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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

はなの センサーは 400しゅるいなのに、どうして たくさんの においを わけられるの?

鼻のセンサーは約400種類しかないのに、においはどうやって見分けられるのか

約400種の嗅覚受容体で多様なにおいを区別する:組み合わせ符号と、分子をつかむポケットの構造

分野:からだ

ひとの はなには、においを とらえる センサーが 400しゅるいほど あります。ところが 2014ねんには、「ひとは 1ちょうしゅるい いじょうの においを わけられる」という けんきゅうが はっぴょうされました。400しゅるいで、どうして そんなに わけられるのでしょう。

この きじでは、1つの センサーが いくつもの ぶんしに はんのうし、においごとに はんのうする センサーの 「くみあわせ」が ちがう ことが かぎだと わかります。あわせて、センサーが においの ぶんしを つかむ ところが、2023ねんに はじめて 見えた はなしと、「1ちょう」が あとから 見なおされた わけも わかります。

2014年、ヒトは少なくとも1兆種類のにおいを区別できる、という推定がアメリカの研究チームから発表されました。ところが、においをとらえる鼻のセンサー(受容体)は、ヒトでは約400種類しかありません。400種類で、なぜ1兆とも言われる数のにおいを区別できるのでしょうか。しかもこの「1兆」は、翌年に見直しの指摘を受けています。

この記事では、1つの受容体が複数の分子に反応し、においごとに違う「組み合わせ」ができるというしくみと、2023年に報告された「受容体がにおいの分子をつかむ形」、そして1兆が見直された理由が分かります。

2014年、ヒトは少なくとも1兆種類のにおいを区別できるとする推定が、混合臭を用いた実験にもとづいて報告された。一方、ヒトの嗅覚受容体の遺伝子は約400個にすぎない。この差は、受容体の「組み合わせ符号」で説明される。ただし1兆という数は翌年に批判され、現在は「数は分かっていない」というのが実情に近い。

この記事では、1つの受容体が複数の分子に反応し、においごとに異なる組み合わせが生じるという核心にいたる、受容体1種類の役割、組み合わせ符号の発見、2023年に決定された受容体とにおい分子の立体構造、そして1兆の推定が上限値の計算だと指摘された経緯が分かる。

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1. 400しゅるいで、1ちょうしゅるい?

1. 「1兆種類」と約400種類のセンサーは、どう折り合うのか

1. 約400個の受容体と「1兆」の推定:数が合わないのはなぜか

2014ねん、アメリカの けんきゅうチームは、128しゅるいの においの もとを まぜて、ふしぎな じっけんを しました。3つの びんを かいで、1つだけ ちがう においの びんを あてて もらうのです。

へいきんでは、3つの びんの せいぶんが さいだい 51パーセント おなじでも、ひとは ちがいを かぎわけました。そこから 「1ちょうしゅるい いじょう」と すいていされました。[1]

ところが、ひとの はなの センサーは 400しゅるいほどです。[7] 1しゅるいに 1つの においなら、400しゅるいの においしか わけられません。

こたえは、センサーが ひとりで はたらくのでは なく、いくつかが いっしょに はんのうする ことにあります。これを 「くみあわせ」と いいます。このあと、じっくり 見て いきましょう。

2014年、ロックフェラー大学のチームは、128種類のにおい分子から10・20・30種類を混ぜた試料を作りました。3本のうち、ほかと違う1本を当ててもらう実験です。平均では、成分が最大51%共通する混合物を区別できました。ここから、ヒトは少なくとも1兆種類のにおいを区別できると推定されました。それまでは約1万種類とされていました[1]。

一方、ヒトのにおい受容体の遺伝子は約400個です[7]。「1つの受容体に1つのにおい」だと、区別できるのは400種類にとどまります。1兆と400。この差が、この記事の最初の問いです。

答えの要点を先に書くと、においは受容体の「組み合わせ」で見分けられていると考えられています。くわしいしくみは、次の章からです。

2014年、Bushdidらは、128種のにおい分子から10・20・30種を混合した試料を作り、3本のうち異なる1本を選ばせる識別実験を行った。平均では、成分が最大51%共通する混合物を識別でき、この結果から、ヒトは少なくとも1兆種類のにおい混合物を区別できると推定された。従来の通説は約1万種類だった[1]。

