1. たかい ところの とけいは、はやく すすむ?
1. 高いところの時計は、なぜ速く進むのか
1. 重力の強さと時間の進み ── 高い場所の時計はなぜ速いか
おおきな ほしや ちきゅうには、ものを ひっぱる ちからが あります。これが じゅうりょくです。
この ちからが つよい ところでは、じかんが ゆっくり すすむ と、アインシュタインの そうたいせいりろんは いいます。つまり、ひくい ところの とけいは ゆっくり、たかい ところの とけいは すこし はやく すすむのです[1]。
ちきゅうの うえでは、かいだんの したと うえでも、じゅうりょくの つよさは ほんの すこし ちがいます。だから ちがいは あるのですが、とても ちいさくて、ふつうの とけいでは まったく わかりません。
一般相対性理論によると、重力が強い場所ほど、時間の進みは遅くなります。地上の低い場所に置いた時計は、高い場所に置いた時計に比べて、ゆっくり進むことになります[1]。
地球の重力は、地面から離れるほど、ほんの少しずつ弱くなります。階段の下と上でも、重力の強さは本当は同じではありません。そのため、同じ作りの時計を高さを変えて置くと、進み方にごくわずかな差が出る、と考えられています。
ただし、この差はとても小さいので、身のまわりの時計で気づくことはまずありません。小さな差をどうやって見分けるのかが、次の問いになります。
一般相対性理論は、重力が強い場所では時間の進みが遅くなると予言する。このため、地上の低い場所にある時計は、高い場所にある時計よりゆっくり進む[1]。
地球の重力は高さとともにわずかに弱まるから、同じ時計を高さを変えて置けば、進み方に差が出るはずである。ところが、その差は地上の高さの範囲ではきわめて小さい。たとえば高さが1cm違うとき、時計の進み方が変わる割合は、およそ 重力加速度×高さ÷光速の2乗 で見積もれる。9.8×0.01÷(3.0×108)2 ≒ 1.1×10-18 となり、これは「割合」であって、秒の差ではない[2]。
1.1×10-18 は、約1京分の1.1という小ささだ。では、それを読み取れる時計は存在するのか。
2. その ちいさな ちがいを、どうやって みるの?
2. 1cmの差を見分ける、光格子時計という時計
2. 1cmの差を読み取る時計 ── 光格子時計と「魔法波長」
それを みつけられる とけいが、ひかりこうし とけいです。2001ねんに、かとりひでとしさんが かんがえました[2]。
この とけいは、とても つめたく ひやした げんしを、ひかりの あみ(こうし)に つかまえます。げんしは、およそ 100まん こ です。その げんしが すいこむ ひかりの ゆれの かずを はかって、1びょうを きめます[2]。
この とけいは、100おく ねんに 1びょうしか ずれない くらい せいかくだと いわれます[7]。1センチの ちがいが、この とけいの せいかくさに ちかい ちいささなのです。
光格子時計は、2001年に香取秀俊さんが提案した時計です。極低温まで冷やし、光でできた格子に捕まえた、およそ100万個の原子が吸収する光の周波数を測り、1秒を決めます[2]。
原子をたくさん使うのは、平均すると測定のばらつきが小さくなるからだと説明されます。そして、光で原子を閉じ込めること自体が、周波数をずらしてしまう心配がありました。そこで、閉じ込めによる光のずれを小さくできる「魔法波長」という特別な波長のレーザー光が使われます[2]。
光格子時計の精度は、約100億年に1秒のずれにあたる18桁です[7]。100億年は約3×1017秒なので、ずれの割合はおよそ3×10-18です。1cmの高さの差による変化は約1.1×10-18で、ほぼ同じ大きさです。時計の精度が、高さ1cmの差に届いている、というわけです。
光格子時計は、2001年に香取秀俊が提案した。極低温に冷やして光の格子に捕らえた約100万個の原子について、その吸収周波数を測り、1秒を定める[2]。
問題は、原子を光で閉じ込めると、その光自身が原子の吸収周波数をずらしてしまうこと(光シフト)である。これを避けるために選ばれるのが「魔法波長」で、この波長のレーザー光なら、閉じ込めによるずれを小さく抑えられる。魔法波長は原子の種類ごとに決まる特別な波長である[2]。
