1. すなの やまは とおさないのに、ガラスは なぜ とおすの?
1. 光が物に当たると、3つのことが起きる
1. 通る・吸われる・散らされる ── 透明でないものの理由
光が ものに あたると、3つの ことの どれかが おきる。とおりぬける。すいこまれる。はねかえされたり、あちこちに ちらされたり する。とおりぬける 光が すくないと、むこうは みえない。
ゆきは 白い。でも、ゆきの 1つぶ 1つぶは、こおりで、とおして みえる。つぶが たくさん あつまると、光は つぶと くうきの さかいめで まがったり はねたり して、あちこちに ちる。だから 白く みえる[2]。
すなの やまも、つぶの さかいめだらけだ。ガラスは、その さかいめを なくした ものと いえる。どうして、そんな ことが できるのかな。まず 「すいこまない」わけから みて いこう。
光が物に当たると、行き先は3つに分かれる。通りぬける、物の中で吸われる、表面や内部ではね返されたり向きを変えられたりする(散乱)。向こう側へ通りぬける光がほとんど残らないと、その物は不透明に見える。
ここで意外なことがある。雪は白いのに、雪をつくる氷の粒は1つずつ見ると透明だ。氷と空気の境目で光が曲がったり反射したりして、いろいろな方向へ散り、向こう側にほとんど抜けないから白く見える[2]。ガラスの原料になる珪砂は石英の粒が主体だ[3]。砂の山が光を通さないのも、粒の境目が多いことが大きいと考えられる。
透明かどうかは、材料の名前だけでは決まらない。光を吸わないことと、散らさないこと。ガラスはこの2つを満たしている。次の章から、1つずつ理由を見ていく。
川副博司さん(当時、東京工業大学名誉教授)は、材料の透明性を「白色光をあてた物体を、その媒質を通して観察したとき、形と色が正しく見えること」と定めたうえで、透明であるための条件を2つに整理した。媒質による光の強さの減衰が小さく、無色の場合は減衰に波長による差がないこと。もう1つは、物体からの光の進む方向が、媒質の表面や内部で不規則に変わらず、像がこわれないことだ[1]。光を弱める原因は、表面での反射、内部での吸収、表面と内部での散乱の3つで、前者2つが「減衰」、散乱が「方向の乱れ」にあたる[1]。
この条件を見ると、透明でないものの理由は分けられる。黒いものは吸う。磨いた金属は主にはね返す。雪や粉のようなものは散らす。雪は氷の粒の集まりで、粒1つは透明だが、氷と空気の境目で光が屈折や反射をくり返して、すべての色が同じように散らされ、白く見える[2]。ガラスの原料の珪砂は石英の粒が主体で[3]、粒の山が光を通さないのも、この境目の多さによる部分が大きいと考えられる。
すると、ガラスが透明であることは、「吸わない」と「散らさない」の2つの問いに分けて調べられる。
2. 光を すいこまない、ガラスの なか
2. 光を吸わない理由 ── 電子の段差が高すぎる
2. バンドギャップと可視光 ── 吸収されない条件
ガラスの なかには、でんしという、とても ちいさな つぶが いる。光が でんしに ちからを わたして、光が なくなる ことを 「すいこまれる」という。
でんしが 光の ちからを うけとるには、たかい だんを のぼらなければ ならない。ガラスでは、その だんが、目に みえる 光の ちからより、ずっと たかい。だから でんしは うけとれない。光は なにも とられずに、そのまま とおりぬける。
きんぞくは ちがう。きんぞくには、じゆうに うごける でんしが たくさん あって、光を はねかえす[5]。かがみの うらに きんぞくの まくが あるのは、そのためだ。
でんしは、はしごを のぼるわけでは ない。光の ちからを ひとつ ぶん まるごと もらうか、もらわないかの どちらかだ。それに、光は ガラスの なかで すこし おそく なる。なにも おきて いない わけでは ない。
