1. いかの ふとい 神経から、なにが わかったの?
1. 神経の信号は電気なのか。調べる鍵はイカの太い神経だった
1. 1939年の「行きすぎ」 ── イカの巨大軸索で活動電位を測る
いかの からだには、とても ふとい 神経が あります。ふとい ので、ほそい はりのような 電きょくを、なかに さし入れる ことが できました。
1939年、ホジキンさんと ハクスリーさんは、神経の なかの でんあつを はかりました。信号が とおると、でんあつは ゼロを こえて、プラスまで ふれました。ふしぎな ことでした[4]。
うみの みずの ナトリウムの りょうを かえる じっけんなどを へて、1949年に、ふたりは ある 考えを はっぴょう しました。ナトリウムが 神経の なかに ながれこむ ことで、信号が うまれると いう 考えです。
では、ナトリウムは、どこから なかへ はいるのでしょう。
神経の信号は、神経の細い管の中を伝わる、電気の変化です。その変化が実際にどんな形をしているのかを知るには、細い電極を神経の中に入れて電圧を測る必要があります。ふつうの神経は細すぎて、それが難しいのです。
そこで、ホジキンとハクスリーは、イカの巨大軸索という、とくに太い神経線維を使いました。1939年、この軸索に電極を入れた二人は、膜の内側の電位が0を超えてプラスにまで「行きすぎ」ることを見つけたと紹介されています[4]。
この行きすぎは、当時の考えでは説明がつきませんでした。1947年にホジキンとカッツが、海水のナトリウム濃度を変える実験でこの謎の解決につなげ、1949年に「ナトリウム仮説」を発表します。信号が生まれるとき、ナトリウムイオンが膜を通って細胞の中に流れこむ、という考えです[4]。
ナトリウムイオンは、膜のどこを通るのでしょうか。
神経の信号の正体を調べるには、軸索の内側と外側の電位差を直接測る必要がある。ところが、ふつうの軸索は細く、電極を入れることが難しい。そこで使われたのが、イカの巨大軸索である。イカの全身が大きいわけではなく、この神経線維が特別に太いのが利点だった。
ホジキンとハクスリーは1939年にこの軸索へ電極を入れ、膜電位が0 mVを超えてプラスまで「オーバーシュート」することを見つけた、と学会誌の解説は紹介している[4]。
膜が内側の電位を単に0に戻すだけなら、プラスに行きすぎる理由がない。そのため、この結果は当時の考えでは説明できなかった。1947年、ホジキンとカッツは海水のナトリウム濃度を変える実験でこの謎の解決につなげた。これを受けて、1949年に「ナトリウム仮説」が発表される[4]。信号の上昇は、ナトリウムイオンが膜を通って内側へ流れこむことで起きる、という考えである。では、ナトリウムはどの通り道を通るのか。
2. 門は、どうやって 信号を つくるの?
2. 小さな変化で開く門は、どうやって信号をつくるのか
2. 電位依存性ナトリウムチャネル ── 開いて、数ミリ秒で自動的に閉じる
ナトリウムの 通り道が、神経の まくに ある 小さな 門です。「ナトリウムチャネル」と よばれます。
この 門は、でんあつが すこし かわると、ひらきます。ひらくと、ナトリウムが ながれこんで、信号が うまれます[1]。
門は、ひらいた あと、すうミリびょうの うちに、ひとりでに とじる と いわれます[1]。ミリびょうは、1びょうを 千に わけた ひとつぶんです。
たとえば、ボタンを おすと ひかって、すぐ きえる ライトを そうぞうして ください。ただし 本当の 門は、ボタンでは なく、まわりの でんあつに はんのうして ひらきます。
この 門は、どんな かたちを して いるのでしょう。
ナトリウムの通り道は、電位依存性ナトリウムチャネルと呼ばれる、膜にうめこまれたたんぱく質です。膜の電位がほんの少し変わるとこの門が開き、神経の軸索を伝わる活動電位が生まれると説明されています[1]。
門は、開いてからわずか数ミリ秒で、自動的に閉じます(不活性化)[1]。この働きが、信号を短いパルスにするのに関わっていると考えられますが、その因果は参照した要旨の外にあります。
1952年、ホジキンとハクスリーは、この考えを数式にしました。イカの巨大軸索の膜を流れる電流を、ナトリウム電流、カリウム電流、漏れ電流に分けたのです。ナトリウムとカリウムの「通りやすさ」が、時間と膜の電位によって変わると考えると、活動電位の伝わり方を説明できました[3]。
では、この門は、どんな形をしているのでしょうか。
電位依存性ナトリウムチャネルは、膜電位の小さな脱分極で活性化し、神経軸索を伝わる活動電位を生み出す[1]。ところが、開いたままでは次の信号に備えられない。実際、チャネルは開いてから数ミリ秒以内に不活性化する[1]。これが信号を短いパルスにする一因と考えられるが、その因果までは参照した要旨に書かれていない。
1952年、ホジキンとハクスリーは、イカの巨大軸索の膜電流をナトリウム電流・カリウム電流・漏れ電流に分け、ナトリウムとカリウムのコンダクタンスが時間と膜電位の関数だと考えて、活動電位の伝わり方を数式で再現した[3]。この時点では、膜の中の「通り道」の実体は分かっておらず、数式が先に立っていた点が重要である。では、その実体は何なのか。
3. 門の かたちは、どこまで わかったの?
