで、蝋で染めるこの技は、日本にはなかったのでしょうか。
ジャワのバティックでの蝋の置き方は、文化庁の解説では2系統ある。一つは「チャンティン(canting)」を用い、細い蜜蝋の線で文様を直接手描きする方法、もう一つは「チャップ(cap)」という銅製の型に蜜蝋をつけ、木綿に繰り返し文様をスタンプする方法である[3]。チャンティンは小さな銅の容器に細い注ぎ口がついたもので、手描きほど個別の線を自在に引ける。チャップは同じ文様を繰り返して置けるため、反復模様に向く。
チャップによる銅製スタンプでの量産は、19世紀から20世紀初めにかけて広がったという説明がある[9]。
注意したいのは、同じ「蝋で染める」でも、道具の違いで、置かれる蝋の線の太さ、速さ、反復性が変わる点である。この「版(型)で押す」という発想は、バティックに限らない。日本の古い裂にも、型に蝋をつけて押したものが残っている。
5. なら じだいの ぬのにも、ろうの もようが あったの?
5. 奈良時代の日本にも、蝋で染めた布があった
5. 臈纈は7〜8世紀に大陸から伝わった:正倉院裂と「天平の三纈」
にっぽんにも、ろうで そめる ぎじゅつは ありました。なら じだいに、りくから つたわり、さかんに おこなわれたと いわれます[1]。
この ころの そめ かたには、ろうで そめる「ろうけち」の ほかに、いたで はさんで そめる もの、いとで くくって そめる もの も ありました[8]。みっつ あわせて「てんぴょうの さんけち」と よばれます。
正倉院には、ひつじと きを えがいた、ペルシアふうの もようの びょうぶが のこって います[6]。きぬの ぬのは、ちほうから ぜいとして おさめられた ものが つかわれて います[6]。
とおい くにの もようが、ろうで ぬのに うつされて いました。
日本の臈纈は、7〜8世紀に大陸から伝わった文様染めで、奈良時代に盛んに行われたとされます[1]。正倉院などには、版木に蝋をつけて押して地染めした裂が残っています[1]。ジャワのチャップと同じように、型に蝋をつけて押す発想が、奈良時代にもあったことになります。
奈良時代の染めの代表には、臈纈(蝋で防染)、夾纈(板で挟んで防染)、纐纈(糸でくくる絞り)の「天平の三纈」があり、いずれも大陸から伝わったとされます[8]。どれも「染めたくない場所を守る」点が共通しています。
正倉院の「羊木臈纈屏風」は、樹の下に巻き角の羊を表した、ペルシア風の意匠で知られます[6]。絵の下地には、地方から税として納められた絹が使われています[6]。遠い国の図柄を、日本各地から集まった絹の上に、蝋で写した品といえます。
これほど立派な技が、そのまま日本に受け継がれ続けたわけではありませんでした。
臈纈は、7〜8世紀に大陸から伝来した文様染めで、奈良時代に盛んに行われた。正倉院などには、版木で文様を彫り、蝋をつけて押して地染めした裂が残るという[1]。ただし、正倉院の臈纈裂が型押しか手描きかは資料により説明が異なりうる。ここでは、版木に蝋をつけて押した裂が残るという解説に従う。
奈良時代の代表的な模様染めは、臈纈(蝋で防染)、夾纈(板で挟んで防染)、纐纈(糸でくくる絞り)の3つで「天平の三纈」と総称され、いずれも大陸から伝わったとされる[8]。三つとも防染の原理を共有している点が重要である。蝋は、染料を通さない物質で布を守る方法にあたる。
正倉院の羊木臈纈屏風は、樹下に巻角の羊を表したペルシア風の意匠である。また地裂には、地方から税として納められた絹が使われている[6]。意匠は遠方に由来し、素材は国内の税収の絹という組み合わせが、当時の文化の広がりを示す。原品の展示時期は年により異なるため、見に行く前に確認が要る。
この技は、なぜ日本では長く続かなかったのか。資料はその理由を述べていない。次の章では、途絶えた事実と、復活後のようすを見る。
6. ろうけつぞめは、いちど きえて、また もどって きたの?
