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ベルギーの フリートコットは、ただの ポテトフライやさんでは ないって ほんと?

ベルギーのフリートコットが、ただのポテトフライ屋ではないといわれるのはどうしてか

ベルギーのフリートコット文化:ポテトフライの小屋が「出会いの場」と呼ばれるのはなぜか

分野:歴史・文化

ベルギーでは、バスや キャンピングカーを つくりかえて、ポテトフライの おみせに した ことが よく ありました。1950ねんだいの おわりごろには、そんな おみせが 2まんけん いじょう あったと いわれます。

ベルギーの 人たちは、この おみせを ただの ごはんやさんとは ちがう ものと かんがえて いるようです。どうしてでしょう。この ページを 読むと、フリートコットが 「会える ばしょ」と よばれる わけと、いまの かずが わかります。

ベルギーでは、バスやキャンピングカーを改造して、ポテトフライの店にしてしまうことが珍しくありませんでした。1950年代後半のピーク時には、そうした小屋を含めて2万軒以上のフリートコットがあったと推定されています[2]。

ところが、この店は「ただのフライ屋ではない」といわれ、2014年には、フランドル地方の政府(フラマン語共同体)によって無形文化遺産に登録されました。何がそう呼ばせるのでしょうか。この記事を読むと、フリートコットが人の集まる場所として説明される理由、店ごとにちがう味の考え方、そして数の移り変わりが分かります。

ベルギーのフリートコットは、バス、キャンピングカー、コンテナ、庭小屋などを、多くは店主自身が改造してつくった独立型の小屋が出発点になった[2]。1950年代後半には、その数が2万軒を超えたと推定されている。一方、現在の全国の軒数は約5000軒とされる[1]。

この小屋が、ポテトフライを売る店というだけでなく「出会いの場」として扱われ、2014年にはフラマン語共同体の無形文化遺産に登録された[2]。その理由は何か。この記事を読むと、遺産団体と公的な目録が挙げる根拠、店ごとの違いを肯定する考え方、そして数の比べ方と限界が分かる。

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1. バスが ポテトフライの おみせに なるって ほんと?

1. 町かどのバスが、ポテトフライの店になった

1. 小屋の多くは、既存の乗り物や建物の改造から始まった

ほんとうです。ベルギーの フリートコットは、バスや キャンピングカー、コンテナ、庭に おく 小屋などを、お店の 人が 自分で つくりかえた ものが 多かったと いわれます。

こうした 小屋が いちばん ふえたのは、1950ねんだいから 1980ねんだいまでです。とくに 1950ねんだいの おわりごろは、2まんけん いじょうに なったと すいていされて います。

いまは、ベルギー ぜんたいで 5000けんぐらいです。それでも、ほとんどの 町や 村に、「わたしの フリートコット」が あるそうです。

では、ポテトフライを 売る だけの 小屋が、どうして 大じに されて いるのでしょう。

ベルギーのフリートコットは、バス、キャンピングカー、コンテナ、庭の小屋のような既存の乗り物や建物を、多くは店主自身が改造して、動かない独立型の小屋にしたものでした[2]。

独立型の小屋が最も栄えたのは1950年代から1980年代にかけてです[1]。とくに1950年代の終わりには、全国で2万軒以上あったと推定されています[2]。

今も町や村に一軒はある

現在のベルギー全体の軒数はおよそ5000軒です。それでも、ほとんどの町の区画や村に、住民が「自分のフリートコット」と呼べる店がある、と遺産団体は説明しています[1]。

ここで、ひとつ疑問が出ます。ポテトフライを売る小屋が、なぜ文化遺産として大切にされるのでしょうか。

フリートコットの原型は、ありあわせの構造物を店主が自力で改造した小屋である。バス、キャンピングカー、庭小屋、コンテナなどが「固定された独立型の小屋」に作りかえられた[2]。建築としての統一規格があったわけではなく、店ごとの外観は手作りの工夫で決まった、と読める。

こうした独立型の小屋が最も盛んだったのは1950年代から1980年代で[1]、1950年代末のピーク時には全国で2万軒を超えたと推定されている[2]。なお、この2万軒は「推定」であり、数え方が現在の統計と同じとは限らない(後の章で比べる)。

数は減ったが、現在も全国で約5000軒あり、ほぼすべての町の区画や村に、住民が「自分のフリートコット」と呼べる店があるという[1]。では、なぜ揚げ物の小屋が、公的な目録に載る「文化」になったのか。次の章で、その根拠を見る。

2. どうして 「ただの おみせじゃ ない」と いわれるの?

