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にじ色の おびは、どうして ほそ長かったの? ── ニュートンの 光の じっけん

虹色の帯は、なぜ細長かったのか ── ニュートンが光の研究で見つけたこと

虹色の帯が細長い理由 ── ニュートンのプリズム実験・反射望遠鏡・『光学』(1704年)

分野:技術

万有引力で ゆうめいな ニュートンは、光の けんきゅうも して いました。くらい 部屋で、太陽の 光を ガラスの かたまりに とおすと、かべに にじ色の おびが うつります。

ところが この おびは、まるく なく、はばの 5ばいほども 長かったのです。どうして でしょう。この ふしぎから、ニュートンは 白い 光の しょうたいに せまりました。そのようすが わかります。

万有引力で知られるニュートンは、光の研究者でもありました。暗くした部屋の小さな穴から太陽の光を入れ、ガラスのプリズムに通して壁に映すと、虹色の帯ができます。ニュートンは、その帯の長さが幅の約5倍もあることに驚きました[2]。

丸い光の点が映ると思っていたのに、なぜ細長くなるのでしょうか。この疑問から、白い光は色の混ざりものだという考えにたどり着き、色のにじまない望遠鏡を作り、批判を受けながら『光学』を出版するまでが分かります。

ニュートンは、プリズムで分けた太陽光の像が丸ではなく、幅の約5倍の細長い帯になっていたと報告した[2]。この食いちがいの原因を突きとめる過程で、白色光は単純なものではなく、屈折のしかたが異なる光の混合だという結論に至った[1]。

なぜ、丸のはずの像が細長くなったのか。実験の条件を変えて確かめる手順、それが色収差のない反射望遠鏡の製作につながった経緯、1672年の論文への批判と『光学』(1704年)の出版の遅れまでが、資料から分かる。

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1. まっくらな 部屋で、なにが おきたの?

1. 暗い部屋の穴から入った光が、細長い帯になった

1. 暗室と小さな穴 ── 像が円形にならなかった実験

ニュートンは、まどを ふさいで、部屋を まっくらに しました。そして、まどに 小さな あなを あけ、そこから 入る 太陽の 光に、三角の ガラス(プリズム)を あてました[1]。

ガラスを とおった 光が かべに うつると、赤から むらさきまで、にじの 色が ぜんぶ ならんで いました。

ニュートンが おどろいたのは、かたちです。うつった おびは まるく なくて、ほそ長かったのです。長さは はばの 5ばいほど ありました[2]。

この じっけんは、ペストで 大学が おやすみに なった ころに したと いわれます。年は 1665〜1666年ごろと する 本が あります[1]。

窓に開けた小さな穴

ニュートンは、部屋の窓を完全に暗くして、小さな穴をあけました。穴から入る一本の光の筋の先に、プリズムを置きます[1]。

壁に映ったのは、虹の色がすべて並んだ帯でした。ただし、ニュートンが気にしたのは色の数ではなく、形です。穴は小さな丸なのに、映った像は丸でなく、長さが幅の約5倍の細長い形をしていたのです[2]。

この実験は、ペストの流行でケンブリッジ大学が閉まっていた時期に行われたとされます。年は資料によって1664〜1666年と幅があり、1665〜1666年ごろと書く本もあります[3][1]。

この実験の設定は、窓を完全に暗くし、小さな穴から入る太陽光をプリズムで遮るように置き、壁に像を映すというものだった[1]。像には虹の全色が並んだが、予想外だったのは形である。ニュートン自身の記述では、色のついた像の長さは幅のおよそ5倍だった[2]。

実験の時期は、ペストでケンブリッジ大学が閉鎖された時期とされる。ただし1664年とする資料[3]と、1665〜1666年とする資料[1]があり、年を一つに絞らず幅で書く。

2. どうして ほそ長く なったの?

2. 細長くなった理由は、色ごとに曲がり方がちがうから

2. 屈折の度合いのちがいと、白色光の混合説

ニュートンの こたえは、「色ごとに、光の まがる ぐあいが ちがう」でした[1]。

赤い 光は あまり まがらず、むらさきの 光は よく まがります。だから 光が ガラスを でると、色ごとに すこしずつ ちがう ほうへ すすみ、かべでは ほそ長い おびに なります。

ガラスの あつさや あなの 大きさを かえても、けっかは おなじでした[1]。そこで ニュートンは、太陽の 光は、いろいろな 色の 光が まざった ものだと かんがえました。

ガラスが色をつけるのではない

当時は、色は白い光が変化したものだと考えられていました。ガラスなどを通ると、光が色づくという見方です。アリストテレスからデカルトまで、そう考えた人がいたとされます[1]。

ニュートンは逆に考えました。光は色ごとに曲がる度合い(屈折の度合い)がちがい、そのせいで像が細長くなる、という説明です[1]。プリズムの厚さや穴の大きさなどを変えても結果は同じだったので、太陽の光そのものが、さまざまな色の光の混ざりものだという結論になりました[1]。

当時の通念では、色は白色光が変質して生じるもので、プリズムが光に色を与えると見なされた[1]。ニュートンは逆に、色ごとに屈折の度合いが異なるため像が引き延ばされる、と説明した[1]。

この解釈は、プリズムの厚さや穴の大きさなどの条件を変えても同じ結果が得られたことで支えられた[1]。そのため白色光は単純な要素ではなく、複数の色の光が混ざった不均質なものだと結論づけられた[1]。

3. 色が にじまない ぼうえんきょうは つくれる?

