1. かんきりが いる かんと、いらない かんは どこが ちがうの?
1. 缶切りが要る缶と、いらない缶は何がちがうのか
1. 缶切りが要る缶、要らない缶 ── ふたの開け口で何が変わるのか
かんづめを かって きたら、ふたに リングが ついて いる かんが たくさん あります。リングを ひっぱれば、かんきりが なくても ひらきます。
でも、リングの ない かんも あります。そう いう かんは、かんきりで ふたの ふちを 切って あけます。
どうして かんきりの いらない かんが うまれたのでしょう。そのまえに、さいしょの かんきりを のぞいて みましょう。
買ってきた缶詰を手に取ると、ふたに引き輪(リング)が付いているものが多くあります。リングを引けば、缶切りがなくても開きます。日本のイージーオープン缶(プルトップ式の缶詰)は、この「缶切りが不要」という便利さで多くの缶詰に使われています[8]。
けれども、リングのない缶もあります。こちらは缶切りで、ふたの縁を切って開けます。缶切りのいる缶と、いらない缶。この差は、開け口に切る道具が必要かどうかだけです。
では、缶切りはいつ、どんな形で生まれたのでしょうか。最初の缶切りの特許を見てみます。
2. 「子どもでも あんぜん」と かいた かんきりは、どこで つかわれたの?
2. 「子どもでも安全」と特許に書かれた缶切りは、どこで使われたのか
2. 1858年のワーナー特許 ── 「子どもでも危険なく」とされた刃の形
かんづめが できた ころ、かんは あつくて、かなづちと のみで ひらいて いました。かんきりの とっきょが できたのは、かんが つかわれはじめて 50ねんほど あとです[1]。
1858ねんに、アメリカの エズラ・ワーナーさんが とっきょを とりました。とがった はで かんに あなを あけ、まがった はを てこの ように うごかして ふたを 切ります。はが ふかく はいりすぎない ように、わっかの ぼうが かんの おもてに あたります[2]。
ワーナーさんは「子どもでも あんぜんに つかえる」と かきました[2]。でも、はが むきだしで、いえには あぶない と いわれました。おみせの 人が、お客さんの ために あけて あげる どうぐに なったと つたえられて います[3]。
かんきりは、まだ いえの どうぐでは ありませんでした。では、だれでも つかえる かんきりは、どうやって うまれたのでしょう。
缶詰が広まった初期の缶は厚く、開けるときは金づちとのみでふたを切り開くよう案内されていました。缶切りの特許が取られたのは、米国の1858年になってからです[1]。缶の登場から、約50年あとのことになります。
特許に書かれた刃の形
米国で最初とされる缶切りの特許は、1858年1月5日にコネチカット州ウォーターベリーのエズラ・ワーナーが取りました。先のとがった刃で缶に穴を開け、曲がった刃(鎌形)をてこのように動かして、ふたを切っていく道具です。刃が深く入りすぎないよう、輪になった棒が缶の面に当たる作りでした[2]。
安全をうたった道具の行き先
ワーナーは特許の説明で、この道具を「子どもでも難なく、危険なく使える」と述べています[2]。しかし刃がむき出しで家庭には危険とされ、店で店員が客のために缶を開ける道具として使われたと伝えられています[3]。この「店員が使った」という話は、郷土史を扱う二次資料の記述です。
特許の文言と実際の使われ方は、ずれたことになります。次の問いは、刃をむき出しのまま振り回さずに、缶を一周切れないか、ということです。
缶そのものは1810年に英国のデュランドがブリキ缶の保存を特許にして世に出たが、初期の缶は厚く、開けるには金づちとのみでふたを切るよう案内されていた。缶切りの特許が取られたのは、米国の1858年になってからで、缶の登場から約50年も遅れている[1]。
1858年1月5日にコネチカット州ウォーターベリーのエズラ・ワーナーが得た米国特許は、先のとがった刃で缶に穴を開け、曲がった刃(鎌形)をてこのように動かしてふたを切る構造をとる。刃が深く入りすぎないよう、輪になった棒(ガード)が缶の面に当たる点が、特許原文で強調されている[2]。
注目すべきは、ワーナー自身がこれを「子どもでも難なく、危険なく使える」と述べた点である[2]。ところが刃がむき出しで家庭には危険とされ、店の店員が客のために缶を開ける道具として使われたと伝わる[3]。後半は郷土史を扱う二次資料の記述で、一説として受け取るのがよい。
刃が出ているかぎり、安全の主張は説得力を持ちにくい。では、刃を回転させて一周切るという発想は、どこから出てきたのか。
3. まわる はで 切る かんきりは、どう うまれたの?
