1. 光で 見ると、どうして ぼやけるの?
1. 光で見ると、小さなものはなぜ見分けられなくなるのか
1. 光学顕微鏡の限界 ── 波長と分解能
ふとい ふでで、ごく 小さい 字を 書いて みてください。字の 線が くっついて、よめなく なります。
光で 見る 顕微鏡にも、にた ことが 起きます。光は ゆれながら 進む 波なので、光の 点は 波の 長さほどに ひろがります。そのため、とても ちかい 2つの 点は、見分けにくく なります[1]。ふでの ふとさは、その ひろがりの たとえです。
見分ける ちからは、レンズの つくりなど ほかの ことでも かわりますが、光の 波の 長さに よる かぎりが あります[2]。
では、光より ずっと 波の 短い ものが あれば、もっと 小さく 見えそうです。それが「電子」でした。
ふでの太さと、光の波の長さ
細い筆で書いた小さな字は読めても、太い筆では線がつぶれます。光の顕微鏡でも似たことが起きます。光の点は、必ず波長くらいの広がりをもつため、波長に近いほど近い2点は見分けにくくなります(筆の太さは、その広がりの目安です)。見える光(可視光)の波長は、およそ380〜780ナノメートルです[1]。1ナノメートルは、1ミリメートルの100万分の1です。
大切なのは、倍率が足りないのではなく、近い2点を別々に見分ける力(分解能)に限りがあるということです[2]。分解能はレンズの条件などにも左右されますが、光学顕微鏡では、波長に近い数百ナノメートルほどが限界の目安とされます。
波が短いものを使えば
日本分析機器工業会の解説によると、電子顕微鏡に使う電子線の波長は光よりはるかに短く、そのぶん小さなものを分けて見られます[2]。電子の波長は、電圧を高くするほど短くなります。
では、その電子をどうやって「レンズ」のように曲げて、像にするのでしょう。
2. 電子は、なにで まげるの?
2. 電子を曲げる「レンズ」は、磁石のコイルだった
2. 磁界レンズの実証 ── 1931年から1933年へ
光は、ガラスの レンズで まげて、1か所に あつめます。でも 電子は、ガラスを とおれません。
ルスカさんは、磁石の はたらきを する コイル(どうせんの わ)が、電子の レンズに なる ことを しめした と いわれます[4]。そして コイルを いくつも かさねて、1933年に ほんかくてきな 電子顕微鏡を 作りました。
これは 光の 顕微鏡の 力を こえて、1万2000ばい ほどに 大きく 見られた そうです[5]。
ルスカさんは、それから 50年 いじょう たった 1986年に、ノーベルしょうを うけました[3]。
この きかいは、日本でも 作られました。
ガラスではなく、磁石の力で
光のレンズはガラスで光を曲げます。電子はガラスを通れないので、別の方法が必要でした。エルンスト・ルスカは、磁石の働きをするコイルが電子のレンズになることを示し、コイルを何段にも重ねて、1933年に最初の本格的な電子顕微鏡を作ったと伝えられています[4]。
この1933年の装置は倍率が約1万2000倍で、光学顕微鏡の分解能を超えたそうです[5]。出典によって、発明を1931年とする書き方と、1933年とする書き方があります。日本顕微鏡学会の巻頭言は、ルスカとクノールによる発明を1931年とし、その55年後の1986年にノーベル物理学賞を受けたと述べます[3]。
1986年のノーベル賞
この年の物理学賞の半分は、電子光学の基礎研究と最初の電子顕微鏡の設計に対してルスカへ贈られました。残り半分は、走査トンネル顕微鏡を設計した2人の研究者です[6]。
では、この装置は日本ではどのように作られたのでしょう。
磁界レンズの要点は、電流を流したコイルがつくる磁場で、電子の軌道を曲げて収束させる点にある。ルスカは、コイルが電子レンズになることを示し、複数のコイルを直列に並べて1933年に最初の電子顕微鏡を組み上げたと伝えられる[4](二次資料に基づく記述で、年は出典により1931年とするものもある)。AAASの資料では、1933年の装置の倍率は約1万2000倍で、光学顕微鏡の分解能を超えた[5]。
年号の言い方は出典で揺れる。日本顕微鏡学会誌の巻頭言は、ルスカとクノールが電子顕微鏡を発明したのは1931年で、受賞は実に55年後だと書く[3]。1931年を原理の実証の年、1933年を光学顕微鏡を超えた装置の年と読むと、2つの記述は矛盾しない。ただし、この読み分けは筆者の整理であり、どの年を「発明」とするかは出典による。
