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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

しっぱいから うまれた ふせんは、かいぎで どんな やくに たつの?

失敗作の接着剤から生まれた付箋は、会議でどんな役に立つのか

付箋会議は何を変えるのか ── 失敗作の接着剤、KJ法の1枚1データ、発言の順番待ち

分野:技術

つよく くっつく のりを つくろうと して、すぐ はがれる のりが できて しまいました。しっぱいの はずの その のりが、いまは かいぎの つくえの 上で はたらいて います。

はがれやすい のりの なにが、かいぎで やくに たつのでしょう。この 記事で、ふせんが やって いる 三つの しごとと、こえだけの かいぎで あんが きえて しまう わけが わかります。

強くくっつく接着剤を作ろうとして、軽くはがれる接着剤ができてしまった。1960年代の終わりごろ、アメリカの会社3Mで起きたこの失敗が、のちに付箋になりました[1]。

はがれやすいことが、なぜ会議の役に立つのでしょうか。付箋が会議の中でしている仕事と、声だけの会議で意見が消えやすい理由が分かります。

強力な接着剤を目指した開発で、軽くはがせる弱い接着剤が偶然できた。3Mの研究者スペンサー・シルバーのこの「失敗作」が、のちにポスト・イット・ノートの土台になった[1]。

では、はがせることは、会議の何を助けるのか。声だけの会議では順番待ちで案が減りやすく、付箋は全員が同時に書けるぶん、その待ち時間を避けられる。この違いを、発言の順番待ちが案を減らすという実験の報告と、KJ法の考え方から整理する。

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1. つよい のりを つくろうと して、なにが できたの?

1. 強い接着剤を目指して、弱い接着剤ができた

1. シルバーは強力な接着剤を目指し、はがせる接着剤を偶然作った

アメリカの 3Mと いう 会社に、スペンサー・シルバーさんと いう けんきゅうしゃが いました。シルバーさんは、1960年代の おわりごろ、とても つよく くっつく のりを つくろうと して いました[1]。

ところが できたのは、ペタッと つくのに、かるく ひっぱれば はがれる のりでした。つよい のりを ねらった のに、よわい のりが できて しまったのです。

この のりは、すぐには つかい道が ありませんでした。くっつかない のりなんて、だれが ほしがるでしょうか。

3Mの研究者スペンサー・シルバーは、1960年代の終わりごろ、強く貼りつく接着剤を作ろうとしていました。ところが実験でできたのは、軽くはがせて、また貼れる弱い接着剤でした[1]。発見の年は、資料によって1968年とも1969年ともされるため、ここでは「1960年代の終わりごろ」としておきます[1]。

接着剤の目的は、くっつけることです。強さを競う開発の中で、弱いものができたのですから、普通なら失敗として片づけられます。実際、この接着剤には、すぐには使い道が見つかりませんでした。

では、この「くっつかない接着剤」を、誰がどこで思い出したのでしょうか。

3Mの研究者スペンサー・シルバーは、強力な接着剤を作る研究の中で、軽くはがせて貼り直せる新素材を偶然得た[1]。目標は「強く貼る」ことだったから、結果は目標から外れており、開発の文脈では失敗に近い。発見の年は、資料によって1968年とも1969年ともされるため、断定せず「1960年代の終わりごろ」と書く[1]。

この素材は、貼れるが残らないという性質をもつ。ところが当時は、その性質を生かす用途がなかったため、すぐには製品につながらなかった。

ここで問題は、用途のない発明を誰が拾い上げたのか、である。

2. しおりが おちて こまった 人が、のりを おもいだした

2. 聖歌隊の練習で、しおりが落ちて困った人が接着剤を思い出した

2. 讃美歌集のしおりの悩みが、眠っていた接着剤と結びついた

おなじ 3Mの アート・フライさんは、きょうかいで うたう れんしゅうの とき、こまって いました。うたの ほんに はさんだ しおりが、すぐ おちて しまうのです[1]。

