1. ロボットの みせなのに「AIでは ありません」
1. 「私たちはAIではありません」── 日本橋のロボットカフェ
1. 「私たちはAIではありません」── 分身ロボットカフェDAWNと、上手すぎる接客
とうきょうの 日本ばしに、ロボットが はたらく カフェが あります。テーブルで お話しする ロボットと、のみものを はこぶ ロボットが います[2]。
でも、この ロボットは AIでは ありません。とおくに いる 人が、パソコンなどで うごかして います[2]。この 人を「パイロット」と よびます。ロボットは、パイロットの「ぶんしん」です。
ふしぎな はなしが あります。ロボットを うごかす 人が とても じょうずに はなしたら、おきゃくさんに「AIなの?」と きかれた ことが ありました、と つくった 吉藤さんは いいます[4]。人が はなして いるのに、人だと 思われませんでした。
とおくから ロボットを うごかす はなしは、コンビニの ロボットにも あります(コンビニの うらの ロボットの メモ)。こちらの カフェでは、うごかす 人が おきゃくさんと はなす しごとを して います。どうして こんな ロボットを つくったのでしょう。まず、つくった 人の はなしを きいて みましょう。
東京・日本橋に、分身ロボットカフェ「DAWN ver.β」があります。2021年6月に、常設の実験店として開かれました[2]。テーブルで注文を聞いて話す「OriHime」と、飲み物を運ぶ「OriHime-D」の2種類のロボットが働いています[2]。
どちらも、遠く離れた場所の人が操作します。操作する人は「パイロット」と呼ばれます。難病や重度の障害、子育てなど、さまざまな理由で外出が難しい人が、自宅などから接客をします[2]。開店のときは50人でした。2023年7月には60人を超え[1]、いまの公式サイトは「80名を超える」と書いています[3]。
この店を作ったオリィ研究所の吉藤オリィさんは、こんな経験を話しています。接客の仕事をしていた人にOriHimeを操作してもらったら、あまりに接客が完璧で、お客さんに「AIなの?」「録音された音声なの?」と聞かれました[4]。別のインタビューでは、ロボットを通した会話は「完璧すぎると中の人の存在を消してしまう」、少し拙いくらいが人間味があって人気がある、とも話しています[5]。
配膳のOriHime-Dには、絶対にぶつからない仕組みも入れられますが、あえて入れていないといいます。周りがはらはらして見守り、うまくすれ違えると、店内に拍手が起こります[4]。
遠くの人が動かすロボットは、コンビニの陳列ロボットにもあります。あちらは、ロボットに任せる「作業」を切り出す話でした(コンビニの裏のロボットのメモ)。このカフェでは、動かす人が接客の主役になります。「ロボットの向こうに人がいる」と名乗る店は、何のために作られたのでしょうか。作った人の話から聞いてみます。
東京・日本橋の分身ロボットカフェ「DAWN ver.β」は、オリィ研究所が運営する常設の実験店だ。2021年6月21日の発表では、50人のパイロットが参加するとされた[2]。パイロットは、難病や重度の障害、子育てなど、さまざまな理由で外出が難しい人で、自宅などからロボットを遠隔操作して接客する。テーブルでお客さんと話す「OriHime」と、飲み物などを運ぶ「OriHime-D」の2種類がある[2]。
人数は増えてきた。2023年7月の公式noteには「60名を超える」パイロットが働いていると書かれ[1]、現在の公式サイトには「80名を超える」とある[3](2026年9月27日に閲覧)。公式noteを書くパイロットの自己紹介には、「体調に合わせて働ける喜び」「マイペースに働けることに感謝」といった言葉が並ぶ[1]。
題名の「私たちはAIではありません」は、この店の性格をよく表す。吉藤オリィさん(オリィ研究所の代表)は2023年の取材で、接客の仕事をしていた人にOriHimeを操作してもらったところ、あまりに完璧な接客で、お客さんに「AIなの?」「録音されている音声なの?」と聞かれたと話した[4]。2024年のインタビューでは、ロボットを介したコミュニケーションは「完璧すぎると中の人の存在を消してしまう」ので、少し拙いくらいのほうが人間味があって人気がある、と述べている[5]。
配膳のOriHime-Dには、絶対にぶつからないシステムを入れることもできるが、あえて入れていない。周りがはらはらしながら見守り、うまくすれ違えたときには店内で拍手が起こる。吉藤さんはこれを「失敗を価値にできる瞬間」と呼んでいる[4]。
遠隔操作のロボットは、コンビニの陳列ロボットにもある。あちらは「作業」を切り出してロボットに任せ、想定外のところを遠くの人が受け持つ話だった(コンビニの裏のロボットのメモ)。このカフェでは、遠くの人が接客の主役として働く。「ロボットの向こうに人がいる」と名乗る店を作った人は、なぜこのロボットを作ろうと思ったのか。作った人の話から聞く。
2. すごい 車いすより、ざぶとんが ほしい
2. 高性能な車いすより、座布団がほしい ── 作った人が気づいたこと
2. 「ローラー付きの座布団が欲しい」── 吉藤健太朗さんが孤独に気づくまでと、OriHimeの誕生
ぶんしんロボットを つくったのは、吉藤健太朗さんです。「オリィ」と いう 名前でも しられて います。
