1. ふみきりが なかなか あかないと どうなる?
1. 「開かずの踏切」は、1時間のうち40分以上閉まっている
1. 開かずの踏切と1960年代の中央線 ── ピーク時遮断40分/時の意味
あさの ラッシュの じかん。ふみきりの しゃだんきが さがると、つぎの でんしゃが つぎつぎ やって きます。なかなか あがりません。
いちばん こむ じかんに、1じかんの うち 40分 いじょう しまっている ふみきりを、「あかずの ふみきり」と よびます。国の しらべでは、ぜんこくに 500か所 いじょう あります[3]。40分は、1じかんの 3ぶんの 2ほど です。
むかしの 中央線は、もっと たいへんでした。ラッシュの じかんに、1じかんで 5分ほどしか あかない ふみきりも あったそうです[5]。ただし、これは 一ぶんの ふみきりの はなしです。
このころ、でんしゃを たくさん はしらせる ために、せんろを ふやす 工事が ありました。せんろが ふえると、ふみきりは もっと あかなく なります。そこで、せんろを たかく する 工事も いっしょに すすめられました[5]。1964ねんには、さいしょの 区間が できあがりました[5]。
では、ふみきりは 1つずつ なおせば よいのでしょうか。
朝のラッシュ時、踏切の遮断機が下りると、次の電車が続けてやって来て、なかなか上がりません。国土交通省は、ピーク時の遮断時間が1時間あたり40分以上の踏切を「開かずの踏切」と呼んでいます。全国に500か所以上あります[3]。40分は1時間の3分の2にあたります。
1960年代の中央線で起きていたこと
昔の中央線は、人口が増えて混雑が激しくなりました。電車を増やすには線路を増やす必要がありますが、そうすると踏切が閉まっている時間はさらに長くなります。ラッシュ時に1時間で5分くらいしか開かない踏切もあったと報じられています[5]。ただしこれは一部の踏切の話で、すべてがそうだったわけではありません。
そのため、中央線の線路を増やす工事は、原則として線路を高架にする工事とあわせて進められました。中野〜三鷹間の高架化は1962年2月に着工し、最初に高架になった中野〜荻窪間は1964年9月20日に完成しました[5]。
踏切の問題を、線路そのものを持ち上げて解決する。この考え方は、すでに60年以上前から実行されていました。では、1つずつ直すのではなく、なぜまとめてなくすのでしょうか。
踏切が1時間のうち長い時間閉まったままの状態を、国土交通省はピーク時遮断時間で捉えており、40分/時以上のものを「開かずの踏切」とする。全国で500か所以上ある[3]。40分/時は、1時間の3分の2にあたる。
この問題は、線路を増やそうとすると深刻になる。中央線は1960年代に人口増で混雑が激しく、複々線にすれば列車本数が増えて、踏切の遮断時間はさらに長くなる。ラッシュ時には1時間に5分ほどしか開かない踏切もあった(一部の踏切の例で、全てではない)[5]。そのため複々線化は原則として高架化と合わせて進められ、中野〜三鷹間の高架複々線化は1962年2月に着工、最初に高架になった中野〜荻窪間は1964年9月20日に完成した[5]。
線路を増やして列車本数を増やすと、踏切が閉まる時間も長くなる。本数を増やす工事と、踏切をなくす工事が、一組の課題になったのである。では、踏切を1か所ずつ立体化するのではなく、区間ごとまとめて高架化するのはなぜか。
2. どうして ふみきりを まとめて なくすの?
