1. 町の 車は、だれが 見て いるの?
1. 赤信号の先で、信号が続けて青になる裏側
1. 交通管制センターは、何をどう集めるのか
赤信号で 止まったあと、先の 信号が つづけて 青に なって いて、スイスイ 走れた。そんな けいけんは ありませんか。
その うらには、町じゅうの 車を 見ている 部屋が あると いわれます。けいさつの「こうつう かんせい センター」です。
ある けんの けいさつの しりょうに よると、道に つけた きかいで 車の 数を はかり、カメラで 道の ようすを 見ます。けいさつかんや パトカーからも、知らせが 入ります[1]。
2. 数を はかると、信号は どう かわる?
2. 交通状況に合わせて、青の長さとタイミングが変わる
2. データから信号へ ── 青時間の配分とリアルタイム変更
センターは、道の ようすに あわせて、青の ながさを かえます。
となりあう 信号が 青に なる 時こくも、ずらします。かながわけんの けいさつは、これを その ときの 車の ようすに あわせて、そのつど かえる と せつめいしています[2]。
青の ながさや 時こくを ととのえると、つづけて 青に なる ことが あります。ただし、いつも そう なる わけでは ありません。
青の長さと、隣の信号とのタイミング
神奈川県警は、交通状況の変化に応じて、各方向の青信号の時間の割りふりや、隣り合う信号機が青になるタイミングを、リアルタイムに変えると説明しています[2]。
警察白書では、車両感知器などで集めた交通量や走行速度のデータを分析して、その結果で信号機の制御や交通情報の提供を行う、と述べています[3]。
信号どうしをつなげて動かす系統制御や、青の開始のずれ(オフセット)の細かい話は、別のメモで詳しく書いています。
先に来る車を予想する方式
警察庁の資料には、プロファイル信号制御という方式も出てきます。上流の交差点で測った交通量から、下流の交差点に着く交通量を予測して、青の時間を決めるものです[8]。
神奈川県警は、交通状況の変化に応じて、各方向の青信号時間の割り当てと、隣接する信号機が青を表示するタイミングを、リアルタイムに変更すると説明する[2]。警察白書(平成22年版)も、交通量・走行速度のデータの分析結果に基づいて、信号制御と情報提供を行うとする[3]。
では、測るだけの制御と何が違うのか。警察庁交通規制課の資料(令和3年4月)にあるプロファイル信号制御は、上流の交差点の計測結果から下流に到着する交通量を予測し、それに応じて信号を決める方式だ[8]。測ってから反応するのではなく、先を予測して青を準備するところが違う。なお系統制御やオフセットは、このサイトの別のメモが詳しいので、ここでは繰り返さない。
3. 車が 止まらないと、なにが いいの?
3. 信号をつなぐと、CO2はどれだけ減るのか
3. 信号の集中制御で減ったCO2と、5年間の合計
車が とまる 回数が へると、いいことが あります。えひめけんの けいさつの しりょうには、じゅうたいが へる こと、おいかけて ぶつかる 事故が へる ことが のって います[1]。
とまる 回数が へると、でる ガスや 音も へらせる と いいます[1]。
けいさつちょうの しりょうでは、信号を センターに つなぐ ことで へらせた ガスの りょうが、2015〜2019年度の 5年間 ぜんぶで 704まん トンと 書かれて います[8]。1年の 数では ありません。
4. はじめの 実験は、どこで やったの?
4. 1965年、銀座の約1平方キロメートルで信号制御の実験が始まった
4. 1961年の交通情報センターと、1965年の銀座の面制御
はじまりは、1965ねんの 東京・銀座です。ひろさは、約1へいほうキロメートル。ここで、交通の 信号に はじめて 電子の 計算きが つかわれました[4]。
1965ねんには、銀座の ひろい はんいで 信号を まとめて うごかす 実験が はじまりました。町ぜんたいを 1まいの 地図のように あつかう、さいしょの ためしでした[4]。
その 少し 前、1961ねんには、けいさつの 電話の あみを つかって、おもな 20本ほどの 道の 知らせを 集める 場所も できました。1964年の 東京オリンピックの 道の 対さくが、ひとつの ねらいでした[4]。
1961年と1965年
山口大学の経済学論集に載った、澤喜司郎さんの論文によると、1961年に警察電話網を使った交通情報センターが始まりました。主要な約20路線が対象で、1964年の東京オリンピックの交通対策が一つの目標でした[4]。これは情報を集めて知らせる施設で、信号を動かす交通管制センターとは別のものです。
そして1965年、街路網を「面」で制御する最初の試みとして、銀座地区の約1平方キロメートルで、広域交通信号制御システムが始まりました。信号を街路網の広い範囲でまとめて制御する試みで、交通制御にはじめて計数型電子計算機が入りました[4]。
「約1平方キロメートル」は、面積です。1辺が1キロメートルの正方形と同じ広さ、という意味で、実際の形が正方形というわけではありません。
澤論文(山口大学経済学論集)によれば、1961年に警察電話網による交通情報センターが主要約20路線を対象に発足し、1964年の東京オリンピックの交通対策が目標の一つだった[4]。これは情報収集・提供のシステムで、信号制御を担う交通管制センターとは別物である。
では、信号制御はいつ変わったのか。同論文は、1965年に銀座地区約1km²で、街路網の面的交通制御の最初の試みとして、日本独自の方式による広域交通信号制御システムが始まり、交通制御に初めて計数型電子計算機が導入されたと述べる[4]。「約1km²」は面積で、1辺1kmの正方形とは限らない。なお本稿は交通工学ハンドブック(1984)を引用した同論文の記述に依拠しており、実験の効果を示す数字は、使った資料に載っていない。
5. 銀座の 実験は、日本じゅうに ひろがった?