光は波であると同時に、光の粒(光子)としてもふるまう。光の粒1個は、色によって決まった大きさのエネルギーをもつ。目に見える光(波長およそ400〜700ナノメートル)のエネルギーは、およそ3.1〜1.8電子ボルト(eV)にあたる。
ガラスのような絶縁体では、電子は低いエネルギーの帯にいる。光を吸うには、電子が光の粒のエネルギーをまるごと受け取って、上の帯まで上がらなければならない。2つの帯のあいだにある、電子が入れないエネルギーの幅をバンドギャップという。光の粒のエネルギーがバンドギャップより小さいと、電子は受け取れず、光は吸われない[1]。ただし、不純物などが原因の吸収は、これとは別に起こる。
石英ガラスのバンドギャップは、資料によって値がばらつくが、8〜9 eVほどだ[4]。見える光の3.1 eVよりずっと大きい。ガラスが光を吸い始めるのは、見える光の外側の、波長が150ナノメートル前後の紫外線になる[4]。
金属は、特定の原子に縛られない自由電子がたくさんあって、光が当たるとその電子が光と同じ向きにゆれ、光は金属の中へ入れずにはね返される[5][6]。鏡の裏に金属の膜があるわけは、「鏡はなぜ映るのか」のメモにまとめた。
電子が光のエネルギーを受け取るのを、高すぎる階段の最初の段に足をかけられない、と考えると分かりやすい。ただし本当は、電子は階段をのぼるのではない。エネルギーを1つぶん、まるごと受け取れるか、受け取れないかのどちらかだ。それに、吸われないからといって光に何も起きないわけではなく、ガラスの中では光の進み方が少し遅くなる。
光のエネルギーは、波長λ(nm)から、およそ E(eV)=1240÷λ で求められる。見える光の400〜700 nmは、約3.1〜1.8 eVだ。絶縁体で光を吸うには、価電子帯の電子が光子1個分のエネルギーを受け取って、伝導帯へ上がる必要がある。2つの帯のあいだの、電子が入れないエネルギーの幅がバンドギャップだ。光子のエネルギーがバンドギャップより小さいと、この遷移では光が吸収されない(不純物や欠陥による吸収は、これとは別に起こりうる)。川副さんは、吸収端が紫外域にあるとき、無色透明になるには3.1 eV(400 nm)以上のバンドギャップが必要だと述べる[1]。
石英ガラスのバンドギャップは、資料でばらつく。佐藤勝昭さん(科学技術振興機構)のQ&Aでは、光学定数の表から、水晶で8.4 eV、溶融石英で7.8 eVと読み取り、別の資料ではSiO₂は結晶でも非晶質でも9 eV付近にバンドギャップがあると紹介されている。ただし絶縁体のバンドギャップの値はかなりばらつくので、使う材料で測ったほうがよい、と佐藤さんは書く[4]。どの値でも、3.1 eVよりはるかに大きい。8〜9 eVは、波長にすると140〜160 nm前後の真空紫外に当たる。
バンドギャップが2〜3 eVだと、短い波長の可視光が吸われて、赤系に色づいた透明になる[1]。着色ガラスの色は、こうして生まれるものがある。金属では、自由電子が光の電場にそってゆれて光をはね返すため、光は内部へ入れない[5][6]。ガラスを作る日本電気硝子の解説も、ガラスにはこの自由電子がほとんどない、と書く[7]。
ただし、光を吸わないことは、光に何も起きないことではない。ホウケイ酸ガラスの屈折率は1.48で[9]、光はガラスの中で、真空中の約1.5分の1の速さで進む。レンズが光を曲げられるのは、この遅れのためだ。
3. ガラスは、さかいめが ないから ちらさない
3. 散らさない理由 ── 粒の境目がないから
3. 粒界のない構造 ── 砕くと白く、油に入れると消える
