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字を くずした 書きかたは、ていねいな 書きかたより さきに うまれたの?

草書は楷書より先に生まれた? 習う順と生まれた順が逆になる三つの書体

楷書をくずして草書ができたわけではない:隷書の早書から草書・行書・楷書へ、習う順と成立の順の逆転

分野:歴史・文化

がっこうでは、楷書かいしょを ならってから、くずした じを ならいます。ところが、いちばん くずした 草書そうしょは、楷書かいしょが できる まえから あったと いわれています。

どうして ならう じゅんと、うまれた じゅんが ぎゃくに なったのでしょう。この メモを 読むと、三つの じの かたちが、どんな ときに ひつようと されたのかが わかります。

学校では、楷書から行書、草書へと、くずし方が進む順に習います[6]。ところが、草書は楷書より先に生まれたとされています[1]。

三つの書体が、速く書くことと読みやすさにどう向き合ったかをたどります。

学校向けの書の解説では、楷書は一点一画をくずさずに書く字、行書はその点画をくずした字、草書は行書をさらにくずして点画を略した字とされる[6]。この説明は習う順としては自然だが、辞典によれば草書は秦末・漢初のころ、草稿などを簡便に書く必要から生まれ、楷書は漢末から魏晋のころに隷書から形づくられたとされる[1][3]。

習う順と成立の順が逆になるのは、なぜか。この記事を読むと、速さと読みやすさのどちらを優先したかという軸で三つの書体の成り立ちが比べられ、「くずした」という説明がどこまで通用するか、成立の時期になぜ幅があるのかが分かる。

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1. ならう じゅんと、うまれた じゅんは ちがうの?

1. 習う順と生まれた順は、どうして逆になるのか

1. 「楷書→行書→草書」の学習順は、成立の順と一致するのか

がっこうで ならう じゅんばんは、楷書かいしょ、行書ぎょうしょ、草書そうしょの じゅんです[6]。楷書かいしょは、一てん 一かくを くずさずに、きちんと かく じです。

行書ぎょうしょは、その てんや せんを くずして かく じです。草書そうしょは、さらに くずして、てんや せんを はぶいた じです[6]。

これを 聞くと、楷書かいしょが いちばん さきに あって、そこから だんだん くずれて いったように おもえます。

ところが、しらべて みると、じゅんばんは ぎゃくでした。草書そうしょは、楷書かいしょが できる まえから あったと いわれています[1]。

学校の書の解説では、楷書は「一点一画をくずさず、きちんと書く書き方」、行書は「楷書の点・画をくずした書き方」、草書は「行書をさらにくずし、点・画を略した文字」と説明されています[6]。習う順に並べると、「くずす」がだんだん進んでいく階段のようです。

この説明を聞くと、楷書という完成した形が先にあって、それが少しずつくずれて草書になった、と想像したくなります。ところが辞典を引くと、草書は楷書より前、秦の終わりから漢のはじめのころに、文章の草稿などを簡単に書く必要から自然に成立したとされます[1]。

つまり「くずした」というのは習うための順番で、生まれた順番ではありません。では、いちばん早く生まれた草書は、どんな場面で必要とされたのでしょうか。

学校向けの書の解説は、楷書を「一点一画をくずさず、きちんと書く書き方」、行書を「楷書の点・画をくずした書き方」、草書を「行書をさらにくずし、点・画を略した文字」と定義する[6]。書写の学習ではこの順に進むため、楷書が基準で、他はそれをくずしたものという理解が生まれやすい。

しかし成立の面から見ると、辞典は草書を、秦末・漢初のころに文章の草稿などを簡便に書く必要から自然に生じたものとし、前漢では隷書と並んで日常の早書きに使われたと説明する[1]。楷書が隷書から生まれたのは漢末とされるので[2]、草書のほうが先に成立したと説明されている。ただし、この順序はおおまかな見取り図で、行書や楷書の成立には重なりや幅がある。そのため、「楷書をくずして草書ができた」という理解は、成立の歴史としては当てはまらない。

では、草書は何から生まれたのか。次の章では、隷書の「早書き」という出発点に注目する。

2. 草書そうしょは なんの ために うまれたの?

