1. はんぶんに きっても、どうして おなじ 形?
1. 紙を半分に切っても、なぜ形が変わらないのか
1. 1:√2の長方形は、半分に切っても相似になる
1786ねんの 10月、ドイツの リヒテンベルクと いう がくしゃが、ともだちに 手紙を かきました。「みじかい へんと 長い へんが 1たい 1.4ぐらいなら、おっても おなじ 形に なる」という 話です[1]。
しかも、手もとの 紙が もう そう なって いた、と かいて います。
この 1.4ぐらいは、正方形の 1へんと、ななめの 線(たいかく線)の くらべかたと おなじです。ほんとうの 数は √2 で、1.41421…と ずっと つづきます。
この 紙は、長い ほうを はんぶんに きっても、おなじ くらべかたの 紙が 2まい できます[2]。A列では、いちばん 大きい A0が 1へいほうメートル。はんぶんに する たびに、A1、A2…と なります[2]。
では、日本の 本は ぜんぶ この 形なのでしょうか。
1786年10月25日、ドイツの学者リヒテンベルクは、友人のベックマンに手紙を書きました。「短い辺と長い辺の比を1:√2にすれば、折っても同じ形になる紙ができる」という内容で、手元の筆記用紙がすでにそうなっていた、とも述べています[1]。
√2は、正方形の辺と対角線の比
√2は約1.414で、正方形の1辺と対角線の長さの比です。この比の長方形は、長い辺を半分に切ると、できた2枚がまた同じ比になります[2]。A0は面積が1平方メートルで、半分にするたびにA1、A2…と番号が増えます[2]。
ここで大事なのは、リヒテンベルクが規格を作ったわけではないことです。紙の性質に気づいて、書き残した人です。ドイツで比が√2の紙の規格DIN 476が出たのは1921年で、国際規格ISO 216になったのは1975年でした(百科事典の記載による)[3]。
では、この「きれいな紙」だけで日本の本棚は説明できるのでしょうか。
リヒテンベルクは1786年10月25日付のベックマンあての手紙で、長方形の短辺と長辺を1:√2にすれば、折っても同じ形になる紙ができると述べ、手元の筆記用紙がすでにそうなっていたと書いた[1]。√2は正方形の1辺と対角線の比にあたる。この比の長方形を、長辺の中央で短辺に平行に二等分すると、できた長方形は元と相似になる。そのため、同じ切り方を何度くり返しても形が保たれる[2]。
この性質を規格にしたのが、ドイツの規格DIN 476(1921年)だ。√2の比の紙を4つの系列にまとめ、A列を優先とした。国際規格ISO 216は1975年に採用された[3]。年は百科事典(Wikipedia)の記載による。資料により1921年と1922年の表記差もある。A0の面積は1m²で、番号が1つ増えるごとに面積は半分になる[2]。
リヒテンベルクは性質を見つけた人であり、規格を定めた人ではない。では、この比だけで日本の本の大きさは説明できるのか。
2. むかしの 本は、紙を おって 大きさを きめた
2. 昔の本は、紙を何回折るかで大きさが決まった
2. 昔の判型は折り数で決まった ── フォリオ・クォート・オクタボ
むかしの 本は、1まいの 大きな 紙に ページを いんさつして、それを おって つくりました。紙は、手で すいて つくって いました[7]。
1まいを 1回 おると 2まいで、4ページ。これを 「フォリオばん」と いいます。2回 おると 4まいで 8ページの 「クォートばん」、3回で 8まいの 「オクタボばん」です[7]。
