1. おゆの スプーンの もち手は、どうして おくれて あつく なるの?
1. お湯に入れたスプーンの柄は、なぜ少し遅れて熱くなるのか
1. 熱は温度の差で流れる ── フーリエの法則から熱方程式へ
おゆに スプーンを いれて、もち手を さわって みましょう。すぐには あつく なりません。しばらく すると、じわじわ あつく なって きます。
ねつは、あつい ところから つめたい ところへ、となりへ、となりへと うつって いきます。そして、となりとの 温度の ちがいが 大きい ほど、たくさん うつります[2]。
ボールを リレーで わたして いく ところを、思いうかべて ください。ただし ほんとうは、ボールが うごく のでは なく、あつさが となりに ひろがって いきます。
熱は、隣との温度の差に比例して流れる
熱いお湯にスプーンを入れると、柄の先まで熱くなるのに少し時間がかかります。熱は一気には届かず、隣の部分、そのまた隣へと順番に渡されていくからです。
フーリエの熱の理論の土台は、隣り合う部分のあいだを流れる熱の量が、2か所の温度の差に比例する、という考えでした。ニュートンの冷却の法則と同じ発想です[2]。差が大きいほどよく流れ、差がなくなれば流れは止まります。
では、この決まりを式にすると、温度の山や谷はどう変わっていくのでしょうか。
2. とがった 温度の 山は、どうなって いくの?
2. 温度の山は削られ、谷はうめられる
2. 温度の変化の速さは「曲がり具合」に比例する
ねつの ひろがりを しきで あらわすと、こう なります。「ある ところの 温度が かわる はやさは、まわりと くらべた ちがいで きまる」。
ひとつの ところだけ とがって あつい、山の ような 温度を そうぞう して ください。てっぺんは まわりより あつい ので、ねつを うばわれて ひくく なります。ふかい たにの ところは、まわりより つめたい ので、ねつを もらって たかく なります[3]。
でこぼこの みちを ローラーで ならして いく ように、温度の でこぼこも ならされて いきます。ただし ほんとうは、ものが うごくのでは なく、温度だけが ならされます。
式が言っていること
熱方程式は、∂u/∂t=α(∂²u/∂x²+∂²u/∂y²+∂²u/∂z²)という形です[3]。uは温度、tは時間、x・y・zは場所です。右側の「∂²u/∂x²」は、温度のグラフの曲がり具合を表します。つまり、温度の変わる速さは、その場所の温度の曲がり具合に比例する、と読めます。
山の頂は、温度のグラフが下に曲がっているので、温度が下がります。谷は上に曲がっているので、温度が上がります。山は少しずつ削られ、谷はうめられていく、と説明されています[3]。曲がり具合は、左右の隣の平均と自分との差、と考えると分かりやすいでしょう。
グラフがまっすぐ傾いているだけの場所は、曲がり具合がゼロです。式のうえでは、そこの温度は、そのときは変わりません。比例の係数αは、熱拡散率といいます。
熱伝導方程式は、∂u/∂t=α(∂²u/∂x²+∂²u/∂y²+∂²u/∂z²)の形に書かれる。左辺は温度の時間変化の速さ、右辺は温度の空間的な曲がり具合(2階微分)で、αは熱拡散率(温度拡散率)だ。∂は「ラウンドディー」と読む偏微分の記号である[3]。
この式の性質は、温度のでこぼこをならすことにある。山にあたる部分(曲がり具合が負)は温度が下がり、谷にあたる部分(正)は上がるので、山は徐々に削られ、谷は埋められる[3]。前章の「差で流れる」という見方から、このならす性質が出てくる。
ただし、この式が語るのは、動かない物質の中の熱の伝わり方(熱伝導)だ。実際の水や空気では、かき混ぜや対流が熱を運ぶので、式がそのまま当てはまるわけではない。次章でその目安を計算する。
3. 1センチと 10センチでは、どれくらい ちがうの?
