1. ただで つかえると おもった え に、おかねの 話が でた
1. 誰でも使えると思っていた画像の形式に、契約の話が出た
1. 1994年、GIFとLZW特許 ── 標準ではないが、みんなが使っていた決めごと
GIF は、1987年に できた え の かたちです。え の ファイルを ちいさく する ほうほうを つかって います。
じつは、その ほうほうには、べつの 会社が とった とっきょが ありました。とっきょは、「この はつめいは、わたしの もの。つかう 人は、ゆるしを もらって ね」と 言える けんりです。
1994年の おわり、「GIF を あつかう ソフトを 作る 人は、ゆるしの けいやくが いる」と、はっぴょうされました[1]。
おどろいた 人たちは、とっきょの ない、あたらしい え の かたち を 作りはじめました。それが PNG(ピング)です。1996年に、ウェブの きまりを きめる ところが みとめました[3]。
GIF の とっきょは、2003年に おわりました[2]。
GIFは、1987年にアメリカのパソコン通信サービスCompuServeが作った画像の形式です。絵や図を小さなファイルにでき、パラパラ漫画のように動く画像も作れます。ホームページが広まると、ここでも多く使われました。
ファイルを小さくする方法にはLZWが使われています。この方法の特許は、GIFより前の1983年にスペリー社(のちにユニシス社が引きつぐ)がアメリカで出願し、1985年に成立していました[2]。GIFの圧縮には、すでに特許が出願され、成立していたLZWの方法が使われていたことになります。
1994年の暮れ、GIFを読み書きするソフトの作者は、ユニシスの特許を使うための契約が必要になる、と発表されました[1]。作者たちの間で大きな議論になり、特許に縛られない画像の形式を作ろうという動きが始まりました。それがPNGです。1995年1月4日に最初の案が出て、1996年10月にウェブの標準を決める団体W3Cが正式に承認しました[3]。PNGの規格書には、設計の目標として「法的な制限がないこと」が書かれています[4]。
GIFの特許は、出願から20年たった2003年6月20日に期限が切れました[2]。
ただし、GIFは標準化団体が決めた標準ではなく、使う人が増えて広まった決めごとです。それでも「みんなが合わせる決めごとに、持ち主のいる技術が入る」ことは同じように起きます。では、標準を決める場所はどうしているのでしょうか。その前に、特許と標準がなぜぶつかるのかを見ておきます。
GIFは、1987年にアメリカのパソコン通信サービスCompuServeが作った画像の形式だ。絵や図を小さなファイルにでき、パラパラ漫画のように動く画像も作れる。ホームページが広まると、ウェブでも広く使われた。
ファイルを小さくする方法には、LZWというデータ圧縮の方法が使われている。この方法の特許(米国特許4,558,302、発明者はテリー・ウェルチ)は、スペリー社(のちにユニシス社が引きつぐ)が1983年6月に出願し、1985年12月に成立していた[2]。特許の出願は、GIFが作られた1987年より4年早い。GIFの圧縮には、すでに特許が出願され、成立していたLZWの方法が使われていた。
1994年の暮れ、CompuServeは、GIFを読み書きするソフトの作者に向けた開発者契約を発表した。1995年1月4日付の同社の文書には、一時金1ドルと、登録された1本ごとに1.5%か0.15ドルの高いほう、という条件が書かれている。同じ文書は、GIFの89a仕様を、これからも公開された仕様として維持すると約束している[1]。
それでも作者たちの間で大きな議論になり、特許に縛られない画像形式を作ろうという動きが始まった。1995年1月4日にトーマス・ボウテルが最初の案を公開し、1996年10月1日にW3C勧告(W3Cという標準化団体による承認)になったのがPNGだ[3]。PNGの規格書は、設計目標の1つに「法的な制限がないこと(使うアルゴリズムは自由に使えるものに限る)」を挙げ、2003年版はISO/IEC 15948としても発行された[4]。
GIFの側の特許は、出願から20年たった2003年6月20日に満了した[2]。
ここで整理しておくと、GIFは標準化団体が決めた標準ではなく、広く使われて事実上の標準になった決めごとだ。それでも、みんなが合わせる決めごとの中に、持ち主のいる特許が入っていた点は同じ。では、正式に標準を決める場では、この問題をどう扱っているのか。その前に、なぜ特許と標準はぶつかるのかを整理する。
2. とっきょと みんなの きまりは、どうして ぶつかるの?
