1. どうして みんな おなじ 一手 だったの?
1. 約30年、ほぼ全員が同じ手を選んだ
1. 2-1・4-1・5-1は、なぜスロットが定跡だったのか
バックギャモンは、さいころを ふって、じぶんの こまを すすめる ゲームです。さいしょに 出た 目が 2と1、4と1、5と1の とき、ほとんどの 人が えらぶ 手が ありました。
それが「スロット」です。6の ばしょに ある こまを 一つ、5の ばしょへ すすめます。1995年の ろんぶんは、この 手を 30ねんのあいだ、せんもんかの ほぼ ぜんいんが えらんで きたと かいています[1]。
1970ねんだいと 80ねんだいは、とくに スロットの さかんな じだいでした。こまを ならべて つよい「かべ」を つくり、さいごに ばいがけで 勝つ やりかたが、このまれて いたからです[2]。
最初の一手の「スロット」
バックギャモンは、2つのさいころの目に従って駒を進める二人用のゲームです。最初の目が2-1、4-1、5-1のときは、6のポイントにある駒を1つだけ5のポイントに進める「スロット」が、過去約30年の専門家のほぼ全員の選択だったと、1995年の論文は書いています[1]。
なぜ好まれたのか
1970〜80年代はスロットの全盛期でした。駒を並べて「プライム」と呼ぶ連続した壁を作り、最後に倍賭けで決めるやり方が好まれたためです[2]。ほかの論文は、5のポイントにスロットを試す人は250年以上前からいたが、1970〜80年代にはバークレー・クックらの影響で、強い選手がほぼ皆スロットしたと述べます[3]。
この手には危険もあります。ロバーティは、自然に良くなる目が多いほど危険を冒したくない、危険を冒すのは形がぎこちなく自然には良くならないときだ、と説明しています[6]。
1995年のTesauroは、2-1・4-1・5-1の開きで、過去約30年の専門家のほぼ全員が、6のポイントの駒1つを5のポイントへ進めるスロットを選んできたと書いた[1]。この手が長く定跡であり続けた背景には、1970〜80年代の考え方がある。強いプライム(連続した壁)を築き、最後にダブル(倍賭け)で決める勝ち方が好まれ[2]。Ballard&Weaverも、250年以上試されてきたスロットが、1970〜80年代にクックらの影響で強い選手のほぼ全員に採られたとする[3]。
ただしスロットは危険を伴う手でもある。ロバーティは、自然に良くなる目が多い局面ほど危険は冒したくなく、危険を冒すべきなのは形がぎこちなく自然には改善しない局面だと説明する[6]。みんなが同じ手を選ぶほど、「本当にそれが最善か」を確かめる機会は、かえって少なかったことになる。
2. おなじ ばめんを なんども やると、どうなるの?
2. 同じ局面を何度も試して数える、ロールアウト
2. ロールアウトとTD-Gammon ── 1992年の分析が示したもの
ある 日、この 「みんなの 手」に、ぎもんを ぶつける 方ほうが あらわれました。「ロールアウト」といいます。おなじ ばめんを、さいころの 目を かえて、なんども なんども あそんで、けっかを きろくする 分せきです[5]。
むかしは 人が 手で やって いましたが、いまは おもに コンピュータが やります。1992ねん、「TD-Gammon」という プログラムが この 分せきを して、スロットは、うしろの こまを 二つに わける「スプリット」より おとると しめしました[1]。
TD-Gammonは、じぶんどうしで たくさん たいせんして、まなぶ プログラムです[1]。
ロールアウトとは
ロールアウトは、同じ局面をさいころの目を変えて何度もプレイし、その結果を記録する分析です。昔は人の手で、今は主にコンピュータで行います。現代の序盤の定石の多くは、ロールアウトに基づいているとされます[5]。
1992年の記事
1992年、専門誌「Inside Backgammon」に、ビル・ロバーティが書いたTD-Gammonの記事が載りました。そこには、TD-Gammonによるロールアウトの結果が入っていて、最初のスロットは、奥の駒を分けるスプリットより劣ると示されていました[1]。
TD-Gammonは、ニューラルネットワークが自分どうしの対戦から学ぶプログラムです。1995年の論文では、版2.1が約40ゲームの対戦で、ロバーティとほぼ互角でした[1][4]。ただし「人間より強い」と言い切れる結果ではありません。
ケット・ウールジーは、位置の判断は自分よりはるかに良いと述べています[1]。人が追ってこなかった戦略を探る相手として、専門家に受け入れられていたことが分かります。
定跡を疑う道具になったのが、ロールアウトだ。同じ局面をサイコロの目を変えて何度も打ち、結果を記録する分析で、かつては手作業、現在は主にコンピュータで行われ、現代の序盤定跡の多くはこれに基づくとされる[5]。
ところが、スロット全盛の中で最初に数字を示したのはそれより早かった。1992年、Inside Backgammon誌に載ったロバーティの記事は、TD-Gammonのロールアウトを引き、最初のスロットが奥の駒を分けるスプリットより劣ると示した[1]。TD-Gammonは、ニューラルネットが自己対戦から学ぶプログラムで、版2.1は約40ゲームの対ロバーティ戦でほぼ互角だった[1][4]。「人間より強い」と断定できる結果ではないが、ウールジーは位置判断は自分よりはるかに良いと評した[1]。
ここで注意したいのは、人間が追ってこなかった戦略を探る相手として、専門家が受け入れた点だ。そうなると次の問いは、数字を見た人間が、30年の習慣を実際にどう変えたのか、になる。
3. その 分せきを 見た 人は、どうしたの?
