1. ぜったいに うしろへは さがれないの?
1. 「歩けない」は、どこまで本当か
1. 言い伝えの範囲 ── 「後退できない」ではなく「後退に向かない」
カンガルーが うしろへ あるく すがたは、ふつうは あまり 見られません。でも、ぜんぜん さがれない わけでも ないようです。
けんかを している オスは、ちいさく とんだり、足を すべらせたり して、うしろへ さがって あいてを かわす ことが あると いわれます[1]。
つまり、「さがれない」と いうより、「さがるのが むいていない」と いう ほうが 近そうです。ただ、うしろへ あるく ようすを そのまま はかった しらべは、見つかりませんでした。
動物の解説サイトの説明では、けんかで向かい合ったオスが、小さく跳んだり足をすべらせたりして後ろにさがり、相手をかわすことがあるといいます[1]。ですから、「絶対に後ろへ動けない」とまでは言えないようです。
むしろ、後ろに動くのが「向いていない」と考えるほうが実際に近そうです。ただし、後ろ向きの動きを直接測った論文は、今回は見つかりませんでした。以下の理由は、動物解説や研究の説明にもとづく考え方です。
まず、いちばん基本の動き、跳ぶ足の使い方から見ていきます。
動物解説サイトDiscover Wildlifeは、けんか(スパーリング)中のオスが、小さな跳躍やすり足で後方へさがり、相手をかわしたり負傷を避けたりする例を紹介している[1]。したがって「完全に後退不可能」とは言い切れず、「後退運動に向かない」という理解のほうが実態に近い。
ただし、後退運動そのものを計測した査読論文は、今回は確認できなかった。以下の説明の中心は、動物解説と、前進時の運動を扱った研究の要旨である。仮説に当たる部分は、その都度書き分ける。
2. 足は「そろえて」うごかす
2. 後ろ足は、そろって動く
2. 後肢の同期運動 ── 交互ではなく同時に動く
わたしたちが あるく とき、みぎ足と ひだり足は、かわりばんこに うごきます。
ちじょうで くらす 大きな カンガルーは ちがいます。2ほんの うしろ足を、いっしょに そろえて うごかして、ぴょんと とびます[1]。
ぴょんぴょん とぶ ときは、うしろ足が じめんを けって、まえへ おしだします。この うごきは、うしろへ すすむのには、ぴったり あいません。
私たちは、右足と左足を交互に出して歩きます。ところが、地上で暮らす大型のカンガルーは、2本の後ろ足を交互ではなく、同時にそろえて動かして跳ぶとされています[1]。
地面をけって前へ跳び出す動きは、後ろ足を同時に使うことで成り立っています。この動きを、そのまま逆向きに再生して「後ろへ跳ぶ」ことは、きっと難しいのでしょう。ただ、これは私の推測を含む言い方で、資料が直接そう書いているわけではありません。
では、後ろ足のほかの部分はどうでしょうか。次に、体の後ろにつながる、しっぽの働きを見てみます。
地上性の大型カンガルーは、2本の後肢を交互ではなく同時にそろえて動かして跳ぶ[1]。この様式では、後肢を独立に前後へ動かして歩く動物のような、細かな後退の動きは作りにくいと考えられる。ただし、この点は資料が直接述べているのではなく、推論である。
後肢の同期運動がどこまで後退を妨げるのかは、直接の計測を確認できていない。次の章では、より数値的な報告のある、尾の役割に進む。
3. しっぽは 5ほんめの 足?