2. 草書は、急いで書く必要から生まれた

2. 草書は隷書の早書として、実用の必要から生じた

むかしの 中国では、隷書れいしょという かきかたが つかわれて いました[2]。

でも、ぶんしょうの したがきを つくる ときは、いちいち きれいに かいて いられません。そこで、すばやく かける かたちが しぜんに うまれて きました[1]。

それが 草書そうしょです。はやく かく ひつようから うまれた じ、と いっても いいでしょう。

だれか ひとりが 「草書そうしょを つくるぞ」と きめたのでは なく、しぜんに できた、と せつめいされて います[1]。

草書の元になったのは、隷書です。隷書は、秦の程邈という人が小篆という古い書体を簡単にしたと伝えられてきました。しかし考古学の発見から、秦の時代から前漢のはじめにかけて、少しずつ育っていった書体だと分かっています[2]。

その隷書でも、草稿のように「とにかく早く書き留めたい」場面には手間がかかります。そこで漢の時代になると、隷書の早書きとして草書が生まれたとされます。前漢では、隷書と並んで日常の早書きの書体として使われました[1][2]。

注意したいのは、草書が「だれかの発明」ではなく「自然に生まれた」と説明されている点です[1]。急いで書く場面が重なるうちに、線が続き、点が省かれていったのだろうと想像できます。今の私たちが急いでメモを取るときに字がくずれるのと、似た動きです。

では、その早書きの流れの中で、読みやすさをあまり手放さない書体は、どのように現れたのでしょうか。

草書の母体は隷書である。隷書は、秦の程邈が小篆を簡略にしたと伝えられてきたが、考古学の発見により、秦代から前漢初期にかけて成長した書体だと分かっている[2]。そのため、隷書を一人が発明したとする説明だけでは、書体の成長を説明しきれない。

漢代になると、この隷書の早書として草書が生まれた[2]。辞典は、秦末・漢初のころ、文章の草稿などを簡便に書く必要から自然に生じたもので、前漢では隷書と並行し、日常の早書きの書体として使われたと述べる[1]。ここで大事なのは、草書の動機が見た目の美しさではなく、書く速さにあったという点だ。

ただし、時期の説明は辞典によって幅がある[3]。隷書から出た流れは、早書きの草書と、整えられた楷書という、性質のちがう二つの方向に伸びた、と整理できる。

では、草書と楷書のあいだには何があるのか。そこで登場するのが行書である。

3. 行書ぎょうしょは どうして ちょうどいい じなの?

3. 行書は、速さと読みやすさの真ん中にある

3. 行書は実用性と芸術性を兼ね、王羲之の蘭亭序が代表作とされる

行書ぎょうしょは、楷書かいしょの てんや せんを すこし くずして、つづけて かいた かたちです[4]。

すこし くずして いるので、はやく かけます。もとの かたちも のこって いるので、よみやすさも あります。

行書ぎょうしょは、じつようの ためだけでなく、うつくしく かく ためにも つかわれて きました[4]。

むかしの 中国の 書の めいじんに、王羲之おうぎしという 人が います。「書聖しょせい」と よばれた 人で、蘭亭序らんていじょという 行書ぎょうしょの だいひょうさくで 知られて います[8][4]。

行書は、楷書の点や画を少しくずし、続けて書いたような書体で、楷書と草書の中間にあたります。後漢の劉徳昇が隷書をくずして速く書けるようにしたのが始まりとされ、東晋のころには成立していたと説明されます[4]。

行書が長く使われてきたのは、実用性と芸術性の両方を持っているからだといわれます[4]。速く書けることと、見る人に美しさが伝わることを、どちらも手放さなかったわけです。

