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ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

せいかは どうして 太陽の 光で つけるの? くもりの 日は どうするの?

オリンピックの聖火は、なぜ太陽の光で採るのか ── 曇りの日は「前日の火」が控えている

オリンピックの採火と聖火リレー ── 太陽光・凹面鏡・予備の火と、古代の火から1936年ベルリン大会までの経緯

分野:歴史・文化

オリンピックの せいかは、ライターも 電気も つかわず、太陽の 光だけで つけます。ところが、くもりの 日は 光が たりません。

そのときは、どうするのでしょう。この 記事では、せいかの つけかたと、どうして 太陽なのかが 分かります。

オリンピックの聖火は、ギリシャのオリンピアで、太陽の光だけを使って火をつけます。ライターもマッチも使いません[1]。では、曇っていたらどうなるのでしょうか。

実は、本番の前の日にも同じ儀式をして、予備の火をつくっておく大会があります[7]。この記事では、その予備の火のわけと、なぜ太陽の光なのか、いつからリレーで運ぶようになったのかが分かります。

聖火の採火は、凹面鏡で太陽光を集めて行われる。IOCはこれを、古代から続く、火の純粋さを保証する方法と説明している[1]。ところが、天気が悪ければ光が足りない。そこで大会によっては、前日の予行で採った火を予備として使う[7]。

なぜ太陽なのか、予備の火はどう使われるのか、そもそも聖火リレーはいつ、誰の発想で始まったのか。この記事では、資料が割れている点も含めて、その答えが分かる。

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1. くもりの 日、火は どこから くるの?

1. 曇りの日は、前日につくった火を使う

1. 曇天の採火 ── 予行で採った「予備の火」

ギリシャの オリンピアという 場所で、せいかに 火を つけます。くぼんだ 大きな 鏡かがみで 太陽の 光を 集めると、トーチの 先に 火が つきます。

でも、くもりだと 光が 弱くて つきません。2024年の パリ大会の ときは、本番の 日が くもりでした。そこで、前の 日の 練習で 太陽から とって おいた 火が、つかわれました。

2026年の 冬の 大会では、本番が くもりに なりそうだと 言われて いたので、2025年11月24日に 練習で 火を つくって おきました。そのときは、およそ 7秒で 火が つきました。

では、そもそも どうして 太陽の 光なのでしょう。

2024年のパリ大会の採火は4月16日でしたが、この日のオリンピアは曇りでした。そこで、前日の最終リハーサルで太陽から採っておいた予備の火が使われたと報じられています[7]。

2026年のミラノ・コルティナ冬季大会でも、本番が曇りの予報だったため、2025年11月24日に予行を行い、凹面鏡から採った火を予備にしたと伝えられています。この予行では、火は約7秒でつき、人工的な手段は使われなかったとされます[6]。

本番の日に晴れるとは限らないのに、採火には太陽の光を使います。なぜ、そこまで太陽にこだわるのでしょうか。

採火は太陽光を頼りにするため、天候に左右される。2024年パリ大会の採火(4月16日)は曇天で、前日の最終リハーサルで採っておいた予備の火が使われた[7]。

2026年ミラノ・コルティナ冬季大会でも、本番が曇りの予報だったので、2025年11月24日(月)に予行で凹面鏡から火を採り、予備とした。火は約7秒でついたと報じられ、人工的な手段は使われなかったとされる[6]。本番の日に晴れるとは限らないのに、なぜ太陽光にこだわるのか。

そもそも、ライターならいつでも点くのに、あえて天気任せにするのはなぜか。次の章で、IOCの説明から読み解く。

2. どうして 太陽の 光を つかうの?

