1. きを きる ひとの あしもとは、なにを まもるの?
1. 足を守る靴があるのに、なぜ別の履物が選ばれるのか
1. 足を守る防護ブーツがあるのに、地下足袋が好まれるのはなぜか
チェーンソーで きを きるとき、あぶないのは あしです。事故の うち きずが できる ものを みると、あしの まわりが とても おおいと いわれます。そこで、あしを まもる ぼうごブーツが あります。
でも、ぼうごブーツを きらう ひとも います。かたくて、おもく、あしくびも うごかしにくいと かんじるからです。やまの しゃめんは、すべりやすく、あしを いっぽいっぽ きちんと おく ひつようが あります。
そこで、むかしながらの 地下足袋に スパイクを つけた ものを はく ひとが いるのです。
チェーンソーで切り傷を負うけがのうち、約6割は下肢、約2割は足首・甲・指などの足で起きている、と鳥取県林業試験場の資料は林野庁のコラムを引いて紹介しています[1]。これは切り傷のけがの中での割合で、林業のけが全体の数字ではありません。だから足元の守りは大切で、チェーンソー用の防護ズボンは2019年(令和元年)8月から着用が義務になりました。ただ、防護ブーツは今も努力義務です[1]。
努力義務にとどまる背景には、現場の声があります。ある論文は、防護ブーツについて「靴底にスパイクがない」ため滑りやすい、重い、足首が固定されて歩きにくい、という意見が多いと紹介しています。一方で、スパイクつきで靴底が柔らかく、親指とほかの指を別々に動かせる地下足袋が、日本の森では最も良いという意見もあります[2]。これは作業者の意見で、性能を測った数値ではありません。
固い靴は守りに強そうなのに、なぜ柔らかい履物が好まれるのでしょうか。手がかりは、靴底そのものより、足の使い方にありました。
チェーンソーによる切創事故の約6割は下肢、約2割は足首・甲・指などの足で起きている。鳥取県林業試験場の資料は、この数字を林野庁の林業安全コラム(2019年)から引いており、割合は切創事故の中のもので、林業事故全体のものではない。したがって足元の防護は重要であり、防護ズボン(チャップス)は2019年(令和元年)8月に着用が義務になった。しかし防護ブーツは今も努力義務である[1]。
努力義務にとどまる事情を、2020年の森林応用研究の短報が現場の意見としてまとめている。防護ブーツには、靴底にスパイクがなく滑りやすい、重い、足首が固定されて歩きにくい、といった声が多い。反対に、スパイクつきで底が柔軟、親指とほかの指を別々に動かせる地下足袋が、日本の森では最も良いという意見もある[2]。これらは作業者の意見であって、グリップ力などの実測値ではない。
では、防護性能の高いはずの履物が敬遠されるのは、単に慣れの問題なのか。同じ論文と鳥取県の調査は、手がかりを靴底そのものだけでなく、靴によって変わる歩き方に求めている。
2. スパイクと ゆびさきは、どう たすけるの?
2. スパイクと指先が、斜面で踏ん張る力になる
2. スパイクと柔らかい底は、斜面でどう働くと考えられているか
地下足袋は、1922ねんに いしばしさんの きょうだいが かんがえ、つぎの 年に うりだされたと つたえられます。ゴムの そこに、すべりどめの 溝が ありました。
いま、やまの ための スパイクの ついた ものも あります。おちばの うえでも すべりにくく、ふんばりやすいと しょうかいされています。
そこが やわらかいと、ゆびさきが じめんの でこぼこを つかみやすく なります。スパイクが じめんに かかり、やわらかい そこは ゆびを うごかしやすく します。
ただし、スパイクが どう すべりを ふせぐか くわしい しくみを せつめいした しりょうは、まだ みつけて いません。
地下足袋は1922年(大正11年)に石橋徳次郎・正二郎の兄弟が考案し、翌年1月に発売されたといわれます。ゴムの底に、すべり止めの溝を入れた丈夫な履物として売り出されました[3]。現在は、山の中など滑りやすい地面のために、底にスパイクをつけた「スパイク地下足袋」もあります。
スパイクピンつきの地下足袋は、落ち葉の上でも滑りにくく、踏ん張りが利くと紹介されています[4]。ただ、ピンが地面をどうつかむのかという細かい仕組みまでは、その資料に書かれていません。
鳥取県立二十一世紀の森で調べた論文は、柔らかい靴底のおかげで指先で踏ん張りやすい地下足袋は歩きやすく感じる、と考察しています。逆に靴底が固い防護ブーツは、指先で地面をつかみにくいので歩きにくく感じるのだろう、という推測です。調査した場所は粘土が多く、滑りやすい土でした[2]。
つまり、スパイクで地面を捉え、柔らかい底で指先を動かす。この組み合わせが地下足袋の強みだと考えられています。では、固い靴の側は不利なだけなのでしょうか。