そのとき、フライさんは シルバーさんの よわい のりを おもいだしました。あれを かみに つければ、ほんを きずつけずに、くっついて、はがせる しおりが できるかも しれません。

この おもいつきは、のりが できてから 五年ぐらい あとの ことと いわれます。のりと こまりごとが、五年かけて ようやく つながったのです[2]。

同じ3Mのアート・フライは、教会の聖歌隊の練習で、讃美歌集に挟んだ紙のしおりが何度も落ちて困っていました[1]。ページを開くたびに落ちるしおりの代わりに、貼れてはがせる紙があればいい。そう考えたとき、シルバーの弱い接着剤が頭に浮かんだと伝えられています[1]。

この着想は、接着剤の発見からおよそ5年後の、1973年ごろとされます[2]。

使い道のなかった素材と、身近な困りごとが出会うまでに、5年ほどかかったことになります。ただ、試作品ができても、それが売れるかどうかは別の話でした。

3Mのアート・フライは、教会の聖歌隊の練習で、讃美歌集に挟んだしおりが落ちることに困っていた。そこでシルバーの弱い接着剤を思い出し、はがせる紙片という発想に至ったと伝えられる[1]。

着想の時期は、接着剤の発見からおよそ5年後の1973年ごろとされる[2]。つまり、素材そのものは先にあり、用途のほうが5年遅れて見つかった。技術の側に答えがあっても、それに合う問いが見つからないと製品にならない例といえる。

だが、試作品ができたことと、市場で受け入れられることは別である。次の問題は、この紙片が本当に売れるのかだった。

3. うれるか わからない ものは、どうやって ひろまったの?

3. 評判がいまひとつだった試作品を、街で配ってみると

3. 試験販売の不調を、見本の無料配布が覆した

はがせる しおりのような かみは、さいしょは あまり うれませんでした。1977ねんの ためしの はんばいでは、ひょうばんが いまひとつだったのです[1]。

そこで 3Mは、アイダホしゅうの ボイシと いう まちで、みほんを ただで くばりました。つかってみた 人の、およそ 十人に 九人が 「かう」と こたえました[1]。

せつめいを きくより、てに とって つかってみる ほうが、よさが つたわったのです。ポスト・イット・ノートは、1980ねんに アメリカの おみせに ならび、ひろまりました[1]。

1977年の試験販売では、評判はいまひとつでした。そこで翌1978年、3Mはアメリカ・アイダホ州のボイシという町で、見本を無料で配りました。実際に使ってみた人のうち、およそ9割が「買う」と答えたと伝えられます[1]。

説明を聞いただけでは、はがせる紙の便利さは想像しにくかったのでしょう。手に取って使えば、貼って、はがして、また貼る良さがすぐに分かります。これは「使ってもらえば分かる」という製品の性格を示す出来事です。この9割は、見本を使った人に聞いた割合で、全国の人の数字ではありません。

ポスト・イット・ノートは、1980年にアメリカの店頭に出て広まりました[1]。では、この紙は、会議の中で何をしているのでしょうか。

製品化の過程では、まず1977年の試験販売で評判がいまひとつだった。そこで1978年、3Mはアイダホ州ボイシで見本を無料配布する方法に切り替え、試した人の約9割が「買う」と答えたとされる[1]。

この約9割は、見本を試した人に限った割合である。また、「買う」と答えることと実際に買うことは同じではない。それでも、説明より体験のほうが価値が伝わる製品だった、という解釈は成り立つ。貼って、はがして、また貼るという性質は、実物を触らないと想像しにくいからだ。

ポスト・イット・ノートは1980年にアメリカの店頭に出て広まった[1]。ここまでが、道具の側の話である。次は、その道具が会議で何をするのかを見る。

4. かいぎの なかで、ふせんは なにを して いるの?