2. 特許は「使う人を限る」、標準は「みんなで使う」
2. 特許と標準 ── 標準必須特許とは何か
みんなで あそぶ ゲームを おもいうかべましょう。だれが やっても おなじに なるように、ルールを きめて あります。これが「みんなで そろえる きまり」(きかく)です。
あるとき、その ルールの 中の「バリア」と いう わざが、ある子の 考えた もの だと わかりました。その子が「バリアを つかうなら、おれいを ください」と 言えたら、どうなるでしょう。ゲームを 作る 人は、バリアを さけにくく なります。
とっきょが きまりに はいる ときも、これと にて います。きまりどおりに 作る 人は、その とっきょを さけにくいです。
ただし 本当は、とっきょは 国の ほうりつで きまって いて、ゲームの ルールより ずっと くわしいです。とっきょの けんりは、ずっとは つづきません。日本では、おねがいを 出して から 20年で おわります[5]。
特許は、発明を守る仕組み
特許は、新しい発明をした人に与えられる権利です。特許を持つ人は、他の人が無断でその発明を使うのを止められます。日本の特許法は、目的を「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与すること」と書いています[5]。守るだけでなく、使われることも目的に入っています。
特許には、期限があるのです。日本では出願の日から20年で終わります。出願から1年6か月たつと、発明の中身が公報で公開されます[5]。独り占めの権利であると同時に、発明の中身を世の中に見せる仕組みでもあります。
標準は、みんなで同じものを使う約束
標準は、別々に作ったものどうしが動くように、みんなで合わせる決めごとです。ねじの太さやWi-Fiの規格のように、公開されていて、誰でもそれに合わせて作れます(標準そのものの話は、別のメモで書いた)。
ぶつかるところ
標準の中に、誰かの特許の技術が入るとどうなりますか。標準に決められた機能を実現しようとする人は、その特許を避けにくいです。こうした特許を標準必須特許(SEP)といいます。経済産業省の指針の解説では、標準の規格に定められた機能を実現するために欠かせない特許発明のことだと説明されています[6][7]。
ふつうの特許なら、別の作り方に替えることもできます。標準に入ると、その標準で動くものを作るかぎり替えがききません。標準に採用されると、特許の値打ちは大きく変わりえます。特許を持つ人には、自分の技術が世界中の製品に使われる機会になります。作る側には、避けられない支払いになるかもしれません。
同じ出来事の、2つの見え方です。標準を決める場所は、この2つをどう両立させるかを考えてきました。
特許の仕組み
特許法は、目的を「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与すること」と定めている(第1条)。特許権の存続期間は、原則として出願の日から20年(第67条。条件つきで延長できる場合がある)。また、出願から1年6か月たつと、特許庁長官は出願の内容を公報に載せて公開しなければならない(第64条)[5]。独占できる期間と、発明の中身が公開されることが、1つの制度の中に組み込まれている。
標準の性格
標準は、別々に作られたものどうしが動くように、みんなで合わせる公開の決めごとだ(標準そのものの話は別のメモで書いた)。誰でもそれに合わせて作れることが前提になる。
標準必須特許(SEP)
標準に書かれた機能を実現するために欠かせない特許発明を、標準必須特許(SEP)と呼ぶ。経済産業省の「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針」は2022年3月31日に策定され、その解説記事によれば、標準規格で規定された機能や効用を実現するために必須となる特許発明をこう呼ぶ[6][7]。
ふつうの特許なら、別の設計に切り替えて避けられることが多い。SEPは、その標準に合わせて作るかぎり避けにくい。そのため、標準に採用されること自体が、特許の値打ちを大きく変えうる。特許を持つ側には、自分の技術が世界中の製品に使われる機会になる。作る側には、避けにくい支払いになる。同じ出来事を、立場によって別の形で見ている。
標準を決める団体は、この2つをつなぐために、特許を持つ人に事前の申告や約束を求めてきた。次の章で、その違いを見る。
3. きまりを きめる ところは、とっきょに どう そなえて いるの?
