このサイトは、ほんの入り口です

ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

丸亀まるがめうちわは、どうして 1本の 竹から できて いるの?

丸亀うちわは、1本の竹から骨と柄ができている ── 竹を裂く作りと金毘羅みやげの由来

1本の竹から柄と骨をとる丸亀うちわ ── 男竹平柄の作りと、四国の材料、参詣みやげから産地へ

分野:歴史・文化

うちわの え と ほねが、ひとつながりの 竹で できて いるのが、丸亀まるがめうちわです。ふとい 竹の さきを、30本いじょうに さいて ほねに します。

どうして そんな つくりに したのでしょう。この きじでは、つくりかたと、むかしの みやげばなしが わかります。

香川県の丸亀うちわは、1本の太い竹の先を細かく裂いて骨にし、根もとをそのまま柄にして作られます。骨と柄を別々に作って付けるのではなく、1本がそのまま骨にも柄にもなっています。

どうして、そんな作りが選ばれたのでしょうか。竹がしなって風がやわらかくなるといわれる理由、材料にまつわる唄、金毘羅参りのみやげだった由来、全国の産地になるまでの道すじが分かります。

丸亀うちわは、男竹おとこだけと呼ばれる1本の太い竹を、骨と平らに削った柄に使う。このため「男竹平柄おとこだけひらえ」ともいわれる[1]。

なぜ、骨と柄を1本の竹でつなぐのか。丈夫さと風の質にどう関わるのか、完成までの47工程とは何か、四国の材料と参詣みやげの由来、全国の約9割という産地の数字をどう読むかが分かる。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ・小学校高学年むけ・中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. うちわの え と ほねは、つながって いるの?

1. 柄と骨はつながっているのか ── 1本の竹の使い方

1. 男竹平柄とは何か ── 骨と柄をつなぐ作り

うちわを、よく 見て みましょう。もつ ところが え、うちわの ほねは 紙の うらに あります。ふつうは べつべつの ざいりょうで つくる ことも あります。

丸亀まるがめうちわは ちがいます。太い 竹を 1本 つかい、さきの ほうは ほそい ほねに なります。もとの ほうは、たいらに けずって えに なります。

つなぎめが ないので、じょうぶで やぶれにくいと いわれます。竹が しなるので、やわらかい かぜが おくれるとも いわれます。

うちわを手に取ると、握る柄と、紙の裏で扇形に広がる骨がつながって見えます。丸亀うちわは、この柄と骨が、本当に1本の竹からできています。

使われるのは、男竹と呼ばれる太い竹です。根もとの側は平らに削って柄に、先の側は細かく裂いて骨にします。この作りから、「男竹平柄」とも呼ばれます[1]。

つなぎ目がないので、丈夫で破れにくく、竹のしなりでやわらかく心地よい風を生むと紹介されています[2]。「風がやわらかい」というのは、測った数値ではなく、作り手側の説明です。では、1本の太い竹から、どうやって細い骨をたくさん作るのでしょうか。

丸亀うちわの最大の特徴は、男竹おとこだけと呼ばれる1本の太い竹が、骨と平らに削った柄になっている点にある。このため「男竹平柄おとこだけひらえ」と呼ばれる[1]。

柄と骨を別々に作って組み合わせるのではなく、1本の竹から両方を取るので、つなぎ目の弱さがなく、丈夫で破れにくい。さらに竹のしなりが働き、やわらかく心地よい風を生んで、仰ぎやすいとされる[2]。ただし「風がやわらかい」は紹介記事の説明であって、測定値ではない。

この作りは、竹の繊維が通る向きをそのまま生かしている。では、太い1本から、薄くしなる骨を何十本も取り出す作業はどう行われるのか。

2. ふとい 竹を、どうやって ほそく さくの?

