1. 自分で とっては いけなかった?
1. 昔の店で、客はなぜ棚にさわれなかったのか
1. 「客が自分で取る」以前の店は、どう成り立っていたのか
1916年より 前の 食べものの 店を 思いうかべて ください。お客さんは カウンターの 前に 立って、「こめを ください」「さとうも ください」と 店の 人に 言います。店の 人が たなから 取って きて、はかって、ふくろに 入れます。
お客さんが 品物に さわる ことは、ほとんど ありませんでした。店の 人が、お客さんの ちゅうもんを 集めて、とどけて くれる 店も ありました。
べんりそうですが、店の 人が たくさん いります。そこで ある 人が、「お客さんが 自分で やれば いいのでは?」と 考えました。
1916年より前のアメリカの食料品店では、客がほしい物を店員に伝え、店員が集めて渡すのがふつうでした。店によっては、集めた品物を家まで届けてくれました。客が商品にふれることは、ほとんどなかったのです[2]。
この方式には、よいところもありました。店員がていねいに応対してくれますし、重い荷物も運んでもらえます。ただし、客一人ひとりに店員がつくので、店には多くの店員が必要です。品物を選ぶのは店員の手間になり、棚の前で自由に見比べることもできません。
この手間を「客が自分でやれば省ける」と考えたのが、テネシー州メンフィスのクラレンス・ソーンダーズでした。
2. 1916年の「ピグリー・ウィグリー」は、どんな店だった?
2. 1916年のメンフィスの店は、どんな作りだったのか
2. 1916年の「ピグリー・ウィグリー」は、客に何を任せ、何を省いたのか
1916年の 9月、アメリカの メンフィスと いう まちで、「ピグリー・ウィグリー」と いう 店が ひらきました。ソーンダーズさんが 作った 店です。
入口から 入ると、お客さんは かごを 持って、たなの 間を 歩きます。ほしい ものを 自分で 見て、自分で かごに 入れます。いちばん さいごに、出口の 前の 台で、まとめて お金を はらいます。
入口と 出口には、くるくる 回る しきりが ありました。入る 人と 出る 人の 道が わかれて いたのです。
ソーンダーズさんは、「うった あとに お金を もらう やくそくも、おうちへ とどける ことも、お客さんが できる ことを やって あげる 店の 人も、いらない」と せつめい しました。そのぶん 店の 人が 少なくて すみ、品物の ねだんも 下げられる、という 考えです。
「世界で さいしょ」かは、はっきり 言えません。この 店の 会社は「アメリカで さいしょの セルフサービスの 店」と 自分で 名のって います。
1916年9月、メンフィスにソーンダーズが開いた「ピグリー・ウィグリー」は、客が通路を歩き、自分で商品を選べる店でした[1]。開店日は、9月6日とする資料と9月11日とする資料があります。UPIの1980年の記事は、この店を、客が自分で選べる店の始まりとして伝えています[2]。
店の作りには工夫がありました。入口と出口に回転式の仕切りを置き、棚を一続きの順路に沿って並べ、順路の終わりに会計台(加算機とレジ)を置いたのです。客はかごを持ち、ブランド品を自分で取り、会計は最後にまとめて行いました[1]。いまのスーパーの流れと、ほとんど同じです。
UPIの記事によると、ソーンダーズは値段が下がる理由を「掛け売りなし、配達なし、客がやれることをやる店員なし」と説明しました[2]。省いたものがそのまま安さの源になる、という考えです。
なお、同社の公式サイトは「アメリカ初のセルフサービス食料品店」と名乗っています[3]。これは企業自身の説明なので、「最初とされる」と読むのが安全です。
1916年9月、ソーンダーズはメンフィスにピグリー・ウィグリーを開いた。開店日は資料によって9月6日(創業日)と9月11日(開店日)に分かれる[1]。店の仕組みは、入口と出口の回転式の仕切り、一続きの順路に沿った棚、順路の終点の会計台(加算機とレジ)からなり、客はかごを持ってブランド品を自分で取り、会計を最後にまとめて行った[1]。順路を一方向に決め、会計を一か所に集めたことで、店員が客に付き添わなくても店が回る構造になっている。
この方式が安さにつながる理屈を、UPIの記事はソーンダーズの言葉として「掛け売りなし、配達なし、客がやれることをやる店員なし」と伝える[2]。客の代わりに商品を集める人手と、配達と、代金の後払い(掛け売り)という三つの費用を同時に外すのだから、値下げの余地が生まれる、という筋道である。ただし、これは本人の説明で、実際の収支を示した資料ではない。
「最初」についても留保が要る。ピグリー・ウィグリー社の公式サイトは「アメリカ初のセルフサービス食料品店」と主張するが[3]、これは企業の自己説明であり、独立した裏づけとは言えない。ここでは「最初とされる」にとどめる。
3. 「セルフ」と「スーパー」は、おなじ ことば?