3. 距離が10倍になると、時間は約100倍になる
3. 熱拡散率とL²/α ── 広がるのに必要な時間の目安
1センチ ねつが すすむ のに かかる 時間を、「長さの 2じょう ÷ ねつの ひろがりやすさ」と いう めやすで、計算して みました。ほんとうの 時間では ありません。どうの ぼうと、うごかない 水を くらべます[5]。
どうの ぼうは、1センチで 1びょう ぐらいです。うごかない 水は、12ふん ぐらいです。
10センチに なると、どうは 1ふん半ぐらい。水は 19じかん ぐらいです。ながさが 10ばいに なると、時間は 100ばいに なります。
ただし、ほんとうの 水は、かきまぜたり、うごいたり して、もっと はやく まざります。これは、うごかない 水だけの めやすです。
熱拡散率という物差し
熱の伝わりやすさを、同じ条件で比べる物差しが熱拡散率です。α=k/(ρcp)、つまり熱伝導率kを、密度ρと比熱cpの積で割った値で、単位はm²/sです[5]。値は温度や純度で変わりますが、約の値で、25℃の銅は111mm²/s、300 K(約27℃)の空気は19mm²/s、25℃の水は0.143mm²/sです。銅は水の約780倍(111÷0.143≒776)です[5]。
1cmと10cmで計算してみる
距離Lだけ熱が広がるのに必要な時間は、おおよそL²/αに比例します[5]。以下は、時間の尺度をL²/αと置いた概算で、実測値や必要な時間そのものではありません。長さ1cmは100mm²なので、銅では100÷111で約0.9秒、水では100÷0.143で約700秒(約12分)です。
10cmなら、Lの2乗は100倍になるので、銅で約90秒、水で約7万秒(約19時間)です。長さが10倍になると、時間は100倍です。ただし水は、動かない水だけの目安です。実際の水は、かき混ぜや対流で、ずっと速く混ざります。
熱拡散率はα=k/(ρcp)(k:熱伝導率、ρ:密度、cp:比熱)で、単位はm²/s。距離Lにわたって熱が広がるのに必要な時間は、おおよそL²/αに比例する。これは正確な時間ではなく目安だ[5]。
値は温度や純度で変わるが、約の値として、25℃の銅が111 mm²/s、300 Kの空気が19 mm²/s、25℃の水が0.143 mm²/sである。銅は水の約780倍(111÷0.143≒776)になる[5]。
これらの値から、時間の尺度L²/αを概算できる(実測値ではない)。長さ1 cm(100 mm²)なら、銅で100÷111≒0.9秒、水で100÷0.143≒700秒(約12分)。10 cmでは、Lの2乗が100倍になるので、銅で約90秒、水で約7×104秒(約19時間)になる。長さが10倍なら時間は100倍、という関係が、数字で見える。なお水と空気は、かき混ぜや対流で熱が運ばれるため、動かない水についてだけの目安である[5]。
4. この しきを つくったのは、どんな 人?
4. 県の知事をしながら、フーリエは熱の式を書いた
4. フーリエ ── 1807年の論文、1811年の懸賞、1822年の『熱の解析的理論』
ねつの しきを まとめた 人は、フランスの フーリエさんです。わかい ころ、ナポレオンの エジプトへの たびに、かがくの そうだんやくとして ついて いきました[7]。
そのあと、フランスの 県の 長に なりました。しごとを しながら、1804年ごろから、ねつの ひろがりを けんきゅう しはじめました[7]。
1807年の 12月に、その けんきゅうを ろんぶんに して、パリの がくしいんで よみあげました。1811年には、がくしいんが 「かたい ものの 中の ねつの つたわり方」を、けんしょうの テーマに しました。フーリエさんの ろんぶんが えらばれ、それを もとに した 本が 1822年に 出ました[1]。
エジプトから、グルノーブルへ
ジョゼフ・フーリエは、1798年にナポレオンのエジプト遠征に、科学の顧問として同行しました。1801年にはイゼール県(中心の町はグルノーブル)の知事になります[7]。熱の研究は、このグルノーブル時代の1804年ごろに始まり、1807年に論文の形になりました[7]。
論文から本になるまで
1807年12月21日、フーリエは熱の伝わり方についての論文を、パリの学士院で読み上げました。1811年、学士院は「固体中の熱の伝播」を懸賞の課題にします。フーリエの論文は賞を受け、それをもとにした『熱の解析的理論』が、1822年に出版されました[1]。
仕事の合間に始めた研究が、約18年かけて一冊の本になった、ということです。ところが、この論文の方法には、すぐに異論が出ました。
5. とがった 山も、なめらかな 波の かさなり なの?