吉藤さんは、小学5年生から 中学2年生ごろまで、3年から 3年半ぐらい 学校に 行けない ときが ありました。なん年かは、しりょうに よって すこし ちがいます[6][7]。その ころ、おりがみが すきで、そこから プログラミングや ロボットにも きょうみが ひろがった、と 話して います[6]。
高校の ころ、吉藤さんは 電動の 車いすの あたらしい しくみを つくる しごとに かかわりました。すると、あるおばあさんに、すごい ものより、ローラーの ついた ざぶとんの ほうが ほしいわ、と いわれました。吉藤さんは、とても ショックだった そうです[6]。
それから、車いすを つかう 人や おとしよりの 話を きく ように なりました。すると、たくさんの 人が「ひとりぼっち」の きもちを かかえて いる ことに 気づきました。「学校に 行けなかった ときの じぶんと おなじ だった」と 吉藤さんは いいます[6]。
そこで つくったのが、ぶんしんロボット「OriHime」です。2010ねんに うまれました[9]。さいしょに つかって もらったのは、入院して いる 子でした。つぎは、その 子が つかった ようすを 見て みましょう。
OriHimeを作ったのは、吉藤健太朗さん(通称オリィ)です。小学5年から中学2年ごろまで、学校に行けない時期がありました。期間は、資料によって約3年間[6]とも約3年半[7]ともされます。当時を支えたのは創作折り紙で、そこからプログラミングやロボットにも興味が広がった、と早稲田大学の広報記事で語っています[6]。
転機のひとつは、高校時代に関わった電動車椅子への一言でした。あるおばあさんに「そんな高性能なものよりも、手軽に使えるローラー付きの座布団が欲しいわ」と言われ、とてもショックだったといいます[6]。作った側がすごいと思うものと、使う人が欲しいものは、同じとは限りません。
その言葉をきっかけに、車椅子を使う人やお年寄りの話に耳を傾けるようになると、多くの人が「孤独感」を抱えていることに気づきました。「不登校に悩んでいたときの自分と一緒でした」と吉藤さんは語ります[6]。孤独感とは、「誰ともつながりを感じられず、この世界に自分の居場所はないと思ってしまう状態」だと説明しています[8]。
そこで作られたのが、遠くにいても自分の分身として使えるロボット、OriHimeです。2010年に生まれ[9]、2012年に吉藤さんの研究室が会社(オリィ研究所)になりました[9]。効果を確かめるために、入院している子どもにテストで使ってもらいました。使い方は、家にいる家族と遠隔で話すことです。1週間の予定でしたが、その子は「もっと使いたい」と言い、退院まで使い続けました[6]。
OriHimeの顔は、特定の誰かには似せていません。吉藤さんは「私がつくりたかったのは『もう一人の自分』であって、人にそっくりな別の誰かではない」と話します[8]。次は、その子どもが使った様子と、学校での使われ方を見ます。
OriHimeを作ったのは、吉藤健太朗さん(通称オリィ)だ。小学5年から中学2年ごろまで、学校に行けない時期があった。期間は、早稲田大学の広報記事では「約3年間」[6]、別のインタビュー記事では「約3年半」[7]とされている。当時の孤独を埋めてくれたのは創作折り紙で、そこからプログラミングやロボットにも興味が広がった、と語っている[6]。
不登校のあとに入った工業高校で、吉藤さんは電動車椅子の新しい仕組みの発明に関わり、2004年の高校生科学技術チャレンジ(JSEC)で文部科学大臣賞を受賞した。ところが、ある高齢の女性に「そんな高性能なものよりも、手軽に使えるローラー付きの座布団が欲しいわ」と言われ、とてもショックだったという[6]。作った側の「高性能」と、使う人の欲しいものは、必ずしも重ならない。
この言葉がきっかけで、吉藤さんは車椅子を使う人や高齢者の話に耳を傾けるようになり、多くの人が「孤独感」を抱えていることに気づいた。「不登校に悩んでいたときの自分と一緒でした」と語っている[6]。孤独感は「誰ともつながりを感じられず、この世界に自分の居場所はないと思ってしまう状態」で[8]、吉藤さんは、孤独は「移動」「対話」「役割」という3つの障害を克服することで解消できるだろうと考えている[7]。
OriHimeはオリィ研究所の年表で2010年に生まれ、2012年9月に会社として登記された[9]。早稲田大学の記事によれば、2011年の国際ロボット展にも1号機が展示された[6]。効果を確かめる実験では、入院している子どもに、家にいる家族と遠隔で話すために使ってもらった。1週間の予定だった利用は、その子が「もっと使いたい」と言って退院まで続き、吉藤さんは「人生で一番うれしかった瞬間かもしれません」と振り返っている[6]。
顔のデザインにも考えがある。吉藤さんは「私がつくりたかったのは『もう一人の自分』であって、人にそっくりな別の誰かではないんです」と話し、誰にも似ていないほうが違和感がなく、背格好や顔かたちの情報はむしろ邪魔になる、と説明する[8]。OriHime-Dの顔は能面をモチーフにしていて、個性は表さず、人らしさは表せるからだと、2020年の論文にある[10]。次は、この「分身」が学校に行った例を見る。
3. きょうしつに いる、のは だれ?