3. 門の正体は、どこまで分かったのか
3. 1984年の配列決定 ── 1,820個のアミノ酸と4つの繰り返し単位
1984年、日本の 野田さんたちは、でんきうなぎの 門の ざいりょうを しらべました。ながい ながい ひもの ような ものが、1820この ちいさな つぶで できて いる ことが わかりました[2]。
その ひもには、にて いる ところが 4つ ならんで いました。いまでは、門は 4つの ぶぶんが あつまって できて いると かんがえられて います[1]。
門の かたちが わかると、つぎの 問いが うまれます。この 門を ふさぐ ものは あるのでしょうか。
門の実体は、長いあいだ、見えない「通り道」でした。1984年、野田昌晴らは、電気ウナギのナトリウムチャネルの遺伝情報(cDNA)の配列を読み、このたんぱく質が1,820個のアミノ酸でできていて、似た繰り返し単位を4つもつことを初めて示しました[2]。
のちの総説では、ナトリウムチャネルのαサブユニットは約2000個のアミノ酸からなり、24本の膜を貫く部分が、DI〜DIVという4つの似た領域に分かれて並ぶと説明されています[1]。数字がやや違うのは、調べた生きものやチャネルの種類が同じではないためと考えられます。
形が分かると、その形にはまる物質があるのか、という問いが生まれます。
数式で予言された通り道の実体は、1984年に野田昌晴らが電気ウナギ(Electrophorus electricus)のナトリウムチャネルのcDNA配列を決めたことで、初めてアミノ酸配列として示された。1,820個のアミノ酸からなり、4つの繰り返し単位(相同な領域)をもつ、という結果である[2]。これは検索で得た要旨の抜粋に基づく。
その後の総説は、ヒトなどのαサブユニットを約2000個のアミノ酸、24本の膜貫通部分、4つの相同領域DI〜DIVとして整理している[1]。数が異なるのは、種やアイソフォーム(同じ働きの兄弟分のたんぱく質)の違いによると考えるのが自然だが、資料はその理由まで書いていない。形が分かれば、そこにはまる分子が探せる。
4. フグの どくと ますいやくは、おなじ 門を ふさぐの?
