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エジソンの でんきゅうは、にほんの たけで ひかった?

エジソンの電球は、なぜ日本の竹で長く光ったのか ── 光る素材をさがした話

エジソン電球のフィラメント探し ── 白金・炭素・木綿糸から、八幡の竹まで

分野:技術

エジソンの でんきゅうの 光を、ながく ささえた ものの 1つは、にほんの 京都の ちかくで とれた たけでした。

どうして、たけが えらばれたのでしょう。エジソンは、ほかに どんな ものを ためしたのでしょう。その わけが わかります。

エジソンの電球が長く光るようになった陰には、日本・京都近くの八幡(やわた)の竹があった、といわれます。エジソン電球の標準の素材として、およそ10年使われたとされます[1]。木綿糸の線は約14時間でしたが、八幡の竹は1000時間以上もったといわれます。

電球の中の細い線に、なぜ竹が選ばれたのでしょうか。エジソンは何を試し、どこで行きづまったのでしょうか。その流れが分かります。

エジソン電球の寿命を大きく伸ばした素材の一つは、京都近くの八幡の竹だったとされる。炭化した竹は、英語の資料では1200時間以上、日本語の解説では1000時間以上もったという[1][5]。

なぜ白金ではなく炭素だったのか。なぜ6000種以上も試す必要があったのか。素材探しが日本にまで及んだ理由が分かる。

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1. どうして、ほそい すみの せんなの?

1. 高価な白金をやめて、細い炭素の線をねらった理由

1. 白金の限界と、炭素への着目 ── 高抵抗のランプという発想

でんきゅうの 中には、ほそい せんが あります。電気が とおると、この せんが 光ります。この せんを、フィラメントと いいます。

エジソンは、電気を あまり つかわない あかりを つくりたいと かんがえました。そのため、エジソンは ほそくて ながい せんを ためしました。ほそくて ながい せんは、電気が とおりにくく、電気を ながすと あつく なって 光ります[1]。

さいしょに ためした ものは、白きんと すみ(炭素たんそ)でした[1]。白きんは、とけにくい きんぞくです。でも、電気が とおりやすく、ねだんも とても たかいものでした[2]。

当時、町の明かりの中心だったアーク灯は、たくさんの電力を使いました。エジソンがめざしたのは、それよりずっと小さな電力で足りるランプです。そのために、電気が通りにくい「高抵抗」の方式を考えた、と説明されます[1]。細くて長い線ほど電気が通りにくくなります。電気が通りにくい線に電流を流すと熱くなって光るので、小さな電力でも光らせやすくなります。

実験の中心になったのは、白金と炭素でした[1]。白金は、タングステンを除けば金属でもっとも融点が高く、熱に強い素材です。ところが電気は比較的通しやすく、とても高価でもありました[2]。白金だけでは、うまく解決できなかったのです。

では、もう一方の炭素を、細い線にして光らせることはできないのでしょうか。

エジソンは、アーク灯よりはるかに小さな電力で足りる「高抵抗」方式のランプをめざし、実験の中心を白金と炭素の2素材に置いた[1]。抵抗は線が細く長いほど大きくなり、電流を流すと熱を出して光る。そのため電流を小さく抑えたまま発熱させやすい、という考え方だ。

白金は、タングステンを除く金属では融点がもっとも高いが、電気抵抗は比較的低く、非常に高価でもあった[2]。熱に強くても、抵抗が低ければ高抵抗方式には向かない。この限界が、炭素に目を向ける理由の一つになったと読める。

2. ひとばん ひかった もめんの いと

2. 炭の線がすぐ燃えた ── 真空ポンプと、約14時間の木綿糸

2. 炭素フィラメントの失敗と真空 ── 1879年10月、約14時間

すみの せんには、こまった ことが ありました。空気が のこっていると、光る まえに もえて しまうのです。

エジソンの けんきゅうしつの ポンプでは、でんきゅうの 中の 空気を ぬく ちからが たりませんでした[2]。そこで、一どは すみを あきらめたと いわれます。

のちに、もっと よく 空気を ぬける ポンプを 手に いれます。すると、1879ねんの 10月、すみに した もめんの いとが、およそ 14じかん 光りました[1]。ひとばん 光った、と いえる ながさです。

たとえば、ろうそくに ガラスの コップを かぶせると、空気が なくなって ひが きえます。でんきゅうの 中は、その 反たいで、空気を ぬく ほど すみが もえにくく なります。

