#伝統文化
伝統文化についての「気になる」を集めました。日本に昔から伝わる行事やものづくりのお話です。
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一本の つり竿は、なぜ いろんな 竹を つないで つくるの?
江戸和竿は、一本に見えて、じつは種類のちがう竹を継ぎ合わせた釣り竿。つなぎ目があるのに、なぜガタつかずによくしなるのか。江戸の釣り人の楽しみと、竹を火で真っすぐにする技、継ぎ目の工夫が分かります。
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七五三の 3さいは、ほんとうは 1さいか 2さい?
七五三の「3歳」のお祝いに、満年齢ではまだ1〜2歳の子が行くことがあります。もとが生まれた年を1歳と数える数え年の行事だったからです。なぜずれるのか、自分で計算する式、いまどちらで祝うのかが分かります。
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ビーだまや めんこは、はじめは べつの ものだったの?
「ビー玉のBは不良品のB」という話は、1990年以降の本にしか見当たらず疑わしいとされる。では、ビー玉・めんこ・けん玉はどこから来たのか。ラムネの栓、大人の遊び、外国の玩具が子どもの遊びになった道すじが分かります。
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丸亀うちわは、どうして 1本の 竹から できて いるの?
丸亀うちわは、1本の太い竹の先を細かく裂いて骨にし、根もとをそのまま柄にして作られる。なぜそんな作りなのか。丈夫さと風の話、四国の材料を詠んだ唄、金毘羅参りのみやげだった由来、全国の産地と呼ばれるまでが分かる。
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百人一首の かるたは どうして 「きょうぎ」に なったの?
百人一首の競技かるたのルールをまとめたのは、歌人ではなく新聞を創刊した黒岩涙香だとされる。歌集だったものが、なぜ一対一で取り合う競技になったのか。江戸の歌がるたから明治のルール統一、戦後の全国組織、近江神宮の決定戦までが分かります。
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江戸の 1文は、いまの なんえん? ── ものさしで こたえが かわる
「早起きは三文の徳」の三文は、今のお金で30〜100円ほどといわれます。ところが江戸時代の1両は、何と比べるかで約4万円にも約41万円にもなります。同じお金なのに、なぜここまで答えが動くのか。三貨と寛永通宝、換算の物差しから、その理由が分かります。
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こくほうの えや しょを べつの ばしょへ うつして 見せるのは、1ねんに なんにちまで?
国宝の絵や書には、移動して公開する場合、1年に見せてよい日数の目安(延べ60日以内)があります。見せたいのに、なぜ見せない日をつくるのか。公開日数、展示室の明るさ、空気、虫、修理の面から、博物館が古い物を守るやり方が分かります。
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月餅は、どうして まるいの? ゆうめいな おはなしは ほんとう?
「月餅に密書を隠して元を倒した」という有名な話は、清の末期に作られたものだという説明がある。では月餅はなぜ丸く、「家族がそろう」意味はいつ結びついたのか。南宋の書物、明代の記録、日本の中華街までが分かります。
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くちべにの あかは、はなびらの いろの たった 100ぶんの 1 ── あんぜんな いろは どうやって えらばれたの?
江戸の紅のもと、紅花の花びらは色素の99%が黄色で、赤はわずか1%。その赤を塗り重ねて唇を玉虫色に光らせる化粧が流行しました。では、危険だった化粧の材料と、いまの安全な色はどうつながるのか。紅の赤、白粉の鉛、使える色を国が表で決める制度が分かります。
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はなふだの ふだには、どうして 数字が ないの?
花札には数字も外国の絵もなく、日本の12か月の草木だけが並びます。しかも任天堂は、この花札づくりから始まった会社です。ポルトガルのカードをまねた札が、禁令の時代をくぐって姿を変えたといわれる道すじが分かります。
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正倉院の 紙は、どうして 1300ねんも のこったの? ── 戸籍の うらに かかれた ノート
国内に現存する最古級の戸籍(702年)は、大切に保管されたからではなく、写経所の帳簿の裏紙に使われて残ったと説明されています。では倉は何をしたのか。校倉が「呼吸」していたという説は実測で否定され、文書のある中倉は校倉造ですらありません。裏紙、木の二重の緩衝、人の手入れ、整理の影響から、残った理由が分かります。
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本の 文字の 横の 線の はしに ある 小さな 三角は、なにの あと?