3. 標準を決める場所は、特許にどう備えているか
3. IETF・ISO/IEC/ITU・ETSI・W3C ── 特許への構えの違い
きまりを きめる ところは、いくつも あります。そして、とっきょへの そなえかたが、ところに よって ちがいます。
ウェブの きまりを きめる W3Cは、「だれでも おかねを はらわずに つかえる きまり」に する ことを めざして います。ただし、きまった 手つづきで、とくていの とっきょを のぞく ことも できるのです。かんけいする とっきょを もつ 人は、ただで つかって いい、と やくそく します[11]。
ほかの ところでは、とっきょを もつ 人に、「ただで ゆるす」か「ほどよい じょうけんで ゆるす」か、えらんで もらう ところも あります[9]。おかねの 話は、とっきょを もつ 人と つかう 人が、べつに 話しあいます。
QRコードは、もちぬしの 会社が「きまりどおりの QR には、とっきょの けんりを つかわない」と せんげんしました(QRコードの メモで 書いた)。
ちがいは、「ぜんぶ ただ」か「ほどよい おかねを はらう」かです。どちらも、とっきょが じゃまに ならない ように、あらかじめ きめて おく くふうです。
インターネットのIETF:知っていたら知らせる
インターネットの決めごと(RFC)を作るIETFは、参加者が知っている範囲で、自分や他人の特許を知らせるよう求めます。特許の調査までは求めません。使用料の条件が妥当かどうかも、IETFは判断しません。使用料のいらない技術のほうが好まれますが、必須ではありません[8]。
国際規格のISO・IEC・ITU:3つから選んでもらう
ISO、IEC、ITUの共通の特許方針では、特許を持つ人に、「無料で許諾する」「妥当な条件で許諾する」「許諾しない」から選んで、書面で申告してもらいます。「許諾しない」なら、その特許に頼る内容は規格に入れません。使用料の交渉は、当事者どうしが組織の外で行います[9]。
通信のETSI:公正な条件で許すと約束する
ヨーロッパの通信の標準化団体ETSIは、必須だと考える特許を持つ人に、「公正で、合理的で、差別のない(FRAND)条件で許諾する」という取り消せない約束を求めます。ETSI自身は、その特許が本当に必須かどうかも、条件がFRANDかどうかも判断しません[10]。
ウェブのW3C:2004年に、無料で使えることを目標にした
ウェブの標準を決めるW3Cは、2001年の草案では、無料で許諾する方式と、条件つきで許諾するRAND方式を選べる形を出しました。大きな反対の意見が集まり、W3Cは、無料の環境がウェブの成長に不可欠だったことを認めつつ、特許は現実に存在し、無視するほうが害が大きいとも述べました[12]。その後、条件つきの方式は外れ、2004年2月の方針は、勧告を無料で実施できる形にすることを目標としました[11]。
同じ「標準を決める」場所でも、特許への構えはここまで違います。QRコードは別の形で、特許を持つ会社が、規格どおりのQRコードには権利を使わないと宣言しました(QRコードのメモで書いた)。
特許を持つ人が標準の中に技術を入れたいとき、団体はどんな約束を求めるか。4つの団体の方針を並べる。
| 団体 | 特許を持つ人に求めること | 使用料などの条件 |
|---|---|---|
| IETF(RFC 8179、2017年) | 知っている範囲で特許を開示する。特許調査は求めない | 条件が妥当かは判断しない。無償の技術が好まれるが必須ではない[8] |
| ISO・IEC・ITU(共通特許方針) | 「無料で許諾」「妥当な条件で許諾(RAND)」「許諾しない」から選び、書面で申告する。許諾しない特許に頼る内容は規格に入れない | 交渉は当事者どうしで、組織の外で行う[9] |
| ETSI | 必須と考える特許を知らせ、FRAND条件で許諾する取り消せない約束をする | ETSIは、必須かどうかも、条件がFRANDかどうかも判断しない。特許の宣言は公開データベースに登録される[10] |
| W3C(特許方針、2004年) | 作業に参加する人が、必須の特許を無料で許諾する。決められた期間内に申し出れば、特定の特許を除外できる | 無料での実施が目標で、2004年の方針にはRAND方式の道がない[11] |
RANDは「合理的で差別のない」、FRANDはそれに「公正な」を加えた言い方で、どちらも条件つきで許諾する約束を指す。
W3Cの経緯は、この違いが最初から決まっていなかったことを示す。2001年8月の草案は、作業部会ごとに無料方式かRAND方式かを選べる形だった。大きな反対の意見が集まり、W3Cは応答文書で、無料の環境がウェブの成長に不可欠だったことを認めつつ、ソフトウェア特許は存在し、無視すればかえって害が大きいとも述べた[12]。最終的に、RAND方式のない方針が2004年2月5日に公表された[11]。
額そのものは、W3Cのように無料と決める場合を除いて、どの団体も決めない。団体の外で、特許を持つ人と使う人が交渉する。なお、QRコードは別の形で、特許を持つ会社が、規格どおりのQRコードには権利を行使しないと宣言した(QRコードのメモで書いた)。同じ「標準」でも、特許への構えは、決める場所ごとに別々に作られてきた。
4. ブラックホールを さがす けんきゅうが、Wi-Fi の とっきょに なった?