空気があると、炭は燃えてしまう

炭素の線には困った弱点がありました。電球の中に空気が残っていると、熱くなった炭素が燃え尽きてしまうのです。エジソンの研究所にあった手動の真空ポンプでは、それを防げるほどの真空がつくれず、炭素のフィラメントは一度あきらめられたとされます[2]。

転機は、性能のよいスプレンゲル式の真空ポンプでした。1879年ごろに手に入れたとされ、電球の中の空気をよりよく抜けるようになりました[1]。

木綿糸が、約14時間灯る

1879年10月21日から22日にかけて、炭にした木綿糸のフィラメントが研究所で灯りつづけました。時間は資料によって13時間半から14時間半までゆれるため、約14時間と書くのが無難です[1]。ふつうの糸が、炭の線になって一晩光ったことになります。

ただ、この糸が最終の答えではありませんでした。商品として売るには、もっと長持ちし、同じ品質でそろえられる素材が要ります。

炭素フィラメントが当初放棄されたのは、研究室の手動ポンプでは真空が不十分で、炭素が燃え尽きたためだった[2]。突破口は、スプレンゲル式の改良ポンプによる、より高い真空だったとされる(入手時期は1879年とする資料があるが、二次資料である)[1]。

こうして1879年10月21〜22日に、炭化した木綿糸が14時間前後灯った。持続時間は資料により13.5〜14.5時間とゆれるため、約14時間とする[1]。炭素が燃えなければ、細い線は光りつづける。ところが、この糸は製品の素材としては十分ではなかった。耐久性と品質の均一さという次の条件が残ったからだ。

4. なぜ、きょうとの ちかくの たけが えらばれたの?

4. 助手が極東へ ── 八幡の竹が、1000時間をこえた

4. ムーアの極東行きと八幡の竹 ── 1000〜1200時間という数字

エジソンは、じょしゅの ムーアさんを、とおい 国へ おくりました。たけの みほんを あつめる ためです[1]。

いちばん よかったのは、京都の ちかくの 八幡やわたの たけでした。いわしみずはちまんぐうの ちかくの はやしの たけだったと いわれます[5]。

すみに した たけの せんは、1000じかん いじょうも もつと いわれます[5]。さいしょの もめんの いとより、ずっと ながく 光りました。

この たけは、そのあと およそ 10ねん、エジソンの でんきゅうの ふつうの ざいりょうに なりました[1]。

助手のムーアが、極東で竹を集めた

エジソンは助手のウィリアム・H・ムーアを極東へ送り、竹の標本を集めさせました[1]。

1000時間をこえた

もっともよかったのは、京都近くの八幡の竹でした。質のよさで全国に知られていた石清水八幡宮の近くの林の竹だった、といわれます[5]。炭にした竹のフィラメントは、日本語の解説では1000時間以上、英語の資料では1200時間以上もったとされます[1][5]。数字が資料で違うので、ここでは「1000時間以上」と書きます。木綿糸の約14時間と比べると、桁がちがいます。

同じ1880年の12月初めまでに、エジソンは商品のランプに竹を最良の素材として選んだ、と伝えられます[3]。八幡の竹はその後およそ10年、エジソン電球の標準になりました[1]。ただし、八幡の竹だけがすべてではなく、各地の竹も試されています。

エジソンは助手のウィリアム・H・ムーアを極東へ送り、竹の標本を集めさせた。もっともよい結果を出したのが、京都近くの八幡の竹で、以後およそ10年、エジソン電球の標準になった[1]。日本の解説では、これは質の高さで知られた石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)近くの林の竹だったと「言われている」[5]。

炭化した竹の持続時間は、英語資料では1200時間以上、日本語の解説では1000時間以上と食いちがう[1][5]。どちらとも矛盾しない「1000時間以上」を採ると、木綿糸の約14時間の70倍超だ(1000÷14≒71。上限でなく下限どうしの比較なので、実際の差はこれ以上になりうる)。1880年12月初めまでに、エジソンは商用ランプの素材に竹を選んだ[3]。

5. たけの あかりは、そのあと どうなったの?