2. 1つずつではなく、区間ごとまとめて高架にするわけ
2. 連続立体交差事業の定義と、京急蒲田の28か所 ── 約6.0kmの区間を一括で処理する理由
せんろの ある くぎりを ずっと たかく(または 地下に)して、いくつもの ふみきりを いっぺんに なくす。この しごとを「れんぞく りったい こうさ 事業」と いいます[1][2]。
京急かまた駅の ちかくは、およそ 6キロの くぎりに、28か所の ふみきりが ありました。かんぱちどおりも ふくまれ、くるまが つまったり、まちが せんろで ふたつに わかれたり していました[6]。
6キロを 28で わると、ふみきりは 200メートルちょっと ごとに 1つ あった ことに なります。くぎりを まとめて たかく すると、たくさんの ふみきりを いっぺんに なくせて、せんろで わかれていた まちが つながりやすく なります。
この しごとは、町づくりの 事業として、都や 県などが おこないます。おかねは、まちの がわと 鉄道会社が わけて はらいます[4]。鉄道会社が ぜんぶ はらう わけでは ありません。
せいぶ しんじゅくせんの 東村山えきの ちかくでも、4.5キロの くぎりで 5か所の ふみきりを なくす ことを めざしています[8]。
連続立体交差事業は、鉄道の決まった区間をまとめて高架(または地下)にして、複数の踏切を一度になくす事業です。道路を整える都市計画事業の一つとして、自治体が進めます[1]。国土交通省は、この事業の目的を、自動車の流れをよくすることと、線路で分けられた市街地を一つにして、まちを活性化することだと説明しています[2]。
京急蒲田付近の28か所
京急蒲田駅付近の約6.0kmの区間には、環八通りを含む28か所の踏切があり、そのうち15か所は特にボトルネックになっていました。これらが慢性的な渋滞と地域の分断の大きな原因でした[6]。6000mを28で割ると、踏切は約214mごとにあった計算になります。
1つの踏切だけを立体化しても、すぐ隣の踏切は残ります。区間ごと線路を持ち上げれば、道路と線路が交わる点を一度に消すことができます。
費用は誰が持つのか
要綱によれば、事業は都道府県や政令指定都市などが都市計画事業として行います。高架にする費用のうち、鉄道事業者は鉄道が受ける利益に相当する額を負担し、残りは事業を行う自治体側が負担します[4]。鉄道会社が全額を負担するわけではありません。
西武新宿線などの東村山駅付近(約4.5km)でも、鉄道を高架にして5か所の踏切をなくし、渋滞解消と地域の一体化をめざしています[8]。
これだけの長さの線路を高架にするには、その間、電車を走らせながら工事をしなければなりません。どうやって造るのでしょうか。
連続立体交差事業は、鉄道の一定区間を連続して高架化または地下化し、複数の踏切を一度に除却する、道路整備の一環の都市計画事業である[1]。国土交通省は、複数の踏切を一挙に除却することで自動車交通を円滑にし、分断された市街地を一体化して都市を活性化すると説明する[2]。
京急蒲田駅付近(約6.0km)には、環八通りを含む28か所の踏切(うちボトルネック踏切15か所)があり、慢性的な渋滞と地域の分断の要因になっていた[6]。6000÷28≒214より、約214m間隔で踏切があった計算になる(平均値であり、実際の間隔は一定ではない)。個別に1か所ずつ立体化する方法では、隣接する踏切が残る。区間全体の線路の高さを変えるのは、道路と線路が同じ高さで交わる踏切をなくし、まちの分断を一度に解く方法である。
要綱は、対象となる区間の条件として、ピーク時遮断が40分/時以上の踏切がある区間などを挙げている(条件は複数ある)[4]。事業は都道府県や政令指定都市などが都市計画事業として施行する。高架施設費のうち、鉄道事業者は鉄道が受ける利益に相当する額(鉄道受益相当額)を負担し、残りを事業の施行者が負担する[4]。鉄道会社が全額を負担するわけではない。
西武新宿線などの東村山駅付近(約4.5km)でも、高架化により5か所の踏切を除却し、渋滞の解消と地域の一体化をめざす[8]。ところが、区間ごと高架にする工事は、その区間の電車を長く止められない以上、運行しながら進める必要がある。どのような工法が選ばれたのか。
3. でんしゃを とめずに、どうやって はしを つくるの?
