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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

脳のうは いたみを かんじる ところ。では、脳のうじしんは いたく なるの?

痛みを感じるのは脳なのに、脳そのものは痛くなるのか

痛みを受け取る脳は、自分でも痛みを感じるのか:頭痛の「痛む場所」と、脳内の分業

分野:からだ

あたまが いたい とき、いたんで いるのは 脳のうだと おもいませんか。ところが、おとなの せつめいを 読むと、脳のうの そしきには、ふつう いたみを かんじる しくみが ないと されて います。

いたみを かんじるのは 脳のうなのに、脳のうの なかみは ふつう いたく ならないと せつめいされて いて、ふしぎです。それなら、あたまの いたみは どこから くるのでしょう。この ページを 読むと、あたまが いたい ときに いたむ ばしょと、脳のうが いたみを うけとる やり方が わかります。

痛みを感じるのは脳です。ところが、脳の組織そのものには、ふつう痛みを感じるしくみがないと説明されています[2]。頭痛のとき痛んでいるのは、脳を包む膜や血管などだというのです。

痛みを受け取る側の脳が、自分では痛くならないのはなぜでしょうか。そして、その脳は、届いた痛みをどう受け取っているのでしょうか。この記事を読むと、頭痛で痛む場所と、脳が痛みを「場所と強さ」「いやな気持ち」に分けて扱うらしいことが分かります。

痛みを知覚するのは脳である。しかし脳の組織(脳実質)そのものは、ふつう痛みを感じないとされ、頭痛は脳を包む膜や血管などへの刺激から生じると説明される[2]。痛みの「受け手」が、自分は痛まないという構図になる。

では、頭痛で実際に痛む場所はどこか。その信号を受けた脳は、痛みを1か所で処理しているのか。この記事を読むと、覚醒下手術の記録から分かる痛みの出どころと、脳内で痛みの要素が分業されているという見方、そして痛みとセンサーの反応を分ける定義が分かる。

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1. おきたまま のうの しゅじゅつを うけると、のうは いたいの?

1. 起きたまま脳の手術を受ける人の脳に触れると、何が起きたのか

1. 覚醒下開頭術の記録:脳の周辺を刺激すると、痛みは出たのか

のうの びょうきを とる しゅじゅつの なかには、びょうきの ひとが おきたまま うける ものが あります。おきて いるので、どう かんじたかを、じぶんの ことばで つたえられます。

いたみを かんじるのは、のうです。それなら、のうに さわったら、とても いたいはずだと おもいませんか。

ある けんきゅうでは、この しゅじゅつの きろくを しらべました。きかいで しげきを したとき、いたみが でた れいが、53にんの ひとで 93かい ありました。しゅじゅつを うけた ひとの 4ぶんの 1ぐらいです。

でも、いたみが でたのは、のうの なかみでは なく、のうの まわりの ばしょでした。つぎは、その ばしょを 見て みましょう。

脳の腫瘍を取る手術には、患者が起きたまま受ける「覚醒下開頭術かくせいかかいとうじゅつ」があります。起きているので、刺激されたときの感じ方を自分の言葉で伝えられます。

痛みを感じるのは脳です。それなら、その脳に器具が触れたら、強い痛みがあるはずだと思いたくなります。ところが、フォンテーヌらの研究グループがこの手術の記録を調べると、少しちがう様子が見えてきました。機械的な刺激で痛みが出た例が、53人の患者で93回ありました。手術を受けた人のおよそ4分の1にあたります[1]。

注目したいのは、痛みが出た場所です。記録された刺激部位は、脳の組織そのものではなく、脳を包む膜や小さな血管などでした。脳の組織自体は、ふつう痛みを感じないとされています[2]。

では、痛みが出た「脳のまわり」とは、具体的にどこなのでしょうか。

脳腫瘍の手術には、患者が覚醒したまま行う覚醒下開頭術がある。患者が起きているため、術中の刺激に対する感じ方を、本人の言葉で聞くことができる。

Fontaine らは、この手術中に機械的な刺激で痛みが出た例を集めた。記録は53人の患者で93回あり、手術を受けた患者の約25%にあたる[1]。脳が痛みを知覚する器官なら、脳に触れるたびに痛みが出そうだが、痛みが記録された刺激部位は、脳実質ではなく、後に見るように脳を包む膜や小さな血管だった。この論文は脳実質を刺激した結果を報告していないので、「脳実質は痛まない」と直接示したものではない。脳の組織自体には痛みに敏感な神経がなく、頭痛は膜や血管などの刺激で生じるという説明は、別の医学解説による[2]。

では、痛みが記録された部位は、具体的にどこで、どんな痛みだったのか。

2. あたまが いたい とき、いたんで いる ばしょは どこ?