そのおかげで、精度は18桁(約100億年に1秒のずれに相当)に達した[7]。100億年を秒に直すと約3×1017秒、ずれの割合は約3×10-18だ。前章の1cmあたりの変化、約1.1×10-18と同じ桁にあり、高さ1cmの差が、時計の測定範囲に入ってくる。理論上の差が、初めて測定の対象になったと読める。
残る問いは、研究室の外で、本当に高さの違いを確かめられるのかということだ。
3. スカイツリーに とけいを もっていって みた
3. 研究室を出て、東京スカイツリーへ
3. 東京スカイツリーの実験 ── 可搬型光格子時計で、標高差450mを検証する
2020ねん4がつ、けんきゅうの チームが、とうきょうスカイツリーに とけいを もちこみました。いちばん したの かいと、450メートル うえの てんぼうだいに、ひとつずつ おいたのです[3]。
もちはこべる とけいは、1へん 60センチほどの はこに はいって います[8]。
けっか、てんぼうだいの とけいは、じめんに ちかい とけいより、はやく すすみました。この ちがいを、ちりの ちずを つくる くにの ひょうこうと くらべて、そうたいせいりろんの よげんに あうかを たしかめました[3]。
けいさんすると、てんぼうだいの とけいは、1にちで 4ナノびょう ほど はやく すすみます。1ナノびょうは、10おくぶんの 1びょうです。
2020年4月、東京大学と理化学研究所などの研究チームは、東京スカイツリーの地上階と、地上450mの展望台に、可搬型の光格子時計を1台ずつ置きました。実験室の外でも使えることを示すため、時計は1辺約60cmの磁気シールドの箱に収められ、運び出されました[3][8]。
2つの時計の進み方の差を、国土地理院が測った標高差と比べることで、一般相対性理論の予言を、衛星を使った従来の実験に迫る精度で確かめることに成功したと報告されています[3]。
ここで、差の大きさを計算してみます。1cmあたり約1.1×10-18の割合なので、約450mなら、その4万5千倍で約5×10-14です。1日(86400秒)にかけると、約4×10-9秒、つまり1日あたり約4ナノ秒です。これは筆者の計算値で、測定値ではありません。
4ナノ秒は、10億分の4秒です。それでも、18桁の時計ならとらえられる大きさだ、ということです。
2020年4月、東京大学・理化学研究所などのチームは、東京スカイツリーの地上階と、地上450mの展望台に、18桁の精度の可搬型光格子時計を置いた。時計は1辺約60cmの磁気シールドの箱に収められ、実験室の外でも測れることを示すために運ばれた[3][8]。
2台の進み方の差を、国土地理院が測定した標高差と比較し、一般相対性理論を従来の衛星実験に迫る精度で検証した。ここで「迫る」と書くのは、精度が衛星実験を上回ったとまでは言えないからだ[3][4]。
従来の宇宙実験は、原子時計を衛星やロケットに載せ、約1万kmの高低差で行われた。スカイツリーの実験は、その1万倍以上小さい高低差で、同等の検証を可能にした[4]。高さの差が小さい分、実験が地上で、はるかに手軽にできることになる。
差の大きさも見積もれる。1cmあたり約1.1×10-18なので、約450mではその4.5万倍の約5×10-14となる。これに1日の86400秒をかけると約4.3×10-9秒、つまり1日あたり約4ナノ秒だ。これは筆者による計算値で、実測の値ではない。
4. 1ミリまで ちいさく しても、わかった
4. 高さ1mmの差でも、時計の進みは変わっていた
4. さらに小さな尺度へ ── 1mmの原子の雲の中の周波数のずれ
それから 2022ねんに、アメリカの チームが、もっと ちいさな ちがいを しらべました。
やく10まんこの、とても ひやした ストロンチウムの げんしを、パンケーキを つみかさねた ような かたちに ならべます。その あつさは、1ミリほどです[5]。
そのなかで、うえの げんしと したの げんしでも、とけいの すすみかたが ちがって いました。1ミリの たかさでも、じかんの ちがいが みえたのです[5]。
2022年には、米国のJILA(ジュン・イェさんらの研究チーム)が、さらに小さな規模で同じことを確かめました。使ったのは、約10万個の超低温のストロンチウム原子です。光のレーザーで作った、パンケーキを積み重ねたような形の格子に、原子を並べました[5]。