3. 選手たちは分析結果を大会で試した
3. 定跡を入れかえたのは誰か ── 大会での成功と普及
ここで だいじなのは、プログラムが 人に 手を おしつけたのでは ない ことです。分せきを 見て、すうにんの トップ せんしゅが、じぶんで スプリットを ためしました。
そして 大会で よい けっかが 出ると、スプリットは あっというまに ひろがりました。1995ねんの ろんぶんは、いまは ほぼ ぜんいんが スプリットを えらぶと かいています[1]。大会では、スロットは すうねんで 見かけなく なったと いわれます[4]。
4. スロットは、まちがいだったの?
4. スロットとスプリットの差は小さかった
4. 差は.014 ── 「スロットは誤り」ではなかった
では、スロットは 大まちがい だったのでしょうか。じつは そうでも ありません。2003ねんの ろんぶんでは、5と1の ときの ちがいを、コンピュータで しらべました。スプリットの ほうが 上でしたが、その ちがいは とても ちいさかった のです[3]。
この ろんぶんは、それでも 多くの 人は スロットを えらぶ だろうと かいています。
コンピュータの 分せきで、ゲームの はじめの うちから「どれだけ すすんだか」の きょうそうが 大じだと わかった ことも、大きな 発見でした[3]。
Ballard&Weaverの2003年の論文は、この10〜20年のコンピュータによるロールアウトで、ゲームの序盤でもレース(駒の進み具合の競争)が重要だと分かったと書いています[3]。壁を作ることだけでなく、駒の進み具合も大事だと分かったわけです。
数字も出ています。ソフトのSnowie-4では、5-1のときスプリットがスロットを0.014(ダブルのない場合)上回ります[3]。0.014は1ゲームあたりの勝ち負けの点の差ですから、単純に100ゲーム分を足すと、約1.4点ぶんです(期待値の差を足しただけで、実際の結果を予言するものではありません)。
この論文は、差が小さいので、多くの人はそれでもスロットを選ぶだろうとも述べます[3]。スロットが大間違いだったわけではありません。
Ballard&Weaver(2003)は、この10〜20年のコンピュータのロールアウトにより、レース(駒の進み具合の競争)が序盤でも重要だと分かったと述べる[3]。序盤から進み具合の差が勝負に関わる、という見方である。
その差の大きさは、Snowie-4で5-1を調べると、スプリットがスロットを.014(ダブルのない場合)上回る程度だった[3]。これは1ゲームあたりの勝ち負けの点の差で、単純に100ゲームを足すと約1.4点だ(期待値の差の単純換算で、実際の結果の予測ではない)。しかも同論文は、差が小さいため、多くの人はなおスロットを選ぶだろうと書く[3]。
したがって、30年の定跡が「大きな誤り」だったとは言えない。小さな差でも、何度も数える分析が見つけ、人間が実戦で確かめることで定跡は動いた。しかも動きはそこで止まらなかった。
5. 2と1だけ、もどって きたの?
