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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

日本の 電気に「くにざかい」が ある? しんかんせんが こえる 見えない せん

日本の電気には「国境」がある? 新幹線が富士川でまたぐ、50と60の境目

東日本50Hz・西日本60Hzの境界 ── 明治の発電機の買い方から、佐久間周波数変換所と新幹線まで

分野:技術

新幹線しんかんせんの 車りょうは、60ヘルツと いう 電気の きまりでしか 走れません。ところが 東京の 近くは、べつの きまり(50ヘルツ)の 電気です。

日本の 電気は、じつは 東と 西で ちがいます。どうして ちがうのか、ちがう 電気を どう つないで いるのかが わかります。

東海道新幹線の車両は、60ヘルツという決まりの電気でしか走れないように作られています。ところが、富士川より東は50ヘルツの電気が届く地域です。同じ日本の中で、電気の「決まり」が東西で分かれているのです。

周波数の違う電気は、交流のままではつなげません。そこで日本は、いったん直流をはさんで東西へ電気を送っています。東西をつなぐ力は、約120万キロワットから約210万キロワットに広がりました。なぜ東西で違うのか、どうやってつなぐのかを、明治の発電機の買い物からたどります。

東海道新幹線の車両は60Hz専用で、富士川より東の50Hz地域では、沿線の変電所が周波数を変えて電気を送っている[7]。同じ国の中で、電気の周波数が東西で分かれている。

周波数の違う系統は交流のままでは接続できないため、直流をはさんで東西で電力をやりとりしており、連系容量は約120万kWから約210万kWへ広がった。明治の発電機の導入、回転数の計算、佐久間周波数変換所(1965年)から2021年の増強までを、資料から整理して示す。

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1. しんかんせんは、どうやって 見えない せんを こえるの?

1. 新幹線は、富士川をこえるとき何をしているのか

1. 東海道新幹線の電源 ── 60Hz専用車両と変換変電所

東海道新幹線しんかんせんの 車りょうは、60ヘルツと いう 電気の きまりに あわせて 作られています[7]。

でも、富士川ふじかわより 東は、50ヘルツの 電気が とどく ところです[1]。そのままでは 走れません。

そこで、せんろの そばの へんでんしょが、50ヘルツの 電気を 60ヘルツに かえてから、しんかんせんに おくって います[7]。

ヘルツは、電気の なみが 1びょうの うちに 何回 くりかえすかを あらわす 数です。日本は、しずおかけんの 富士川ふじかわの あたりを さかいに、東が 50、西が 60 です[1]。ただし、さかいの 細かい 場所までは、いいきれません。

60ヘルツ専用の車両

東海道新幹線の車両は、60ヘルツ専用です。ところが、富士川より東は50ヘルツの電気が届く地域なので、そのままでは走れません。そこで沿線の変電所が、電力会社から届く50ヘルツの交流を60ヘルツに変えて、新幹線へ送っています[7]。JR東海は、この変換装置を2014年度から2021年度にかけて取り替える計画を発表しています[7]。

日本の中の見えない線

ヘルツは、交流の電気の波が1秒間に何回くり返されるかを表す単位です。日本では静岡県の富士川のあたりを境に、東側が50ヘルツ、西側が60ヘルツです[1]。境の細かい位置は、「あたり」としか言えません。

同じ国なのに、なぜ東西で電気の決まりが違うのでしょうか。

東海道新幹線の車両は60Hz専用で、富士川より東の50Hz区間を走るため、沿線の周波数変換変電所が、電力会社から受けた50Hzの交流を60Hzに変えて供給している。JR東海は、この変換装置を2014〜2021年度に取り替える計画を発表した[7]。電気の「国境」をまたぐ乗り物は、境でいったん電気を作り替えてもらっていることになる。

周波数とは、交流の電気の向きが入れかわる波が、1秒間に何回くり返されるかを表す量で、単位がHz(ヘルツ)だ。日本では富士川(静岡県)付近を境に、東側が50Hz、西側が60Hzである[1]。市町村ごとの細かい線引きまでは言えないので、「付近」と書く。では、同じ国に2つの周波数があるのは、なぜか。

2. どうして 東と 西で ちがうように なったの?