5. 温度の山を、波の重ね合わせで表す
5. 正弦波への分解 ── 1808年の異論と、「どんな関数も」の限界
フーリエさんは、とがった 温度の 山も、なめらかな 波を いくつも かさねる と あらわせる、と しめしました[2]。
ぜんぜん ちがう ものを、かさねて おなじ 形に する。この かんがえは、ふしぎに 聞こえます。
1808年に、ラグランジュさんと ラプラスさんという ゆうめいな 数学者が、この やり方に 「ちょっと まって」と 言いました[1]。あたらしい どうぐは、すぐには みとめられませんでした。
のちに、この 波を かさねる やり方は、フーリエ級数と よばれる ように なりました。
6. おなじ しきは、つぶの ひろがりにも でて くるの?
6. 同じ形の式が、水の中の粒の広がりにも現れた
6. 拡散方程式とブラウン運動 ── 距離は時間の平方根に比例する
この しきは、ねつの ほかにも つかわれます。たとえば、水の 中で ひろがって いく つぶの うごきです[3]。
1905年、アインシュタインさんは、水の 中の ちいさな つぶが ふるえる ように うごく ことを、おなじ ような しきで あらわしました。つぶが ひろがる おおきさは、時間が たつ ほどには ふえません。時間が 4ばいに なると、ひろがりは 2ばい です[6]。
ねつの めやすと、そっくりです。1センチと 10センチで 時間が 100ばい ちがった のも、おなじ 「2じょうの かんけい」です。
この けっかは、1908〜09年の じっけんで たしかめられました[6]。
熱以外にも使われる式
熱方程式は、熱だけでなく、粒子の拡散など、広がるものの動きにも使われます。金融や画像処理にも同じ形の式が現れます[3]。
アインシュタインの1905年
1905年、アインシュタインは、水の中の粒が不規則に動く現象(ブラウン運動)を、拡散方程式で表しました。そこから、粒が動いた距離の2乗の平均が、時間に比例することを示しました。つまり広がる距離は、時間のおよそ平方根に比例します[6]。
時間が4倍になっても、広がる距離は2倍です。これは、熱の目安L²/αで、長さが10倍なら時間が100倍だったことと同じ関係です。1908年のシェドゥソー、1909年のペランの実験で確かめられたと伝えられます[6]。熱の広がりも、粒の広がりも、同じ「2乗と平方根」の決まりで動いているのです。
熱方程式は熱以外の拡散にも使われ、粒子の拡散のほか、金融や画像処理にも現れる[3]。
アインシュタインは1905年、水中の粒の動き(ブラウン運動)について、粒の広がりを拡散方程式で表した。粒が動いた距離の2乗の平均はE[x²]=2Dtとなり(Dは拡散係数)、経過時間に比例する。つまり広がる距離は、時間ではなく、その平方根に比例する[6]。この予測は、1908年のシェドゥソー、1909年のペランの実験で確かめられた[6]。
前章のL²/αと並べると、同じ構造が見える。熱が広がる距離Lは時間の平方根に、そして粒の広がる距離も時間の平方根に比例する。時間が4倍で距離は2倍、距離を10倍にするには時間が100倍。熱も粒も、「差をならす」型の式に従う限り、この関係が出る。ただし、実際の水中では対流が加わるので、式が当てはまる条件を確かめて使う必要がある。
7. スプーンで ためして みよう
7. 2本のスプーンで、熱の進み方を比べてみる
7. 出口 ── 原典と、数値を自分で確かめる道すじ
おうちの 人と いっしょに、やって みましょう。まず、手を いれても だいじょうぶな、ぬるい おゆを コップに 入れます。あつい おゆは、やけどを するので つかいません。
きんぞくの スプーンと、プラスチックの スプーンを、1本ずつ 入れます。もち手を ゆびで さわって、どちらが さきに あたたかく なるか、よそうして から たしかめます。
おなじ ような 大きさの スプーンを えらび、もち手の おなじ ところを さわります。1ぷん ごとに さわって、じゅんばんを おぼえて おきましょう。ちがいが 出たら、「ねつの つたわり方」や「ねつかくさんりつ」で しらべる と、手がかりに なります。