3. 病室の子が、教室にいる ── OriHimeが学校へ行った
3. 病室から教室へ ── 「用がない会話」と、ビデオ通話とのちがい
小学6年生の Aくんは、入院して いました。たいいんの あとの 3月に、まえの 学校の そつぎょう式に 出る ことに なりました。でも、ながく 学校に 行って いなかった ので、「みんなに わすれられて いるかも」と しんぱいでした[11]。
そこで、びょうしつの ベッドの そばから タブレットで OriHimeを うごかして、まえの 学校の じゅぎょうに 出ました。クラスの みんなは、さいしょ「ほんとうに Aくんなの?」と びっくりしました[11]。
休み時間には、みんなが かわるがわる OriHimeに 話しかけました。「手を あげて」「こっち むいて」と たのんで、あそびました[11]。テレビ電話は、ようじが ある ときに つかう ことが おおいです。OriHimeは、ようじが ない おしゃべりが できる ところが ちがう、と 吉藤さんは 考えて います[12]。
ただし ほんとうは、これは Aくん 1人の れいです。すべての 子に あう とは かぎりません。
ベネッセこども基金は、2015年6月から、入院中の子どもが学校とつながる取り組みを進めてきました。2018年7月の記事に、小学6年のAくんの例が出ています[11]。
Aくんは入院して、特別支援学校の訪問学級に通っていました。退院後の3月に、前の学校の卒業式に出ることが決まったが、長く通っていなかったので「みんなに忘れられているのでは」と不安でした。先生が「OriHimeに前の学校へ行ってもらっては?」と提案し、Aくんは「やってみる!」と前向きになりました。病室から前の学校の授業に、OriHimeで参加しました[11]。
クラスメートは最初、「本当にAくんなの?」と驚きましたが、授業中は落ち着いて受けました。休み時間には、かわるがわるOriHimeを通してAくんに話しかけ、「手をあげて」「こっち向いて」と頼んで遊びました。放課後に何か言いかけた子が「やっぱり今度学校で話すよ」と言い、直接会うのを楽しみにする様子もありました[11]。
授業でなく休み時間に話しかけたことが、大事なところだと思います。吉藤さんは、電話やテレビ電話は用事があるときにしか使わない、と指摘しています。学校でいえば、用があるのは授業中、用がないのは休み時間や放課後で、「用がないコミュニケーション、日常にこそ価値がある」といいます[12]。
茨城県でも、2019年10月から11月に、友部東特別支援学校で試行がありました。県立こども病院の病室の児童がOriHimeを操作し、教室の授業に参加しました[13]。日本の教育委員会の担当者は、机にパソコンが1台あるだけだと、まわりの子は画面の向こうに子どもがいると気づかない、OriHimeなら首を動かしたり手を挙げたりして「そこにいる」と感じさせられる、という趣旨の話をしています[14]。
ただし、これは特定の子の例と、聞き取りの一部です。次の章では、この会話から生まれたカフェの話に進みます。
ベネッセこども基金は、2015年6月から入院中の子どもが学校とつながる取り組みを始め、2016年度からは東京都内の特別支援学校4校と組んでいる[11]。2018年7月の記事に、小学6年のAくんの例がある[11]。
Aくんは、入院で特別支援学校の訪問学級に通っていた。退院後の3月に、前の学校の卒業式に出ることが決まったが、長く通っていなかったので「みんなに忘れられているのでは」と不安になった。先生たちは「OriHimeに前の学校へ行ってもらっては?」と提案し、Aくんは「やってみる!」と前向きになった。病室のベッドサイドでタブレットを使ってOriHimeを操作し、卒業式までのあいだ、前の学校の授業に参加した[11]。
クラスメートは最初「本当にAくんなの?」と興味津々だったが、授業中は、本当にAくんが着席しているかのように落ち着いて受けていた。休み時間になると、かわるがわるOriHimeを通してAくんに話しかけ、「手をあげて」「こっち向いて」と頼んで楽しんだ。放課後に何か言いかけた子が「やっぱり今度学校で話すよ」と言い、直接会うのを楽しみにする様子も見られた。母親からは「OriHimeのおかげで学校に行くモチベーションが上がったみたい」という礼の言葉が、先生に届いた[11]。
この事例が、ビデオ通話との違いを考えるヒントになる。吉藤さんは2018年のインタビューで、電話やテレビ電話は用事があるときにしか使わない、と述べた。学校なら、用があるコミュニケーションは授業中、用がないコミュニケーションは休み時間や放課後で、「用がないコミュニケーション、日常にこそ価値がある」という主張だ[12]。Aくんの例で、クラスメートが「手をあげて」と頼んで遊んだのは、まさに用のない会話だった。
茨城県では、2019年10月7日から11月7日まで、友部東特別支援学校で試行があった。県立こども病院の病室にいる児童がOriHimeを操作し、教室の授業に参加した。同校は県内5つの病院で院内学級を開いていて、それまではタブレットで遠隔授業をしていた[13]。
