#建築・住まい
建物や住まいについての「気になる」を集めました。屋根や壁、街のつくりのお話です。
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ゆかの よこせんが あるく てがかりに なる ひとが いる? パーキンソン病の ふしぎ
歩きにくくなった人が、歩幅ぶんの間隔で床に線を引くと、普通の速さで歩けたという報告がある。病気は治っていないのに、なぜ。動きの指令役ドーパミンが減るパーキンソン病の見つかり方と、足す薬、合図で動く不思議の今の説明が分かります。
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おなじ へやなのに、ぬれる まどと ぬれない まどが あるのは どうして?
室温20℃・湿度60%、外が0℃という計算例では、1枚ガラスの窓の室内側は6.0℃、Low-E複層ガラスは15.5℃。同じ部屋の空気なのに、前者は濡れて後者は濡れません。窓の水の出どころと、冬の朝に目にしやすい理由、ガラスのちがいが分かります。
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屋根の アンテナは どうして 同じ 向きなの?
近所の屋根のテレビアンテナが同じ向きにそろうのは、見えない送信所の方角を指しているから。魚の骨のような棒の役目、1924年に東北帝国大学で生まれた経緯、立てるか寝かせるかまでが分かります。
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屋根の 「王さまの 柱」は、立って いるのに 下の はりを ぶらさげて いるの?
屋根の下に1本だけ立つ「王様の柱」は、屋根を支えているのではなく、下の梁を上から吊っているとされる。では束を2本にした「女王様の柱」で何が変わるのか。富岡製糸場の大きな作業場や木造校舎の標準設計まで分かる。
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うみの なかの いしがきは、なにが ささえて いたの? 高輪築堤の なかみ
明治のはじめ、東京の海に鉄道のための石垣が約2.7kmにわたって築かれた。埋めた土が波に流されるほどの難工事で、石垣を支えたのは見える石より、下の木の土台、海側の杭、裏の石だったようだ。発掘で見えてきた中身と、台場やイギリス由来と推定される考え方の混ざり方が分かる。
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かべを 2ばい おもく しても、しずかさは すこししか ふえない? ぼうおんしつの かべの ひみつ
壁を2倍重くしても、音を遮る力は約5dBしか増えない。音がほとんど響かない無響室の壁も、音を止めているわけではない。では、防音室の壁は何でできているのか。質量、二重の空気層、すき間、遮音と吸音の使い分けが分かります。
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正倉院の 紙は、どうして 1300ねんも のこったの? ── 戸籍の うらに かかれた ノート
国内に現存する最古級の戸籍(702年)は、大切に保管されたからではなく、写経所の帳簿の裏紙に使われて残ったと説明されています。では倉は何をしたのか。校倉が「呼吸」していたという説は実測で否定され、文書のある中倉は校倉造ですらありません。裏紙、木の二重の緩衝、人の手入れ、整理の影響から、残った理由が分かります。
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やねの うらがわは、どうして 2しゅるいの かたちが あるの?
お寺の屋根裏には短い柱が並び、明治の工場の屋根裏には三角形が並ぶ。同じ屋根を支えるのに、なぜ形がちがうのか。長さ140メートルの富岡製糸場の繰糸所を着地点に、日本の大工が外国の三角形を自分のものにしていった道すじが分かります。
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ろうかの ぴかぴかは なに? 雨の日に すべるのは、水の せい?
学校の廊下のぴかぴかは、床そのものではなく、ワックスがつくる透明な薄い膜のツヤだとメーカーは説明する。では雨の日に滑りやすいのは水のせいか。駅のゴムタイルの測定では、水だけでは大きく変わらず、砂がまざった泥水で下がった。床材、ワックス、雨の日の床の分かり方が分かる。
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ろうかの ちいさな とびらの おくは、どこに つながって いたの?
廊下の壁のレバーを引くと開く小さな扉。ある小学校では、捨てたごみは1階まで落ち、今は鉄板でふさがれた奥に、ごみをためた空間が残っていたと紹介される。そのごみはどこへ行き、扉はなぜ消えたのか。分かっていることと、資料で言えないことの境目が分かる。
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体育館の ゆかに、ふゆだけ すきまが できるのは どうして?
北海道のある体育館では、床の板の継ぎ目が夏は見えないほど詰まり、冬は幅が最大で平均3mmほどに開いた。壊れたのではなく、木が湿度で伸び縮みしていた。しかも動くのは見える板だけではない。なぜ体育館の床は木なのか、床の下には何があるのかが分かる。
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でんしゃが はしる たかい せんろの したには、どうして おみせが ならんで いるの?
新橋と有楽町のあいだには、1910年に使われはじめた煉瓦のアーチ高架橋があり、その下の約300mに店が並ぶ。頭の上を電車が走るのに、なぜ店ができたのか。権利金のいらない場所を選んだ店主の話、電車の音への備え、鉄道会社の街づくりまでが分かる。
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ほそい パスタで つくった はしは、さんかくに すると どうして つよいの?