4. フグ毒と麻酔薬は、同じ門をふさぐのか
4. 門をふさぐ分子 ── テトロドトキシンと局所麻酔薬の作用点
フグなどに ふくまれる ことが ある どくに、テトロドトキシンと いう ものが あります。しらべられた しんぞうの 門では、まんなかの あなに くっついて、ナトリウムが とおれなく して いました[1]。
ますいの くすり(ますいやく)の なかにも、いたみを はこぶ 神経の ナトリウムの 門を ふさぐ ものが あり、いたみの 信号が うまれるのを ふせぐ と せつめい されて います[7]。
どちらも 同じ しゅるいの 門を ねらいます。ただ、くわしい くっつきかたは ちがうかも しれません。
ところで、この 門が そもそも ない 人は、どうなるのでしょう。
フグなどに含まれることがある毒、テトロドトキシンは、神経のナトリウムチャネルに結合します。心臓にあるタイプの構造を調べた研究では、毒がチャネルの中央の空洞に入り、選択フィルターからナトリウムイオンが動くのをふさぐ位置にあることが示されました[1]。この結果は心臓型についてのもので、すべてのタイプに同じとは言いきれません。
プロカインのような局所麻酔薬の一部は、痛みを運ぶ軸索の電位依存性ナトリウムチャネルをふさぎ、痛みの活動電位が生まれるのを防ぐと説明されています[7]。
フグ毒と麻酔薬は、まったく別のもののように見えます。でも、どちらも信号を生む門をふさぐという点で、ねらう場所が重なっています。では、その門が生まれつき欠けた人は、どうなるのでしょうか。
テトロドトキシン(TTX)はフグ類などに含まれることがあり、神経のナトリウムチャネルのαサブユニットに結合する。心臓型NaV1.5cの構造解析では、TTXは中央の空洞に結合し、選択フィルターからのナトリウムイオンの移動を妨げる位置にあった[1]。ただしこれは心臓型の結果であり、神経型を含む全タイプに同じ結合様式が当てはまるとは、この資料からは言えない。
一方、プロカインなどの局所麻酔薬の一部は、痛みを運ぶ軸索の電位依存性Na⁺チャネルを遮断し、末梢で痛みの活動電位が生じるのを防ぐと説明される[7]。TTXと局所麻酔薬は、作用点(チャネル)が同じでも、結合部位や強さまで同じとは限らない。では、そのチャネルの1つが欠けた人には、何が起きるのか。
5. 門が ひとつ ない 人は、いたみを かんじないの?
5. 門が1種類はたらかないと、痛みの信号はどうなるのか
5. SCN9Aの変異 ── Nav1.7を欠く家族が示したもの
2006年、パキスタンの 北の 3つの 家ぞくに ついて、ある けんきゅうが ほうこく されました。生まれつき いたみを かんじない 人たちが いる 家ぞくです[5]。
家ぞくの 人たちが きょうりょく して くれた ことで、ひとつの 遺伝子が みつかりました。ナトリウムチャネルの 「Nav1.7」と いう 門を つくる 遺伝子です。この 門では、ながれる 電気が、ほとんど ありませんでした。
けんきゅうの 人たちは、「いたみを かんじる ためには、この 門が ひつよう」と かんがえました。そして、この 門だけを ねらう くすりを さがす きっかけに なる、とも かいて います。
2006年の研究は、パキスタン北部の血縁のある3つの家族を調べました。生まれつき痛みを感じない状態が、ナトリウムチャネルNav1.7をつくる遺伝子SCN9Aの、3種類の変化(S459X、I767X、W897X)で起きていたのです。変化した遺伝子でつくられるチャネルは、電流が背景レベル以下でした[5]。
研究は、家族の人たちが協力してくれたことで成り立ちました。要旨はこの遺伝子が、人の痛みの感覚に必要不可欠で、ほかのものでは代わりがきかないことを示すと述べ、この門だけを選んでねらう新しい鎮痛薬の探索を後押しするはずだとも書いています[5]。
痛みの感覚にとって代わりのない門が分かった。では、それを狙った薬は実現したのでしょうか。
2006年、Coxらはパキスタン北部の血縁のある3家族で、先天性無痛覚が、Nav1.7をコードするSCN9Aの3種類の変異(S459X、I767X、W897X)で起きることを示した。変異型のNav1.7では電流が背景レベル以下だった[5]。研究には家族の人たちが協力しており、要旨は「痛みを除けば健康な」人たちと表現している。
著者らは、SCN9Aはヒトの痛覚に必須で、代わりがきかないと結論し、この門を選択的に狙う新しい鎮痛薬の探索を促すと述べた[5]。1つの遺伝子の欠損が、痛みの信号の入り口を断つことを示した点で、創薬の標的を絞りこむ根拠になった。それでは、実際にナトリウムチャネルを狙う薬は生まれたのか。
6. 門を ねらう あたらしい くすりは、もう あるの?