2. 頭痛のとき、痛んでいるのは脳のどこなのか

2. 痛みが記録された部位:硬膜、軟膜、小さな脳血管

のうは、うすい まくで つつまれて います。そとがわの まくを 硬膜こうまく、のうに ぴったり くっつく まくを 軟膜なんまくと いいます。まくの ところどころには、血管けっかんが あります。

けんきゅうで、いたみが でた ところの 数を 見ると、硬膜こうまくが 30かい、軟膜なんまくと ちいさな 血管けっかんが 61かいでした。いたみは するどくて つよく、みじかい ものでした。しげきを やめると、すぐに とまりました。

おとなの せつめいでも、あたまの いたみは、のうを つつむ まくや 血管けっかん、神経しんけいが しげきされて、その しらせが のうに つたわって うまれると 書かれて います。

むかしは、軟膜なんまくや ちいさな 血管けっかんは いたみに にぶいと されて いました。この けんきゅうは、それらも いたみを かんじうると のべました。わかっている ことは、これからも かわるかも しれません。

脳は、薄い膜で包まれています。外側の丈夫な膜が硬膜こうまく、脳の表面にぴったり付く膜が軟膜なんまくです。膜のところどころには血管も通っています。

フォンテーヌらの記録で、痛みが出た刺激部位を数えると、硬膜が30回、軟膜と小さな脳血管が61回でした。93回のうち、軟膜と小さな血管がおよそ3分の2を占めます(61÷93≒0.66)。痛みは鋭く、強く、短く、刺激をやめるとすぐに止まったと報告されています[1]。

医学解説では、頭の中で痛みに敏感な組織として、硬膜(とくに頭蓋底)や硬膜の動脈、静脈洞、脳の底の太い動脈、一部の脳神経などが挙げられています。頭痛は、脳が傷んでいるからではなく、脳を包む膜の血管や神経、まわりの組織が刺激され、その知らせが脳で痛みとして受け取られて起こる、という説明です[2]。

1940年のレイとウォルフの研究以来、軟膜と小さな脳血管は痛みに鈍いとされていました。フォンテーヌらは、これらも痛みを感じうると述べています[1]。手術中の偶発的な観察で、刺激の強さも測っていないため、予備的な知見ですが、頭の中のどこが痛むかという理解は、今も更新されています。

こうして痛む場所が分かったとして、その知らせは、脳のどこに届くのでしょうか。

この研究の記録を部位別に見ると、硬膜が30回、軟膜と小さな脳血管が61回だった。軟膜と小血管は93回の約66%を占める(61÷93≒0.66)。誘発された痛みは鋭く、強く、短く、刺激をやめるとすぐ消えた[1]。

注目すべきは、軟膜と小血管が痛みに敏感だったことである。従来は、これらは痛みに鈍いとされていた(Ray and Wolff, 1940)。Fontaine らはこの見方と異なる結果を観察した[1]。ただし刺激の強さは定量されておらず、手術中の偶発的な観察にとどまるため、予備的な知見である。

頭蓋内で痛みに敏感な組織としては、硬膜(とくに頭蓋底)、硬膜の動脈、静脈洞、脳底部の太い動脈、三叉神経などの脳神経が挙げられる。一般向けの医学解説は、頭痛を、脳そのものではなく、脳を包む膜の血管や神経、周囲の組織への刺激が脳に伝わって痛みとして感じられるものと説明する[2]。

ここで、痛みの経路を簡単に見ておく。皮膚などの侵害受容器しんがいじゅようきが、組織を傷つけかねない刺激に反応し、信号は感覚神経、脊髄、視床ししょうを通って大脳皮質に届く[3]。頭の中の膜や血管も、同様に信号を脳へ送る。

では、信号が届いた脳で、痛みはどこが担当しているのか。1か所の「痛みの中枢」があるのだろうか。

3. いたみの しんごうは、のうの どこに とどくの?

