1. まず、じぶんの めで 丸を きえさせて みよう
1. まず、自分の目で丸を消してみる
1. 手順:十字と丸を描いて、丸が消える距離を探す
しろい かみに、十字と 丸を よこに ならべて かきます。丸は 1センチくらいの おおきさ。十字と 丸の あいだは 8センチほど あけます。みぎの めで みるときは、丸を 十字の みぎがわに かきます。
こんどは、ひだりの めを とじます。みぎの めで、十字だけを じっと みつめます。かみは かおから 30センチくらいに もって、ゆっくり ちかづけたり とおざけたり します。
丸の ほうを みては いけません。十字から めを はなさないのが、こつです。すると ある ところで、丸が すっと きえます。かみを すこし うごかすと、また あらわれます。
きえる きょりは、人に よって ちがいます。ぴったり 30センチとは かぎりません。うまく いかない ときは、かみを ゆっくり うごかして さがして みて ください。
白い紙に、十字と丸を横に並べて描きます。丸は直径1cmほど、十字との間は8cmほどあけます。
左目を閉じ、右目だけで十字を見つめます。紙は顔から30cmほどのところに持ち、ゆっくり近づけたり遠ざけたりします。ポイントは、丸のほうを見ないことです。視線を十字に固定したまま、丸が視界のはしにある状態を保ちます。
ある距離で、丸がすっと消えます。紙を少し動かすと、また現れます。消える距離は人によって違い、印の大きさや間隔でも変わるので、30cmは目安です。見つからないときは、紙を動かす速さを落として探してみてください。
8cmと30cmという数字は、あとで説明する盲点の位置(視野の中心から約15度)から計算したものです。30cm先で15度ずれた場所は、角度から計算すると約8cm横にあたります。
白い紙に十字と丸を横に並べて描く。丸は直径1cm程度、十字との間隔は8cm程度とする。左目を閉じ、右目で十字を注視しながら、紙を顔から30cm前後の位置で前後に動かし、丸が消える距離を探す。注視点を丸に移すと丸は見えるので、視線を固定し続けることが条件になる。
この8cmと30cmは、後述する盲点の位置から逆算した値である。盲点は視野の中心から耳側へ約15度で、30cmの距離で15度に対応する横の長さは30×tan15°≒8cmとなる[1]。ただし15度は資料によって幅があり(英語版の百科事典では12〜15度)、個人差もある。そのため、固定された「消える距離」はなく、前後に動かして探す必要がある[1][4]。
右目で試すなら丸は右側に置く。盲点は視野の中心から耳の側にあるため、左目では丸を左側に置き、右目を閉じて同様に行う。なぜ丸が消えるのか。次の章で、目の中を見にいく。
2. 目の おくに、ものが かんじられない ところが ある
2. 目の奥にある「光を感じない場所」
2. 丸が消える理由:視神経の出口には視細胞がない
めの いちばん おくには、網膜という うすい まくが あります。ここに ひかりを かんじる さいぼうが ならんでいて、そこで かんじた ことが 神経を つたわって、脳に とどきます。
ところが、神経が めから でていく ところには、ひかりを かんじる さいぼうが ありません。ここに 丸の かげが うつると、脳に なにも つたわらないのです。この ところを 盲点と いいます。
では、きえた ところが まっくろに みえるかと いうと、そうでは ありません。まわりの かみの いろが つづいて みえます。まわりの ようすを もとに、脳が おぎなっている からだと かんがえられて います。
ふだん 気づかないのも、おなじ わけです。りょうめで みると、みぎの めと ひだりの めは、ちがう ところが かけて います。かたほうの かけを、もう かたほうの めが おぎなってくれます。
目の奥の壁には網膜という薄い膜があり、光を感じる視細胞が並んでいます。視細胞が受け取った信号は視神経を通って、脳に送られます。
丸が消えるのは、この視神経が眼球から外へ出ていく場所に、視細胞がないためです。ここに光が当たっても反応が起こりません。この場所を盲点といいます[1]。東京大学の紹介記事も、盲点にあたる網膜の部位は血管や視神経の通り道なので視細胞がない、と説明しています[2]。
大きさは、ある百科事典の説明で視野の中で縦約7度・横約5度の楕円形、位置は中心から耳側へ約15度、やや下方です[1]。ただし数字は資料によって少し違い、個人差もあります。
では、消えた場所に黒い穴が見えない理由は何でしょうか。盲点の周りの情報をもとに、脳が欠けた部分を埋めていると考えられています。東京大学の紹介する研究では、盲点を囲むドーナツ型の光を当てると、光の当たっていない盲点の内側まで明るく感じられました[2]。
ふだんの生活で気づかないのは、もう一つ理由があります。左右の目の盲点は視野の別の場所にあるので、片方の欠けをもう片方の目が補えるからです[1]。では、この「見えない場所」を最初に実験で確かめたのは誰だったのでしょうか。