学校側の見方は、独立の研究者による論文にある。ドイツ日本研究所のSpodenさんと東京大学のEmaさんは、日本で11人(教育委員会や学校などの関係者ら)に2023年1〜3月に聞き取りをした。教育委員会の担当者は、教室の机にパソコンが1台あるだけだと、まわりの子は画面の向こうに子どもがいると気づかないが、OriHimeなら時々首を動かしたり手を挙げたりして存在を感じさせられ、復学したときに長く離れていた感じになりにくい、という趣旨を語っている[14]。ただし、これは一人の担当者の見方で、個々の事例の一部にすぎない。次は、この分身ロボットの発想がカフェに広がった経緯を見る。
4. 「そんな からだ、つくってよ」
4. 「そんな身体をつくってよ」── 友人との会話から生まれたカフェ
4. 「そんな身体をつくってよ」── 番田雄太さんとの会話から、OriHime-Dとカフェへ(2013〜2021年)
カフェの はなしは、吉藤さんと 友だちの 番田さんの おしゃべりから うまれました。
番田さんは、首から 下を うごかせませんでした。それでも パソコンを あごで うごかして、吉藤さんの 会社で 秘書の しごとを して いました[15]。
2016ねん。吉藤さんが、じょうだんで いいました。「たまには コーヒーでも いれてくれよ」。番田さんは、わらって こたえました。「いいよ。じゃあ、そんな からだ、つくってよ」[15]。
吉藤さんは、その ことばを きいて「それだ!」と 思いました。とおくから からだを うごかす ロボット「OriHime-D」の しごとが はじまりました[15][16]。番田さんは、カフェが できる まえに なくなりました[16]。番田さんの ことは、吉藤さん じしんが 書いた note に くわしく 出て います[15]。
2018ねん、10人の パイロットが はたらく カフェが、2しゅうかん ひらかれました[10]。
カフェの構想は、学校とは別の会話から生まれました。2013年12月、OriHimeを開発していた吉藤さんに、番田雄太さんがFacebookでメッセージを送ってきました。番田さんは首から下を動かせず、顎でパソコンを高速に操作していました。2015年夏からは、オリィ研究所の契約社員になり、肩書は「広報兼秘書」でした[15]。
2016年、吉藤さんが「まるで私が番田の秘書みたいだよな。たまには珈琲でも淹れてくれよ」といつもの軽口で言うと、番田さんは「いいよ。じゃあ、そんな身体つくってよ(笑)」と返しました。吉藤さんは、その瞬間に「それだ!」と思ったと書いています[15]。ここから、遠くから体を動かす仕事を可能にするロボット、OriHime-Dの開発が始まりました[16]。
吉藤さんの説明では、考え方は「肉体労働をテレワークする」というものです。ほとんど体を動かせない人が、いきなりオフィスワークをするのは難しいです。学生がアルバイトで社会と接点を持って成長するように、まずは体を使う仕事から段階的に、と考えました[5]。もうひとつの中心は「役割」です。ロボットで移動が叶っても、役割がなければコミュニケーションは生まれない、と話しています[4]。
番田さんは、カフェが開く前の2017年に、28歳で亡くなりました[15][16]。番田さんとの出会いや会話は、吉藤さん自身のnoteに詳しく書かれています[15]。カフェの実験は、2018年11月に東京・赤坂の日本財団ビルで始まり、2019年10月に大手町で第2回が開かれ、2021年6月に日本橋で常設になりました[9]。
2018年の実験では、10人のパイロットが2週間(平日10日間)働きました。ALS(筋萎縮性側索硬化症)や脊髄損傷などのある人で、目の動きで操作する人、手や顎でマウスを使う人がいました。勤務は、体調に合わせて組まれました[10]。
カフェの構想は、学校とは別の会話から生まれた。2013年12月、OriHimeを開発していた吉藤さんのもとに、番田雄太さんがFacebookでメッセージを送ってきたことから交流が始まった。番田さんは首から下の感覚がなく動かせず、顎でパソコンを高速に操作して、毎日メッセージをやりとりした。2015年夏からはオリィ研究所の契約社員となり、肩書は「広報兼秘書」になった[15]。4歳のときに頸髄を損傷したと、クラウドファンディングのページにある[16]。
2016年、吉藤さんが「まるで私が番田の秘書みたいだよな。たまには珈琲でも淹れてくれよ」といつもの軽口で言うと、番田さんは「いいよ。じゃあ、そんな身体つくってよ(笑)」と返した。吉藤さんは、その瞬間に「それだ!」と思ったと書いている[15]。ここから、遠くから体を動かす仕事を可能にするロボット、OriHime-Dの開発が始まった[16]。
2020年の論文によると、OriHime-Dは高さ1,180mm、重さ20kg、最高速度は時速0.72km。6歳の子どもの平均身長を想定した大きさで、顔は能面をモチーフにしている[10]。時速0.72kmは秒速20cmで、大人の歩く速さよりずっとゆっくりだ。