1986年のノーベル物理学賞は、半分が電子光学の基礎研究と最初の電子顕微鏡の設計に対してルスカへ、残り半分は走査トンネル顕微鏡を設計したビーニッヒとローラーへ贈られた[6]。委員会は電子顕微鏡を、今世紀で最も重要な発明の一つに数えたと報じられるが、原文の表現は本稿では確認していないので、引用はしない。
3. 日本でも、電子顕微鏡を 作った
3. 日本の技術者たちは、電子顕微鏡をどう作ったのか
3. 国産機の登場 ── HU-2形
日本では、日立せいさくしょが 1942年12月に、はじめて 売り出す 電子顕微鏡「HU-2」を、名古屋の 大学に とどけました[7]。
この 大きな きかいは、日本の 人たちが 自分たちの 力で 作り上げた ものと して、日本顕微鏡学会の「顕微鏡いさん」に えらばれて います。
でも、きかいが できても、見たい ものを ただ 入れれば 見える わけでは ありません。ここから 先は、入れ方の くふうの 話です。
HU-2形の納入
日立製作所の資料では、日立の電子顕微鏡の商用1号機は、1942年12月のHU-2形です。名古屋帝国大学へ納入されました[7]。
日本顕微鏡学会は、この機種を「顕微鏡遺産」に認定したと紹介されています。輸入に頼らず、日本の人たちが作り上げた機械として知られます。
装置ができても、小さな虫や花粉は、そのままでは見られません。入れる側にも工夫が要ります。
日立の技術解説によると、日立TEMの商用1号機は1942年12月のHU-2形で、名古屋帝国大学へ納入された[7]。日本顕微鏡学会の顕微鏡遺産に認定された機種でもある。国産機として知られる機種である。
装置が整えば解決、ではない。試料を高真空の中に置くため、見たいものの側にも前処理が要る。次の章で、その代表例を見る。
4. 虫に 金を つけて 見るって、ほんとう?
4. 虫に金をつけて撮る ── 表面をなぞる電子顕微鏡
4. TEMとSEM ── 真空と金コート
電子顕微鏡には、2つの 見方が あります。うすい ものを 通りぬける 電子で 見る ほうほうと、細い 電子で ものの 表面を なぞって 見る ほうほうです[2]。
表面を なぞる 方は、ものの でこぼこが、立体てきに 見えます[2]。見える 大きさは、数十ばい〜数万ばい いじょうです。
電子顕微鏡の 中は、しんくうに します[2]。そして 電気を 通しにくい ものは、金の つぶを 表面に つけると、安定して よく 見える ようです[9]。
ただし、金を つけて 見る ほうほうでは、ものを かわかして かためて から 見るので、生きた 虫は 見られませんでした。では、生きた ままでは 見られないの でしょうか。
2つの見方
電子顕微鏡は、大きく透過型(TEM)と走査型(SEM)に分かれます。TEMは、薄い試料を通りぬけた電子を拡大して見ます。SEMは、真空の中で細く絞った電子線で表面をなぞり、出てくる二次電子などの信号を像にします[2]。
SEMは、細かな凹凸をよく反映し、焦点深度が深いため立体的に見えます。倍率は数十倍から数万倍以上です[2]。
真空と金のコート
電子顕微鏡は、電子線を安定させる電源と、中を真空に保つしくみが必要です[2]。電気を通しにくい試料をSEMで見るときは、表面に金の粒を付け、導電性を与えると、安定して高分解能の観察ができると、千葉大学の共用機器センターは紹介しています[9]。電子が溜まる「帯電」で像がゆがむのを防ぐためとされます。
ただし同じ資料に、100ナノメートル以下の観察には金が向かず、別の金属が適すという但し書きもあります。
従来の金コートでは、試料を乾燥・固定してから観察するため、生きた虫は見られませんでした。では、生きたまま電子顕微鏡で見るには、どうすればよいのでしょう。
電子顕微鏡は透過型(TEM)と走査型(SEM)に大別される。TEMは薄い試料を透過した電子を拡大して見る。SEMは真空中で細く絞った電子線で表面を走査し、出てくる二次電子などを検出して像にする[2]。SEMの二次電子像は試料の凹凸を反映し、焦点深度が深く、立体的に見える。倍率は数十倍〜数万倍以上とされる[2]。
電子線を使う以上、電子線を安定させる電源と、鏡筒内を真空に保つ排気系が前提になる[2]。さらに、絶縁性の試料をSEMで見るときは、金を蒸着して導電性を与えると、安定して高分解能の観察ができる(千葉大学共用機器センターの金イオンコータの説明)[9]。目的は、電子が溜まる帯電による像のゆがみを防ぐことだとされる。
この資料は、100nm以下の観察には金が不向きで、別の金属(オスミウム)が適すとも注記している。つまり金コートは万能ではなく、見たい大きさで材料を選ぶ。金コートを含む従来の前処理は、乾燥・固定を伴うため、生きたままの観察には向かない。
5. 生きた まま 見られた のは、どうして?