2. 太い竹を細い骨に裂く ── 切り込みとひねり

2. 木取りから切り込み・ひねりへ ── 竹を骨にする作業

まず、3〜5ねんぐらいの 竹を つかうと いいます。とって きた 竹は、うちわに ちょうどいい はばに、なたで わります。

つぎに、きかいで さきから 30本いじょう、ほそい きりこみを いれます。そして、きりこみの ところを にぎって、ひだりと みぎに ひねります。

すると、竹が ふしの ところまで、おなじ ほそさで さけて いきます。1本の 竹が、おうぎのように ひろがる ほねに なります。

材料は、3〜5年ほど育った真竹だといいます。とってきた竹は、うちわに合う一定の幅になるよう、鉈で割ります。これを木取りと呼びます[3]。

次は骨づくりです。切込機という機械で、穂先から5〜10cmのところまで、細かい切り込みを入れます。切り込みの数は32〜42本で、うちわの種類によって変わります。

切り込みを入れた部分を握って、左右にひねり上げるようにすると、竹は節のところまで、同じ細さで割れていくと説明されています[2]。竹は繊維に沿って縦に裂けやすいので、細くても長い骨が取れるのでしょう。

こうして竹の先が扇のように開くと、骨ができます。では、骨ができたあと、うちわになるまでには何が待っているのでしょうか。

材料は3〜5年物の真竹(真竹まだけ)で、一定の幅に鉈なたで割く(木取り)[3]。

骨の割り出しでは、切込機で穂先から5〜10cmのところまで、32〜42本の切り込みを入れる。この本数はうちわの種類によって異なる範囲で示されている。次に切り込み部分を握り、左右にひねり上げると、節の部分まで同じ細さで竹が割れていく[2]。

刃物で何十本も切り分けるのではなく、切り込みを起点にひねって裂く。だから骨の1本1本が、柄と同じ竹のつながりを保っている。この手順のあと、紙貼りまで何工程が続くのか。

3. ほねが できたら、あとは なにを するの?

3. 骨のあとに待つ作業 ── 全47工程の「骨」と「貼り」

3. 完成まで47工程 ── 「骨」と「貼り」を1人で担う職人もいる

ほねが できても、うちわは まだ できあがりません。ほねに 紙を はり、かわかして、かたちを ととのえます。

ぜんぶで 47の しごとが あると いわれます。いまは、ほとんどの しょくにんさんが、ひとりで ぜんぶを して います。

丸亀まるがめには、しょくにんさんの わざを 見られる ミュージアムも あります。

骨ができたら、次は紙を貼る作業です。丸亀うちわの製作は、大きく「骨」と「貼り」に分かれ、完成まで全部で47の工程があると紹介されています[2]。

竹の選び方、骨の割り出し、紙の貼り付け、天日干しなどが、その中に入っています[3]。ただし47は、細かく分けたときの数え方の1つで、公式に決まった数かどうかは分かりません。

現在では、ほとんどの職人が、この全工程を1人で担っています。丸亀には、骨づくりや紙貼りの技を見学できる丸亀うちわミュージアムもあります[4]。

ところで、竹にも紙にも、どこの材料を使うのでしょうか。それを唄にした人たちがいます。

骨ができても、そこから先がある。工程は大きく「骨」と「貼り」に分かれ、完成までは全47工程と紹介される[2]。竹の選定、骨の割り出し、紙の貼り付け、天日干しなどが含まれる[3]。

47工程という数は、紹介記事が作業を細かく分けて数えたものだ。

現在はほとんどの職人が1人で全工程を担うとされ[2]、丸亀うちわミュージアムでは骨づくりや紙貼りの技と製作工程を見学できる[4]。では、その竹や紙は、どこから来たのか。

4. 竹と 紙と のりは、どこから きた?

4. 竹・紙・糊はどこから ── 四国の材料を詠んだ唄

4. 四国産の材料 ── 唄に残る伊予・土佐・阿波

むかしの うたに、こんな ものが あります。「伊予いよの 竹に、土佐とさの 和紙を はり、阿波あわの のりで あわせれば、讃岐さぬきうちわは、しこく すずしい」。

いまの えひめ、こうち、とくしまの ざいりょうが、つかわれて いたと いいます。かがわの うちわが、四国しこくみんなの おかげで できて いたと わかります。

ただし、竹は いつも えひめの ものとは かぎりません。

「伊予竹に土佐和紙貼りてあわ(阿波)ぐれば讃岐うちわで至極(四国)涼しい」。うちわ作りを詠んだ、こんな唄が伝わっています[2]。

伊予は今の愛媛県、土佐は高知県、阿波は徳島県で、竹、紙、糊をそれぞれ四国の近くから集めたことが分かります。「あわぐれば」と「阿波」、「至極」と「四国」をかけた、言葉遊びにもなっています。

ただし、材料の産地は時代や工房によって違うようです。今の竹は、香川県産の真竹を使う工房の紹介もあります。唄は「昔はこうだった」という手がかりとして読むのがよさそうです。