3. 電車を走らせたまま、真上に橋を造る
3. 直接高架工法 ── 営業線を生かしたまま、線路の真上をまたいで高架橋を構築する
1つの やり方は、いまの せんろの よこに、かりの せんろ(かりせん)を つくる ことです。でんしゃを かりせんに うつしてから、あいた ところに たかい はしを つくります。
ただし、かりせんを つくるには、せんろの よこの 土地を ぜんぶ かりないと はじめられません。土地を つかうための 話し合いに、時間が かかる ことが あります[6][7]。
そこで、京急かまた駅の ちかくでは、べつの やり方も つかいました。はしらせている せんろの まうえに、そのまま はしを つくる 方ほうです。「ちょくせつ こうか こうほう」と いいます。工事を する 区間の 6わりほどで つかわれました[6]。
この 方ほうなら、土地を つかうための 話し合いと 工事を、いっしょに すすめられます[6]。
とはいえ、あたまの うえで 工事を しながら、でんしゃは すぐ 下を はしるのです。あんぜんは どうして いるのでしょう。
仮線に移す方法と、直接高架の方法
高架にする工事の方法の一つは、今の線路のそばに仮の線路(仮線)を造って電車を移し、空いた場所に高架橋を造る方法です。ただし、仮線を造る用地をすべて取得しなければ着手できないので、時間がかかります[6]。
もう一つが、営業中の線路を生かしたまま、真上をまたぐ形で高架橋を造る「直接高架工法」です。この工法は、用地の取得と工事を同時に進められる点が特徴です[6]。京急蒲田付近では、工事区間の約6割でこの工法が採用されました[6]。
高架化の工事は、鉄道を運行しながら行うため、安全のために本格的な工事は夜間にしかできないといわれます[7]。そのうえ、直接高架では、昼間は工事をしている現場の下を、電車が普通に通ります。夜と昼で、どんな工夫があったのでしょうか。
高架化の方法は、仮線(仮の線路)に電車を移し、その跡地に高架橋を造る方法が知られる。ただし、仮線を造るには、仮線用地をすべて取得しないと着手できず、時間がかかる[6]。鉄道を運行しながら行う工事は、安全のため、本格的な工事は夜間に限られる[7]。
京急蒲田付近が採ったもう一つの方法が、直接高架工法である。営業線を生かしたまま線路の真上をまたぐ形で高架橋を造る方法で、用地取得と工事を同時並行できる[6]。工事区間の約6割で採用された[6]。仮線のために用地をすべて確保するのを待たなくてよい分、事業全体の進み方は変わる。
ところが、この方法には別の難しさがある。昼間は、作業中の高架橋の下を列車が時速120kmで通過する[6]。工事の安全をどう守ったのか。夜間と昼間の条件を見ていく必要がある。
4. よるは どのくらい 工事が できるの?
4. 夜は2.5時間、昼は頭上を時速120km ── 現場の条件
4. 停電2.5時間・線路閉鎖4時間と、時速120kmの下での施工
電車が はしって いる ひるまは、あたまの うえで はげしい 工事は できません。ほんかくてきな 工事は、よるの 時間に します[7]。
京急かまた駅の ちかくで、よる、でんきを とめられる 時間は、2.5じかん でした。せんろを とじて 作業できる 時間も、4じかんだけでした[6]。1日は 24じかんなので、でんきを とめられる 時間は、1日の 1わり ほどです。
ひるまは、工事を して いる はしの 下を、でんしゃが 1じかんに 120キロメートルの はやさで とおりぬけます。1びょうで 30メートルより おおく すすむ はやさです[6]。
このため、あらかじめ ほかの 場所で つくった 部ざいを つかったり、とくべつな あんぜんの かんりを したり しました[6]。
京急蒲田付近の現場では、夜間に電車の電気を止められる停電時間は2.5時間、線路を閉鎖して作業できる時間は4時間でした[6]。1日24時間のうち、電気を止められるのは1割ほどです。
昼間は、作業している高架橋の下を、電車が時速120kmで通過します[6]。時速120kmは、秒速に直すと約33mです。
この条件に合わせて、工事ではプレキャスト部材(あらかじめ別の場所で作っておく部品)が使われ、専用の安全管理も行われました[6]。夜の限られた時間で作業を終え、昼は電車の邪魔をしない。工事そのものの工夫の多くが、この2つの条件から生まれています。
そこまでして電車を止めない方法をとっても、事業全体には長い年月がかかります。なぜでしょうか。
京急蒲田付近の現場では、夜間の鉄道の停電時間は2.5時間、線路閉鎖時間は4時間だった。昼間は、作業をしている高架の下を列車が時速120kmで通過した[6]。時速120km=秒速約33mである。1日24時間に対して2.5時間は約10%にあたる。
この条件への対策として、プレキャスト部材(工場などで事前に製作した部材)が使われ、専用の安全管理も行われた[6]。夜間の限られた時間で作業を終えられるように、現場での作業を減らす発想である。
注意したいのは、停電時間と線路閉鎖時間が別の数字で示されている点である。資料はこの2つを並べて挙げており、両方の条件の下で作業計画が組まれたことが分かる。ここで、これほど慎重に進めると、事業全体の年数はどうなるのか。
5. どうして 10ねん いじょうも かかるの?