同じ40本のパスタでも、束ねただけの橋は2kgに耐えられず、三角形に組んだ橋は4kgをつるしても壊れなかった。なぜ組み方だけで差が出るのか。三角形が形を保つ理由と、橋・屋根・日本の古い鉄道橋での使われ方が分かります。
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のこぎりの はのような やねの まちは、どうして できたの? ── きりゅうの おりものの おはなし
群馬県の桐生には、のこぎりの歯のような屋根の織物工場が200棟以上残る。なぜ、この町だけギザギザなのか。北向きの窓、約1300年前の記録、京都から来た高機、町を支えた女性たち、今の伝統工芸士まで、「織都」と呼ばれる町の歩みを資料で読む。
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エスカレーターの だんは、どうして たいらの まま うごくの?
エスカレーターは斜めの坂なのに、足もとの段はずっと平ら。乗り口では段がさらに平らに並びます。鍵は段の下の前後の車輪と、2本のレールの間隔。先端の「くし」がプラスチックである理由も紹介します。
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エレベーターの ロープが きれても、どうして おちつづけないの?
1854年、オーチスは自分が乗った台のロープを人前で切らせ、台は数インチ落ちただけで止まったと伝えられる。今のエレベーターは、ロープが切れたことではなく「速すぎること」を見張って止める。その仕組みと数字を資料で確かめる。
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じどうドアは、どうして ちかづくと あくの?
自動ドアの前で立ち止まると、閉まりかけることがある。ドアは人ではなく「動き」や「変化」を見ているのかもしれない。雪や虫でも開く理由を、赤外線とマイクロ波の見つけ方から読み解く。
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山の 上の てっとうは、どうやって たてるの?
車も重機も入れない山の上に、送電鉄塔はどう建つのか。資材を運ぶ道、運ぶ手段で決まる部品の重さ、深く掘る基礎、鉄塔の中に立って一緒に伸びるクレーン、最後の人の手の作業までを、施工会社や電力会社の資料からたどる。
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にほんで さいしょの てつどうは、どこを はしったの?
日本で最初の鉄道は新橋〜横浜と言われるが、最初に営業で走ったのは品川〜横浜だった。新橋〜品川は海の上の築堤を通り、開業式の日付は旧暦と新暦で食い違う。走った場所と日付を複数の資料で突き合わせた。
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みちに ならぶ 木は、だれの ために うえられたの?
東京・銀座の最初の並木は、うまく育たなかった。では、道に木を並べるのは何のためだったのか。奈良時代の果樹、江戸の街道の松と杉、日光杉並木、車の時代までを、国や自治体の資料でたどる。
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3びきの こぶたの れんがの いえは、なぜ 日本では あぶなかったの?
「三匹の子豚」の話で、オオカミがどうしても吹き飛ばせなかったのは、レンガで作った家だった。レンガはなぜそんなに強いとされてきたのか。紀元前のメソポタミアで生まれた日干しレンガと焼成レンガ、粘土を型に詰めて乾かし焼き固めるという作り方、富岡製糸場に使われたフランス積みという技法、渋沢栄一が深谷に作った日本煉瓦製造会社とホフマン輪窯、イギリス積み・フランス積みという積み方の違い、そして関東大震災でレンガ造りの建物が弱点をさらけ出し、鉄筋コンクリートへと置き換わっていった転換までをたどった。
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クレーンも トラックも ない じだい、おしろの 石は どう つんだの?
1978年に大阪の古墳から見つかった、全長8.8メートル・重さ3.2トンの木製のそり「修羅」。瀬戸内海の島から船で運ばれた大坂城の石、石垣職人集団「穴太衆」、全国の大名を動員した「天下普請」、そして「壊れない堤防」ではなく「壊れる場所を決めておく」という信玄堤の発想転換までをたどった。
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トイレは、むかしから 水で ながして いたの?
昭和の日本の田舎には、トイレの下に大きなかめがあり、いっぱいになると大人2人がかりで運び出す家があった。水を流すだけで清潔になる現在の水洗トイレは、世界的に見ても実は歴史の新しい部類に入る。紀元前1700〜1800年ごろの古代クレタ島にはすでに水洗トイレがあったとされるのに、その技術は一度忘れられ、1596年と1775年、2つの発明を経てようやく現在の形にたどり着いた。日本独自の汲み取り式の歴史や、今も世界の3分の1以上の人が安全なトイレを使えないという事実をまとめました。
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ダムは 水を ためるのに、どうして 夏は わざと 空に するの?
ダムは水をためる場所なのに、雨の多い夏には、わざと水位を下げて空きを作っておくダムがある。ためる・空ける・流す・発電するを、同じダムの中でどう両立しているのか。洪水期の水位、事前放流、異常洪水時防災操作を、国土交通省の資料でたどりました。
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蛇口の 水は どこから 来るの?
山に降った雨が、蛇口から出るまで。浄水場の4つの工程、高台にためて重力で送るしくみ、そして高層階へ水を上げる3つの方法。