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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

碁盤ごばんと 碁石ごいしで、囲碁いごの ほかに どんな あそびが できるの?

碁盤と碁石を使う遊びには、囲碁のほかにどんなものがあるのか

碁盤と碁石で遊ぶのは囲碁だけではない:五目並べ・連珠は、盤の大きさと勝ち方をどう変えたのか

分野:歴史・文化

碁盤ごばんには、たてにも よこにも 19本の 線が あります。ところが 連珠れんじゅという あそびでは、その 外がわを 2本ずつ へらして、15本の 碁盤ごばんで あそびます。

おなじ 碁盤ごばんと 碁石ごいしなのに、どうして ちがう あそびに なるのでしょう。この ページを 読むと、囲碁いごの ほかの あそびと、碁盤ごばんの 大きさで あそびが かわる わけが わかります。

碁盤の線は、縦も横も19本です。ところが連珠という遊びでは、同じ碁盤と碁石を使いながら、正式には19路盤より各辺2路ずつ狭い15路盤で打ちます[2][8]。しかも、黒だけが「禁手」というしてはいけない手を負います。

道具が同じなのに、どうして別の遊びになるのでしょうか。この記事を読むと、囲碁・五目並べ・連珠の勝ち方のちがいと、碁盤を小さくすると遊びがどう変わるかが分かります。

碁盤の線は縦横19本で、交点は361。碁石の数も黒181個・白180個の計361個で、交点の数と同じである[1]。ところが連珠は、この道具を使いながら、19路盤より各辺2路狭い15路盤を正式な盤とし、黒だけに禁手を課す[2][8]。同じ道具が、盤の大きさと勝ち方の決め方で、なぜ別の遊びになるのか。

この記事を読むと、囲碁・五目並べ・連珠の勝敗のつけ方のちがい、盤を小さくすることで遊びが変わる例、そして盤の線がかつて17本だったことが分かる。

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1. おなじ 碁盤ごばんで、ほかに どんな あそびが できるの?

1. 同じ碁盤と碁石で、囲碁のほかにどんな遊びができるのか

1. 交点に石を置く道具から、囲碁・五目並べ・連珠が分かれる

碁盤ごばんの 上には、たてと よこの 線が まじわる ところが、たくさん あります。そこに 黒と 白の 碁石ごいしを おいて あそびます。

囲碁いごは、石で かこんで、じぶんの じんちを ふやして いく あそびです。ごもくならべは、先に 5つ、たて・よこ・ななめの どれかに ならべた 人が 勝ちです。連珠れんじゅは、ごもくならべに きまりを 足した あそびです。

石の 数も ふしぎです。黒が 181こ、白が 180こで、ぜんぶで 361こ。19本ずつの 線が まじわる ところの 数、19×19=361と おなじです。白い 石は 大きく 見えるので、黒より 少しだけ 小さく つくります。

では、連珠れんじゅの「きまり」とは、どんな ものでしょう。

碁盤の上に碁石を置くとき、石は升目の中ではなく、線と線が交わる点(交点)に置きます。この単純な約束だけで、いくつもの遊びができます。

囲碁は、石で囲んで自分の領地を広げていく遊びです。五目並べは、先に縦・横・斜めのどれかに5つ並べた方が勝ちです。連珠は、碁盤と碁石を使う点では五目並べと同じで、黒だけに禁じ手があるという特徴をもっています[2]。

道具の数にも決まりがあります。19路盤の交点は19×19で361。碁石は黒181個、白180個の計361個で、交点の数と同じです[1]。白石は光って大きく見えるため、黒石よりわずかに小さく作られます[1]。

では、連珠の「禁じ手」と、15路の盤は、どんな工夫なのでしょうか。

碁盤の上では、碁石は升目ではなく、線と線の交点に置く。この約束だけで、遊びは複数成り立つ。囲碁は石で囲んで領地を争う遊びで、五目並べは先に縦横斜めのどれかに5つ並べた方が勝つ。連珠は、同じ道具で五目並べを行い、黒だけに禁手を課す遊びである[2]。

道具の側にも、数字の符合がある。19路盤の交点は19×19で361、碁石は黒181個・白180個の計361個で、交点の総数と一致する[1]。白石は膨張して見える色なので、黒よりわずかに小さく作る慣習があり、直径は約2.2cmである[1]。盤は約45.5×42.4cmの大きさが標準とされる[4]。

