1. せきの いきは、どれくらい はやいの?
1. せきの空気は、自転車より速く出ることがある
1. せきの空気は、どれほどの速さで出るのか:平均値と、その幅
せきの いきの はやさは、いろいろな ひとで はかられて います。ある けんきゅうでは、おとこの ひとの はじめの はやさが 平均で 秒速15メートルほど、おんなの ひとが 秒速10メートルほどでした。
これを 時速に すると、おとこの ひとで 55キロ、おんなの ひとで 40キロ ほどです。じてん車で ふつうに はしる ときより、ずっと はやい いきの ながれです。
ただし、ひとに よって、はかりかたに よって、かなり ちがいます。1びょうに 6〜22メートルという はばで ほうこくした けんきゅうも あります。「せきは かならず 時速○キロ」とは いえません。
では、どうして こんなに いきおいが つくのでしょう。せきの いちばんの やくめは、気道に はいった ごみや、たまった たんを、そとへ おいだす ことだからです。
せきの空気の速さは、実験で測られています。ある研究(男性17人・女性9人)では、口から出る空気の最初の速さの平均が、男性で秒速15.3m、女性で秒速10.6mでした[1]。時速にすると、およそ55kmと38kmです。別の研究では平均が秒速11.7m、さらに別の研究では6〜22mの幅で平均11.2m(時速約40km)と報告されています。
ただし、人によっても測り方によってもかなり変わるので、「せきは時速○km」と一つに決めることはできません。ここでは「実験の平均で時速40〜55km前後」とだけ覚えておけば十分です。なお、コンピュータの計算で、もっと大きな速さを予測した研究もありますが、それは実測ではなくモデルの値です。
では、なぜそんな勢いが必要なのでしょう。せきは、気道にたまった分泌物や入りこんだ異物を外へ出すための、体の防御反応だからです[2]。ほこりも、たんも、勢いのある空気の流れに乗せて押し出します。
せきの空気の速さは、PIV法などを使った実験で測られている。Kwonらの研究(男性17人・女性9人)では、口から出る空気の初速の平均が男性15.3m/s、女性10.6m/sで、時速に直せば約55kmと約38kmにあたる。ほかの研究では平均11.7m/s、6〜22m/sの幅で平均11.2m/s(約40km/h)という値も報告されている[1]。これらは別の論文を引いた二次的な集約から読んだ値で、個人差・方法差が大きい。
だから、「せきは時速○km」と一つの数字で言い切るのは適切でない。また、気道モデルのコンピュータ計算で、もっと大きな速度が予測された研究もあるが、これは実測ではなくシミュレーションの結果であり、ここでは使わない。
では、なぜこれほどの勢いが要るのか。せきは、気道にたまった分泌物や吸いこんだ異物、有害物質を排出する生体防御反応であり、気道が刺激されると生じる[2]。勢いのある気流で内容物を押し流すことが、せきの役目そのものといえる。では、その勢いは、どのような動きでつくられるのか。
2. いきを ためてから、どうやって いっきに だすの?
2. 息を吸い、ためて、一気に出す:せきの3つの段階
2. 吸気、圧縮、呼気:せきの3つの段階と、例外
せきは、3つの じゅんばんで おこると いわれて います。
1つめは、いきを すう ことです。2つめは、のどの いりぐちの、声門という ところを とじて、むねの なかの ちからを ためる ことです。3つめは、声門が ぱっと ひらいて、いきが いっきに でる ことです。
ふうせんの くちを つまんで、なかを ぎゅっと おして から はなすと、いきおいよく ぬけますね。せきは、それに にて います。ただし ほんとうは、ふうせんと ちがって、むねの きんにくが じぶんで ちからを だして います。
ためる じかんは ほんの わずかなので、じぶんでは「すって、ためて、だした」とは かんじません。むずっと した と おもったら、もう せきが でて います。
ちなみに、声門が ひらいた ままの せきを ほうこくした けんきゅうも あります。かならず こうなる、とは いえません。
せきの動きは、吸気・圧縮・呼気の3つの段階に分けて説明されています[3]。まず短く息を吸います。次に、のどの奥の声門を閉じて、胸の中の圧力を高めます。そして声門が開くと同時に、息をはき出す筋肉が縮み、空気が一気に出ていきます。