3. 回る刃で一周切る缶切りは、どう改良されたのか
3. 回転刃の登場と改良 ── ライマン式から送り車つきへ
1870ねんに、アメリカの ウィリアム・ライマンさんが、まるい はを まわして ふたを 切る かんきりの とっきょを とりました[4]。
さきを ふたに さして じくに して、ハンドルを まわすと、はが すすんで いきます。ぐるっと まわすだけなので、てこで すこしずつ 切るより らくそうです[4]。
ただ、かんの まんなかに さす ひつようが あって、かんの おおきさごとに 合わせる めんどうが あったと いわれます[1]。1925ねんに、はの ある 「おくりぐるま」が ふえて、かんの ふちを はさんで まわす、いまの かんきりに ちかく なりました[1]。
いまの かんきりは、2つの かたちに わけられます。つぎは、その ちがいを みて みましょう。
1870年7月12日、コネチカット州メリデンのウィリアム・ライマンが、回転する円形の刃でふたを切る缶切りを特許にしました。先端をふたに突き刺して軸にし、ハンドルを回すと、刃が切り進みます[4]。てこで少しずつ切るより、回すだけで一周切れる道具です。
ただ、この形は缶の中心に刺す必要があり、缶の大きさごとに調整が要るという弱点があったといわれます。1925年ごろ、歯のついた送り車(フィードホイール)を加えた改良が現れました。缶の縁を挟んで回す、今の回転式に近い形になっています[1]。この弱点の説明は百科事典の記述に拠ります。
日本で売られる2つのタイプ
日本の缶切りは、大きく「てこ式」と「回転式」に分けられます。てこ式は缶の縁に刃を当てて手前に倒すと刃が刺さり、少しずつ開いていきます。切り口はぎざぎざになりやすく、刃はむき出しです。回転式は缶の縁を挟んで固定し、ハンドルを回して開けます[5]。
1858年のてこの考え方が、今も残っているわけです。しかし缶切りを工夫するより、缶のほうを変える道がありました。
刃をむき出しにして缶を少しずつ切るてこ式に対し、一周まわして切るという発想は、1870年7月12日にコネチカット州メリデンのウィリアム・ライマンが得た特許に現れる。円形の刃を備え、先端をふたに突き刺して軸にし、ハンドルを回すと刃が金属を切り進む構造である[4]。
ところが、この方式は缶の中心に刺す必要があり、缶の大きさごとに調整が要るという欠点があったといわれる[1]。そのため1925年ごろ、歯のある送り車(フィードホイール)を加える改良が現れ、缶の縁を挟んで回す、今日の回転式に近い構造になった[1]。この部分は百科事典の記述に拠るので、断定は避けておく。
日本の缶切りは、てこ式と回転式に大別される。てこ式は縁に刃を当てて手前に倒すと刃が刺さり、少しずつ開く。切り口はぎざぎざになりやすく、刃もむき出しである。回転式は縁を挟んで固定し、ハンドルを回して開ける[5]。つまり1858年のてこの構造は、形を変えつつ今の市販品にも残っている。
刃をどれだけ改良しても、缶切りという別の道具が必要な点は変わらない。それなら缶のふたを、最初から切れる形にしておけないか。
4. ふたに リングを つけたら、どう なったの?
