1. 「土から とれるから」で いいの?
1. 「土から採れるから」と考えたくなる
1. 「土から採れるから」という推測は、支えられるか
紙に 「塩」と 大きく 書いて みます。左に 土、右に 口、その 下に 皿が あります。
まず 思いつくのは、「塩は 土から とれるから、土が ついて いるのかな」という 考えです。とても もっともらしく 聞こえます。
ところが、しらべた 本には、そう 書いて ある ところが 見つかりませんでした[5]。では、むかしの 字には なにが 書いて あるのでしょう。
紙に「塩」と大きく書いてみると、左に土、右上に口、その下に皿があるのが見えます。
塩は土地から掘るものではなく、海水から作るものもあります。それでも「土から採れるから土へんだ」という説明は、いかにもそれらしく聞こえます。ところが今回確かめた資料には、土の理由をそう説明した記述は見つかりませんでした[5]。
理由が書かれていないなら、字のほうから手がかりを探すことになります。手がかりになるのは、今は使われることが少ない旧字「鹽」です。
2. むかしの 字は、どんな 形?
2. 旧字「鹽」は、意味と音を組み合わせた字
2. 「鹽」の構造 ── 鹵(意味)と監(音)の形声文字
むかしの 字は 「鹽」です。塩より ずっと 画数が 多くて、むずかしそうです。
この 字は、二つの 部分に わけられると 言われて います[2]。ひとつは 「鹵」で、しおの ことを 表す しるしです。もうひとつは 「監」で、「かん」という 読み方の ヒントです。
「鹵」は 塩の しるし、「監」は 読み方の ヒント、という 説明です。ただし、字が 本当に その ために 作られたと 決まって いるわけでは ありません。
3. 土は、どの ぶぶんが かわった もの?
3. 土は、旧字「鹽」の「臣」の部分が置きかわった形
3. 土は、どの部分が変わったものか ── 「臣→土」「鹵→口」の置きかわり
「監」の 形には、おもしろい 話が あります。人が うつわの 中を のぞきこんで いる すがたと いう ことです[4]。うつわの ほうが 「皿」で、のぞきこむ 人の 目の 形が 「臣」に あたります。
そして、いまの 「塩」を くらべると、「臣」の ところが 「土」に、「鹵」の ところが 「口」に かわって いる、と 言われて います[6]。
つまり 土は、土から とれるから ついたと いうより、「臣」の 形が かわった ものと 見る 話が あるのです。
4. みじかくした 字は、いつ できたの?
4. 略した形は、6世紀の墓誌にもある
4. 略した形はいつからあるのか ── 574年の元始宗墓誌
「むずかしい 字を かんたんに した 字は、さいきんの もの」と 思いがちです。ところが、鹽を みじかく した 形は、ずっと むかしから あったようです。
いまから 1400ねん ほど 前、6せいきの 574ねんの おはかに 入れた 石の 文に、その れいが ある、と 書いた しりょうが あります[5]。鹽が だんだん 塩に ちかづく とちゅうの 形が、その ころに あったと されて います。
「あったと されて いる」 くらいに 受けとって ください。
「難しい字を簡単にした字は、戦後に作られた」と思いがちですが、「塩」に近い略した形は、574年の元始宗墓誌に例があるとされます[5]。遅くとも6世紀には存在したことになります。
その項目には、鹽から今の塩までが、鹽>䀋>𥂁>塩の順で変わったという流れも書かれています[5]。長い時間をかけて、少しずつ略されてきた、という見方です。
年号は「とされる」と受けとってください。それでも、略した形は戦後に突然作られたものではなさそうです。では、日本で「塩」が標準の形になったのは、いつ、どんな場面でしょうか。
「塩」の形に近い略体は、574年の元始宗墓誌に例があるとされる。日本語版ウィクショナリーは、塩を鹽の略体とし、「鹽>䀋>𥂁>塩」という変化の流れを示して、略した形が遅くとも6世紀には存在したとする[5]。
この説明が正しければ、略字は戦後の新作ではなく、千数百年かけて手書きの中で簡略化されてきた字の流れの先に、塩があることになる。年号は辞書項目一つに依るため、「とされる」と扱う。
略体が古くからあっても、それが公的に標準の形になるには別の出来事が要る。それが、戦後の漢字制限である。
5. 「これを つかおう」と きめたのは だれ?
5. 国が使う漢字を決めた、1946年の当用漢字表
5. 国が使う漢字を決めた表 ── 当用漢字表(1946年)と字体表(1949年)
1946ねんに、日本の くには 「ふだん つかう 漢字は、この 1850字に しよう」と 決めた 表を 出しました[7]。「当用漢字表」と いいます。
「塩」は、この 表に 入って いる、と 言われて います[6]。3年 あとの 1949ねんには、書く 形と、本に うつす 形を そろえるための 表も 出ました[7]。
こうして、むかしから ある みじかい 形が、ふつうに つかう 字として 広まったのです。
1946年、国は法令・公用文書、新聞・雑誌など一般社会で使う漢字の範囲として、1850字を示した当用漢字表を出しました[7]。塩は、この表に入っていると説明されています[6]。
3年後の1949年には、当用漢字字体表が出ました。手書きの字体と印刷の字体を合わせ、読み書きを簡単にすることが目ざされたといいます[7]。アジア歴史資料センターの記録では、1949年3月25日に閣議決定され、4月28日に公布されたとされています[8]。
ここで、日付を混ぜないことが大切です。塩が表に入っているのは1946年で、1949年は字体をそろえた表の年です。
これで、形の経緯はひととおりたどれました。残るのは、いちばん最初の疑問です。
当用漢字表(1946年)は1850字を掲げ、法令・公用文書、新聞・雑誌など一般社会で使う漢字の範囲を示した。英語版ウィクショナリーは、塩がこの表に入っているとする[7][6]。国立国会図書館の資料は塩に個別には触れておらず、塩の収録は辞書項目による。
当用漢字字体表(1949年)は、手書きと印刷の字体を一致させ、読み書きを簡単にする狙いがあった[7]。アジア歴史資料センターの記録によれば、1949年3月25日に閣議決定、4月28日に公布された(要約による確認)[8]。
整理すると、塩が表に載るのは1946年で、1949年は字体の表である。二つを混ぜると、「塩は1949年に決まった」といった誤りが生まれやすい。形の経緯はここまでたどれる。
6. 土に、いみは あるの?