3. 痛みの信号が着く先は、脳の1か所だけなのか

3. 痛みの「中枢」は1か所か:PET研究が示した複数の領域

いたみの しんごうは、神経しんけいを とおって、脊髄せきずいから 脳のうに むかいます。脳のうの ふかい ところの 視床ししょうを とおって、脳のうの ひょうめんの 大脳皮質だいのうひしつに とどきます。

では、「いたみの ばしょ」は、脳のうの 一か所だけでしょうか。

ひとが いたい しげきを うけて いる ときの 脳のうを しらべる けんきゅうが あります。はたらきが いちばん つよく なったのは、一か所では なく、いくつかの ばしょでした。脳のうの ふかい ところの 視床ししょうや、島皮質とうひしつという ところなどです。

まるで、いろいろな へやが いっしょに あかりを つける ようです。「ここが いたみの へや」と、一つに きめる ことは できないのです。

痛みの信号は、皮膚などにある侵害受容器しんがいじゅようきが、組織を傷つけかねない刺激に反応して生まれます。信号は感覚神経から脊髄、視床ししょうを通り、大脳皮質に届きます[3]。

では、痛みを担当する「中枢」は、脳のどこかに1か所あるのでしょうか。人の脳の働きを調べる画像研究(PET)で、痛みの刺激を与えたときに最も一貫して活動した領域が整理されています。刺激と反対側の島皮質とうひしつと前帯状皮質ぜんたいじょうひしつ、両側の視床と運動前野、小脳の中央部です[4]。

ひと言で「痛みの場所」といっても、領域は複数にまたがります。1つの部屋だけが明るくなるのではなく、いくつもの部屋に同時に明かりがつく様子に近いのです。ただし、これは画像から見た「活動が目立つ場所」の話で、それぞれの役割の細部までは、まだ決めきれていません。

複数の領域が動くなら、それぞれは何を受け持っているのでしょうか。

痛みの伝達は、侵害受容器→感覚神経→脊髄→視床→大脳皮質という経路をたどる[3]。この経路の細部は、ここでは省く。問題は、信号が着いた先の脳が、痛みを1か所で処理しているのかどうかである。

Casey は、ヒトの痛み刺激時の脳画像(PET)の研究を総説し、最も一貫して活動した領域として、刺激と反対側の島皮質とうひしつと前帯状皮質ぜんたいじょうひしつ、両側の視床と運動前野、小脳虫部を挙げた[4]。領域は複数あり、したがって、痛みの中枢は1か所の固定した場所とは言えない。

この結果は「活動が目立った領域」であり、それぞれの領域がどんな役割を持つかは、画像だけからは決まらない。そこで次に、領域の役割を、痛みの性質に着目して整理した見方を取り上げる。

4. 「どこが、どれくらい」と「いやだな」は、べつべつなの?

4. 痛みの「場所と強さ」と「いやな気持ち」は、脳で分けて受け取られるのか

4. 感覚の面と情動の面:痛みを担う領域の分担

ちゅうしゃを される ところを 思いうかべて ください。「みぎの うでの ここに、ちくっと した」と、ばしょと つよさが わかります。それとは べつに、「いやだな」「こわいな」と いう きもちも わいて きます。

おとなの ほんには、脳のうの なかでは、この ふたつに ちがう はたらきを する ところが かかわる らしいと 書かれて います。ふたつは たがいに かんけいし あって います。

「どこが、どれくらい」を うけもつのは、体性感覚野たいせいかんかくやという ところなどです。「いやな きもち」を うけもつのは、前帯状皮質ぜんたいじょうひしつ、島皮質とうひしつ、扁桃体へんとうたいなどだと されます。

ただし、これは わかりやすく した ものです。ほんとうは、ぜんぶの ばしょが つながって はたらいて いて、きれいに わけられない ところも あります。

注射の場面を考えてみましょう。「右の二の腕の、ここに、ちくっとした」と、場所と強さが分かります。同時に、「いやだな」「早く終わってほしい」という気持ちもわきます。この2つは、別のものでしょうか。

痛みに関わる脳の領域を役割で分ける整理では、第一次・第二次体性感覚野たいせいかんかくやなどが、痛みの場所と強さ(感覚の面)に関わります。前帯状皮質、前部の島皮質、扁桃体へんとうたいなどは、不快さ(情動の面)に関わります[5]。