5. 2-1だけがスロットに戻った
5. 2-1の最初の一手は、ボットの版で評価が変わる
おはなしには、つづきが あります。スロットは 大会から きえましたが、そのあと、2と1の ときだけ もどって きたと いわれます[4]。
はじめの コンピュータ・プレイヤーの Jellyfishや Snowie、2010ねんの Extreme Gammonは、スロットを せず スプリットを えらびました。でも 2015ねんの きじが あつかう Extreme Gammonは、2と1の ときは スロットを このみます。何回も あそんだ けっかも、それを ささえて います[2]。
ロバーティは、2と1では 11の ばしょの こまが あまり はたらかないので、スロットの きけんに 見あう と せつめい しています[6]。
だから さいしょの 一手は、「きまり」では なく、「ためした けっかの とちゅう」と 考えると よさそうです。
百科事典は、スロットが大会から消えた後、2-1だけが再登場したと書いています[4]。別の記事(2015年)によると、初期のボットのJellyfishやSnowie、2010年のExtreme Gammonは、2-1・4-1・5-1でスロットせずスプリットを選びました。ところがその記事が扱う版のExtreme Gammonは、2-1ではスロットを好み、ロールアウトもその判断を支持しているそうです[2]。
なぜ2-1だけなのでしょうか。ロバーティは、2-1では11のポイントの駒があまり働かず、ぎこちない形なので、スロットの危険に見合うと説明しています[6]。ほかの2つは、自然に良くなる手があるので、危険を冒さなくても済むという考え方です。
2-1・4-1・5-1の最新の優劣は、ボットの版によって揺れるので、ここでは断定しません。大事なのは、30年の定石が数年で変わり、さらにその後も細かく動き続けているという事実です。
しかも、決着はスプリットで終わらなかった。Wikipediaは、スロットが数年で大会から消えたあと、2-1に限って再登場したと記す[4]。別の解説(2015年)は、初期のボット(Jellyfish、Snowie、2010年のExtreme Gammon)が2-1・4-1・5-1でスロットせずスプリットを選んだのに対し、同記事が扱う版のExtreme Gammonは2-1でスロットを好み、ロールアウトもそれを支持するという[2]。
理由として、ロバーティは、2-1では11のポイントの駒があまり働かないため、スロットの危険に見合うと説明する[6]。危険を冒すのは形がぎこちなく自然には良くならないときだ、という先の原則と合っている。
ただし、2-1・4-1・5-1の評価はボットの版で揺れうるため、現在の最良手は断定できない。定跡は「決まり」ではなく、新しい分析と対戦が積み重なるたびに更新される途中経過だ、と言うほうが資料に近い。
6. 「なんども ためして かぞえる」を、やって みよう
6. 「何度も試して数える」を、さいころで体験する
6. 出口 ── 試行回数と結果の安定、原典の読みどころ
さいころを 二つ ふって、「6が 一つでも 出る」回数を かぞえて みましょう。まず 10回 ふって、出た 回数を かきます。これを 3回 くりかえして、くらべて みます。
こんどは 50回 ふって、10回ごとに わけて かぞえます。回数が ふえると、「6が 出た わりあい」が おなじような 数に ちかづくか、見て みましょう。かならず そうなるとは かぎりません。
ただし、これは バックギャモンの ロールアウトの ほんの まねです。ほんものは、ばめんを 何千回も あそびます。
さいころを2つ用意して、「6が1つでも出る」回数を数えてみましょう。まず10回を1セットとして、3セット行い、セットごとの回数を記録します。次に、50回を連続で振って、10回ずつに区切って数えます。
回数が少ないと結果はばらつきやすく、回数を重ねるほど、「6が1つ以上出た割合」が近い値にまとまってくる傾向が見えることが多いでしょう(必ずそうなるわけではありません)。ロールアウトで同じ局面を何度も打つ理由は、このばらつきをならすことだと考えると分かりやすくなります。
もっと詳しく知りたいときは、出典欄の1995年の論文(英語)が原典です。定石が入れかわった当時の空気が、そのまま書かれています。
手元で試せる最小の実験は、2つのサイコロを振って「6が少なくとも1つ出る」回数を数えることだ。10回ごと、50回ごと、100回ごとの割合を比べると、回数が増えるほど結果が安定していく傾向が見える。ロールアウトが同じ局面を何度も打つのは、この偶然のばらつきを小さくするためだと考えられる。
原典に当たるなら、まず1995年のTesauroの論文[1]を読むとよい。1992年の分析、数人の選手の試行、大会での成功がどのように書かれているかが分かる。次にBallard&Weaverの論文[3]で、差が.014という小ささをどう評価しているかを確かめたい。最新のボットの評価は版によって揺れるため、自分の目で複数の資料を読み比べることを勧める。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:定石の入れかわりの経緯はTesauroの論文、スロット全盛期の背景と最新ボットの評価はGammon Pressの解説とBallard&Weaverの論文、2006年の再登場とロールアウトの定義は百科事典を使いました。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いています。
- Gerald Tesauro, "Temporal Difference Learning and TD-Gammon", Communications of the ACM, 1995. https://bkgm.com/articles/tesauro/tdl.html (約30年のスロット、1992年の分析、スプリットの普及、TD-Gammonの強さについて)
- The Gammon Press, "Backgammon Lesson 5: Split or Slot". https://thegammonpress.com/backgammon-lesson-5-split-or-slot/ (1970〜80年代のスロット、最新ボットの2-1の評価について)
- Ballard and Weaver, "In the Beginning, Part 2", 2003. https://bkgm.com/articles/BallardWeaver/InTheBeginning/part2.html (スロットの歴史、レースの重要性、5-1の差の小ささについて)
- TD-Gammon (Wikipedia). https://en.wikipedia.org/wiki/TD-Gammon (TD-Gammonの概要、スロットの消失と2006年の再登場について。二次資料)
- Rollout (backgammon) (Wikipedia). https://en.wikipedia.org/wiki/Rollout_(backgammon) (ロールアウトの定義について。二次資料)
- Bill Robertie, "Mastering Backgammon". https://www.bkgm.com/articles/Robertie/MasteringBackgammon-05/index.html (スロットの危険とぎこちない形の考え方について)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。