1. ひるまは はしる しんかんせん、よるは なにを して いるの?
1. 終電のあと、線路の上で何が起きているのか
1. 終電後の線路で、毎晩どれだけの保守が行われているのか
しんかんせんが ぜんぶ とまった よるおそく、くらい せんろの うえで、きかいが うごき はじめます。
とうかいどうしんかんせんの せんろには、ちいさな いしが たくさん しいて あります。れっしゃが とおるたびに、この いしが すこしずつ うごいて、せんろの たかさが ずれて しまいます。
それを ならすのが「マルタイ」という きかいです。まいばん 50ぐみほどの ほしゅようの くるまが でると いわれる ほど、おおがかりな しごとです。ひるまの はやい れっしゃは、よるの しごとにも ささえられて います。
でも、どうして まいばん なおさないと いけないのでしょう。
東海道新幹線は、営業列車が走るほとんどの区間で、砕いた石を敷きつめた「バラスト軌道」を使っています。石の上にまくらぎを置き、その上にレールを載せる、昔ながらの線路です。列車が通るたびに石が少しずつ動いて、線路の高さやまっすぐさが乱れます。その乱れを直す機械が、マルチプルタイタンパ、通称マルタイです[1]。
JR東海は、2026年3月の発表で、毎晩約50編成の保守用車を使って軌道や電気設備の保守を行っていると述べています[2]。この数は線路だけでなく、電気設備なども含めた夜間保守の規模を表します。
昼間の最高時速285kmの列車は、夜の地道な手入れに支えられているわけです。では、なぜ石の線路は、これほど手入れが要るのでしょうか。
2. いしの せんろは、どうして すこしずつ ずれるの?
2. 石の線路の長所と、列車が通るたびに起きること
2. 石の線路の長所と、「破壊を前提とした構造」という見方
いしの せんろにも、いい ところが たくさん あります。かどの ある いしは、おたがいに かみあって うごきにくく、ねだんも やすく、みずも よく ぬけます。れっしゃの おとと ゆれも、いしが すいとって くれます。
ただ、おもい れっしゃが なんども とおると、いしは すこしずつ しずんで、かどが まるく なります。せんろの かたちが くずれるのです。
むかしの ぎじゅつしゃは、れっしゃの ちからを「いしが すこしずつ しずんだり ずれたり する ことで うけとめる」つくりだと かきました。いしが しずむ つくりだから、なおす しごとが ずっと つづくのです。
石の線路は、悪者ではありません。角ばった石どうしは、かみ合って摩擦で動きにくくなります。荷重を広く分け、振動や音も吸収します。砕石は安く、敷くのが簡単で、水はけもよいといわれます。そのため今も多くの鉄道で使われています[5]。
弱点は、繰り返しの荷重です。列車が通るたびに石は少しずつ沈み、角が丸くなったり割れたりして、定期的な手入れが欠かせなくなります[5]。1987年の論文は、列車が通るたびに道床の残留変位がたまって線路の形が崩れ、補修作業の大半がその修復に費やされると説明しています[4]。
1970年に国鉄の技術者が書いた文章には、もっと強い言い方が出てきます。レール・まくらぎ・砂利でできた従来の線路は、走るエネルギーを線路自身の変位で吸収する「破壊を前提とした構造」だというのです[3]。さらに新幹線では、在来線の約3倍の保守の労力を使っていて、その人手を集めるのが非常に難しくなってきたと書かれています[3]。
手入れをなくせる線路は作れないのか。そう考える技術者たちがいました。
石の線路に欠点だけがあるわけではない。角ばった砕石は互いにかみ合い、摩擦で動きにくくなる。荷重を分散し、振動と音を吸収し、材料は安価で、敷設が容易で、水はけもよいと、一般向けの解説では説明される[5]。だから石の線路を「古い・劣る」と書くのは正しくない。問題は、繰り返しの荷重で石が沈み、角が丸くなったり割れたりして、定期的な保守が必須になる点にある[5]。
1987年の土木学会論文は、この性質を次のように説明する。列車が通るたびに道床の残留変位が蓄積して線路の形が崩れ、補修作業の大半は、その崩れの修復に費やされる[4]。1970年にコンクリート・ジャーナルに載った国鉄技術者の解説は、さらに踏みこむ。従来のレール・まくらぎ・砂利の線路は、走行のエネルギーを軌道の変位で吸収する「破壊を前提とした構造」であり、新幹線ではそのために在来線の約3倍の保守労力を投入していた。ところが、その労力の確保は非常に困難になり、近い将来には人力での保守が不可能になると見られていた[3]。
1987年の論文は、保守の要素を構造そのものからなくすことは、長年の軌道関係者の願望だったと述べている[4]。では、その願望はどんな形で実現が試みられたのか。
3. れーるを いたに ぴったり とめたら どうなる?