6. 土に意味はあるのか ── 分かっていること、分からないこと
6. 「意味の土」か「形の土」か ── 現時点での整理
ここまでで 分かった ことを まとめます。土は、「臣」の 形が かわった ものと、言われて います。
でも、むかしの 人が 「塩は 土に かかわるから」と 考えて 土を えらんだのか、たまたま 形が にて いて 土に なったのかは、しらべた 本には 書いて ありませんでした。
ですから、「土だから」とは 言いきれません。分からない ことが あるのは、この 字を もっと しらべる 楽しみでも あります。
ここまでで確かめられたのは、塩の土が、鹽の「臣」が置きかわった形と説明されることです。
いっぽう、その置きかわりが「意味を考えて選ばれた」のか、「形が似ていて置き換わっただけ」なのかは、まだ答えが出ていません。白川静さんや藤堂明保さんの字源辞典にも、当たってみる価値があります。
分かっている部分と分かっていない部分の境目が、はっきり見えているのは、この字の面白いところです。
整理する。確かな部分は三つある。第一に、旧字鹽は鹵(意味)と監(音)の形声文字であること。第二に、塩の土は鹽の臣の置きかわりと説明されること。第三に、略した形が6世紀にあるとされることである。
一方、その置きかわりが「意味の選択」か「形の類似による代替」かについては、確認できた出典に記述がない。白川静『字統』『字通』や藤堂明保『漢字語源辞典』などで、字源説を比べる余地がある。
ここから、字源の説明を読むときの態度も見えてくる。形の対応と、意味の理由は、別の問いである。
自分でも しらべて みたく なったら
自分でも調べてみたくなったら
自分でも調べてみたくなったら
今日できること
紙に 「塩」を 大きく 書いて、土、口、皿を ちがう 色で なぞって みましょう。それから こくご じてんや 漢字の じてんで 「塩」を ひいて、むかしの 字が のって いるか 見て みます。
出かけてできること
図書館に 行ったら、漢字の 本の たなを のぞいて みましょう。「塩」の ほかにも、むかしの 字と 今の 字が ちがう ものが、たくさん 見つかります。
こうしきの 情報
ぶんかちょうの ホームページには、漢字の 表に ついての せつめいが あります。おうちの 人と いっしょに 読んで みましょう。
今日できること
紙に「塩」を大きく書き、土・口・皿を色分けしてなぞってみてください。次に、家にある国語辞典や漢字辞典で「塩」を引き、旧字の「鹽」が載っているかを見ます。辞典によって、載せている情報が違うのを比べるのもおすすめです。
出かけてできること
図書館の漢字辞典のコーナーで、「塩」の項を何冊かで引き比べてみてください。字の成り立ちの説明が、辞典ごとに同じかどうかを見ると、この記事で「言い切れない」と書いた部分が、実際にどう扱われているかが分かります。
公式情報
文化庁の国語施策のページや、国立国会図書館の漢字表の解説に、当用漢字表や常用漢字表についての説明があります。
今日できること
手元の漢和辞典(大漢和・字通など図書館にあるもの)や国語辞典で「塩」「鹽」を引き、字源の説明が辞典ごとに同じか、旧字がどう注記されているかを比べてみる。白川静、藤堂明保らの説明も、ここで直接当たれる。
出かけてできること
図書館の参考図書コーナーで、同じ字を複数の字源辞典で引き比べる。形の対応の説明と、意味の理由の説明が、どこで分かれるかに注目するとよい。
公式情報
国立国会図書館リサーチ・ナビの漢字表の解説、文化庁の常用漢字表、アジア歴史資料センターの当用漢字字体表関係の記録に当たる。常用漢字表での「塩」の扱いは、今回文化庁の原文を読めておらず、確認の余地が残る。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
今回は、字の成り立ちは辞典・字書の引用(二次資料)を突き合わせて確認し、当用漢字表・字体表は国立国会図書館とアジア歴史資料センターの資料で確認した。
- 鹽(Dong Chinese、『説文解字』の引用) https://www.dong-chinese.com/wiki/鹽 (『説文解字』の記述の確認)
- 塩(コトバンク) https://kotobank.jp/word/塩 (旧字が形声文字であること)
- 鹵(Wiktionary英語版) https://en.wiktionary.org/wiki/鹵 (鹵の形の由来と諸説)
- 監(Wiktionary英語版) https://en.wiktionary.org/wiki/監 (監の成り立ち)
- 塩(Wiktionary日本語版) https://ja.wiktionary.org/wiki/塩 (略体の変化と6世紀の例)
- 塩(Wiktionary英語版) https://en.wiktionary.org/wiki/塩 (臣→土、鹵→口の対応、1946年の表)
- 漢字表(国立国会図書館 リサーチ・ナビ) https://ndlsearch.ndl.go.jp/rnavi/humanities/post_576 (当用漢字表・字体表の趣旨)
- 当用漢字字体表の実施に関する訓令案(アジア歴史資料センター) https://www.jacar.archives.go.jp/das/meta-en/A13111267300 (閣議決定・公布の日付。要約の確認)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。