4. ふたに引き輪を付けたら、缶切りは要らなくなった
4. プルタブの発明 ── 切り口をふたに作り込む発想
1963ねんに、アメリカの アーマル・フレイズさんが、アルミの ふたに ひっぱる リングを つけた かんの とっきょを とりました[6]。ふたが かんの うえから 切りとれる かたちです。
これは ビールの かんから ひろまりました。1965ねんまでに、アメリカの ビールがいしゃの 75パーセントいじょうが つかった と つたえられます[6]。
ひらめきの はなしは、ひとつでは ありません。ピクニックで せんぬきを わすれた からだ、という はなしが あります[7]。べつの しりょうでは、アルミの かいしゃから たのまれた ことに なって います[6]。どちらが ほんとうかは、いまの ところ わかりません。
ただ、この リングには こまった ことも ありました。
1963年、アメリカのオハイオ州ダイトンのアーマル・フレイズが、アルミのふたに引き輪を付けた「切り取り式の開け口」(プルタブ)の特許を取りました。ふたが缶の上から切り取れる形です[6]。
この方式はビール缶から広がり、1965年までに米国のビール会社の75%以上が採用したと記録されています[6]。缶切りがなくても、手で開けられたからです。
着想の逸話は2つある
プルタブの着想には、複数の話があります。スミソニアン誌は「1959年のピクニックで栓抜きを忘れたこと」がきっかけだったと紹介しています[7]。一方、歴史標識は、同じ1959年にアルミ会社から依頼を受けたことが始まりと記しています[6]。資料で食いちがうため、「一説には」と受け止めるのが安全です。
ところが、この取り外し式のプルタブには、思わぬ弱点が見つかりました。
缶そのものに切り口を作り込む発想は、1963年にオハイオ州ダイトンのアーマル・フレイズが得た特許に現れる。アルミのふたに引き輪を付け、ふたが缶の上から切り取れる形にしたものである[6]。缶切りという外付けの道具が要らなくなったことが、この形が受け入れられた理由と考えられる。実際にビール缶から広がり、1965年までに米国のビール会社の75%以上が採用した[6]。この数字は米国のビール会社の採用率で、日本の缶詰の普及率ではない。
発明のきっかけは出典で食いちがう。スミソニアン誌は、1959年のピクニックで栓抜きを忘れたことが着想の発端だったとし[7]、ライト・パターソン財団の歴史標識は、同じ1959年にアルミ会社から依頼を受けたことを始まりに挙げる[6]。どちらが事実に近いかは、この2点だけでは決められないため、逸話は「一説には」として扱う。
なお、この取り外し式のタブには別の問題が生じた。それが次の章の話題である。
5. すてられた リングが こまりものに なった、のは どうして?
5. 外したタブが散らかった。そこから「付いたまま」の形が生まれた
5. 取り外し式からステイオンタブへ ── 1976年の改良
ひっぱって とった リングは、その まま すてられて しまいます。すてられた リングが ちらかって、あぶなかった と いわれます[7]。
そこで 1976ねんに、アメリカの ダニエル・クジクさんが、かんに ついた まま おしこむ「ステイオンタブ」の とっきょを とりました[7]。
いま みなれた かんの ふたの かたちが、ここで できました。1つの なやみを なくすと、つぎの なやみが でて、それを また なおして いく。かんきりの れきしは、その くりかえしです。
取り外し式のタブは、缶を開けたあとに捨てられて散らかり、危険だったと説明されています[7]。便利さの裏側で、困りごとが新しく生まれたのです。
これを直したのが、1976年にレイノルズ金属のダニエル・クジクが特許にした「ステイオンタブ」です。缶に付いたまま押し込む形で、今の缶の開け口につながっています[7]。
缶切りの刃を安全にする工夫は、缶の側が切り口を持つ形で一つの答えになりました。それでは、缶切りは今、完全に役目を終えたのでしょうか。
取り外し式のプルタブは、缶切りを不要にした一方で、外したタブが捨てられて散らかり、危険だったと説明される[7]。そのため1976年、レイノルズ金属のダニエル・クジクが、缶に付いたまま押し込んで折り返す「ステイオンタブ」を特許にし、現在の形につながった[7]。
流れを整理すると、1858年のてこ式は安全をうたったが刃がむき出しだった。1870年の回転刃は一周切れるようにしたが、道具が別に要るという点は残った。1963年のプルタブは道具を不要にしたが、外したタブが問題を生んだ。1976年のステイオンタブはそれを解決した。どの段階の改良も、前の段階の不便を直す形になっている。
ここまでは米国の特許の流れで、日本の缶詰にプルタブが広まった時期は別の話になる。では、缶切りは今も要るのか。
6. リングの かんが あかない とき、どうするの?