2. なぜ「出会いの場」と呼ばれ、遺産になったのか

2. 「身分に関係なく集まれる場」という説明と、登録の意味

フリートコットは、いろいろな 人が あつまる 「であいの ばしょ」だと せつめいされて います。お金が あるか ないか、どんな 仕事を して いるかは、ここでは 気に されません。

ベルギーの いさんの だんたいは、「ベルギーの 人の 4人に 1人が、毎しゅう フリートコットで ポテトフライを 食べるか、もって 帰る」と しょうかいして います。それだけ くらしの 中に ある おみせ、と いうことです。

こうした ことから、2014ねんに フランドルちほうの せいふが、「ベルギーの フリートコットの 文化」を、だいじな 文化として とうろくしました。

ところで、おなじ フリートコットなのに、あじは どこも おなじなのでしょうか。

遺産団体は、フリートコットを「身分や階級が問題にならない、独特な出会いの場」と説明しています[1]。どんな仕事の人も、同じ窓口に並んでポテトフライを買います。

この団体は、ベルギー人の4人に1人が毎週フリートコットに行き、店で食べるか持ち帰っていると紹介しています[1]。特別な日の食事ではなく、日常にある場所だということです。

2014年に登録された

こうした点が評価され、「ベルギーのフリートコット文化」は、2014年にフラマン語共同体によって無形文化遺産に登録されました[2]。登録されたのは建物の一軒一軒というより、人が集まり、味を受け継ぐ「文化」のほうです。

では、その文化の中心にある「味」は、店ごとにどうちがうのでしょうか。

遺産団体は、フリートコットを「階級や身分が意味を持たない、独自の出会いの場」と位置づけている[1]。この説明は、同じ小屋の窓口にさまざまな立場の客が並ぶ、という日常の光景に根拠を置く。また、同団体はベルギー人の4人に1人が毎週フリートコットに行き、店内で食べるか持ち帰ると紹介している[1]。この4分の1という数字は、遺産団体の紹介にある数で、調査の方法や時期はここでは示されていない。

こうした点を背景に、「ベルギーのフリートコット文化」は2014年にフラマン語共同体の無形文化遺産に登録された[2]。この登録は、2014年にフラマン語共同体(ベルギー北部のオランダ語圏の行政組織)が、自分たちの無形文化遺産の一覧に載せたものである。その後、他の共同体や地域も認定している。国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の一覧ではないので、そこは区別しておきたい。

文化として守られるのは、建物そのものというより、人が集まる習慣や技のほうだ。そこで次に問うのは、技と味の中身である。

3. 「いちばん おいしい ポテトフライ」は あるの?

3. 完璧なポテトフライは、一つに決まるのか

3. 「万人に通じる完璧な味はない」という考え方と、二度揚げ

ベルギーの 文化を まもる だんたいは、「どこでも みんなが 一ばんと 思う、かんぺきな ポテトフライは ない」と 言って います。おみせごとに、あじも、とくいな ものも ちがうからです。

ポテトフライの つくりかたには、「二どあげ」と いう わざが あります。2回に わけて あげる やりかたで、20せいきの はじめごろから、学校でも おしえられて きたと いわれます。

つまり、きまった わざは ありつつ、あじは おみせの 人の くふうで かわる、と いうことです。だから 人は 「じぶんの フリートコット」を えらびます。

では、このように 町の 人に 大じに されて きた ポテトフライは、いったい どこで うまれたのでしょう。

遺産団体は、「普遍的に完璧なポテトフライは存在しない」と述べています[4]。店ごとに味や得意なものがちがい、お客さんは自分の好みの一軒を選ぶ、という見方です。

二度揚げという技

一方で、共通の技もあります。ブリュッセルの文化遺産の目録は、「二度揚げ」の技術が20世紀初めから学校で教えられてきたと記しています[3]。二度揚げは、名前のとおり、2回に分けて揚げる方法です。

共通の技があるからこそ、その先の小さな違いが「自分の店」を作るのかもしれません。ただし、資料はこの点までは述べていないので、ここは見方のひとつです。

こうして町の人に大切にされてきたポテトフライですが、そもそもどこで生まれたのでしょうか。

遺産団体の紹介ページは、「普遍的に完璧なフリットは存在しない」と述べる[4]。ここで言う意味は、味に正解が一つあるという前提を置かず、店ごとの違いを文化の中身として認める、ということだ。「自分のフリートコット」という言い方が成り立つのも、この前提があるからだと考えられる(この結びつけは筆者の解釈で、資料が直接述べているわけではない)。

一方で、共通の技術の存在も記録されている。ブリュッセルの無形文化遺産の目録は、二度揚げ(double cuisson)の技術が20世紀初めから学校で教えられてきたと書く[3]。二度揚げは、名のとおり二段階に分けて揚げる技術を指すと考えられる。

技術は共有され、仕上がりは店ごとにちがう。この両方があることが、文化として扱う理由の一つだと読める。では、その共有されている技の起源はどこにあるのか。

4. ポテトフライは、ベルギーで うまれたの?

