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こうしゅうでんわは、どうして まちから へったの?

公衆電話とテレホンカード ── 93万台から10万台へ、減った街に残るもの

公衆電話の台数推移とテレホンカード ── 1984年のピーク、携帯電話の普及、東日本大震災(2011年)の通話増

分野:技術

むかし、まちの どこにでも あった こうしゅうでんわ。いま、みかけた ことは ありますか。

いちばん おおかった ころには、にほんじゅうに 93まんだいも ありました。いまは 10まんだい ちょっとです。それでも、なくならないのは どうしてでしょう。カードの ひみつと いっしょに、しらべた ことを おはなしします。

公衆電話は、1984年ごろには全国に93万台以上ありました。いま残っているのは約10.9万台で、ピーク時の1割ちょっとです[4]。

それでも公衆電話は、なくなってはいません。なぜ減ったのか、なぜ残っているのか。100円玉の「釣り銭が出ない」不満から生まれたテレホンカード、集める人が現れた文化、東日本大震災の日の通話数から、そのわけが分かります。

街角から消えたように見える公衆電話は、いま何台残っているのか。ピークの1984年には全国で934,903台あったが、携帯電話の普及で利用が減り、2023年の報道では約10.9万台が維持されている[4]。ピークの約11.7%(10.9÷93.5)にあたる。

ところが、台数が減っても、公衆電話が頼りにされた日がある。東日本大震災の2011年3月11日には、東日本全域の公衆電話の通話が前日の約10倍になった[6]。この記事では、硬貨式の釣り銭問題からカード式が生まれた経緯、カードの収集文化、台数の変化、震災時の利用を、報道と総務省の資料から順にたどり、公衆電話が今も残る理由を考える。

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1. ひゃくえんだまを いれたら どうなるの?

1. 100円玉を入れると、釣り銭は戻らなかった

1. 短く話しても釣り銭が出ない ── 硬貨式公衆電話の不満

むかしの こうしゅうでんわは、10えんだまや 100えんだまを いれて つかいました。

100えんだまを いれると、はじめに 100えん ぶんの はなせる じかんが きまります。みじかく はなして きっても、おつりは でませんでした[1]。

ちょっと つたえるだけなのに、100えん ぶん とられる。この おつりの ふべんさを おぎなう ほうほうとして、カードで つかう でんわが ひつように なりました。

昔の公衆電話は、硬貨を入れて使いました。100円玉を入れると、通話が始まった時点で「100円分の通話時間」が決まります。短い通話で終わっても、釣り銭は返ってきませんでした[1]。

「ひとこと伝えたいだけなのに」と思った人は、きっと多かったでしょう。この釣り銭の不便さを補う方法として、カード式が求められたと紹介されています。

一言伝えたいだけなのに、100円分の料金を取られる。当時の硬貨式では、そういうことが起きた。100円玉を投入すると通話開始時点で100円分の通話時間が設定され、短時間で通話を終えても釣り銭は返却されなかった[1]。利用者にとっては、実際に使った分より多く払う場面が生じる仕組みだった。

では、この不満はどう解消されたのか。この点を補う方法として、カード式が求められたと説明される。

2. テレホンカードは、どうやって つかうの?

2. 1982年、10円ずつ減るカードが登場した

2. 釣り銭の不満に、カードはどう答えたか ── 1982年12月23日

1982ねん 12がつ 23にち、とうきょうの ぎんざに ある すきやばし こうえんに、カードで つかえる でんわが おかれました[1]。にほんで はじめての ものです。

その でんわに さしこんで つかう ものが、テレホンカードです。じきの カードで、500えんから 5000えんまで 4しゅるい ありました[2]。

はなして いる あいだ、10えんぶん ずつ、のこりが へって いきます。はなしが おわると、のこりの かずが カードに かきなおされます[1]。のこりは「どすう」と いう かずで あらわされました。

ちょっと つかっても、のこりは カードに のこる。おつりの しんぱいが なくなりました。

1982年12月23日、東京・銀座の数寄屋橋公園に、日本初のカード式公衆電話が設置されました[1]。日本電信電話公社(いまのNTT)が導入したもので、電話機に磁気式のテレホンカードを差し込んで通話料を払います[2]。

導入当時のカードは500円から5,000円まで4種類あり、いずれも10円単位で料金が引かれる仕組みでした[2]。残りは「度数」で表示されます。通話が進むごとに10円分ずつ残りが減り、通話が終わるとカードの残りが書き換えられます[1]。

使った分だけが減るので、100円玉のように、短い通話で払いすぎることはなくなりました。

答えは、電話機に差しこむ磁気カードだった。1982年12月23日、日本電信電話公社(現NTT)が、東京・銀座の数寄屋橋公園に日本初のカード式公衆電話を設置した[1][2]。プリペイド式の磁気カード(テレホンカード)を挿入して通話料を払う方式で、導入時のカードは500円〜5,000円の4種類、いずれも10円単位で引き落とされた[2]。

釣り銭の問題は、どうなったのか。カードは残りを「度数」で示し、通話料金に応じて残りが減り、終了時に残りを書き換える[1]。使用量に応じた課金になるため、硬貨式の釣り銭問題は生じない。4種類の額面は導入当時の記述である。

3. どうして カードを あつめる ひとが いたの?

