1. おおきな ぼうえんきょうは どうして レンズを やめたの?
1. 大きな望遠鏡は、なぜレンズをやめて鏡にしたのか
1. 屈折望遠鏡の色にじみとたわみ:なぜ大口径は鏡になったのか
ぼうえんきょうの はじめは、ガラスの レンズで ひかりを あつめる ものでした。ところが、レンズには こまった ことが ありました。ものの ふちに、にじのような いろが ついて しまうのです[1]。
1668ねん、イギリスの ニュートンは、レンズの かわりに、まんなかが へこんだ かがみで ひかりを あつめる ぼうえんきょうを つくりました[1]。かがみなら、いろの にじみが おきにくいからです[2]。
もうひとつ、おおきな レンズは おもくて、まわりしか ささえられません。まんなかが じぶんの おもさで たわんで しまうと いわれます[3]。かがみは、うらがわ ぜんぶを ささえられます。
では、かがみで つくった ぼうえんきょうは、にほんにも あったのでしょうか。
ガリレオが1609年に使った最初の望遠鏡は、対物レンズの口径が約3.7cmだったとされます[3]。その後、屈折望遠鏡はどんどん大きくなり、19世紀末のヤーキス望遠鏡の約102cmまでたどり着きました。これは、実際に使われている屈折望遠鏡では今も最大です[3]。ここで大きくなるのが止まったのには、二つの理由が考えられています。
一つは色のにじみです。単レンズは、光の色によって曲がり方が少しずつちがうので、星の縁に偽の色がつきます。これを色収差といいます[1]。1668年、イギリスのニュートンは、レンズの代わりにへこんだ鏡で光を集める反射望遠鏡を初めて作り、この欠点を解決しました[1]。科学博物館に残る1924年製の複製品の解説も、ニュートンが偽の色を避けるために凹面鏡を選んだと説明しています[2]。鏡は光を反射するだけなので、色によって曲がり方がちがうということが起きません。
もう一つは重さです。レンズは光を通すので、支えられるのは縁だけです。大きくすると自分の重みでたわみ、像がゆがむことが、限界の理由とされます[3]。鏡なら、光を反射する面の裏側をすべて支えられます。
では、この鏡の望遠鏡を、江戸時代の日本で作った人はいたのでしょうか。
レンズの望遠鏡は、ある大きさで成長が止まった。ガリレオが1609年に使った最初の望遠鏡の対物レンズは、口径が約3.7cmだったとされる。屈折望遠鏡はそこから大きくなり続け、19世紀末のヤーキス望遠鏡の約102cmに達したが、これが実際に使われている屈折望遠鏡では現在も最大である[3]。つまり口径は約28倍(102÷3.7)まで伸びて、そこから先に進まなかったことになる。なぜ止まったのか。理由は二つ考えられる。
第一は色収差である。光は色によって屈折率が少しずつ異なる(分散)ため、単レンズでは像の縁に偽の色がつく[2]。そこでニュートンは1668年、対物レンズの代わりに凹面鏡を使う反射望遠鏡を初めて製作し、この欠点を解決した[1]。鏡は光を反射するだけで、ガラスの中を通らないので、分散の影響を受けない。
第二は重さへの弱さである。レンズは光を通すため、支えられるのは縁だけで、口径を大きくするほど自重でたわみ、像が歪む。これが屈折望遠鏡の実用上の限界とされる[3]。物理的に作れないという意味ではなく、実用上の限界である。鏡は反射面の裏側全体を支えられるので、この点でも有利になる。
鏡という選択は、そのまま日本でも実を結んだ。次はその例を見る。
2. えどの てっぽうかじは、どんな かがみを つくったの?