3. 店は全国に広がったが、「セルフサービス」と「スーパーマーケット」は同じではない
3. 方式は急速に増えたが、「セルフサービス」と「スーパーマーケット」は別の発明である
ピグリー・ウィグリーは、どんどん ふえました。1921年には 40の 州に 615店、1923年には 1267店に なりました。2年で 2ばいほどです。そのうち 600店は、ほかの 人が お金を 出して 同じ 名前で ひらく 店でした。
でも、「いまの スーパー」を さいしょに 作ったのは、ソーンダーズさんでは ないと 言われて います。1930年に、ニューヨークで マイケル・カレンさんが「キング・カレン」と いう 店を ひらきました。空いた 車庫を 使った 大きな 店で、「世界で さいしょの スーパーマーケット」と いわれます。
セルフサービスが はじまったのは 1916年、スーパーマーケットは 1930年。14年の ちがいが あります。「自分で えらぶ」やりかたと、「大きくて 安い 店」は、べつの 発明だったのです。
ソーンダーズは、店の名前と仕組みを他人にも使わせる形(フランチャイズ)で店を増やしました。店舗数は、1921年に40州615店、1923年に1,267店と伝えられています。1923年の1,267店のうち、直営は667店で、残りがフランチャイズでした[1]。2年で2倍あまりです。
では、これが「スーパーマーケットの始まり」なのでしょうか。世界で最初のスーパーマーケットとされるのは、別の店です。1930年8月4日、マイケル・カレンがニューヨーク・クイーンズの空き車庫に開いた「キング・カレン」がそれです[5]。セルフサービスはその14年前に始まっていました。
つまり「客が自分で取る」ことと、「広い売場で、いろいろな品を、安く大量に売る」ことは別の工夫です。「第1号」は何を条件にするかで変わります。この記事では、セルフサービスの始まりと、スーパーマーケットの始まりを分けて読みます。
特許と加盟店の仕組みにより、店は短期間で増えた。1921年に40州615店(200都市)、1923年に1,267店(直営667店、残りは加盟店)という数字が伝わる[1]。この二つは約2年で2倍あまりの増加にあたる。テネシー州の子ども向け歴史サイトは、これを「大規模なセルフサービス食料品チェーンの最初」としたうえで、ソーンダーズが後に会社の経営権を失ったことも記す[4]。
ここで注意すべきは、「セルフサービス」と「スーパーマーケット」を混同しないことである。スーパーマーケットの世界第1号とされるのは、1930年8月4日にマイケル・カレンがニューヨーク・クイーンズの空き車庫に開いたキング・カレンで[5]、セルフサービスの開始から14年後にあたる。「第1号」は定義しだいで変わるため、ピグリー・ウィグリーをスーパー第1号とは言えない。
スーパーマーケットの条件に、セルフサービスのほか、売場の広さや安売り、大量販売を含める見方もある。この見方に従えば、セルフサービスは条件の一つにすぎない。
では、この方式は日本にいつ、どんな形で入ってきたのか。
4. 日本の さいしょの セルフの 店は、安い 店だった?
4. 日本のセルフ第1号は、なぜ安売りの店ではなかったのか
4. 1953年の紀ノ国屋は、なぜ「安さ」ではなく高級店として始まったのか
日本で、お客さんが 自分で えらんで、レジで お金を はらう 店が できたのは、1953年です。アメリカの 1916年から 数えて、37年あとです。
場所は 東京の 青山。「きのくにや」と いう 店でした。日本で さいしょの セルフサービスの 店と して 知られて います。
でも、ここが おもしろい ところです。この 店は、安い 店では ありませんでした。ねだんも 安くは なかったと いう ろんぶんが あります。
安いから 広まった、と 思いたく なりますが、日本の さいしょは ちがいました。
日本では、1953年に東京・青山の紀ノ国屋が、客が自分で商品を選びレジで精算する日本初のセルフサービス式のスーパーとして開店したとされます[6]。事典も、日本では1953年に誕生した青山の紀ノ国屋が最初で、1960年以降に急速に広がったと説明しています[7]。アメリカでの始まりから37年後です。
ただし、この店は安売りで客を集めたのではありません。ある論文によれば、開店当初の価格は必ずしも安くなかったとされます[9]。安さを売りにする店ではなかったのです。
ソーンダーズの考えでは、自分で選ぶ方式は安さと結びついていました。日本の最初の店は、その結びつきがまだ弱い形でした。安さと組み合わさる前に、セルフサービスという「やり方」だけが先に入ってきた、と読めます。
では、日本で本格的に広がったのは、いつ、どんな店だったのでしょうか。
日本では1953年、東京・青山の紀ノ国屋が、客が自分で商品を選びレジで精算する日本初のセルフサービス式のスーパーとして開店したとされる[6]。事典記述も、日本の第1号を同店とし、急速な普及は1960年(昭和35)以降と述べる[7]。
注目すべきは、導入時の性格である。明治大学の論文は、当初の価格は必ずしも安くなかったと記す[9]。米国ではセルフ方式は費用を省いて安くする手段として生まれたが、日本の最初の例では、その部分が先に実現したわけではない。したがって、日本のセルフ方式の始まりは、安さを売りにするチェーンの始まりと同じ出来事ではない。
この違いは「日本初」の定義にも影響する。何を条件にするかで、日本の第1号とされる店は変わる。早稲田大学の論文は、この点で見方が分かれることを扱っている[8]。「セルフ方式の第1号」と「スーパーの第1号」を分けて考えると、紀ノ国屋をどう位置づけるかも見えやすくなる。
では、日本ではいつ、どんな店が広げたのか。
5. 日本で ふえたのは、どんな 店?