吉藤さんは、考え方の中心を「肉体労働をテレワークする」と説明する。体をほとんど動かせない人が、まったく働いた経験のないままオフィスワークをするのは容易ではない。学生がアルバイトで社会との接点を持ち、人との交流で成長するように、ほとんど体を動かせない人も、まず体を使う仕事から段階的にステップアップできたらよい、という発想だ[5]。もうひとつの中心は「役割」で、吉藤さんは、ロボットで移動が叶っても役割がなければコミュニケーションは生まれない、と話している[4]。番田さんは、カフェが開く前の2017年に、28歳で亡くなった[15][16]。番田さんとの出会いや会話は、吉藤さん自身のnoteに詳しく書かれているので、気になる人はそちらを読んでほしい[15]。
実験は、2018年11月26日〜30日と12月3日〜7日(平日10日間)、東京・港区の日本財団ビル1階で開かれた。1回60分の枠で、パイロットは10人(男女5人ずつ)。ALS、脊髄性筋萎縮症、脊髄損傷などのある人で、3人が視線入力、5人が手でマウス、2人が顎でマウスを使って操作した。勤務は体調に合わせたシフトで、人によって日数と時間が違った[10]。第2回は2019年10月に大手町で、常設店は2021年6月に日本橋で始まった[9]。
5. どんな ところで はたらいて いるの?
5. 教室、カフェ、受付、展望室 ── 分身ロボットが働く場所
5. 教室・カフェ・受付・展望室 ── 分身ロボットが働く場所と、「移動・対話・役割」
OriHimeが はたらく ところは、カフェだけ では ありません。
東京の 都ちょうの てんぼうしつ でも、パイロットが おうちから、あそびに きた 人に あんないを して います[17]。
会社の うけつけでも はたらきました。2020ねん、NTTの 本社の うけつけに OriHime-Dが 入って、4人の パイロットが こうたいで はたらきました[18]。
パイロットの 1人は、からだの ぐあいに あわせて はたらく 時間を かえられる ところが、しごとを つづけやすく して いる、と 話して います[17]。吉藤さんは、ひとりぼっちの きもちは「いどう」「おしゃべり」「やくわり」の 3つの じゃまを こえると へらせる、と 考えて います。ぶんしんロボットは、その ための どうぐ です[7]。
分身ロボットは、教室とカフェのほかにも働いています。東京都庁の南展望室(第一本庁舎45階)では、東京都から事業を受けたオリィ研究所のOriHimeを使い、外出が難しい重度障害のある人が自宅から観光客の案内をしています[17]。
企業の受付でも使われました。NTTは2020年7月1日、東京・大手町の本社14階の受付で、障害のある人が遠隔操作するOriHime-Dの正式な運用を始めました。会議室への案内や来客への対応をし、4人がシフトで担当しました[18]。
東京都のページで紹介されているパイロットは、体調に合わせて勤務時間や頻度を調整できることが、仕事を続けやすくしていると話します[17]。
吉藤さんは、孤独は「移動」「対話」「役割」の3つの障害を克服することで解消できるだろうと考えていて、分身ロボットはそのための道具です[7]。この3つに当てはめると、教室では「対話」、カフェや受付では「役割」の場面が見えてきます。ただし、これは作った人の考え方と、この記事の読み方です。次の章では、外の研究者の報告を読みます。
分身ロボットは、教室とカフェのほかにも働いている。東京都福祉局の重度障害者就労サポートのページによると、オリィ研究所は都から支援事業を受託し、都庁南展望室(第一本庁舎45階)で、OriHimeを使った案内業務をしている。外出が難しい重度障害のある人が、自宅からパイロットとして観光客に案内をする。ページで紹介されているパイロットは、体調に合わせて勤務時間や頻度を調整できることが、仕事を続けやすくしていると話している[17]。
企業の受付の例では、NTTが2020年7月1日、東京・大手町の本社14階の受付で、障害のある人が遠隔操作するOriHime-Dの正式な運用を始めた。会議室への案内や来客の問い合わせ対応を担当し、パイロットは4人で、シフトで働いた。導入の目的には、障害のある人の就労と、コロナ禍での職員の感染リスクを減らすことが挙げられていた[18]。
2018年の実験カフェは、1回60分の枠のうち、パイロットの実働が55分になるように組まれていた。1日4回で、パイロットはシフトを組んで働いた[10]。吉藤さんは2024年のインタビューで、カフェで働くパイロットが接客のスキルを身につけ、チームリーダーやマネジメントの仕事へ進んだり、ほかの会社に就職して在宅勤務に挑戦したりする人も出てきた、と話している[5]。
吉藤さんは、孤独は「移動」「対話」「役割」という3つの障害を克服することで解消できるだろうと考え、分身ロボットをそのための道具と位置づけている[7]。ここまでの例を当てはめると、教室は「対話」(用のない会話を含む)、カフェや受付、展望室は「役割」の場面として読める。枠組みは吉藤さんのもので、どの例がどれに当たるかはこの記事での読み方だ。実際にどこまで当てはまるかは、外の研究者の報告も読んで判断したほうがいい。次の章で読む。
6. いい ことだけ では ない
6. うまくいかないこともある ── 研究者が書いた注意点
6. 万能ではない ── 独立の研究が書いた限界と、パイロット自身の評価のちがい
ぶんしんロボットには、うまく いかない ことも あります。