3. レールをコンクリートの板に直接留める:スラブ軌道の考え方
3. 昭和40年からの研究と、スラブ軌道の構造
そこで かんがえられたのが、いしを やめて、コンクリートの いたに レールを じかに とめる やり方です。この いたを「スラブ」と よびます。
いたは、こうじょうで つくります。それを じょうぶな どだいの うえに のせ、いたと どだいの すきまには、セメントと アスファルトの まざった やわらかい ざいりょうを つめて かためます。
いしのように うごかないので、せんろが ずれにくく なります。たとえば、でこぼこの じめんに おいた いすより、たいらな ゆかに ぴったり おいた いすの ほうが、ぐらつかないのと にて います。
ただし、この たとえは かんたんに した ものです。ほんとうの せんろには、れっしゃの ちからなど、もっと ふくざつな ことが かかわります。
スラブ軌道は、工場で作った鉄筋コンクリートの板(軌道スラブ)に、レールを直接留める線路です。山陽新幹線の初期型では、板は長さ4.95m、幅2.34m、厚さ16cmでした。板の下には、セメントアスファルトモルタル(CAモルタル)という材料を詰め、高架橋やトンネルの硬い路盤で板全体を支えます。横向きの力は、板の両端の突起で受けとめます[4]。
アイデアそのものは新しくありません。日本では昭和4年(1929年)ごろから、トンネル内で石を使わない線路の研究が始まり、昭和40年代の初めにスラブ軌道として形が固まりました。国鉄の鉄道技術研究所では昭和40年から専門の研究グループが動き、津田沼の実験所の模型実験や、紀勢線の橋、東海道新幹線の名古屋構内などで試験を重ねました[3]。
山陽新幹線の新大阪から岡山は東海道と同じ石の線路が基本でしたが、岡山より西の構造を試すため、トンネル内と高架橋の一部(計画では約12km)に板の線路が敷かれることになりました[3]。試験の結果は、どうだったのでしょうか。
スラブ軌道は、工場で作った鉄筋コンクリートの軌道スラブにレールを直接留め、スラブの下にCAモルタル(セメントアスファルトモルタル)を充填して、剛性路盤(高架橋やトンネルの硬い土台)の上に全面で支える構造である。山陽新幹線の初期型のスラブは長さ4.95m、幅2.34m、厚さ16cmで、横方向の力はスラブ両端の突起で受ける[4]。なお、のちの標準型は寸法が異なるため、数字は型ごとに読む必要がある。
発想は古く、日本では昭和4年(1929年)ごろにトンネル内の直結軌道の研究が始まったが、これは研究の開始時期であり、実用化の時期ではない。昭和40年代の初めに構想が固まり、国鉄の鉄道技術研究所の「無道床軌道構造研究グループ」が昭和40年から、津田沼土木実験所の模型実験、紀勢線有田川橋りょう、東海道新幹線の名古屋構内などで試験敷設を重ねた[3]。
1970年の計画では、山陽新幹線の新大阪〜岡山間は東海道と同じ砕石道床を基本とし、岡山〜博多の構造を試す意味を込めて、トンネル内と高架橋の一部(計画値で約12km)にスラブ式の直結軌道を使う。岡山以西は、可能な限り直結軌道を採用する方針だった[3]。なお、1987年の論文は試験敷設を約16kmと記しており、数字は出典で食いちがう。では、実際に走らせた結果はどうだったのか。
4. いたの せんろは、ほんとうに ラクに なったの?