4. ポテトフライの発祥は、ベルギーなのか

4. フライドポテトの起源はなぜ決着しないのか

じつは、どこで うまれたのか、はっきりとは わかって いません。フランドルの だんたいも、「正しい はじまりは、いまも ふめい」と 書いて います。

ベルギーでは、「1680ねんごろに ベルギーで うまれた」と いう せつが よく しられて います。これは、1985ねんに 書かれた きじが、1781ねんの 古い 書き物を てがかりに となえた ものです。

ただし、これは ひとつの せつです。フランスが はじまりだと いう 意見も あり、いまも 話し合いが つづいて います。

はじまりは ふめいでも、いまの ベルギーの 町には、フリートコットが たくさん あります。では、その かずは どう かわって きたのでしょう。

フランドルの遺産団体は、「フライドポテトの正確な起源は、今も不明のままだ」と書いています[4]。

「1680年ごろ」説

ベルギーでは、「1680年ごろに発明された」という説が知られています。ベルギーを紹介する英語のサイトは、これを1985年のクリスチャン・スーリの記事が、1781年の手稿を手がかりに唱えたものと紹介しています[5]。

フランスが発祥だという意見もあり、起源はベルギーと決まったわけではありません。資料も、歴史上の論争が続くことを示しています。

起源は謎のままでも、フリートコットが町に根づいたことは、数字から読み取れます。数は、どう動いてきたのでしょうか。

遺産団体の紹介ページは、フリットの正確な起源は今も不明であると明言する[4]。それでもベルギー側で広く語られるのが、1680年ごろに発明されたという説だ。紹介サイトは、これを1985年のクリスチャン・スーリの記事が、1781年の手稿を手がかりに唱えたものと紹介している(二次的な紹介で、原典の記事は未確認)[5]。

注意したいのは、説の根拠にされた手稿の年(1781年)が、発明を主張する年(1680年ごろ)より約100年新しいことだ。この説は、確定した事実ではなく、一つの主張として読むのが妥当だ。

起源の論争は決着していないが、フリートコットが生活に根づいたことは、数字の推移から読める。次の章では、複数の数字を並べて、どこまで比べられるかを考える。

5. フリートコットの かずは、へったの?

5. フリートコットの数は、どう変わってきたか

5. 異なる年・範囲の軒数は、どこまで比べられるか

1950ねんだいの おわりは 2まんけん いじょう、いまの ベルギー ぜんたいは 5000けんぐらいです。わりざんを すると、2まん ÷ 5000 で 4ばいです。つまり いまは、そのころの 4ぶんの 1ぐらいです。

フランドルちほうだけだと、2023ねんで 2642けんです。ベルギー ぜんたいの 5000けんの、はんぶんぐらいです。

ただし、かぞえた 年も かぞえかたも ちがうので、ぴったりの くらべっこでは ありません。なぜ へったのかも、しりょうには のって いません。

じぶんの 町では どうでしょう。さいごに、見て みる ほうほうを おしえます。

数字を並べてみます。1950年代後半は全国で2万軒以上(推定)、現在は全国で約5000軒、2023年のフランドル地方だけで2642軒です[2][1]。

計算してみると

2万÷5000で4です。つまり、数字の上では、今のフリートコットは最盛期の4分の1ほどです。「2万軒以上」が下限なので、実際は4分の1以下かもしれません。一方、フランドル地方の2642軒は、全国の5000軒のおよそ半分にあたります。

ただし、年も数え方も異なります。2642軒は独立型と屋内型の両方を数えた値で[2]、2万軒と同じ数え方かどうかは分かりません。数が減った理由についても、資料は述べていません。

数の変化は読めても、理由は読めません。それを自分の町で、目で見て確かめる方法があります。

複数の軒数を並べ、どこまで比べられるかを考える。1950年代末の全国推定が2万軒超、現在の全国が約5000軒、2023年のフランドル地方が2642軒(独立型と屋内型の合計)である[2][1]。