おなじ 大きさの 紙でも、おる 回数が おおいほど、小さな 本に なります。本の 大きさは、おり方で かわったのです。
では、日本の 本は、どんな 紙から うまれたのでしょう。
3. A5と B5、どうして Bばんが あるの?
3. A判のほかに、日本だけのB判がある
3. 日本のB列は、国際規格のB列より大きい
本の 大きさを はかって みると、よく ある ものが あります。A5は 横148ミリ、たて210ミリです。B5は 横182ミリ、たて257ミリ。B6は 横128ミリ、たて182ミリです[4]。
たてを よこで わって みましょう。B5は 257÷182 で およそ 1.41。A5は 210÷148 で およそ 1.42。どちらも √2に ちかい 数です。
ところが、日本の Bばんは、世界の Bばんより 大きいのです。B0の 大きさは 1.5へいほうメートルで、A0の 1.5ばいです[2]。
日本の Bばんの もとは、えどじだいの みのがみ だと いわれます[10]。みのがみは、えどばくふが 公式の 紙に した、大切な 紙でした。
では、同じ 日本で つくられた 「四六ばん」は、どこから きたのでしょう。
身近な本の大きさを測ると、A5は148×210mm、B5は182×257mm、B6は128×182mmです[4]。縦を横で割ると、210÷148は約1.42、257÷182は約1.41で、どちらもほぼ√2の長方形です。A列と国際規格のB列は、√2の比を保ったまま大きさだけを変えた系列です。JISのB列は面積を基準にした別の系列ですが、できあがる本の縦横比はほぼ同じです。
日本のB列は、国際規格のB列と大きさが違う
日本のJISのB列は、面積がA列の1.5倍で、B0は1.5平方メートルです。国際規格のB列は、A列の隣り合う二つの寸法の中間にあたる別のもので、同じB5でも大きさが違います[2]。国際規格のB列と大きさが違うのが、日本のB判の特徴です。
日本のB判の元は、江戸時代に徳川幕府の公式な用紙として重要な地位を得た美濃紙だといわれます[10]。美濃紙の大きさとB判の寸法の対応は、はっきりした資料で示せないので、「ルーツといわれる」程度に受けとめてください。
本の大きさの国家規格が初めて公布されたのは、1929年(昭和4年)の「紙ノ仕上寸法」でした[4]。
身近な判型の仕上がり寸法は、A5が148×210mm、B5が182×257mm、B6が128×182mmである[4]。縦横比は順に約1.42、約1.41、約1.42で、いずれも1:√2に近い。A列と国際規格のB列は、√2の比を保ったまま大きさだけ変えた系列である。JISのB列は面積基準の別系列だが、仕上がりの縦横比はほぼ同じになる。
ただしJISのB列は、面積がA列の1.5倍で、B0が1.5m²だ。これは、同じ番号と次に大きい番号のA列の面積の算術平均にあたる。一方、国際規格のB列は隣り合うA列の寸法の幾何平均で、同名のB5でも大きさが異なる[2]。B列は、国際規格とは別の日本の系列として使われている。
その元として挙げられるのが、江戸時代に幕府の公式用紙として重要な地位を得た美濃紙である[10]。美濃紙の寸法とB判の対応を直接示す一次資料はここでは挙げられないので、ルーツと「いわれる」にとどめる。書籍・雑誌の判型の国家規格は、1929年(昭和4年)の「紙ノ仕上寸法」(日本標準規格第92号)に始まる[4]。
この日本の紙の寸法は、明治に入る大きな輸入紙と出会う。
4. 四六ばんの 名前は、どこから きたの?
4. 「四六判」の名前は、輸入された大きな紙から
4. 四六判の名前は、輸入紙から32枚取った寸法に由来する
小せつや エッセイで よく 見る 「四六ばん」。名前は 「4と 6」ですが、かならずしも 4すん × 6すん ぴったりでは ありません。
めいじの ころ、日本は ほんを つくる 大きな 紙を、イギリスから 買いました。この 紙は、みのばんの ちょうど 8ばいの 大きさで、「だいやつばん」と よばれました[5]。
この 紙から 本の ページを 32まい とって しあげると、よこ 4すん 2ぶ、たて 6すん 2ぶ ほどの 本に なります。それで 「四六ばん」と よぶように なった、と いわれます[5]。名前を つけたのは、本を うる 人たちだ、と つたえられています。
この 紙は、ちょうど 新聞の きかいにも つかわれました。つくる 数が ふえて いた 紙だったからです[5]。
四六判の名前は、「縦4寸×横6寸」から来たわけではありません。北田聖子さんの論文が紹介する小林氏の説明では、元になったのは、明治に印刷用としてイギリスから輸入された、クラウン四倍判に近い大きさの紙です。この紙は、美濃判のちょうど8倍の大きさだったので「大八ツ判」と呼ばれ、便利なので書籍や雑誌の出版に広く使われました[5]。
32枚取って仕上げると、4と6の大きさになる
この大八ツ判から32枚取って仕上げると、横4寸2分・縦6寸2分ほどの本になります。そこから「四六判」と呼ぶようになった、と書籍商の命名だといわれています[5]。縦の寸法は資料により1分ほど揺れるため、ここでは断定しません。
この紙は、明治20年以降に新聞の輪転機が入ってくると、輪転機用紙の判型としても採用されました。当時、増産されていた紙だったからです[5]。原紙の寸法は、四六判が788×1091mm、菊判が636×939mmです[6]。
北田論文が紹介する小林氏の説明では、四六判の原紙は、明治期に印刷用として英国から輸入されたクラウン四倍判に近い寸法の紙である。美濃判のちょうど8倍にあたるため「大八ツ判」と呼ばれ、書籍・雑誌の出版に広く使われた。これを32枚取り、化粧裁ちすると横四寸二分・縦六寸二分の書物になるところから四六判と呼ぶようになった。書籍商が命名したといわれる[5]。つまり名前は「4寸×6寸」の仕上がりそのものではなく、32枚取りの結果がおよそ4寸台と6寸台になることを指した、と読める。縦寸法は資料により六寸一分とするものもあり、断定は避ける。
普及を後押ししたのは新聞だ。明治20年以降に輪転機が導入される際、四六判が輪転機用紙の判型に採用された。増産されていた紙だったことが理由とされる(北田論文が引く小林氏の説)[5]。原紙寸法は、四六判が788×1091mm、菊判が636×939mmである[6]。
こうして、国の規格より前に、輸入紙の寸法が出版の現場で判型の標準になっていた。では、持ち歩きたい人のための小さな本は、どう生まれたのか。
5. ポケットに 入る 本は、どうして うまれたの?