石を置く場所が361か所もあるから、囲碁は広い盤で長く戦える。しかし五目並べの勝ち筋は、そこまでの広さがなくても成り立つ。盤の広さと勝ち方は、どう結びつくのか。その答えは、連珠が15路盤を選んだことの中にある。

2. 連珠れんじゅは、碁盤ごばんの 外がわを つかわない あそび

2. 連珠は碁盤の外側を使わず、黒だけに禁手がある

2. 15路盤と禁手:連珠は碁盤をどう変えたか

連珠れんじゅの 正しい 碁盤ごばんは、15本×15本です。19本の 碁盤ごばんから、はしを 2本ずつ とった 大きさです。まじわる ところの 数は、もとの およそ 6わりです。

もう ひとつ、ふしぎな きまりが あります。先に うつ 黒だけ、「うっては いけない 手」が あるのです。6つ いじょう つなげる 手も、その ひとつです。白には この きまりが なく、6つ ならべても 勝てます。

きまりの ない ごもくならべは、どちらも まちがえなければ、先に うつ ほうが 勝つと いわれます。黒だけに きまりが あるのは、先に うつ 人が 強い ことと、かかわりが ありそうです。

この あそびは、いつ、だれが「れんじゅ」と よび はじめたのでしょう。

連珠の正式な盤は、19路盤より各辺2路ずつ狭い15路盤です[2][8]。19から外側を2本ずつ取ると15なので、交点は361から225に減ります(225÷361は約0.62で、約6割の大きさです)。

連珠でもう一つ目立つのは、黒と白でルールが違うことです。連珠の特徴は、先に打つ黒だけが「三三」「四四」「長連」という禁手を負うことです。長連は、6つ以上つなげる手のことです。白にはこの制限がなく、長連でも勝ちになります[2]。

この黒だけの制限は、先手の有利と関係づけると、つり合いをとる工夫のように見えます。禁手のない五目並べは、双方が最善を尽くすと先手が勝つとされています[3]。ただし、これは「禁手なし」「双方最善」という条件つきの話です。

では、五目並べはいつ「連珠」という名前を得たのでしょうか。

連珠の正式な盤は、19路盤より各辺2路狭い15路盤である[2][8]。19から外側を2路ずつ除くと15になり、交点は361から225へ減る。225÷361は約0.62で、盤面の広さは約6割になる。五目並べの勝ち筋は、囲碁ほどの広さを必要としない。

連珠のもう一つの特徴は、黒と白でルールが違うことだ。先手の黒だけが、三三(同時に二つの三を作る)、四四(同時に二つの四を作る)、長連(6つ以上並べる)の三つを禁手とされ、打つと負けになる。白にはこの制限がなく、長連も勝ちとして扱われる[2]。

この非対称の背景には、先手の有利がある。禁手のない五目並べは、双方が最善を尽くせば先手の勝ちになるとされる[3]。黒だけに制限をかける形は、この偏りを整えているように読める。ただし、これは「禁手なし」「双方最善」という条件つきの結論であり、禁手の導入理由を直接述べた資料を、ここでは使っていない。

では、五目並べは、いつ、だれによって「連珠」と名づけられたのか。

3. ごもくならべは、いつ「れんじゅ」と よばれたの?

3. 五目並べが「連珠」と呼ばれたのは、いつ、だれが言い出したのか

3. 五目並べは囲碁の余技から生まれたのか:「聯珠」の命名

今から 120年 いじょう まえ、1899年の ことです。黒岩涙香くろいわるいこうという 人が、萬朝報よろずちょうほうという 新聞に、先に うつ ほうが 勝つ 方ほうを のせました。

その 年の 12月6日に、涙香るいこうは この あそびを「れんじゅ」と よぶ ことを すすめました。涙香るいこうは、れんじゅの はじめての 名人にも なりました。

ごもくならべが どこで うまれたかは、はっきり していません。1856年に できた いちばん 古い れんじゅの 本が あり、囲碁いごの あそびの ひとつとして 生まれたと 考えられて います。

れんじゅだけの 15本の 碁盤ごばんは、1936年に きまったと いわれます。それまでは、ふつうの 碁盤ごばんでも あそんで いました。

では、囲碁いごの ほうは、碁盤ごばんを 小さくして あそぶ ことは ないのでしょうか。

1899年(明治32年)、黒岩涙香くろいわるいこうが新聞「萬朝報よろずちょうほう」で、五目並べの先手必勝法を紹介しました。同じ年の12月6日には、この遊びを「聯珠」(のちの「連珠」)と呼ぶことを提案しています[3]。涙香は初代名人で、号は高山互楽といいます[3]。