4. 付箋は、会議の中で「書く・貼る・動かす」を受け持つ

4. 付箋会議の3つの動作 ── 1枚に1つ書く、貼る、動かして束ねる

ふせんを つかう かいぎは、こう すすみます。ひとりずつ、ふせんに 自分の かんがえを 一つだけ かきます。かけた ものから、かべや 大きな かみに はります。

みんなの ふせんが ならんだら、にて いる ものを ちかくに あつめます。あつまりに なまえを つけると、かいぎの ぜんぶが 見えて きます。

ふせんは、はがせる ので、なんども はりかえられます。ここが、ふつうの かみとの ちがいです。

ふせんの いいところは、「かく」「うごかす」「まとめる」を、一まいずつに わけられる ことです。

付箋を使った会議は、たいていこう進みます。一人ひとりが付箋に意見を一つだけ書き、壁や大きな紙に貼る。全員分が並んだら、似たものを近くに寄せ、まとまりに名前をつける。

付箋がしているのは、「書く」「貼る」「動かす」を、意見1つずつに分けることです。声に出した意見は、言った瞬間に流れていきます。付箋に書いた意見は、そこに残り、あとから動かして並べ替えられます。接着剤が「軽くはがれる」からこそ、何度でも動かせます。

ただし、「付箋を使えば案が増える」とまでは言えません。付箋の強みは、書く・動かす・束ねるを一枚ずつ分けられる、という道具のしくみにあります。

では、声だけで話し合う会議では、何が困るのでしょうか。

付箋会議の基本動作は3つある。一人ひとりが付箋1枚に意見を1つ書く。それを壁や紙に貼る。似たものを寄せて束ね、名前をつける。

声に出した意見は、言った時点で消える。一方、付箋に書いた意見は、見える形で残り、位置を変えて並べ替えられる。接着剤がはがせて貼り直せるという性質は、この「動かす」を支えている。

ただし、「付箋だから案が増える」とまでは言えない。付箋の強みは、道具のしくみとして「書く・貼る・動かして束ねる」が1枚ずつに分けられる点にある。

残る問いは、声だけの会議の何が問題なのかである。

5. こえだけの かいぎでは、なぜ あんが きえて しまうの?

5. 声だけの会議では、順番を待つあいだに案が消えていく

5. 集団ブレストの生産性低下 ── 順番待ち(production blocking)という説明

みんなで あんを だしあう はなしあいを、ブレーンストーミングと いいます。アメリカの こうこく会社の オズボーンさんが、1953ねんの 本で ひろめた やりかたで、「ひはんは あとに する」「かずを だす」が きまりです[3]。

ところが 1987ねんの じっけんで、みんなで やると、ひとりずつ べつべつに かんがえた ときより、あんが すくなく なると わかりました[4]。

りゆうとして、大きいと 見られたのが 「じゅんばんまち」です。ほかの 人が はなして いる あいだは、自分は はなせません。そのあいだに、おもいついた ことを わすれたり、「もう いいや」と おもったり するのです[5]。

ふせんなら、みんなが 同じ ときに かけます。ただ、かみに かくだけでは あんの かずは ふえない、という きじゅつも あります[5]。

みんなで意見を出し合う話し合いは、ブレインストーミングと呼ばれます。広告会社のアレックス・オズボーンが1939年ごろから考え、1953年の著書で広めた方法で、「批判を保留する」「量を出す」を原則とします[3]。

ところが、ディールとストローベが1987年に発表した実験では、集団でブレストをすると、同じ人たちが別々に考えた場合より、案が少なくなることが示されました。理由を検討した結果、減少の大部分を説明したのは、順番待ちが発想を妨げる「production blocking(プロダクション・ブロッキング)」でした[4]。

他の人が話しているあいだ、自分は話せません。待っているうちに、思いついたことを忘れたり、考えを進めにくくなったりします[5]。

全員が同時に書ける方法なら、この待ち時間は要りません。コンピューターに同時に入力する方法では、順番を待たなくてよいと説明されています[5]。付箋も、同じ方向の工夫と考えられます。ただし、紙に書くと妨害は減っても、案の数は増えないという記述もあります[5]。