4. 山陽新幹線で、直す手間は本当に減ったのか
4. 開業後10年の数字:保守費は減ったが、初期故障もあった
1975ねん3がつに、さんようしんかんせんの おかやまから はかたまでが ひらきました。この あいだの たかい はしの うえと トンネルの なかでは、いたの せんろが ぜんぶに つかわれました。いたの せんろを しいた ながさを ぜんぶ たすと、545キロほどです。おかやまから はかたまでの みちのりぜんぶでは ありません。
10ねんの へいきんを くらべると、せんろの たかさを なおす おかねは、いしの せんろの 7ぶんの 1ほどでした。いしの せんろで 7えん かかる ところが、いたの せんろでは 1えんほどです。
でも、さいしょから ぜんぶ うまく いったわけでは ありません。レールを とめる ぶひんが ゆるんだり、すきまを うめた ざいりょうが つぶれたり しました。ぎじゅつしゃたちは、ひとつずつ げんいんを しらべて、なおして いきました。
1975年(昭和50年)3月、山陽新幹線の岡山〜博多間が開業しました。高架橋とトンネルの区間では、スラブ軌道が全面的に採用され、岡山〜博多間の本線軌道延長の68%にあたる、545.2km分に敷かれました(板の線路を敷いた長さの合計で、区間の全長ではありません)[4]。
開業から10年ほど(昭和50〜59年)の平均で、線路の高低の狂いを直す費用は、石の線路の約14%、つまり約7分の1でした。左右のずれ(通り狂い)を直す費用は、約20%、つまり約5分の1です。論文は、省力化という当初のねらいが確かめられたと述べています[4]。高低の狂いが管理目標を超える箇所も、昭和59年には1kmあたり約0.1か所に減って安定しました[4]。
とはいえ、順調なことばかりではありません。レールを留める装置がゆるんだり外れたり、板の下のCAモルタルがつぶれたりしました。開業直後は、ゆるんだ装置の締め直しが、スラブ軌道の保守作業全体の24%を占めたほどです。通り狂いも、石の線路より悪い時期がありました[4]。
これらの問題は対策され、のちの設計に生かされました[4]。けれども、もう一つ、数字には表れにくい課題が見つかります。
スラブ軌道は、1975年(昭和50年)3月開業の山陽新幹線岡山〜博多間の高架橋とトンネル区間に全面採用され、本線軌道延長の68%にあたる545.2km分に敷設された(スラブ軌道の敷設延長であり、区間全長ではない)[4]。保守の結果は、昭和50〜59年の10年平均で、高低狂いの補修費が石の線路の約14%(約7分の1)、通り狂いの補修費は約20%(約5分の1)だった。当初意図した省力化の効果が確認されたと、論文は述べる[4]。なお、金額の絶対値は原文PDFの文字化けで小数点が欠けているため、ここでは比率だけを使う。
品質面では、高低狂い7mm以上の管理目標超過箇所が、昭和59年には1kmあたり約0.1か所で安定した[4]。ただし、通り狂いは必ずしも良好ではなく、開業後に増えて、石の線路より悪い時期もあった。初期故障も多く、レール締結装置のゆるみ・脱落、ロングレール端部のCAモルタルの圧壊、トンネル内の信号絶縁性の低下などが起きた。特に締結装置の締め直しは、開業直後にはスラブ軌道の全保守作業量の24%を占めた。これらは対策を経て設計の改良に反映されている[4]。
つまり板の線路は、「狂いの直し」を大きく減らしたが、ゼロにはしていない。保守の中身が、石をつき固める作業から、締結装置の点検へと移ったともいえる。そして、数字に表れにくい別の課題が、試験走行の段階から指摘されていた。
5. いたの せんろの「おと」の なやみは どう なおしたの?
5. 板の線路にあった音の課題と、その後の改良
5. 騒音・振動への対策と、整備新幹線以降の標準化
あたらしい こまりごとは、おとと ゆれでした。いしは、おとを すいこんで くれます。いたの せんろでは、たかい ひびきが すこし おおきく なる ことが わかりました。
そこで、とうほくしんかんせんなどでは、いたの したに ゴムのような やわらかい マットを しきました。おとを おさえるための くふうです。
いまは あたらしく つくる しんかんせんの せんろに、いたの せんろが ふつうに つかわれます。つくりやすく、なおす てまも すくないからです。せんろは、まだ すこしずつ よく なって います。
山陽新幹線の試験走行では、板の線路の区間は、石の線路の区間より、高い周波数の音が大きくなることが分かりました。石は音や振動を吸ってくれますが、硬い板はそれが苦手です。ただし、これは時速210km域で、高い周波数の音を比べた結果です。「板の線路はうるさい」と言い切れるわけではありません[4]。
東北・上越新幹線では、沿線の騒音を開業時に80dB(A)以下にするという目標が立てられました。そこで板の下に「スラブマット」という防振用のマットを貼る、防振スラブ軌道が作られました。東北新幹線の高架橋で、昭和48年に試験が行われています。寒さや雪の多い地域のために、CAモルタルや板の耐久性も改良されました[4]。
その後、整備新幹線では、施工のしやすさと保守の省力化の理由から、スラブ軌道が標準の構造になっています。振動対策が必要な区間には、弾性まくらぎ直結軌道が使われ、西九州新幹線(武雄温泉〜長崎)では、両方の長所を合わせた「弾性まくらぎ埋込形スラブ軌道」が敷かれ、防振の効果が確かめられました[6]。レールを留める装置の間隔を広げて数を減らし、費用を大きく下げる改良も行われています[7]。