地下足袋は、1922年(大正11年)に石橋徳次郎・正二郎の兄弟が考案し、翌1923年1月に「アサヒ地下足袋」として売り出されたとされる。ゴム底に、すべり止めの溝を入れた耐久性のある履物であった。ただし考案年と発売年は資料によって書き方に差があり、ここでは細部に立ち入らない[3]。現在は、山中など滑りやすい地面向けの「スパイク地下足袋」もある。
スパイクピンつきの製品は、落ち葉の上でも滑りにくく踏ん張りが利くと紹介されている[4]。ただし紹介記事は、ピンが地面を捉える仕組みや、ピンの数・材質までは述べていない。そのため本稿も、スパイクが滑りを防ぐ物理的な仕組みは断定しない。
では、なぜ柔らかい底が評価されるのか。森林応用研究の論文は、調査地の鳥取県立二十一世紀の森が粘性土の滑りやすい場所であることを示したうえで、次のように考察している。スパイクのグリップ力があり、底が柔らかい地下足袋は指先で踏ん張りやすいので歩きやすく感じられる。底が固く指先で地面をつかみにくい防護ブーツは、歩きにくく感じられるのだろう、というものだ[2]。これは著者の推測であり、実証された因果ではない点に注意が要る。
つまり、スパイクが地面を捉えるだけでなく、柔らかい底が指先を働かせるという二つの要素が、地下足袋の評価の根拠として挙がっている。そこで次の問いが生まれる。靴底の硬さは、歩き方そのものまで変えてしまうのか。
3. くつの ちがいで、あるき方も かわる?
3. 靴のちがいと、歩き方のちがいが重なっていた
3. 靴底の硬さと歩き方の関係:7名中5名のつま先立ち
とっとりけんの ちょうさでは、ふしぎな ことが わかりました。地下足袋が すきな ひと 7人の うち 5人は、つまさきで たつように ふんばって あるいて いました。
ぼうごブーツを はいた 2人は、かかとまで じめんに つけて あるいて いました。かかとまで つける あるき方は、登山ぐつに あった ふつうの あるき方です。
つまり、あしの そこが やわらかいか かたいかで、じぶんでも きづかないうちに、あるき方が ちがって くる ことが あるのかも しれません。ただし、人数が すくない かんさつです。
鳥取県林業試験場の調査では、地下足袋の愛用者7名のうち5名が、つま先立ちで踏ん張る歩き方をしていました。一方、チェーンソー防護ブーツを着用していた2名は、かかとまで地面につける歩き方でした[1]。かかとまでつける歩き方は、登山靴に向いた基本の歩き方とされています。
人数は少なく、すべての人に当てはまる法則ではありません。それでも、靴の硬さが歩き方の「クセ」と結びついていた点は、おもしろい観察です。
固い靴にも利点はあります。登山の専門書では、転倒や滑落をしにくい登山靴は、足首の固定が強く底が固いほど有利とされ、慣れないうちは歩きにくくても、慣れれば脚全体の負担は減るそうです[2]。
重さはどうでしょう。26.5cmの片足で比べると、地下足袋、防護ブーツ、安全長靴の順に重くなります。ただし地下足袋に安全脚絆を足すと、防護ブーツと同じくらいの重さになり、防護ブーツだけが突出して重いわけではありませんでした[1]。
鳥取県林業試験場の調査では、地下足袋の愛用者7名のうち5名(約71%)が、つま先立ちで踏ん張る歩き方をしていた。一方、チェーンソー防護ブーツを着用していた2名は、かかとまで地面につける歩き方だった[1]。後者は登山靴に適した基本の歩き方にあたる。ただし7名と2名という小さな観察であり、靴の種類が歩き方を決めると断定できる数字ではない。
この結果から、論文の考察はつながる。つま先で踏み切る人にとって、底が柔らかく指先で地面をつかめる地下足袋は都合がよい。逆に、かかとからつけて歩く人にとっては、固い底と固定された足首は、登山靴と同様にむしろ有利である。登山の専門書は、足首の固定が強く底が固い靴ほど転倒・滑落しにくいとし、慣れないうちは歩きにくくても、慣れれば脚全体の負担は軽くなると述べている。同論文はこれを紹介している[2]。
では、「重いから嫌われる」という声は正しいのか。26.5cm片足の重さは、地下足袋<防護ブーツ<安全長靴の順だった。ところが安全脚絆(きゃはん)を足した地下足袋は防護ブーツと同程度で、防護ブーツが特別に重いわけではない[1]。防護ブーツへの不満は、重さより、靴と歩き方のかみ合わせの問題である可能性がある。これは筆者の読み取りであり、資料がそう結論づけているわけではない。
靴と歩き方が結びついているなら、逆に、歩き方を変えれば靴の弱点を補えるのではないか。そこで鳥取県の調査は、次の実験に進む。
4. あるき方を ならうと、よろけなく なる?