ガラスの もとは、すなに、ほかの こなを まぜた ものだ。たかい おんどで とかす[7]。ものに よっては、さめると、つぶが きれいに ならんで かたまる。ガラスは、きれいに ならばない まま かたまる。だから、つぶの グループが ぶつかる さかいめが ない[7][8]。
すりガラスは、ガラスの ひょうめを ざらざらに して ある。でこぼこで 光が ちるから、白っぽく みえる[1]。そこに 水を つけると、でこぼこが 水で うまって、むこうが みえる ように なる[11]。
ふしぎな ことも ある。ガラスの ぼうを、サラダゆの なかに いれると、ぼうが ほとんど みえなく なる[10]。ガラスと あぶらでは、光の まがりかたが ほとんど おなじだから、さかいめで 光が ほとんど まがらない。さかいめが なくなると、ガラスは ほとんど みえなく なる。
ガラスの原料は、珪砂、ソーダ灰、石灰石が中心だ。1300〜1600℃ほどで溶かして、冷やして固める[7]。物質によっては、冷えるとき原子がきれいに並んだ結晶になる。ガラスは、規則正しく並ばないまま固まる[7]。
小さな結晶が集まってできたセラミックスには、結晶と結晶のあいだの境目(粒界)があり、光が散らされる[1]。ガラスには粒界がなく、光の波長ほどの範囲でむらがなく均質だ。角野広平さんの解説は、これをガラスの透光性が高い理由に挙げている[8]。水晶のように1つの大きな結晶は、結晶でも透明だ。
すりガラスは、表面を細かくけずって、光の波長ほどか、それより大きな凸凹をつけてある。光が不規則な方向へ散るため、像が結べない[1]。水がつくとその凸凹が埋まって透ける[11]。
散らされる原因は、屈折率のちがう物の境目だ。ホウケイ酸ガラスの屈折率は1.48で、パラフィン油も1.48。ガラスを砕いてこの油に入れると、光は境目でほとんど曲がらず、ガラスがほとんど見えなくなる[9]。サラダ油に入れたガラス棒でも、似たことが起きる[10]。ガラスが見えるのは、空気との境目で光が曲がったり反射したりするからだ。
ガラスの原料は、珪砂・ソーダ灰・石灰石が中心で、主成分のSiO₂は6〜8割を占める。これを1300〜1600℃ほどで溶かす。冷えるとき、結晶になる物質では原子が規則正しく並ぶ。ガラスは、規則正しい並びを作らないまま固まる[7]。加藤紘一さんは、ガラスを「高粘性の液体の過冷却状態にあるもの」と説明する[3]。
この構造が、光を散らさない理由のひとつと説明されている。多結晶のセラミックスには粒界があり、光は粒界で散らされる[1][4]。角野広平さんは、ガラスは多結晶セラミックスのような粒界がなく、光の波長オーダーの範囲で均質で等方的なので透光性が高い、と書く[8]。結晶であること自体は透明さの妨げではない。水晶は結晶でも透明だ。妨げになるのは、光の進む方向を不規則に変える境目や散乱体が中にあることだ[1]。
川副さんは、典型的な例として擦りガラスを挙げる。表面には光の波長オーダー以上の不規則な凹凸があるため、物体の各点から出た光が位置関係を保ったまま目に届かず、像を結べない[1]。擦りガラスが水にぬれると透ける現象は、水が凹凸を埋めて乱反射が減るためだと説明される[11]。
境目が見える理由は、屈折率の差にある。山梨大学の解説では、ホウケイ酸ガラスの屈折率は1.48、パラフィン油も1.48で、ガラスを砕いて瓶に詰めても、この油を注ぐとほとんど見えなくなる。波長によって2つの屈折率が交わるところでは、光は屈折も反射もせずに素通りする[9]。キヤノンの実験では、サラダ油に入れたガラス棒が見えにくくなる[10]。砂が白く、ガラスが透ける理由は、1つの表現にまとめられる。境目が多ければ光は散り、境目がなければ光は進む。
4. ガラスの はしが みどりなのは どうして?