この書体の名手として、東晋の王羲之は「書聖」と呼ばれています[8]。代表作の「蘭亭序」は行書の傑作とされます[4]。ただし、劉徳昇が始まりという説明は「とされる」の話で、言い切れる形ではありません。

行書が真ん中にあるなら、読みやすさをいちばん大事にした書体は、どのように整えられたのでしょうか。

行書は、楷書の点画をくずし、続け書きにしたような書体で、楷書と草書の中間に位置づけられる[4]。起源については、後漢の劉徳昇が隷書をくずして速書としたのに始まるとされるが、これは一説であり、断定はできない。東晋のころには成立していたと説明される[4]。

行書の特徴は、実用性と芸術性を兼ね備える点にある[4]。速く書ける利点が実用に結びつき、楷書の点画を少しだけくずすため、草書より形を追いやすい。行書は、楷書より速く書け、草書より形を読み取りやすい。そのため、楷書と草書の中間に位置づけられる。

王羲之は東晋の書家で、書聖と称される[8]。代表作の蘭亭序は行書の傑作とされる[4]。次の章で述べるように、王羲之は楷書を芸術的に高めた書家としても名が挙がる[3]。王羲之は、行書の代表作だけでなく、楷書でも名が挙がる書家である。

では、「きちんと書く」ことを目的とした楷書は、どのような過程で整えられたのか。

4. 楷書かいしょは どうして きちんと した かたちなの?

4. 楷書は、きちんと見せる字として整えられた

4. 楷書の成立は漢末から魏晋、最盛は初唐とされ、辞典の説明には幅がある

楷書かいしょは、隷書れいしょから うまれた じ、と いわれて います[3]。てんや せんを、せいかくに かいて、かたちを ととのえて います。

いまでも いちばん ふつうの じと して つかわれて います[3]。

はやく かく ための 草書そうしょとは、はんたいの ねらいを もった じ、と いえそうです。

うまれた じきは、はっきり ひとつには きめられません。「このころ」と いう はばを もって、せつめいされて います[3]。

楷書は、後漢の終わりごろに隷書から形を変え、漢末から三国時代のころに芽ばえ、魏晋のころに形づくられ、唐の初めに最も発達したと説明されています[3]。点や画を正確に書き、全体を四角くまとめる書体で、現在もっとも標準的な書体とされます[3]。

初唐には、欧陽詢、虞世南、褚遂良という三人の大家が出ました。欧陽詢には「九成宮醴泉銘」という作品があります[3]。東晋の王羲之も、楷書を芸術的に高めた書家とされています[3]。

成立の時期について、辞典の説明には幅があります。そのため、「楷書は何年にできた」と一つの年で言い切ることはできません[3]。

楷書が「きちんと見せる」書体として整い、草書が「急いで書く」書体として先に走り出していたのなら、草書のほうは、そのあとどこまで走ったのでしょうか。

楷書は、後漢末に隷書から転じたとされ、漢末・三国のころに芽ばえ、魏晋のころに形成され、初唐に至って最も発達した、と辞典は説明する[3]。ただし成立時期は辞典によって幅があり、一つの年号に固定することはできない。

特徴は、点画を正確に書き、方正にまとめる点にある[3]。このため、書き手が違っても形がそろいやすく、読み手にとって読み取りやすい。現在も最も標準的な書体とされるのは、こうした性質のためと考えられる。

初唐の三大家として欧陽詢・虞世南・褚遂良が挙げられ、欧陽詢の作品に「九成宮醴泉銘」がある[3]。東晋の王羲之も、楷書を芸術的に高めたとされる[3]。

ここまでで、速さを優先した草書と、読みやすさを優先した楷書、その間の行書という配置が見えてきた。では、草書は速さをどこまで押し進めたのか。

5. 草書そうしょは どこまで くずれて いくの?