学校の 研究では、学校の ネットが よわくて、つうしんが とぎれる ことが ありました[14]。ロボットを かりる おかねも かかります。ニュースでは、ロボットと きかいを 3か月 かりると 13万6000円、と 書かれて います[14]。
ドイツの れいでは、クラスに なじめて いなかった 子の ロボットが、ほかの 子に 見えない ように ふさがれたり、かべの ほうを むけられたり した ことも ありました。ロボットを つかう ときは、まわりの 人の きもちも たいせつです、と 研究者は 書いて います[14]。
パイロットの 1人1人にも、かんじかたが ちがいます。2018ねんの じっけんでは、「やりがいが あった」と いう しつもんで 2てんを つけた 人が 1人 いました(5てん まんてん)[10]。ぶんしんロボットは、みんなに ぴったり あう ものでは ありません。
2024年の論文で、ドイツ日本研究所のSpodenさんと東京大学のEmaさんは、ドイツと日本の学校で分身ロボットが使われた例を、関係者19人への聞き取りから調べました。ドイツではノルウェーの会社のAV1、日本ではOriHimeが使われていました[14]。
日本の学校で起きた問題として、ネットワークが弱い学校で通信が何度も途切れたことが挙げられています。費用の面では、報道によると、OriHimeとマイクなどを3か月借りると13万6000円かかります[14]。
ドイツの例では、クラスになじめていなかった子のアバターが、先生の見ていないときに、ほかの子に視界をふさがれたり壁に向けられたりしました。また、病院の担当者は、不安の強い子やうつ状態の子では、ロボットを使うことでかえって「行きたくない」気持ちが強まるかもしれない、と心配していました[14]。論文は、クラスの人間関係がよいほど分身ロボットは役立つ、と書いています[14]。
カフェで働く人の側から見た研究もあります。7人のパイロットへの聞き取りで、量産のロボットは、障害を知らせたくなければ知らせずにいられる一方、その人らしさは後ろに隠れる、という結果が出ました。そこで、その人だけの「見た目」を作ってロボットと組み合わせたところ、個性が前に出ました[19]。この研究には、オリィ研究所の人も著者に入っています。
パイロットの評価も一様ではありません。2018年の実験のあとで、10人中9人が答えたアンケートでは、5段階の平均が全項目で4以上でした。ただし「やりがい」「自己実現」の項目で、2をつけた人が1人ずついました。論文は、人によって仕事を選べることが必要だ、と書いています[10]。
2024年の論文で、ドイツ日本研究所のSpodenさんと東京大学のEmaさんは、ドイツと日本の学校で分身ロボットが使われた例を調べた。ドイツの関係者8人(2022年8〜12月)と、日本の教育委員会や学校の関係者11人(2023年1〜3月)、あわせて19人への聞き取りだ。ドイツではノルウェーの会社のAV1、日本ではOriHimeが使われている。生徒本人ではなく、導入する側の意見を集めた研究である[14]。
日本の事例では、ネットワーク環境が悪い学校で通信が何度も途切れたことが報告されている。OriHimeは購入ができず、貸し出しだけだった。報道では、OriHimeとマイクなどを3か月借りるのに13万6000円かかるとされる。費用は、教育関係の財団が支援するプロジェクトか、県や学校の予算でまかなわれていた[14]。
ドイツの事例には、次のような報告がある。クラスになじめていなかった生徒のアバターが、教師が見ていないときに、ほかの生徒に視界をふさがれたり壁に向けられたりした。クラスになじめていなかった生徒には、アバターでつながることに関心がなかった人もいた。また、ドイツの病院の担当者は、不安障害やうつ状態の子どもでは、回避や引きこもりの症状をアバターがかえって強めないか、慎重に考える必要があると述べた[14]。分身ロボットの効果は、クラスの人間関係や先生・保護者の理解に左右される、というのが論文の見方だ。
カフェで働く人の側から見た研究もある。Hatadaらは、DAWNで働く7人へ継続的に聞き取りをした。量産のロボットは、障害を知らせたくなければ知らせずにいられるが、その人のアイデンティティは「後ろに退く」。これに対して、身体の制約を受けずに作った自分だけの仮想アバターは、個性を前に出した。両方を組み合わせると、たがいに補い合った、という結論だ[19]。著者にはオリィ研究所の人も含まれる。
2018年の実験の評価も、一様ではない。実験のあと、10人中9人が答えたアンケートでは、5段階の平均が全項目で4以上だった。ただし「やりがい」と「自己実現」の項目には、それぞれ2をつけた人が1人いた。論文はこの点から、パイロットが自分の能力に合わせて仕事を選べることが次の課題だと書いている。ただし、この論文は吉藤さん自身が著者に入っていて、10人という小さな規模の報告だ[10]。
7. じぶんでも しらべて みたく なったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
7. 自分でも調べてみたくなったら
もし、ぶんしんロボットで 1日だけ はたらけるとしたら、どんな しごとを して みたいですか? どうして、その しごとに しましたか?
