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土星の わっかは、いつ、どうやって できたの?

土星のリングは、いつ・どうやってできたのか

土星のリングは、いつ・どうやってできたのか

分野:宇宙・天文

1610年、ガリレオ・ガリレイと いう 人が、ぼうえんきょうで 土星を 見た。すると 土星の 両がわに、へんな「耳」の ような ものが 見えた。

でも その ころの ぼうえんきょうでは、それが「わっか」だとは わからなかった。わっかの しょうたいが わかったのは、それから ずっと あとの ことだった。

1610年、ガリレオ・ガリレイという人が、望遠鏡で土星を見た。すると土星の両側に、変な「耳」のようなものが見えた。

でもそのころの望遠鏡では、それが「リング(環)」だとは分からなかった。リングの正体が分かったのは、それからずっとあとのことだった。

1610年、ガリレオ・ガリレイは望遠鏡で土星を観測し、その両側に奇妙な「耳」のようなものがあることに気づいた。しかし当時の望遠鏡の性能では、それが環だとは判別できなかった。

環の正体が明らかになったのは、それから350年以上たった探査機カッシーニの時代になってからだ。そこから、氷でできた薄い環の姿と、それがいつできたのかが少しずつ見えてきた。

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1. ガリレオには、土星に「耳」が あるように 見えた

1. ガリレオには、土星に「耳」があるように見えた

1. ガリレオは、土星の「耳」を環だと見抜けなかった

1610年、ガリレオ・ガリレイは、じぶんで 作った ぼうえんきょうで 土星を 見た。すると 土星の 両がわに、まるい ふくらみの ような ものが 見えた[1]

ガリレオは、これを 手がみに「土星には 耳が ある」と 書きのこした。でも その ぼうえんきょうの せいのうでは、それが「わっか」だとは わからなかった[1]

1610年、ガリレオ・ガリレイは、自分で作った望遠鏡で土星を見た。すると土星の両側に、丸いふくらみのようなものが見えた[1]

ガリレオは、これを手紙に「土星には耳がある」と書きのこした。でもその望遠鏡の性能では、それが「リング」だとは分からなかった[1]

1610年、ガリレオ・ガリレイは自作の望遠鏡で土星を観測し、両側に付随する奇妙なふくらみに気づいた。トスカーナ大公への手紙には「土星は1つではなく、3つからなっている」「土星には耳がある」と記している[1]

当時の望遠鏡は解像度が低く、環という細く平たい構造を、環として認識することができなかった[1]

2. 45年 あとに、「わっかだ」と わかった

2. 45年後に、「リングだ」と分かった

2. 1655年、ホイヘンスが環の正体を突き止めた

1655年、オランダの クリスティアーン・ホイヘンスと いう 人が、ガリレオより せいのうの よい ぼうえんきょうで 土星を 見た[2]

すると、土星の「耳」の しょうたいが、土星を ぐるっと とりかこむ「わっか」だと わかった。ガリレオの はつ見から、45年も あとの ことだった[2]

1655年、オランダのクリスティアーン・ホイヘンスという人が、ガリレオより性能のよい望遠鏡で土星を見た[2]

すると、土星の「耳」の正体が、土星をぐるっと取りかこむ「リング」だと分かった。ガリレオの発見から、45年もあとのことだった[2]

1655年、オランダの天文学者クリスティアーン・ホイヘンスは、ガリレオの望遠鏡よりも高性能な望遠鏡を用いて土星を観測し、土星を取り巻く薄く平らな環の存在を確認した[2]

この発見までの45年間、土星の「耳」は天文学者たちを悩ませる謎だった。ホイヘンスの確認によって、土星は「環を持つ惑星」として知られるようになった[2]

3. わっかは、こおりの つぶで できて いる

3. リングは、氷のつぶでできている

3. リングは、ほぼ純粋な氷の粒でできている

土星の わっかは、こおりの つぶが、たくさん あつまって できて いる。つぶの 大きさは、小さい ものは 1センチ、大きい ものは 10メートルほども ある[3]

わっかの はばは、6万キロメートルいじょうも ある。でも あつさは、うすい ところで、たった 10メートルしか ない。とても 大きいのに、とても うすい、まるで 大きな 紙の ような ものだ(ただし ほんとうは 紙では なく、こおりの つぶの あつまりだ)[3]

土星のリングは、氷のつぶが、たくさん集まってできている。つぶの大きさは、小さいものは1センチ、大きいものは10メートルほどもある[3]

リングの幅は、6万キロメートル以上もある。でも厚さは、薄いところで、たった10メートルしかない。とても大きいのに、とても薄い、まるで大きな紙のようなものだ(ただし本当は紙ではなく、氷のつぶの集まりだ)[3]

土星の主要な環は、そのほとんどが水の氷でできており、わずかにソリンやケイ酸塩などの不純物を含むとされる。構成する粒子の大きさは砂粒よりも小さいものから、山ほどの大きさのものまで幅がある[3]