本や新聞の明朝体の横線の端にある小さな三角は、筆が止まって墨がふくらむ形を写したものとされる。手書きの形は、なぜ金属の活字、光で写す写植、パソコンのフォントへと受けつがれたのか。その流れが分かる。
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やねの うらがわは、どうして 2しゅるいの かたちが あるの?
お寺の屋根裏には短い柱が並び、明治の工場の屋根裏には三角形が並ぶ。同じ屋根を支えるのに、なぜ形がちがうのか。長さ140メートルの富岡製糸場の繰糸所を着地点に、日本の大工が外国の三角形を自分のものにしていった道すじが分かります。
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れいぞうこが ない むかし、ふゆの こおりを なつまで とっておけたの?
奈良県には、2月に3000kgの氷を入れて7月まで置く復元氷室があり、氷が17%残った年もある。冷蔵庫のない昔、人は氷室、かつお節、なれずしでどう食べ物を守ったのか。その工夫が分かる。
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えのぐや ニスや 漆は、どうして かわいて かたまるの?
油絵具は、水分が抜けて乾くのではなく、空気中の酸素と反応して固まる。では水彩やアクリル、ニス、漆はどうなのか。蒸発で乾くものと酸素で固まるものの違いが分かります。
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うまれて 2しゅうかんの あかちゃんが 2さいに なる?
12月半ばに生まれた赤ちゃんが、生まれて2週間ほどで「2歳」になる数え方があった。なぜ国は1949年に「やめるよう努めよう」と呼びかけ、それでも厄年には今も残るのか。その理由が分かります。
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いちりづかは、どうして つちの やまに きが はえて いたの?
街道の距離の目印は、石碑ではなく、木を植えた土の山だった。明治には取り壊しの法令まで出たのに、東京・板橋には今も町会が毎月手入れする一里塚がある。なぜ土と木だったのか。木の役目、旅人の使い方、消えた理由と残った例が分かる。
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ぬのの いろは、いとに ついて いるの? ぬのに ついて いるの?
同じ色の糸で織った布は、糸より濃くくすんで見える。結城紬の研究が報告した結果です。染める順番がちがうと、色の出方も作り手の苦労もどう変わるのか。先染めと後染めのちがいが分かります。
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てつは、すこしの すみで、どうして かたく なるの?
鉄1kgに炭素が1円玉4〜5枚ぶん混ざるだけで、鉄は硬い鋼になる。炭素がもっと増えると、今度は割れやすい鋳鉄に。なぜ少しの炭素と冷やし方で性質が変わるのか。日本刀がそれをどう使い分けているのかが分かります。
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年賀状に くじを つけたのは、ひとりの したてやさんだった
お年玉くじ付き年賀はがきを思いついたのは、郵便局の人ではなく、一人の仕立て屋さんでした。本人は「2、3年のこと」と考えていたのに、70年以上続いています。年賀状はいつ、なぜお正月の習慣になったのか。平安時代の手紙、明治の郵便、プリントゴッコとパソコン、そして枚数が約6分の1になった今までが分かります。
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きぬごしとうふは、ほんとうに きぬで こして いるの?
絹ごし豆腐は、絹の布でこして作るわけではないようです。では、なぜ「絹ごし」と呼ばれるのでしょう。木綿豆腐の布目、崩すか崩さないかの作り方の分かれ道、水に入れて売られる理由が分かります。
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ひゃくにん いっしゅは、どうして ひとり いっしゅ なの?
お正月のかるたで読まれる百人一首は、もとは山荘のふすまに貼る色紙の注文だったかもしれません。なぜ「百人から一首ずつ」なのか。選んだとされる藤原定家の下書きらしい本には、百人一首にいる二人がいません。分かっていることと諸説を分けて、かるたと競技かるたまでが分かります。
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尺や 寸は、だれが きめた ながさなの?
