このサイトは、ほんの入り口です

ここにあるのは、だれかが実際に調べ、考え、作ってきたことを集めたメモです。気になったら、ページの下の「参考にした情報源」から、もとの本や記事、それを生み出した人たちに、直接ふれてみてください。このメモには書ききれないおもしろさが、そこにあります。

ふねには「みえない おもさ」が ある? ── まわりの 水の ひみつ

船には「見えない重さ」がある ── 押すと水もついてくる、付加質量の話

船の付加質量 ── 1828年のベッセルの振り子から、接岸の仮想質量係数まで

分野:技術

この「みえない おもさ」に 気づく きっかけは、ふねでは なく、ふりこの かんさつでした。

大きな ふねは、じぶんの おもさに くわえて、まわりの 水の ぶんまで おして います。ある ろんぶんには、さいだい 3わりほどが「みえない おもさ」に なると 書いて あります。どうして そんな ことが おきるのか、その ながれが わかります。

大きな船を動かすとき、船は自分の重さのほかに、まわりの水の分まで動かしています。そのため、船はもともとの重さよりも重いかのようにふるまい、ある論文では船の質量の最大30%に達しうると書かれています。

この「見えない重さ」は、付加質量と呼ばれます。どうして水がついてくるのか、そして見つけたのは船の専門家ではなく、振り子を振った人だったのはなぜか。その道すじが分かります。

船の運動方程式に出てくる質量は、船そのものの質量だけではない。加速・減速のたびにまわりの水も動かすため、慣性が増えたように現れる。この付加質量は、加速段階の曳航試験を扱う論文で最大30%に達しうるとされる[2]。

なぜ水中で顕著になるのか、そもそも船の研究ではなく振り子の実験から見つかったのはなぜか。1828年のベッセルの観察から、港の接岸の設計に使う仮想質量係数までが分かる。

読み方を切り替えられます。画面の上にある「よみかた」のボタンで、小学校低学年むけ・小学校高学年むけ・中学生むけの3つの書き方に切り替わります。むずかしいと思ったら、いつでもやさしい方に戻ってください。選んだ読み方はブラウザが覚えているので、次に別の記事を開いたときも同じ読み方で始まります。

1. ふねを おすと、なにが ついて くる?

1. 船を押すと、水もいっしょに動く

1. 加速する船は、水も加速している

おふろで、手のひらを 水の 中で さっと うごかして みて ください。空気の 中より、ずっと おもたく かんじませんか。

手が うごくと、まわりの 水も おしのけられて、いっしょに うごきます。ふねも おなじで、うごきだすとき、とまる ときに、まわりの 水を うごかして います[4]。

そのため ふねは、ほんとうの おもさより、おもい もののように ふるまいます。この ふえた ぶんを「ふかしつりょう」と いいます。「しつりょう」は、ものの うごきにくさに かかわる りょうの ことです。

お風呂で手のひらを水の中で動かすと、空気中より重く感じます。手が水をおしのけ、まわりの水も一緒に動かすからです。

船でも同じことが起こります。船が加速したり減速したりするとき、船はまわりの水の一部も動かさなければなりません。そのぶん、船の動きにくさ(慣性)が増えたように現れます。これが付加質量、または仮想質量と呼ばれるものです[4]。

船の運動を計算するときは、船の質量に付加質量を足したものを、全体の質量として運動方程式に入れます[2]。

物体が流体中で加速・減速するとき、周囲の流体の一部も動かさなければならないため、物体の慣性が増えたように現れる。これが付加質量(仮想質量)である[4]。船の加速を扱う論文では、運動方程式の質量を、船の質量 mv と付加質量 madd の和 m = mv + madd として扱い、推力は一定速度のときの推力に、この全体の質量と加速度の積を足したものになる[2]。

では、その増え方は空気と水でどれほど違うのか。

2. どうして 水の 中だと めだつの?