4. ブラックホールの爆発を探した研究が、Wi-Fiの規格に入った
4. CSIROの無線LAN特許 ── 電波天文の副産物が、IEEE 802.11aに入るまで
オーストラリアの けんきゅうじょ CSIRO(シーサーロ)の 人たちは、うちゅうの とおくで ちいさな ブラックホールが ばくはつ する ときの でんぱを、さがそうと して いました[14]。
さがしものは、うまく いかなかった らしいです。でも、うちゅうから とどく かすかな でんぱの ぼやけを なおす けいさんの ほうほうが、のこりました[15]。
へやの 中では、でんぱが かべや つくえに あたって はねかえり、おなじ しんごうが すこしずつ おくれて かさなります。それで ぼやけて、データが よめなくなります。CSIRO の 人たちは、その ぼやけを なおす ほうほうを かんがえて、とっきょを とりました。
1999年に みとめられた Wi-Fi の きかくの ひとつ(IEEE 802.11a)には、その とっきょの ぎじゅつが はいって いました[17]。
2012年、この とっきょを めぐる さいばんが 話し合いで まとまり、CSIRO は 2億2000万 ドル あまりを うけとりました[18]。
ただし 本当は、Wi-Fi の きかくには、ほかにも たくさんの 人の ぎじゅつが はいって います。CSIRO の とっきょは、そのうちの ひとつです。
CSIRO(オーストラリア連邦科学産業研究機構)は、オーストラリアの国の研究機関です。その電波天文の研究者たちは、遠くで爆発する、とても小さなブラックホールが出す電波をとらえようとしていました。CSIROの同窓会サイトの記事は、Wi-Fiの鍵になった特許を、この探し物がうまくいかなかったことの副産物と紹介しています[14]。
宇宙からのかすかな電波は、ぼやけて届きます。研究者たちは、それを整えるために高速フーリエ変換という計算を使いました。この電波のぼやけを直す技術が、部屋の中の無線通信の問題に応用できました[13][15]。
部屋の中では、電波が壁や机で反射して、同じ信号が少しずつ遅れて重なります。速く送るほど、この重なりで信号が読めなくなります。特許の書類には、送る情報を多くの細かい経路に分ける、誤りを直す符号を付ける、順番を入れ替える、といった組み合わせでこの問題を解く方法が書かれています[16]。
特許は、1992年の最初の出願をもとに、アメリカで1996年に成立しました。1999年に承認された無線LANの規格IEEE 802.11aには、この特許の技術が入りました。CSIROは、IEEEに、この特許を「合理的で差別のない条件」で許諾するという書面を出しています[17]。
2012年、CSIROは、この特許をめぐるいくつかの会社との裁判が話し合いでまとまり、2億2000万ドルあまりを受け取りました。契約は23社になりました[18]。CSIROは、この技術から得た収入が、これまでに約4億3000万オーストラリアドルになったと説明しています[13]。
2015年12月、アメリカの連邦巡回区控訴裁判所は、別の会社とのCSIROの裁判で、標準必須特許の使用料は、その技術そのものの貢献を反映すべきで、標準になって広く使われたことによる値打ちを反映すべきではない、と述べました[17]。標準に入ったおかげで広まった分まで、特許の値打ちに数えてよいのでしょうか。標準必須特許ならではの問いが、そのまま判決に出ています。
ただし、CSIROの説明でも、他の人が作った別の方式の無線LANもあったなかで、CSIROの高速な方式が広まった、という言い方です[15]。Wi-Fiの規格には多くの人の技術が入っていて、この特許はそのうちの1つです。
小さくなったブラックホールが最後に激しく放射を出して消える、という考え方は、ホーキングのブラックホール蒸発の話のメモで書きました。
CSIRO(オーストラリア連邦科学産業研究機構)は、オーストラリアの国の研究機関だ。電波天文の研究者たちは、遠くで爆発する、とても小さなブラックホールが出す電波をとらえようとしていた。CSIROの同窓会サイトの記事は、Wi-Fiの鍵になった特許を、この探し物がうまくいかなかったことの副産物と紹介している[14]。CSIRO自身の説明では、電波天文の研究と工学で得た電波の性質の知識と、高速フーリエ変換という計算が、部屋の中の電波の反響の問題を解く土台になった[13][15]。
部屋の中では、電波が壁や机で反射して、同じ信号が少しずつ遅れて重なる(マルチパス)。速く送るほど、重なりで信号が読めなくなる。米国特許5,487,069(発明者5人)の書類は、この問題を、多数の副搬送波に情報を分けて1つずつをゆっくり送る(マルチキャリア変調)、誤り訂正と誤り検出の符号を付ける、順序を入れ替えて誤りをばらす(インターリーブ)の組み合わせで解く方法を述べている。優先日は1992年11月27日、米国での出願は1993年11月、成立は1996年1月23日で、Google Patentsは存続期間の満了を2013年11月と表示している[16]。
