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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ジグソーパズルは、さいしょ なんの ために つくられたの?

ジグソーパズルは、いつ、何のために作られた遊びなのか

ジグソーパズルは、もともと何のための道具だった? ── 切りわけ地図と「ジグソー」の名前

分野:歴史・文化

いま 家に ある ジグソーパズルは、あそぶ ための ものです。でも いちばん はじめの パズルは、あそびながら ちりを まなぶ ための べんきょうの どうぐ でした。

しかも 「ジグソー」と いう なまえは、はじめから あったわけでは ありません。この ページでは、パズルが どんな ものから はじまり、どう ひろがったのかが わかります。

ジグソーパズルの先祖は、遊びながら地理を学ぶための、子ども向けの教材だったとされます。しかも「ジグソーパズル」という言葉が記録に出てくるのは、最初の地図パズルが売られたとされる時代から、およそ140年もあとの1906年です。

では、地図を切りわけただけの板は、どうして大人も夢中になる遊びに育ったのでしょうか。この記事を読むと、地図から始まったパズルの変わり方と、名前の記録、1930年代のアメリカの大流行、日本に広まった時期が分かります。

ジグソーパズルの祖先は、遊びながら地理を学ぶ教材としての切りわけ地図だったとされる[1]。「ジグソーパズル」という語の最初の記録は1906年で、最初の地図パズルが売られたとされる1760年代から約140年の空白がある[5]。

では、教材はなぜ遊びになり、名前は何を指して付いたのか。このメモを読むと、木から厚紙への材料の変化、製法の違いが値段に与えた影響、そして日本への紹介時期が、どこまで資料で言えるかが分かる。

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1. さいしょの パズルは、地図だった

1. 54ピースの地図は、遊びながら学ぶ道具だった

1. 1760年代の切りわけ地図:地理を教えるための教材

1760ねんだいの ロンドンに、ジョン・スピルズベリーと いう 地図を つくる 人が いました[1]。

この 人は、地図を 木の 板に はって、くにの さかいめで 切りました。ばらばらに して、また 合わせて あそびます。

ねらいは、子どもに 地理を おしえる ことでした。つまり、さいしょの パズルは、あそびながら まなぶ ための どうぐ です。

ロンドンの はくぶつかんには、1767ねんの ものが のこって います。イギリスの 地図で、54まいに 切って あります[1]。

地図を切って、組み直す

1760年代のロンドンで、地図職人ジョン・スピルズベリー(1739〜1769)は、地図を木の板に貼り、国境や郡の境目で切りわけた「切りわけ地図」を売りました。子どもが地図を組み立てたり、ばらしたりしながら、楽しく地理を覚えられるようにするための品だったとされます[1]。商業製品としては、最古級です。

ロンドンの博物館に残る1点

ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館には、1767年の作品が残っています。イングランドとウェールズを郡ごとに切った54ピースの地図で、マホガニーの板に紙が貼られ、丸い木箱に入っています[1]。ただし、これが最古の1点という意味ではなく、最初期のものの一つです。

地図の1ピースが「ひとつの郡」だとすると、パズルを解くことは、国の形を自分の手で組み立てることでした。では、そんな品を、誰が手にできたのでしょうか。

ロンドンの地図職人ジョン・スピルズベリー(1739〜1769)は、1760年代に、地図を木の板に貼って国境や郡の境で切った「dissected map(切りわけた地図)」を売り、子どもの地理学習の教材とした。商業製品としては最古級とされる[1]。組み立てと解体を繰り返して遊びながら、地理を覚えさせることが目的だった。

ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館には、1767年の作品が所蔵されている。イングランドとウェールズを郡ごとに切った54ピースで、マホガニー板の両面に紙を貼り、円形の木箱に収められている[1]。ここで言えるのは「最初期の一つ」までで、これが最古の1点だという根拠にはならない。

1ピースが1つの郡に対応する以上、ピースの形は絵柄ではなく地理で決まる。ではこの教材は、どんな家の子どもの手に渡ったのか。値段が、その答えを左右する。

2. その パズルは、だれの もの だった?