5. 「持ち歩ける本」をめざした文庫と新書
5. 岩波文庫(1927年)と岩波新書(1938年)── 小さく持ち運べる本の判型
1927ねんの 7月10日、岩波書店から 「岩波ぶんこ」が うまれました。日本で はじめての ぶんこ本の シリーズです[8]。
お手本は、ドイツの 「レクラムぶんこ」でした[8]。いつでも どこでも 読める ように、小さくて、手に とりやすい 本を めざしました。
11年あとの 1938ねん11月には、「岩波新書」が うまれました。「いまの 人の いまの きょうよう」の ための 本です[9]。
新書は、よこ 103ミリ、たて 182ミリほど。A5より ほそ長く、手に ぴったり おさまる 形です[4]。1.41の 紙の 形とは、少し ちがいます。
1927年(昭和2年)7月10日、岩波茂雄のもとで岩波文庫が創刊されました。日本初の文庫本シリーズで、ドイツのレクラム文庫を手本にしたといいます[8]。手本の特徴は、小さくて持ち歩ける本という点でした。
新書は、もっと細長い
1938年11月には、岩波新書が「現代人の現代的教養」に資することを目的に創刊されました。日本初の新書です[9]。新書判の仕上がり寸法は、約103×182mmです[4]。縦を横で割ると約1.77で、A判やB判の約1.41より細長い形になります。表記には資料によるゆれがあるため、「約」と付けています。
A判や国際規格のB判は、√2の比で紙をむだなく使える形でした。それに対して新書判は、その比とは別の、縦に細長い形をしています。手に持ちやすい本を目指した文庫・新書の流れの中にある形です。
岩波文庫は1927年(昭和2年)7月10日、岩波茂雄のもとで創刊された日本初の文庫本シリーズで、ドイツのレクラム文庫を手本とした[8]。文庫は、小さく持ち運べる本を目指した叢書である。
岩波新書は1938年11月、「現代人の現代的教養」に資することを目的に創刊された初の新書である[9]。新書判の仕上がり寸法は約103×182mmで[4]、縦横比は約1.77とA判・B判の約1.41より細長い。A判・国際規格のB判のような√2比の系列とは異なる、縦に細長い形である。ただし新書判の寸法には資料による表記ゆれがあり、約と付ける。
こうして判型は、紙の性質、輸入紙の寸法、そして読む人の暮らしが重なって決まっていった。
6. 本だなの 本の たてと よこを、はかって みよう
6. 本棚の本を測って、「縦÷横」を計算してみる
6. 出口 ── 自分の本の縦横比を測る、資料の読みどころ
おうちの 本を 3さつ えらんで、ものさしで たてと よこを はかって みましょう。たてを よこで わると、どんな 数に なるでしょう。
ぶんこ本、小せつ、ざっしを くらべると、1.41に ちかい 本も あれば、ちがう 本も あるはずです。ちがう 本は、どんな 紙から うまれたのでしょう。
はかる ときは、ものさしの 先で ゆびを きらないように、ゆっくり やって ください。
家にある本を3冊選び、定規で縦と横を測って、電卓で縦÷横を計算してみましょう。文庫、単行本、雑誌など、種類を変えるのがおすすめです。
1.41に近い本は、A判やB判の仲間かもしれません。1.77のように細長い本は新書判かもしれません。測定には数ミリの誤差が出るので、「約」の数で比べます。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:大学の解説、論文、百科事典、図書館の案内、国土交通省の解説を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- Lichtenberg's letter to Johann Beckmann(M. Kuhn, University of Cambridge)。https://www.cl.cam.ac.uk/~mgk25/lichtenberg-letter.html (1786年の手紙について。英訳)
- Markus Kuhn, International standard paper sizes(University of Cambridge)。https://www.cl.cam.ac.uk/~mgk25/iso-paper.html (1:√2の性質、A列・B列の面積について)
- Wikipedia「International standard paper sizes」。https://en.wikipedia.org/wiki/International_standard_paper_sizes (DIN 476とISO 216の年について)
- コトバンク「判型」(世界大百科事典ほか)。https://kotobank.jp/word/判型 (判型の仕上がり寸法、1929年の国家規格について)
- 北田聖子「明治期における菊判,四六判の普及過程」デザイン理論57(大阪大学)。https://ir.library.osaka-u.ac.jp/repo/ouka/all/53493/jjsd57_001.pdf (四六判の由来と普及について)
- JBC「紙の原紙寸法」コラム。https://www.jbc-ltd.com/column/?p=5041 (四六判・菊判の原紙寸法について)
- Crouch Rare Books「Book formats」。https://crouchrarebooks.com/glossary/book-formats/ (フォリオ・クォート・オクタボについて)
- 石川県立図書館 展示案内「岩波文庫」。https://www.library.pref.ishikawa.lg.jp/file/856.pdf (岩波文庫の創刊について)
- ジャパンナレッジ「岩波新書」。https://japanknowledge.com/contents/iwanami_shinsho/ (岩波新書の創刊について)
- 国土交通省 多言語解説文データベース「本美濃紙の歴史」。https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R4-00260.html (江戸時代の美濃紙の位置づけについて)
なおした ところ
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