ブレインストーミングは、広告会社のアレックス・オズボーンが1939年ごろから考案し、1953年の著書『Applied Imagination』で広めた。原則は「批判の保留」と「量の追求」である[3]。

ところが、ディールとストローベの1987年の論文は、集団でブレストをすると、同じ人たちが個別に考えた場合より案が少なくなることを実験で示した。減少の理由を検討し、最も大きな部分を説明したのが、順番待ちが発想を妨げる production blocking だった[4]。

production blocking とは、他の人の発言を聞いている間、自分は発言できず、考えも進めにくい状態をいう[5]。だから対策は、順番待ちをなくすことになる。電子ブレストのように全員が同時に入力する方法では、順番を待つ心配がないと説明されている[5]。

付箋に書く方式は、この「同時に書ける」点で同じ方向の工夫と考えられる。ただし、紙に書くと妨害は減りうるが、案の数は増えないという記述もあり[5]、効果は慎重に読む必要がある。

書いた付箋を最後にどう整理するのか。その元になる方法が、付箋より前に日本で生まれていた。

6. ふせんを うごかして まとめる やりかたは、いつ うまれたの?

6. 紙切れを動かして整理するKJ法は、付箋より前に生まれていた

6. KJ法の出発点 ── 1枚1データと、付箋を貼るだけの会議との違い

「かいて、ちかくに あつめて、まとめる」やりかたは、ふせんが うまれる まえから ありました。「KJほう」と いいます。文化じんるいがくしゃの かわきた じろうさんが かんがえ、1967ねんの 本で ひろまりました[6]。

ふせんの はつばいは 1980ねん。KJほうの ほうが、十三ねん はやいのです。

にほんごの ウィキペディアに よると、KJほうは、カードに 一つだけ かき、にて いる カードを あつめ、ずに して、ぶんしょうに します[7]。ふせんを はるだけの かいぎを、KJほうとは よびません。

紙切れを動かして整理するやり方は、付箋より前に日本で生まれていました。文化人類学者の川喜田二郎が考えたKJ法で、1967年の『発想法』(中公新書)で世に出ました[6]。野外調査で集めた膨大な情報を整理する必要から生まれた方法です[6]。

日本語版Wikipediaによると、手順は4段階です。カードを作る、近いカードを集めてグループにする、図にする、文章にする。1枚のカードには、データを1つだけ書きます[7]。ポスト・イットの発売は1980年なので、KJ法のほうが13年早いことになります。

KJ法は、案をたくさん出す方法というより、出そろった断片を束ねて構造にする方法と説明されることが多く、ブレストはカードを作る段階で使われます[6]。つまり、ブレストが「出す」、KJ法が「束ねる」と、役割がちがいます。

なお、「KJ法」は川喜田研究所の登録商標で、使いこなすには訓練が要るとされます。インターネット上の解説にも不正確なものがあると、日本語版Wikipediaは注意しています[7]。付箋を貼って分けるだけの会議は、KJ法とは呼ばないほうが安全です。

付箋より前に、紙片を動かして整理する方法が日本にあった。文化人類学者の川喜田二郎が考案したKJ法で、1967年の『発想法』(中公新書)で世に出た。もとは野外調査で集めた膨大な情報を整理する必要から生まれた[6]。ポスト・イットの発売は1980年なので、KJ法は13年早い。なお、日本語版Wikipediaは1966年とするが、書誌上の初版は1967年である。

日本語版Wikipediaによると、手順は、(1)カード作り、(2)近いカードを集めたグループ編成、(3)図解、(4)文章化の4段階で、カード1枚にデータ1つだけを書く[7]。この「1枚1データ」が、付箋に意見を1つだけ書く習慣の原型にあたる。

KJ法は、案を発散させる方法というより、出そろった断片を束ねて構造にする方法と説明される。ブレストは、工程1の書き出しに使う手段という位置づけだ[6]。ただし「収束の技法」という言い方は解説記事のもので、川喜田自身の語とは断定できない。