5. 日本でセルフの店が増えたのは、どんな店からか
5. 1950年代後半から70年代前半に、総合スーパーがチェーンで育った
日本で セルフサービスの 店が ふえてきたのは、1950年代の 終わりごろからです。1960年代から 1970年代の はじめにかけて、食べものだけでなく、ふくや 日用品まで 売る 大きな 店が、たくさんの 店を もつ 会社として そだちました。
「ダイエー」「イトーヨーカドー」「ジャスコ(いまの イオン)」などが、日本じゅうに 店を ふやしました。
ここで、ソーンダーズさんの 考えが 日本でも 役に立ったのでしょう。自分で えらぶ 店は、店の 人が 少なくて すみます。そのぶん ねだんを 下げて、たくさんの 品物を ならべる、という 組み合わせです。
2014年には、日本に スーパーが 2万404店 ありました。(2014年の 数で、いまの 数では ありません。)
日本でセルフ方式を採る店が、食品と食品以外の分野で現れたのは、1950年代後半です。1960年代から70年代前半にかけては、衣料や日用品まで扱う総合スーパー(GMS)がチェーンとして育ち、ダイエー、イトーヨーカ堂、ジャスコ(現イオン)などが全国規模になりました[10]。
ここで、第2章の考えと結びつきます。客が自分で選び、最後にまとめて払うなら、店員を減らしやすくなります。その分を値段や品ぞろえに回す、という組み合わせは、ソーンダーズが説明した筋道と重なります。ただし、日本でこの方式が受け入れられた理由(人手、安さ、買い物の好みなど)を直接示す資料は、今回の調べでは見つかっていません。「重なる」と読めるだけで、「だから広がった」とは断定できません。
数字も一つ見ておきます。2014年9月時点で、日本のスーパーは20,404店ありました。そのうち、食品が売上の7割を超える店が18,550店、衣料や家電も売る大型店が1,854店(9%)です[11]。2014年の数字なので、いまの数とは限りません。
日本でセルフ方式を採る店が食品と非食品の分野で現れたのは1950年代後半で、1960年代から70年代前半には、衣料や日用品まで扱う総合スーパー(GMS)がチェーンとして発達し、ダイエー、イトーヨーカ堂、ジャスコ(現イオン)などが全国規模になった[10]。つまり、紀ノ国屋で入った方式が、そのまま急に広まったのではなく、一定の間を置いたのち、衣料や日用品を含む大規模な店とチェーン展開の組み合わせで広がった、という経過になる。
この広がりの理由を考えると、第2章のソーンダーズの説明が手がかりになる。客が選び、最後にまとめて払う方式なら、店員を増やさずに売場を広げられる。その余力を価格と品ぞろえに振れば、紀ノ国屋の段階では弱かった「安さ」との結びつきが生まれる。ただし、日本で受け入れられた理由(人手の事情、価格、客の好みなど)を直接支える資料は、ここで使った範囲にはない。上の筋道は、米国での説明との重なりを示すものとして読むのがよい。
規模の目安として、2014年9月時点のスーパーは20,404店で、食品が売上の7割超の店が18,550店、衣料や家電も売る大型店が1,854店(9%)という数字がある[11]。2014年のデータであり、現在の店数を示すものではない。
ここまでで、方式の誕生から日本での広がりまでを見た。では、この変化を自分で確かめるには、どうすればよいのか。
6. 店で 見つけて みよう
6. 近所の店で「1916年の仕組み」を探す
6. 店の作りから、方式の成り立ちを読む
きょう できる こと
おうちの 人と スーパーに 行ったら、入口から 出口まで、ゆっくり 歩いて みましょう。かごは どこに ありますか。お金を はらう ところは、いちばん さいごに ありますか。1916年の 店と くらべて、にている ところを 3つ 見つけて みましょう。
店の 中では、ほかの お客さんの じゃまに ならない ように、おうちの 人と 一しょに 歩いて ください。
そのあとで
店の 人が いる 売り場も あります。さかなや にくの 売り場では、なぜ 店の 人が 品物を 出して くれるのか、おうちの 人と 話して みましょう。
店の中で探す
おうちの人と近所のスーパーに行ったとき、入口から出口まで歩いて、1916年のピグリー・ウィグリーと同じ工夫を探してみてください。かごを置く場所、棚が順路になっているか、会計が最後に一か所にまとまっているか。見つかった工夫は、ノートに書き出すとよいでしょう。
人が出してくれる売り場もある