5. 幼虫が「ナノスーツ」を着た ── 生きたまま見るくふう
5. ナノスーツ ── 生きた幼虫の電子顕微鏡観察(2013年)
ふつうの 電子顕微鏡では、生きものは 水分や ガスを うばわれて、形が かわって しまいます[8]。
2013年4月、はままつと 東北の 大学の 先生たちが、おどろく 発表を しました[8]。ハエや ハチの 幼虫に 電子線などを あてると、からだの 表面に、とても うすい まくが できました。「ナノスーツ」と 名づけられた この まくの あつさは、50〜100ナノメートルです。
この まくの おかげで、幼虫は、電子顕微鏡の 中で 活発に 動き、かんさつの あとには、おとなの むしに なりました[8]。
ただし、どんな 生きものでも 見られる わけでは ありません。この 発表は、幼虫など 一部の 生きもので たしかめた ものです。
幼虫が出す物質からできる薄い膜
通常の高真空では、生きものは水分やガスを奪われて変形するため、生きたまま見るのは難しいとされてきました。2013年4月、浜松医科大学の針山孝彦教授と東北大学の下村政嗣教授らは、ショウジョウバエやハチの幼虫が出す物質に電子線やプラズマを当てると、50〜100ナノメートルの薄い膜(ナノスーツ)ができ、生きたまま観察できると発表しました。成果は米国科学アカデミー紀要に載りました[8]。
発表では、ショウジョウバエやハチの幼虫、ボウフラなどが電子顕微鏡の中で活発に動き、観察後に成虫になったと報告されています[8]。
どんな生きものでもではない
これは、どんな生きものも生きたまま見られるという意味ではありません。確かめられたのは、幼虫などの一部の生物に、決まった条件をそろえたときの結果です[8]。
では、虫よりもずっと小さい、水の中のタンパク質のような分子は、どう見るのでしょう。
通常の高真空の電子顕微鏡では、生物は水分やガスを奪われて変形するため、生きたままの観察が難しかった。2013年4月15〜16日、浜松医科大学の針山孝彦教授と東北大学の下村政嗣教授らは、ショウジョウバエやハチの幼虫が出す物質に電子線やプラズマを照射すると、厚さ50〜100nmの薄い膜(ナノスーツ)が形成され、生きたまま観察できると発表した(米国科学アカデミー紀要)[8]。
共同発表では、ショウジョウバエやハチの幼虫、ボウフラなどが電子顕微鏡の中で活発に動き、観察後に成虫になったとされる[8]。50〜100nmは可視光の波長(約380〜780nm)よりも薄い。
ただし、結果の範囲は限られる。確かめられたのは幼虫など一部の生物であり、すべての生物が同じ方法で生きたまま観察できるとは限らない[8]。
6. 水の 中の 小さな ものは、どう 見る?
6. 水の中の分子を、凍らせて見る ── クライオ電子顕微鏡
6. クライオ電子顕微鏡 ── ガラス化と2017年のノーベル化学賞
つぎは、水の 中に ういている、とても 小さな ものです。ふつうの ほうほうでは 水が じょうはつして しまいます。
そこで、水を すごい はやさで ひやして、氷の つぶに ならない まま かためる ほうほうが 考えられました[10]。
この「クライオ電子顕微鏡」を 作った 3人は、2017年に ノーベル化学しょうを もらいました[10]。
氷の結晶を作らずに固める
2017年のノーベル化学賞は、デュボシェ、フランク、ヘンダーソンの3人に贈られました。水溶液中の生体分子の立体構造を高い分解能で決める、クライオ電子顕微鏡の開発が理由です[10]。
デュボシェは1980年代前半に、水を急に冷やして、氷の結晶を作らず、ガラス状の固体にする「ガラス化」に成功しました。ヘンダーソンは1990年に、タンパク質の3次元の像を原子のレベルで得ました。フランクは、ぼやけた2次元の像を処理して、鮮明な3次元構造に変える方法を作りました[10]。
見えないものを見るために、光から電子へ、真空から凍らせる方法へと、工夫が重ねられてきたことが分かります。
2017年のノーベル化学賞は、デュボシェ、フランク、ヘンダーソンに、水溶液中の生体分子の立体構造を高分解能で決めるクライオ電子顕微鏡の開発に対して贈られた[10]。クライオは「冷凍の」の意味だ。
デュボシェは1980年代前半に、水を急冷して氷の結晶を作らず、ガラス状の固体にする「ガラス化」に成功した。ヘンダーソンは1990年にタンパク質の3次元像を原子レベルで得て、フランクは1975〜1986年に、ぼやけた2次元像を処理して鮮明な3次元構造にした。原子レベルの分解能は2013年に達成された[10]。
ナノスーツでは、幼虫が出す物質から膜ができて乾燥を防ぐ。ガラス化では、水を結晶にさせない。真空という条件に、別の角度から答えた例とも読める。
7. 光の 見える 小ささを、しらべて みよう
7. 光で見える小ささのさかいめを、確かめてみる
7. 出口 ── 光の限界を体験し、原典を読む