網膜には光を感じる視細胞が並び、その信号が視神経を通じて脳へ送られる。丸が消えるのは、視神経が眼球から出ていく視神経乳頭の部分に視細胞がなく、光が当たっても反応が起こらないためである[1]。東京大学の紹介する研究も、盲点に対応する網膜上の部位は血管や視神経の通り道であるため視細胞が存在しない、と説明している[2]。
この盲点の大きさは、視野の中でおよそ縦7度・横5度の楕円形、位置は中心から耳側へ約15度でやや下方にあるとされる[1]。数字は資料により異なり(英語版の百科事典では縦約7.5度・横約5.5度)、度は視野の角度であって長さ(mm)ではない点に注意が要る[4]。
では、消えた場所が黒い穴にならないのはなぜか。盲点に光が当たっていなくても、その周囲をドーナツ型に照らすと、盲点の内側にも光があるように感じられる、という報告がある。このことから、脳が周囲の情報から欠けた部分を補っていると考えられている[2]。ただし「考えられている」にとどまり、補う仕組みそのものには研究者のあいだで論争が続いている。
日常で気づかないのは、補いが二重に働くためである。両目で見ると左右の盲点は視野の別の場所にあり[1]、片目の欠けをもう片目の情報が埋める。片目だけの場合も、周囲の詳細から脳が補う[4]。ここまでは現代の説明だが、この考えが生まれた当時は、真逆の予想が常識だった。
3. 350ねん まえの マリオットは、どう たしかめたの?
3. 当時は、神経の入口がよく見えると考えられていた:マリオットの実験
3. 神経の入口はよく見える場所だという予想に、マリオットの実験が反した
この ふしぎを じっけんで たしかめたのは、フランスの マリオットという 人です。1668ねんに ほんで はっぴょうしました。350ねん いじょう まえの ことです。
その ころは、「神経が めに はいる ところは、いちばん よく みえる はずだ」と かんがえる 人が おおかったと いわれます。マリオットの けっかは、それと ぎゃくでした。
マリオットは しろい しるしを 2つ、くらい ところに おきました。かたほうの めを とじ、のこりの めで まんなかの しるしを みつめながら、うしろへ さがります。すると、もう ひとつの しるしが きえました。あたまや めを すこし うごかすと、また あらわれたそうです。
みなさんが さっき やった ことと、ほとんど おなじです。
この現象をはっきりと実験で示したのは、フランスのエドム・マリオットです。1668年刊の『視覚に関する新発見』で報告したとされます[3]。
当時は、視神経が目に入る場所こそよく見えるはずだ、という見方もあったといわれます[4]。ところがマリオットは、そこでは何も見えない、という結果を得ました。
やり方は家での確かめ方とそっくりです。暗い背景に白い印を2つ置き、片目を覆い、もう片目で中央の印を見つめたまま、約9フィート(約2.7m)下がると、もう一つの印が消えたとされます。頭や目を少し動かすと、印は戻りました[3]。
この結果をめぐっては、同じ頃に目を研究していた解剖学者のペケが反論し、1669年にはアカデミーで実験も行われて意見が分かれました。マリオット自身は、視覚の中心は網膜ではなく、網膜の外側にある脈絡膜という膜だと考えましたが、これはのちに否定された考えです[3]。
それでも、道具は白い印と暗い背景だけです。誰でも同じことを試せる実験だったので、「見えない場所が目の中にある」ことは、確かめられる事実として受け入れられていったと考えられます。では、見えないはずの場所は、なぜ黒く見えないのでしょうか。
この現象を実験で示したのは、フランスのエドム・マリオットである。1668年刊の『視覚に関する新発見』に報告があるとされる[3]。それまでは、視神経が目に入る場所こそよく見えるはずだという見方もあり、マリオットの結果はその予想と食いちがった[4]。
やり方は単純である。暗い背景に白い印を2つ置き、片目を覆って、もう片目で中央の印を注視しながら約9フィート(約2.7m)後ろへ下がる。すると、もう一つの印が消えた。頭や目を少し動かすと、印は再び現れた[3]。冒頭の手順は、この実験を机の上の距離に縮めたものである。
ところが、結果の解釈は割れた。解剖学者のジャン・ペケは、従来の「視覚の中心は網膜」という説を擁護して反論し、1669年にアカデミーで実験が行われたが意見は一致しなかった。マリオットは視覚の座を網膜ではなく脈絡膜と考えたが、この考えは現在では否定されている。マリオットの観察は正しかったが、「だからその場所が視覚の座ではない」という推論は、現在の説明のうえでは別の形に落ち着いたことになる[3]。
簡単な道具で、当時の常識に反する観察を再現可能な形にした点が、この実験の強みである。では、見えない場所はなぜ穴として意識されないのか。盲点の周囲を調べた20世紀の実験が、その手がかりになる。
4. もうてんじゃ ない ところでも、丸は きえるの?