密度の濃いメインリングは幅6万キロメートル以上に及ぶが、厚さはおおむね約10メートルほどしかない。惑星のスケールで見れば、紙よりもさらに薄い構造だ[3]

4. たんさき カッシーニが、土星と わっかの あいだに とびこんだ

4. 探査機カッシーニが、土星とリングのあいだに飛びこんだ

4. カッシーニが、土星とリングのすき間を通り抜けた

2017年、土星を しらべて いた たんさき「カッシーニ」は、さいごの にんむとして、土星の 本たいと わっかの あいだの、せまい すき間を なんども とおりぬけた[4]

この きけんな ひこうで、カッシーニは わっかの おもさを、これまでより くわしく はかる ことに せいこうした[4]

2017年、土星を調べていた探査機「カッシーニ」は、最後の任務として、土星の本体とリングのあいだの、せまいすき間を何度も通り抜けた[4]

この危険な飛行で、カッシーニはリングの重さを、これまでより詳しく測ることに成功した[4]

2017年、土星探査機カッシーニは、ミッションの最終段階「グランドフィナーレ」として、土星本体と環の間のすき間を22回にわたって通過する軌道に投入された。この間、リングとの間には予想よりはるかに塵が少ないことも判明した[4]

研究チームは、この接近飛行とボイジャー探査機の過去のデータをあわせて解析し、これまでより高い精度で環の質量を見積もった。環の質量は、その年齢を推定する重要な手がかりになる[4]

5. わっかは、土星本たいより、ずっと わかい

5. リングは、土星本体より、ずっと若い

5. リングは、土星本体よりはるかに新しいことが分かった

土星の 本たいは、46おく年も 前に できたと されて いる。でも カッシーニの けいさんでは、わっかは、それよりも ずっと あとに できた らしい[5]

わっかが できたのは、1おく年から 4おく年ほど 前だと かんがえられて いる。土星の れきしから 見れば、わっかは「さいきん」 生まれた ものなのだ。ただし、これには べつの かんがえも あり、けんきゅうは まだ つづいて いる[5]

土星の本体は、46億年も前にできたとされている。でもカッシーニの計算では、リングは、それよりもずっとあとにできたらしい[5]

リングができたのは、1億年から4億年ほど前だと考えられている。土星の歴史から見れば、リングは「最近」生まれたものなのだ。ただし、これには別の考えもあり、研究はまだ続いている[5]

太陽系が誕生した約46億年前とほぼ同時期に、土星本体も形成されたと考えられている。カッシーニによる精密な質量測定をもとにしたモデルでは、環が汚れの少なさから推定される「曝露年齢」は、およそ1億年から4億年以内という値が示された[5]

これは、従来考えられていた「環は土星と同時に生まれた」という説を覆すような発見として注目を集めた。ただし2024年には、環が汚れにくい性質を持つとして、土星と同時期の約46億年前から存在する可能性を示す研究も発表されており、環の年齢は今も研究者の間で議論が続いている。仮に「1億年から4億年前」という推定に立つなら、土星の46億年の歴史を1年に例えたとき、環が誕生したのは大晦日の1週間からひと月ほど前の出来事に相当する[5]

6. 氷の えい星が こわれて、わっかに なったと いう せつが ある

6. 氷の衛星がこわれて、リングになったという説がある

6. 氷の衛星が壊れてリングになった、とする説が有力

わっかが、どうやって できたのかは、まだ はっきりとは わかって いない。でも ゆうりょくな かんがえの 1つは、こんな ものだ[6]

むかし、土星の まわりを まわって いた こおりの えい星(月のような 天体)が、土星に 近づきすぎて、土星の 力で こなごなに こわれて しまった。その かけらが、わっかに なったと いう せつだ[6]

リングが、どうやってできたのかは、まだはっきりとは分かっていない。でも有力な考えの1つは、こんなものだ[6]

昔、土星のまわりを回っていた氷の衛星(月のような天体)が、土星に近づきすぎて、土星の重力でこなごなにこわれてしまった。そのかけらが、リングになったという説だ[6]

惑星には「ロシュ限界」と呼ばれる境界がある。衛星がこの境界より惑星に近づくと、惑星の潮汐力が衛星自身の重力を上回り、衛星はばらばらに砕けてしまう。土星のリングは、このロシュ限界の内側に位置している[6]

提案されている説の一つでは、直径400〜600キロメートルほどの、衛星ミマスより大きな氷衛星が、彗星や小惑星の衝突などをきっかけにロシュ限界の内側へと軌道を変え、砕け散った破片がリングを形成したとされる。もう一つには、土星が誕生したときの残存物質からリングができたとする説もあり、どちらが正しいかはまだ決着していない[6]