尺八の名前は、管の長さ「一尺八寸」そのもの。では尺とは誰がどう決めた長さか。日本の尺は1891年にメートルを使って決め直されました。手の形から生まれた単位が、鯨尺や1959年の取引の一本化を経て、畳や言葉に残るまでが分かります。
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立春は まだ さむいのに、どうして「春」なの?
2026年の立春は2月4日の午前5時2分。まだ真冬の寒さなのに、なぜ「春」なのか。二十四節気が気温ではなく太陽の位置で決まること、決め方が時間の等分から角度の等分へ変わったこと、日本で雑節が加わったことが分かります。
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のこぎりの はのような やねの まちは、どうして できたの? ── きりゅうの おりものの おはなし
群馬県の桐生には、のこぎりの歯のような屋根の織物工場が200棟以上残る。なぜ、この町だけギザギザなのか。北向きの窓、約1300年前の記録、京都から来た高機、町を支えた女性たち、今の伝統工芸士まで、「織都」と呼ばれる町の歩みを資料で読む。
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ふうりんの おとを きくと、どうして すずしい きが するの?
風鈴の音を「涼しい」と感じる人は、約7600人のアンケートで10人に4人ほど。音で涼しく感じるのは本当か、気温は下がるのか。日本の大学の実験や、水の音の研究、VRの実験から、分かっていることと分かっていないことを分けて見ていく。
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うちわは むかし、かおを かくす どうぐ だった?
昔のうちわは、あおぐだけでなく顔をかくしたり日よけにしたり、儀式に使われたりする道具でもあった。夏の庶民の道具になるまでの歩みと、あおぐと涼しくなる理由を、複数の資料でたどる。
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おなじ かみなのに、どうして 1300ねん もつ ものと、ぼろぼろに なる ものが あるの?
正倉院には約1300年前の戸籍が残る一方、洋紙の本は数十年で崩れることがある。和紙が長持ちするといわれる理由を、原料・作り方・酸性度の3つで整理し、洋紙が酸性紙の問題を経て中性紙へ向かった経緯までを資料でたどる。
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能面は うごかない かおなのに、どうして わらったり ないたり して 見えるの?
動かない木の顔が、なぜ笑ったり泣いたりして見えるのか。わずかな傾きと光や影、眉・目・口がばらばらな感情を持つという研究、1ミリにこだわる能面師の言葉をたどる。
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ベルトが なかった むかし、ズボンは どうやって とまって いたの?
ベルトのない時代のズボンは、どう留めていたのか。調べると、「ベルトのない時代」のほうが見つからない。アイスマンの服、中世のひも結び、日本の袴のひもをたどる。
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刀は、刀匠だけで できあがるの?
刀匠が打ち上げた刀は、研師が研いで初めて刃文が見えてくる。飯粒の糊で貼る白鞘、漆を重ねる塗師、柄を巻く柄巻師まで、刀を支える分業をたどる。
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くろい 砂と 炭だけで、どうして 刀の 鉄が できるの? ── たたらの 3日 3ばん
使う材料は、黒い砂鉄と木炭だけ。3昼夜の操業で約2.5トンの鉧ができ、そのうち玉鋼になるのは約1トンとされる。火・風・音を読む村下の判断、鉄が純粋になる理由、炭を焼く後継者までを、資料を突き合わせてたどる。
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あいの はっぱの 山は、どうして あつく なるの? ── すくもづくりの おはなし
積んだ藍の葉に水をかけると、4〜5日で山が65〜70℃になる。その熱を約100日世話して「すくも」をつくる藍師の1年と、吉野川・藩・藍商とともに栄えた阿波藍の歴史を、資料でたどる。
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むかしの 人は、どんな ところで ねて いたの?
ベッドは西洋から来た新しいもの、とは限らない。奈良時代の天皇は、ベッドの上に畳を敷いて寝たとみられる。畳、綿の布団、洋式のベッドへ。日本の寝具の移り変わりを、資料の幅もふくめてたどる。
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西陣織は どうして 京都で さかんに なったの?
京都の「西陣」は、なぜ織物の名前になったのか。都の注文と職人の集まり、応仁の乱のあとの再出発、大火で散った職人、明治にフランスへ渡った3人の話をたどる。
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七五三は、どうして 三さい・五さい・七さいなの?