4. 盲点でなくても、丸は消える:脳が周りの模様で埋める実験
4. 人工的な盲点:灰色の四角は、約5秒で背景に埋もれた
1991ねんに、ラマチャンドランと グレゴリーという 人たちが、おもしろい じっけんを しました。もうてんでは ない ところでも、ものが きえる ことを しめしたのです。
ちらちら ひかる もようの なかに、はいいろの しかくを おきます。それを、すこし はなれた ところから じっと みつづけます。すると、へいきんで 5びょうほどで、しかくが きえて、まわりの ちらちらが つづいて みえたのです。
5びょうは、この じっけんの へいきんです。人が かわれば、びょうすうも かわります。
もうてんは ほんとうは「あな」ですが、脳は まわりの もようを つかって うめます。ここに もようが つづいていると、とくに うめやすいと ほうこく されて います。
1991年、リチャード・グレゴリーとラマチャンドランは、ネイチャー誌で次のような実験を報告しました。盲点ではない場所でも、脳は欠けを埋めることを示したのです[5]。
ちらつく背景の中に、一様な灰色の四角を置き、約6度はなれた場所から見つめ続けます。すると、40回の実験の平均で約5秒、四角が消えて背景のちらつきで埋まりました[5]。「約5秒」は実験条件での平均なので、誰でも同じ秒数で消えるわけではありません。
同じ論文には、盲点そのものの実験もあります。盲点にかかる赤い輪が赤い円盤に見え、輪の周りにさらに同心円を重ねると、盲点が輪で埋まったように見えました[5]。盲点の両側につながる模様があると、埋まりやすいということです。
脳が盲点のどこでどう埋めているかは、研究者のあいだで意見が分かれています。分かっているのは「周りの情報が使われる」らしい、というところまでです。
この点を自分で試すこともできます。しま模様の紙の上に丸を描いて、第1章と同じことをすると、丸の消えたところに縞が続いて見えるかもしれません。盲点にあたる部分が埋まる様子を観察できます。
脳の補いは盲点に限らない。1991年にグレゴリーとラマチャンドランは、盲点でない領域でも似た現象が起きることをNature誌で報告した。ちらつく背景の中の一様な灰色の四角を約6度はなれて注視し続けると、40試行の平均5.04秒で四角が消え、背景のちらつきで埋まった。人工的に作られた盲点でも、脳が周囲で埋めるというわけである[5]。この秒数は実験条件での平均で、個人や条件が変われば変わる。
同じ論文の盲点そのものの実験では、盲点にかかる赤い輪が赤い円盤に見えた。さらに輪の周りに同心円を重ねると、盲点が同心円で埋まって見えた[5]。つまり補いは盲点のすぐ縁の色だけでなく、周囲のより広い範囲の模様を使っている。この点が、周囲を円環状に照らす東京大学の紹介する研究とも整合する[2]。
ここまでは観察できることだが、補いがどの脳領域で起きるかは別問題である。一次視覚野説、高次領域説、知覚処理の問題とする説などがあり、論争が続いている。したがって「脳が埋める」という言い方は、結果の記述としては確かでも、仕組みの説明としては途中である。
読者が自分で確かめるなら、縞模様の紙の上で第1章の手順を行う。丸が消えたとき縞が続いて見えれば、模様が盲点を埋めやすいという報告と合致する。続いて見えないなら、条件(縞の太さ、紙の距離)を変えて比べる価値がある。
5. タコや イカの めには、もうてんが ない?