2. 江戸の鉄砲鍛冶・国友一貫斎が作った金属の鏡
2. 国友一貫斎の反射望遠鏡:銅約63%・錫約37%の合金鏡と黒点観測
えどじだいの 1834ねん、てっぽうを つくる しょくにんの くにとも いっかんさいが、かがみを つかった ぼうえんきょうを つくりました[5]。
かがみは ガラスでは なく、きんぞくです。どうと すずを まぜた とくべつな ごうきんで できています。ばいりつは 70ばいほどです[5]。
かがみは、200ねんちかく たった いまでも つかえる じょうたいを たもって いると いう ほうこくが あります[6]。
いっかんさいは、この ぼうえんきょうで たいように ある くろい てんを しらべました。スケッチは 200まいあまり のこって います[6]。
天保5年(1834年)、近江国友村の鉄砲鍛冶・国友一貫斎(1778〜1840年)が、反射望遠鏡を作りました。倍率は約70倍。国の文化遺産として記録されているこの望遠鏡は、主鏡も副鏡も銅約63%・錫約37%の特殊な合金でできています[5]。
ガラスではなく金属を磨いて鏡にしたのは、鉄砲を作る人ならではの腕前だったのでしょう。一貫斎は、6台ほどの反射望遠鏡を作ったとされ、現存するのは4台です。どれも、放物面の凹面鏡を主鏡にするグレゴリー式という形です[6]。
報告によると、主鏡と副鏡は、約200年たった今日でも使用可能な状態を保っているそうです[6]。一貫斎はこの望遠鏡を使って、国内で初めて、自作の反射望遠鏡で太陽の黒点を観測したと伝えられ、スケッチは200枚あまり残っています[6]。枚数や観測日数は資料によって少しずつ数字がちがうので、ここでは「200枚あまり」としておきます。
ところで、金属の鏡には、曇りやすいという弱点がありました。それをどう乗りこえたのでしょうか。
鏡の望遠鏡は、江戸時代の日本でも作られていた。鉄砲鍛冶の国友一貫斎(1778〜1840)が天保5年(1834年)に作った反射望遠鏡は、倍率約70倍のグレゴリー式で、主鏡も副鏡も銅約63%・錫約37%の合金でできている[5]。ガラスを使わず金属を磨いて光を集める点で、ヨーロッパの金属鏡(スペキュラム)と同じ考え方に立つ。
一貫斎は6台ほど作ったとされ、現存は4台である。いずれも放物面の凹面鏡を主鏡とするグレゴリー式で、主鏡と副鏡は約200年たった今日でも使用可能な状態を保っている、という報告がある[6]。金属鏡は、ふつう曇りやすいとされるので、200年後も使える状態にあるという報告は、素材の配合と仕上げの技術の高さを示す一例として興味深い。この望遠鏡で、国内で初めて自作の反射望遠鏡による太陽黒点の観測を行い、スケッチは200枚あまり残る。枚数や観測日数は資料で食いちがう(123日・158日など)ので、概数にとどめる[6]。
では、曇りやすい金属鏡を、ヨーロッパではどう改良したのか。次に見る。
3. くもる かがみを、どう なおしたの?