5. 約6kmで16年 ── 事業にかかる年月
5. 事業期間の比較 ── 三鷹〜立川18年・京急蒲田16年・調布12年と、1kmあたりの年数
東京の ちかくの 3つの れいを ならべて みます。ぜんぶ、事業が はじまってから おわるまでの 年数です[7]。
中央線の みたかから 立川までは、およそ 13キロで 18年。京急かまた駅の ちかくは、およそ 6キロで 16年。京王線の ちょうふ駅の ちかくは、およそ 3.7キロで、地下に する 工事で 12年でした。
区間の 長さだけでは、かかる 年数は きまりません。どの 事業も、おわるまでに 長い 時間が かかっています。
夜しか 工事が できない ことや、土地を かりる 話し合いが ある ことが、時間が かかる わけの 1つと いわれます[7]。
東京近辺の事業の期間は、JR中央本線の三鷹〜立川間(約13.1km)で18年、京急蒲田駅付近(約6.0km)で16年、京王線調布駅付近(約3.7km)の地下化で12年だったと紹介されています[7]。これは工事だけの年数ではなく、事業全体の期間です。
1kmあたりに直してみると、三鷹〜立川は18÷13.1で約1.4年、京急蒲田は16÷6.0で約2.7年、調布は12÷3.7で約3.2年です。区間が短いからといって、すぐ終わるわけではないことが分かります。ただし、工法や地下か高架かが違う事例の比較なので、単純に優劣は決められません。
時間がかかる理由として、鉄道を運行しながら行うため本格的な工事が夜間に限られること、仮線にする場合は線路沿いの用地を取得する時間が必要になることがあげられています[7]。
京急蒲田付近のように、営業線の真上に橋を造る方法は、用地取得と工事を同時に進められる分だけ、時間を縮める工夫でもあります[6]。踏切が減るまでの年月と、そのあいだ電車が走り続けることは、セットで考える必要があります。
東京近辺では、JR中央本線三鷹〜立川間(約13.1km)で18年、京急蒲田駅付近(約6.0km)で16年、京王線調布駅付近(約3.7km)の地下化で12年かかっている[7]。これは工事だけでなく事業全体の期間である。
1kmあたりの年数に直すと、18÷13.1≒1.4年、16÷6.0≒2.7年、12÷3.7≒3.2年となり、この3例では、区間が短いほど1kmあたりの年数が長い。事業期間が距離に単純に比例しないことを示すが、工法(高架か地下か)、用地、周辺の状況が異なる3例の比較であり、距離だけが原因とはいえない。
時間がかかる理由として、鉄道を運行しながら行うため本格的な工事が夜間に限られること、仮線に切り替える場合は線路沿いの用地取得に時間がかかることがあるとされる[7]。京急蒲田の直接高架工法が用地取得と工事の並行を可能にしたこと[6]は、この後者に対する工夫と位置づけられる。
このように、踏切を消すという結果の裏には、夜の2.5時間、昼の時速120km、用地の取得という複数の条件が積み重なる。完成すれば、約6kmで28か所、約214mごとに1か所あった踏切の場所は、平面で線路と交わらなくなる。身近な踏切で、この問題を自分で確かめることはできるのか。
6. ちかくの ふみきりで、しまっている 時間を はかろう
6. 近くの踏切で、閉まっている時間を測ってみる
6. 身近な踏切で遮断時間を測る方法と、資料の入口
おうちの 人と いっしょに、ちかくの ふみきりに 行って みましょう。ふみきりから はなれて、ふみきりの 中にも せんろにも ぜったいに 入らない ところで、ようすを 見ます。
しゃだんきが さがって から あがるまでの 時間を、時計で はかります。つぎに、なん回 とおったか かぞえます。1回に どのくらい しまって いたかを、メモに のこします。
ひとりで せんろに ちかづいたり、でんしゃを まって いたり しては いけません。あぶないと 感じたら、すぐに やめましょう。
べつの ふみきりでも はかって、くらべて みましょう。「あかずの ふみきり」は、いちばん こむ じかんに 1じかんで 40分 いじょう しまる ふみきりです。