七五三は、もとは三歳・五歳・七歳の別々のお祝いだった。平安の貴族から江戸の武家や商人、明治以降の庶民へ広まった道すじと、十一月十五日・千歳飴の由来の諸説をたどる。
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むかしの こよみには、なぜ 13ばんめの 月が あったの?
月の満ち欠けで数える旧暦は、1年が季節より約11日短い。放っておくと20年もしないうちに夏至の頃に元日が来る。それを直す「13番目の月」閏月の入れ方、中気という目印、2033年に決め方が行きづまる問題、明治の改暦で消えた閏6月まで、たどる。
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セーラーふくは、なぜ おんなの子の 学校の ふくに なったの?
男の水兵の作業着だったセーラー服が、なぜ女学生の制服になったのか。1920〜21年ごろの京都・名古屋・福岡の学校の動きをたどり、「日本初」がひとつに決まらない理由を見ていく。
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パイプオルガンは どうして おとが 出るの? ストップを ひいても、まだ 鳴らない ふしぎ
ストップを引いても、鍵盤を押さなければ鳴らない。空気をためる風箱、弁、パイプの長さと2種類の管を順にたどる。
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おさらの 絵は、どうして やいても きえないの?
毎日洗っても消えないお皿の青い絵と、いつの間にか薄くなる縁の金色。同じ「焼いた絵」なのに差が出るのは、絵がガラスの下にあるか上にあるかのちがい。焼く温度と絵の具の材料から、その理由をたどる。
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土の おさらは、どうして われずに できるの?
山の土が、練る・乾かす・素焼き・釉薬・本焼きを経て、割れずに水をためられる皿になる。各工程の「割れないための理由」を、博物館や自治体の資料から見ていく。
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今の 刀匠は、どうやって 一人前に なるの?
刀を作り続けるための仕組みは、いまも法律の中に残っている。5年以上の修業、文化庁の研修と製作の承認、材料の玉鋼、現代刀職展での評価まで、美術・伝統工芸として技をつなぐ道すじがある。
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かみは いつ 日本に きたの? 610ねんの 一ぎょう
「紙は610年に伝わった」とよく言われるが、『日本書紀』に書かれているのは「作れる僧が来た」ことまで。年代が確かな現存最古の紙は、廃棄されるはずだった702年の戸籍が写経の帳簿の裏紙になって残ったものだった。
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「ぜんぶ はがね」の ほうちょうは、なぜ われやすい?
和包丁には、鋼だけで作る「本焼き」と、鋼を軟らかい鉄に貼り合わせた「霞」がある。作る途中で割れることもある本焼きが、なぜ作られ続けるのか。日本刀の作り方ともくらべてたどる。
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むかしの こどもは、なにが かわると おとなに なったの?
昔の日本には、頭のかたちと名前を変えて「もう子どもではない」と示す儀式があった。家康の名前の変化から、身分や男女のちがい、今の成人式までをたどる。
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きものから ようふくへ。おとこの ひとと おんなの ひとで、どうして はやさが ちがったの?
1925年の銀座で通る人の服を4日間数えたら、洋服は男性の約3分の2、女性は約1%だった。洋服は礼服と制服から入り、女学生の袴やセーラー服、戦後の洋裁ブームを経て広がる。着物が今も着られる理由まで、複数の資料で読み比べた。
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くろおびの「だん」は、だれが きめたの?
柔道の黒帯や「段位」は、剣術ではなく囲碁・将棋の段位を参考に、講道館を開いた嘉納治五郎が導入した仕組みだった(最初の初段は1883年)。そこから空手・剣道に広がり、日本発の黒帯が海外で色帯という工夫に生まれ変わった経緯をたどる。
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花火は どうして 高い 空で ひらくの? ── 大きい 花火ほど 高く のぼる ひみつ
重さ約10kgの10号玉が、筒の中で押し出され、約300mの高さまで上がる。玉にエンジンはなく、あとは投げ上げたボールのように速さを落として昇る。日本煙火協会の表では、3号は約120m、10号は約300m、40号は約750mで開く。玉の導火線は、高さではなく時間を測って、頂点で開くように長さが決められている。花火会社が測ると、同じ5号玉でも高さは約90mちがった。
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ハロウィンの ランタンは、はじめ カボチャじゃ なかったの?