風船の口を指でつまんで、中を押してから放すと、空気が勢いよく抜けます。せきの「ためてから出す」は、それに似ています。ただし風船と違い、せきでは息の筋肉が自分で力を出して圧力を作っています。
この一連の動きはとても短いので、自分では「吸って、ためて、出した」とは感じません。ただ、声門が閉じないまま起こるせきを報告した研究もあります。3段階は基本の流れで、いつも必ずこうなると言い切ることはできません。
では、この動きの合図は、どこから、どう出るのでしょうか。
せきの運動は、吸気相・圧縮相・呼気相の3つに分けて整理される。短い吸気で肺に空気を取り入れ、声門を閉じて胸腔内の圧を高め(圧縮相)、声帯が開くのと同時に呼気筋が収縮して、空気が一気に排出される(呼気相)[3]。声門を閉じて圧をためるから、開いた瞬間に、ふだんの呼気よりはるかに速い流れが生まれる。前の章の「時速40〜55km」は、この呼気相の初速である。
ただし、この3段階は基本形であって、例外もある。声門が閉じないままのせきを報告した研究があり、「必ず閉じる」とは言えない。教科書的な説明と実際の個々のせきは、少し違うことがある。
この一連の運動は、意識して順番に行うものではない。誰が、どこで、これらの筋肉への指令をまとめているのか。それを知るには、せきのきっかけとなる刺激がどう伝わるかを見る必要がある。
3. せきの あいずは、どこから くるの?
3. せきの合図は、気道のセンサーから脳幹へ
3. センサーから脳幹へ:せき反射の経路と、信号の速さ
せきの あいずを だすのは、気道の かべに ある、とても ちいさな センサーです。のどや、気道の とちゅうに あります。ここに ごみや、すっぱい もの、つめたい くうきなどが さわると、センサーが はんのうします。
その しらせは、迷走神経という 神経を とおって、脳の いちばん したの ほうの、脳幹へ つたわります。
脳幹は、いきを すう きんにくや、声帯に、「いま だせ」と しれいを だします。こうして、じぶんでは なにも かんがえて いないのに、せきが はじまります。
せきは、からだを まもる はんしゃです。ごみが はいって きても、むせて おいだせる のは、この はたらきの おかげです。
せきのセンサー(受容体)は、喉頭・気管・太い気管支など、気道の壁にあります。ここが刺激されると、信号は迷走神経を通って脳幹(延髄の神経のネットワーク)に届きます[4]。脳幹は、息を吸う横隔膜や肋間筋、そして声帯を動かす神経に、運動の指令をまとめて送ります。
刺激になるものは、ほこりやたんだけではありません。研究では、トウガラシの辛み成分のカプサイシンや、アクロレインといった物質を吸いこませると、せきが起こることが調べられています。
こうして、センサー、神経、脳幹、筋肉がつながった「反射」が成り立ちます。考えなくても動くので、気道に何かが入ったとき、体はすばやく反応できます。
ところで、「せきを我慢してください」と言われたら、多くの人は少しの間なら我慢できます。反射なのに、止められるのはなぜでしょうか。
せきの受容体は、喉頭・気管・主気管支など気道の壁にあり、そこから出た信号は、迷走神経を通って脳幹の延髄の神経ネットワークに伝わる。脳幹はそこで、横隔膜・肋間筋などの呼吸筋と、反回神経を通じた声帯への運動指令をまとめる[4]。日本語の辞典も、せきを「喉頭や気管支の壁の迷走神経が刺激されて起こる激しい呼気運動」と説明する[5]。
刺激になる物質には、カプサイシン、ブラジキニン、アクロレインなどがある。センサーの神経線維には、速い有髄のAδ線維(約5m/s)と、遅い無髄のC線維(0.3〜1.5m/s)の2種類があり、どちらが主にせきを起こすかは、研究者のあいだで議論が続いている[4]。
ここで、速さの比較がおもしろい。センサーから脳幹へ信号が伝わる速さは、速いほうでも秒速5m程度で、せきの空気の秒速10〜15mよりも遅い。信号そのものは、出てくる空気よりゆっくり進む。それでも、せきは一瞬の出来事として感じられる。
ただし、この反射は完全に自動というわけではない。人はせきを意識して抑えられる。反射なのに、なぜそれが可能なのか。
4. せきは、じぶんで とめられるの?
4. 反射なのに、せきは自分で我慢できる?