ロボットを うごかして いる 人の ことばを 読むなら、DAWNの noteに「パイロットインタビュー」が あります[1]。おうちの 人と いっしょに さがして みましょう。
同じOriHimeの話でも、書く人の立場で見え方が変わります。吉藤さんのインタビューや公式noteは、作った側や働く側の言葉です。SpodenさんとEmaさんの論文は、学校の担当者から聞き取った、外の研究者の報告です。読み比べて、「うまくいかなかったこと」が多く書かれているのはどちらか、探してみてください。論文は英語だが、無料で読めます[14]。
パイロット本人の言葉を読むなら、DAWN公式noteに、パイロットどうしが聞き手になったインタビューが第10弾まで載っています[1]。
そして、ひとつの問い。分身ロボットで1日だけ働けるなら、行きたい場所ではなく、そこでする「役割」を先に決めるとしたら、何にしますか。
この記事で使った情報には、作った側の言葉(吉藤さんのインタビューや記事、クラウドファンディングのページ、論文の一部)と、外の立場の記録(Spoden・Emaの論文、教育や行政や企業の発表、報道)が混ざっている。同じOriHimeの話で、どこが同じで、どこが違うか。「うまくいかなかったこと」が書いてあるのはどちらか。読み比べると、書き手の立場による見え方の違いが分かる。Spoden・Emaの論文は、PMCで無料で読める(英語)[14]。
パイロット本人の言葉は、DAWN公式noteの「パイロットインタビュー」が第10弾まで載っている。聞き手もパイロットだ[1]。カフェには実際に行くこともできる。営業日や料金は公式サイトで確かめられる[3]。
もうひとつ、考えてみたいこと。吉藤さんは、ロボットで移動が叶っても、役割がなければコミュニケーションは生まれないと言う。分身ロボットで1日だけ働けるとしたら、行く場所より先に、そこでの「役割」を何にするか。その役割で、誰からどんな「ありがとう」を受け取るだろうか。
しらべた ところ
参考にした情報源
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出典について:DAWN公式サイト・公式note、CAMPFIRE、吉藤さん自身の note は、作った側や働く側の発信です。PC Watch、WORK MILL、リクルート、J-POWER、岡村製作所、教育家庭新聞、先生の学校は報道やインタビュー記事、早稲田ウィークリーは大学の広報記事、ベネッセこども基金は財団の記事、東京都は行政のページ、NTT は企業の発表です。Spoden と Ema の論文は、DAWNを運営する会社と関係のない研究者による英語の論文で、Takeuchi らの論文と Hatada らの論文は、オリィ研究所の人が著者に入っている英語の論文です。
- 分身ロボットカフェ DAWN ver.β 公式note「【私たちはAIではありません】 DAWN公式note 始まります!」(2023年7月7日)。 https://note.com/dawn2021/n/n006361e0caa2 (題名、遠隔操作の人が動かすロボットであること、パイロット60名超、パイロットの自己紹介、パイロットインタビューの企画)
- PC Watch「「分身ロボットカフェDAWN ver.β」常設実験店が日本橋に誕生」(2021年6月22日)。 https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/1333009.html (6月21日の発表、50人のパイロット、OriHimeとOriHime-Dの役割、パイロットの説明)
- 分身ロボットカフェ DAWN ver.β 公式サイト。 https://dawn2021.orylab.com/ (パイロット「80名を超える」という記述、2026年9月27日に閲覧)
- WORK MILL「完璧じゃないからコミュニケーションが生まれる。吉藤オリィさんが分身ロボットカフェで見つけた失敗を価値にする方法」(2023年10月31日、吉藤さんへのインタビュー)。 https://workmill.jp/jp/webzine/dawncafe-orihime-20231031/ (接客が完璧すぎて「AIなの?」と聞かれた話、あえてぶつからない仕組みを入れないこと、「役割」の話)
- リクルート「失敗もエンタメになる? 吉藤オリィが語る「分身ロボットカフェ」スタートから2年の現在地」(2024年1月19日)。 https://www.recruit.co.jp/blog/guesttalk/20240119_4418.html (「完璧すぎると中の人の存在を消してしまう」、「肉体労働をテレワークする」という発想、カフェで働いた人の進路)
- 早稲田ウィークリー「オリィ吉藤健太朗 分身ロボット開発のヒントは早稲田にあり」(2021年4月1日、インタビュー構成)。 https://www.waseda.jp/inst/weekly/news/2021/04/01/84618/ (不登校の期間と創作折り紙、電動車椅子と座布団の話、孤独感への気づき、入院中の子どもによるOriHimeのテスト運用)
- 先生の学校「不登校経験を持つロボット開発者が「人類の孤独の解消」に生涯を捧げるまで」(2021年7月27日、インタビュー記事)。 https://www.sensei-no-gakkou.com/article/no0032/ (不登校の期間「約3年半」、孤独を「移動」「対話」「役割」の3つの障害で考える見方)