5. 草書をとことん走らせると、どんな字になるのか

5. 草書は章草から今草へ進み、唐代には狂草が現れた

草書そうしょは、てんや せんを はぶいて、まるい せんが おおく なった じです。ながれるように かきます[1]。

はじめは、一つ一つの じが はなれた かたちでした。そのあと、じと じを つなげて かく かたちに なりました[1]。

むかしの 中国の ある 時代には、じゆうに はしるように かいた 人たちも いたと いわれます[1]。

ですから、草書そうしょを 読むには、すこし しらないと むずかしいと されて います[6]。

草書は、行書をさらにくずして点や画を略し、曲線が多くなった、流れるような書体です。最も自由な書体といわれます[1]。

草書には段階があります。字を一字ずつ離して書く「章草」から、字と字をつなげて書く連綿を加えた「今草」へ進みました。唐の時代には、張旭や懐素が、思うままに走るような「狂草」を書いたとされています[1]。

草書は略し方が多いため、読むにはある程度の知識が必要だと、学校向けの解説にも書かれています[6]。速く書くために略し方が増え、読むには知識が要る書体です。

この草書は、書道の中だけにとどまりませんでした。私たちが毎日使う文字とも、深くつながっています。

草書は、行書をさらに崩して点画を略し、曲線を多くした、流動性に富む最も自由な書体である[1]。発達の段階として、一字ずつ独立した章草から、連綿を加えた今草へ進み、唐代には張旭・懐素が奔放な狂草を書いたとされる[1]。

学校向けの解説は、草書を読むには一定の知識が必要と注記している[6]。略し方に規則があるため、知っていれば読めるが、知らなければ読みにくい。つまり、草書は速く書くための略し方が発達し、読むには知識が必要な書体だといえる。

この流れは、速さの追求が、実用の範囲を超えて芸術の表現にもなりうる、という例になっている。

では、そうした草書が、日本語の文字とはどう結びついたのか。

6. 草書そうしょは ひらがなに なったの?

6. 草書は、ひらがなの形にも姿を変えた

6. 草仮名を経て平仮名へ:草書体の簡略化という日本での展開

わたしたちが つかっている ひらがなは、もとは かんじを くずして かいた ものです[5]。

「安」と いう かんじを くずして いくと、「あ」に なります。

むかしの 人は、かんじの おとを かりて、うたを かいて いました。それを 草書そうしょの ように くずして、さらに かんたんに したのが、ひらがなです[5]。

へいあんじだいには、おんなの 人たちが うたや てがみに つかって、ひろまりました[5]。

平仮名は、万葉仮名の漢字を草書にくずした「草仮名」を、さらに簡単にしてできた文字です[5]。たとえば「安」をくずしていくと「あ」になります。9世紀の中ごろには、極端に草書化した形が現れ、平安時代には、女性が歌や手紙に使うなかで発達しました[5]。

急いで書くために生まれた草書が、日本では新しい文字の元にもなった、というわけです。こう考えると、三つの書体は遠い昔の話ではなく、毎日使う文字の中にも続いている、といえそうです。

平仮名は、万葉仮名を草書にくずした草仮名を、さらに簡略にして成立した文字である。万葉仮名の漢字の字体が、9世紀中ごろに極端に草体化されたことが、成立の流れのなかで述べられる[5]。「安」をくずして「あ」が生まれるのは、その例である。

平安時代には、女性が歌や手紙に使うなかで発達した、と説明される[5]。草書の出発点が速く書く実用にあったことが、日本語の文字の成立にもつながっている点は注目できる。

では、現代の私たちの手書きの字は、この流れのどこにあるのか。自分の字で確かめてみよう。

7. じぶんの なまえを、ゆっくりと いそいで かいて くらべよう

7. 自分の名前を、ゆっくりと急いで書き比べてみる

7. 手書きの字形は幅を認められている:急いで書いたときの変化を観察する

えんぴつと かみを よういします。じぶんの なまえを、ゆっくり ていねいに かきます。つぎに、ふつうの はやさで かきます。さいごに、いそいで かいて みましょう。