5. 銀座の仕組みから、各地にセンターが広がった
5. 1968年の都心システムと、1971年から各地へ
銀座の 仕組みは 3年あとの 1968ねんに なおされて、東京の 中心の 広い 場所の 信号を うごかす システムに なりました。さらに、道の 知らせを 集める 仕組みと くっつきました[4]。
それが、1971ねんから 日本の 町ごとに おかれ はじめた 交通 かんせい センターの もとに なりました[4]。
1984ねんどの おわりには、おもな 72の 町に センターが ありました。信号は ぜんぶで 11万6616き。そのうち、4きに 1きほどが、センターの コンピュータで うごいて いました[5]。いまの 数では ありません。
1968年から1971年へ
澤論文によると、1968年に銀座の仕組みを改良した東京都心広域交通信号制御システムが完成しました。これが交通情報センターのシステムと統合されて、「交通管制システム」になりました。それが、1971年から各地に置かれはじめた交通管制センターのシステムになった、と説明されています[4]。
1984年度の全国のようす
警察白書(昭和60年版)によると、1984年度に長岡市と佐世保市にセンターが新設され、都道府県庁所在地を含む主要72都市にセンターが整備されました。同じ年度末、全国の信号機116,616基のうち、26.7%にあたる31,162基が、センターのコンピュータで制御されていました[5]。
31,162÷116,616を計算すると約0.267で、およそ4基に1基の割合です。ただし、これは1984年度末の数字で、現在の割合ではありません。
澤論文は、1968年に銀座の方式を改良した東京都心広域交通信号制御システムが完成し、交通情報センターのシステムと統合されて「交通管制システム」となり、それが1971年から各地に設置された交通管制センターのシステムとなった、と説明する[4]。
では、その後どれくらい広がったのか。警察白書(昭和60年版)は、1984年度に長岡・佐世保にセンターが新設され、都道府県庁所在地を含む主要72都市にセンターが整備されたとする。同年度末の全信号機116,616基のうち、31,162基(26.7%)がセンターのコンピュータで制御されていた[5]。31,162÷116,616≒0.267で、約4基に1基にあたる。これは1984年度末の数字で、現在の値ではない。
6. きゅうきゅうしゃの 前は、どう 青に する?
6. 救急車の前を青にする信号制御
6. 現場急行支援システム(FAST)と、UTMSの仲間たち
いまの センターには、きゅうきゅうしゃを たすける 仕組みも あります。FAST(ファスト)と いいます。
きんきゅうの 車を、先に 走らせる ために、信号を うまく うごかして、げんばに つく 時間を へらします。きんきゅうで 走る ときの 事故も ふせぎます[6]。
2009ねんどの おわりには、13の とどうふけんで 作られて いました。いまの 数では ありません[6]。
自分でも しらべて みたく なったら
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
今日 できること
かえり道に、先の 信号が つづけて 青に なる ところが ないか、歩道から 見て みましょう。自分が すすむ むきの 信号で 見ます。道には 出ません。つづけて 青に なる ところと ならない ところを くらべて みます。
出かけて できること
東京の 警視庁には、こうつう かんせい センターの 見学が あります。見学は、前もって 電話で 予約が いり、だんたいむけです。ようすは かわる ことが あるので、おとなの人と 公式の ページを 見て ください[9]。
今日できること
帰り道や買い物の道で、自分が進む向きの信号が、続けて青になる場所がないか、歩道から見てみましょう。道路には出ません。続けて青になる場所と、そうでない場所を比べると、信号のタイミングにどんな違いがあるか観察できます。
出かけてできること
警視庁の交通管制センターは、団体(36名まで)で事前に電話予約をすれば見学できます。月曜〜金曜(祝休日・年末年始を除く)で、1日4回、1回約50分と案内されています。条件は変わることがあるので、最新の情報は公式のページで確かめてください[9]。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文の事実は、警察庁・各県警・警視庁の公式ページと、大学の紀要論文をつき合わせています。
- 愛媛県警察「交通管制センター」(パンフレット) https://www.police.pref.ehime.jp/kotsukisei/kansei_center.pdf (センターの仕事と効果)
- 神奈川県警察「交通渋滞対策(UTMS)」 https://www.police.pref.kanagawa.jp/kotsu/jutai/mesf3020.html (信号のリアルタイム調整)
- 警察庁「警察白書 平成22年版 第3章」 https://www.npa.go.jp/hakusyo/h22/honbun/html/m3410000.html (データ分析と信号制御)
- 澤喜司郎「道路交通情報システムの発達と道路交通管制」山口大学 経済学論集48巻1号 https://petit.lib.yamaguchi-u.ac.jp/8723/files/164697 (1961年・1965年・1968年・1971年の経緯)
- 警察庁「警察白書 昭和60年版 第3節」 https://www.npa.go.jp/hakusyo/s60/s600103.html (1984年度のセンター整備数)
- 警察庁「警察白書 平成22年版 第3章」FASTの節 https://www.npa.go.jp/hakusyo/h22/honbun/html/m3420000.html (FASTの目的と整備数)
- 警察庁「UTMS(警察におけるITS)」 https://www.npa.go.jp/bureau/traffic/seibi2/annzen-shisetu/utms/utms_sub.html (UTMSの仲間たち)
- 警察庁交通規制課「道路交通流対策について」(令和3年4月) https://www.env.go.jp/council/06earth/y0620-5b/900425023.pdf (プロファイル制御とCO2削減量)
- 警視庁「交通管制センターについて」 https://www.keishicho.metro.tokyo.lg.jp/about_mpd/welcome/kansei.html (センターの役割と見学の条件)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
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