一方、ヒトの嗅覚受容体遺伝子は約400個である(構造に欠損のないものが402個とする学位論文もある)[7]。受容体とにおいが1対1に対応するなら、識別できるのは多くて400種類になる。1兆という推定値は、この数と3桁以上食いちがう。

この矛盾を解く鍵が、後述する「組み合わせ符号」である。ただし1兆自体の信頼性にも疑問が出されており(第5章)、本稿は「約400個の受容体で、実際に非常に多くのにおいが区別されている」ことを出発点に、そのしくみを順にたどる。

2. 1つの センサーは、1しゅるいの うけざらだけ もっている

2. 鼻の細胞は、1種類の受容体だけを使っている

2. 嗅細胞は1種類の受容体しか使わない:発見と「一番乗り」の仕組み

はなの おくには、においを かんじる さいぼうが たくさん ならんで います。この さいぼうの ひとつひとつは、400しゅるいの うけざらの うち、1しゅるいだけを つかいます。うけざらとは、においの ぶんしを うけとる たんぱくしつの ことで、「じゅようたい」と よばれます。[3]

じゅようたいの なかまが たくさん あることは、1991ねんに アメリカの バックさんと アクセルさんが 見つけました。このときは 18この なかまを 見つけて、においの うけざらの もとに なっているかもしれない、と しめしました。この はっけんなどで、2004ねんに ノーベルしょうを うけて います。[5]

どの うけざらを つかうかは、くじのように きまると せつめいされて います。はたらきはじめた さいしょの うけざらが、ほかの うけざらを はたらかなく させるのです。[3]

鼻の奥の嗅上皮には、においを感じる細胞(嗅細胞)が並んでいます。嗅細胞1つひとつは、受容体のうち1種類だけを使います。受容体とは、においの分子を受けとるタンパク質のことです。

受容体の仲間が数多くあることは、1991年にリンダ・バックとリチャード・アクセルが見つけました。鼻で働く、細胞膜を7回貫通するタンパク質をつくる巨大な遺伝子の仲間のうち、まず18個を見つけ、においの受容体の遺伝子かもしれないと示したのです。この発見などで2人は2004年のノーベル生理学・医学賞を受けました[5]。

どの受容体を使うかは、細胞ごとに偶然で決まる、と説明されています。最初に働き出した受容体が、ほかの受容体の遺伝子の働きを抑えるのです。この説明では、抑えられる遺伝子は約1000個のうち残りの999個とされますが、これはマウスなどの数で、ヒトは約400個です[3]。

そうだとすると、約400種類の受容体それぞれに対応する細胞が、鼻のなかに散らばっていることになります。では、400種類ほどの受容体で、どうやってにおいを区別するのでしょうか。

鼻腔の嗅上皮にある嗅細胞は、受容体遺伝子のうち1つだけを発現する(一神経細胞・一受容体)。この受容体は、においの分子を認識する7回膜貫通型のタンパク質で、1991年にBuckとAxelが、嗅上皮で働く7回膜貫通タンパク質の巨大な遺伝子ファミリーのうち18個を見つけ、においの受容体をコードしている可能性を示した。この仕事などで、2人は2004年にノーベル生理学・医学賞を受けた[5]。

では、どの受容体が選ばれるのか。JSTの用語解説によると、偶然に最初に活性化した受容体が、残りの遺伝子(マウス等で約999個)の活性を抑え込むとされる。この数字はマウスなどの値で、ヒトでは約400個である[3]。選択は細胞ごとに偶然に決まるため、鼻の中には各受容体を発現する細胞が散らばる。

この構造は、においの識別が「細胞単位では1種類の受容体の情報」から出発することを意味する。したがって、約400種の受容体で非常に多くのにおいを区別するには、個々の受容体の反応を組み合わせて読むしかない。これが次章の主題である。

3. ピアノの けんばんのように、くみあわせで においが きまる

3. においは「押された鍵盤の組み合わせ」で決まる

3. 組み合わせ符号:1つの受容体は多くの分子を、1つの分子は多くの受容体を認識する

1999ねんの けんきゅうで、1つの うけざらは、いくつかの においの ぶんしに はんのうし、1つの においの ぶんしは、いくつかの うけざらに うけとられる ことが わかりました。[4]