石の線路を手入れで保つ道と、板の線路で手入れを減らす道。どちらにも長所と弱点があり、技術者たちは両方を磨き続けています。
山陽新幹線で明らかになった課題は騒音・振動である。試験走行では、スラブ軌道区間は石の線路の区間より、高い周波数領域の騒音が大きかった[4]。ただし、これは210km/h域の高周波での比較であり、「スラブ軌道はうるさい」と一般化するのは誤りである。石の道床が持つ吸音・減衰の効果がない分、対策が必要になった、と読むのが妥当だろう。
東北・上越新幹線では、沿線騒音を開業時80dB(A)以下とする目標のため、スラブの下に防振用のスラブマットを貼る防振スラブ軌道が開発された(東北新幹線の高架橋で昭和48年に試験)。寒冷・積雪地向けには、CAモルタルやスラブの耐久性も改良された[4]。つまり、スラブ軌道は山陽で完成したのではなく、山陽で見えた課題を次の路線で直す形で育った。
現在、整備新幹線では、施工性と保守作業の省力化の観点から、スラブ軌道が標準の軌道構造とされている。振動対策が必要な区間では弾性まくらぎ直結軌道が使われ、西九州新幹線(武雄温泉〜長崎)では、その特長を合わせた弾性まくらぎ埋込形スラブ軌道が開発・敷設されて、防振効果が実証された[6]。土木学会の技術賞の資料には、レール締結装置の間隔を広げて装置を減らし、費用を大きく下げた改良も紹介されている[7]。
初期の保守軽減というねらいから出発して、騒音・費用・耐久性という新しい条件に合わせて改良が続いた経緯が、この3本の資料から読み取れる。
6. ちかくの せんろの した、なにが しいて ある?
6. 線路の足もとを見くらべるなら
6. 線路の足もとを見くらべる:確かめ方と読める資料
きょう できる こと
えきの ホームから、せんろの した を のぞいて みましょう。いしが しいて あるか、コンクリートか、みくらべます。ホームの しろい せんの うちがわで、からだを のりださずに、みえる ところを みるだけです。せんろには ぜったいに はいらないで ください。
しらべる とき
どぼく学会の ろんぶんが、むりょうで よめます。おうちの 人と いっしょに ひらいて みましょう。
今日できること
駅のホームの白線の内側で、身を乗り出さずに、見える範囲で線路の足もとを観察します。石が敷いてあるか、コンクリートの板か、見くらべるだけです。線路には絶対に入らないでください。新幹線に乗る機会があれば、駅や車窓から探してみるのもよいでしょう。
資料を読むなら
1987年の土木学会論文集の論文(J-STAGE)は、日本語で無料で読めます[4]。山陽新幹線のスラブ軌道の結果が、数字つきで書かれています。
今日できること
駅のホームの白線の内側で、身を乗り出さずに見える範囲で、線路の足もとが石かコンクリートの板かを見くらべるとよい。石の線路は、列車が通った前後で石の並びが少し乱れることがある。線路内には絶対に立ち入らない。
資料を読むなら
1970年の佐藤嘉晃「山陽新幹線における軌道」[3]と、1987年の渡邊楷年の論文[4]は、どちらもJ-STAGEで読める。前者は計画段階の考え方を、後者は開業後10年の実績を書いており、読みくらべると、同じ構造について予想と結果がどう動いたかが分かる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- 乗りものニュース「マルチプルタイタンパ(マルタイ)解説」. https://trafficnews.jp/post/101547 (バラスト軌道・夜間保守)
- JR東海 ニュースリリース(2026年3月4日). https://jr-central.co.jp/news/release/_pdf/000044949.pdf (毎晩の保守用車の規模)
- 佐藤嘉晃「山陽新幹線における軌道」コンクリート・ジャーナル 8(10)(1970年). https://www.jstage.jst.go.jp/article/coj1963/8/10/8_60/_pdf (保守の人手不足・研究の経緯・試験敷設の計画)
- 渡邊楷年 土木学会論文集 385号(1987年). https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscej1984/1987/385/1987_385_126/_pdf (構造・保守の実績・初期故障・騒音対策)
- 乗りものニュース「バラスト軌道とスラブ軌道」ほか. https://trafficnews.jp/post/640653 (石の線路の長所と弱点)
- 渡邊秀「弾直スラブ軌道の防振効果」建設機械施工 75(3)(2023年). https://jcmanet.or.jp/bunken/kikanshi/2023/3/024.pdf (整備新幹線の標準軌道・西九州新幹線)
- 土木学会 技術賞2012(スラブ軌道技術). https://www.jsce.or.jp/prize/tech/pd/2012_01.pdf (締結装置を減らす改良)
なおした ところ
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