4. ガラスの端が緑に見えるわけ ── 鉄と、昔の職人の工夫
4. 不純物としての鉄 ── 端面の緑と、マンガンによる脱色
とうめいな ガラスの いたを、はしから のぞくと、みどりいろに みえる。あつい ガラスや、かさねた ガラスでも、みどりっぽく みえる[13]。
おもな げんいんの ひとつは、ガラスに すこし まざっている てつだ。てつが、光の 一部を すこしだけ すう[3]。うすい いろの セロハンを 1まい みても、ほとんど いろが わからない。10まい かさねると、いろが わかる。ガラスの はしは、長い みちを とおるから、いろが みえる。
セロハンでは、いろの つぶが 光を すう。ガラスでは、まざった てつの つぶが 光を すう。すう ものは ちがうけれど、とおる みちが ながい ほど たくさん すわれる ところは にて いる。
むかしの ガラスを つくる 人たちは、この みどりを けす くふうを した。マンガンという ものを いれて、みどりを うすくする ほうほうも つかった[14]。
透明なガラスの板を端から見ると、緑がかって見える。水槽の板やガラスの棚の断面で見えることがある。ふつうの板ガラスが「青板ガラス」と呼ばれるのも、含まれる金属成分の色のためだ[13]。
加藤紘一さんは、ガラス用の珪砂で最も問題になる不純物は鉄だと書く。鉄はガラスに溶けたときの影響が大きく、光の吸収が増えて色がつく。光の通りやすさを特に求めるガラスでは、原料の珪砂の鉄分を100万分の1(ppm)のオーダー以下におさえることもある[3]。たとえば、板の表から見るときは光がガラスの中を通る距離が数ミリだが、端から見ると数十センチにもなる。吸われる量が積み重なって、色が目立つのだと考えられる。日本板硝子は、鉄分を減らして青みをおさえた高透過ガラスも作っている[12]。
鉄の緑は、ガラス作りで問題になることが多かった。コーニングガラス博物館によると、二酸化マンガンは紀元前2世紀ごろから、ガラスの脱色に使われたとされる。17世紀のガラス技術の本は、これを「ガラス職人の石けん」と呼んだ。色を洗い流すと考えたからだ[14]。
しくみは、かつて「緑の反対色の赤みを足して打ち消す」と説明された。1899年にはそういう説が出ている。だが、いまのガラス科学者はこの説を退けて、鉄とマンガンのイオンのあいだで電子がやりとりされて、色が変わると考えている[16]。マンガンが加わると鉄の酸化の状態が変わり、緑が、赤みがかった黄色の色調に変わる、との説明もある[15]。
「反対の色を足して打ち消す」という説明は分かりやすいが、いまはそのしくみが主な理由とは考えられていない。分かりやすい説明が正しいとは限らない例だ。
フロート板ガラスは、薄いうちは無色透明に見えるが、厚く見たり重ねたりすると緑色が見え、「青板ガラス」とも呼ばれる[13]。日本板硝子の「オプティホワイト」は、鉄分の含有量を少なくして、フロート板ガラス特有の青みをおさえた高透過ガラスだ[12]。
原因は原料の鉄だ。加藤紘一さん(1986年)は、ガラス用の珪砂で鉄は溶けたときの影響が大きく、量の制限が厳しいと書く。鉄が入ると光の吸収が大きくなり、製品の着色が強くなる。光の透過率を特に求められるガラスでは、原料の珪砂の鉄分にppmオーダー以下が要求されることもある[3]。川副さんも、バンドギャップが十分大きい材料でも、原子的オーダーの不純物や欠陥のために、可視光の吸収が見られる場合があると述べる[1]。端から見たほうが緑が濃く見えるのは、光がガラスの中を通る距離が長くなり、わずかな吸収が積み重なるためと考えられる。
この問題への対処の1つが、マンガンだった。コーニングガラス博物館(Corning Museum of Glass)の解説では、二酸化マンガンは紀元前2世紀ごろに脱色剤として使われ始めたと考えられ、17世紀の技術書では「glassmakers' soap(ガラス職人の石けん)」と呼ばれた[14]。石けんのように、原料から色を洗い落とすと信じられていたからだ。
効き方の説明は、時代で変わった。1899年に紹介された説は、マンガンがガラスにピンクか赤の色を与え、緑の補色になって打ち消し合う、というものだった。同博物館によると、現代のガラス科学者はこの補色説を退け、鉄とマンガンのイオンのあいだの変化で、見える色が変わると考える[16]。別の解説は、マンガンが加わると鉄の酸化の状態が変わり、緑の状態から赤みがかった黄色の状態になる、と説明している[15]。日光の紫外線を長く浴びたガラスが紫色に変わるのも、鉄とマンガンのイオンのあいだの電子のやりとりで起きると、同じ博物館は説明する[15]。
つまり、私たちが「無色透明」と呼ぶガラスも、厚みを増すと色が見える程度には、光を吸っている。では、その鉄をさらに減らしたら、ガラスはどこまで透けるのか。
5. すなから できた ガラスの いとが、光を はこぶ
5. 光ファイバー ── 透明さを桁ちがいに上げた研究
5. 光ファイバー ── 鉄を100万分の1に、という予言と、そのあと