2. 空気中では目立たないのに、水中では無視できない理由

2. 流体の密度と、付加質量の現れ方

同じ ように ものを うごかしても、空気の 中では、ふえた おもさは ほとんど めだちません。空気は とても かるいからです。

水は、空気より ずっと おもい ものです。北海道大学の ろんぶんの まとめには、ふかしつりょうは 水の 中では、空気の 中の やく800ばいの 大きさで あらわれると 書かれて います[1]。

ただし、800ばいに なるのは、水と 空気の ちがいから くる「あらわれ方」の くらべです。ふねの おもさが 800ばいに なる わけでは ありません。

空気中でも、物を動かせば空気は動きます。それでも付加質量が話題になることは、あまりありません。

北海道大学の学位論文の要旨には、密度の大きい水の中では、付加質量が空気中の約800倍の大きさで現れる、と書かれています。そのため、船の設計や運動を考えるときには十分に考えに入れる必要がある、とも述べられています[1]。

この800倍は、水と空気で付加質量の現れ方を比べた数字です。船の質量そのものが800倍になる、という意味ではありません。

北海道大学の学位論文要旨(2001年)は、密度の大きい水などの流体中では、付加質量が空気中の約800倍の大きさで現れ、船舶の設計や運動を考えるときには付加質量・付加慣性モーメントを十分考慮する必要があると述べる[1]。

この約800倍は、流体の違いによる現れ方の比較であり、船の質量が800倍になるという意味ではない。では、この「流体の慣性」という考え方は、いつ、だれが気づいたのだろうか。

3. はじまりは、ふねでは なく ふりこ だった

3. 見つけたきっかけは、船ではなく振り子だった

3. 1786年のデュ・ビュアと、1828年のベッセルの振り子

この ふしぎな おもさに 気づいた 人の ひとりが、ふりこを しらべた ベッセルです。ふねの 人では ありません。

ふりこは、おもりを ひもで つるして ゆらす しかけです。もし おもりが 空気や 水の 中で ゆれれば、まわりの ものも いっしょに うごくはずです。

1828ねん、ドイツの ベッセルは、ふりこの うごきを しらべて、まわりの ものの うごきにくさも かんがえる ひつようが あると のべました[3]。

船の話なのに、出発点は振り子です。振り子の球を空気や水の中で振ると、球の重さと浮力だけでは足りないことが見えてきたのです。

1828年、ドイツのベッセルは振り子の運動を調べ、流体の浮力だけでなく、流体の慣性も考えに入れる必要があると指摘しました。慣性の増加を、押しのけた流体の質量のk倍の質量が加わったものとして表しました[3]。

これより早く、1786年にデュ・ビュアが、水中で振動する球の運動は付加質量を入れないと説明できないと実験で見いだした、と書く論文もあります[2]。ただし、この年と人名は二次的な記述です。

きっかけは船舶ではなく、振り子の精密な観察だった。1828年、ベッセルは振り子の運動を調べ、流体の浮力による補正だけでは足りず、流体の慣性も考えなければならないと指摘した。ベッセルは慣性の増加を「押しのけた流体の質量のk倍の質量が、物体自身の慣性に加わったもの」として表した(ストークスが1851年の論文で紹介)[3]。

さらに早く、1786年にデュ・ビュアが水中で振動する球の運動の記述に付加質量が必要だと実験で見いだした、とする論文もある。ただしこの年と人名は、arXiv論文の二次的な記述である[2]。では、ベッセルは具体的にどう測ったのか。

4. ふりこを 水に つけたら、どう かわった?

4. 球を空気と水で振ると、数字はどう変わったか

4. 係数kの測定と、ストークスの理論値

ベッセルは、はばが 2インチ(やく5センチ)ほどの 球を、空気の 中と 水の 中で ふって、どれだけ うごきにくく なるかを はかりました[3]。

ここで ふしぎな ことが あります。ベッセルが はかった 数は、「おしのけた 水や 空気の おもさの 何ばいに なるか」を あらわす ものです。その 数は、水の 中では 空気の 中の やく3ぶんの 2しか ありませんでした[3]。

それでも ふえる おもさは 水の ほうが 大きく なります。空気は とても かるいので、数が 大きくても、ほんとうの おもさは すこしです。水は おもいので、数が 小さくても、ふえる おもさは 大きく なります。

のちに ストークスという 人が 計算して、まるい 球の ふえる おもさは、おしのけた 水の やくはんぶん くらいに なる ことを しめしたと、しょうかい されて います[4]。