6. 日本ではとだえ、20世紀に復活:ジャワでは暮らしの中で続いた
6. 日本では途絶えた臈纈、暮らしで使われ続けたバティック
にっぽんの ろうけつぞめの わざは、平安の なかごろ から あとに、すたれて しまいました。ながい あいだ とだえて、20世紀に なって、また おこなわれる ように なります[1]。
なぜ すたれたのかは、しりょうに かいて ありません。わかって いるのは、ながく とだえた あとも、また はじまった ことです。
ジャワの バティックは、2009ねんに、ユネスコの むけいぶんかいさんに のりました[2]。これは「ジャワ」だけでなく、「インドネシアの バティック」ぜんたいです。
あかちゃんを つつむ ぬのから、よそいきの ふくまで、くらしの なかで つかわれて います。いろや もように いみが あり、いえの なかで うけつがれて きた ものも あります[2]。
日本の臈纈は、平安時代の中ごろ以後に技術が廃れ、長くとだえました。20世紀になって、蝋纈染として復活しています[1]。なぜ廃れたのかは、手元の資料には書かれていません。
バティックのほうは、インドネシアで暮らしに根づきました。UNESCOは2009年、「インドネシアのバティック」を無形文化遺産(代表一覧表)に登録しました。登録されたのは「ジャワ」ではなく、インドネシア全体のバティックです[2]。
UNESCOの説明では、バティックは赤ちゃんを抱く布から晴れ着まで、人生のいろいろな場面で使われ、色や模様に意味があります。幸運を願う模様を描いた布で赤ちゃんを包む例もあり、家族の中で代々受け継がれるそうです[2]。
同じ「蝋で守って染める」という発想が、奈良時代の日本では貴重な品に使われ、ジャワでは日々の布に使われています。使われる場所は違っても、「染まらない場所をつくる」という考え方は共通です。
さて、ここまで読むと、身のまわりの「はじく」「染まらない」現象を、自分でも試してみたくなるかもしれません。
日本の臈纈は、平安中期以後に技術が廃れ、奈良時代以後長くとだえたあと、20世紀になって蝋纈染として復活したと説明される[1]。
これに対しバティックは、2009年にUNESCOの無形文化遺産(代表一覧表)に「インドネシアのバティック」として登録された[2]。登録の単位は「ジャワ」ではなくインドネシアのバティック全体であり、起源の地も、ジャワ発祥と断定する資料ばかりではない(起源には諸説がある)。
UNESCOは、バティックが赤ちゃんを運ぶ布から晴れ着まで生活に根づき、色や模様に意味があり、家族のなかで代々受け継がれると述べる。たとえば、幸運を願う模様をつけた布で乳児を包む例がある[2]。
こうして並べると、同じ防染でも、奈良時代の日本では舶来の意匠を写す技として、ジャワでは生活の布を染める技として、役割が異なる。同じ防染の技でも、日本では貴重な品に、ジャワでは生活の布に使われた。
この比較を自分の目で確かめるには、蝋を使わなくても、身のまわりの「はじく」性質で、防染の考え方を再現できる。
7. クレヨンで えを かいて、うえから えのぐを ぬると どうなる?