1999年、無線LANの規格IEEE 802.11aが承認され、この特許の技術が入った。CSIROは、IEEEに、この特許を「合理的で差別のない(RAND)条件」で許諾するという書面を出した[17]。標準に入ることと、許諾の約束をすることが、ここでもセットになっている。
その後、CSIROはいくつかの会社と裁判になった。2012年、複数の会社との裁判が話し合いでまとまり、2億2000万ドルあまりを受け取った。この時点で契約は23社になった[18]。CSIROは、この技術から得た収入が、これまでに約4億3000万オーストラリアドルになったと説明している[13]。
別の会社との裁判では、2015年12月、アメリカの連邦巡回区控訴裁判所が、標準必須特許の使用料は、その技術の貢献の値打ちを反映すべきで、標準になって広く使われたことによる値打ちを反映すべきではない、と述べ、賠償額の計算のやり直しを命じた[17]。標準に入ることで特許の値打ちが上がる点を、使用料の計算からどう切り離すか。前の章で述べた問題が、そのまま判決の言葉になっている。
一方で、CSIROの説明は、他の人が作った別の方式の無線LANもあったなかで、自分たちの高速な方式が広まった、という言い方だ[15]。Wi-Fiの規格には多くの人の技術が入っていて、この特許はそのうちの1つにあたる。なお、小さくなったブラックホールが最後に激しく放射を出して消える、という考え方は、ホーキングのブラックホール蒸発の話のメモで書いた。
5. とっきょを まとめて かりる しくみと、まだ きまって いない こと
5. 特許を束ねる仕組みと、まだ決まりきっていないこと
5. パテントプールとFRAND ── MPEG-2の27件と、いまも続く「合理的な額」の問い
きまりの 中に、とっきょが たくさん あったら、作る 人は、1つずつ「ゆるして ください」と 言って まわる ことに なります。たいへんです。
そこで、いくつもの とっきょを ひとつの まどぐちに まとめて、いっぺんで かりられる しくみが できました。パテントプールと いいます。たとえば 1997年の MPEG-2(どうがを ちいさく する きまり)では、9つの 会社や 大学の 27この とっきょが まとまりました[20]。
まだ きまって いない ことも あります。「ほどよい ねだん」は、いくらなのでしょうか。だれが きめるのでしょうか。きまりを きめる ところは、そこには 入りません。日本でも、国の やくしょが 話し合いの てびきや めやすを 出して います。みんなで、いまも 考えて いる ところです。
標準の中に特許がたくさんあると、作る側は、持ち主を1人ずつ探して許可をもらうことになります。しかも、誰が特許を持っているのかを調べるだけで大変です。
1990年代のMPEG-2(動画を小さくする国際規格です。DVDやデジタルテレビに使われた)では、1993年に関心のある会社が集まり、独立の専門家に調べてもらいました。専門家と助手は、約8000件の特許の要約に目を通し、100を超える特許の持ち主の約800件のアメリカ特許を詳しく調べました[20]。
その結果、8つの会社と1つの大学が持つ27件の必須特許を1つの束にして、共同の窓口(MPEG LA)が一括して許諾する仕組みができました。これがパテントプールです。作る側は、必要な特許のほとんどを1つの契約で済ませられます。ただし、この束が必須特許のすべてではない、と文書に書かれています[20]。1997年6月26日、アメリカの司法省は、この仕組みについて、独占禁止法にもとづく措置を今のところ取るつもりはないと回答しました[19][20]。
日本でも、2018年6月に特許庁が「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」を公表し、2022年6月に第2版に改めました[21]。経済産業省は、2022年3月31日に「誠実交渉指針」を策定しました。法令ではなく、法的な拘束力はありません。対象は、FRANDの宣言がされた標準必須特許の交渉です[6][7]。
それでも決まりきっていないことは残ります。「合理的」な使用料はいくらなのでしょうか。標準に入った価値をどこまで数えますか。標準を決める団体は、額の判断をしません[10]。米国の裁判所が2015年に示した考え方は1つの答えですが、他の国でも同じとは限りません。当事者の交渉と、裁判と、こうした手引きや指針が、めやすを少しずつ作っている段階です。
特許の持ち主を探すだけで大変だった
MPEG-2は、動画のデータを小さくする国際規格で、DVDやデジタルテレビなどに使われた。この規格に必要な特許を誰が持っているのか。1993年、関心を持つ会社が作業グループを作り、独立の専門家に調査を依頼した。専門家と助手は、約8000件の米国特許の要約を見て、100を超える特許権者の約800件を詳しく調べた[20]。
束ねる ── パテントプール