3. 曇る金属鏡から、銀を塗るガラス鏡へ
3. 金属鏡の曇りと、1857年のフーコーの銀ガラス鏡
きんぞくの かがみは、くもりやすいのが こまりものでした[4]。くもると、ひかりを うまく はねかえせません。
1857ねんに、フランスの フーコーが、ガラスを みがいて ぎんを つけた かがみで ぼうえんきょうを つくりました[4]。
ぎんが くもっても、ぎんを つけなおせば だいじょうぶ。ガラスに のこった かたちは、そのままです。
ぎんの かがみを さいしょに つくった ひとは、ほかの ひとだと する しりょうも あります。ここでは、フーコーの ぼうえんきょうを ひとつの れいと して しょうかいします[4]。
1857年、フランスのフーコーが、銀ガラス鏡を使った反射望遠鏡を作りました[4]。ガラスを球面に磨いて、その上に銀を薄くつけたものです。曇りやすかった金属の鏡とちがい、銀が曇っても、つけ直せば元の性能がもどります。形はガラスのほうに残っているからです。
ただし、銀を塗った鏡を最初に作ったのは、1856年のシュタインハイルとする資料もあり、「最初」と言い切れるかどうかは、資料によって分かれます。
形をガラスが受け持ち、輝きは薄い銀が受け持つ。この分業のおかげで、鏡は「使い捨ての金属」から「何度も直して使える道具」に変わりました。次の問題は、大きくしたとき、重さと熱でガラスの形がくずれることでした。
金属鏡(スペキュラム)は曇りやすく、くり返し磨き直す必要があった[4]。この弱点を解いたのが、フランスのフーコーである。彼は1857年に、ガラスを一方の面だけ球面に磨いて銀をつけた鏡で反射望遠鏡を作った。銀が曇れば、銀をつけ直すだけで元の反射率が戻る。形はガラスの面に残っているからである[4]。
なお、銀鏡の発明者を1856年のシュタインハイルとする資料もあり、「最初」の断定は資料の間で割れている。ここで重要なのは先後ではなく、形を支える層(ガラス)と光を反射する層(銀)を分けた、という考え方のほうである。
この分業により、鏡は大きくできるようになった。ただし大きくなれば、ガラスそのものの重さと、温度で膨らむ・縮む性質が、次の壁になる。
4. おおきな かがみは おもすぎて、どうやって つくったの?
4. 5メートルの鏡は重すぎる:ヘール望遠鏡と岡山188cm鏡
4. ヘール望遠鏡のパイレックス鏡と岡山188cm鏡:重さと熱への対策
アメリカの パロマーさんに、ちょっけい 5mを こえる かがみの ぼうえんきょうが できました。1948ねんの ことです[7]。
かがみは、あつさの ちがいを へらすため、パイレックスという ガラスで つくられました。ねつで ふくらみにくい ガラスです[8]。うらがわは、ワッフルのように あなを あけて、かるく しました[8]。
にほんの おかやまにも、1960ねんに 188cmの ぼうえんきょうが できました。「とうよういちの ぼうえんきょう」と よばれました[9]。
この かがみも パイレックスで、あつさは 27cm、おもさは 1.7トンです[9]。
カリフォルニアのパロマー山にあるヘール望遠鏡の主鏡は、直径が200インチ(約5.1m)で、1948年に完成しました。1993年まで、世界で最も大きな実効の望遠鏡でした[7]。
この鏡は、1929年にコーニング社へ依頼され、熱でふくらみにくいパイレックスで作られました。裏側は波のような形(ワッフル状)にして、重さを減らしてあったとされます[8]。温度が変わっても形がくずれにくいガラスを選び、裏を軽くする。この二つが、大きな一枚鏡を作る工夫でした。
日本では、岡山天体物理観測所(今の国立天文台岡山天文台)の188cm反射望遠鏡が1960年に完成し、当時世界第7位の口径で「東洋一の望遠鏡」と呼ばれました。イギリスのグラブ・パーソンズ社の製作です[9]。主鏡はパイレックス製で、有効径1.88m、厚さ0.27m、重さ1.7トンです[9]。直径を厚さで割ると約7になるので、鏡の厚みは直径の約7分の1。鏡はたっぷり厚みをもたせて、形を保っていたことが分かります。
では、この厚みを、直径の約41分の1にまでしてしまった望遠鏡は、どう形を保っているのでしょうか。
だから大きな一枚鏡には、熱でゆがみにくい素材と、軽くする工夫が求められた。パロマー山のヘール望遠鏡(1948年に献呈)の主鏡は、直径200インチ(約5.1m)のパイレックス製である。1993年まで世界で最も大きな実効の望遠鏡だった[7]。パイレックスは熱膨張が小さく、温度変化による形の変化を抑えられる。1929年にコーニング社に依頼され、裏側を波形(ワッフル状)に削って軽くした[8]。研削・研磨は、カリフォルニア工科大学の工房で20年以上かかったとされる。
同じ素材は日本の望遠鏡にも使われた。岡山天体物理観測所(現・国立天文台岡山天文台)の188cm反射望遠鏡が、1960年に完成したのである。当時世界第7位の口径で、「東洋一の望遠鏡」と呼ばれ、英国のグラブ・パーソンズ社が製作した[9]。主鏡はピルキントン社製のパイレックスで、有効径1.88m、厚さ0.27m、重さ1.7トン[9]。つまり直径÷厚さは、1.88÷0.27で約7になる。
当時の大口径鏡は、直径の約7分の1ほどの厚さ(分厚い円盤)を持たせて形を保っていた。では、これをはるかに薄くした鏡は、どうやって形を保っているのか。
5. すばるの うすい かがみは、どうやって かたちを たもつの?