日本語の総説も、痛みは、場所と強さの認知に関わる感覚的な側面と、不快な情動の側面からなる体験であり、経路にも感覚系と情動系があると述べています[8]。

ただし、2つの系にきれいに分かれるというのは、単純化した見方です。2つの経路のそれぞれの役割は、まだ分かっていない部分が多いと書かれています[8]。「強さ」と「いやさ」が脳の別の場所で扱われる傾向がある、くらいに受け取るのがよいでしょう。2つは互いに関わり合う体験でもあります。

ところで、痛みをつくる側の「センサーの反応」と、私たちが感じる「痛み」は、同じものなのでしょうか。

前の章で見たとおり、痛みに関わる領域は複数ある。これを役割で整理した総説では、第一次・第二次体性感覚野(体性感覚野たいせいかんかくや)などが痛みの場所と強さを担う感覚の面に関わり、前帯状皮質・前部島皮質・扁桃体へんとうたいなどが不快さを担う情動の面に関わるとされる[5]。

日本語の総説も、痛みは侵害刺激の場所と強さの認知に関わる感覚的側面と、不快な情動に関わる情動的側面からなる複雑な体験であり、脊髄視床路から体性感覚野へ向かう感覚系の経路と、脊髄網様体路などから帯状回など辺縁系へ向かう情動系の経路があると述べる[8]。

ここで留意すべき点が2つある。1つは、この感覚系・情動系の二分が単純化だということだ。引用元の抄録は、2つの経路の役割の多くがまだ分かっていないとも述べている。もう1つは、ここで述べた領域の分担が、感覚の面と情動の面を完全に切り離すものではなく、互いに関わり合う体験だということ、さらに1つの領域が1つの働きだけを持つという意味ではないことだ。島皮質や前帯状皮質は、前章のPET研究でも一貫して活動した領域として挙げられていた[4]。

では、こうした領域が活動すること、つまり脳が痛みを作ることと、末梢のセンサーが反応することは、同じと言えるのか。定義の側から見てみる。

5. センサーが はんのうすれば、それが いたみなの?

5. 痛みのセンサーが反応することと、「痛みを感じる」ことは同じなのか

5. 国際疼痛学会の定義が、侵害受容と痛みを区別する理由

からだの いたみの センサーが はんのうしても、それだけでは「いたみ」とは いいません。センサーが はんのうする ことと、わたしたちが いたみを かんじる ことは、おなじでは ないからです。

いたみを けんきゅうする せかいの 学会(がっかい)では、いたみは「からだが きずつく、または きずつきそうな ときの、いやな かんじと きもちの たいけん」だと さだめて います。

この さだめは 2020ねんに なおされました。1979ねん いらい、はじめての ことでした。「きずつき そうな とき」の ほかに「それに にた とき」も 入りました。

また、いたみは、ひとりひとりの たいけんだとも 書かれて います。おなじ きずでも、かんじ方は ちがうかも しれません。

痛みの研究者の集まりである国際疼痛学会(IASP)は、痛みを「組織の実際の、または潜在的な損傷に関連する、またはそれに似た、不快な感覚かつ情動の体験」と定義しています。この定義には、「痛みと侵害受容は別の現象である」「痛みは常に個人的な体験である」という注記もあります[6]。

侵害受容は、センサーが組織を傷つけかねない刺激に反応する働きです。センサーが反応したことと、本人が痛みを感じたかどうかは、同じではありません。侵害受容と痛みは別の現象です。「痛み=センサーの反応」と考えるのは正確ではない、ということです。

この定義は、2020年に1979年以来はじめて改訂されました[7]。「またはそれに似た」という言葉が加わったのも、この改訂です[6]。

ここまでをつなげると、脳は痛みを受け取る側でありながら、自分の組織には痛みのセンサーがふつうなく、頭痛では膜や血管の痛みが脳へ届き、脳の複数の領域が「場所と強さ」と「いやさ」を分けて扱う、という姿が見えてきます。

国際疼痛学会(IASP)は、痛みを「組織の実際の、または潜在的な損傷に関連する、またはそれに似た、不快な感覚かつ情動の体験」と定義する。注記には、「痛みと侵害受容は別の現象である」「痛みは常に個人的な体験であり、生物学的・心理的・社会的要因の影響を、程度の差はあれ受ける」とある[6]。