結果、コロンビア大学と8社(富士通、ゼネラル・インスツルメント、ルーセント、松下電器、三菱電機、フィリップス、サイエンティフィック・アトランタ、ソニー)の9者が持つ必須特許27件を1つの束にして、共同の窓口(MPEG LA)が一括して非独占で許諾する仕組みができた。作る側は、必要な特許の「ほとんど」を1つの契約で得られる。ただし、司法省宛の文書は、この27件が必須特許のすべてではないと述べる[20]。1997年6月26日、司法省は、独占禁止法にもとづく措置を今のところ取るつもりはないと回答した。ただし実際の運用が競争を妨げると分かれば、将来措置を取る権利は残す、とも書いている[19][20]。
日本の動き
特許庁は、2018年6月に「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き」を公表し、2022年6月に第2版に改めた[21]。経済産業省は、2022年3月31日に「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針」を策定した。法令ではなく、法的拘束力はない。対象は、FRAND宣言がされた標準必須特許のライセンス交渉で、特許を持つ側も使う側も、誠実に交渉するための規範を示すものだ[6][7]。
まだ決まりきっていないこと
FRANDの「合理的」な額を誰がどう決めるか。ETSIも、ISO・IEC・ITUも、IETFも、額そのものの判断はしない[10][9][8]。標準に入ったことによる価値をどこまで額に入れるかも、米国の連邦巡回区控訴裁判所が2015年に示した考え方[17]が1つの答えではあるが、ほかの国でも同じとは限らない。当事者の交渉と、裁判と、こうした手引きや指針が、めやすを少しずつ作っている段階にある。
6. とっきょが いつ おわるか、しらべて みよう
6. 自分でも調べてみたくなったら
6. 自分で確かめる ── 特許の満了日と、標準の特許方針
パソコンや スマホで、え の ファイルの 名まえの おわりを 見て みましょう。「.png」「.gif」「.jpg」。いろいろ あります。「.png」は、とっきょの こまりごとを さけるように 作られた かたちです。
おうちの 人と いっしょに、パソコンで「Google Patents US4558302」と けんさくして みましょう。GIF に つかわれた ほうほうの とっきょが 出て、「Expired」(おわった)と 書いて あります。
ぜんぶ えいごの ページ だから、よめなくても だいじょうぶです。「Expired」と 日づけを さがす だけで いいです。
特許の期限は、自分の目で確かめられます。Google Patentsで「US4558302」(LZW)と「US5487069」(CSIROの無線LAN)を検索すると、どちらも満了済みで、満了日が表示されます[2][16]。
標準の側から調べるなら、ETSIは、必須と考える特許の宣言を登録した公開データベースを持っています[10]。ふだん使っているもの(画像の形式、充電の規格、Bluetoothなど)の名前に「patent policy」を付けて検索すると、その規格を決めた団体が、今回の4つのうちどの型に近い約束を求めているのかが分かるかもしれません。
関連するメモ:世界中でバラバラに作ったものが、なぜ動くのか(標準そのものの話)、QRコードの特許を手放した話。
特許の期限が切れたあとで、GIFやCSIROの技術を使う人は、増えたのか、減ったのでしょうか。調べるとしたら、何を手がかりにするでしょう。
特許の期限は、自分の目で確かめられる。Google Patentsで「US4558302」(LZW)と「US5487069」(CSIROの無線LAN)を検索すると、どちらも満了済みで、満了日が表示される[2][16]。記載の日付を、このメモの本文の日付と照らし合わせて、出願からの年数を数えてみるとよい。
標準の側から調べるなら、ETSIの知的財産権のページと、必須と考える特許の宣言を登録した公開データベース[10]、ISO・IEC・ITUの共通特許方針[9]、IETFのRFC 8179[8]、W3Cの特許方針[11]を読み比べられる。どれも公開されている。ふだん使っているもの(画像の形式、充電の規格、Bluetoothなど)の規格名に「patent policy」を付けて検索すると、その規格を決めた団体の約束が、このメモの4つの型のどれに近いかを確かめる手がかりになる。
関連するメモ:世界中でバラバラに作ったものが、なぜ動くのか(標準そのものの話)、QRコードの特許を手放した話、ホーキングのブラックホール蒸発の話。
考えてみたい問いは1つ。標準に入ることで特許の値打ちが上がるとき、その上がった分は、誰のものと考えるのが公平か。
しらべた ところ
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:GIFとPNGは当時の発表文・特許の記録・規格書、特許制度は特許法の条文、標準化団体の方針は各団体の公式ページ、Wi-Fi関連の特許はCSIROの説明・特許の記録・米国の判決・ニュース、パテントプールは米国司法省の発表と文書、日本の指針は経済産業省と特許庁のページと解説記事を使いました。英語のページは、何のページかを下の説明に日本語で書いています。
