1. ふねの でんぱは、どこまで とどく?
1. 陸の受信局では、沖まで見えない
1. AISの義務化と、地上局の受信距離
ふねに つんで ある そうちを、AISと いいます。ふねの ばしょや 名前を、まわりの ふねや りくに、じどうで おくります[1]。
でも、りくの うけとる ばしょから とどくのは、うみの きしから だいたい 40キロメートルから 50キロメートルぐらいまでと いわれます[3]。
それより おきに 出ると、りくからは、ふねが 見えなく なります。おおきな うみの まんなかは、ぽっかり あいた 地図に なって しまうのです。
AISは、船の位置や名前などを、ほかの船や沿岸の当局へ自動的に送る装置です。国際的な取り決め(SOLAS条約)で、国際航海をする大きな船や、すべての旅客船などに、取り付けが義務づけられています[1]。
電波は、高い山や地球の丸みにさえぎられます。陸に置いた受信局で受け取れるのは、海岸から20〜30海里、つまり37〜55キロメートルほどだと、JAXAは説明しています[3]。
これより沖の船は、陸からは見えません。また、義務の対象でない船(義務対象外の小型船など)は、そもそもAISを積んでいないことがあります[1]。
AISは、位置・識別情報などを他船や沿岸当局へ自動送信する装置で、SOLAS条約により、国際航海の300総トン以上の船、国際航海でない500総トン以上の貨物船、すべての旅客船に搭載が義務づけられ、2004年12月31日までに適用された[1]。逆にいえば、義務の対象外の船(漁船・小型船など)は積んでいない場合があり、後述の衛星でも映らない船が残る。
VHF帯の電波は見通しに近い範囲にしか届かない。JAXAによると、従来の陸上局での受信は海岸から20〜30海里(37〜55km)程度に限られる[3]。
AISの一般的な仕組み(ISSでの受信実験、義務化の歴史など)は別稿「船のAIS」で扱ったため、本稿は衛星で広域を見る部分に絞る。
2. うちゅうから なら、どれくらい 見える?
2. 衛星に受信機を載せる
2. 低軌道衛星の視野と通過時間
そこで、AISの でんぱを うけとる きかいを、衛星に のせます。うんと 高い ところから 聞けば、とおくまで 聞こえるからです。
JAXAの せつめいでは、1つの 衛星で、だいたい 5000キロメートルの はんいの でんぱを うけとれます[3]。日本から オーストラリアまでが、7000キロメートルほどです。
ただし、衛星は じっと して いません。1びょうに 7キロメートルも 進んで、ぐるぐる 地球を まわります。1つの ふねを 聞ける 時間は、10ぷんぐらいです[2]。
衛星に載せたAIS受信機は、真上から広い範囲を見下ろせます。JAXAは、約5,000キロメートルの範囲の信号を受け取れ、地球規模で船の情報が得られるとしています[3]。
地上に対して、衛星は秒速7キロメートルほどで動いています。ITUの報告書は、高度600キロメートルの衛星から水平線までの地表の距離を約2,664キロメートルと計算し、船が見える時間を、典型的な通過で10分ほど(高度1,000キロメートルなら約14分)と見積もりました[2]。この見積もりは、北緯40度付近の船を例にしたものです。
つまり、衛星は広い海を一気に見渡せる代わりに、1つの海の上にいられる時間が短いのです。
衛星にAIS受信機を載せると、JAXAの説明では約5,000kmの範囲の信号を受信でき、全球の船舶の航行情報が得られる[3]。5,000kmは受信範囲の広がりの目安であり、衛星の高度ではない。
ITU-R報告M.2169は、軌道高度600kmの衛星から水平線までの地表距離を約2,664km、1,000kmで約3,359kmと計算し、典型的な真上通過で船が見える時間を約10.2分(600km)〜14.0分(1,000km)とした(北緯40度の船の場合)[2]。衛星の地表に対する速度は約7,000m/sである[2]。
広い視野は、1回の通過が十数分にとどまることと引き換えになる。次章以降の「衝突」問題の前提だ。
3. ふねは、じゅんばんに 話して いる
3. 1分を2250個に区切った順番待ち
3. TDMAスロットの設計(M.2169)
ふねが 同じ ときに 話すと、こえが まざって しまいます。そこで AISは、1ぷんを 2250こに 切り、ふねごとに 話す じゅんばんを ずらして います[2]。