4. 反射でありながら抑えられる理由:脳の上のほうの関わり
せきは はんしゃですが、すこしの あいだなら、じぶんで がまん できる ことが あります。ひとでは、からい せいぶんで おこした せきを、じぶんで おさえられた、という ほうこくが あります。
むかしは、せきの しくみは 脳幹だけで きまると かんがえられて いました。いまは、脳の うえの ほうの、大脳も かかわって いると わかって きました。
だから、「いま せきを したら じゃまだな」と おもえば、ぐっと こらえられます。「むずっ」と した きもちを かんじる ことが、せきを するか しないかの きめ手に なる、という かんがえも あります。ただ、これは まだ かせつ です。
ちなみに、くすりで ねむらせた どうぶつの じっけんでは、からい せいぶんなどを すわせても せきが でませんでした。でも、きかんに さわると せきは でました。ひとに そのまま あてはまるかは わかりません。
以前は、せき反射は延髄だけで行われる脳幹の反射だと考えられていました。近年は、大脳皮質も制御に関わることが分かってきています[6]。
人では、カプサイシンで起こしたせきを、意識して抑えられることが報告されています。また、気道の刺激を「感じる」ことが、せきをする決心につながるのではないか、という考えも示されています[7]。ただしこれは仮説で、「せきたい衝動」が大脳でどう作られるかは、分かっていない部分が多いのです。
麻酔をかけた動物の実験では、カプサイシンなどの化学物質ではせきが起きなくなる一方、気道を物理的に触ればせきが起こりました。化学刺激によるせきには、意識の状態が関わっているようです。ただしこれは動物の実験で、人にそのまま当てはまるとは限りません[7]。
反射でありながら、意識でも動かせる。せきには、そんな二重のしくみがあるようです。では、センサーそのものは、どこまで分かっているのでしょうか。
せき反射は、かつて延髄を中心とする脳幹反射と考えられていた。しかし近年は、大脳皮質による制御を受けていることが分かってきた[6]。これは、せきを抑える・出すという動きが意識でも可能なことと整合する。
実際、人ではカプサイシンで誘発したせきを意識的に抑えられる。さらに、気道の刺激を知覚することが、意識的にせきをする決心を生むという考えも示されている。ただしこれは提案された仮説にとどまり、せきたい衝動が大脳でどう形成されるかは、十分に分かっていない[7]。
動物実験にも手がかりがある。麻酔下の動物では、カプサイシンやブラジキニンといった化学刺激はせきを起こさないが、気道を機械的に触れればせきは起こる。したがって、化学刺激のせきには意識の状態が関わる可能性がある。ただし、これはモルモットなどの動物での結果で、人にそのまま当てはめることはできない[7]。
こうして、せきは「脳幹の自動的な反射」と「大脳による調整」の両方を持つ、と整理できる。では、反射の入口であるセンサーそのものの正体は、どこまで分かっているのか。
5. せきの センサーの しょうたいは、もう わかったの?
5. 気道のセンサーの正体は、いまも研究中
5. センサーの正体をめぐる研究:2020年と2024年のマウスの報告
じつは、せきの センサーの しょうたいは、いまも けんきゅうが つづいて います。
2024ねんに、アメリカの けんきゅうチームが、ネズミで しらべた けっかを はっぴょうしました。のどや 気道に ある さいぼうが、みずと 酸を かんじとり、はたらくと、のみこむ うごきと せきが おきた、という ものです。
そのまえにも、ネズミの のどに、みずと さんに はんのうする 神経が 100こほど あるという ほうこくが ありました。
これは ネズミの けっかです。ひとでも おなじか どうかは、これからの けんきゅうで わかる ことです。
気道が異物をどう感じ取るのかは、これまで、よく分かっていませんでした。
2020年には、ハーバード医学大学院のグループが、マウスの喉頭に、水と酸に反応する感覚神経がおよそ100個あると報告しました[8]。そして2024年には、UCSFのグループが、マウスの喉頭と気管にある神経内分泌細胞が水と酸を感じ、これを活性化すると、飲みこみとせきが起こると、科学雑誌『Science』に発表しました[9]。
これらはマウスの結果で、人でも同じとは言えません。それでも、「気道のセンサーが何者なのか」という問いは、いままさに少しずつ明らかになっているところです。
気道がどう異物を感知するのかは、長く十分には分かっていなかった。2020年にはハーバード医学大学院の研究で、マウスの喉頭に、水と酸に反応する感覚神経がおよそ100個あることが報告された。人の数ではなくマウスの数である[8]。
さらに2024年4月、UCSFのチームが、マウスの喉頭・気管の神経内分泌細胞が水と酸を感じ、この細胞を活性化させると飲みこみとせきが起こることを、『Science』誌に報告した。異物を外へ出すための仕組みの一部と考えられている[9]。
これらはマウスの研究で、ヒトで同じ細胞が同じ働きをするかは、確認されていない。また前述のとおり、どの神経線維がせきの主役なのかも議論が続いている。反射の入口は、まだ全体像が見えていない。
6. じぶんの せきを かんさつして みよう