2. 明治の2つの電灯会社は、別々の国から発電機を買った

2. 明治の発電機の調達 ── 東京電灯のAEGと、大阪電灯の米国製

はじまりは、明治めいじの ころです。まちに でんとうを つける ために、東京と 大阪おおさかの 会社が、それぞれ はつでんきを 外国から 買いました。

東京の 会社は、ドイツの はつでんきを 入れました。あさくさの 発電所で 1895ねんに うごきはじめた もので、50ヘルツです[2]。

大阪おおさかの 会社は、アメリカの はつでんきを 入れました。60ヘルツで、1889ねんの ことです[2]。つくった 会社の 名前は、しりょうに よって ちがいます。

どちらが すぐれて いたから、ではありません。買った 相手が ちがった だけです[1]。

東京は、ドイツのAEGの発電機

東京電灯は、1893年に交流の発電機を使う浅草発電所の建設を始め、1895年(明治28年)に運転を始めました。入れたのはドイツのAEG社の三相交流発電機で、50ヘルツです[2]。東京電灯は電気の事業を直流で始めており、交流への切りかえは、このときでした[2]。

大阪は、アメリカの発電機

大阪電灯は1888年に設立されました。翌1889年に西道頓堀の火力発電所へ、アメリカの会社の60ヘルツの交流発電機(30キロワット)を置き、1,150ボルトの高い電圧で電気を送り始めました[2]。大阪は、最初から交流でした。この発電機の製造元は、資料によってトムソン・ヒューストン社とも、GE(ゼネラル・エレクトリック)社とも書かれます[2]。

公的な原子力用語集の説明でも、東京ではドイツ製の50ヘルツ、大阪ではアメリカ製の60ヘルツを採用したことが、東西差のもとだとされています[1]。優劣ではなく、買った相手が違ったのです。

東西差の起点は、明治期の電灯会社の発電機の調達にある。東京電灯は1893年に交流発電機(200kW)を採用した浅草集中発電所の建設に着き、1895年(明治28年)に運転を始めた。機械はドイツのAEG製三相交流発電機で、3,000V・50Hzだった[2]。東京電灯は直流で電気事業を始めており、交流への転換が、ここで周波数50Hzを決めたことになる。

大阪電灯は1888年の設立で、翌1889年に西道頓堀の火力発電所へ米国製の60Hz交流発電機(30kW)を設置し、1,150Vの高圧送電を始めた。東京が直流から出発したのに対し、大阪は最初から交流だった[2]。製造元はNGK資料ではトムソン・ヒューストン社、別の資料ではGE社とされ、年と社名は一致しない。GE社はトムソン・ヒューストン社の流れをくむ会社なので、ここでは「アメリカ製(GE系)」の60Hz機とだけ示す。

ATOMICAも、東京のドイツ製50Hz機と大阪のアメリカ製60Hz機の採用を、東西差の由来と説明する[1]。ここで大切なのは、これが性能の優劣ではなく、調達先の違いだという点だ。当時の両社が、将来2つの地域が電気でつながると見通していたわけではないだろう。では、50と60という数の違いは、機械にとって具体的に何を意味するのか。

3. 50と 60の ちがいは、きかいが まわる はやさ

3. 50と60の違いは、発電機の回る速さに直結している

3. 周波数と回転数 ── N=60f/p で3,000と3,600を出す

はつでんきは、なかで 大きな じしゃくが ぐるぐる まわって、電気を 作ります。この まわる はやさが、周波数しゅうはすうに そのまま つながって います。

いちばん かんたんな 2きょくの はつでんきだと、50ヘルツなら 1ぷんかんに 3000かい、60ヘルツなら 3600かい まわります[3]。

60ヘルツの ほうが、2わりほど はやく まわる ことに なります。(3600÷3000=1.2)