3. ニュートンは色のにじまない望遠鏡を作った

3. 色収差を避ける反射望遠鏡(1668年・1671年)

光が 色ごとに まがるなら、こまる ものが あります。ガラスの レンズを つかった 望遠鏡ぼうえんきょうです。のぞくと、ものの まわりに 色の にじみが 出ます[5]。

ニュートンは、これを なおすのは むずかしいと かんがえました。そこで、レンズの かわりに 鏡かがみで 光を あつめる 望遠鏡ぼうえんきょうを 作りました[5]。鏡かがみで 光を あつめる しくみなら、レンズの ときのような 色の にじみを おさえられます。

1つめは 1668年に できました。1671年に 作った 2ごうきは、いまも イギリスの 王立協会おうりつきょうかいに のこって います[4]。長さは 20センチほど。それでも 30〜40ばいに 大きく 見えたと いわれます。

レンズの望遠鏡の悩み

レンズを使う望遠鏡は、色によって光の曲がり方がちがうため、像のまわりに色のにじみ(色収差)が出ます。ニュートンはこの問題を直しにくいものと考え、レンズのかわりに鏡で光を集める反射望遠鏡を作りました[5]。ただし、今のレンズ望遠鏡は色収差を直す工夫がされていて、これは当時の考え方です。

手作りの望遠鏡

最初の反射望遠鏡は1668年に完成しました。1671年に作った2号機が王立協会に残っています[4]。鏡は、銅とスズなどの合金でできていました[5]。

2号機は、2本の筒が入れ子になって焦点を合わせる形です。長さは約20cmで、倍率は約30倍とも約40倍ともされ、資料で食いちがいます[3][5]。

屈折望遠鏡では、色ごとの屈折率の差による色収差が避けにくい。EBSCOの解説によれば、この色収差は球面収差よりはるかに大きな問題だった[5]。ニュートンはこれを直しにくいと考え、鏡で集光する反射望遠鏡を作った。ただし現在のレンズ設計では色収差は補正できるので、これは当時の判断として読む必要がある。

初号機は1668年に完成し、現存するのは1671年に作られた2号機である[4]。鏡は銅とスズなどの合金製だった[5]。2号機は二重の筒で焦点を合わせる構造で、全長は約20cm。倍率は約30倍(Canon)[3]と約40倍(EBSCO)[5]で資料が割れる。

4. 手紙を 出したら、どう なったの?

4. 論文を出すと、批判が返ってきた

4. 1672年の論文と、フックらからの批判

ニュートンは 1672年2月19日の 手紙で、プリズムの 実験じっけんの ことを 王立協会おうりつきょうかいに つたえました。これが、協会きょうかいの 雑誌ざっしに のった 最初さいしょの ろんぶんです[2]。

すると、ロバート・フックなど 何人かから、「その 考えは おかしい」と いう 声が 出ました[6]。

ニュートンは、人前で こたえました。でも 5月には、「もう 新しい ろんぶんは おくらない」と 書くほど、つかれて しまいました[6]。

最初の論文

ニュートンは、1672年2月19日付の手紙『光と色についての新しい理論』に、三角形のプリズムで色の現象を試したことを書きました。この手紙は王立協会の雑誌に載り、これが彼の最初の論文になりました[2]。

批判を受け、ニュートンは反論した

この論文に対して、ロバート・フックらから批判が出ました[6]。ニュートンは公開で反論しましたが、5月には、新しい論文を送らないという決意を書いています[6]。この論争のあとも、ニュートンは『光学』で、実験と理屈で光を示す方針を述べました[7]。

1672年2月19日付の手紙『光と色についての新しい理論』は、プリズムを入手して色の現象を試した経緯を述べる。この手紙は王立協会のPhilosophical Transactionsに載り、彼の最初の論文となった[2]。

論文にはロバート・フックらが異論を唱えた。フックは私的にも、ニュートンの理論を退けた[6]。ニュートンは公開で反論し、5月には新しい論文を送らない決意を書いた[6]。この論争のあとも、ニュートンは『光学』で、実験と理屈で光を示す方針を述べた[7]。

5. 本に まとめるまで、どれくらい かかったの?