いそいで かくと、てんが つながったり、せんが まるく なったり しませんか。「はやく かきたい」と いう きもちが、じの かたちを かえた のです。

ただし、これは ほんとうの 行書ぎょうしょや 草書そうしょでは ありません。ほんものには、くずし方の きまりが あります。

ぶんかちょうの しりょうでは、てがきと いんさつでは かきかたの ならわしが ちがい、どちらかだけが ただしい わけでは ない、と しめして います[7]。

鉛筆と紙を用意して、自分の名前を3通りの速さで書いてみましょう。ゆっくりていねいに、ふつうの速さで、急いで、の順です。

急いで書いた名前では、点と点がつながったり、画が丸みを帯びたり、画が省かれたりするかもしれません。「早く書きたい」という気持ちが形を変えた、行書や草書が生まれた理由と似た動きです。ただし、これは本物の行書や草書ではなく、略し方にはきまりがあります。

文化庁の「常用漢字表の字体・字形に関する指針」は、手書きと印刷では表し方の習慣が違い、どちらか一方だけが正しいわけではないとしています。また、そこに例として載っている手書きの字形は、実際に書かれうる形のごく一部で、標準として示すものではない、とも述べています[7]。

三つの書体の違いを、学校向けに説明した江戸川区のページと、辞典の項目を並べて読むと、「くずした」という言い方と、生まれた順のずれが、自分の目で確かめられます[6]。

観察として、自分の名前か短い言葉を、ていねいに・ふつうの速さで・急いで、の3通りで書き、変化した箇所を比べる。点画がつながる、丸みを帯びる、省かれるのうち何が起きたかを見ると、行書や草書が生まれた動機を、自分の手で体験できる。ただし、これは行書や草書そのものではない。実際の草書には、決まった略し方がある。

文化庁の「常用漢字表の字体・字形に関する指針」(2016)は、手書きと印刷では表し方の習慣が異なり、いずれか一方だけが正しいとは言えないとする[7]。また、例示された手書き字形は、実現しうる字形のごく一部であり、標準の字形として示すものではないと述べる[7]。

書体の成立年代には辞典ごとの幅があるため、草書・行書・楷書・隷書の項目を並べて読み比べるのが出発点になる。学校向けの定義は、江戸川区の書の解説ページで確認できる[6]。習う順と成立の順がずれる理由を、自分の言葉で説明できるか、たしかめてみよう。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

成立の時期は辞典によって幅があるため、年代は「ごろ」「とされる」と書きました。

  1. コトバンク「草書」 https://kotobank.jp/word/%E8%8D%89%E6%9B%B8 (草書の成立・段階)
  2. コトバンク「隷書」 https://kotobank.jp/word/%E9%9A%B7%E6%9B%B8 (隷書と書体の生まれた順)
  3. コトバンク「楷書」 https://kotobank.jp/word/%E6%A5%B7%E6%9B%B8 (楷書の成立・三大家)
  4. コトバンク「行書」 https://kotobank.jp/word/%E8%A1%8C%E6%9B%B8 (行書の成立・特徴)
  5. コトバンク「平仮名」 https://kotobank.jp/word/%E5%B9%B3%E4%BB%AE%E5%90%8D-613766 (草書とひらがな)
  6. 江戸川区「書の解説」 https://www.city.edogawa.tokyo.jp/sports/bunka/digital_art/permanent/calligraphy/index.html (学校向けの定義)
  7. 文化庁「常用漢字表の字体・字形に関する指針」 https://www.bunka.go.jp/seisaku/kokugo_nihongo/kokugo_shisaku/joyokanjihyo_sakuin/index.html (手書きと印刷の字形)
  8. 全国美術館会議 報告 https://www.museum.or.jp/report/1138 (王羲之と書聖)

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