アイルランドの博物館に、100年以上前のカブのランタンがある。ハロウィンはもともとどこの行事なのか、なぜ仮装するのか、「トリック・オア・トリート」はどこから来たのか、日本にはどう広まったのか、世界のハロウィンは同じなのかを、複数の資料でたどる。「古代ケルトのサウィン祭が起源」という説明を、歴史学者がどう見直しているかにもふれる。
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ふくの いろは、どうして あらっても おちにくいの? ── いろを ぬのに とめる くふうの れきし
洗濯機で白いシャツが赤い靴下の色に染まることがあるのに、服の色はたいてい洗っても残る。色を「つける」ことと「とどめる」ことは別だった。藍、茜、貝紫、コチニール、1856年の偶然の紫まで、染料の歴史を調べたメモ。
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おつきみの おだんごは、なんこ? まるい ものだけ?
江戸時代の記録では、京坂の月見団子は里芋の形で12個、明治末の東京では15個。同じお月見なのに、なぜ数も形もちがうのか。団子より前の主役だったらしい里芋、供え物を持っていってもよかった習わし、ススキの説、外国の中秋の食べ物をたどる。
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お月見の 月は、どうして 夕がた はやい じかんに 出て くるの?
2026年9月25日、東京の月は日の入りの51分前にもう東の空にいた。月の出は毎日約50分ずつ遅れるはずなのに、名月のころは25分ほどしか遅れない。太陽と月の位置関係、月の通り道と地平線の角度、十六夜から更待月までの呼び名、場所による月の出のちがい、時刻の計算のしかたをたどる。
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お月見の 日と、まんまるの 日は、どうして ちがうの?
2026年の中秋の名月は9月25日。月がぴったり満月になる瞬間は、その2日後、27日の午前1時49分にやってくる。名月の日は旧暦の日にちの数え方で決まり、満月は月と太陽の位置関係という一瞬の現象で決まる。2つのものさしの違いと、月の満ち欠けの周期が一定ではない理由、そして中国・韓国・ベトナムのお月見をたどる。
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花火は、どうやって いろいろな 色や 形を 作って いるの?
花火の赤・黄・緑・青は、それぞれ違う金属が燃えたときに出す光の色だ。ナトリウムは黄色、ストロンチウムは深い赤、バリウムは黄緑、銅は青緑、カリウムは淡い紫。そして日本の花火は、ヨーロッパなどで見られる筒型とは違い、球形をしている。玉の中に星を球状に並べることで、どの方向から見ても同じ形に開き、打ち上げの衝撃にも強くなる。1613年、徳川家康が駿府城で見た花火から、今の技術まで。
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おぞうには、なぜ 家に よって ちがうの?
友だちの家に泊まったお正月、出てきたお雑煮に驚いた経験はないだろうか。東日本では角餅とすまし汁、関西や四国の一部では丸餅と白みそというように、お雑煮は地域によって中身がまったく違う。お雑煮の記録は室町時代の1497年の料理書までさかのぼり、もとは新年にやってくる年神様への供え物だったという説がある。餅の形の違いは、江戸の合理性と、西日本の気候によるカビの生えやすさが関係しているとされ、境界線はおよそ糸魚川静岡構造線にあたる。香川県のあん餅雑煮や新潟県の鮭といくらの雑煮など、土地ならではの一杯までをたどった。
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スカジャンの せなかには、なぜ りゅうや とらが いるの?
背中にオリエンタルな刺繍が入った「スカジャン」は、太平洋戦争が終わってまもないころ、横須賀のある町から生まれたとされる。日本に駐留するアメリカ兵たちが、記念にと仕立て屋へ龍や虎の刺繍のジャケットを注文したことから始まったという。名前の由来には「横須賀ジャンパー」説と「スカイドラゴンジャンパー」説の2つがある。群馬県桐生の職人による「横振り刺繍」という技術に支えられ、やがて国内では不良文化の象徴に、そして現在では海外の高級ブランドにも取り入れられる存在になった。
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アロハシャツは、どうやって うまれたの?