うけざらの はんのうを ピアノの けんばんに たとえると、においは 1つの おとでは なく、いくつかの けんばんを いっしょに おした 「わおん」です。どの けんばんが おされたかで、においが ちがって かんじられると かんがえられます。[4]

ぶんしの かたちが すこし かわったり、こさが かわったりすると、はんのうする うけざらの くみあわせも かわります。こさで うけざらの はんのうが かわる ことが、においの かんじに かんけい している かもしれません。[4]

ただし 本当は、うけざらは ピアノの けんばんのように 1つずつ おとが きまって いるわけでは ありません。この けんきゅうは マウスの さいぼうを つかった ものです。ひとでも ぜんぶ おなじと いいきる ことは できません。

2009ねんの けんきゅうでは、464しゅるいの うけざらを、ばいようした さいぼうで つくって、93しゅるいの においの ぶんしを あててみました。それまで、あいてが わかっていた うけざらは、ひととマウスの 1400いじょうの うち 50より すくなかった そうです。[9]

1999年、リンダ・バックらのグループは、マウスの嗅細胞を使って、1つの受容体は複数のにおい分子を認識し、1つのにおい分子は複数の受容体に認識されることを示しました。においごとに、反応する受容体の組み合わせが違う。この仕組みは「組み合わせ符号」と呼ばれます[4]。

受容体の反応をピアノの鍵盤にたとえると、においは1つの音ではなく、いくつかの鍵盤を同時に押した和音です。400個の鍵盤から押す鍵の組み合わせを選べるなら、区別できるにおいは、400よりずっと多くなります。ただし本当は、受容体の反応は鍵盤のようにオンとオフだけでなく、強い弱いもあり、たとえ話どおりではありません。

においの分子の構造や濃度が少し変わると、反応する受容体の組み合わせも変わります。同じ分子でも濃さで受容体の反応が変わることが、においの感じ方の違いに関係する可能性がある、と考えられています[4]。ただしこの実験はマウスのもので、ヒトでも同じとは言い切れません。

では、受容体とにおい分子の「相手」は、どのくらい分かっているのでしょうか。2009年の研究では、464種類の受容体を培養細胞でつくり、93種類のにおい分子を当てました。それまでは、ヒトとマウスの1400以上ある受容体のうち、相手が分かっていたのは50未満でした。この研究で、マウスの52種類、ヒトの10種類で、反応するにおい分子が見つかっています[9]。

1999年のMalnicらの研究は、マウスの嗅細胞を用いて、1つの受容体が複数のにおい分子を認識し、1つのにおい分子が複数の受容体に認識されることを示した。さらに、においごとに活性化される受容体の組み合わせが異なり、これが識別の符号(組み合わせ符号)になっていると論じた[4]。

この符号の利点は、受容体の数をはるかに超える数のにおいを表せる点にある。たとえば、400種の受容体から数種類の組み合わせを選ぶだけで、400という数をはるかに超える。さらに、分子の構造や濃度がわずかに変わると、活性化される組み合わせも変わるため、同じ分子でも濃度による受容体応答の違いが、においの質の感じ方に関係する可能性がある[4]。ただしこの実験の対象はマウスの嗅細胞であり、ヒトで同じ符号が働くと断定はできない。また、受容体の応答には強弱があり、単純なオン・オフの組み合わせではない(ピアノの和音のたとえは、あくまで比喩である)。

では、どの受容体がどの分子に応答するのか。2009年のSaitoらは、464種の受容体を培養細胞に作り、93種のにおい分子を当てた。結果、マウス52種・ヒト10種の受容体で、反応するにおい分子が見つかった。それまで、ヒトとマウスの1400以上ある受容体のうち、相手の分かっているものは50に満たなかった[9]。つまり、組み合わせの「辞書」はまだごく一部しか埋まっていない。

4. ゾウの センサーは 2000こ。ひとの 5ばい

4. アフリカゾウのセンサーは約2000個:においを見分ける力は何で決まるのか

4. 嗅覚受容体遺伝子のレパートリー:アフリカゾウの約2000個とヒトの約400個

においを かぎわける ちからには、その いきものが もっている うけざらの しゅるいや かずが かんけい します。ただ、かずだけでは、じっさいに どんな においを わけられるかは わかりません。[6]