3. 絵柄が人気になり、集める人が現れた

3. なぜカードを集める人が現れたのか ── 図柄と販売促進

テレホンカードには、えを のせる ことが できました。おかもと たろうさんの え、アイドルの しゃしんなど、いろいろな カードが うまれました[2]。

おみせや かいしゃも、おきゃくさんに くばる ために つかいました。すきな え、めずらしい え。カードを あつめる ひとが ふえて、ひろく ひろまったと つたえられて います。

めずらしい カードには、たかい ねだんが ついた ことも あるそうです。ただし、ほとんどの カードが そう だったわけでは ないようです。

カードには図柄を印刷できたため、岡本太郎の絵やアイドルの写真などを使ったカードが人気になり、社会現象になったと紹介されています[2]。

企業が販売促進に使うこともあり、数の少ないカードは、収集家の間で高い値段で売買されたそうです[2]。図柄を楽しみながら集める人もいました。

高値がつくのは一部のカードで、多くのカードが高く売れたわけではないようです。具体的な金額の例は、信頼できる資料が見つからなかったため、ここでは書きません。

ところが、便利な支払い手段だったはずのカードは、いつしか集める対象にもなった。テレホンカードは図柄を印刷でき、岡本太郎(おかもとたろう)の絵やアイドルの写真を用いたカードが人気を集めて社会現象になった。企業の販売促進にも使われ、希少なカードは収集家の間で高値で売買された[2]。

では、どのカードも高く売れたのか。高額取引は一部の希少品の話であり、多くのカードが額面を上回る価格で取引されたと読むのは不正確である。具体的な取引額の例は、商業サイトの情報のみで裏づけが取れないため採らなかった。

4. こうしゅうでんわは、なぜ へって いったの?

4. 携帯電話が広まり、使う人が減った

4. 公衆電話はどれだけ減ったのか ── 1984年の934,903台から約10.9万台へ

いちばん おおかった 1984ねんごろ、こうしゅうでんわは にほんじゅうに 93まんだい いじょう ありました[4]。

そのあと、けいたいでんわを もつ ひとが ふえて、こうしゅうでんわを つかう ひとは へって いきました。だから だいすうも すこしずつ へりました。

いまは 10まん 9せんだいほど です。いちばん おおかった ころの、1わり ちょっとです。

カードも おなじです。テレホンカードの はっこうまいすうは、2002ねん 3がつに 63おくまい、2006ねん 3がつに 39おくまいに なったと いう ほうどうが あります[3]。

ピークの1984年には、全国に93万4903台の公衆電話がありました。携帯電話が普及して利用者が減り、いまは約10.9万台が維持されています[4]。ピークの1割ちょっと、およそ12%です。ピーク年は、ここでは報道(ITmedia)にしたがって1984年としますが、「1984年ごろ」と考えるのが安全です。

NTT東日本・西日本の公衆電話に限ると、2002年度に約58.4万台、2020年度に約14.6万台で、18年間に約44万台減りました[5]。この数字はNTT東西だけの台数なので、全国のピークの93万台と単純には比べられません。

テレホンカードの発行枚数も、2002年3月に約63億枚、2006年3月に39億枚と、約6割に減ったと報じられています[3]。

カードも電話機も使われなくなると、公衆電話の台数はどう変わったのか。ITmedia NEWSは、ピークの1984年に全国で934,903台あった公衆電話が、携帯電話の普及による利用者減で約10.9万台になったと報じる[4]。約10.9万台は、ピークの約11.7%にあたる。ピーク年は資料により表記がゆれるため、ここではITmediaにしたがい「1984年ごろ」とする。

別の資料でも、減り方は確かめられる。総務省の資料では、NTT東日本・西日本の公衆電話は2002年度に約58.4万台、2020年度に約14.6万台で、18年間に約44万台減った[5]。これはNTT東西のみの台数であり、1984年の全国ピークとは対象が異なるため、直接の比較はできない。

カードのほうはどうか。テレホンカードの発行枚数は2002年3月の約63億枚から2006年3月に39億枚(約62%)へ減少したとITmediaは伝える[3]。年間販売数でない可能性もあるため、傾向の参考にとどめる。

なお、総務省の2011年度の参考資料にも、日本の公衆電話を約10.9万台(人口千人あたり0.9台)とする記述がある[6]。2023年の報道の約10.9万台と数が同じで、数え方(第一種のみか等)が一致するかは未確認のため、推移の根拠には使っていない。

5. まちの こうしゅうでんわの かずは、どう きまるの?