おうちの人と一緒にやってみましょう。まず、手を入れても大丈夫なぬるいお湯を、コップに入れます。熱いお湯は、やけどのおそれがあるので使いません。
形と大きさがなるべく近い金属のスプーンとプラスチックのスプーンを、1本ずつ入れます。どちらの柄が先に温かく感じるか、予想してから、柄の同じ場所を1分ごとにさわって比べてみてください。
違いが出たら、「熱伝導率」や「熱拡散率」を手がかりに調べると、今回の資料の数字と結びつけられます。熱拡散率の値は、[5]のような表にまとまっています。
身近に試すなら、手を入れても大丈夫なぬるいお湯(熱湯は使わない)に、金属とプラスチックのスプーンを入れ、柄が温かく感じられる順番を比べる方法がある。結果の違いは、熱伝導率・熱拡散率という言葉を手がかりに、自分で調べて考えられる。
数字で確かめるなら、熱拡散率の表[5]から好きな物質を選び、距離を決めてL²/αを計算してみるとよい。距離を2倍、3倍と変えると、時間がどう変わるかも見える。
原典は、フーリエの『熱の解析的理論』(1822年)とアインシュタインの1905年の論文である。この記事は、MacTutorなどの二次資料にもとづいており、原文は読んでいない。論文の経緯は[1]、式の読み方は[3]と[4]から読み始められる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:数学史の事典、百科事典(ウィキペディア)、歴史サイトの解説を使った。いずれも二次資料で、何に使ったかは項目の最後に書いている。
- MacTutor「Joseph Fourier」。https://mathshistory.st-andrews.ac.uk/Biographies/Fourier/ (1807年の論文、1811年の懸賞、1822年の出版、1808年の異論について)
- Rouse Ball, A Short Account of the History of Mathematics(Fourierの項)。https://www.maths.tcd.ie/pub/HistMath/People/Fourier/RouseBall/RB_Fourier.html (温度の差に比例する熱の流れと、正弦波の重ね合わせについて)
- Wikipedia「Heat equation」。https://en.wikipedia.org/wiki/Heat_equation (熱方程式の形、山を削り谷をうめる性質、ほかの拡散への利用について。二次資料で、導出の説明はこのページに依る)
- Wikipedia(日本語)「熱伝導方程式」。https://ja.wikipedia.org/wiki/熱伝導方程式 (フーリエの法則と熱方程式の関係について。二次資料)
- Wikipedia「Thermal diffusivity」。https://en.wikipedia.org/wiki/Thermal_diffusivity (熱拡散率の定義と値、L²/αの目安について。二次資料で、銅・空気・水の数値はこのページの表に依る。1cm・10cmの時間はこの値からの概算)
- Wikipedia「Brownian motion」。https://en.wikipedia.org/wiki/Brownian_motion (アインシュタインの1905年の結果と、1908〜09年の実験について。二次資料)
- Wikipedia「Joseph Fourier」。https://en.wikipedia.org/wiki/Joseph_Fourier (エジプト遠征への同行、知事就任、熱の研究の始まりについて。二次資料)
なおした ところ
更新履歴
更新履歴(改版の記録)
- 初版を公開。
このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。