2014ねんに、アフリカゾウは 2000こほどの うけざらの いでんしを もつと ほうこくされました。ひとの 400こほどの、5ばいです。イヌの 2ばい いじょうでもあり、これまでに ほうこくされた なかで いちばん おおい かずでした。[6]

なぜ そんなに ふえたのでしょう。うけざらの かおぶれは、そだつ かんきょうに あわせて、なんびゃっかいも いでんしが ふえたり へったり して つくられたと かんがえられて います。[6]

ひとは いでんしの なかに、はたらかない ものも おおく、これが イヌなどより においを わける ちからが おとる ひとつの りゆうと かんがえられています。ただし、かずだけでは じっさいに わけられる においは きまりません。[7] でも、400しゅるいの くみあわせで、ひとは においを たくさん かぎわけて いるのです。

においを嗅ぎ分ける能力には、その生物がもつ受容体の種類や数が関係する、と東京大学の研究グループは説明しています。2014年の発表では、アフリカゾウの嗅覚受容体遺伝子は約2000個。ヒトの約5倍、イヌの2倍以上で、これまで報告された中で最多でした[6]。

約2000÷約400で、確かに約5倍です。ゾウの場合、押せる「鍵盤」が5倍あるので、組み合わせはさらに増えます。もちろん、実際にゾウがどんなにおいをどう感じているかは、遺伝子の数だけでは分かりません。

受容体の顔ぶれは、動物が暮らす環境に合わせて、遺伝子が何百回も重複したり失われたりして形づくられたと考えられています[6]。ヒトは機能しない偽遺伝子が多く、イヌなどよりにおいを区別する力が劣る一因だと見られています[7]。ただし、実際に区別できるにおいは、受容体の数だけでは決まりません。それでも、約400種類の組み合わせで、ヒトは非常に多くのにおいを区別しているのです。

においの識別能力には、生物がもつ受容体の種類と数が関係する。2014年の東京大学・JSTの報告では、アフリカゾウの嗅覚受容体遺伝子は約2000個で、ヒトの約5倍、イヌの2倍以上と、それまでに報告された中で最多だった[6]。比は2000÷400で約5になる。

このレパートリーは固定されたものではない。環境への適応のなかで、遺伝子の重複と欠失が何百回もくり返され、現在の顔ぶれができたとされる[6]。ヒトでは構造に欠損のない遺伝子が約400個で、機能を失った偽遺伝子が多く、イヌなどと比べて識別能力が劣る一因と考えられている[7]。ただし、受容体の数だけでは実際に区別できるにおいは分からず、遺伝子数と嗅覚の鋭さが比例するかどうかも、遺伝子の数だけからは言えない。

組み合わせ符号の観点では、受容体の種類が増えれば、符号として使える「鍵盤」が増える。しかし約400種のヒトが、2000種のゾウよりも「質の悪い」嗅覚を持つとは限らない。環境で必要なにおいが違うだけかもしれない。ヒトの約400個は、数としては少なめでも、組み合わせで多くのにおいを表せる。次章では、その1つの受容体が、分子をどうつかんでいるかを見る。

5. センサーは、においの ぶんしを どうやって つかむの?

5. 受容体は、においの分子をどうつかむのか:2023年に見えた形

5. OR51E2の立体構造:においの分子が入る閉じたポケット

2023ねん、ひとの うけざら 「OR51E2」が、においの ぶんしを つかんだ ときの かたちが、はじめて 見えました。とくべつな でんしけんびきょうを つかって しらべた ものです。[8]

つかまれていたのは、にている あぶらの なかまの ぶんしです。ぶんしは、うけざらの なかの とじた ポケットに はまっていました。そこで うけざらと ふれあうことが、うけざらを はたらかせる ことに、たいせつだと されました。[8]

ポケットの かたちを すこし かえると、あぶらの ながさが ちがう ぶんしへの はんのうも かわりました。ぶんしと うけざらが ぴったり はまることが、「どの においに はんのうするか」を きめるのだと されます。[8]