では、そもそも、なぜ丸亀でうちわが作られるようになったのでしょうか。

材料の産地は、「伊予竹に土佐和紙貼りてあわ(阿波)ぐれば讃岐うちわで至極(四国)涼しい」と唄われた[2]。伊予いよ(愛媛)、土佐とさ(高知)、阿波あわ(徳島)の産物と、讃岐さぬき(香川)の製品という組み合わせで、「阿波ぐれば」と「至極」はそれぞれ地名・四国との掛け言葉になっている。

nippon.comも、愛媛県の竹、高知県の紙、徳島県ののりなど四国産の材料が使われると述べる[1]。ただし、竹がいつも愛媛産だったとは限らない。現在は香川県産の真竹を使う工房の紹介もあり、産地は時代や工房で異なりうる。唄は、過去の一般的な材料の取り方を示す手がかりとして読むのが妥当だろう。

では、なぜ丸亀で、この材料を使ううちわ作りが盛んになったのか。

5. どうして こんぴらさんの おみやげに なったの?

5. 金毘羅参りのおみやげは、なぜうちわだったのか

5. 参詣みやげとしてのうちわ ── 金刀比羅宮と「丸金」印

むかし、金刀比羅宮ことひらぐう(こんぴらさん)に、たくさんの ひとが おまいりに いきました。

みんなで おかねを だしあって、ひとりが おまいりに いく ことも あったそうです。かえりには、かるくて かさばらない うちわが、おみやげに にんきでした。

そのころの うちわは、あかい いろに「丸金」と いう しるしが ついて いたと いいます。てんぐの はうちわに ちなんだ ものです。

丸亀うちわの始まりは、江戸時代の初めに、金刀比羅宮(金毘羅)にお参りした人たちへのみやげとして考えられた、朱色に「丸金」印の渋うちわとされます[3]。天狗の羽団扇にちなんだものといわれます。

当時の金毘羅参りは、みんなで旅費を出し合い、代表の人が参るやり方もあったといわれます。お参り記念のみやげには、軽くてかさばらないうちわが人気を集めたそうです[5]。

ただ、史料での確認までは言えず、「といわれる」の範囲の話です。

うちわが旅のみやげとして定着すると、作る人も必要になります。誰が、その仕事を担ったのでしょうか。

丸亀うちわの起源は、江戸時代初期に金刀比羅宮の参拝みやげとして、朱色に「丸金」印の渋うちわしぶうちわが考案されたことにあるとされる。天狗の羽団扇にちなんだ意匠と説明される[3]。

なぜうちわだったのか。当時の金毘羅参りには、皆で旅費を出し合い、代表者が参るやり方もあり、お参り記念のみやげとして軽くてかさばらないうちわが人気を集めたといわれる[5]。この説明は「といわれる」程度の伝承で、史料での確認までは言えない。

みやげが売れれば、作り手が要る。その担い手になったのが、藩の下級武士だった。

6. さむらいの しごとから、どうして 日本一の さんちに なったの?

6. 武士の内職から全国の産地へ ── うちわ産業の育ち方

6. 内職奨励から伝統的工芸品へ ── 産地の数字の読み方

丸亀まるがめの おとのさまは、くらしの たいへんな さむらいに、うちわ づくりを すすめました。ひまな ときに できる、うちの しごとです。

これが ひろがって、丸亀まるがめは うちわの まちに なりました。いまは、紙や プラスチックの うちわも ふくめると、日本の うちわの 9わりが、丸亀まるがめで つくられると いわれます。

1997ねんには、くにの でんとうてきこうげいひんに えらばれました。

丸亀藩(京極藩)は、下級武士の内職として、うちわ作りを奨励しました。これが地域の主要な産業として発展したと説明されています[3]。

辞典の記述では、丸亀のうちわ工業は江戸時代から日本一で、今も全国のうちわ生産量の約9割を占めるとされています(旅の紹介記事も同じ約9割とします)[6]。ただし、この9割は、紙やプラスチックのうちわも含めた全体の話です。手作りの竹うちわだけの割合ではありません。

ある取材記事は、丸亀の年間生産を約1億6,400万本、プラスチック製と竹製の比を9対1としています[2]。この比のとおりなら、竹製は約1割で、約1,640万本の計算です。単独の記事の数字なので、目安にとどめます。