5. 厚さ20cmのすばるの鏡は、261本の指で形を整える
5. すばる主鏡の能動光学:261本のアクチュエータと再蒸着
すばる ぼうえんきょうの かがみは、はばが 8.2mです。あつさは 20cmしか ありません。おもさは 22.8トンです[10]。
うらがわに ある 261ぼんの ささえが、すこしずつ おして、かがみの かたちを ととのえます。これを のうどうこうがく と いいます[10]。
かがみの ひょうめんの ずれは、0.014ミクロンという、とても ちいさな ものです[10]。
かがみの おもては、すうねんに いちど、アルミニウムを つけなおして、ひかりを よく はねかえすように します[11]。
この かがみは、おかやまの 188cmの かがみと くらべて、はばは 4.4ばいほど。ひかりを あつめる ひろさは、19ばいほどです。
すばる望遠鏡の主鏡は、有効口径8.2m、厚さ20cm、重さ22.8トンのULEガラス(超低熱膨張ガラス)です。鏡の裏から261本のアクチュエータ(押したり引いたりする装置)で支え、形を整え続ける「能動光学」という技術を使っています。鏡面の精度は0.014ミクロンです[10]。
数字で比べると、すばるの直径は厚さの約41倍(8.2÷0.2)。岡山の188cm鏡は約7倍(1.88÷0.27)です。厚さを直径に対する比で見ると、すばるが約41分の1、岡山の188cm鏡が約7分の1です。有効径の比は約4.4倍(8.2÷1.88)で、光を集める面積は約19倍(4.4の2乗)です。一方、薄くできた理由が能動光学だけで決まるのかどうかは、すばるの公式ページでは明記されていません。ここでは「261本で支える」ことまでを、確かな事実として押さえておきます。
鏡の表面は、アルミニウムの薄い膜でおおわれていて、数年に一度、膜を蒸着し直します。反射率を高く保つためです[11]。フーコーの「銀をつけ直す」という発想は、今も続いているわけです。
それでも、一枚の鏡には限界があります。10メートルを超えたら、どうすればよいのでしょうか。
それに対して、すばる望遠鏡の主鏡は、有効口径8.2m、厚さ20cm、重さ22.8トンのULEガラス(超低熱膨張ガラス)製である。261本のアクチュエータを使った能動光学で形を保ち、鏡面精度は0.014ミクロンとされる[10]。だから直径÷厚さは8.2÷0.2で約41となり、岡山188cm鏡の約7に対して約6倍薄い。しかも有効径の比が8.2÷1.88で約4.4なので、集光面積は約19倍(4.4²)にあたる。
なぜ薄い鏡が成り立つのか。厚い鏡は、自分の重さでゆがむのを、厚みそのもので防いでいる。薄い鏡は、重さでゆがむ分を、裏から261本のアクチュエータが押し引きして打ち消している、と理解できる。ただし、すばるの公式ページには、薄くできた理由が能動光学によるものだ、という因果は明記されていない。ここまでは資料の確かな範囲で、因果の説明は筆者の整理である。
鏡面は、数年に一度、アルミニウムを蒸着し直して高い反射率を保つ[11]。国立天文台の別の資料には「2年ごと」という記述もあり、周期は資料によって表現がちがうため、「数年に一度」とした。銀を塗り直すという1857年のフーコーの発想が、アルミニウムと真空蒸着という形で続いている。
ただし、一枚の鏡では、大きさを増やすたびに支える仕組みが複雑になる。次に、別の道を見る。
6. もっと おおきく するには、かがみを わけて ならべる?