6. リングの缶が開かないとき、缶切りの出番は残っているのか
6. 東京都の試験が示す、プルタブ缶の開けやすさと缶切りの出番
リングの かんは、らくに あく はずです。でも、ちからが いる ことが あります。とうきょうとの しけんでは、リングを 90どまで たてて から あけると、たてない ときより あける ちからが 3わりから 6わり へりました[8]。
つまり、リングを しっかり たてるのが こつです。それでも ひらかない とき、とうきょうとは「かんきりなど べつの どうぐを つかおう」と すすめて います[9]。
あけかたは かんの ふたに ちいさな じで かいて あります。ちからを いれすぎて、いっきに あいて 手を 切る そうだんが まいとし ある そうです[9]。あぶないので、かならず おうちの 人と いっしょに あけましょう。
東京都消費生活総合センターの2003年の試験では、リングを90度まで立ててから開けると、立てない場合より開ける力が約3〜6割減りました。開けるのに約24〜25N(ニュートン)で済む缶もありました[8]。これは内径74mmのアルミのふたを使った3社の缶での結果で、すべての缶に当てはまるわけではありません。
同じ東京都の資料は、ふたの開け方が小さな字で書かれていて読まれにくいことも述べています。開けにくいときに力を入れると、一気に開いて手を切るという相談が毎年あるそうです[9]。そこで、缶の中心を親指で押さえてゆっくり開けること、缶とふたを切り離すときは引っ張らずに前後に数回動かすことを勧めています。どうしても開かないときは、缶切りなど別の道具を使うよう助言しています[9]。
缶切りの出番は、リングの缶が開かないとき、という形で残っています。東京都の助言を読むかぎり、缶切りは「ふだん使う道具」から「困ったときの頼れる予備」へ、役目が移りつつあるように見えます。
日本のイージーオープン缶について、東京都消費生活総合センターは2003年に事故防止テストを行った。リングを90度まで立ててから開けると、立てない場合と比べて最大開口力(開きにくさ)が3割弱〜6割強減り、約24〜25Nで開く缶もあった[8]。1Nは約0.1kgの物を支える力に近いので、25Nは約2.5kgの物を持ち上げる程度の力である(換算は9.8で割った概算)。試験対象は内径74mmのアルミふた3社分で、すべての缶に当てはまる値ではない。
同じ資料群の別の文書は、ふたの開け方が小さな字で表示され読まれにくいこと、開けにくいときに力を入れすぎると一気に開いて手を切る相談が毎年あることを述べる[9]。助言は、缶の中心を親指で押さえてゆっくり開ける、缶とふたを切り離すときは前後に数回動かして切離し力を小さくする、どうしても開かないときは缶切りなど別の道具を使う、というものである[9]。
ここから分かるのは、缶切りが要らなくなったのではなく、出番が「開かないとき」に移っていることである。ただし、この章は東京都の試験と助言という範囲の話で、缶切りがどれだけ使われているかまでは語っていない。
7. おうちの かんの ふたを みて みよう
7. 家の缶詰のふたを観察し、缶切りの工夫を探してみる
7. 家の缶のふたで確かめる ── 観察の手がかりと、読む資料
おうちに かんづめが あったら、ふたを じっくり みて みましょう。かんを あける ひつようは ありません。
リングは ありますか。ふたに ちいさな じで、あけかたが かいて ありますか。リングの したの ふちは、どんな ようすですか。リングの ない かんが あれば、かんきりで あける かたちの ふたです。
おうちに かんきりが あれば、おとなの 人と いっしょに みて みましょう。はは するどいので、さわらないで、かたちだけ みて ください。てこの かたちと、まわる かたち、どちらでしょうか。
かんを あけるときは、とうきょうとが すすめる とおり、おうちの 人と いっしょに ゆっくり あけましょう[9]。
家に缶詰があれば、開ける前にふたをよく観察してみましょう。リングはあるか。開け方の表示は、どのくらいの大きさの字で書かれているか。缶のふちはどんな形か。見つけた缶の種類を数えてみるのも、おもしろい調べ方です。