丸亀うちわは1997(平成9)年に国の伝統的工芸品に指定されました[6]。香川県の公式ページも、国の伝統的工芸品に丸亀うちわ(竹うちわ)が指定されていると示しています[7]。

産業としての出発は、丸亀藩まるがめはん(京極きょうごく藩)が下級武士の内職ないしょくとしてうちわ作りを奨励したことにあり、地域の主要な産業として発展したと紹介される[3]。

辞典の記述は、江戸時代から日本一の生産を誇るうちわ工業が現在も全国のうちわ生産量の9割を占めるとする[6]。旅のトリパも同じ約9割という数字を挙げる[3]。注意したいのは、この9割が紙製・プラスチック製を含む全うちわの話で、手作りの竹うちわの割合ではない点だ。

ある取材記事では、年間生産1億6,400万本、プラスチック製と竹製の比が9対1とされる[2]。竹製は約1割で、計算上は約1,640万本にあたる。この記事は、竹うちわの骨の9割に中国産の輸入が使われ、骨から最終製品までの手作りは数万本に満たないとも述べるが、単独の取材による数字で、断定は避ける。

そうした中で、丸亀うちわは1997(平成9)年に国の伝統的工芸品に指定された[6]。香川県の公式ページは、指定品目に「丸亀うちわ(竹うちわ)」があることを示す。このページには指定年は載っていないため、年は辞典の記述による[7]。

自分でも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

今日できること

おうちや 学校の うちわを 手に とって、ほねと えが つながって いるか、べつべつか 見て みましょう。そして、おなじくらいの はやさで あおいで、かぜの やわらかさを くらべて みます。

出かけてできること

かがわけんに いく ことが あったら、丸亀まるがめうちわミュージアムで、しょくにんさんの わざを 見て みましょう。

こうしきの 情報じょうほう

かがわけんの ホームページに、くにの でんとうてきこうげいひんに ついて のって います。

今日できること

家や学校にあるうちわを2〜3本集めて、柄と骨の境目を見比べてみてください。柄と骨が1本の竹でつながっているものと、別々の材料でできているものがあるかもしれません。同じ強さで仰いで、風の感じも比べてみましょう。

出かけてできること

香川県に行く機会があれば、丸亀うちわミュージアムで、骨づくりや紙貼りの様子を見学できます[4]。

公式情報

香川県の公式ページで、国の伝統的工芸品の制度と、指定されている丸亀うちわの品目を確認できます[7]。

今日できること

手元のうちわを数本比べ、柄と骨が1本の竹でつながっているかどうか、紙の端の骨の見え方を観察する。仰いで、風の当たり方の違いを比べてみると、作り方の違いが風にどう関わるのかを考えるきっかけになる。

出かけてできること

丸亀うちわミュージアムでは、骨づくりや紙貼りの技と製作工程を見学できる[4]。

公式情報

香川県の公式ページ[7]に加え、丸亀うちわミュージアムの案内[4]で見学できる工程を確かめ、本文で読んだ作りと見比べるとよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

作り方と47工程は取材記事・紹介記事を突き合わせた。指定年は辞典の記述による。香川県の公式ページは指定品目の確認に使った。

  1. nippon.com「Japan Glances」丸亀うちわ https://www.nippon.com/ja/japan-glances/jg00138/ (男竹平柄・四国産の材料)
  2. Into JAPAN WARAKU 丸亀うちわ https://intojapanwaraku.com/rock/craft-rock/104065/ (1本の竹・骨の割り出し・47工程・唄・生産の数字)
  3. 近畿日本ツーリスト 旅のトリパ https://www.nta.co.jp/media/tripa/articles/nvfrV (真竹・木取り・金毘羅みやげの由来・内職)
  4. 全国伝統工芸品・地域情報 (GLTJP) https://www.gltjp.com/ja/directory/item/18464/ (丸亀うちわミュージアム)
  5. 旅マガジン tabi-mag(香川) https://tabi-mag.jp/ka0018/ (金毘羅参りと軽いみやげ)
  6. コトバンク「丸亀」 https://kotobank.jp/word/%E4%B8%B8%E4%BA%80-636092 (指定年・全国の約9割)
  7. 香川県 国の伝統的工芸品に関する制度 https://www.pref.kagawa.lg.jp/keiei/jibasangyo/05.html (指定品目)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。