4. 「キックステップ」を教えると、よろける歩数が3分の1に
4. 歩き方の指導は滑りをどこまで減らしたか:キックステップの前後比較
こんどは、あるき方を おしえて みました。登山で つかう「キックステップ」です。くつの よこの へりを、しゃめんに けりこんで、あしばを つくる あるき方です。
35どの すべりやすい しゃめんを、よこに 15メートル あるいて もらいました。おしえる まえと あとで くらべると、よろけたり、てを ついたりする ほすうが、おおよそ 3ぶんの 1に へりました。
くつだけでなく、あるき方も、すべらない 工夫に なるのです。ただし、人に よって ちがい、だれでも おなじ けっかに なるとは かぎりません。
鳥取県林業試験場は、靴底のエッジ(横のへり)を使う登山技術「キックステップ」を作業者に教える試みも行いました。斜面に靴の横をけり込んで、足場をつくる歩き方です[1]。
35度の急な斜面を横向きに15m歩いてもらい、よろけたり手をついたりして不安定に歩いた歩数を数えました。指導の後は、この歩数が約3分の1に減ったと報告されています[1]。個人差があり、誰でも同じ結果になるとは限りません。
つまり、滑りを防ぐ工夫は、靴の形や底のスパイクだけではありませんでした。足をどう置くかという技術でも、斜面での安定は変わるのです。靴と歩き方は、セットで考えるものなのかもしれません。
では、現場はこうした足元の選び方を、どう決めているのでしょうか。
鳥取県林業試験場は、靴底のエッジ(サイド)を斜面に蹴り込んで足場をつくる登山技術「キックステップ」を作業者に指導し、前後を比べた[1]。35度の急斜面を横方向に15m歩かせ、よろけたり手をついたりして不安定に歩く歩数を数えると、指導後は約3分の1に減少したと報告されている。
この数字は注意して読む必要がある。第一に、観察された人数は少なく、個人差が大きい。第二に、「約3分の1」は歩き方の指導の前後を比べた値であって、特定の靴が滑ると示す数字ではない。第三に、資料の表から読み取れたのは減少の大きさだけで、指導を受けた人数などの細部は本稿では扱わない。
それでもこの結果は、靴底のスパイクや形が同じでも、足の置き方しだいで斜面の安定が変わることを示す。前の章で見たように、靴ごとに歩き方が分かれる傾向があるなら、歩き方を整えるのは、靴を替えるのと並ぶもう一つの選択肢である。
では、実際の現場では、足元の装備はどのように決められているのか。
5. ばしょに あわせて くつを えらぶ。うみの むこうの きこりは?