1この 長さは、0.027びょうぐらいです。あっと いう まに 終わる みじかい 時間です。
この 2250こは、ひとつの チャンネルの ぶんです。AISは 2つの チャンネルを つかうので、あわせて 4500こに なります[2]。
たとえば、クラスで 1人ずつ 1びょうだけ 話す きまりに して いる ところを、そらから 聞くと 考えて ください。ただし ほんとうの ふねは、みんなが おなじ 教室に いる わけでは ありません。
AISは、1分間を2,250個の「スロット」に区切り、船どうしが別々のスロットを使って時間をずらして送信することで、電波がぶつからないようにしています。1スロットは約26.7ミリ秒で、周波数は161.975MHzと162.025MHzの2つのチャンネルを使います。通信の速さは毎秒9,600ビットです[2]。
2,250は1チャンネルあたりの数なので、2チャンネル合わせると4,500スロットです。
お互いの電波が届く近さなら、船はこの順番待ちを聞きながら空いた所を選べます。問題は、その全員を、上から一度に聞いてしまう衛星のほうです。
AISは、時分割多重接続(TDMA)方式で、1フレーム1分を2,250のタイムスロット(1スロット約26.7ミリ秒、256ビット)に分け、161.975MHzと162.025MHzの2つのVHFチャンネルで9,600bit/sの信号を送る[2]。2,250は1チャンネルあたりで、2チャンネル合計は4,500になる。
近くの船どうしなら、互いの送信を聞いて空きスロットを選べる。だが、衛星は視野の中の全船を上から一度に聞く。この設計は、その状況を想定して作られたものではなかった。
4. ひろすぎて、こえが まざる
4. 見える船が多すぎて、信号が重なる
4. 信号衝突 ── 衛星AISの技術的な壁
1つの 衛星が 一どに 聞く ふねの 数は、とても 多く なります。すると、おなじ じゅんばんに 話す ふねが、あちこちで 出て きます。
ある ぎじゅつの かいせつでは、ふねが 2000そう いると、衛星は 1ぷんに 20000この 信号を 聞く けいさんに なります。つかえる じゅんばんは 4500こです[5]。4ばい いじょうに なる けいさんです。
これは、たいいくかんの てんじょうから、みんなの 話しごえを ぜんぶ 聞くのと にて います。ただし ほんとうの ふねは、ぐるっと 遠くに ちらばって います。
JAXAも、ふねが あつまる うみでは、電波が まざって 見つけにくくなる ことを たしかめて います[4]。
ITUの報告書は、衛星AISの壁を主に3つ挙げています。衛星の視野の中に船の数が多すぎて同じスロットが何度も使われてしまうこと、メッセージの長さが遠い距離に対して余裕がないこと、同じ周波数帯の地上の通信と見分けにくいことです[2]。
数字で見てみます。ある技術解説は、2,000隻の船がいれば、衛星は1分あたり約2万の信号を受け取り、使えるスロットは2チャンネル合計で4,500ほどだと概算しています[5]。単純に割ると4倍以上で、多くが重なります。この2万という数字は概算の一例で、実際の海域の値ではありません。
たとえば、交差点の上の高い所から、通行人全員が同時にかけている声を聞き分けようとする場面が近いでしょう。ただし船の場合、順番は時間のスロットで決まっていて、声の大きさや高さではありません。
JAXAも、船が密集する海域では信号の混信で検出能力が落ちることを確認しています[4]。
ITU-R報告M.2169は、衛星AISの技術的制約として、(1)衛星アンテナの視野内のメッセージ数が多く、スロットが過剰に再利用され重なる、(2)メッセージ長が衛星までの遠い距離に対して余裕を欠く、(3)同じ周波数帯の地上通信を区別しにくい、の3点を挙げる[2]。
(1)の規模感として、ある技術解説は、2,000隻なら低軌道衛星は1分あたり約20,000信号を受け、使えるスロットは両チャンネル合計約4,500と概算する[5]。比は約4.4倍。ただし一例の概算で、実海域の値ではない。
JAXAの実験でも、SPAISE2(2014年5月24日打上げのだいち2号に搭載)で、船の密集域で混信により検出能力が下がることが確認されている[4]。
5. まざらないように、どんな くふうを した?