ガラスの ほそい いとの なかを、光が とおって、とおくまで はこばれる。それが 光ファイバーだ。でも 1960ねんだいには、いちばん とうめいな ガラスでも、100メートルくらい すすむと、光が 100ぶんの 1に よわく なって しまった。
チャールズ・カオは、こう かんがえた。ガラスが にごる おもな わけは、まざっている てつなどだと かんがえた。それを へらせば、とおくまで 光が とどくはずだ[17]。
いまの ガラスの いとは、140キロくらい すすんで、やっと 光が 100ぶんの 1に なる。まどガラスと おなじ、すなから できた ガラスだ。カオは 2009ねんに、ノーベル賞を もらった[20]。
1960年代、イギリスの研究所にいたチャールズ・カオは、ガラスの細い糸で光を遠くへ送る通信を考えていた。壁は、ガラスの透明さだった。カオの講演によると、当時いちばん透明なガラスでも損失が大きく、「厚いガラスをのぞいたことのある人なら分かる、何も見えない状態」だったという[17]。
光の弱まり方はデシベル(dB)で表す。10 dBで光は10分の1、20 dBで100分の1になる。カオの講演では、当時のいちばん透明なガラスの損失は1キロメートルあたり200 dBだった。計算すると、100メートルで100分の1に弱まる[17]。
カオと同僚のホッカムは、1966年の論文で、原因は鉄などの不純物で、ガラス本来の性質ではないと指摘した。ガラス中の鉄の濃度を100万分の1(1 ppm)まで下げられれば、損失は1キロメートルあたり20 dB(1キロで100分の1)ほどになるはずだ、と書いた。カオはこれを、「十分にきれいなガラスなら、数百メートルの厚さの板でも向こうが見えるはずだ」と言い換えている[17]。
1970年には、アメリカのコーニング社が、損失を1キロメートルあたり17 dBまで下げた光ファイバーを作った[17]。2017年には、住友電気工業が0.1419 dB/kmを発表している[19]。測る条件はちがうが、140キロメートルほど進んで、やっと光が100分の1になる計算だ。カオは、この研究で2009年のノーベル物理学賞を受けた[20]。講演の題は「Sand from centuries past(昔から続く砂)」で始まる。ガラスの原料は、まさに砂だ[17]。
1960年代、イギリスのスタンダード電気通信研究所(STL)にいたチャールズ・カオは、同僚のジョージ・ホッカムとともに[18]、ガラスの細い糸で光を遠くへ送る通信を考えた。壁になったのは、材料の透明さだった。カオのノーベル賞講演は、論文が書かれた当時、最も透明なガラスの損失は200 dB/kmで、「厚いガラスをのぞいたことがある人なら誰にでも明らかな、何も見えない状態」だったと語る[17]。デシベル(dB)は光の弱まり方の単位で、10 dBで10分の1、20 dBで100分の1になる。200 dB/kmは、計算すると100 mで100分の1だ。資料によっては当時の損失をもっと大きな値で書くものもあるが、ここでは講演の値をそのまま使う。
1966年7月に出た論文「Dielectric-Fibre Surface Waveguides for Optical Frequencies」で、カオらは、光の損失の原因はガラス本来の性質ではなく不純物で、主に鉄のイオンだと指摘した。ガラス本来の散乱による損失は1 dB/kmほどまで下げられる。ガラス中の鉄の濃度を1 ppm(100万分の1)まで下げれば、波長0.6マイクロメートル付近で約20 dB/kmのガラスが得られるはずだ、と予想した[17]。カオは講演で、これを「十分にきれいなガラスなら、数百メートルの厚さの板でも向こうが見える」と言い換えている[17]。
予言は、順に確かめられた。1969年、カオらは、溶融石英の試料(ショット社のInfrasil)で0.85マイクロメートル付近に5 dB/kmという値を測り、不純物を除けば吸収損失を実用の水準まで下げられると示した。1970年には、コーニング社が、17 dB/km(0.633マイクロメートル)の光ファイバーを作った[17]。2017年には、住友電気工業が、純粋なシリカのコアで、1560ナノメートルで0.1419 dB/kmの世界記録を発表した[19]。測る波長も試料もそれぞれちがい、単純な比較ではないが、損失の値を距離に直して並べると、光が100分の1になる距離が、100メートルほどから約140キロメートルまで延びたことになる(筆者の換算)。0.15 dB/km前後は、理論的な限界に近いとされる[18]。
限界の1つは、ガラスの構造の不均一さによる散乱だ。ガラスは結晶のような規則正しい並びをもたないため、内部にわずかなむらが残る。カオの講演は、材料の光の損失を、固有の吸収・不純物による吸収・レイリー散乱(構造の不均一による光の散乱)の3つに分け、高温で急に固まったガラスはむらが少なく、散乱が小さいと述べる[17]。光ファイバーの透明さは、鉄などの不純物を減らし、構造のむらによる散乱を抑えて、理論的な限界の近くまで押し上げられた。講演の題の前半、「Sand from centuries past」は、ガラスの原料のシリカを指している[17]。カオは2009年のノーベル物理学賞を、光ファイバーによる光通信のための、光の伝送に関する業績で受けた[20]。