5. タコやイカの目には盲点がない:人の目は欠陥品なのか
5. 頭足類の目と比べると:盲点は網膜の配線の向きが生む
タコや イカの なかまは、頭足類と よばれます。この なかまの めには、もうてんが ないと いわれます。
ひとの めは、神経が 網膜の まくを つきぬけて、そとへ でて いきます。そこが あなに なります。タコや イカは、神経が 網膜の うしろがわを とおるので、あなが できません。
では、ひとの めは「しっぱい」でしょうか。そうとは いえません。ふだんは 脳が おぎなって くれるので、くらしに こまりません。
盲点は、人だけでなく、背骨のある動物の目に共通する特徴です。ところが、タコやイカなどの頭足類の目には、このような盲点がないとされます。視神経が網膜の後ろ側から近づくため、網膜を貫く穴が生じないからです[6]。
人の目は、網膜を貫いて神経が出ていくつくりなので、その出口に視細胞が置けません。同じ「目」でも、配線の向きが違うだけで、見えない場所の有無が決まるわけです。
ただし、だから人の目は欠陥品だ、と言い切るのは早すぎます。見えない場所は脳が補い、ふだんの生活でほとんど困らないからです。
盲点は網膜の構造から生じるので、構造が違えば現れない。タコ・イカなどの頭足類の目は、視神経が受容細胞に後ろ側から近づくため、網膜に切れ目を作らず、脊椎動物のような盲点がないとされる[6]。人の目では、視神経が網膜を貫いて眼球の外へ出るため、その貫通部に視細胞を置けない。
配線の向きの違いだけで盲点の有無が決まる、という比較は、盲点が「脳や視細胞の性能の限界」ではなく「網膜の構造の副産物」であることを示している。ただし、頭足類に盲点がないという説明は、百科事典的な資料にもとづく「とされる」という段階のものである。
もっとも、人の目を「欠陥品」と結論するのは行きすぎである。欠けた部分は、前章までのとおり両目の補い合いと脳の補完で日常には現れない。構造の代償と、それを補う処理とが組になっていると読むほうが、ここまでの資料に合う。
6. じぶんでも しらべて みたく なったら
6. 縞模様と、もう片方の目で試してみる
6. 条件を変えて、盲点を測る
きょう できる こと
左の めと みぎの めで、それぞれ やって みましょう。つぎに、しましまの かみの うえに 丸を かいて、やって みます。丸の きえた ところに、しまが つづいて みえるでしょうか。
よんで みよう
とうきょう大学の ウェブサイトに、もうてんの けんきゅうが のって います。おうちの ひとと いっしょに よんで みましょう。
今日できること
左右の目で試して、消える距離を比べてみます。次に、縞模様の紙の上に丸を描いて同じことをします。丸が消えたところに縞が続いて見えるか、色が一様な紙のときと比べます。家族と比べるなら、優劣ではなく、消える距離が人によって違うことを見る遊びにしてください。
資料を読むなら
東京大学のウェブサイトに、盲点を使った研究の紹介記事があります[2]。日本語で読めます。
今日できること
左右の目で消える距離を測り、紙を縞模様にして、丸が消えた場所に模様が続いて見えるかを比べる。距離の記録は、丸の大きさと十字との間隔を固定して行う。条件を変えるときは、1回に1つだけ変える。
資料を読むなら
日本語で読める資料として、東京大学の紹介記事[2]がある。盲点の周囲を使った補いの実験の原典は、グレゴリーとラマチャンドランの1991年の論文[5]で、英語で転載されている。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- コトバンク「盲点」(日本大百科全書). https://kotobank.jp/word/%E7%9B%B2%E7%82%B9-142119 (盲点の原因・位置・大きさ)
- 東京大学 UTokyo FOCUS(盲点と瞳孔反射の研究). https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/a_00394.html (盲点に視細胞がないこと、周囲を照らす実験)
- Encyclopedia.com, Mariotte, Edme. https://www.encyclopedia.com/people/science-and-technology/physics-biographies/edme-mariotte (マリオットの実験とペケの反論)
- Wikipedia: Blind spot (vision). https://en.wikipedia.org/wiki/Blind_spot_(vision) (当時の考え、両目での補い)
- Gregory & Ramachandran, Perceptual filling in of artificially induced scotomas in human vision(Nature, 1991)の転載. https://richardgregory.org/papers/percep_filling/perceptual-filling-scotomas.htm (人工的な盲点の実験)
- Wikipedia: Cephalopod eye. https://en.wikipedia.org/wiki/Cephalopod_eye (頭足類の目)
なおした ところ
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