単純計算では、2万÷5000で4倍、つまり現在は最盛期の4分の1ほどになる。「2万軒以上」は下限値なので、比率は4分の1以下の可能性がある。また、2642÷5000は約0.53で、全国の約半数がフランドル地方にある計算だが、数えた年も範囲も異なる数字を割っているので、おおよその目安にとどまる。とくに2642軒は屋内型を含む数で[2]、1950年代の「独立型の小屋」中心の数とは単位がそろっていない可能性がある。

減少の理由(都市計画、チェーン店の影響など)は、今回の資料では扱われておらず、因果を述べることはできない。数字から言えるのは、最盛期より少なくなった一方で、今も全国に広がっているという点までだ。

6. じぶんの 町の おみせを 見て みよう

6. 近所の店を、フリートコットの目で観察する

6. 身近な店を比べる視点と、原典の読み方

きょう できる こと

おうちの 人と、ちかくの 食べ物の おみせを、そとから 見て みましょう。「どんな たてもの?」「どんな 人が 来て いる?」「なにを 売って いる?」を、ノートに 3つだけ 書きます。道ろでは、車に 気を つけます。

ベルギーの フリートコットでは、いろいろな 人が あつまる のが とくちょうでした。じぶんの 町の おみせは、どうでしょう。

もっと しりたい とき

ページの 下の 「しゅってん」の ところに、ベルギーの だんたいの しりょうが あります。オランダ語や フランス語、えい語で 書かれて いるので、おうちの 人に 手つだって もらいましょう。

お店を観察して比べる

家の近くの、持ち帰りの店や小さな食堂を外から観察してみましょう(道路では車に注意し、家の人と一緒に)。建物の形、メニュー、窓口の使い方をメモします。外から見て分かるのは、店の形、メニュー、窓口の様子までです。それをフリートコットの小屋やメニューの特徴と比べ、「見たこと」と「そこから考えたこと」を分けて書きます。

似ているところとちがうところを、それぞれ一つずつ書けば十分です。判断に使うのは、自分の目で見たことだけにします。

もっと読みたいとき

文化の紹介は[1]、公的な目録と軒数は[2]、二度揚げの記述は[3]、起源の説明は[4]・[5]にあります。いずれも、オランダ語、フランス語、英語のページです。

近所の店を比べる

身近な持ち帰りの店や食堂を観察し、建物の形(独立型か屋内か)、メニュー、窓口の使い方など外から観察できる点を記録する。フリートコットの特徴(小屋の形、フリットとソースを中心にしたメニュー、窓口で売る形)と比べ、見たことと、そこから考えたことを分けて書く。一軒の観察から一般論を作らないことが条件になる。

原典を読むために

遺産団体の紹介[1]と同団体の別ページ[4]、フラマン地域の目録[2]はオランダ語、ブリュッセルの目録[3]はフランス語、紹介サイト[5]は英語で書かれている。数字の出どころを確かめるときは、機械翻訳を使いつつ、数字と年だけは原文で見直すとよい。

残る問いもある。都市計画や大手チェーンの広がりが、手作りの小屋の多様性にどう影響したのかは、今回の資料からは述べられない。次に調べるなら、ここが入口になる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料です。いずれもベルギーの公的機関・遺産団体などのページです。

  1. immaterieelerfgoed.be「De Belgische frietkotcultuur」. https://www.immaterieelerfgoed.be/nl/immaterieel-erfgoed/de-belgische-frietkotcultuur/ (軒数、4人に1人、出会いの場、最盛期)
  2. Inventaris Onroerend Erfgoed「Frietkot」. https://inventaris.onroerenderfgoed.be/aanduidingsobjecten/176174 (2014年の登録、2万軒以上、2023年の軒数、改造された小屋)
  3. patrimoine.brussels「La culture du fritkot」. https://patrimoine.brussels/decouvrir/inventaires-du-patrimoine-bruxellois/inventaire-du-patrimoine-culturel-immateriel/la-culture-fritkot (二度揚げの技術)
  4. immaterieelerfgoed.be「De Belgische frietkotcultuur」(遺産団体の紹介ページ). https://immaterieelerfgoed.be/nl/erfgoederen/de-belgische-frietkotcultuur/pdf (起源は不明、完璧な味は一つではない)
  5. Focus on Belgium「Did you know that Belgians consider themselves as the inventors of French fries?」. https://focusonbelgium.be/en/facts/did-you-know-belgians-consider-themselves-inventors-french-fries (1680年ごろ発明説の紹介)

なおした ところ

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