ただし、これは 1つの うけざらと 1つの においの れいです。ほかの うけざら ぜんぶが おなじと いうわけでは ありません。

2023年、ヒトの受容体OR51E2が、短い脂肪酸(プロピオン酸)をつかんだ状態の立体構造が、クライオ電子顕微鏡で決定されました。受容体がにおいの分子をつかむ様子が、原子の並びのレベルで見えたのです[8]。

においの分子は、受容体の内部の閉じたポケットに入っていました。そこで分子と受容体が接触することが、受容体を活性化させるのに重要だとされています。さらに、ポケットの形を変異で変えると、鎖の長さの違う脂肪酸への反応も変わりました。分子とポケットが密にはまることが、どのにおいに反応するか(選択性)を決めている、と報告されています[8]。

鍵と鍵穴にたとえたくなりますが、これは1つの受容体と1つのにおいの例です。他の受容体すべてにそのまま広げることはできません。また、ヒトの受容体の構造が分かった例は、この時点ではまだ少数でした。

ここまでの話をまとめると、1つの受容体は分子の形に合うポケットで反応し、反応する受容体の組み合わせがにおいの違いになっている、ということになります。では最初の「1兆」は、その後どうなったのでしょうか。

2023年、Billesbølleらは、ヒトの受容体OR51E2が短鎖脂肪酸(プロピオン酸)を結合した状態の立体構造を、クライオ電子顕微鏡法で決定した。においの分子は、受容体内部の閉じた(occluded)ポケットに収まり、そこでの接触が受容体の活性化に重要だった。ポケットに変異を入れると、鎖長の異なる脂肪酸への応答が変化し、分子と受容体の密なはまり具合が選択性を決めるとされた[8]。

この結果が、先に述べた組み合わせ符号を構造の面から支える。受容体ごとに、ポケットの形が合う分子の範囲が決まっていれば、同じ分子が複数の受容体のポケットに入りうる。同じ受容体が形の似た複数の分子を認識しうる。こうして、「複数対複数」の対応が生じる。ただしこれは1つの受容体と1つの分子の例であり、他の受容体にそのまま一般化はできない。

そもそも、においの受容体で立体構造が決まった例は、この時点で多くなかった。受容体を人工的に作り、決まった形で取り出すのが難しいためである。形だけで認識のすべてが説明できるかどうかは、未解決の部分が残る。では、組み合わせ符号と構造が分かった今、1兆という数は確かなのか。

6. 「1ちょう」は ほんとうに ただしい?

6. 「1兆」は見直された:数はまだ分かっていない

6. 1兆の推定は上限値だった:Gerkin & Castroの指摘と、残された問い

2015ねん、べつの けんきゅうしゃが 「1ちょう」の けいさんに ついて、ちがう 見かたを しめしました。つかった しきは 「これいじょうは ない」という 「じょうげん」を だす ものだったのです。[2]

データからは、「おおくても 1ちょうまで」としか いえません。ほんとうの かずは まだ わかって いないと されました。[2]

それでも、400しゅるいの センサーが、くみあわせを つかって、たくさんの においを わけている ことは かわりません。1991ねんから つづく けんきゅうで、ようやく かたちまで 見える ところまで きました。

2015年、ゲルキンとカストロは、2014年の「1兆」を検証しました。使われた計算式は、数の「下限」ではなく「上限」を与えるもので、データから言えるのは「多くても1兆まで」だ、と指摘しました。実際にどのくらいのにおいが区別できるかは、まだ分かっていません[2]。

1兆は「少なくとも」ではなく、「多くても」の数字だったのです。見出しや紹介記事で「1兆」だけが一人歩きしやすい理由は、ここにあります。この記事の最初に出てきた「400と1兆の差」も、1兆の側が上限の計算なので、実際の差はそれより小さい可能性があります。

ただし、約400種類の受容体が、組み合わせという方法で多くのにおいを区別していること自体は、変わりません。数は分からなくても、仕組みの方向は見えてきています。

2015年、GerkinとCastroは、2014年の「1兆」の推定に使われた式が、数の下限ではなく上限を与えるものだと指摘した。データから言えるのは「多くても1兆まで」で、実際の数はまだ分からない[2]。つまり、Bushdidらの推定値は、「少なくとも1兆」ではなく「多くて1兆」と読むべきだった。