ベッセルは、直径2インチ(約5センチ)強の球を空気中と水中で振り、係数kを測りました。ストークスの記述によると、空気中では0.9459(のちに0.956に改訂)、水中では空気中の約3分の2の値でした[3]。

この数字は「押しのけた流体の質量に対する倍率」です。水中のほうが数字は小さいのですが、水そのものがとても重いので、倍率が小さくても、実際に増える慣性は水中のほうが大きくなります。

1851年にストークスは理論で球の付加質量を計算し、球の場合、押しのけた流体の質量のおよそ半分になることを示した、と紹介されています[4]。

ストークス(1851)の記述によれば、ベッセルは直径2インチ強の球を空気中と水中で振って係数kを測り、空気中ではk=0.9459(後に0.956へ改訂)、水中の値は空気中の約3分の2だった[3]。kは押しのけた流体の質量に対する比なので、水中でkが小さいことは「付加質量が小さい」ことを意味しない。流体の質量そのものが、水は空気より桁違いに大きいからだ。

理論面では、ストークスが球の付加質量を、球の体積の半分に流体の密度を掛けたもの、つまり押しのけた流体質量の半分として示したと紹介される(二次資料による紹介)[4]。ではこの考え方は、実際の大きな船ではどれほどになるのか。

5. ほんものの ふねでは、どれくらい おもく なる?

5. 実際の船では、どれくらい重くなるのか

5. 船の付加質量は、進む向きで変わる

ふねを はやく する ときの じっけんを あつかった ろんぶんは、ふえる おもさが、ふね じたいの おもさの さいだい 30パーセントに なる ことが あると 書いて います[2]。

たとえば 1まんトンの ふねで、30パーセントなら 3000トン ぶんです。これは あくまで、大きい ばあいの 目やすです。

ふねを まえに すすめる とき、よこに おす とき、まわす ときで、この 数は かわります。かたちも かんけい します。

船の加速段階の曳航試験に関する論文は、船の付加質量が船の質量の最大30%に達しうる、と述べます[2]。

たとえば質量1万トンの船で、30%なら3000トンです。これは上限に近い見積もりで、いつもこの大きさというわけではありません。

前に進める向き、横に押す向き、回転させる向きで、付加質量の値は変わります[4]。30%という数字も、どの向きの話かで読み方が変わります。

加速段階の曳航試験を扱うarXiv論文は、船の付加質量が最大で船の質量の30%に達しうると述べる[2]。たとえば質量1万tなら、30%は3000tである。これは上限側の目安で、前後・横・回転といった運動の向きや船型によって値は変わる[4]。

このため、30%をあらゆる運動に当てはまる値として使うことはできない。では、この「見えない重さ」が実際の港の設計でどう扱われているのか。

6. みなとで ふねを とめる とき、どう つかう?

6. 港で船を岸壁に着ける計算に使われる

6. 接岸の仮想質量係数と、水深/喫水比の影響

ふねが がんぺきに ちかづく とき、ふねの おもさと ふえた おもさを たした 数を「かそうしつりょう」と よびます[5]。

この 数は、ふねが がんぺきに ぶつかる ときの ちからを けいさんする ために つかわれます。

むかしの じっけんでは、水の ふかさが ふねの 水に つかる ふかさ(きっすい)の 1.10ばいの とき、「かそうしつりょう」が ふねの おもさの なんばいに なるかを あらわす 数(かそうしつりょう けいすう)は、やく2.3 になりました。そのころの せっけいの きじゅんは 1.5から 1.6 で、それより 大きくなった のです[6]。

船が岸壁に近づくとき、船の質量に付加質量を足したものを仮想質量と呼び、接岸のエネルギーの計算に使います。上田氏の1987年の論文は、この仮想質量を、接岸する船の質量と付加質量の和として定義しています[5]。

運輸省港湾技術研究所(当時)の1977年の実験報告では、仮想質量は船の排水量の一次関数で表され、水深と喫水の比が1.10のとき、仮想質量係数がほぼ2.3になりました。当時の設計基準の1.5〜1.6より大きい値で、水深と喫水の比が影響することが分かります[6]。

これは1977年の実験の話で、現在の基準の値ではありません。

港湾では、接岸する船の質量と付加質量の和を仮想質量とし、接岸エネルギー(防舷材の設計に関わる値)の計算に用いる。上田(1987)は、接岸船の仮想質量を質量と付加質量の和と定義した[5]。