3. しっぽは「5本目の足」として進む
3. ペンタペダル歩行 ── 尾の推進力と、前向きの仕事
カンガルーが ゆっくり あるく ときは、しっぽを じめんに つきます。まえ足、しっぽ、うしろ足と、じゅんばんに つかって すすみます。しっぽを 5ほんめの 足として つかう、と いう ことです[2]。
この しっぽは、ただ ささえて いるだけ では ありません。まえに すすむ 力を、まえ足と うしろ足が 出す 力を あわせたのと おなじくらい 出して いると 書かれています[3]。
しかも、その はたらきは、まえへ すすむ ことです。うしろへ もどる ためでは ありません[4]。
ゆっくり あるくのは 大へんで、5メートルより 長く あるく ときは、たちあがって とびはねる、と けんきゅうした 人は せつめい しています[4]。
ゆっくり動くとき、カンガルーはしっぽを地面につきます。前足、しっぽ、後ろ足の順に、しっぽを含めて5本目の足のように使って進みます。この歩き方は「ペンタペダル歩行」と呼ばれます[2]。
2014年の研究の要旨には、しっぽが前足と後ろ足を合わせたのと同じ大きさの、前向きの力を出していると書かれています[3]。ただし、報道記事では「後ろ足1本ぶんほど」という言い方もあり、表現は割れています[4]。本文は、要旨にある言い方を使いました。
さらに研究者は、しっぽの働きは後ろへ進むためではなく、前へ進めるためだと説明しています。5メートルより長く歩く場合は、立ち上がって跳ぶ、とも説明しています[4]。
つまり、ゆっくり歩くときの動き自体が、前へ進むことに向いた作りをしているようです。
O'Connorらの2014年の研究(Biology Letters)は、ゆっくり動くカンガルーが、尾を前肢・後肢と順に地面につく歩き方をすると報告した。尾を5本目の脚として使うため、ペンタペダル(5脚)歩行と呼ばれる[2]。
同じ研究の要旨は、尾が前肢と後肢を合わせたのと同じ大きさの推進力を担うと述べている[3]。一方、ABC Scienceの報道は、後肢1本ぶん程度とも表現しており、言い方に差がある[4]。本文は要旨の表現を採り、原文の該当箇所は未確認である。
研究者は、この尾の働きは前進のためであり、5メートルより長く歩く場合は、立ち上がって跳ぶと説明している[4]。
ゆっくり歩くための動きの側にも、前へ進むための機能が組み込まれていることになる。後退運動の妨げになる可能性は指摘できるが、直接測った結果ではない。
4. とぶと、らくに すすめる
4. 跳ぶ動きは「ばね」で楽をする
4. 跳躍の省エネと、尾・後肢の逆位相運動
とびはねる 動きは、からだの ばねを つかいます。あしの うしろの ひも(けん)が、ばねのように ちからを ためて、かえして くれます[5]。
1975ねんの けいさんでは、ワラビー(カンガルーの 小さな なかま)が ふつうの はやさで とぶとき、4わりほど、ちからを へらせると されました[5]。ただし、これは ワラビーの けいさんで、カンガルー ぜんぶに あてはまる 数では ありません。
はやく とぶ ときは、しっぽの はたらきが かわります。よこはまの 動物園の かたは、うしろ足を うしろへ けるとき しっぽは まえへ、うしろ足を まえへ だすとき しっぽは うしろへ うごくと 書いて います[6]。しっぽが、からだが まえに のめるのを ふせて いるのでは、という 考えも あります。
跳ぶ動きは、アキレス腱などにばねのようにエネルギーをため、次の一歩で返すので、走るよりもエネルギーを節約できます。1975年の計算では、ワラビーが中くらいの速さで跳ぶとき、約4割の節約になると見積もられました[5]。ただし、これはワラビーの計算で、すべてのカンガルーに共通する数字ではありません。
跳ぶ速さが上がると、しっぽは地面から離れます。金沢動物園のブログでは、後ろ足を後ろへ蹴り出すときにしっぽは前へ、後ろ足を前へ出すときにしっぽは後ろへ、という逆向きの動きが紹介されています[6]。しっぽが前のめりを防いでいるのではないか、という考え方も出ています。これは仮説で、確定した結論ではありません。
腱のばねは、前へ跳ぶときに力を返します。
跳躍では、アキレス腱などの弾性腱にエネルギーを蓄え、次の着地で返すため、走行より代謝コストが小さくなる。Alexander & Vernon(1975)は、ワラビーが中程度の速度で跳ぶとき、計算上約40%の節約になると報告した[5]。この値はワラビーの計算値で、カンガルー全般の定数ではない。
高速で跳ぶ際の尾の動きについては、横浜市の金沢動物園の解説が、後肢を後方へ蹴り出すときに尾は前方へ、後肢を前方へ出すときに尾は後方へ動くと紹介している[6]。大きく重い尾が体の前傾(ピッチング)を抑えているのではないか、という研究報告があるとされ、これは仮説として扱うべきだ。
前進する運動が省エネかつ安定するよう作られていることは分かるが、後退運動の難しさを直接示すデータではない。
5. うしろ向きに おりる カンガルーも いる
5. 木の上で暮らす仲間は、後ろ向きにおりられる
5. キノボリカンガルー ── 後肢を独立に動かせる樹上性の近縁種
カンガルーの なかまには、木の 上で くらす キノボリカンガルーが います。
この どうぶつは、あしが みじかくて がっしりして いて、左右を べつべつに うごかせるので、木の みきを うしろ向きに おりる ことが できると いわれます[1]。むかしの なかまが 木の 上で くらして いた ことが、今の うごきに のこって いるそうです。
おなじ カンガルーの なかまでも、くらし方が ちがえば、うごき方も ちがう。うしろへ すすむのが むいているか どうかは、体の つくりと くらし方で きまるようです。