2. 高価な教材は、まず裕福な家庭に向けられた

2. 価格と購入層:手作業の木製パズルは高価だった

この パズルは、とても 高い ものでした。だから、まずは 貴族きぞくや、おかねもちの 家の 子どもむけに うられました[4]。

ジョージ3せいの 子どもたちの せわを した シャーロット・フィンチ ふじんは、パズルを しまう 引き出しつきの 木の たなを もって いたそうです[4]。

だれでも あそべる おもちゃに なるには、もっと 安く つくる ほうほうが いります。

貴族の家の引き出し

1760年代の切りわけ地図は、とても高価で、まずは貴族や裕福な家庭などに向けられました[4]。ジョージ3世の子どもたちの養育係だったシャーロット・フィンチ夫人は、パズルをしまう引き出しつきの木の棚を持っていたと紹介されています[4]。

職人が1枚ずつ板を切るのですから、数を作るのも大変で、値段が下がらなかったのは自然な流れです。パズルが身近になるには、作り方が変わる必要がありました。その前に、もう1つ確かめておきたいことがあります。スピルズベリーは、本当に世界で最初だったのでしょうか。

1760年代の切りわけ地図はきわめて高価で、まずは貴族や裕福な家庭などに向けられた品だったとされる[4]。ジョージ3世の子どもたちの養育係シャーロット・フィンチ夫人が、パズルを収める引き出しつきの木の棚を持っていたことが紹介されている。

価格が高かった要因を、資料は製法の面からも示唆する。木製のパズルは職人が手作業で1枚ずつ切るため、生産数が増やしにくい[6]。ただしこの点は、のちに型抜きと比べた説明であり、1760年代の個々の価格を直接示す資料ではない。

数が作れず、高価だったのなら、この品は社会に広く出回ったとは言いにくい。それでもスピルズベリーが「最初」として語られるのはなぜか。その根拠を確かめる。

3. ほんとうに いちばん はじめの 1まい?

3. 「世界で最初」と言いきれるのか

3. 起源の年代:1763年の名簿と、先行する木の地図

「さいしょの ジグソー」は、1766ねんの ヨーロッパの 地図と される ことが おおいです[2]。

スピルズベリーは 1763ねんの 名ぼに、「木で 地図を 切りわける 人」として のって います。それより まえの パズルは、いま のこって いません。

ところが、フランスの 先生、ボーモン ふじんが 木の 地図を つかって いたことを しめす 手紙が、1759ねんと 1762ねんに 書かれて います[3]。

だから「せかいで いちばん はじめ」と 言いきる ことは できません。

1766年か、1767年か

「最初のジグソー」は、1766年のヨーロッパの地図とされることが多いようです[2]。ところが、V&Aの所蔵品は1767年のものです。資料によって年がずれるので、この記事では「1760年代」と書いています。

スピルズベリーは、1763年の名簿に「教育のために木で地図を切りわける彫版師」として載っていました。それより前の現物は、残っていません[2]。

先に木の地図を使った人

イギリスで1748年から1762年まで活動したフランスの教育者ボーモン夫人が、木の地図を使っていたことを示す1759年と1762年の手紙があります[3]。そのため、スピルズベリーを厳密な「最初」と言いきることはできません。

地理を教える教材として広まった、最初期の人の一人。それが資料から言える範囲です。では、この遊びに「ジグソー」という名がついたのは、いつなのでしょうか。

「最初のジグソー」の年代は、資料で1766年(ヨーロッパ地図)とされることが多い[2]。一方、V&A所蔵品は1767年で、年はそろわない。そのため本稿は「1760年代」にとどめる。スピルズベリーは1763年の名簿に、教育を助けるために木で地図を切りわける彫版師として載っているが、それ以前の現物は残っていない[2]。

さらに、イギリスで1748〜1762年に活動したフランスの教育者ボーモン夫人が、木の地図を使っていたことを示す1759年・1762年の手紙がある[3]。この手紙が正しければ、スピルズベリーの前にも木の地図を教育に使った人がいた可能性がある。ただし手紙の内容を直接確かめたわけではなく、資料の紹介に拠る。

したがって「世界初」と断定する根拠はなく、本稿は「商業製品としては最古級」までにとどめる。起源は人物1人の発明というより、「地図を切って教える」発想が1760年代に形になった、と読むのが妥当だ。では「ジグソー」という名は、この発想とどう結びつくのか。

4. 「ジグソー」って、いつから よばれたの?

4. 「ジグソー」の名前が記録に出てくるのはいつか

4. 1906年の最初の記録:「dissection」から「jigsaw puzzle」へ

スピルズベリーの パズルは、さいしょ「ディセクション」、つまり「切りわけ」と よばれて いました[5]。

「ジグソーパズル」と いう ことばが きろくに のこって いる いちばん古い ものは、1906ねんです。

ジグソーは、もともと 糸のこ という どうぐの なまえです。木を 細く くりぬく のこぎりで、のちに パズルを 切る どうぐと して ひろく つかわれました。なまえの ゆらいには、いろいろな せつが あります[6]。

最初は「切りわけ」と呼ばれた

スピルズベリーの作品は、当初「dissection(切りわけ)」と呼ばれていました。「ジグソーパズル」という語の最初の記録は1906年です[5]。最初の地図パズルとされる1760年代から、およそ140年が過ぎています。