ただし、これは いちばん かんたんな 場合の 数です。本当の 発電所の きかいでは、まわる 数は ちがいます。

1分間に3000回と3600回

発電機の回転数は、周波数と極の数で決まります。もっとも単純な2極の同期発電機では、1分間の回転数は、周波数に60をかけた数になります。50ヘルツなら毎分3000回転、60ヘルツなら毎分3600回転です[3]。

3600÷3000=1.2なので、60ヘルツの発電機は、50ヘルツの発電機より2割速く回ります。ただしこれは2極の場合で、実際の発電所の機械は、極の数によって回転数が変わります[3]。

だから、そのままではつなげない

周波数の違う電気の系統は、そのまま直接つなぐことができません[5]。では、50と60に分かれた東西を、どうつないだのでしょうか。

同期発電機の回転数N(毎分)は、周波数をf(Hz)、極数をpとして、N=60f/pで表せる[3]。2極(p=1の対)なら、50Hzでは60×50=3,000rpm、60Hzでは60×60=3,600rpmとなる[3]。比は3,600÷3,000=1.2で、60Hz機のほうが2割速く回る。

この数字は、2極機の値にすぎない。実際の発電所の機械は極数が違えば回転数も変わるので、「50Hzの発電機は毎分3,000回転」と言いきることはできない。確かなのは、周波数が発電機の回転の速さと結びついていることだ。系統全体が同じ周波数でそろわなければならない、という条件も、ここから想像できる。周波数の違う系統は直接つなげず、変換設備を使う[5]。この変換設備は、いつ、どこで、はじめて電気事業に使われたのか。

4. ちがう 電気を、どうやって つなぐの?

4. 交流をいったん直流にして、つなぐ ── 佐久間の挑戦

4. 周波数変換設備 ── 交直変換と、1965年の佐久間周波数変換所

ちがう ヘルツの 電気は、まっすぐには つなげません。そこで、いったん 「ちょくりゅう」という べつの 電気に かえて、もう いっぽうの ヘルツの 電気に もどします[5]。

この しかけを もつ ところを、しゅうはすうへんかんじょと いいます。しずおかけんの はままつし、さくまに ある 「さくま しゅうはすうへんかんじょ」は、1965ねんに はたらきはじめました[4]。

電気じぎょうの ための ものとしては、せかい はじめてでした。これで、東の 50ヘルツと 西の 60ヘルツが、はじめて つながりました[4]。

直流をはさむ

周波数を直接変えるのではありません。送る側で交流を直流に変え、その直流を、受ける側の周波数に合わせた交流へ戻します[5]。直流には周波数がないので、橋渡しに使えます。

世界で初めての変換所

静岡県浜松市の佐久間周波数変換所は、世界初の電気事業用の周波数変換設備として、1965年(昭和40年)に運転を始めました。それまで東西に分かれていた50ヘルツと60ヘルツの系統を、交直変換の技術で初めてつないだのです[4]。最初の設備はスウェーデンの技術を使った水銀整流器で、のちに国産のサイリスタ変換器に更新されました[4]。

実験場でもあった

佐久間は、新しい技術を試す場にもなりました。ここで得た技術やノウハウは、新信濃周波数変換設備(1977年運転開始)や北本連系設備(1979年運転開始)などに生かされました[4]。

周波数の違う系統は、そのままでは同期できないので、送電端で交流を直流へ変換し、その直流を受電端系統の周波数に同期した交流へ変換して、電力を相互に融通する[5]。つまり周波数を「変える」のでなく、いったん直流を経由させている。直流なら周波数の違いを持ちこまずにすむ、という点が要だ。

この方式を世界で初めて電気事業に使ったのが、静岡県浜松市の佐久間周波数変換所で、1965年(昭和40年)の運転開始だ。東西に分断されていた50Hzと60Hzの系統を、交直変換で初めて連系した[4]。当初の設備はスウェーデンの技術にもとづく水銀整流器で、のちに国産のサイリスタ変換器に更新されている[4]。

佐久間は実証の場も兼ねており、ここで得た技術は新信濃周波数変換設備(1977年)、北本連系設備(1979年)に生かされた[4]。1965年に最初の橋がかかったあと、橋の太さはどう変わったのか。

5. つなぐ 道は、太く なって いるの?