6. じぶんでも たしかめて みよう
6. 自分でも調べてみたくなったら
6. 自分でも調べてみたくなったら
おうちの 人と いっしょに、ガラスの はしを さがして みよう。すいそうの かどや、ガラスの たなの いたの はしを、よこから みる。さわらずに、みるだけに しよう。ふちは するどいことが ある。まどの ほうから みた いろと、はしから みた いろを くらべる。
もう 1つ。白い かみに サラダゆを 1てき たらす。ゆが しみた ところだけ、むこうが すけて みえる。なぜだろう。
まず、ガラスの端を見比べる。水槽の角や、ガラスの棚板の断面を、大人といっしょに、さわらずに見る。窓のほうから見た色と、断面から見た色を比べる。
次に、白い紙にサラダ油を1滴たらす。しみたところだけ、向こうが透けて見える。紙の繊維のすき間の空気が油に置きかわり、境目で光が曲がったり散ったりするのが減るからだと考えられる。この章で見た、境目と屈折率の話を使って、自分の言葉で説明できるか試してみる。
本を読むなら、カオのノーベル賞講演を開いてみる(英語)。第4章に、1966年の論文の中身が書かれている[17]。
まず、ガラスの端の色を見比べる。水槽の角や、ガラスの棚板の断面を、大人といっしょに、ふちにふれずに見る。窓のほうから見た色と、断面から見た色を比べる。うすい色のセロハンを1枚と、何枚も重ねたものを見比べると、光の通る距離で色が濃くなる様子が、簡単に確かめられる。
次に、白い紙にサラダ油を1滴たらす。しみたところだけ透けるのは、紙の繊維のすき間の空気が油に置きかわり、境目での光の屈折や反射が減るためだと考えられる。この章で見た「境目と屈折率」の話が使える。ガラス棒とサラダ油を使うキヤノンの実験[10]は、ページで様子を見て比べるとよい。ガラス棒は割れると危ないので、家では紙だけで試す。
数字の食いちがいにも注目したい。石英ガラスのバンドギャップは、佐藤勝昭さんのQ&Aで、水晶8.4 eV、溶融石英7.8 eV、別の資料では9 eV付近と、値が並んでいる[4]。なぜ資料によってちがうのか、測り方や吸収の始まりの定義に注目して読み比べると、透明さを数字で決める難しさが見えてくる。
読み比べるなら、川副博司さんの解説[1]と、カオのノーベル賞講演[17]を並べる。前者は「透明の条件」を、後者は「その条件を極限まで満たしたガラス」を扱っている。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:日本電気硝子・日本板硝子・住友電気工業・キヤノン・コーニングガラス博物館・フォトクロスなどは企業・団体の解説、川副さんの解説・加藤さんの資料・カオの講演・ノーベル財団は専門家・学会誌・公的機関の資料として使った。
- 川副博司「材料の透明性とは」『まてりあ(Materia Japan)』39巻2号(2000)、114ページ〜(J-STAGE)。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/materia1994/39/2/39_2_114/_pdf (透明であるための条件、減衰・散乱、3.1 eV以上のバンドギャップ、擦りガラスと粒界による散乱)
- キヤノン キヤノンサイエンスラボ・キッズ「雪はなぜ白い」。 https://global.canon/ja/technology/kids/mystery/m_01_14.html (氷の粒1つは透明で、粒と空気の境目での屈折・反射で白く見える)
- 加藤紘一(1986)「ガラス工業原料としての珪砂」『鉱山地質』36巻5号、373〜376ページ。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/shigenchishitsu1951/36/199/36_199_373/_pdf (珪砂は石英粒が主体、鉄の許容量、ガラスは過冷却液体の状態)
- 佐藤勝昭「物性なんでもQ&A 第14回 バンドギャップと物性」(科学技術振興機構、2011年)。 https://home.sato-gallery.com/research/crystal_letters_nandemoQA(14).pdf (水晶8.4 eV、溶融石英7.8 eV、9 eV付近などの値と、ばらつき)
- 池田優二「金属が反射する理由(わけ):その1」(株式会社フォトクロス)。 https://photo-cross.com/blog/imaging-optics/blog-973/ (金属の自由電子と、光の反射)
- 光と色と「金属の光沢と色|金属反射と金属光沢の原理と仕組み」(個人ブログ)。 https://optica.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-97a0.html (自由電子が光をさえぎって跳ね返す説明)
- 日本電気硝子「ガラスができるまで——原料・製造工程から省エネ最前線まで」(NEGジャーナル、2026年6月18日)。 https://www.neg.co.jp/neg-journal/20260618.html (原料、1300〜1600℃、結晶にならず固まる、自由電子がほとんどない)