この積み重ねの全体は、1mm程度の範囲におさまります。その中で、上の層の原子と下の層の原子とで、周波数に高さによるずれが出ることを、測っています。原子の雲の中でも、時計の進み方が高さで変わることが見えた、と報告されています[5]。
1cmの差が約1.1×10-18なので、1mmの差は、その10分の1の約1.1×10-19のはずです。スカイツリーは「地上のビルの高さ」、この実験は「原子の雲の厚さ」で、同じ考え方が、これほど違う大きさで使えたことになります。
スカイツリーの実験から2年後の2022年、米国のJILA(ジュン・イェらのグループ)は、スケールをさらに縮めた。約10万個の超低温ストロンチウム原子を、レーザー光で作った「積み重ねたパンケーキ」の形の光格子に閉じ込め、1mm程度の範囲の中で、高さによる周波数のずれを測った[5]。
1cmあたりの変化が約1.1×10-18だから、1mmでは約1.1×10-19と見積もれる。この桁のずれを、1つの原子の雲の中で読み取れる精度に、時計が達したと報告されている[5]。
高さの違いは、東京スカイツリーの450mから、原子の雲の中の1mmへと、約45万分の1に縮んだ。ところが、ずれの向きも原因も同じ、重力の強さの違いである。たくさんの原子を一度に使う光格子時計だからこそ、1つの雲の中に時計の「目盛り」を何層も作れた、と読める。
では、これほど正確な時計は、何の役に立つのか。
5. とけいが「たかさの ものさし」に なる
5. 時計が、高さを測る「ものさし」になる
5. 光格子時計は高さを測る道具になり、秒の再定義の候補にもなる
たかさで じかんが ずれるなら、とけいが とても せいかくな とき、とけいを くらべて たかさの ちがいを しらべる てがかりに なります。とけいが、たかさの ものさしに なるのです[7]。
これを つかうと、じめんが なんセンチか うごく へんかを みまもれるかも しれないと、きたいされています[7]。
また、いまの 1びょうの きめかたを、この とけいに かえる はなしも あります。2030ねんに みなおす よていで、ひかりこうし とけいは その こうほです[6]。
高さで時間がずれるなら、時計の精度が十分なら、時計を比べて2つの場所の重力の差、つまり高さの差を調べる手がかりになります。これを「相対論的測地」と呼び、地面(地殻)の数cmの上下変化を見守るなどの応用が期待されています[7]。
水準測量や衛星を使った従来の測り方とは別の方法で、高さの変化を確かめる手段が増えるかもしれません。ただし、まだ研究の段階で、期待という言い方にとどまります。
もう1つの話題は、1秒の決め方です。国際度量衡総会は2030年に「秒」の再定義を予定しており、いまのセシウム原子時計に代わる候補に、光格子時計が挙がっています[6]。光格子時計が採用と決まったわけではなく、あくまで候補です。
時計の進みが高さで変わるなら、2台の時計を比べるだけで、2地点の重力ポテンシャルの差、すなわち高さの差を読み取れる。この発想が相対論的測地であり、地面(地殻)の数cmの上下変化を見守る応用が期待されている。これは「期待」の段階であり、実用化はこれからの課題だ[7]。
従来の高さの測定は水準測量や衛星測位に頼ってきた。時計による方法は、それらとは物理の原理が別なので、結果を突き合わせて互いに確かめられる点にも意味がある、と考えられる。
もう1つの関連する動きが、秒の再定義だ。国際度量衡総会は2030年に再定義を予定しており、セシウム原子時計に代わる候補に光格子時計が挙がる。セシウム原子時計に比べて100倍以上の高精度を誇るとされるが、採用が決まったわけではない[6]。
6. たかさの ちがいを、じぶんで けいさんして みよう
6. 身近な高さで、時間の差を見積もる
6. 身近な高さで、時計のずれを見積もる
1センチの ちがいは、1京ぶんの 1ほどの、とても ちいさな わりあいでした。
高さが 10ばいに なれば、ずれも 10ばいです。10センチなら 10ばい、1メートルなら 100ばいに なります。かいだんの 1だんが 20センチだとして、10だん のぼれば、2メートルです。さあ、その うえの とけいは、どれくらい ずれるでしょう。かんがえて みましょう。
もっと しりたく なったら、りかがくけんきゅうしょの サイトで、スカイツリーの じっけんの はなしが よめます[3]。