2. 「火の純粋さ」を保つ、昔ながらの方法

2. IOCが説明する「古代からの火」と、資料で分からないこと

IOCという、オリンピックを 開く ための 大きな 会は、「むかしから ある やりかたで、火が きれいな ままで いられる」と 話して います。ライターの 火とは ちがう、太陽の 火、という 考え方です。

太陽の 光で とった 火には、「太陽から もらった 火」という 意味が こめられて います。ただし、ライターの 火と、火の 中身が ちがう わけでは ありません。

むかしの 人が 鏡かがみで 火を つけて いたかどうかは、この 記事で つかった 資料しりょうには、のって いません。

IOCは、1936年のベルリン大会の採火を、放物面鏡(凹面鏡)で太陽の光を集めて行ったと紹介し、これを「古代からの、火の純粋さを保証する昔ながらの方法」と説明しています[1]。

この方法は、詩的な発想から生まれたと紹介されることもあります。考古学者のフィラデルフェウスが、「ギリシャの太陽の光からじかにつけるほうがずっと詩的だ」と提案したという話です[2]。ただし、これは出典の紹介文の範囲の話で、提案の中身の細部までは分かりません。

ここでいう「純粋さ」は、火の成分の違いではなく、太陽の光から採ったという由来に込めた意味です。ライターのほうが簡単なのに、あえて太陽を使うところに意味があります。なお、古代に鏡で火をつけた証拠は、この記事で使った資料には示されていません。では、古代の火とはどんな火だったのでしょうか。

IOCは、1936年ベルリン大会の採火が太陽光線を反射させる放物面鏡で行われたことを紹介し、これを「古代からの、火の純粋さを保証する昔ながらの方法」と位置づけている[1]。ここでいう「純粋さ」は火の成分の違いではなく、太陽の光から採ったという由来に込めた意味である。

この方法は、考古学者アレクサンダー・フィラデルフェウスが「ヘレニックの太陽の光からじかにつけるほうがはるかに詩的だ」と述べたことに端を発するという紹介がある[2]。ただし、これは出典の紹介文の域を出ず、提案の範囲は確かめられていない。

注意したい点は3つある。第一に、オリンピック憲章は「聖火はIOCの権限のもとオリンピアで採られる火」と定めるとされるが、太陽光・凹面鏡の使用まで義務づけるかは、この記事の資料からは分からない。第二に、古代に鏡で採火した証拠は、この記事で使った資料には示されていない。第三に、「純粋」とは科学的な性質の話ではなく、意味づけの話である。

では、その「古代」の火とは、どんな火だったのか。

3. 古代の 火は、どんな 火だった?

3. 古代の聖なる火 ── かまどの女神と、盗まれた火

3. 古代オリンピアの火 ── ヘスティアの祭壇とプロメテウスの神話

むかしの ギリシャでは、火は かみさまの ものだと 思われて いました。プロメテウスという かみさまが、火を ぬすんで 人に あげた、という 神話も あります。

オリンピックの おまつりの あいだ、かまどの かみさまの ための 場所で、ずっと 火が もえ つづけて いました。4年に 1度、ゼウスと ヘラという かみさまの 場所でも 火が ともされました。

火は、ただの あかりや ねつでは なく、かみさまと つながる、とくべつな ものだったのです。

古代ギリシャでは、火は神々のものと考えられ、プロメテウスが神々から盗んだという神話も伝わっています[4]。

古代のオリンピックでは、祭典のあいだ、聖域にあるヘスティア(かまどの女神)の祭壇で、聖なる火が燃やされ続けたと紹介されています。4年に1度、ゼウスとヘラの神殿でも火がともされたそうです[4]。

火が神聖だったからこそ、近代の大会でも「火をどうやって用意するか」が、ただの演出ではなく、意味のある問いになったと考えられます。では、近代のオリンピックに、火はいつ登場したのでしょうか。

古代ギリシャでは、火は神々に属するものと考えられ、プロメテウスが神々から盗んだと伝えられた[4]。この背景があるため、火は単なる灯りや熱源ではなく、神聖さを帯びていた。

古代オリンピアでは、祭典のあいだ、聖域のヘスティア(かまどの女神)の祭壇で聖なる火が燃やされ続け、4年ごとにゼウスとヘラの神殿でも火がともされたという[4]。近代の聖火は、この「祭典と火」の結びつきを引き継いだものと説明されるが、二つが直接つながっているかについては、資料で断言されていない。

では、近代のオリンピックに、火はいつ姿を現したのか。

4. 火を おくる リレーは、いつ はじまったの?