- Tim Oren(CompuServe)「GIFとLZW特許についての発表文」(1995年1月4日付。MITのLeague for Programming Freedomのサイトに残る写し)。 https://groups.csail.mit.edu/mac/projects/lpf/Patents/Gif/origCompuServe.html (英語のページ。GIFの作者側が出した発表文。ユニシスの特許、開発者契約の発表日と料金の条件、GIF 89a仕様を公開のまま維持するという約束)
- Google Patents「US4558302A: High speed data compression and decompression apparatus and method」。 https://patents.google.com/patent/US4558302A/en (英語のページ。LZW特許の出願日1983年6月20日、成立1985年12月10日、発明者、権利者、満了日2003年6月20日)
- libpng.org「PNG History」。 http://www.libpng.org/pub/png/pnghist.html (英語のページ。PNGの開発者側がまとめた経緯。1994年12月末の発表、1995年1月4日の最初の案、1996年10月1日のW3C勧告)
- W3C「Portable Network Graphics (PNG) Specification (Second Edition)」(2003年)。 https://www.w3.org/TR/2003/REC-PNG-20031110/ (英語のページ。PNGの規格書。設計目標の「法的な制限がないこと」、ISO/IEC 15948:2003としての発行)
- e-Gov法令検索「特許法」(昭和34年法律第121号)第1条・第64条・第67条。 https://laws.e-gov.go.jp/law/334AC0000000121 (特許法の目的、出願公開、存続期間が出願から20年であること)
- 経済産業省「標準必須特許のライセンスを巡る取引環境の整備」。 https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/sep_license/index.html (「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針」の公開ページ。2022年3月31日策定)
- イノベンティア「経済産業省による「標準必須特許のライセンスに関する誠実交渉指針」の策定(令和4年3月31日)について」(2022年5月)。 https://innoventier.com/archives/2022/05/13558 (知的財産分野の解説記事。標準必須特許とFRAND宣言の説明、指針の対象、法的拘束力がないこと)
- IETF「RFC 8179: Intellectual Property Rights in IETF Technology」(2017年5月)。 https://www.rfc-editor.org/rfc/rfc8179.html (英語のページ。IETFの特許方針。開示の範囲、条件は判断しないこと、無償を好む姿勢)
- ITU-T「Common Patent Policy for ITU-T/ITU-R/ISO/IEC」。 https://www.itu.int/en/ITU-T/ipr/Pages/policy.aspx (英語のページ。国際電気通信連合が公開する、ISO・IEC・ITUの共通特許方針。3つの選択肢と、交渉は組織の外で行うこと)
- ETSI「Intellectual Property Rights」。 https://www.etsi.org/intellectual-property-rights (英語のページ。ヨーロッパの通信の標準化団体の特許方針。FRAND条件で許諾する約束、必須かどうかや条件の公正さを判断しないこと、公開データベース)
- W3C「W3C Patent Policy」(2004年2月5日版)。 https://www.w3.org/Consortium/Patent-Policy-20040205/ (英語のページ。W3Cの特許方針。無料での実施を目標とし、RAND方式の道がないこと、除外の手続き)
- W3C「Response to Public Comments on the W3C Patent Policy Framework」(2001年10月)。 https://www.w3.org/2001/10/patent-response (英語のページ。2001年の草案に集まった意見へのW3Cの応答。無料の環境の大切さと、特許を無視できないという両方の言葉)