この指摘は、第1章の「約400対1兆」の矛盾を弱める。1兆の側が上限の計算であれば、実際の差は小さい可能性がある。それでも、受容体の数より遥かに多くのにおいが区別されていることには変わりがなく、組み合わせ符号がその主な説明である点は動かない。

一方で、残された問いがある。多数の受容体の相手(リガンド)が分かっていない現状(第3章)では、組み合わせ符号を完全には予測できない。構造から分子の認識を予測できるかも、1例が決まった段階にすぎない。数が分からないという事実そのものが、この分野がまだ途中であることを示している。

7. じぶんでも しらべて みたく なったら

7. 家のにおいを、言葉で比べてみるなら

7. 受容体と組み合わせ符号を、自分の鼻で考えるなら

きょう できる こと

おうちに ある レモンの かわ、ミントの は、コーヒーなどの においを 1つずつ かいで みましょう。「あまい」「すっぱい」「つめたい」など、においの かんじを ことばに して、メモに かきます。ちがう においの あいだで、どこが にていて、どこが ちがうか、くらべてみると、においの かんじを ことばで くらべる れんしゅうに なります。

はなに ちかづけすぎない、たべものは おうちの ひとに きいてから つかう、という やくそくで やりましょう。

しらべる とき

「くんくん」が すきなら、においの うけざらの はなしが のった、としょかんの 本を さがして みましょう。

今日できること

家にあるレモンの皮、ミントの葉、コーヒー豆などのにおいを1つずつ嗅ぎ、「甘い」「すっぱい」「すーっとする」といった感じを言葉にしてメモします。次に2つを選んで、似ているところと違うところを比べます。自分の言葉で、においの感じを比べる練習になります。鼻に近づけすぎないこと、食べものは家の人に確認してから使うことを守ってください。

資料を読むなら

東京大学の記事[6]やJSTの用語解説[3]は日本語で読めます。立体構造は、RCSBのタンパク質構造データベース[8]で、OR51E2の形を3次元で見られます(英語のサイトです)。

今日できること

家庭にある複数の香りの試料(柑橘の皮、ハーブ、コーヒーなど)を1つずつ嗅ぎ、感じを言語化して記録する。2つを選び、共通点と差を比べてみると、においの感じを自分の言葉で比べられることが分かる。鼻に近づけすぎず、飲食物は家族に確認してから使うこと。

資料を読むなら

一次資料として、Buck & Axel(1991)[5]、Malnic et al.(1999)[4]、Billesbølle et al.(2023)[8]、Bushdid et al.(2014)[1]、Gerkin & Castro(2015)[2]がある。東京大学とJSTの発表[6][7]は日本語で読める。問いの出発点にしたいのは、約400種の受容体のうち、相手が分かっているものはまだごく一部だという点で(第3章)、次にどの受容体の構造が決まるかも注目できる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料です。

  1. ロックフェラー大学ニュース(2014年). https://www.rockefeller.edu/news/7948-sniff-study-suggests-humans-can-distinguish-more-than-1-trillion-scents/ (1兆種類の推定と実験の方法)
  2. Gerkin & Castro, eLife(2015年). https://elifesciences.org/articles/08127 (1兆の見直し)
  3. JST 用語解説. https://www.jst.go.jp/pr/info/info8/yougo.html (1つの細胞に1種類の受容体)
  4. ノーベル賞公式サイト:Linda Buck. https://www.nobelprize.org/stories/women-who-changed-science/linda-buck/ (組み合わせ符号の解説)
  5. Buck & Axel, Cell(1991年), Europe PMC記録. https://www.ebi.ac.uk/europepmc/webservices/rest/search?query=EXT_ID:1840504%20AND%20SRC:MED&resultType=core&format=json (受容体の遺伝子の発見)
  6. 東京大学 Focus. https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/articles/a_00291.html (ゾウの受容体の数)
  7. JST・東京大学 報道発表(2014年7月23日). https://www.jst.go.jp/pr/announce/20140723/ (ヒトの受容体の数)
  8. RCSB PDB 8F76(Billesbølle ら, Nature 2023). https://www.rcsb.org/structure/8F76 (受容体の立体構造)
  9. Saito ら, Science Signaling(2009年). https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC2774247 (受容体と分子の相手探し)

なおした ところ

更新履歴

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