5. 作業の条件で靴を選ぶ決まりと、海外の釘つきブーツ
5. 作業条件ごとの履物の基準と、北米の釘つきブーツ
やまなしけんなどの きまりでは、しごとの ようすで はく ものを わけて います。おもい ものを あつかう ときは、つまさきに てつが はいった くつ。チェーンソーを つかう ときは、つまさきと こうを まもる くつです。
あしもとが すべる しゃめんでは、すべりどめの ついた くつや 地下足袋を はく ことに なって います。
うみの むこうの きたアメリカでは、きこりが そこに はがねの くぎを うった くつを はいて、ぬれた まるたの うえでも すべらない ように しました。そこが はがねの とげだらけの、がんじょうな くつだったそうです。
むかしから せかいの きこりは、あしもとの 工夫を つづけて きたのですね。
山梨県の県有林の安全装備の基準は、足元を作業の条件ごとに分けています。重い物を扱うならつま先に鉄心の入った靴、チェーンソーを使うならつま先と甲に切創を防ぐ保護物がある靴、そして移動に支障がある急傾斜地や、足元が滑る傾斜地では、すべり止め機能のついた靴や地下足袋、という具合です[5]。これは発注する側が決めた基準で、法律ではありません。
つまり、「この靴がいちばん」という答えはなく、場所と仕事で選び分けるのが基本のようです。
北米では、靴底に鋼のスパイク(calk)を打った「caulk boots」を木こりが履いて、濡れた丸太や斜面で滑りを防いだとされます。頑丈で、靴底にとがった鋼のスパイクがびっしり並んだ靴でした[6]。
海をへだてても、滑りやすい斜面で「底に金属のとがりを足す」という考えが生まれていたのは、おもしろいところです。
山梨県の県有林の安全装備基準は、足元を作業条件で分けている。重い物を扱うならつま先に鉄心、チェーンソー使用時はつま先と甲に切創防止の保護物、移動に支障がある急傾斜地や足元が滑る傾斜地ではすべり止め機能つきの靴または地下足袋、とされている[5]。これは発注者側が定めた基準であり、法律ではない。
この分け方は、これまでの章と整合する。防護ブーツは切創に強いが、スパイクがなく、底が固い。地下足袋は指先が使えてスパイクも持つが、それだけでは切創を防ぐ構造ではない(前者は安全脚絆などを足して補う)。どちらか一方が万能なのではなく、斜面か、チェーンソーか、重量物かという条件で優先するものが入れ替わる。
視野を広げると、北米にも同じ発想があった。底に鋼のスパイク(calk)を打った「caulk boots」である。濡れた丸太や斜面での滑りを防ぐため、木こりが履いた、頑丈な靴である[6]。
日本のスパイク地下足袋と、北米の釘つきブーツは、底の硬さも構造も異なる。それでも、滑りやすい地面で「底にとがった金属を足して地面を捉える」という点は似ている。二つの履物が互いを参考にしたという資料はなく、似た課題への別々の答えとして読むのが穏当である。
6. ゆっくり あるき方を くらべて みよう
6. 足の置き方を、身近な場所で比べてみる
6. 足元の工夫をさらに調べる道すじ
きょう できる こと
かわいている日に、おうちの ひとと いっしょに、ゆるやかな こうえんの さかを えらびます。かかとまで つけて あるく ときと、つまさきで あるく ときを くらべて、あしの どこが つかれるか かんじて みましょう。きゅうな さかや、ぬれて すべる ばしょは さけます。
しらべる とき
とっとりけん りんぎょうしけんじょうの しりょうが、ネットで よめます。おうちの ひとと よんで みましょう。
今日できること
乾いた日に、おうちの人といっしょに、ゆるやかな公園の坂道を選びます。かかとまで地面につけて歩くときと、つま先で踏ん張るように歩くときで、足のどこが疲れるか、前に進むときの感じがどうちがうかを書き出してみます。急な坂や、濡れて滑る場所は避けます。靴によって、同じ坂でもちがう感じがするかもしれません。
資料を読むなら
鳥取県林業試験場の資料と、森林応用研究の短報は、どちらも日本語で読めます。表や図の数字と、本文の考察を見比べると、どこまでが測った値で、どこからが推測なのかが分かります。
確かめられる範囲
身近な坂道で、かかとまでつける歩き方とつま先で踏ん張る歩き方を比べ、疲れる筋肉の場所のちがいを感じてみるとよい。乾いた日に、緩やかな坂を、保護者と一緒に選び、急な坂や濡れて滑る場所は避ける。ただし、これは林業の斜面や35度の傾斜とは条件が違う。
資料の見どころ
- 鳥取県林業試験場の資料で、7名中5名と2名の人数、キックステップ指導前後の歩数の差がどう示されているか。
- 森林応用研究の短報で、現場の意見と著者の「思われる」という推測が、どう書き分けられているか。
- 山梨県の基準で、足元の装備が作業条件ごとにどう分けられているか。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- 鳥取県林業試験場『地下足袋とチェーンソー防護ブーツの歩き方のちがい』. https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1202820/r1s21.pdf (防護ブーツと地下足袋の歩き方、キックステップ、重さの比較)
- 森林応用研究 29(2):15-21(2020)短報. https://www.jstage.jst.go.jp/article/applfor/29/2/29_15/_pdf (現場の意見、著者の考察、登山靴の考え方)
- コトバンク「地下足袋」. https://kotobank.jp/word/%E5%9C%B0%E4%B8%8B%E8%B6%B3%E8%A2%8B (地下足袋の考案と発売)
- 山梨県『安全装備の装着基準』. https://www.pref.yamanashi.jp/documents/2865/anzensoubi-souchakukijyun.pdf (作業条件ごとの足元の基準)
- Wikipedia “Caulk boots”. https://en.wikipedia.org/wiki/Caulk_boots (北米の釘つきブーツ。英語の資料)
なおした ところ
更新履歴
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