カンガルーの仲間には、木の上で暮らす「キノボリカンガルー」もいます。短くてがっしりした後ろ足を左右別々に動かせるため、木の幹を後ろ向きにおりることが楽にできるといいます[1]。祖先が木の上で暮らしていたことに由来するそうです。
同じカンガルーの仲間でも、後ろ足を別々に動かせる体か、そろえて跳ぶ体かで、後ろ向きの動きは大きく変わるようです。地上の大型カンガルーが後ろへ動きにくいのは、「跳ぶ暮らし」に合わせて体が作られた結果ともいえそうです。ただし、これも解説にもとづく見方で、直接比べた研究を確認したわけではありません。
樹上性のキノボリカンガルー(Dendrolagus属)は、短くがっしりした後肢を独立に動かせるため、樹幹を後ろ向きにおりることができるとされる。祖先が樹上で暮らしていたことに由来する[1]。
地上性の大型カンガルーと樹上性の近縁種で、後肢の動かし方と後退のしやすさが対応している点は、体の作りが暮らし方に合わせて変わることの例として読める。ただし、この比較を直接検証した研究は確認できていない。
6. 国の しるしに なった 「まえに すすむ」
6. オーストラリアの国章と「前進する国」
6. 国章(1912年)── 言い伝えと、後付けの可能性
オーストラリアの 国の しるしには、カンガルーと エミューが、たてを ささえて います。
「どちらも かんたんには うしろへ あるけない。だから、まえへ すすむ 国の しるしだ」と いう せつめいが あります[7]。
でも、ほんとうに そのために えらばれたのかは、はっきり しません。オーストラリアで 目立つ 大きな どうぶつだったから えらばれた、と いう かんがえも あります[7]。
「うしろへ あるけない」と いう ことばは、あとから 使われた いい方かも しれません。
7. じぶんで たしかめて みよう
7. 自分の足で、動物園で、確かめる
7. 出口 ── 体で試す/動物園で見る/原典を読む
おとなと いっしょに、まわりに 人や ものが ない ひろくて たいらな ところで、りょう足を そろえて、その場で ちいさく とんで みましょう。うしろへは とばずに、まえへ とぶのと うしろへ とぶのを、あたまの 中で くらべます。
どちらが やりやすいか、からだが どう うごくか、かんがえて みましょう。
どうぶつえんへ いけたら、カンガルーが とぶ ときの しっぽも 見て みてください。足と しっぽが、どう うごくのでしょうか。
周りに人や物がない広くて平らな場所で、両足をそろえてその場で軽く跳んでみてください。後ろへ跳ぶことは試さず、前へ跳ぶ場合と後ろへ跳ぶ場合を想像して比べます。腕やひざの使い方がどう変わりそうかに注目します。
動物園でカンガルーを見られるなら、跳ぶときのしっぽの動きを見てみてください。後ろ足が前後に動くとき、しっぽはどう動くでしょうか。
原典を読むなら、2014年のBiology Letters論文の要旨が公開されています[2]。英語ですが、要旨は短くまとまっています。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:動物解説サイト、研究論文の要旨2本、報道記事、動物園のブログ、ウィキペディアを使いました。国章の由来は二次資料が中心で、官庁の一次資料は確認できていません。
- Discover Wildlife「Can kangaroos walk – or hop – backwards?」。 https://www.discoverwildlife.com/animal-facts/can-kangaroos-walk-backwards (後ろ足の動き、オスの後ずさり、キノボリカンガルーについて)
- O'Connor et al. (2014) Biology Letters(要旨)。 https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsbl.2014.0381 (ゆっくり動くときのペンタペダル歩行について)
- PubMed「24990111」(Biology Letters 要旨)。 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24990111/ (尾の推進力の大きさについて)
- ABC Science「Kangaroos walk on their tails」(2014年)。 https://www.abc.net.au/science/articles/2014/07/02/4036228.htm (尾は前へ進めるための働きで、5メートルより長いと跳ぶほうが楽という説明について)
- Alexander & Vernon (1975) Journal of Zoology(要旨)。 https://zslpublications.onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1469-7998.1975.tb05983.x (ワラビーが跳ぶときの腱のばねによる省エネの計算について)
- 横浜市金沢動物園 カンガルーブログ「尾と後肢の関係」。 https://www.hama-midorinokyokai.or.jp/zoo/kanazawa/details/post-1991.php (高速で跳ぶときの尾と後ろ足の逆向きの動きについて)
- Wikipedia「Coat of arms of Australia」。 https://en.wikipedia.org/wiki/Coat_of_arms_of_Australia (国章の授与年と、カンガルーとエミューが選ばれた理由の説明について)
なおした ところ
更新履歴
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