ハワイを象徴するアロハシャツの起源には複数の説がある。よく知られているのは、1800年代に農園労働者が着ていた、ヨーロッパの船員の開襟シャツに由来する作業着「パラカ」に由来するという話だ。そこに、ハワイへ渡った日本人が持ちこんだ着物や浴衣の生地が重なり、日本から届いた生地を使ったシャツは遅くとも1920年代には確認されている。「アロハシャツ」という名前が広告に初めて登場したのは1935年。生地の主流はシルク・レーヨン・ポリエステルと移り変わり、いまではハワイの男性のあらたまった装いとしても扱われている。
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ある日、さむらいが 刀を もてなく なった
1876年、明治政府は武士から刀を取り上げる決まりを出した。何百年ものあいだ武士の誇りだった刀を、法律ひとつで手放させたのだ。刀を失った士族のなかには、反発して各地で武器をとり立ち上がる者もいた。神風連の乱、そして西南戦争へ。武士の時代が終わっていく過程をたどった。
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神社の うらの もりは、どうして のこったの?
神社の裏だけ、大きく古い木が残っていることがある。明治政府の神社合祀政策で全国の社寺林が大量に伐採されかけたが、粘菌学者・南方熊楠の反対運動が国を動かした。都市に残る小さな自然の意味をたどった。
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まちの しごとは、どうやって うまれて つづくの?
国内の眼鏡フレームの95%が、人口6万人あまりの福井県鯖江市で作られている。始まりは1905年、雪国の冬の副業だった。新潟県燕市の金属加工も、和釘から洋食器、ステンレスハウスウェアへと姿を変えながら100年以上続いている。
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マハゼは、どうして きれいな あじが するの?
都市の運河や内湾にすむマハゼは、天ぷらにすると驚くほど上品な味がする。手がかりは食性にあった。江戸時代から続く釣りの文化、オスが子育てをして力尽きる1年きりの一生、東京湾の環境変化と復活の取り組み、そして近年広まったルアー釣り「ハゼクラ」までをたどった。
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むかしの「とじほん」は、いつ 今の 本に かわったの?
博物館で古い印刷物の展示を見ると、糸でとじられた「和とじ」の本が並んでいることに気づく。表紙や紙の質感も、今手にしている本とはずいぶん違う。ヨーロッパで巻物から冊子(コデックス)へと形が変わった理由、世界最古の印刷物とされる奈良時代の百万塔陀羅尼、空海が唐から持ち帰った国宝「三十帖冊子」、江戸時代の貸本屋と商業出版、グーテンベルクの活版印刷、そして明治にパターソンという外国人技師が西洋式製本を伝えた記録から、羊皮紙と紙という材料の違いが本の形の違いを生んだ理由までをたどった。
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ピアノは、なにの なかまの がっきなの?
ピアノは弦楽器なのか打楽器なのか。仕組みと歴史、鍵盤が88ある理由、曲が多い理由、チェンバロやオルガンとのちがい、ピアニストの指の速さの研究を、解説と論文の要旨で確かめました。
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ベイブレードは、ベーゴマの なかまなの?
学校でやったベーゴマが、ベイブレードのもとになったって本当? ベーゴマの名前と起源、鋳物の町・川口が一大産地だったこと、「ベーゴマを基礎に」と語る開発者の言葉、1999年発売のベイブレードから最新のBEYBLADE Xまでをたどる。
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けんどうは、どうして たけの かたなを つかうの?
昔の剣術は本物の刀や木刀が基本だった。安全に打ち合うための竹刀と防具はどう生まれたのか。上泉信綱の袋しない、長沼国郷の面と小手、そして江戸を騒がせた「物干し竿」大石進の逸話をたどる。
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ほうちょうは どうして きれるの?
包丁はなぜあんなに切れるのか。刃の薄さと圧力の関係、三徳・出刃・柳刃など形がちがう理由、片刃と両刃のちがい、堺や関の包丁づくりの歴史、そして世界のシェフが日本の包丁を選ぶ理由まで。