近くの踏切で、閉まっている時間を測ってみましょう。保護者と一緒に、踏切から離れた安全な場所から観察します。踏切の中や線路には絶対に入らないでください。
遮断機が下りてから上がるまでの時間を、時計で測ります。同じ踏切で何回か測って、閉まった回数と1回ごとの時間を記録します。電車を待ち続けたり、無理に長くいたりする必要はありません。
「開かずの踏切」の基準は、ピーク時に1時間のうち40分以上です。ラッシュ時に1時間続けて観察できたときだけ、合計の閉まっていた時間を、この基準と比べられます。短い時間の記録なら、場所や時間帯によって回数や長さがどう変わるかを比べてみましょう。
連続立体交差の資料を読むなら、国土交通省の都市局のページ[2]で制度の目的を、京急蒲田の技術報告[6]で工事の中身を読めます。
身近な踏切を、安全な場所(踏切の外、遮断機から離れた位置)から観察し、遮断機が下りてから上がるまでの時間と、1時間に何回閉まるかを数える。短時間の観察では、閉まった回数と1回ごとの長さを記録する。ピーク時に1時間続けて観察できたときだけ、閉まっている合計時間を、「開かずの踏切」の基準である40分/時[3]と比べられる。踏切の中・線路内には入らない。測定は1人で無理に行わず、保護者と行う。
資料は、制度の目的が国土交通省都市局[2]、要綱の費用負担が国土交通省の要綱[4]、現場の工法と条件が京急蒲田付近連続立体交差事業の技術報告[6]にある。事業期間の数字[7]は、事業全体の年数で、工事だけではないことに注意して読む。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
出典について:大阪府・国土交通省の公的な説明、要綱、京急蒲田付近連続立体交差事業の技術報告、鉄道会社の案内、報道記事を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。
- 大阪府「連立事業とは」。https://www.pref.osaka.lg.jp/o130090/toshikotsu/renritsujigyoutoha/index.html (連続立体交差事業の定義)
- 国土交通省 都市局「連続立体交差事業」。https://www.mlit.go.jp/toshi/toshi_gairo_tk_000093.html (事業の目的の説明)
- 国土交通省「踏切対策の現状」。https://www.mlit.go.jp/road/sisaku/fumikiri/fu_02.html (開かずの踏切の基準と数)
- 国土交通省「都市における道路と鉄道との連続立体交差化に関する要綱」。https://www.mlit.go.jp/common/000233416.pdf (対象区間の条件と費用分担)
- 乗りものニュース「中央線の高架化」。https://trafficnews.jp/post/80749 (1960年代の中央線の高架化)
- 国土交通省関東地方整備局「京急蒲田駅付近連続立体交差事業 技術報告」。https://www.pa.ktr.mlit.go.jp/haneda/haneda/01-gaiyou/d-run/gijutsu_houkoku/houkoku_009/pdf/ronbun_03.pdf (28か所の踏切・直接高架工法・夜間と昼間の条件)
- 乗りものニュース「線路高架化に時間がかかる理由」。https://trafficnews.jp/post/100005/3 (事業期間と時間がかかる理由)
- 西武鉄道「東村山駅付近連続立体交差事業」。https://www.seiburailway.jp/safety/continuousgradeseparation/higashimurayama/ (東村山駅付近の例)
なおした ところ
更新履歴
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