五目並べ自体の起源は、はっきりしていません。1856年に刊行された『五石定蹟集』は現存する最古の連珠書とされ、近年の研究では、囲碁の余技として生まれたと考えられています[3]。

専用の15路盤(十五道盤)が決まったのは1936年とされ、それまでは19路の碁盤でも打たれていました[3][4]。15路盤の年は、資料によって書き方に幅があるため、ここでは「とされる」と書いておきます。

連珠が囲碁から生まれた遊びなら、囲碁のほうでも盤を小さくすることはあるのでしょうか。

1899年(明治32年)、黒岩涙香くろいわるいこうは新聞「萬朝報よろずちょうほう」に五目並べの先手必勝法を載せ、同年12月6日に、この遊びを「聯珠」と呼ぶことを提案した[3]。涙香は初代名人で、号は高山互楽たかやまごらくである[3]。

では、五目並べ自体はどこから来たのか。起源ははっきりしない。1856年刊の『五石定蹟集』が現存最古の連珠書とされ、近年の研究は、囲碁の余技として生まれたと考えている[3]。中国起源とする説には根拠がないとされる。

専用盤はずっと後に決まった。十五道盤の制定は1936年とされ、それまでの連珠は19路の碁盤でも打たれていた[3][4]。ただしこの年は世界大百科事典の記述に基づき、他の資料で裏づけた形ではないため、「とされる」と受け止めるのが妥当である。

囲碁から分かれた遊びが、専用の小さな盤を持つに至った。それなら、囲碁そのものも盤を小さくして遊べるはずだ。実際にそうしている例がある。

4. 小さい 碁盤ごばんだと、囲碁いごは どう かわるの?

4. 小さな碁盤にすると、囲碁はどう遊びやすくなるのか

4. 9路・13路・5路盤:盤を小さくすると何が変わるか

日本棋院きいんの はじめての 人むけの 大会では、「19本が 心配な 人は、9本や 13本の 碁盤ごばんも 用意して います」と 知らされました。

9本の 碁盤ごばんは、まじわる ところが 9×9で 81。19本の 361の 4分の1より、少し 少ない 数です。13本の 碁盤ごばんは 169で、半分に ちかい 数です。

はじめての 人の 教室では、7本の 小さな 碁盤ごばんから はじめて、19本へ すすむ ながれが しめされて います。9本の 碁盤ごばんは、ルールを ならったり、短い 時間で うつ ときに つかわれます。

いちばん 小さい 5本の 碁盤ごばんは、勝ち負けが ぜんぶ しらべつくされて いるそうです。小さい 碁盤ごばんは、おぼえるのにも、あそぶのにも、やさしい あそび場です。

では、いちばん はじめの 碁盤ごばんは、何本だったのでしょう。

日本棋院の初心者向けの大会では、19路盤に不安がある人のために、9路盤と13路盤が用意されました[5]。入門講座でも、小さな7路盤から19路盤へ進む流れが示されています[5]。

交点の数を比べてみます。9路盤は9×9で81、13路盤は13×13で169、19路盤は361です。9路盤は19路盤の約22%(81÷361は約0.22)、13路盤は約47%にあたります[4]。打てる場所が少ないぶん、短い時間で一局を終えやすくなります。

9路盤は、ルールを覚えるときや短時間の対局に使われます。13路盤は、9路盤で基本を覚えた初心者向けとされます[4]。もっとも小さい5路盤は、交点が25しかない盤です[4]。

盤を小さくするのは、遊びを簡単にするためだけではありません。小さな盤は、「石を置く場所」を減らして、考えるべき点を絞れる道具です。連珠の15路盤も、同じ考え方の延長にあります。

では、いちばん古い碁盤は、何路だったのでしょうか。

盤の大きさは、遊びの難しさを調整する手段にもなる。日本棋院の初心者向け大会では、19路盤に不安のある人のために9路盤と13路盤が用意され、入門講座では7路盤から19路盤へ進む流れが示されている[5]。

交点の数で比べる。9路盤は9×9で81、13路盤は13×13で169、19路盤は361である。81÷361は約0.22、169÷361は約0.47なので、9路盤は19路盤の約22%、13路盤は約47%の広さになる。数字は路数の2乗で効くため、路数が約半分になると、広さは約4分の1に近づく。

用途も分かれる。9路盤はルール学習や短時間の対局に使われ、13路盤は9路盤で基本を覚えた初心者向けとされる。最小の5路盤は、交点が5×5で25しかない[4]。盤が小さいほど、考える範囲は狭くなる。

連珠の15路盤は、この考え方の延長に置ける。盤を小さくすれば、手数と考える範囲が減る。ただし連珠の場合、黒だけの禁手など、盤以外の道具立てもあわせて遊びが決まる。

では、いまの19路は、碁盤の最初からの姿なのか。

5. 碁盤ごばんの 線は、昔から 19本だったの?