「糸のこ」と名前の関係

最初の地図パズルを切った道具は、書籍では糸のこ(木工用の細いのこぎり)と書かれています。のちに「ジグソー」の名がついたのは、そうした糸のこが主な切断具になった19世紀後半以降の説明で、1880年ごろに語が現れたとされます[6]。ただし名前の由来には諸説あり、スピルズベリーが今の電動ジグソーで切ったわけではありません。

名前が定まったころ、パズルは子どもの教材ではなくなりつつありました。大人が夢中になる時代が、すぐそこに来ていたのです。

スピルズベリーの作品は当初「dissection(切りわけ)」と呼ばれた。「jigsaw puzzle」の語の最初の記録は1906年で、道具の名前にあやかった呼び名だとされる[5]。1763年の名簿から数えても143年、最初の商品とされる年代からは約140年が過ぎている。

語源には諸説がある。ある説明では、1880年ごろ、糸のこが主な切断具になったことでこの語が現れたとされる[6]。ただし、最初の地図パズルを切ったとされる道具は、書籍では糸のこ(marquetry saw、木工用の細いのこぎり)と書かれるにとどまり、今日の電動ジグソーで切ったのではない。資料の食いちがいというより、書かれた時代がずれている点に注意が要る。

名前が記録に残るころ、パズルは子どもの教材から大人の娯楽へ軸足を移していた。この転換は、何をきっかけに起きたのか。

5. 木から 紙に なると、どうなった?

5. 木から厚紙に変わると、値段と数はどう変わった?

5. 型抜きによる量産:木製から厚紙へ、1930年代のアメリカの流行

1900ねんごろから、大人むけの パズルが でて きました。1908ねんには、大りゅうこうに なります[7]。

1930ねんだいの アメリカでは、パズルが もっと ひろがりました。1933ねんの はじめには、1しゅうかんに 1000まん こも うれた ことが あると いわれます[7]。

ひみつは、つくりかたです。それまでの 木の パズルは、人が 1まいずつ 糸のこで 切って いました。

こんどは、はこを つくる 工場の きかいで、はを ならべた 型かたを あつがみに ぐっと おして、いっぺんに 切ります[6]。

だから 1930ねんだいには、紙の パズルが 安い しなものとして ひろまりました。

大人の遊びになった1900年代

1900年ごろから大人向けのパズルが現れ、1908年には大流行になりました。パーカー・ブラザーズは、1909年に工場全体をパズル作りに回したと伝えられます[7]。

1930年代、型抜きの厚紙パズル

1930年代のアメリカでパズルが再び大流行し、1933年初めのピークには、週に1000万個が売れたとされます(原資料の数字は1つの二次資料によります)[7]。

支えたのは、型抜きの厚紙パズルです。板に刃を並べた型(パズルダイ)を、機械の力で厚紙に押しつけると、一度に切れます。木のパズルは手作業の糸のこで1枚ずつなので、紙のほうが安くなりました[6]。1932年の秋には、毎週水曜に新聞スタンドに並ぶ25セントの「Jig of the Week」も登場しています[7]。

切り方が変わった1930年代には、型抜きの厚紙パズルが安い商品として広がりました。では、日本には、いつごろ入ってきたのでしょうか。

1900年ごろから大人向けのパズルが現れ、1908年には大流行となった。パーカー・ブラザーズは1909年、ほかの玩具の生産を止めて工場全体をパズル作りに回したとされる[7]。ここまでは木製で、職人が1枚ずつ切る高価な品だった。

転機は、箱工場の型抜き機械だった。硬い鋼の刃を図柄の形に並べたパズルダイを、油圧プレスで厚紙に押しつけると、一度に切り終わる[6]。木のパズルを1枚ずつ糸のこで切る方式より、紙は圧倒的に安く、速く作れた。だから1932〜33年には週に数百万個の生産が可能になり、1932年秋には、毎週水曜に新聞スタンドへ並ぶ25セントの「Jig of the Week」が登場した[7]。

1933年初めのピークには、週に1000万個が売れたとされる[7]。ただし、この数字は1つの二次資料(Williams, 1997)に頼っており、独立した裏づけは本稿では示せない。1760年代の1点ずつの手作業から約170年で、新聞スタンドで買える量産品へと変わったことが、資料から読み取れる全体の流れだ。では、日本ではどうだったのか。

6. 日本には、いつ きたの?