「KJ法」は川喜田研究所の登録商標で、使いこなすには訓練が要るとされ、ネット上の解説には不正確なものもあると日本語版Wikipediaは注意している[7]。だから、付箋を貼って分けるだけの会議をKJ法と呼ぶのは正確でない。道具の歴史を重ねると、ブレストは出す、付箋は同時に書いて動かす、KJ法は束ねて構造にする、と役割がずれて見えてくる。

7. かぞくで ふせんを つかって みよう

7. 家族の「週末の計画」を、付箋で決めてみる

7. 家庭で試せる付箋会議と、自分で比べる観点

おうちの 人と、「こんどの やすみに なにを するか」を、ふせんで きめて みましょう。ふせんが なければ、はがきぐらいの かみを きって、テープで かるく とめても できます。

まず、ひとり 三まいまで、したい ことを 一まいに 一つ かきます。はなさずに、同じ ときに かきます。つぎに、つくえに ならべて、にて いる ものを ちかくに あつめます。

さいごに、あつまりに なまえを つけます。じゅんばんを まって はなす ときと、くらべて みて、どちらが かきやすかったか、きいて みましょう。

家族で「次の休みに何をするか」を、付箋で決めてみましょう。付箋がなければ、はがきくらいの紙を切って、弱いテープで軽く留めても試せます。

まず、ひとり3枚までとして、したいことを1枚に1つ、全員が同時に書きます。次に、机の上に並べ、似たものを近くに集め、集まりに名前をつけます。最後に、どの名前を選ぶか話し合います。

声だけで決める日と比べて、考えるあいだ待たされたかどうか、言いそびれたことがあったかどうかを、家族に聞いてみましょう。付箋が効くかどうかは、自分たちの会議で確かめるものです。

家庭でも、付箋会議の3つの動作を試せる。テーマは「次の休みに何をするか」などでよい。付箋がなければ、小さく切った紙を弱いテープで留めて代用できる。

手順は、(1)各自が付箋に1枚1案を同時に書く、(2)机に並べて似たものを寄せる、(3)まとまりに名前をつける、の3つである。声だけで話した日と、この方法の日を比べ、考えている間に待たされたか、言いそびれた案があったかを聞く。

ただし、数回の家庭内の比較で分かるのは、その場の感想にすぎない。付箋の効果は、この結果から一般化はできない。それでも、順番待ちの影響を自分の体験として観察する足がかりにはなる。原典に当たるなら、ディールとストローベの論文[4]と、川喜田二郎『発想法』[6]が出発点になる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

年は資料により異なる箇所がある。本文では、ゆれのある年を「ごろ」などで書いた。

  1. ミネソタ歴史協会「MNopedia: Post-it Notes」 https://www.mnhs.org/mnopedia/search/index/thing/post-it-notes (発明の経緯、試験販売、1980年の発売)
  2. カウネット「ポスト・イットの誕生」コラム https://www.kaunet.com/kaunet/column/000200 (着想までの年数)
  3. Wikipedia英語版「Brainstorming」 https://en.wikipedia.org/wiki/Brainstorming (オズボーンと2つの原則)
  4. Diehl, M. & Stroebe, W. (1987) Productivity loss in brainstorming groups. Journal of Personality and Social Psychology 53(3), 497-509. https://homepages.se.edu/cvonbergen/files/2013/01/Productivity-Loss-In-Brainstorming_Toward-the-Solution-of-a-Riddle.pdf (集団で案が減る実験。要旨を二次資料で確認)
  5. Wikipedia英語版「Production blocking」 https://en.wikipedia.org/wiki/Production_blocking (順番待ちの説明、電子ブレスト)
  6. KJ法の解説ページ(Scrapbox) https://scrapbox.io/evergreens/KJ%E6%B3%95 (川喜田二郎と『発想法』、ブレストとの位置づけ)
  7. Wikipedia日本語版「KJ法」 https://ja.wikipedia.org/wiki/KJ%E6%B3%95 (4段階の手順、商標の注意)

なおした ところ

更新履歴

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