5. 設置の基準も、2022年に見直された

5. 置く数の決まりも変わったのか ── 2022年の制度改正

こうしゅうでんわは、どれだけ おくかの きまりが あります。2022ねんに、その きまりが ゆるく なり、いままでの 3ぶんの 1 ほどの かずで よいことに なったと つたえられて います[4]。

つかう ひとが へったので、きまりも、いまの くらしに あわせて かわった のですね。

公衆電話には、どれくらいの数を置くかの基準があります。2022年に電気通信事業法施行規則が改正され、設置基準が緩和されて、従来の3分の1程度の数でよいことになったと報じられています[4]。

利用が減った現実に合わせて、制度のほうも見直されたわけです。

台数が減ったあと、置くべき数の決まりはどうなったのか。2022年の電気通信事業法施行規則の改正で、公衆電話の設置基準が緩和され、従来の3分の1程度の数でよいことになったとITmedia NEWSは報じる[4]。利用の減少に合わせて、設置の義務も見直された形である。

6. さいがいの ひ、こうしゅうでんわは どうだった?

6. 震災の日、通話は前の日の約10倍になった

6. 震災の日、公衆電話は使われたのか ── 2011年3月11日

2011ねん 3がつ 11にちは、ひがし にほんで、おおきな じしんが ありました。

この ひ、ひがし にほんの いつも おいて ある こうしゅうでんわで、つうわの かいすうは まえの ひの おおよそ 10ばいに なりました。50まんかいから、500まんかいへ ふえたのです[6]。

とうきょうの まわりでは、27まんかいから 400まんかいで、おおよそ 15ばいでした。

みんなが つながりたい とき、こうしゅうでんわが たよりに された ことが うかがえます。

東日本大震災があった2011年3月11日、東日本全域の常設公衆電話の通話回数は、前日の約10倍(50万回から500万回)になりました。首都圏では約15倍(27万回から400万回)です[6]。

携帯電話がつながりにくくなる中で、公衆電話を使った人が大勢いたことがうかがえます。なお、いま約10.9万台ある公衆電話は、災害時などの連絡手段としても位置づけられています[4]。

減ったはずの公衆電話が、ある日、頼りにされた。総務省の参考資料によると、2011年3月11日の東日本大震災では、東日本全域の常設公衆電話の通話は前日比約10倍(50万回→500万回)、首都圏は約15倍(27万→400万回)になった[6]。計算すると首都圏は約14.8倍で、資料の「約15倍」と一致する。

では、この通話増は、いまの公衆電話とどうつながるのか。台数が減った現在も約10.9万台が災害時などの連絡手段としても位置づけられている[4]。ただし、通話増が設置継続の理由だと直接示す資料は、ここでは挙げていない。

自分でも しらべて みたく なったら

自分でも調べてみたくなったら

自分でも調べてみたくなったら

おうちの ひとに きいて みよう

むかし、テレホンカードを もって いたか、きいて みましょう。もって いたなら、どんな え だったかを おしえて もらいます。

まちで さがして みよう

おでかけの とき、こうしゅうでんわを さがして みましょう。えきや びょういんの ちかくなどに あるかも しれません。みつけたら、どこに あるかを おぼえて おきます。かける ひつようは ありません。

身近な人に聞いてみる

家族や親戚に、テレホンカードを使ったことがあるか、どんな絵柄だったかを聞いてみてください。公衆電話でどんなときに電話をかけていたかも、当時の暮らしが分かる話になります。

街で探してみる

駅や病院、公共の施設などで、公衆電話がどこにあるかを探してみましょう。見つけたら、緑や灰色の電話機の形や、カードの差し込み口があるかどうかを観察します。実際にかける必要はありません。

公式情報

NTT東日本・西日本や総務省のサイトに、公衆電話の台数や設置の方針についての資料があります。

身近な人に聞く

家族に、テレホンカードの使用経験や、公衆電話を使っていた場面を聞き取る。収集していた場合は、図柄や入手方法も尋ねる。

街で観察する

駅・病院・公共施設などの公衆電話の設置場所と機種(カード挿入口の有無など)を観察する。

一次資料にあたる

電気通信事業法施行規則の2022年改正後の設置基準を、総務省の資料で確かめる。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

今回は、報道・解説記事と、総務省の公表資料を突き合わせた。制度の条文と、災害時の運用の一次資料は未確認。

  1. 現代ビジネス「テレホンカード誕生の解説」 https://gendai.media/articles/-/77302 (カード式の導入と釣り銭の問題・仕組み)
  2. 楽天証券「テレホンカードと公衆電話の歴史」 https://media.rakuten-sec.net/articles/print/47434 (導入時のカードの種類・図柄と収集)
  3. ITmedia(2007年3月) https://www.itmedia.co.jp/bizid/spv/0703/29/news144.html (カードの発行枚数の減少)
  4. ITmedia NEWS(2023年9月) https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2309/11/news084.html (台数のピークと現在・設置基準の緩和)
  5. 総務省「電話のユニバーサルサービスとしての公衆電話の見直し」 https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/universalservice/02kiban03_04000791.html (NTT東西の台数の推移)
  6. 総務省 公衆電話の現状(参考資料) https://www.soumu.go.jp/main_content/000729480.pdf (震災日の通話数・2011年度の台数)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

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