5. 碁盤の線は、昔から19本だったのか

5. 17路から19路へ:碁盤そのものの変遷と日本への伝来

いま、ふつうに つかわれる 碁盤ごばんは 19本です。でも 昔の 碁盤ごばんは、17本だったと いわれます。中国の 昔の 墓はかから、17本の 石の 碁盤ごばんが 見つかって います。

19本に 落ち着いたのは、中国の 唐とうという 時代の はじめごろです。日本に つたわった ときには、もう 19本だったと されます。

日本へは、5〜6世紀せいきごろ、朝鮮半島ちょうせんはんとうを とおって つたわったと 考えられて います。ただし 時期には いろいろな 考えが あります。

奈良ならの 正倉院しょうそういんには、聖武天皇しょうむてんのうに ゆかりの 碁石ごいしが のこって います。ぞうの きばで つくられ、花を くわえた 鳥の もようが あります。東大寺とうだいじの 大仏だいぶつに ささげられた たからものの ひとつで、132まいと 120まい、あわせて 252まいが 今も あります。

道具は 時代で かわりますが、黒と 白の 石を ならべて あそぶ すがたは、千年 いじょう まえから つづいて いるのです。

囲碁の原形は、約3000年前の古代中国で形づくられたとする説が最有力とされます[1]。聖人の堯や舜が作ったという話は、後世のこじつけだと考えられています。

初期の碁盤は、いまの19路ではなく17路でした。漢代の墓から17路の石盤が出土しており、19路盤が定着したのは唐代の初めごろです[1]。前漢の景帝の陽陵からも、17路の陶製盤が出土しています[4]。つまり、2本の線が増えるまでには、長い年月がかかっています。

日本への伝来は、5〜6世紀ごろに朝鮮半島を経由したと推測されています(諸説あります)[1]。このとき碁盤はすでに19路でした。

奈良の正倉院には、聖武天皇ゆかりの碁石「紅牙撥鏤碁子こうげばちるのきし」が伝わります。象牙製で、花を口にくわえた鳥の模様があります。聖武天皇の四十九日に東大寺の大仏へ献納されたことが、「国家珍宝帳こっかちんぽうちょう」に記され、紅牙132枚と紺牙120枚が現存しています[6]。

日本の記録にも、囲碁の呼び名が現れます。874年の記録には、囲碁の雅称「手談しゅだん」が見え、904年の記録には、碁の達人「寛蓮かんれん」が登場します[7]。手で語り合うと書く言葉は、碁石を置く遊びらしい名前です。

盤の線の数も、石の素材も、呼び名も、時代とともに変わりました。次は、いまの私たちが、盤を変えて遊ぶ番です。

いまの19路は、碁盤の最初の姿ではない。囲碁の原形は約3000年前の古代中国で形成されたとする説が最有力とされ、聖人の堯・舜が創始したという話は後世のこじつけとされる[1]。ただし起源を断定する資料はないので、説の一つとして読むべきである。

初期の盤は17路だった。漢代の墓から17路の石盤が出土しており、19路盤が定着したのは唐代初期だと説明される[1]。前漢の景帝の陽陵からも、17路の陶製盤が出土している[4]。この陽陵の例は百科事典の記述に限るため、ここでは「17路の盤が出土した例の一つ」にとどめる。初期の囲碁は主に17路で打たれた可能性がある。

日本への伝来は、5〜6世紀ごろに朝鮮半島を経由したと推測される(諸説あり)。7世紀初めの中国の史書『隋書』に、倭人は棊博などを好むと記されている[1]。吉備真備が持ち帰ったとする説は、誤伝とされる。いずれにせよ、日本に伝わった時の碁盤はすでに19路だった[1]。