魚や肉などの売り場で、店員が品物を量って渡してくれることもあります。セルフサービスが広まっても、店員が品物を渡す売り場が残っているのはなぜか。自分で考えてみる問いです。
資料を読むなら
紀ノ国屋の1953年の導入を扱った論文[8]や、日本の最初の頃を扱った論文[9]は、日本語で読めます。二つを読み比べると、紀ノ国屋をどう位置づけるかの違いが分かります。
店の作りから読む
近所のスーパーで、入口、かご、棚の順路、会計の位置を確かめ、1916年のピグリー・ウィグリー[1]の特徴(入口と出口の仕切り、一続きの順路、終点の会計)と、どこが同じでどこが違うかを書き出すとよい。たとえば、現在は会計が複数のレジに分かれていたり、出口が入口と別の場所にあったりするかもしれない。違いが見つかれば、100年のあいだに何が変わり、何が残ったのかを考える手がかりになる。
資料を読むなら
日本の始まりについては、早稲田大学の論文[8]と明治大学の論文[9]が、「日本初」の見方の違いを考える手がかりになる。両者で、どの店を何の第1号と見ているかを比べてみるとよい。米国の側は、UPIの1980年の記事[2]が、ソーンダーズの言葉を伝えている。
問いとして残るのは、日本でセルフ方式が受け入れられた理由である。人手、価格、客の好みのうち、何が効いたのかは、ここで使った資料では分からない。統計や当時の店の記録に当たれば、答えに近づけるかもしれない。
しらべた もとの じょうほう
参考にした情報源
参考にした情報源と、その使い方
本文で使った資料です。
- Wikipedia「Clarence Saunders」(ピグリー・ウィグリーの開店・店の作り・特許・店舗数) https://en.wikipedia.org/wiki/Clarence_Saunders (1916年の開店と店の作り・特許・店舗数)
- UPI Archives 1980「Museum depicts founding of first supermarket」 https://www.upi.com/Archives/1980/12/08/Museum-depicts-founding-of-first-supermarket/9475345099600/ (それまでの店の様子とソーンダーズの考え)
- The History of Piggly Wiggly Corporation https://www.thepig.net/history/ (企業の自己説明としての「アメリカ初」)
- Tennessee History for Kids「Clarence Saunders」 https://www.tnhistoryforkids.org/?p=629 (チェーンの規模と経営権の話)
- Wikipedia「Michael J. Cullen」 https://en.wikipedia.org/wiki/Michael_J._Cullen (1930年のキング・カレン)
- 島根県プレスリリース(紀ノ國屋の紹介) https://www.pref.shimane.lg.jp/press_release/2024/4ii03yiuvkbq.html (1953年の日本初のセルフサービス店)
- コトバンク「スーパーマーケット」 https://kotobank.jp/word/スーパーマーケット (日本での始まりと1960年以降の広がり)
- 早稲田大学リポジトリ(Honbun-6211_04) https://waseda.repo.nii.ac.jp/record/10905/files/Honbun-6211_04.pdf (日本の第1号をめぐる見方)
- 明治大学リポジトリ(kokusainihongaku_15_1_27) https://meiji.repo.nii.ac.jp/record/17654/files/kokusainihongaku_15_1_27.pdf (日本の最初の頃の価格)
- imidas「スーパーマーケット」 https://imidas.jp/genre/detail/A-129-0108.html (1950年代後半から70年代前半の総合スーパー)
- nippon.com Japan Glances https://www.nippon.com/en/features/jg00024/ (2014年9月のスーパーの店数)
なおした ところ
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