- CSIRO「Bringing fast wireless connectivity to the world」。 https://www.csiro.au/en/research/technology-space/it/wireless-lan (英語のページ。オーストラリアの国の研究機関CSIROによる無線LAN技術の説明。電波天文の知識と高速フーリエ変換が土台になったこと、ライセンス収入が約4億3000万オーストラリアドルという説明)
- CSIRO Alumni「10 fascinating Wi-Fi facts and inventions」(2020年)。 https://alumni.csiro.au/10-fascinating-wi-fi-facts-and-inventions-from-what-it-means-to-the-woman-who-claims-allergic-to-it/ (英語のページ。CSIROの同窓会サイトの記事。ブラックホールの爆発を探す実験がうまくいかなかった副産物として特許が生まれたという紹介)
- CSIRO「The story of Wi-Fi(動画の書き起こし)」。 https://www.csiro.au/Youtube/story-of-wifi/video-transcript (英語のページ。CSIROの動画の書き起こし。ブラックホールの電波を探していたこと、高速フーリエ変換、1996年の特許成立、他の方式もあった中でCSIROの方式が広まったという説明)
- Google Patents「US5487069A: Wireless LAN」。 https://patents.google.com/patent/US5487069A/en (英語のページ。発明者5人、優先日1992年11月27日、成立1996年1月23日、満了の見込み日2013年11月23日、マルチキャリア変調・誤り訂正・インターリーブの記述)
- アメリカ連邦巡回区控訴裁判所「Commonwealth Scientific and Industrial Research Organisation v. Cisco Systems, Inc.」(2015年12月3日判決、FindLawの掲載)。 https://caselaw.findlaw.com/court/us-federal-circuit/1719794.html (英語のページ。判決文。IEEE 802.11aが1999年に承認されたこと、CSIROが提出した許諾の保証書、標準必須特許の使用料は標準化による広がりの値打ちを含めないという判断)
- ABC News(オーストラリア)「CSIRO wins legal battle over wi-fi patent」(2012年4月1日)。 https://www.abc.net.au/news/2012-04-01/csiro-receives-payment-for-wifi-technology/3925814 (英語のページ。オーストラリアの放送局のニュース。2億2000万ドルあまりの和解と、契約が23社になったこと)
- アメリカ司法省「Justice Department approves proposal for joint licensing of patents essential for meeting video technology standard」(1997年6月26日)。 https://www.justice.gov/archive/atr/public/press_releases/1997/1173.htm (英語のページ。MPEG-2のパテントプールについての司法省の発表)
- アメリカ司法省反トラスト局「MPEG-2 Business Review Letter」(1997年6月26日)。カリフォルニア大学バークレー校ロースクールの掲載。 https://www.law.berkeley.edu/files/MPEG2_Business_Review_Letter.pdf (英語のPDF。司法省が特許の持ち主たちに答えた文書。約8000件の要約と約800件の特許の調査、9者27件の必須特許、必須特許のすべてではないこと、措置を取る考えは今のところないこと)
- 特許庁「標準必須特許のライセンス交渉に関する手引き 第2版」(2022年6月)。 https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/document/rev-seps-tebiki/guide-seps-ja.pdf (2018年6月の初版が2022年6月に改訂された手引き。標準必須特許のライセンス交渉の透明性と予見可能性を高めることが目的)
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更新履歴
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