家に缶切りがあれば、てこ式か回転式かを確かめてみましょう。刃がむき出しなので、触らず見るだけにして、おとなの人と一緒に見てください。刃が1858年のワーナーの形に近いか、1870年のライマンの形に近いかを、特許原文の説明と見比べると、道具の中に昔の工夫が残っているのが見えてきます。
日本語の資料なら、東京都の資料[8]が短くまとまっています。
家の缶詰のふたで、開け口の形を観察すると、ここまでの流れが目で確かめられる。リングが付いているか、開け方の表示はどの大きさで書かれているか、リングを立てる向きが示されているか[8]。リングのない缶があれば、缶切りが必要な形である。
缶切りがあれば、てこ式か回転式かを見分けられる。ただし刃はむき出しなので、触れず、おとなと一緒に観察すること。ワーナー特許[2]の曲がった刃とガードの考え方、ライマン特許[4]の円形刃と軸の考え方が、今の道具にどう残っているかは、自分の目で比べる価値がある。
特許原文2件(Google Patents、英語。ワーナー[2]、ライマン[4])、フレイズに関する歴史標識[6]、スミソニアン誌[7]があり、日本語では東京都の試験報告[8]と助言[9]が読みやすい。逸話は出典でちがうので、原典を読み比べてみてほしい。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:特許原文、公的機関の資料、百科事典、歴史標識、雑誌記事などを使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- Wikipedia「Can opener」。https://en.wikipedia.org/wiki/Can_opener (缶切りの特許年、送り車の改良について。百科事典)
- Ezra J. Warner, US Patent 19,063(1858年)。https://patents.google.com/patent/US19063A/en (最初の缶切り特許の刃の形と、子どもでも安全という記述について。特許原文)
- Connecticut History「Today in History: January 5」。https://connecticuthistory.org/?p=50742 (ワーナーの缶切りが店員の道具として使われたという伝えについて。郷土史の二次資料)
- William W. Lyman, US Patent 105,346(1870年)。https://patents.google.com/patent/US105346 (回転する円形の刃の缶切りについて。特許原文)
- Wright-Patt Foundation「Ermal C. Fraze」歴史標識。https://www.wgpfoundation.org/historic-markers/ermal-c-fraze/ (プルタブの特許、ビール会社の採用率、着想の別説について)
- Smithsonian Magazine「How Popping Open a Can Became the Sound of Summer」。https://www.smithsonianmag.com/innovation/how-popping-open-a-can-became-the-sound-of-summer-180982527/ (プルタブの着想の逸話と、ステイオンタブの経緯について。雑誌記事)
- 東京都消費生活総合センター 事故防止テスト「イージーオープン缶は1・2・3で」。https://www.shouhiseikatu.metro.tokyo.lg.jp/anzen/test/documents/kandume.pdf (イージーオープン缶の開口力の試験について。公的機関の資料)
- 東京都消費生活総合センター 同テストの助言(別文書)。https://www.shouhiseikatu.metro.tokyo.lg.jp/anzen/test/documents/kandume_a.pdf (開け方の助言と、開かないときの別の道具について。公的機関の資料)
なおした ところ
更新履歴
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- 初版を公開。
- 中学生向けの題名を、日常の疑問が先に来る形に見直した。
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