6. 一枚で足りなければ、鏡を分けて並べる:Keckとせいめい望遠鏡
6. 分割鏡:Keck望遠鏡の36枚とせいめい望遠鏡の18枚、位相合わせ
ハワイの ケック ぼうえんきょうは、六かくけいの ちいさな かがみを 36まい、はちの すのように ならべて います。1まいは 1.8mほどで、あつさは 7.5cmです[12]。
ふちに ある センサーが、かがみの ずれを みはって、1びょうに 2かい なおします[12]。
京都大学の せいめい ぼうえんきょうは、おうぎの かたちの かがみを 18まい あわせて います[13]。
2024ねん7がつ、かがみの たかさの ずれが、ひかりの なみの ながさくらいに ちいさくなりました[13]。
ハワイのKeck望遠鏡の主鏡は、1.8mほどの六角形で厚さ7.5cm・重さ約0.5トンの鏡36枚を、蜂の巣のように並べたものです。縁にある168個のセンサーと位置調整のアクチュエータで、1秒に2回、ずれを直します[12]。
この方式の提案は、10メートルの一枚鏡は複雑な支持構造と巨額の費用が要るので、分割鏡の技術が確立すれば、反射面の大きさに本質的な限界はなくなる、というものでした[12]。
日本でも、京都大学岡山天文台のせいめい望遠鏡(主鏡口径3.8m)が、18枚の扇形の鏡を合わせた分割主鏡です。2024年7月、各分割鏡の高さが光の波長ほどの精度でそろったことが確認されました。これは位相合わせの第1段階にあたります[13]。それまでは、焦点の位置だけをそろえる「光バケツ」と呼ばれる状態で観測していました[13]。
薄い一枚鏡と、分けて並べた鏡。大きな鏡への道が二つに分かれていることが分かります。
では、一枚では支えきれない大きさの鏡はどう作るのか。Keck望遠鏡の主鏡は、1.8mほどの六角形で厚さ7.5cm・重さ約0.5トンの鏡36枚を、蜂の巣状に並べたものである。縁の168個のセンサーと位置アクチュエータが、1秒に2回、ずれを補正する[12]。分割にした動機は、10mの一枚鏡では支持構造が複雑になり費用も巨額になるため、分割鏡の技術が確立すれば反射面の大きさに本質的な限界がなくなる、という提案だった[12]。
国内では、京都大学岡山天文台のせいめい望遠鏡(主鏡口径3.8m)が、18枚の扇形の鏡に分けた分割主鏡である。この鏡では、2024年7月に各分割鏡の高さが光の波長程度の精度でそろった。これは3つの工程のうち位相合わせの第1段階にあたり、全体の完了ではない。それまでは、焦点位置だけを一致させた「光バケツ」と呼ばれる状態で観測していた[13]。
つまり、大きな鏡への道は、すばるのように一枚を薄くして支える道と、Keckやせいめいのように分けて並べる道に分かれた。分割鏡では、鏡の継ぎ目を光の波長の精度までそろえる、位相合わせという新しい調整が必要になる。
7. かがみの ひみつを じぶんで たしかめてみよう
7. 鏡の大きさと厚さを、自分の手で確かめる
7. 鏡のサイズ比を自分で計算し、原典に当たる
スプーンの くぼんだ ほうで、じぶんの かおを みて みましょう。かおが さかさまに うつります。まんなかが へこんだ かがみの はたらきです。
うつる すがたは、スプーンを ちかづけたり とおざけたり すると かわります。ぼうえんきょうの かがみは、これを とても おおきく した ものです。
ぼうえんきょうが みられる ばしょは、こうしきの ページで しらべられます。
今日できること
家にある手鏡の直径と厚さを、定規で測ってみてください。直径を厚さで割ると、その鏡の「直径は厚さの何倍か」が出ます。岡山の188cm鏡は約7、すばるは約41でした。くらべると、すばるの鏡がどれだけ薄いかを実感できます。
また、スプーンのくぼんだ面に顔を映すと、上下がさかさまに映ります。くぼんだ鏡が光を一点に集める性質の、身近な例です。
公式情報
国立天文台とすばる望遠鏡の公式ページに、鏡の写真と説明があります。この記事の出典欄から開けます。
数字を自分で確かめる