5. 竹の次に来たもの、そして八幡に残った記念碑

5. 炭素からタングステンへ ── 八幡のエジソン記念碑

たけの でんきゅうが つかわれたのは、およそ 10ねんです。そのあと、でんきゅうの せんは、きんぞくの タングステンに かわって いきました[7]。

それでも、京都の 八幡やわたには、エジソンの きねんひが のこって います。さいしょの ものは、1934ねんに いわしみずはちまんぐうの なかに たちました[5]。

竹のフィラメントが主役だったのは、10年ほどでした。その後、電球の線は、金属のタングステンに置きかわっていきました。アメリカのGE社のクーリッジが、曲げられるタングステン線を1909年に開発し、GE社は1910年にそのランプを売り出した、と紹介されています[7]。

それでも、八幡の竹を記念する碑は今も残っています。最初のエジソン記念碑は、1934年に石清水八幡宮の境内に建てられました。1958年に現在の場所へ移り、1984年にデザインを新しくして建て直されています[5]。

竹の電球が使われた時代は短くても、八幡には、竹とエジソンを伝える記念碑が残っています。

炭素フィラメントはやがて、タングステン線に置きかわった。GEのクーリッジが曲げられる線を1909年に開発し、GEは1910年にランプの販売を始めた、という流れが紹介される[7]。竹は約10年、標準の素材だった。

竹のあとも、八幡には記念碑が残る。国土交通省の多言語解説によると、最初のエジソン記念碑は1934年に石清水八幡宮境内に建立され、1958年に現在地へ移転、1984年にデザインを一新して再建された[5]。

6. みの まわりの たけを みて みよう

6. 身のまわりの竹の「すじ」を見てみる

6. 出口 ── 竹の繊維を観察する/原典をたどる

おうちに、たけで できた ものは ありませんか。たけの ざる、ものさし、うちわなどです。

さがしたら、ひょうめんを よく 見て みましょう。ほそい すじが、たてに ならんで いませんか。ゆびで なぞると、ざらざらする ことも あります。

この ほそい すじが、せんいです。エジソンは、こういう しょくぶつの すじを、すみに して 光らせようと しました。

ただし、おうちの たけを やいたり、もやしたり しては いけません。見るだけに しましょう。

家にある竹の道具を探してみましょう。竹ざる、竹のものさし、うちわの骨などです。表面を虫めがねで見ると、細いすじが縦にそろって走っているのが分かります。

エジソンが炭にしたのも、竹の繊維でした。ただ、ここで見えるのは表面のすじで、フィラメントに使われた繊維そのものとは限りません。

火で燃やして炭にすることは、危険なので試さないでください。観察だけにしましょう。

もっと知りたくなったら、国土交通省の多言語解説[5]や、エジソンの研究を集めたラトガース大学のサイト[2][3]を開いてみてください。八幡のエジソン記念碑の場所も、地図で探せます。

身近な竹製品(竹ざる、竹製のものさし、うちわの骨など)を虫めがねで観察し、表面の筋が長さ方向にそろう様子を見る(見えるのは表面の筋であり、フィラメントに使った繊維そのものとは限らない)。火で炭化させる実験は危険なので行わない。

原典に当たるなら、ラトガース大学のエジソン・ペーパーズ(Edison Papers)の解説文[2][3]と、IEEE関連のETHW[1]が英語で読める。日本語では、国土交通省の多言語解説[5]が、八幡の記念碑の来歴をまとめている。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:エジソン関連の解説サイト、大学のエジソン・ペーパーズ、国土交通省の解説、報道・紹介記事を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. ETHW(Engineering and Technology History Wiki)「Edison's Incandescent Lamp」。https://ethw.org/Edison's_Incandescent_Lamp (高抵抗の考え方、真空、木綿糸、特許の素材、竹について)
  2. Rutgers Edison Papers「The Platinum Filament Lamp」。https://edison.rutgers.edu/life-of-edison/biographical-essays/lighting/the-platinum-filament-lamp (白金の問題点と、手動ポンプの限界について)
  3. Rutgers Edison Papers「From research to development」。https://edison.rutgers.edu/life-of-edison/biographical-essays/lighting/from-research-to-development (竹が商用ランプの素材に選ばれた時期について)
  4. Amusing Planet「How Japanese Bamboo Helped Edison Make the Light Bulb」。https://www.amusingplanet.com/2019/05/how-japanese-bamboo-helped-edison-make.html (エジソン本人の「6000種以上」という見積もり。紹介記事)
  5. 国土交通省 観光庁 多言語解説文データベース「石清水八幡宮 エジソン記念碑」。https://www.mlit.go.jp/tagengo-db/R2-01481.html (八幡の竹、1000時間以上、記念碑と祭りについて)
  6. Time「Thomas Edison」。https://time.com/3517011/thomas-edison/ (釣り糸・ヤシの繊維などを試したという話。報道)
  7. Smithsonian National Museum of American History「William D. Coolidge」。https://americanhistory.si.edu/lighting/bios/coolidge.htm (竹のあと、タングステンに置きかわった流れについて)

なおした ところ

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