5. 東西をつなぐ橋は、どこまで太くなったのか

5. 連系容量の推移 ── 120万kWから210万kW、そして増設計画

東日本で おきた 大きな じしんの まえ、東と 西を つなぐ ところは 3か所で、ぜんぶで 120まんキロワットでした[6]。

2021ねん3がつの おわりに、ひだと しなのを むすぶ 新しい しかけが はたらきはじめ、210まんキロワットに ふえました[6]。

210÷120=1.75なので、およそ 1.75ばいです。まだ ふやす けいかくも あります[5]。

震災前は、3か所で120万キロワット

東日本大震災の前、東西をつなぐ周波数変換設備は3か所でした。佐久間(Jパワー)が30万キロワット、新信濃(東京電力)が60万キロワット、東清水(中部電力)が30万キロワットで、合計約120万キロワットです[6]。

2021年に約210万キロワットへ

2021年3月末、新信濃変電所に増設された飛騨信濃周波数変換設備の運用が始まりました。岐阜県高山市の飛騨変換所と結ぶ設備で、約90万キロワットです。東西の連系容量は、約120万キロワットから約210万キロワットに広がりました[6]。210÷120=1.75で、およそ1.75倍です。

これからの計画

2011年3月11日の東日本大震災を契機に、2015年4月に設立された電力広域的運営推進機関を中心に、東西の連系を強める計画が進められています。そのひとつとして、佐久間に30万キロワットの新佐久間周波数変換所をつくる計画があり、運用開始は2028年3月末の予定です[5]。

東日本大震災前の東西間の周波数変換設備は、佐久間(Jパワー30万kW)、新信濃(東京電力60万kW)、東清水(中部電力30万kW)の計約120万kWだった。2021年3月末には、新信濃変電所に増設された飛騨信濃周波数変換設備(岐阜県高山市の飛騨変換所と結ぶ、約90万kW)の運用が始まり、連系容量は約210万kWへ広がった[6]。210÷120=1.75で、およそ1.75倍に当たる。90万kWを足すと210万kWになる計算も合う。

増強の動きは、2011年3月11日の東日本大震災を契機に、2015年4月設立の電力広域的運営推進機関を中心に進められている。そのひとつとして、佐久間に30万kWの新佐久間周波数変換所が計画され、運用開始は2028年3月末の予定とされる[5]。2028年は予定で、完成した話ではない。

橋を太くする一方で、そもそも東西の周波数をそろえてしまう、という道はなかったのか。

6. 50か 60 どちらかに そろえないの?

6. 周波数をそろえてしまう道は、なぜ選ばれていないのか

6. 統一しない理由 ── 取り替えの規模と、橋渡しの選択

どちらかに そろえれば、へんかんじょは いらない ような 気も します。

でも、50ヘルツ用の きかいは、60ヘルツでは そのまま 使えない ものが あります。そろえるには、はつでんきや へんあつきなど、たくさんの きかいに 手を 入れる ひつようが あります[8]。

どちらが 正しい、ではありません。ちがいを うけいれて、じょうずに つなぐ ほうほうを ふやして きました。

50ヘルツ用の機器は、60ヘルツではそのまま使えないものがあります。周波数をそろえるには発電設備や変圧器などに手を入れる必要がある、と電力関係の解説は説明しています[8]。なぜ統一されないままなのか、くわしい経緯までは、この解説には書かれていません。

だから日本は、周波数をそろえる代わりに、違いをつなぐ技術を磨いてきました。佐久間のサイリスタ変換器のように、1965年の技術が国産に更新され、新しい設備に生かされていく流れです[4]。ここに、ものづくりの工夫の積み重ねが見えます。

50Hz用に作られた機器には60Hzでそのまま使えないものがあり、周波数をそろえるには発電設備や変圧器などに手を入れる必要がある、と電力関係の解説は説明する[8]。なぜ統一されないままなのか、くわしい経緯までは、この解説には書かれていない。

確かなのは、統一以外の道が実際に選ばれてきたことだ。1965年の佐久間で始まった交直変換は、水銀整流器から国産のサイリスタ変換器へ更新され[4]、新信濃・北本へと技術が受けつがれ[4]、2021年の飛騨信濃の運用開始[6]、さらに新佐久間の計画へと続く[5]。周波数の違いをなくすのでなく、違うまま電力をやりとりする力を太くしてきた歴史と言える。

7. おうちの 電気せいひんに、50と 60は 書いてある?