おうちに ある 虫めがねで、さとうを ひとつまみ 見て みましょう。つぶが 見えますか。では、さとうを すりつぶした こなは どうでしょう。見えなく なる ところが あるはずです。虫めがねで 見える 大きさにも、かぎりが ある のです。
たいようを 虫めがねで 見ては いけません。やけどや 目の けがの もとに なります。
電子顕微鏡で 見た 虫や 花こなの 写真は、図かんや はくぶつかんで 見られる ことが あります。
家にある虫めがねで、砂糖をひとつまみ見てみましょう。粒は見えるでしょうか。次に、それをすりつぶした粉を見ます。見えなくなる境目があるはずです。虫めがねで見える大きさにも限りがある、と体験できます。顕微鏡の分解能を測る実験ではありませんが、小さなものを見分ける限界を考える手がかりになります。
安全のため、太陽を虫めがねで見ないでください。目のけがややけどの原因になります。
電子顕微鏡で撮った虫や花粉の写真は、図鑑や博物館の展示で見られることがあります。光で見る姿と見比べてみてください。原典を読むなら、日本顕微鏡学会の巻頭言[3]や、JSTの発表[8]、日本分析機器工業会の解説[2]が日本語で読めます。
光の限界は、虫めがねでも確かめられる。砂糖をひとつまみ見たあと、すりつぶした粉と見比べ、粒が見分けられなくなる境目を探す。太陽を虫めがねで見ない。これは顕微鏡の分解能を測る実験ではないが、虫めがねで見える大きさにも限りがあると分かり、光で小さなものを見分ける限界を考える手がかりになる。
資料を読むなら、倍率と分解能の違いと装置の構造は日本分析機器工業会の解説[2]、発明の経緯は日本顕微鏡学会の巻頭言[3]、ナノスーツはJSTの共同発表[8]、クライオ電子顕微鏡の原理は王立スウェーデン科学アカデミーの資料[10]が日本語で(一部は英語で)読める。国産機がどう育ったかは、社史や博物館の資料で調べる価値のある問いだ。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:学会誌・公的機関の解説・大学の共用機器の資料・大学等の共同発表・ノーベル賞関連の資料を使った。何に使ったかは、各項目の最後に書いている。
- 現代ビジネス(江馬一弘『電子を知れば科学がわかる』抜粋)。https://gendai.media/articles/-/154510 (光の波長と、見分けられる限界について)
- 日本分析機器工業会「分析の原理05 電子顕微鏡の原理」。https://www.jaima.or.jp/resource/jp/basic//pdf/basic_05.pdf (電子線の波長、TEMとSEM、真空について)
- 日本顕微鏡学会『顕微鏡』47巻1号(2012)巻頭言。https://microscopy.or.jp/jsm/wp-content/uploads/publication/kenbikyo/47_1/pdf/47-1-2.pdf (発明の年と、ノーベル賞までの年数について)
- Wikipedia「Ernst Ruska」。https://en.wikipedia.org/wiki/Ernst_Ruska (磁石のコイルを電子のレンズにしたことについて。二次資料)
- AAAS「Development of the electron microscope」。https://www.aaas.org/development-electron-microscope (1933年の装置の倍率について)
- Nobel Prize「The Nobel Prize in Physics 1986 Press release」。https://www.nobelprize.org/prizes/physics/1986/press-release/ (受賞の理由について。検索結果の抜粋による)
- 日立 技術解説資料(コラム8)。https://www.hitachi.co.jp/Sp/hitachi/new/column/pdf/column8.pdf (日立の商用1号機HU-2形について)
- 科学技術振興機構(JST)共同発表(2013年4月16日)。https://www.jst.go.jp/pr/announce/20130416/index.html (ナノスーツと、幼虫の観察について)
- 千葉大学 共用機器センター「金イオンコータ」。https://www.cac.chiba-u.jp/equipment/data/Au.pdf (金を付けて観察することについて)
- 王立スウェーデン科学アカデミー 2017年ノーベル化学賞の発表。https://www.kva.se/en/news/nobelpriset-i-kemi-2017-2/ (クライオ電子顕微鏡について)
なおした ところ
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