本文の「直径÷厚さ」は、岡山188cm鏡が約7、すばる主鏡が約41だった。家の手鏡や皿で同じ比を出し、すばるの数字と並べると、薄さの実感がつかめる。有効径の比4.4を2乗して面積の比約19倍を出す計算も、電卓で確かめられる。
原典に当たる
能動光学がなぜ薄い鏡を可能にするのかは、すばる望遠鏡の公式ページには明記されていない。因果を詳しく知るには、専門の解説記事や論文に当たる必要がある。出典欄のすばる望遠鏡・国立天文台・Lawrence Berkeley Lab・京都大学関連の記事から、公式の資料へたどれる。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
図や写真は使わず、文章と計算で整理しています。数字は各ページの記述にもとづきます。
- 国立国会図書館 展示「望遠鏡」 https://www.ndl.go.jp/exposition/s2/14.html (ニュートンの反射望遠鏡と色収差)
- Science Museum Group Collection(ニュートン式反射望遠鏡の複製) https://collection.sciencemuseumgroup.org.uk/objects/co56834 (鏡を選んだ理由の説明)
- 京都大学花山天文台 望遠鏡400年に関する資料 https://oister.kwasan.kyoto-u.ac.jp/wordpress/wp-content/uploads/2023/06/ssato_400_years_of_telescopes_1.pdf (屈折望遠鏡の大きさ。数字は概数として扱った)
- Léon Foucault の解説記事 https://mail.bbastrodesigns.com/Foucault/LeonFoucaultArticle.html (銀ガラス鏡。「最初」は断定せず)
- 文化遺産オンライン 反射望遠鏡(国友一貫斎) https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/200627 (1834年の望遠鏡と合金)
- 日本天文学会 2022年秋季年会 講演 https://www.asj.or.jp/nenkai/archive/2022a/pdf/Y14a.pdf (一貫斎の望遠鏡の台数・黒点観測)
- Caltech Palomar Observatory: Hale Telescope https://sites.astro.caltech.edu/palomar/about/telescopes/hale.html (ヘール望遠鏡の主鏡)
- Corning Museum of Glass: Hale telescope https://libguides.cmog.org/hale (パイレックス鏡と裏側の軽量化)
- 国立天文台 岡山188cm望遠鏡 https://www.nao.ac.jp/study/oao/telescope/188cm.html (岡山の主鏡の仕様)
- すばる望遠鏡 口径8.2メートルの主鏡 https://subarutelescope.org/jp/about/features/2.html (すばるの主鏡と能動光学)
- すばる望遠鏡 主鏡蒸着装置 https://subarutelescope.org/jp/about/features/10.html (アルミニウムの再蒸着)
- Lawrence Berkeley Lab: Keck Telescope (1992) https://www2.lbl.gov/Science-Articles/Archive/keck-telescope.html (分割鏡の構成と考え方)
- マイナビニュース(京都大学発表の報道) https://news.mynavi.jp/techplus/article/20240816-3006354/ (せいめい望遠鏡の分割鏡の位相合わせ)
なおした ところ
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