- 角野広平「ガラスの光学的性質 I」『ニューガラス』講座(ニューガラスフォーラム)。 https://www.newglass.jp/mag/TITL/maghtml/92-pdf/+92-p059.pdf (ガラスに粒界がなく、光の波長オーダーで均質・等方的なので透光性が高い)
- 山梨大学 先端材料理工学科「クリスチャンゼン・フィルター」。 https://www.szr.yamanashi.ac.jp/archives/3142 (ホウケイ酸ガラスとパラフィン油の屈折率がともに1.48で、ガラスが見えなくなる)
- キヤノン キヤノンサイエンスラボ・キッズ「油でガラス棒が消える?」。 https://global.canon/ja/technology/kids/experiment/e_01_03.html (サラダ油に入れたガラス棒が見えにくくなる実験)
- 窓リフォーム研究所「すりガラスとは?適した場所や用途・型ガラスとの違いなど」。 https://shinku-glass.jp/contents/knowledge/frostedglass/ (すりガラスの凹凸と乱反射、水にぬれると透ける)
- 日本板硝子 ガラスワンダーランド「オプティホワイト」。 https://glass-wonderland.jp/products/optiwhite/ (鉄分を減らして青みをおさえた高透過ガラスがあること)
- ガラスの種類辞典「フロートガラスとは」。 https://www.glass-dictionary.com/product/3/ (フロートガラスが厚く見ると緑に見える、青板ガラスの呼び名、高透過ガラス・白板ガラス)
- Corning Museum of Glass "During which periods of time was Manganese dioxide used to decolorize glass?"(Ask a Glass Question)。 https://libanswers.cmog.org/faq/144879 (コーニングガラス博物館の質問回答。マンガンの脱色の時期、17世紀の「glassmakers' soap」)
- Corning Museum of Glass "What causes the varied purple hues in old glass bottles?"(Ask a Glass Question)。 https://libanswers.cmog.org/faq/144135 (コーニングガラス博物館の質問回答。鉄の酸化状態と色、紫外線で紫になる)
- Corning Museum of Glass "What can you tell me about the history of purple glass?"(Ask a Glass Question)。 https://libanswers.cmog.org/faq/143996 (コーニングガラス博物館の質問回答。1899年の補色説と、現代の科学者がそれを退けていること)
- Kao, C.K. (2010) "Nobel Lecture: Sand from centuries past: Send future voices fast." Reviews of Modern Physics 82(3): 2299–2303. https://doi.org/10.1103/RevModPhys.82.2299 (1966年の論文の内容、当時のガラスの損失、鉄のイオン、1969年の測定、1970年のコーニング社の光ファイバー)
- IEEE Spectrum "Remembering the Remarkable Feat of Charles Kao". https://spectrum.ieee.org/remembering-the-remarkable-feat-of-charles-kao (最も透明なガラスの損失が約0.15 dB/kmで、理論的な限界に近い)
- 住友電気工業 プレスリリース "Sumitomo Electric Renews World Record of Lowest Loss Optical Fiber"(2017年3月)。 https://global-sei.com/company/press/2017/03/prs029.html (0.1419 dB/km、波長1560 nm、純粋なシリカのコア)
- NobelPrize.org "The 2009 Nobel Prize in Physics - Press release". https://www.nobelprize.org/prizes/physics/2009/press-release/ (カオへの授賞理由:光ファイバーによる光通信のための光の伝送に関する画期的な業績)
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