6. 自分のせきを観察するなら:せきの前の感覚を記録する
6. 自分のせきを観察するなら:せきの前の感覚を記録する
きょう できる こと
おちゃを のんで むせたり、かぜで せきが でたり したら、せきが でる すこし まえの かんじを おぼえて おきましょう。「むずっ」「ちくっ」など、どこが どんな かんじか、ノートに ひとこと かいて みます。
つぎに せきが でそうに なったら、ぐっと こらえられるか、すこし ためして みます。がまん できても、むりは しないで ください。
おうちの ひとと
せきが ながく つづいたり、いきが くるしかったり、ちが まざったり したら、すぐに おうちの ひとや せんせいに はなしましょう。
今日できること
風邪をひいたときなどに、せきが出る直前の感じを覚えておき、「どこが」「どんな感じか」を短くノートに書いてみます。次に出そうになったとき、少し我慢できるかも試してみると、せきの前の「むずっ」が、体のどのあたりで、どのくらい続くのかが分かります。無理はしないでください。
気になったときは
せきが長く続く、息が苦しい、血がまじるといったときは、大人や先生にすぐ伝えてください。成人向けの医学資料には、せきが3週間未満なら急性(多くは風邪などの感染症)、3〜8週間なら亜急性(学会の区分では遷延性)、8週間以上なら慢性という区分があり、息切れや血のまじるせきなどがあれば、すぐに受診が必要とされています[2]。
今日できること
せきが出る直前の感覚を、「部位」「感じ方」「どのくらい続いたか」の3点で記録するとよい。次の機会に、短時間だけ我慢できるかも試せば、せきの前の「むずっ」が大脳の関与を受けていることを、自分の体で実感できる。ただし無理はしない。
資料を読むなら
MSDマニュアル家庭版「成人のせき」は日本語で読め、せきの長さによる区分(3週間未満=急性、3〜8週間=MSDでは亜急性・日本呼吸器学会では遷延性、8週間以上=慢性)を説明する。成人向けの記述なので、子どもの受診の目安としては使わず、長引くときや息が苦しいときは大人に伝えるのがよい[2]。海外の一次資料(Taylor-Clark 2015、Mazzone 2005)は英語で、出典欄から読める。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- Kwon ほか 2012(Chemosphere)の内容を引いた記述。PMC7112028. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7112028 (せきの空気の速さ。二次的な引用)
- MSDマニュアル家庭版「成人のせき」. https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home (せきの役割、期間の区分、受診の目安。成人向け)
- Hegland, Troche, Davenport 2013, Frontiers in Physiology. https://www.frontiersin.org/journals/physiology/articles/10.3389/fphys.2013.00167/full (せきの3段階)
- Taylor-Clark 2015, Current Opinion in Pharmacology. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4470868 (センサー、迷走神経、神経線維の速さ)
- コトバンク「咳」. https://kotobank.jp/word/%E5%92%B3 (辞典の説明)
- ナゾロジー、UCSDの研究の解説. https://nazology.kusuguru.co.jp/archives/148994 (大脳皮質の関わり。二次資料)
- Mazzone 2005, Cough. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC1266044 (せきの抑制、麻酔動物の実験)
- Harvard Medical School, airway sentinels. https://hms.harvard.edu/news/airway-sentinels (マウスの喉頭の感覚神経)
- Prescott ほか 2020, Cell「An airway protection program revealed by sweeping genetic control of vagal afferents」 (上のハーバード医学大学院の報告の元論文)
- Science News, trachea cells trigger coughs. https://www.sciencenews.org/article/trachea-cells-trigger-coughs-water-lungs (2024年のマウスの報告の紹介)
- Seeholzer ほか 2024, Science 2024年4月19日号 (上の報告の元論文)
なおした ところ
更新履歴
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