6. 門を狙った新しい痛み止めは、もう使われているのか
6. 2025年のJournavx ── NaV1.8を標的にした新クラス初の経口鎮痛薬
2025年1月30日、アメリカの やくしょ(FDA)が、あたらしい いたみどめを みとめました。名まえは ジャーナブクス。のむ タイプの くすりです[6]。
この くすりが ねらうのは、からだの すみずみの 神経に ある ナトリウムチャネルです。この しゅるいの くすりとしては、はじめて みとめられました[6]。
ただし、どんな いたみにも きく わけでは ありません。ちゅうくらい から つよい、とつぜんの いたみに つかう くすりです。
2025年1月30日、米国食品医薬品局(FDA)は、末梢神経のナトリウムチャネルを標的にする飲み薬、Journavx(一般名 suzetrigine、50 mg錠)を承認しました。この種類の薬としては初めての承認です[6]。
標的はNaV1.8というチャネルで、前の章のNav1.7そのものではありません。使われるのは、中等度から重度の急性の痛みです。痛みがすべて消える薬ではありません[6]。
痛みを感じない家族の遺伝子が示した「門を狙う」発想は、別の門を標的にした形で、薬として登場しました。ただし、2つの出来事が直接つながったと書かれた資料は、この記事では参照していません。
2025年1月30日、米国FDAは、末梢神経のナトリウムチャネルを標的にする経口鎮痛薬Journavx(suzetrigine、50 mg錠)を、このクラスで初めての薬として承認した。標的はNaV1.8とされる[6]。
注意したいのは、標的がNaV1.7ではなくNaV1.8である点と、適応が中等度から重度の急性痛である点だ。「痛みが消える薬」ではない。2006年の研究がNav1.7を例に「この門だけを選んで狙う」可能性を示したことと、この薬の承認は、同じ発想の延長にあるが、両者の直接の因果を述べた資料は参照していない。
門が信号を生み、毒や麻酔薬がそれをふさぎ、その欠損が痛みの感覚を失わせ、新しい薬の標的になる。これが、イカの太い神経から80年あまりかけて続いた研究の流れである。
自分でも しらべて みたく なったら
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
今日できること
つぎに おうちの人や、はいしゃさんで 「ますい」と いう 言葉を きいたら、どんな 門を ふさぐ くすりだったか、おもい出して みましょう。
出かけてできること
としょかんで、神経や いたみの ほんを さがして みましょう。くすりは かってに つかわず、おうちの人や いしゃ、やくざいしに そうだん します。
こうしきの 情報
くすりに ついては、いしゃや やくざいしの せつめいを きく ことが、いちばん たしかです。
今日できること
歯医者さんなどで「麻酔」という言葉を聞いたら、この記事の門を思い出して、どこで信号を止める薬だったのか、考えてみましょう。
出かけてできること
図書館や学校の図書室で、神経や痛みの本を探してみましょう。薬は自分で判断して使わず、家の人や医師、薬剤師に相談します。
公式情報
薬の効き方や注意は、医師や薬剤師の説明が基本です。もっと知りたいときは、図書館の人に「神経と痛みの本はどこですか」と聞いてみましょう。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
神経の信号の発見は学会の解説とホジキン・ハクスリーの論文要旨に、チャネルの構造は総説とノダらの要旨に、痛みを感じない家族の研究と新しい鎮痛薬は論文要旨と米国FDAの発表に依拠する。一部の数値は検索で得た抜粋に基づく。
- Catterall WA, 2023, Channels: Voltage gated sodium and calcium channels https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10761118 (チャネルの働き・構造・TTXの結合)
- Noda M ほか, 1984, Nature 312:121-127 https://www.nature.com/articles/312121a0 (電気ウナギのチャネルの配列)
- Hodgkin AL, Huxley AF, 1952, J Physiol 117:500-544 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1392413 (膜電流の数式モデル)
- Physiology News (The Physiological Society), The sodium hypothesis of action potential generation https://www.physoc.org/magazine-articles/the-sodium-hypothesis-of-action-potential-generation-a-classic-updated-or-an-act-of-electrophysiological-sacrilege/ (イカ巨大軸索の実験とナトリウム仮説)
- Cox JJ ほか, 2006, Nature 444:894 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17167479/ (SCN9Aの変異と無痛覚)
- 米国FDA, Journavx承認の発表 https://www.fda.gov/news-events/press-announcements/fda-approves-novel-non-opioid-treatment-moderate-severe-acute-pain (新しい鎮痛薬の承認)
- MedLink, 局所麻酔薬とチャネルの解説 https://www.medlink.com/media/dlbw36 (麻酔薬の作用点。解説ページ)
なおした ところ
更新履歴
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