正倉院には、聖武天皇ゆかりの碁石「紅牙撥鏤碁子こうげばちるのきし」が伝わる。象牙製で、花喰鳥の模様をもつ。聖武天皇の四十九日に東大寺大仏へ献納されたことが、「国家珍宝帳こっかちんぽうちょう」に記され、紅牙132枚と紺牙120枚が現存する[6]。正倉院には、わが国最古級の碁盤も伝わるが、寸法などは資料により記述がちがうため、数値は書かない[4]。

文献では、囲碁の雅称「手談しゅだん」が『日本三代実録』の貞観16(874)年の条に見え、碁の達人「碁聖」の寛蓮かんれんは『西宮記さいぐうき』の延喜4(904)年の条が初出とされる[7]。盤の線の数も、石の材料も、呼び名も、時代ごとに少しずつ変わってきた。

道具が変わりながら、「交点に石を置く」という約束だけは残った。それなら、盤の大きさを自分で変えて遊べば、その約束が遊びを決める様子を、手で確かめられる。

6. 紙に 線を ひいて、碁盤ごばんの 大きさを くらべよう

6. 紙の升目で、盤の大きさを変えて五目並べをしてみる

6. 方眼紙で盤の大きさを比べ、使った資料を読み比べる

きょう できる こと

ノートの ます目の 線が まじわる ところを、碁盤ごばんの 交点に 見たてます。えんぴつで ○と ×を、かわりばんこに かきます。先に 5つ、たて・よこ・ななめに ならべた 人が 勝ちです。

まず、線が 9本ずつの せまい ところだけで やります。つぎに、15本ずつの ひろい ところで やります。どちらが はやく おわるか、見くらべて みましょう。

おうちに 碁盤ごばんが あれば

おとなと いっしょに、碁石ごいしで ごもくならべを して みましょう。碁石ごいしは ちいさいので、小さい 子が 口に 入れない ように 気を つけます。

紙で試す

ノートの升目で、交点に見立てた場所に○と×を交互に書き、先に5つ並べた方を勝ちとします。まず9本×9本ほどの狭い範囲、次に15本×15本ほどの広い範囲で遊び、勝負がつくまでの手の数や、考えやすさを比べてみてください。

碁盤があれば

家に碁盤と碁石があれば、おうちの人と一緒に、石を交点に置く感覚を確かめられます。碁石は小さいので、小さな子が口に入れないよう気をつけましょう。

資料を読むなら

連珠の禁手と名前の由来は[2][3]、碁盤の路数のちがいは[4]、初心者向けの小さな盤は[5]にあります。

手で確かめる

方眼紙の交点に○と×を交互に書き、先に5つ並べた方を勝ちとする。9本×9本ほどの範囲と、15本×15本ほどの範囲で試し、勝負がつくまでの手数や、考える場所の多さを比べる。盤が広いほど考える場所は増えるはずだが、実際にどう感じるかは、自分で確かめるほかない。

碁盤と碁石が家にあれば、おうちの人と一緒に石の感触を確かめられる。碁石は小さいので、小さな子が口に入れないよう注意する。

資料を読むなら

連珠の盤と禁手は[2]、涙香の命名と『五石定蹟集』は[3]、碁盤の路数と大きさは[4]、初心者向けの小さな盤は[5]、正倉院の碁石は[6]、日本の文献にみる囲碁は[7]にある。起源や伝来には諸説があり、資料ごとに書き方が少しちがうので、読み比べるとよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料です。

  1. 日本大百科全書・世界大百科事典「碁」(コトバンク). https://kotobank.jp/word/%E7%A2%81 (起源、17路と19路、碁石の数、日本への伝来)
  2. Wikipedia「連珠」. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%A3%E7%8F%A0 (15路盤と禁手)
  3. 日本大百科全書・世界大百科事典「連珠」(コトバンク). https://kotobank.jp/word/%E9%80%A3%E7%8F%A0 (涙香の命名、五目並べの起源、先手必勝)
  4. Wikipedia「碁盤」. https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A2%81%E7%9B%A4 (盤の大きさと路数、17路の出土、十五道盤)
  5. 日本棋院 初心者向けイベント案内. https://www.nihonkiin.or.jp/ (9路盤・13路盤・7路盤の使われ方)
  6. 正倉院展「紅牙撥鏤碁子」. https://shosoin-ten.jp/info/treasures/000464/ (正倉院の碁石)
  7. 国立国会図書館 Kaleido「文学作品にみる囲碁」. https://www.ndl.go.jp/kaleido/entry/22/1.html (手談と寛蓮の記録)
  8. 日本連珠社「連珠とは」. https://renjusha.net/about-renju/ (15路盤と禁手)

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