4. 1936年、火を運ぶリレーが生まれた

4. 1928年の塔の火から、1936年のリレーへ

近代の オリンピックで、火が はじめて 出てきたのは、1928年の アムステルダム大会です。高い とうの 上の 大きな うつわで、火が もやされました。この ときは、まだ リレーは ありませんでした。

1936年の ベルリン大会で、オリンピアから 開く まちまで 火を はこぶ リレーが はじまりました。7月20日に、オリンピアで、太陽の 光を 集めて 火を つけました。ドイツの 会社が 作った 鏡かがみが つかわれた、と 言われて います。走った 人は、およそ 3千人でした。

だれが 思いついたのかは、読む 本に よって ちがいます。カール・ディームという 人の 名前が よく 出て きますが、考古学者の シフさんの 考えを ディームさんが 実行した、と 書く 本も あります。

近代の大会で火が初めて登場したのは、1928年のアムステルダム大会です。マラソン塔と呼ばれる細長い塔の上の大きな鉢で燃やされ、街のどこで大会が開かれているかを遠くから知らせました[4]。ただし、このときはまだ聖火リレーはありませんでした。

オリンピアから開催地まで火を運ぶリレーは、1936年のベルリン大会で初めて取り入れられました。7月20日、オリンピアでツァイス社製の凹面鏡を使って採火が行われ、火をつけたのは舞踊家のクーラ・プラツィカだったと伝えられています[5]。ギリシャからドイツまで7か国を通り、走者は約3千人でした。人数や距離は資料によって数字が割れるため、およその数にとどめます[5]。

発案者についても、資料が割れています。カール・ディームが1934年に「古代と近代を結ぶ」ものとして提案したと紹介する資料[3]、1931年の誕生日会で言い出したとする説を紹介する資料[2]、考古学者アルフレート・シフの着想をディームが実行したとする資料[4]があります。誰の発想かは、はっきり言えません。

走る途中で、火が消えたらどうするのでしょうか。

近代大会で火が最初に登場したのは1928年アムステルダム大会で、マラソン塔の上の大きな鉢で燃やされた[4]。ただしこの火にはリレーがなく、オリンピアから運ばれた火であったかどうかも、資料に明記されていない。

これを変えたのが1936年ベルリン大会である。オリンピアから開催地へ火を運ぶ聖火リレーが、このとき初めて導入された[4]。7月20日にオリンピアで、ドイツのツァイス社製の凹面鏡を使って採火が行われ、火をつけたのは舞踊家クーラ・プラツィカとされる[5]。リレーはギリシャからドイツまで7か国を通り、走者は約3千人だった。人数・距離・所要日数は資料ごとに異なるため、概数にとどめる[5]。

発案者と時期も一致しない。カール・ディームが1934年に「古代と近代を結ぶ」ものとして提案したとする資料[3]、ディームが1931年の誕生日会で言い出したとの説を紹介する資料[2]、考古学者アルフレート・シフの着想をディームが実行したとする資料[4]がある。どれが正しいかを、この記事では決めない。

それでは、走る途中で火が消えたらどうするのか。

5. 走って いる とちゅうで 火が きえたら?

5. 途中で消えても、もう一つの火がある

5. リレー途中の再点火 ── 凹面鏡でつくった予備の火

走って いる とちゅうで、火が きえる ことも あります。そんな とき の ために、そばに、もう ひとつの 火が よういされて います。

その 火も、太陽の 光を くぼんだ 鏡かがみで 集めて つけた 火、と 話されて います。だから、きえても、同じ 太陽の 火から、また つけられます。

日本でも、太陽の 光から 火を とる やり方が、東京の 大会などで 行われた、という 本が あります。

リレーの途中で火が消えても、すぐに再点火できるよう、近くにはいつも、太陽光と凹面鏡でつけた予備の火が用意されているとされます[3]。

本番前の採火と、走っている途中の再点火。どちらも同じ「太陽の火」を控えにしておくことで、火が途切れても、同じ火のつながりを保てる仕組みだと考えられます。

日本でも、東京パラリンピックの際に、国内各地で凹面鏡による採火が行われたという資料があります。

リレーの途中で火が消えた場合に備え、近くには常に、太陽光と放物面鏡でつけた予備の火が用意されており、すぐに再点火できるという[3]。予備の火も、太陽光で採った火である。