6. 日本には、いつごろ広まったのか

6. 日本への導入:1974年ごろの国産初と、その資料の限界

日本では、「やのまん」と いう かいしゃが、1974ねんごろに 日本で つくった さいしょの ジグソーパズルを うりだした と いわれます[8]。

この ねん、東京の 上野に ある こくりつ はくぶつかんで モナ・リザが 見られ、大ブームに なりました。

日本では、やのまんという会社が、1974年ごろに国産初のジグソーパズルを発売したとされます[8]。1974年は、東京の上野の国立博物館でモナ・リザが公開され、大ブームになった年でもあります。

この話は、雑学を紹介する1つのサイトによります。会社の公式な資料で裏づけたものではないので、「とされる」という書き方にとどめています。

日本では、やのまん(1954年創業)が1974年ごろに国産初のジグソーパズルを発売したとされる。1974年は、上野の東京国立博物館でモナ・リザが公開されて大ブームとなった年である[8]。

ただし、この記述の出どころは雑学を扱う1つのサイトであり、やのまんの公式資料や当時の記録ではない。日本への紹介時期の目安としては使えるが、年の断定には向かない。さらに、日本にも昔から、絵を組み合わせる類似の遊びがあった可能性はあるが、本稿の資料はそこまで扱っていない。

7. 家の パズルを、よこから 見て みよう

7. 手元のパズルを、横から見てみよう

7. 手元のパズルで、材料と製法を読む

おうちに ジグソーパズルが あったら、1まいを とって、よこから よく 見て みましょう。

うすい 紙の 下に、あつがみが 見えますか。ピースの ふちは、きれいに そろって いますか。

この あつがみの もとは、1930ねんだいの アメリカで ひろがった つくりかたと つながって いるかも しれません。木の パズルを もって いる 人は、くらべて みましょう。

ピースを横から見る

家にジグソーパズルがあれば、ピースを1つ取り、横から断面を見てみましょう。絵の紙の下に厚紙の層が見えるでしょうか。木のパズルがあれば、手ざわりや厚みを比べてみてください。

ピースの数を比べる

箱に書かれたピースの数と、54ピースのスピルズベリーの地図を比べると、数がどれだけ違うか分かります。家のパズルが500ピースなら、約9倍です。1枚ずつ手で切る場合と型で一度に切る場合では、手間がどれほど違うか、考えてみましょう。

原典にあたりたいときは、出典欄のV&A博物館の収蔵品ページから、1767年の現物の写真と説明が読めます(英語)。

家にジグソーパズルがあれば、1ピースを横から見て、絵の紙の下の厚紙の層と、切り口を観察できる。木製のパズルがあれば、厚みや断面を比べてみる。材料の違いを、製法の違い(型抜きか、手作業の糸のこか)を考える手がかりにできる。

数の検算もできる。1767年のV&A所蔵品は54ピースで、手作業の木製である。家のパズルが500ピースなら、約9倍。木で1枚ずつ切ると考えると、価格が桁ちがいになることは想像できる(ただし当時の価格は、本稿の資料では示されていない)。

原典としては、V&A博物館の収蔵品ページ(1767年の作品の説明)、ギネス世界記録の「first jigsaw puzzle」の項、oldpuzzles.comの歴史の紹介が、出典欄から読める。いずれも英語で、年や数字の表記が資料により異なる点を確かめながら読むとよい。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文は、ここにある資料の内容を、自分の言葉で言いかえたものです。年・人名・数字は、資料によって細部が異なることがあります。

  1. V&A Museum, Dissected Puzzle (Spilsbury) https://collections.vam.ac.uk/item/O1404258/dissected-puzzle-spilsbury-john/ (1760年代の切りわけ地図、1767年の54ピース)
  2. Crouch Rare Books, The so-called first ever jigsaw https://crouchrarebooks.com/browse/the-so-called-first-ever-jigsaw/ (年代の食いちがい、1763年の名簿)
  3. Wikipedia, John Spilsbury (cartographer) https://en.wikipedia.org/wiki/John_Spilsbury_(cartographer) (ボーモン夫人の手紙。二次資料)
  4. Atlas Obscura, map puzzles https://assets.atlasobscura.com/articles/map-puzzles (高価だったこと、フィンチ夫人)
  5. Guinness World Records, First jigsaw puzzle https://www.guinnessworldrecords.com/world-records/688261-first-jigsaw-puzzle (1906年の最初の記録)
  6. Wikipedia, Jigsaw puzzle https://en.wikipedia.org/wiki/Jigsaw_puzzle (糸のこ、型抜き。二次資料)
  7. Anne D. Williams, A Brief History (oldpuzzles.com) http://www.oldpuzzles.com/node/666 (大人の流行、1930年代の販売数)
  8. 雑学ネタ帳 ジグソーパズルの日 https://zatsuneta.com/archives/006426.html (日本への導入。雑学サイトのため参考)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。
  •  中学生向けの題名を、日常の疑問が先に来る形に見直した。

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