7. 家の電気製品の銘板で、50と60を探してみる

7. 出口 ── 銘板の「Hz」を探す観察と、読みたい一次資料

おうちの 人と いっしょに、でんきゅうや ドライヤーなどの うらや そこを 見て みましょう。「50Hz」や「60Hz」、「50/60Hz」と 書いて ある ものが あるかも しれません。

かいてなくても、だいじょうぶです。ただし、電気せいひんは ぬらさず、コンセントから ぬいてから 見ます。そして、ぶんかいは しないで ください。

もっと しりたく なったら、さくまの しりょうが あります[4]。

家にある電気製品の裏や底に貼られた銘板を、おうちの人と見てみましょう。「50Hz」「60Hz」「50/60Hz」などと書かれているものがあるかもしれません。書かれていなくても、それは普通のことです。

見るときは、コンセントからプラグを抜き、水にぬれた手で触らず、分解もしないでください。

佐久間周波数変換所の歩みは、電気学会の資料に詳しく書かれています[4]。水銀整流器からサイリスタ変換器へ、どう更新されたのか。そこには、技術者たちの試行が載っています。

確かめる方法として、家庭の電気製品の銘板で、周波数の表示を探せる。「50Hz」「60Hz」「50/60Hz」と書かれた製品があるか。表示のない製品もあるので、無ければ無いままでよい。プラグを抜き、分解しないことは守る。

資料を読むなら、佐久間周波数変換所の歴史と技術は電気学会の資料[4]、周波数による回転数の関係は広島大学の講義資料[3]、東西をつなぐ設備の現状と計画は三菱電機の発表[5]と日立の解説[6]が読める。なぜ統一されないのか、その経緯をさらに調べてみるのもよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:原子力百科(ATOMICA)、碍子(がいし)メーカーの歴史資料、大学の講義資料、電気学会の資料、電力設備メーカーの発表、報道記事を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. ATOMICA(日本原子力研究開発機構)「周波数の東西差」。https://atomica.jaea.go.jp/dic/detail/dic_detail_2498.html (東西の境と、50Hz・60Hzが分かれたもとについて)
  2. 日本ガイシ(NGK)「がいしの歴史 第四章」。https://www.ngk.co.jp/gaishi-h/chapter4/ (東京電灯の浅草発電所と大阪電灯の発電機について)
  3. 広島大学 電気機器講義資料(EEGC19-6)。https://home.hiroshima-u.ac.jp/kin/class/eegc/EEGC19-6.pdf (周波数と同期発電機の回転数の関係について)
  4. 電気学会 電気技術史 資料(佐久間周波数変換所)。https://www.iee.jp/file/foundation/data02/ishi-10/ishi-0809.pdf (佐久間周波数変換所の運転開始と、技術の受けつぎについて)
  5. 三菱電機 ニュースリリース(2023年10月2日)。https://www.mitsubishielectric.co.jp/news/2023/pdf/1002-b.pdf (周波数変換のしくみと、新佐久間などの増設計画について)
  6. 日立 飛騨信濃周波数変換設備の解説。https://www.hitachi.com/ja-jp/insights/articles/hida-hvdc/ (東西の連系容量と、2021年の飛騨信濃について)
  7. 乗りものニュース「東海道新幹線の変換装置」(JR東海の発表を紹介)。https://trafficnews.jp/post/37258 (新幹線が60Hz専用で、東側では変換して供給していることについて。報道)
  8. パナソニック 電気の基礎知識(周波数)。https://www2.panasonic.biz/jp/basics/electric/electricity/frequency/ (周波数が統一されていない理由について。解説)

なおした ところ

更新履歴

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