5. 『光学』は1704年に出版された

5. 『光学』(1704年)── 仮説でなく、理屈と実験で示す

ニュートンは、光の 本『光学こうがく』を、1704年に 出しました[3]。1672年の ろんぶんから、30年ほど たって います。

本の はじめに、「あらそいに まきこまれたく ないので、出すのを おくらせた」と 書いて います[7]。

この 本の ほうしんは、「光の せいしつを、思いつきで 説明せつめいせず、りくつと じっけんで しめす」ことです[7]。白い 光が 色の まざりものである ことや、色を まぜると 白に もどる ことも、じっけんで しめされて います[3]。

出版が遅れたわけ

『光学』が出版されたのは1704年です[3]。ニュートンは序文で、議論に巻きこまれないように、印刷を遅らせてきたと書いています[7]。1672年の論文から30年以上の時間があります。

仮説ではなく、理屈と実験で

同じ序文には、この本の狙いも書かれています。光の性質を仮説で説明するのではなく、理屈と実験で示し、証明することです[7]。本の中では、白い光が色の混合であること、色を混ぜると白に戻ること、物の色が表面の反射のしかたに関係することなどが、実験で示されたとされます[3]。

『光学』は1704年に出版された[3]。序文でニュートンは、議論に巻きこまれることを避けるため、印刷を延ばしてきたと述べる[7]。

序文はまた、本書の方針を「光の性質を仮説で説明するのではなく、理屈と実験で提示し証明すること」と述べる[7]。日本語の解説は、白色光が色の混合であること、色を混ぜると白に戻ること、物体の色が表面での反射のしかたで決まることが実験で示されたとまとめる[3]。

6. 光の おびを、見て みよう

6. 光の帯を、自分の目で確かめる

6. 出口 ── 観察の道すじと、読む資料

はれた 日に、カーテンを しめて 部屋を くらく します。すきまから 入る 細い 光を、水を 入れた すきとおる コップに あてて、白い 紙に うつして みましょう。うまく いくと、うすい 色の おびが 見えます。

おびは、まるいですか。ほそ長いですか。おびの 形や 色の ならびを 見て みましょう。見えなくても、光の 入り方を 少し かえて ためせます。

あぶないので、太陽を 直せつ 見ては いけません。コップは 大人と 一しょに 持ちましょう。

晴れた日に、カーテンを閉めて部屋を暗くし、すきまから入る細い光を、水を入れた透明なコップに当てて、白い紙に映してみましょう。条件によっては、淡い色の帯が見えることがあります。

帯の形や色の並びを見てみましょう。見えなくても、光の入り方を少し変えて試せます。ニュートンが見たのと同じ形になるかどうかは、窓の穴やコップの形で変わります。

安全のため、太陽を直接見ないこと、コップは大人と一緒に扱うことを守ってください。

もっと読みたくなったら、ニュートンの『光学』の序文[7]や、Museo Galileoのプリズム実験の解説[1]を開いてみてください。

観察するなら、晴れた日にカーテンを閉めた部屋で、すきまの細い光を水入りの透明なコップに通し、白い紙に映す。見える色の帯が細長いか、色の並びはどうかを記録する。像の形は、すきまの幅とコップの形に左右されるので、ニュートンの実験とは条件が異なる。太陽は直接見ず、コップは大人と扱う。

資料を読むなら、プリズム実験の概要は Museo Galileo[1]、1672年の論文は Cambridge University Press の Newton: Philosophical Writings 所収の記述[2]、望遠鏡の現物は Royal Society のコレクション[4]、論争の背景は Edward Worth Library[6]、『光学』序文は Project Gutenberg[7]で読める。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:博物館の解説、ケンブリッジ大学出版局の書籍、王立協会の資料、解説サイト、『光学』の電子版を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. Museo Galileo, Prism experiment。https://catalogue.museogalileo.it/multimedia/PrismExperimentBis.html (プリズム実験の手順、色ごとの屈折のちがい、白色光が混合であるという結論について)
  2. Newton, New Theory about Light and Colors (Cambridge University Press, Newton: Philosophical Writings 所収)。https://www.cambridge.org/core/books/abs/newton-philosophical-writings/new-theory-about-light-and-colours/5C5D23762FA64A202E8908E93AC6BA1B (1672年の論文と、帯の長さが幅の約5倍だったことについて)
  3. キヤノン サイエンスラボ・キッズ「アイザック・ニュートン」。https://global.canon/ja/technology/kids/history/06_isaac_newton.html (実験の時期、望遠鏡の大きさと倍率、『光学』の出版年について。解説サイト)
  4. Royal Society Picture Library, Newton's reflecting telescope。https://pictures.royalsociety.org/image-rs-8461 (1671年に作られた2号機について)
  5. EBSCO Research Starters, Newton's Reflecting Telescope。https://www.ebsco.com/research-starters/history/newtons-reflecting-telescope (色収差と反射望遠鏡、鏡の材料について。解説資料)
  6. Edward Worth Library, Newton and Hooke。https://newton.edwardworthlibrary.ie/Debating-Newton/Newton-and-Hooke (1672年の論文への批判と、ニュートンの反応について)
  7. Newton, Opticks (Project Gutenberg)。https://www.gutenberg.org/cache/epub/33504/pg33504.txt (『光学』の序文にある、出版を遅らせた理由と本の方針について)

なおした ところ

更新履歴

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