電卓があれば、自分で計算できます。差の割合は、重力加速度(9.8)×高さ(m)÷光速の2乗(9×1016)で見積もれます。たとえばマンションの3階と1階の高さの差を約6mとすると、9.8×6÷(9×1016)で約6.5×10-16です。1日(86400秒)にかけると、約5.6×10-11秒、つまり約0.06ナノ秒です。
自分の家の、2階と1階の差ではどうなるでしょう。高さを変えて計算して、「高さが2倍なら差も2倍」になることを、確かめてみてください。この式は、高さの差が地球の大きさに比べて十分小さいときの近似です[2]。
身近な高さで見積もってみると、感覚がつかめる。割合は gh/c2(g=9.8m/s2、c=3.0×108m/s)で、高さ6m(マンションの1階と3階ほど)なら約6.5×10-16。1日で約5.6×10-11秒、約0.06ナノ秒だ。これは小さな高さの差に限った近似で、筆者の計算値であって測定値ではない。
同じ式で、スカイツリーの約450mを計算すると約4ナノ秒、1mmなら約1.1×10-19になる。3つを並べれば、時計に求められる精度が、どのくらい桁違いかが分かる。
原典に当たるなら、スカイツリーの実験は理研のプレスリリース[3]、光格子時計と魔法波長は香取プロジェクトの特集[2]が日本語で読める。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:理化学研究所とJSTの発表、NISTのニュース、報道記事を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- 理化学研究所 プレスリリース(2019年1月)光格子時計による相対論的測地。https://www.riken.jp/press/2019/20190118_2/index.html (重力と時間の進み方の関係について)
- JST ERATO 香取プロジェクト 特集。https://www.jst.go.jp/erato/katori/feature.html (光格子時計の考え方、魔法波長、1cmの高さの違いについて)
- 理化学研究所 プレスリリース(2020年4月7日)東京スカイツリーでの検証。https://www.riken.jp/press/2020/20200407_2/index.html (スカイツリーでの実験の内容について)
- PC Watch 記事(光格子時計とスカイツリーの実験)。https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/1245777.html (従来の宇宙実験との高低差の比較について。報道)
- NIST ニュース(2022年)JILA atomic clocks measure Einstein's general relativity at millimeter scale。https://www.nist.gov/news-events/news/2022/02/jila-atomic-clocks-measure-einsteins-general-relativity-millimeter-scale (1mmの範囲での測定について。英語)
- JST サイエンスポータル(2024年12月)秒の再定義。https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20241211_n01/ (2030年の再定義の予定と、候補について)
- JST 報道発表(2020年4月7日)可搬型光格子時計。https://www.jst.go.jp/pr/announce/20200407/index.html (18桁の精度と、時計で高さを測る応用について)
- RIKEN It Ain't Magic 紹介記事(Ultraprecise clocks and the Tokyo Skytree)。https://itaintmagic.riken.jp/hot-off-the-press/ultraprecise-clocks-and-the-tokyo-skytree-verify-einsteins-theory-of-relativity/ (可搬型時計の箱の大きさについて。英語)
なおした ところ
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