土星の わっかは、見えなく なる 年も ある

土星のリングは、見えなくなる年もある

土星のリングは、真横を向いて見えなくなる年もある

そうがんきょうや 小さな ぼうえんきょうが あれば、よる空に、黄色っぽい 星のように 見える 土星を さがせる。ぼうえんきょうで 見ると、まわりの わっかまで 見える ことが ある。じつは この わっか、地球から 見て、まっすぐ よこ向きに なる 年が あり、その ときは ほとんど 見えなく なる。

双眼鏡や小さな望遠鏡があれば、夜空に、黄色っぽい星のように見える土星をさがせる。望遠鏡で見ると、まわりのリングまで見えることがある。実はこのリング、地球から見て、まっすぐ横向きになる年があり、そのときはほとんど見えなくなる。

地球から見た土星のリングの傾きは約29.5年周期で変化する。1周期のうちに2回、約15年に一度はリングがほぼ真横を向いて、地球からはほとんど見えなくなる時期もあり、天体望遠鏡で観察すると、そのときどきの見え方の違いがよく分かる。

しらべた ところ

参考にした情報源

参考にした情報源

  1. 国立天文台(NAOJ)「土星をめぐる輪舞」、フリー百科事典『ウィキペディア』「土星の環」。 https://www.nao.ac.jp/news/blog/2022/20220915-saturn.html https://ja.wikipedia.org/wiki/土星の環 (1610年にガリレオ・ガリレイが自作の望遠鏡で土星を観測し土星本体の両側に天体が並んで三つに見えたと記録したこと、後年の観測で両側に張り出した楕円形の「耳」のようなものを記録したこと、トスカーナ大公への手紙に「土星は1つではなく3つからなっている」と記したこと、当時の望遠鏡は環をはっきり確認するには性能が不足していたこと)
  2. pahoo.org「西暦1655年 - 土星の環を発見」、フリー百科事典『ウィキペディア』「土星の環」。 https://www.pahoo.org/culture/numbers/year/j1655-we.shtm https://ja.wikipedia.org/wiki/土星の環 (1655年にクリスティアーン・ホイヘンスが高性能な望遠鏡で土星を観測し環の存在を確認したこと、ガリレオの発見から45年後だったこと)
  3. NASA Science「Saturn's Rings」、宇宙科学研究所キッズサイト「ウチューンズ」土星の環の厚さQ&A、アストロピクス「土星のリング」。 https://science.nasa.gov/mission/cassini/science/rings/ https://www.kids.isas.jaxa.jp/faq/solarsystem/ss06/000109.html https://astropics.bookbright.co.jp/saturns-rings-2 (NASAはメインリングがほぼ水の氷でできており構成粒子が砂粒より小さいものから山ほどの大きさのものまで幅があること、厚さがおおむね約10メートルであることを紹介している。メインリングの幅が6万キロメートル以上あることはISAS・アストロピクスによる)
  4. 日本惑星協会「カッシーニ探査機『グランドフィナーレから一年、これまでに得られたこと』」、アストロアーツ「カッシーニが明らかにした土星の環の形成年代と自転周期」。 http://planetary.jp/topics/JPL/2018-7251-jpl.html https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/10440_saturn (2017年にカッシーニがグランドフィナーレとして土星本体と環の間のすき間を22回通過したこと、環との間の塵が予想より少なかったこと、この接近飛行とボイジャーのデータをあわせて環の質量をより高い精度で見積もったこと)
  5. sorae「土星の環は4億年以内に形成された?土星探査機カッシーニのデータをもとに指摘」、サイエンスポータル「土星の輪ができたのは太陽系の歴史では『ごく最近』だったようだ」、マイナビニュース「土星の環は若くない? - スペースデータが定説を覆す形成メカニズムを提案」。 https://sorae.info/astronomy/20230516-saturn-rings.html https://scienceportal.jst.go.jp/newsflash/20190124_01/index.html https://news.mynavi.jp/techplus/article/20241223-3092298/ (土星本体が太陽系形成期の約46億年前に誕生したとされること、カッシーニの精密な質量測定をもとにしたモデルで環の「曝露年齢」が約1億〜4億年以内と推定されたこと、これが環と土星本体が同時に形成されたとする従来説を覆すような発見として注目されたこと、2024年12月に環が汚れにくい性質を持つとして約46億年前から存在する可能性を示す研究も発表され年齢について議論が続いていること)
  6. 数物外縁研究所「ロシュ限界とは?天体が引き裂かれる境界とその仕組みを解説」、世界宇宙週間ジャパン「土星の豆知識|環の起源と驚きの特徴」。 https://subutsugaien.hatenablog.com/entry/2025/06/05/120600 https://worldspaceweekjapan.org/saturn-trivia/ (ロシュ限界の内側では惑星の潮汐力が衛星自身の重力を上回り衛星が破壊されること、土星のリングがロシュ限界の内側に位置すること、衛星ミマスより大きい直径400〜600キロメートル程度の氷衛星が彗星等の衝突をきっかけに軌道を変え破壊されてリングを形成したとする説が提案されていること。土星形成時の残存物質からリングができたとする対立する説もあり未決着であること)

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