運輸省港湾技術研究所の1977年の実験(堀井・上田・柳沢)では、仮想質量は船の排水量の一次関数で表され、水深/喫水=1.10で仮想質量係数がほぼ2.3となり、当時の設計基準の1.5〜1.6より大きかった[6]。すなわち、船底と海底のすきまが小さくなる条件で、水の動きは船の運動に強く影響することを示す。この1.5〜1.6は当時の基準値であり、現行基準の値ではない。

7. おふろで、水の 中の てごたえを くらべて みよう

7. お風呂で、水中の手応えを速さと向きで比べる

7. 出口 ── 水中の手応えを確かめる実験と、資料の読みどころ

おふろで、おたまか うすい いたを つかいます。おうちの 人と いっしょに、おふろの 水を つかって ください。

まず、おたまを 水の 中で、ゆっくり うごかします。つぎに、すばやく うごかします。てごたえは どう ちがうでしょう。おなじ ように、おたまの むきを かえても みましょう。

すべらないように 気を つけて、おふろの ふちに すわって やりましょう。ふねの「みえない おもさ」も、まわりの 水を うごかす ことで 生まれるのです。

お風呂で、お玉か薄い板を水の中で動かしてみましょう。ゆっくり動かしたときと、素早く動かしたときで、手応えはどう違うでしょうか。お玉や板の向きを変えて、水が逃げやすい向きと逃げにくい向きも比べてみてください。

床がぬれてすべりやすいので、浴槽のふちに座って行い、おうちの人と一緒に行ってください。

もっと読みたくなったら、北海道大学の論文要旨[1]や、港湾空港技術研究所の1977年の報告[6]を開いてみてください。

浴槽で、お玉か薄い板を水中でゆっくり動かす場合と、素早く動かす場合を比べる。さらに板の向きを変えて、手応えの違いを確かめる。濡れた床での転倒に注意し、保護者と一緒に行うこと。

資料を読むなら、付加質量の現れ方と船の設計は北海道大学の学位論文要旨[1]、ベッセルの記述はストークスの論文[3]、接岸の実験は港湾空港技術研究所の報告[6]が原典に近い。

しらべた もとの じょうほう

参考にした情報源

参考にした情報源と、その使い方

出典について:大学の論文要旨、arXivの論文、ストークスの論文、英語版Wikipedia、港湾の研究報告を使った。何に使ったかは、それぞれの項目の最後に書いている。

  1. 秋元研一「箱形浮体構造物の付加質量・付加慣性モーメントの早見チャート作成に関する研究」北海道大学 学位論文要旨(2001年)。https://www.lib.hokudai.ac.jp/gakui/2001/6025_akimoto.pdf (水中の付加質量の大きさ、船の設計との関係について)
  2. On the Vessel Energy Requirement Prediction From the Acceleration Stage Towing Experiments on Models (arXiv 2308.04200)。https://arxiv.org/pdf/2308.04200 (船の運動方程式、船の質量に対する付加質量の割合、1786年の実験について)
  3. G. G. Stokes (1851) On the effect of the internal friction of fluids on the motion of pendulums(復刻版)。https://www.circuitousroot.com/oldstuff/library-of-antiquarian-technology/horology/stokes1850.pdf (ベッセルの1828年の観察と、球の測定値について)
  4. Added mass(英語版Wikipedia)。https://en.wikipedia.org/wiki/Added_mass (付加質量の定義、船の割合の目安、球の値について。二次資料)
  5. Ueda, S. (1987) The virtual mass coefficient of a berthing ship (TRID)。https://trid.trb.org/View/433571 (接岸する船の仮想質量の定義について)
  6. Horii, Ueda, Yanagisawa (1977) An Experimental Study of Ship's Berthing Impact(運輸省港湾技術研究所)。https://www.pari.go.jp/en/1977/06/197706026301.html (接岸の実験と仮想質量係数について)

なおした ところ

更新履歴

更新履歴(改版の記録)

  •  初版を公開。

このサイトでは、公開した記事の本文は原則として書き直しません。誤りが見つかったときや、内容が古くなったときだけ手を入れ、その理由をこの欄に残します。