5. 専用の短い信号と、受信側の計算
5. Message 27・専用チャンネル・デジタルビームフォーミング
くふうは、大きく 2つ あります。1つめは、衛星の ために、みじかい とくべつな 知らせを 作る ことです[2]。しかも、衛星までの とおさも 考えて、話す じゅんばんの 作りを くふうして、ぶつかりを へらします。
2つめは、衛星が うけとった あとの 計算です。JAXAの 衛星「だいち4ごう」では、たくさんの アンテナで 聞いた ものを 計算で あわせて、いらない でんぱを へらしました。その けっか、まざるのを ふせぐ ききめが 見えたと、2024ねんに JAXAは 知らせて います[4]。
電波が ぶつかるのを、みじかい 知らせと 計算で、ふせぐわけです。
ITUは、衛星で見つけやすくするため、長さを短くした専用のメッセージ(Message 27)と、専用の2つの周波数を使う方式を提案しました[2]。短くした専用メッセージと、衛星までの伝搬遅延(電波が届くまでの時間差)を考えたスロットの組み方で、重なりを減らす狙いです。
もう1つは受信側の工夫です。JAXAのSPAISE3(だいち4号に搭載)では、地上でのデジタルビームフォーミング(DBF)という処理を高度にして、不要な信号を除き、混信対策の効果が確認できたと、2024年9月13日に初期機能確認の成功が報告されました[4]。DBFは、複数のアンテナで受けた信号を計算で合成し、聞きたい方向を絞る技術と説明されます。
SPAISE2で見えた「密集域で検出が落ちる」という課題に対して、次の実験で対策の効果を確かめた、という流れです。
6. ちいさな 衛星で、きたの うみに 「あかり」を ともした
6. 小さな衛星で北の海を見渡した、ノルウェーの選択
6. AISSat-1(2010)── なぜ軍用レーダー衛星の代わりに選ばれたか
2010ねんの 7月、ノルウェーが、20センチメートルぐらいの ちいさな 箱の かたちの 衛星を うちあげました。おもさは 6キログラムです[7]。せかいで はじめての、じっさいに 使える AISの 衛星と いわれます。
ノルウェーの 国ぼうけんきゅうしょは、はじめ、大きくて 高い 衛星を 考えて いました。でも、おかねが 3おくクローネ いじょうも かかるので、2003ねんに 出した あんは、つぎの 2004ねんに やめました。
そのあと、AISの でんぱは そらの うえでも 聞けると 気づいて、2800まんクローネぐらいで つくりました。3おくの 10ぷんの 1にも なりません[6]。
はたらき 始めると、ふねが 画めんに あかい やじるしで 出ました。うみが 「あかりを つけた ようだった」と、話した 人が いると つたえられて います[6]。
ノルウェーは、北の海(バレンツ海とノルウェー海)の漁業や船の行き来を見守る必要がありました。ノルウェー国防研究所(FFI)は1998年から海を見張る衛星に取り組み、軍用のレーダー衛星の案(NSAT-1)を考えましたが、費用が3億クローネを超えるとして2003年に提出された案は、費用の見積もりを理由に翌2004年に中止されました[6]。
そこで、AISの信号が軌道上から受け取れることに気づき、超小型衛星AISSat-1を約2,800万クローネで実現しました[6]。3億の10分の1に満たない額です。AISSat-1は、約20センチメートル角・6キログラムの立方体で、高度およそ620〜635キロメートルの軌道を回り、2010年7月に打ち上げられた、世界初の実用AIS受信衛星とされます[7]。
運用が始まると、海事当局の画面には、船が赤い矢印で映し出されました。FFIの記事は、最初の2年間を「明かりをつけたようだった」と表現しています[6]。
FFIは1998年から海洋監視衛星に取り組み、軍用レーダー衛星案(NSAT-1)は費用3億クローネ超の見積もりを理由に、2003年に提出された案が翌2004年に中止された。AIS信号が軌道上から受信できると気づき、約2,800万クローネでAISSat-1を実現した[6]。費用は3億の1割に満たない。運用開始後は、海事当局の画面に船が赤い矢印で映り、担当者は「バレンツ海とノルウェー海で明かりをつけたようだった」と語った[6]。