侵害受容は、侵害受容器が刺激に反応する神経活動を指す。したがって、末梢のセンサーが反応するだけでは、定義上、痛みとは呼ばない。センサーの反応だけで、本人が痛みを感じたかどうかは決まらない。侵害受容と痛みは別の現象である。「痛み=センサーの反応」という理解は正確でないことになる。

定義は2020年に、1979年以来はじめて改訂された[7]。「またはそれに似た」という語が加わった点は、IASPの用語集の記述から読み取れる[6]。

このように見ると、本記事の問いには次のように答えられる。脳の組織そのものは、ふつう痛みを感じないとされる。頭痛では、脳を包む膜や血管などが痛みの信号の出どころになる。信号を受けた脳では、複数の領域が、場所・強さと不快さを分担して扱うとされる。ただし、脳実質への刺激の結果を直接示した資料は今回の資料にはなく、分担についても単純化された見方を含む。

6. いたみを ことばに わけて みよう

6. 前に痛かったときを、3つに分けて思い出す

6. 自分の痛みを言葉に分け、資料を読む

きょう できる こと

まえに ころんだ ときや、ぶつけた ときを 思い出して ください。そして、つぎの 3つを じぶんの ことばで いって みましょう。「どこが いたかったか」「どれくらい いたかったか」「どんな いやな きもちだったか」。

3つ目の きもちが 大きかった ひとも、1つ目と 2つ目が はっきり おぼえて いる ひとも います。どれが おおきいかは、人に よって ちがって かまいません。いま けがを して いる ときは、むりに 思い出さず、おとなに 見せて ください。

思い出して、3つに分ける

以前にぶつけた場面を思い出して、「どこが」「どれくらい」「どんなふうにいやだったか」を、紙に書いてみましょう。1つめと2つめが感覚の面、3つめが情動の面に近い、という見方を試す遊びです。どれが大きく残っているかは、人や場面で変わっていて構いません。今けがをしているときは、思い出すより先に大人に見せてください。

資料を読むなら

日本語の総説[8]は、感覚系と情動系の分け方に触れています。この記事の第4章を手がかりに、「場所と強さ」と「いやさ」がどう分けられているかを読み比べてみましょう。痛みの定義は、IASPのページ[6]で読めます。

自分の痛みを分けてみる

過去に痛かった場面を思い出し、「どこが」「どれくらい」「どんなふうにいやだったか」を書き分ける。前の2つが感覚の面、最後が情動の面に近いが、書き分けにくければ、それも一つの観察である。IASPの注記が言う「痛みは常に個人的な体験」は、このような書き分けの差を考えるときの手がかりになる[6]。今けがをしているときは、思い出す前に大人に見せる。

資料を読むなら

日本語の総説の抄録[8]と記事内の領域名を手がかりに、感覚の面と情動の面にどの領域が挙がっているかを比べるとよい。この抄録は、2つの経路の役割がまだ多く分かっていないとも述べている。痛みの定義の原文は[6]にある。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料です。

  1. Fontaine, D. et al. Brain 141(4):1040 (2018). https://academic.oup.com/brain/article/141/4/1040/4829675 (覚醒下手術で痛みが出た部位と回数)
  2. 全国健康保険協会 高知支部 頭痛の解説. https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/kochi/20140325001/zutuu.pdf (頭痛の痛む場所の説明)
  3. Nociceptors: the sensors of the pain pathway. J Clin Invest (2010). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2964977/ (痛みの経路の概略)
  4. Casey, K.L. Forebrain mechanisms of nociception and pain: analysis through imaging (1999). https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/10393878/ (痛み刺激で活動する脳の領域)
  5. Pathophysiology of Pain and Mechanisms of Neuromodulation (2024). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11581984/ (感覚の面と情動の面の領域)
  6. IASP Terminology. https://www.iasp-pain.org/resources/terminology/ (痛みの定義と注記)
  7. UW Psychiatry news: A revised definition of pain. https://psychiatry.uw.edu/who-we-are/news-events/news/a-revised-definition-of-pain-iasp-revises-its-definition-for-the-first-time-since-1979 (定義の改訂)
  8. Brain and Nerve 誌の総説抄録(痛みの感覚系と情動系). https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1416101334 (感覚的側面と情動的側面)

なおした ところ

更新履歴

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