7. クレヨンでかいた絵に水彩絵の具をぬると、何が起きるか
7. クレヨンの防染実験:強くぬった線と軽くぬった線で比べる
くらしの なかで、ためせる ことが あります。しろい かみに、クレヨンで えや もじを かきます。すこし つよく ぬった ところと、かるく ぬった ところを つくります。
そのうえから、みずを おおめに ふくませた えのぐを、はけや ふでで ぬります。クレヨンの ところは えのぐを はじいて、しろく のこりませんか? クレヨンには ろうが ふくまれて いるので、ろうけつぞめと にた ことが おきます。
かるく ぬった ところは、すこし えのぐが のるかも しれません。さきほどの、うすく ぬった ろうが すこし そまる はなしと おなじです[7]。
えのぐは、ふくや つくえに つかない ように、しんぶんしを しいて ぬりましょう。
家にあるもので、防染の考え方を試せます。白い紙にクレヨンで絵や文字を描き、強くこすって塗った部分と、軽く塗った部分を作っておきます。
その上から、水を多めにふくませた絵の具をはけや筆で塗ってみてください。クレヨンの部分は絵の具をはじくはずです。クレヨンにはろうがふくまれるので、ろうけつ染めと似たことが起きます。強く塗った線と軽く塗った線で、はじき方を比べてみましょう。
解説記事によると、日本の手描きの蝋は薄く塗ると少し染まり、厚みのむらがそのまま色のむらになることがあるそうです[7]。クレヨンの塗りの濃さの違いで、同じことが見えるか確かめられます。机に新聞紙を敷いて行ってください。
実際の染めの手順や、蝋の割れ具合は、工房や作る人でちがいます[2]。気になったら、文化庁の「文化遺産オンライン」で、バティックの資料を探してみるのもよいでしょう[3]。
展示のある博物館や工芸館では、実際の布を見られることがあります。何をどの順に守ってできた模様なのか、考えながら見ると、見え方が変わります。
防染の原理は、クレヨンと水彩絵の具で簡易に再現できる。白い紙にクレヨンで線を描き、強く塗った部分と軽く塗った部分を分け、水を多めにふくませた絵の具をその上から塗る。クレヨンにはろうがふくまれ、水性の絵の具をはじくので、ろうけつ染めに近い現象が観察できる。机には新聞紙を敷く。
観察点は、塗りの濃さによる浸透の差である。解説記事は、日本の手描きの蝋を薄く塗ると少し染まり、厚みのむらがそのまま色のむらになるとしている[7]。クレヨンの濃淡と絵の具ののり方を比べれば、防染が「完全か不完全か」は塗り方で変わりうることが確かめられる。
原典に当たるなら、文化庁「文化遺産オンライン」のバティック資料解説は、チャンティン・チャップや基礎の色の記述を含む[3]。UNESCOの登録ページ(英語)は、工程と生活の中での位置づけを述べる[2]。オーストラリア博物館のバティックの工程の解説(英語)は、割れの効果の記述がある[4]。
残る問いは、蝋が割れる物理的な理由と、バティックの起源・伝来経路である。前者は学術資料が見当たらず、後者は諸説あるとされる。ここからは、自分で資料を探して確かめる段階になる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
染めの手順や蝋の配合は、工房ごとに異なります。下の資料のうち、メーカーの解説と百科事典の記述は、本文では補助的に使っています。
- コトバンク「臈纈」(日本大百科全書ほか) https://kotobank.jp/word/%E8%87%88%E7%BA%88 (臈纈の定義、奈良時代の盛行、平安中期以後の廃絶と20世紀の復活)
- UNESCO「Indonesian Batik」(2009) https://ich.unesco.org/en/RL/batik-of-indonesia-a-living-tradition-00170 (バティックの手順、登録年、暮らしの中での位置づけ)
- 文化庁「文化遺産オンライン」バティック資料解説 https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/579316 (色を重ねる工程、基礎の色、チャンティンとチャップ)
- Australian Museum「The Batik Process」 https://australian.museum/The-Batik-Process (蝋の役割、割れによる効果、蝋の除去)
- Jacquard Products「Batik Wax」 https://www.jacquardproducts.com/batik-wax (パラフィン蝋と蜜蝋の性質の違い。メーカー説明)
- 文化遺産データベース「羊木臈纈屏風」 https://www.nact.jp/artcommons/user/detail/55748 (正倉院の屏風の意匠と絹)
- 和楽 IntoJapanWaraku「ろうけつ染め体験記事」 https://intojapanwaraku.com/rock/craft-rock/50554/ (日本の手描きでの蝋の厚みと染まり方)
- 和楽 IntoJapanWaraku「天平の三纈」 https://intojapanwaraku.com/culture/95163/ (臈纈・夾纈・纐纈)
- Wikipedia「Batik in Indonesia」 https://en.wikipedia.org/wiki/Batik_in_Indonesia (チャップの登場時期、ジャワの蝋の混合。二次資料)
なおした ところ
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