日本では、東京パラリンピックの際、国内各地で凹面鏡を使った採火が行われたとする資料もある。詳細は一次資料で確かめたい。

最後に、この話を自分で確かめるための道すじを示す。

自分でも しらべてみたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

今日 できること

よく はれた 日に、おうちの 人と いっしょに 外で、虫めがねで 太陽の 光を 集めて みましょう。黒い 紙の 上に、小さな 明るい 点が できます。レンズを 少しずつ 動かして、光の 点の 大きさが どう かわるか 見て みましょう。

やけどや 火事に ならないように、かならず おうちの 人と いっしょに、水を 近くに おいて、外で やって ください。人や 動物に、光を むけては いけません。

もっと しりたくなったら

図書館で、オリンピックの 本を さがして みましょう。せいかの ことが のって いる 本が あるかも しれません。「どうして 太陽なのか」を 自分でも 考えて みて ください。

今日できること

晴れた日に、おうちの人といっしょに、虫めがね(凸レンズ)で太陽の光を黒い紙に集めてみましょう。光の点が小さく、明るくなるほど、紙が焦げやすくなります。凹面鏡は家にはなくても、集光の考え方は同じです。

やけどや火事を防ぐため、必ず保護者と一緒に、水を近くに置き、屋外でやってください。人や動物に光を向けてはいけません。

もっと知りたくなったら

IOCのウェブサイトには、オリンピックの火の歴史を紹介するページがあります。「古代から」という説明が、どこまで資料で裏づけられるのかを、自分で確かめてみるのも面白いでしょう。

今日できること

晴れた日に、保護者と一緒に、虫めがねで太陽光を黒い紙に集め、焦げるまでの時間を測ってみる。レンズと紙の距離を変えると、光の点の大きさと焦げやすさがどう変わるかが分かる。凹面鏡と虫めがねは仕組みが違うが、光を一点に集める考え方は共通する。

必ず保護者と一緒に、水を近くに置いて屋外で行い、人や動物、燃えやすいものに光を向けない。

資料を読むなら

IOCの「The History of the Olympic Flame」は、聖火の歴史を概観している[1]。発案者や採火日をめぐって資料が割れているため、複数の資料を突き合わせて読むと、違いが見えてくる[2][5]。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

本文で使った資料です。IOCの本文は検索結果の抜粋のみを確認しており、他は要点の紹介を確認しています。人数や日付は資料で異なる点があります。

  1. IOC, The History of the Olympic Flame. https://olympics.com/ioc/news/the-history-of-the-olympic-flame (採火の方法と「純粋さ」の説明)
  2. ISOH, 90 Years Ago the First Olympic Flame Was Lit. https://isoh.org/90-years-ago-the-first-olympic-flame-was-lit/ (発案の経緯と「詩的」という提案)
  3. Smithsonian Magazine, Your burning questions about the Olympic torch answered. https://www.smithsonianmag.com/innovation/your-burning-questions-about-olympic-torch-answered-180968120/ (発案の時期と、途中の予備の火)
  4. Wikipedia, Olympic flame. https://en.wikipedia.org/wiki/Olympic_flame (古代の火、1928年、1936年のリレー)
  5. Wikipedia, 1936 Summer Olympics torch relay. https://en.wikipedia.org/wiki/1936_Summer_Olympics_torch_relay (1936年の採火とリレーの規模)
  6. NBC San Diego (AP), backup flame, Milan Cortina Olympics. https://www.nbcsandiego.com/olympics/2026-milan-cortina/backup-flame-milan-cortina-olympics-torch-lighting-ceremony-greece/3936212/ (2026年の予備の火)
  7. Boston.com (AP), Paris 2024 Olympics flame lit. https://www.boston.com/sports/sports-news/2024/04/16/paris-2024-olympics-flame-lit-greek-cradle-ancient-games-olympia/ (2024年の予備の火)

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