- J-POWER「GLOBAL EDGE」No.52 Opinion File 吉藤健太朗「分身ロボットが変えていく存在伝達のコミュニケーション」(2018年1月号)。 https://www.jpower.co.jp/ge/52/opinion/index_02.html (孤独感の説明、「もう一人の自分」であって人にそっくりな別の誰かではないという顔のデザインの考え)
- オリィ研究所「ABOUT」。 https://orylab.com/about/ (2010年のOriHime誕生、2012年9月の会社登記、カフェの実験の年表)
- Takeuchi、Yamazaki、Yoshifuji「Avatar Work: Telework for Disabled People Unable to Go Outside by Using Avatar Robots "OriHime-D" and Its Verification」(HRI '20 Companion、2020年、英語の論文)。 https://arxiv.org/abs/2003.12569 (OriHime-Dの大きさと速度、能面のモチーフ、2018年の実験カフェの設計・パイロット10人・パイロットのアンケート)
- ベネッセこども基金「院内学級で学ぶ子どもたち。“分身ロボット”OriHimeが学びの機会を広げる」(2018年7月5日)。 https://www.benesse.co.jp/brand/category/contribution/20180705_3/ (取り組みの開始時期、小学6年Aくんの例、休み時間のやりとり)
- 岡村製作所「WAVE+」吉藤健太朗/ロボットコミュニケーター[第1回](2018年1月31日、インタビュー)。 https://www.okamura.co.jp/magazine/wave/archive/1801yoshifujiA.html (電話やテレビ電話は用事があるときにしか使わない、用のないコミュニケーションにこそ価値がある、という発言)
- 教育家庭新聞「分身ロボットを使った遠隔授業を試行 特別支援学校の児童が病院から授業【茨城県】」(2019年12月2日)。 https://www.kknews.co.jp/post_committee/20191202_ibarakiken2 (友部東特別支援学校の試行の期間と内容)
- Spoden、Ema「Staying connected: implementing avatar robots at schools in Germany and Japan」(Frontiers in Digital Health、2024年6月5日、英語の論文)。 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11188331/ (ドイツと日本の学校の関係者19人への聞き取り、教育委員会の担当者の見方、通信の問題、レンタル費用の報道、ドイツの事例で報告された問題)
- 吉藤オリィ「寝たきりの親友と語り合っていた「寝たきりでも誰かと出会えて、誰かの為に仲間と働ける未来」」(note、2021年9月27日)。 https://note.com/ory/n/n62cd31b5dc6e (番田雄太さんとの出会い、2016年の会話、契約社員としての肩書、2017年の逝去)
- CAMPFIRE「寝たきりでも働ける「分身ロボットカフェ」実験店 常設化プロジェクト!」(2021年3月25日〜5月9日の募集)。 https://camp-fire.jp/projects/405051/view (カフェ構想のきっかけ、OriHime-D開発の始まり、番田さんが4歳で頸髄を損傷したこと)
- 東京都福祉局 重度障害者就労サポート「分身ロボット OriHime(オリヒメ)」。 https://www.fukushi1.metro.tokyo.lg.jp/judoshougai_shurousupport/info/orihime/ (都庁南展望室での案内業務、オリィ研究所が事業を受託していること、パイロットの働き方の話)
- NTT ニュースリリース「The avatar robot "OriHime-D" remotely controlled by people with disabilities officially started to work full-time at NTT reception」(2020年7月1日、英語)。 https://group.ntt/en/newsrelease/2020/07/01/200701a.html (本社14階の受付での正式運用、担当した4人、導入の目的)
- Hatada、Barbareschi、Takeuchi、Kato、Yoshifuji、Minamizawa、Narumi「People with Disabilities Redefining Identity through Robotic and Virtual Avatars: A Case Study in Avatar Robot Cafe」(CHI 2024、英語の論文)。 https://doi.org/10.1145/3613904.3642189 (DAWNで働く7人への継続的な聞き取り、量産のロボットと仮想アバターの組み合わせの結果)
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更新履歴
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