AISSat-1は約20cm角・6kgの立方体で、高度618〜635kmの太陽同期軌道を回り、ノルウェーの排他的経済水域の漁業・船舶交通の監視を目的とした。2010年7月の打上げで、世界初の実用AIS受信衛星とされる[7]。打上げ日は資料で7月8日と12日に割れているため、日は書かない。
自分でも 見て みたく なったら
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
今日 できる こと ともだちと 3人で、1びょうずつ じゅんばんに 名前を 言って みます。つぎに、3人が 同時に 言って みます。聞きとりやすさが どう ちがうか、くらべます。
もっと 知りたい とき JAXAの 「SPAISE」の ページを、おうちの 人と 見て みましょう。
今日できること 地図で、自分の住む町から最も近い海岸を見つけ、そこから40キロメートルの円を描いてみます。陸の受信局で受け取れる範囲の目安(37〜55キロメートル)が、どのくらいの広さか実感できます。
公式情報 JAXAの「SPAISE」のページに、実験の目的と結果が載っています。海上保安庁やIMOの資料も、あわせて見てみるとよいでしょう。
公式情報 IMOの「AIS transponders」、ITU-R報告M.2169、JAXAのSPAISEのページを読み比べるとよい。衛星AISの利用目的(漁業監視・遭難救助など)の日本側の一次資料は、本稿では確かめていない。
調べる手がかり 「AISが衛星で1隻を何時間ごとに捉えるか」は、運用する衛星の数と配置で変わるため、断定できない。衛星の数を変えた場合の見え方を、自分で考えてみるのもよい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- IMO「AIS transponders」 https://www.imo.org/en/ourwork/safety/pages/ais.aspx (AISの機能と搭載義務)
- ITU-R Report M.2169 (2009) https://www.itu.int/dms_pub/itu-r/opb/rep/R-REP-M.2169-2009-PDF-E.pdf (スロット・衛星の高度と見える時間・3つの壁・Message 27)
- JAXA「SPAISE(衛星搭載AIS実験)」 https://www.satnavi.jaxa.jp/experiment/spaise/ (地上局と衛星の受信範囲)
- JAXA SPAISE3 初期機能確認(2024年9月13日) https://www.satnavi.jaxa.jp/ja/news/2024/09/13/9802/index.html (混信の確認とDBF)
- Microwaves & RF「Overcome Message Collisions in Satellite AIS」 https://www.mwrf.com/technologies/embedded/systems/article/21849164/overcome-message-collisions-in-satellite-automatic-id-systems (信号数の概算例)
- FFI「It was like turning on the light」 https://www.ffi.no/en/news/it-was-like-turning-on-the-light (AISSat-1の経緯と費用)
- Wikipedia「AISSat-1」 https://en.wikipedia.org/wiki/AISSat-1 (衛星の大きさ・軌道)
なおした ところ
更新履歴
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